月琴路

二、水なる者、火なる者

「無理をするヤツだと思ったが、こんな向こう見ずだったとは……」
 リャンは早くも色んな意味で後悔していた。
「なにか?」
 しれっとこちらを向いた顔に、盛大に溜息がでる。
「だから何度も悪かったと言った。すぐに稼いで返すつもりだ、借りただけにはしない」
「へいへい、期待してます、主どの」
「ならいい」
 シュエレンは満足そうに笑うと前を向き、再び軽い足取りで歩き始めた。
 その背中にリャンはもう一度、溜息をついた。

 あれから夜明けと共に山を降り、麓の湖混(ここん)の村で旅に必要なものを揃えることにした。農村だったので食料を分けてもらうのには困らず、そのほか当面必要なものもなんとか手に入った。
 ただ、シュエレンは身に着けているもの以外何も持っておらず、仕方なしにリャンが力仕事を手伝ってやっとそれと引き替えに手に入ったという感じだった。シュエレンも少し農作業を手伝いはしたが、それは握り飯分程度のもので大して役には立っていない。というのがリャンの認識だった。

 シュエレン曰く、なんとしても月路山に早く辿り着きたくて、持っていた金になるもの全てで小さな馬を買ったのだそうだ。その馬でもいれば売るって金にすることも出来たが、月路山の昨日の場所に着いた途端馬のことなどすっかり忘れていたと言うではないか。しかも、氣術を使ったのは昨日のデカいのが初めてだったとか。
 その上、月路山で施した術が結局暴走して自分自身も死ぬ目に遭いかけたというのは、すっかり記憶にないらしかった。それどころかリャンと契ることが出来たので成功との認識のようだった。
『この抜け様では、俺の条件くらい簡単に呑むか……』
 本人はこれから先自力で金を稼ぐ気らしいが、女の身で、しかも頼みの氣術の腕も未熟となると、とても期待は出来ない。今の段階なら剣は言うに及ばず、氣術の方も自分の方が上だ。これから先も主を守りつつ、路銀も自分が稼がねばならないのは明白だとリャンは思った。
 つまり自分は稼ぎ口として呼ばれたのだと理解すると途端にリャンは項垂れた。自分の条件は過ぎたかと思ったが、今は稼ぎの半分を要求しても罰は当たらないのでないかとも思った。

「シュエレン、聞いてなかったが氣術の五行は何だ? 水だよな?」
 リャンは肝心な事を聞いてなかったのを思いだした。自分もある意味呼ばれたのだから聞くまでもないと思ったが、短い時間ではあるけれどここまでのシュエレンのことを鑑みると、どうにも不安になってしまった。
「火だが、リャンは火じゃないのか?」
「なんだと!? 火だと!?」
 よりによって火とは、今日は何を言っても思惑とは逆になるのではないかとリャンは思った。
「俺は水だ。こりゃ最悪の相性だな」
 リャンは盛大に髪を掻きむしった。
 普通契りを交わす者は同じ五行の属だ。そうでなければ互いが同じ五行の場合とは異なり、主から助力を受けるにもこちらが助力するのにも、違う五行を馴染ませる為氣の変換が必要になり、それだけ余計に氣力が必要になる。
 それで五行が異なる自分が呼ばれたのでは無かったのだとリャンは思ったが、既に契りを結んだ今となっては後の祭りだった。
「にしても、よく契りを交わせたな。普通五行が違えば、契ることなど出来ないぞ」
「そうなのか?」
「ああ、とくに、火と水なんて相性最悪なのは。俺は水だからいいが、火の五行のシュエレンなんか、躰が弱っていたりするときつい時があるぞ」
「ふうん、私は別に何も苦痛じゃない」
 虚勢ではなく、シュエレンは本当に平気なようだった。
「今はそうだろうが。な、ホントに、火の属なのか?」
「間違いない」
「そうか、てことはよっぽど強い氣力の持ち主ってことだ。それ、使いこなせるようになれば、最強だぞ」
「そのうち、なってみせる」
 シュエレンはにこっと笑って言ってのけた。大物なのか、はたまた向こう見ずなだけか、取り敢えず前者に賭けたいとリャンは思った。躰の相性はむしろ良いと感じた自分を信じよう、自分はそこまで色莫迦じゃないと信じたい。
「ある程度なら俺も氣術を使える、おいおい教えてやるよ」
「ありがとう」
 こういう素直な所は、悪くない。リャンも笑い返した。

 軽く氣術についての指南をしつつ歩いていると、夕方には次の町へ入ることが出来た。都からは遠く離れた田舎の小さな町だが、それでもこの町は朝出て来た村より、遙かに人が多く一通り店も並んでいた。
 町の門をくぐり、しばらく歩けば宿と飯屋と酒場を兼ねた酒楼が見えてきた。その店を一応覚えておき、まだ日が暮れるまでには少し時があったので、町の中をぐるりと歩いてみる。なんの変哲もない、ごく普通の田舎町だったが一つだけ気になるものがあった。
 やたらと薬屋が繁盛している。
「病気でもはやってるのか」
「ほんとうだ、客が多いな」
「さて主どうする。見たところ、宿は一軒しかなさそうだぞ。今夜の飯と宿代で金は無くなりそうだ」
「なくなってから考える」
「ということは、野宿はナシってことか?」
「よくわかったな」
 にこにこと自分を見上げる顔に、分かり易すぎるとリャンは心の中で愚痴た。

 町で一軒しかない酒楼で部屋を取り、情報収集も兼ねて夕食を摂ることにした。食事や酒が飲める所が重要な社交場なのは、どの世界でも変わらない。ここで、なにか金になる話をとリャンもシュエレンも、食事を摂りつつ周りの連中の話に聞き耳を立てた。
「そう簡単に儲け話があるとは思えないがな」
 噛んだ干し肉が意外と硬く、リャンは少し不機嫌な声だった。
「いいや、きっとある」
 野菜のつゆをすすりながらシュエレンは断言する。その自信が一体どこから来るのか、二口目を囓りながらリャンは、美味しそうにこくこくとつゆを飲むシュエレンを横目で見た。
 リャンの心配を余所に、早速気になる話が飛び込んできた。
「また例のヤツにやられたってよ」
「で原因は判ったのかよ」
「いや〜、それがさっぱり」
「やっぱ水神様の祟りじゃね〜のか。そうでもなきゃ、何が悪いのかさっぱりわからねぇ」
 リャンたちの近くで酒を呑みながら話していた男の三人組からそんな声が聞こえてきた。

「水神の祟りだって、リャン」
 シュエレンはじっとリャンを見て言った。ぱっと聞いた限りでは、自分達氣術士におあつらえ向きではないかと想像はつく。
 更に男たちの話は続いていた。
「お上もどうやら見過ごすことが出来ないと踏んだらしい、そのうちどこぞから氣術士でも呼んでくるてウワサだぜ」
「それはまたありがたいこって、と言いたい所だが、こんな片田舎に氣術士が来るのは一体いつになるやら」
「お偉い、氣術士が辿り着く前に俺たちゃおっ死んでるかもな」
 一人の男は皮肉混じりの笑顔で言うと、酒の入った椀をぐいと呷った。

「これは間違いなく、私たちにやれってことだな」
「やるのはいいが、報酬は貰えるのか!? それがなけりゃ力の使い損だぞ」
 しかも、水神と言えば火の属のシュエレンにとっては相性最悪。どう考えても主殿ではなく、自分が相手をするのは明白だ。つまり、この仕事を引き受けて報酬を貰えなくても、くたびれ損をするのは自分だけってことだ。リャンはそれだけでどっと疲れた気がした。
「それ食わないのなら貰うぞ」
 リャンはシュエレンが手を着けていない菜を指差した。
「いいぞ」
 シュエレンは気前よくリャンに皿を差し出す。取り敢えずの報酬として貰っておくかと、リャンは溜息をつくのをやめた。




「いいか、教えた通りにやってみろ」
「わかった」
 食事を終え、例の三人組の男たちから詳しい話を聞いた。
 話を聞くときちんと報酬は出るということだったので、正式に氣術士への依頼として引き受けることにした。現場へ行くのは明日ということで、今は酒楼の二階に取った部屋に入った所だった。
 眠る前にリャンは少しシュエレンに術の使い方を教えていた。
「最初は小さな炎を思い描いて、と……」
 復唱しながらシュエレンは、リャンが持つ手燭の蝋燭に神経を集中させていた。リャンに教えられた通り頭の中に小さな炎を思い描きながら、蝋燭に向けて手をふわりと動かす。すると微かな空気の揺らぎとともに、蝋燭に炎が灯った。
「できた!」
「気を抜くな、次は消してみろ。集中を途切れさすな」
 シュエレンは一度で炎が灯ったことが嬉しかった。そして言われた通り次は炎をの消える様を思い描く。上に向けていた手の平をしたに向け、ふわっと手を動かす。
「うわっ、あちーーーっ!!」
 炎は消えた筈だと思ったが、リャンの方を見れば炎が逆に頭ほどの大きさになり、今にも彼を焼こうとしていた。
「ごめんっ、ど、どうしよう」
 シュエレンはどうしたらいいか全く分からなかった。早くしないとリャンが火傷を負う。それにばかり気を取られ、頭に入っている筈の呪も思い出せない。
「お前は動くな! 何もするな!」
 リャンが叫ぶと、次の瞬間。炎の上に水が降り、炎は簡単に消えた。
「上手くいったと思ったが、やっぱりこういうオチがあったか……」
 リャンはがっくりと項垂れた。
「ごめん、リャン火傷してないか」
 シュエレンはリャンの顔を確かめるように両手で頬を包んだ。
「大丈夫だ、気にすんな。やっぱ才能はある、飲み込みも早い。すぐに使いこなせるようになるさ」
 そう言って笑うリャンを見て、シュエレンは心からほっとした。
「リャンの眼はとても薄い色をしているんだな」
 シュエレンはリャンの頬を包んだまま、今度は瞳を覗き込んだ。自分たちとは違う薄い色、鳶色と言えばいいのか。そんな色をしていた。
「ああ、夜叉だからな。つっても半分だが」
「半分、そうなのか。だから、私たちと見た目が変わらないのか。綺麗な色だな、リャンの眼の色は」
「シュエレンも少し薄くないか?」
「私も数代前に夜叉の血が入っている」
「それで、気術が使えるのか」
「そういうことだ」
 シュエレンの知識としての夜叉は、男も女も背が低く、多彩ではあるが薄い眼の色と薄い髪の色。身体的能力は高く、夜目も利けば、嗅覚も鋭い。だが、気質は大人しい者が多い。その身体能力の高さと気質につけ込んだ現世の人間にたぶらかされ、利用されることもしばしばあった。そういった背景から現世との交流は殆どなく、夜叉たちの存在を知る者はあまり多くはない。
 時折、リャンやシュエレンに呼ばれた者のように、契約を交わし現世へとやって来る者もいたが、それは異端と言って良かった。シュエレン自身も、夜叉に会ったのはあの夜が初めてのことだった。
「リャンは背も高いし、性格も大人しくはない。瞳の色は夜叉らしく薄いけれど、髪の色は濃い茶色。夜叉としては変わり者なのか」
「その言い方、なんか傷つくぞ」
 まだ頬を包まれたまま、リャンは憮然とした顔をした。
「けなした訳じゃない、リャンはそれに男前だぞ」
「もう褒め言葉には聞こえないな」
「う〜ん」
 シュエレンは困った顔をした。
 シュエレンには貶すつもりなど全くなく、至って真面目に言っているのだということは分かったが、リャンは彼女が真剣に悩む様が可愛らしく、からかってみたくなったのだ。
「もう寝るか?」
「そうだな。じゃ明かりを消して……んっ」
 自分から離れようとするシュエレンの腕をリャンは掴んでいた。
「一緒に寝るか?」
「なぜだ?」
「いやか?」
「いやという訳ではないが」
「なら決まりだ」
「うわっ」
 ぐいと掴んだ腕を引き、リャンはそのまま寝台にシュエレンを抱き入れた。
「強引だな」
「否定はしない。シュエレンも否定してないぞ」
「妙なんだ、リャンにくっついていると安心する」
「そうか」
 リャンは嬉しそうに笑うと、一度手をひらっと振って明かりを消した。






「ここがそうです」
 次の日、リャンとシュエレンは、宿の主人から町ではかなり信頼の置かれている人物だと、とある老人を紹介された。その老人が例の一件を取り仕切っているらしく、水神の祠まで案内されて来た所だった。
 道すがら老人が聞かせてくれた話はこうだった。
 町で最も重要な水の要所である、水神を祀る祠が壊れてしまった。一体誰がこんな罰当たりをと、噂になったが、それを壊した者の姿を見た者は誰一人いなかった。ではなぜ壊れたのか。大風も吹いていなければ、祠が壊れるような天災は起きていない。町の者は、どうやって祠が壊れたのか不思議に思っていた。
 その祠が壊れてから二三日経った頃、祠近くの井戸水を使う家の住人が何人も腹痛を訴え始めた。それは日を追うごとに増えていき、今は町の四分の一ほどの住人が病に伏せっているという。なぜ腹痛が起こったのか原因が判らず、またその広がり方が水神を祀った祠を中心に広がっていたので、町の者は水神の祟りではないかと噂を始めた。そして一ヶ月が過ぎた今も解決の糸口は見つからず、とうとう役所へ訴えて出た所だという話だった。
「あなた方がみえて天の助けかと思いました。どうぞそのお力を持って水神様をお鎮め下さい」
 老人はシュエレンとリャンに向かって拝むように手を合わせていた。
「何とかやってみますのでご安心ください」
 シュエレンは老人を労るように声をかけたが、その後ろでリャンは、何とかする役目は自分だけだろうなと、溜息をついた。
「ではご老人、ここからちっとばかし危ないことになるかも知れないので、戻って待っていてください」
 心の内はキレイに隠して、今度はリャンが告げた。老人が立ち去ってから、酷く真面目な顔をシュエレンに向ける。だが意外なことにリャンが口を開くより、シュエレンが口を開いた。
「リャン、これは外から壊されたのではなく、内側から壊されてないか?」
「だな」
 リャンも同じことを思っていた。老人には何も言わなかったが、シュエレンの指摘通り、微弱ではあるが祠は内側から何かの力がかかって壊された、という気配がしていた。シュエレンもすぐに気が付いたということは、やはり氣に関しては聡いのだ。ただ上手く使いこなせないだけで。
「ということは、水神が怒って壊した、ということか?」
「それは水神に尋ねてみないと分からんな」
「出来るのか?」
「ん、ま、やってみるさ。この位の規模ならそう大変でもないだろう」
「私は何をすればいい」
「そこで祈っててくれ」
「そうじゃなくて!」
「いや、本当にそれでいい。真剣に祈っててくれ、それでけっこう心強くなれるもんなんだ」
「分かった」
 シュエレンはそう答えると、リャンに言われた通り後方に下がり、彼がこれからすることを見守ることにした。

 リャンは氣を整える為静かに目を閉じると、心で水神に問いかけた。するとほどなく水神が応えてきた。
「水神よ、なにが起こったのか、また不満がおありなら聞かせては頂けないだろうか」
―― 我にもよく分からぬ ――
 壊れた祠の上、日に透けるように蒼みを帯びた、あまり大きくはない龍の姿が浮かび上がっているのがシュエレンにも見えた。
「それはどういうことなのですか?」
―― 確かに怒りの感情にまかせて、ここを壊してしまったが、自分でも何故こうなったのか分からぬのだ。何か気持ちの悪いものが一度この祠にまとわりついたのは覚えている。それから周りに住む人間が病にかかり始めた ――
「何か禍ものがあなたを穢れさせたようですね」
―― 確固たるものは感じぬが、そうかも知れぬ。氣術士よ、癒せるか? ――
「はい、浄化を致しましょう」
 リャンはその場に胡座をかいて座った。龍と同じように蒼みを帯びた多角形の方陣が現われ、口元は呪を唱えるように動き始めていた。それに呼応するかのように、祠の上で静かに漂っているように動いていた龍が動かなくなった。暫くすると、リャンの座っている方陣が一際白く光った。すると上にいる龍も同じように白く光り、再びゆったりと動き始めた。
 リャンはそれを見上げると、立ち上がって頭を垂れ礼をとった。龍の姿は霞のように消えていった。
「終わったのか?」
「ああ、水神様は無事元に戻った」
「リャンの氣術は神をも癒すのか、大した腕だな」
「あれくらい朝飯前だと言いたいところだが、神が相手だとさすがに疲れる」
「少し氣を分けてやろうか?」
「出来るのか?」
「分からないがやってみる」
「昨夜みたいに火傷寸前はごめんだぜ」
「そうなったらすまない」
「はははは、頼もしいねえ」
 それでもリャンはシュエレンの厚意を素直に受けるつもりだった。まずは気持ちとやる気が大事なのだ。らしくない甘さだとは思ったが、今更遠慮するとも言えなかった。
 そんなことを思っているうちに、シュエレンは手で印を結び呪を唱えていた。火に属するシュエレンから贈られる氣は、リャンには微々たるものかも知れないが、その心には温かいものを感じた。それには紛れもなく、シュエレンの形にならない願いのようなものだとリャンには思えた。
「シュエレン、ありがとな。なんか効いてる感じがする」
「そうか、よかった」
 そう言って嬉しそうに笑ったシュエレンの顔に、何より癒しを感じるなどと思ったのは無理矢理流した。


 祠へ案内してくれた老人の家に行き、水神の怒りは収まったと告げると、それを待っていたかのように、老人の元へ吉報が舞い込んできた。息せき切るようにして飛び込んできた子供が、腹痛で苦しんでいた祖母の痛みが和らいできたと、頬を紅潮させて喜んだ。その後も、シュエレンとリャンが老人の家を出るまで、何人か同じような報告がもたらされた。
「よかった、報酬も貰えて人の役にも立てて」
 老人の家を後にして、宿に向かいながらシュエレンは嬉しそうな顔をしていた。
「報酬の受け取りは明日だけどな。ついでに頑張ったのは俺だけどな」
 更ににもうひとつ『一回じゃ割に合わん』とも、シュエレンに聞こえない程の小さな声でリャンは呟いた。
「次は私もがんばる。リャンだけに、任せたりはしない」
「分かってるって」
 すかさず向きになった口調のシュエレンに、そうなるようわざと仕向けたリャンは、予想通りだと楽しむかのように笑った。



 宿に戻ると、宿の主人が水神の件の解決の礼だと、菜をいくつか奢ってくれた。遠慮無くそれを頂戴した後、部屋に戻るとリャンは寝台に突っ伏した。
 シュエレンはその姿にやはり疲れているのだと感じた。次こそ自分も役に立たなくてはという思いを強くする。
「何をしてる」
 寝支度をして寝台に潜り込もうとしていたシュエレンにリャンは声をかけた。
「寝る」
 変なことを言ったか? と問うような顔でシュエレンはリャンを見る。
「そこでか?」
「そうだ、なにか問題か?」
「問題ありだろ〜、主もここだよ。俺の報酬をもらわにゃならん」
「リャンは疲れてるだろう?」
「シュエレンが氣をくれて疲れは和らいだ、それに俺は夜叉で主たちよりも体力がある」
 リャンはきっぱりと言い切った。
「そんなの聞いてない」
 夜叉がそんなものとは知らず、シュエレンは少したじろいだ。
「今言った。主が来ないなら、こっちから行く」
「え? あ、ヤダ、ちょっと」
 シュエレンの言葉に違和感を感じ、リャンは動きを止めた。
「な、シュエレン。もしかしてそれが素か? 普段の男みたいな言葉遣い、アレわざとだろ」
「そんなことはない。今は少し驚いただけだ」
「ふ〜ん、ま、どうでもいいがな」
 気にはなったが、今どうしても突き詰めたい問題ではない。
「わっ、ちょっ、リャン!」
「約束は違えないんだろ?」
「嫌な男だな」
「気に入らないなら、契りを解くか?」
「そこまでは……」
 シュエレンは思い切り困惑した。今契りを解かれるととても困るというのが顔にありありと現われていた。
「うそだ」
 にかっと笑ったリャンに、シュエレンはほっとした。
「…ん……でも、一回だけだ」
 一回じゃ割りにあわんと言ったのを、聞かれてたのかとリャンは思った。
「イヤだぜ、そんなんじゃ。――あ、シュエレンが疲れてるってんなら一回でもいいが、そうするか?」
 リャンはどこか含んだ笑みを浮かべてシュエレンを見た。細い明かりが瞳の中で揺れ、今すぐ組み敷きたい衝動に駆られるが、辛抱してシュエレンの答えを待つ。
「そっちがいい」
「分かった、じゃ、時間をかけて一回な」
「は? なんだそれは…んっ……」

 耳の後ろをぺろりと舌先で舐めると、シュエレンはピクリと震える。肌を合わせて日は浅いが、感度の高さには天性のものを感じる。
 もう抵抗もしないシュエレンからリャンは、着衣を易々とはぎ取っていく。
 女の下着は何故こんなにもそそるのか。そんなことを思いながら、シュエレンを俯せにして、背中の幾度も交叉した細い紐の下にある肌を撫で、それを解く合間に舐めることもした。片方の手は前へ滑り込ませ、乳房に触れる。そうすると、さっきからピクリピクリとしている肌の震えが、より大きくなった。
「シュエ、声も聞かせてくれないか」
 シュエレンは言葉では答えることはしなかったけれど、リャンの指が胸の頂きを捉えると、彼に応えるように甘やかな声を零した。
「どう、して……あっ……声が聞きたいの……んっ、あ」
「……俺をもっとその気にさせる……からだ、それと……」
 下着を取り払い、後ろから抱きかかえるようにして、唇と手でシュエレンを愛でることは休まずリャンは答えた。
「……んんっ……それと?」
「シュエレンが、気持ちいいか……どうか、わかる……」
「あんっ……わかっ……た……」
 シュエレンを仰向けにして、リャンは真っ直ぐにその瞳を見る。まだ男をよく知らないシュエレンは意図してはいないだろうが、紅潮した頬と、薄く開かれた唇の紅にリャンは酷く誘惑されていた。
「んっ……」
 誘う唇に吸い寄せられるように、リャンは口づけた。舌でゆっくりと歯列をなぞれば、シュエレンは意味を理解したのか口を開いた。そのすき間からシュエレンの口内へと忍び込んだ舌を、彼女のそれに絡めれば、たどたどしく応えることもする。自分の口内へと引き下がれば、追いかけてもくる。
 少しずつシュエレンが自分に応えてれることが、リャンはとても嬉しかった。躰を重ねるなら楽しくやりたいが、嬉しいと思うことはそうそうあることではない。女を抱くということにこんな感情もあるのかとリャンは朧気に思った。
「…はぁ…」
 唇が離れるとシュエレンは大きく呼吸した。またリャンの唇が求めてくると、今度は自分から彼にしがみつくように腕を回す。
 上あごをなぞり、舌を絡み合わせ、時折離れ唇を吸う。リャンが服を脱ぐ為に躰を離した時、下に横たわるシュエレンは、夢の中を漂っているような、どこか焦点の定まらない眼をしていた。

「っや……ぁあん、ん…………んっ、ふ……」
「逃げるな」
 シュエレンの腰が逃れるような動きを見せるのを、リャンは押さえ込んで秘所への愛撫を続けた。

「……ああぁぁっ…」
 これでもう何度目か、シュエレンの躰が波打つように震える。

「リャ…ン……わたし…ずっ、と…………あんっっ……」
 シュエレンは押し上げられたまま、ずっとそこから降りられなかった。降りたくても、リャンが降ろしてくれない。
 太腿の間にある髪を掴んで意志を伝えようと試みるが、その度に強い刺激に見舞われ敢なく徒労に終わる。リャンが触れている自分の躰がたてる淫らな水音への羞恥も、もうどこかへ消えてしまった。ずっと施され続けている、花芽と花芯への愛撫に、容赦なく翻弄されたまま、どれくらい刻が過ぎたのか検討もつかない。

「……ああぁっっ」
 今度は骨張った指が体内(なか)に入ってきた。
「んっ……んっ……んんっ、あんっ…」
 かき混ぜるように蠢いたかと思うと、緩急をつけて抜き差しをする。指がいやらしく蠢く度に、躰の奥からは彼を求めて熱い雫がこぼれ落ちるのをシュエレンは感じていた。

「ぁ……はぁんっ……ん、くっ……」
 指は花芯に潜り込んだまま、胸の頂きにも甘い刺激を受ける。

「リャン……やっ……気がくるい……そう……ああんっっ」
「長く時間をかけて一回って言ったろ?」
「こんなの……あっ……だなんて、おも……わなかった」
「イキっぱなしは、つらいか?」
「んっ……ん……」
 そう問いながらも、動くのを止めないリャンに、シュエレンはまともな返事など出来なかった。

「シュエレン」
「あ――――っ」
 躰全てが酷く敏感になっていて、リャンの吐息と唇が耳を掠めただけで、シュエレンは再び達してしまった。

「……んっ…」
 抱きしめられ再び重なる唇に、シュエレンはまだ意識を手放すことを許されずにいた。密着したリャンの躰が熱い、自分の肌に堅いものが触れている感じを受けた。
 これは……。
「…リャン」
「ん?」
 シュエレンの声にリャンは唇を離した。
「リャンはつらくないのか? 私に触れるだけで、その……」
 上気した頬を指で撫でながら、言い淀むシュエレンをリャンはじっと見た。
「かなりツライな。でもシュエレンの望みだからな〜、時間をかけて一回」
「もういい、終わりに、して……」
 自分をじっと見つめられるのが恥ずかしく、シュエレンはリャンから視線を外した。
「え、俺は生殺しで終わりなのか!?」
「違う、そうじゃない! ちゃんとリャンが満足して……から」
「わかった」
「んっ……」
 無粋な会話のお陰でリャンの躰は少し萎えたが、シュエレンの唇の熱に触れると、すぐに躰は元の熱を取り戻した。

「――――っっ!!」
 ズンッとした衝撃がシュエレンの躰を奥深くまで襲う。
「シュエレン、そんな締め付けるな。それじゃ、すぐにイッちまう」
「んっ、じゃ口づけて」
 強請ったものが与えられたのと、ゆっくりと刻まれる律動に、やっとシュエレンは躰の力を抜いた。
「んっ……んんっ……んっ……あんっ……あっ」
 それでも何度もリャンの腰が打ち付けられる度に律動が早くなり、それに伴って躰がびくびくと再び緊張していくのをシュエレンは自分でも止められなかった。

「ああぁ――――」
 この夜一番大きな波がシュエレンを襲った。それは初めて感じる、自分の意識がどこか違う世界へ旅立っていくような心地よさだとシュエレンは思った。
 遠のいていく意識の中、温かい腕に抱きしめられ、一度唇が重なったのだけ、シュエレンは朧気に感じた。