「じゃ、向かいの部屋」
セルフィはじっと考えて、そう言った。この部屋で最後、そう思うとセルフィはちょっとだけホッとした気分だった。
部屋の中に入ると大きな白い塊が目に飛び込んできた。それがふわりとでも動けば、セルフィでなくとも悲鳴の一つもあげる所だろうが、それは背が低くすぐに何なのか予想がつく形をしていたので、セルフィも驚かずにすんだ。向かい合うように置かれた椅子に埃避けの布が掛けられたものだった。そして、もう一つの大きな布が掛けられた家具はどう見てもベッドだった。そのベッドの枕もとでであろう部分に“紙”は置いてあった。
集めた紙をセルフィに渡すと、アーヴァインは代わりに燭台を受け取った。
「最後だね。さっさと出ようか」
「うん」
もう後は、廊下に出てその奥にある裏口から出るだけ、そう思うとセルフィは一刻も早くここから出たくて気持ちが急いた。焦った気持ちが見せたのか、油断した気持ちが捉えてしまっのたか、セルフィの視界の端、白い何かがゆらりと揺れた。椅子よりもずっと高い位置。人の背の高さほどの所。ほんの一瞬見えただけだったが、記憶の中で知っているものとそれとが素早く照らし合わされた。
自分の知識の中で最も近いと思えたそれは……。
はっきりとした答えとして浮かび上がる前に、今度は、それがはっきりと動いた。
もう、間違いない!
「イヤーーッ」
瞳をぎゅと閉じて、セルフィは思いっきりアーヴァインにしがみついた。
「セフィ、もう大丈夫だよ」
次にセルフィが気が付いたのは、優しい声と、温かい腕の中にいる時だった。
「アービン、アービン…」
緊張が緩んだせいか、身体が震え、涙が溢れて止まらなかった。
アーヴァインの腕の中ひとしきり泣いた後、どうにか落ち着きを取り戻し、セルフィは広い胸にもたれたままそっと目を開けて周りを見た。どうやら、さっきの部屋から出たらしく、廊下に立っていることが分かった。
「さっきのは割れた窓から入ってきた風にカーテンが揺れただけだよ」
アーヴァインがそう言ってくれたことで、さっきの正体が何なのかは理解したが、セルフィは彼の腕を握った力を緩める事は出来なかった。
「これで課題はおわりだよ。後は帰るだけだからね」
裏口を出てすぐ脇に置かれた小さな台の上に乗った箱に、名前を書いた紙を3枚入れると、アーヴァインはにこっと笑った。セルフィはそこでふと気が付いた。今まで、早く外に出る事ばかり考えていたけど、帰りもまた家の中を通って帰らないといけないということを。流石に来る時ほど怖くはないと思うけれど、それでも中を通って帰るのはやっぱり嫌な感じがした。
「さて、帰ろうか。それとも、ズルして外を通っちゃう?」
【中を通って帰る】
【外を通って帰る】