絶対唯一 君独尊

4
 澄んだ夜気が満たすガーデン内の通路を妙な空気に染めながら、アーヴァインは司令官殿の居るであろう職務室へと向かっていた。その足取りは軽い。かなり軽い。ぶっちゃけ今にも羽が生えそうな位軽かった。だがアーヴァインは上背があるうえ体重もそれなりにあるので、羽が生えたとしても絶対飛べないと誰もが口を揃えて言うと思われたが。
 普段から、にこにことしていることの多い彼だが、今日はにこにこを通り越して不気味なニヤニヤ笑いだった。私服で歩いているのならまだしも、きっちりとSeeD服を身に着けているので、それとニヤニヤ笑いの不似合いさと言ったら他の追随を許さないものがあった。彼とすれ違う者がいたならば、遠巻きに見て通るか、ダッシュで駆け抜けるかのどちらかだろう。幸いにも、アーヴァインの歩いている通路は誰も通り掛からず、彼は変な噂を立てられる憂き目に遭うのは免れた。
 何故アーヴァインがアホのように浮かれているのか、それは天変地異が起こったのではないかというようなメールを貰ったからに他ならなかった。
 セルフィから――――。

『帰りを部屋で待ってるよ』

 たったそれだけではあったが、重要なのはそこではない。
 アーヴァインから出したメールの返事にそう返って来ることは稀にあった。ごく稀に。だが今回は“セルフィが自発的に”送って来たのだ。
 これが喜ばずにいられようか。
 正に天にも昇る心地というのはこのことを言うのだと、アーヴァインは幸せ一杯、邪妄想胸一杯だった。ここ二日ばかりのことを思うと、そろそろ自重しなければセルフィにぶっ飛ばされそうだと思っていた矢先のことなので、尚更嬉しかった。
 そんな訳でさっさと用事をすませて寮に帰りたいと、アーヴァインは大股でざっかざか歩いていた。だがそんな時に限ってエレベーターは一向にこの階へやって来る気配はなく、やたらと時間が掛かっているように思えて何だかイライラしてくる。そこへ都合良く知っている者の話し声が聞こえて来た。その片方がスコールだと分かると、良いことは重なるものだとアーヴァインは何の躊躇いも無く声のする方へと足を向けた。
 声は曲がり角の向こうから聞こえて来る。スコールの話し相手はどうやらキスティスのようだった。
「大丈夫なの? 病院へ行った方がいいんじゃない?」
 珍しくキスティスの不安げな声が聞こえた。
『誰か怪我でもしたのかな』
「――――セルフィの身体には特に影響ないそうだ」
『え?』
 通路の角を曲がる直前でアーヴァインはぴたと足を止めた。
 今スコールは確かにセルフィと言った、その部分は良く聞こえた、絶対に聞き間違えてはいない。だがその他はアーヴァインには良く分からなかった。
『セフィがなんだって!?』
 病院、身体、セルフィの単語が繋ぎ合わせられ、アーヴァインは弾かれたように知らぬ間に俯いていた顔を上げた。丁度角を曲がって来たスコールとキスティスと至近距離での鉢合わせになる。
「アーヴァイン! びっくりした、今帰ったの?」
 キスティスは本当に驚いたらしく、肩を大きく引いていた。
「お疲れ、無事終わったのか?」
 反してスコールの声は常と変わらず冷静だった。
「あ、うん。僕の方は問題なく無事終了。それより、さっきの話どういうこと!? セフィに何かあったの!?」
「説明するから、落ち着け」
 最初こそ普通の口調だったものの、最後は強い語気になり取り乱し気味のアーヴァインに対しても、スコールは努めて冷静だった。アーヴァインには冷たいと思える位に。それが気に入らなくて、更に詰め寄ろうとしたが、スコールの後ろでキスティスが「落ち着いて」と目で訴えているのが見えて、アーヴァインも小声でも良く響く人気のない通路で声を荒げるのを踏み止まった。


「私から話すわ」
「その方がいいだろう、頼むキスティス」
 そう言うとスコールはアーヴァインとキスティスを置いて、エレベーターの方へと歩を進めた。だが途中で一度だけ振り返り「セルフィは良くやったと伝えといてくれ」と言い、迎えに来たかのようなタイミングで開いたエレベーターの中へと消えた。
「行きましょう、アーヴァイン。カフェテリアでいい?」
「あ、ああ、いいよ」
 スコールの言ったことも理解出来ず、態度もイマイチ気に入らなかったが、アーヴァインは大人しくキスティスと共に食堂に併設されているカフェテリアへと向かった。




「前回の任務でセルフィ結構嫌な思いをしたのよ」
 キスティスは珍しくストレートの紅茶を一口飲んで、セルフィの任務の話から始めた。

「で、スコールが念の為にカドワキ先生の所へ行くようにって言ったのね」
「うん、それでセフィの検査って何?」
 アーヴァインは、任務とはいえその内容とその時のセルフィの心情を思うと本当に怒り心頭になり、油断するとプチッとイッてしまいそうなのを必死で熱いコーヒーを口にすることで抑えた。
「呑んだお酒がね、滅多にないような本当に強いお酒で、アルコールに弱い人だと急性アルコール中毒になる位の物だったみたい。他に変なものは混ざっていなかったらしいわ。あ、コレ血液検査の結果ね」
 キスティスは一端言葉を切って、アーヴァインの様子を窺った。表情は硬いものの、黙って聞いていてくれるらしいことが見て取れ、安堵した。普段怒りを露わにすることのないアーヴァインが今日はそれを隠そうともしていないことに、キスティスもちょっとどうしていいか分からなかった。だが既に思慮深い彼らしく大人しく聞いている姿に、アーヴァインはやはりアーヴァインなんだなとキスティスは思った。
「アーヴァイン、セルフィのことフォローしてあげてね。多分あなたにしか出来ないと思うから。スコールもね同じこと思ってるわ、口には出さないけど」
「……わか、った」
 労りとほんの少しの淋しさを混ぜた瞳で自分を見るキスティスに、アーヴァインは静かに返事をした。
 さっきは何も言ってくれなかったスコールに無性に腹が立ったが、あの日セルフィを迎えに来させた裏にはそんな理由があったのだと思うと、もうアーヴァインの怒りは殆ど消えていた。あの状況で事細かな説明なんか言えなかっただろう。セルフィにとっては気分の良いものではないものを、本人の預かり知らぬ所で勝手にペラペラ喋るようなことを、スコールは絶対にしない。余計なことは言わない、言って良いことも時には言えない男だ。あれがキスティスやサイファーだったなら、こっそり言ってくれただろうと思う。だが何も言わないことが彼なりの気遣いだと、短からぬ付き合いで知り得た。
「スコール、気を遣ってくれたんだね」
「そうね、彼だってセルフィのこと大事に思ってるのよ」
「ありがとう、キスティス。君は本当に厳しくて優しいよね」
 キスティスの言葉にアーヴァインは照れくさそうに笑みを返した。
「厳しいは余計よ」
 そう言って優雅な動きでカップを口につけた顔は、キスティスらしい艶麗な笑みだった。






「アービン遅いな〜」
 セルフィはソファに深く身を沈め、クッションを抱いて溜息をついた。
 夜になってから、もう随分時間が経った。
 出すのが照れくさくて堪らなかったメールの返事には、『あと1時間くらいで帰れるよ』と、笑顔と大量のハートの絵文字付きだった。だが、もうその一時間を軽く過ぎている。何故だか時間が経てば経つほど、胸のドキドキが大きくなっているような気がする。待つ時間が長くなればなる程考え込んでしまって、あんなメールを打ったことが恥ずかしくなりセルフィは軽く後悔し始めていた。
「この部屋のせいかな〜」
 セルフィは顔を上に向けて天井を見た。別に何のへんてつもない、SeeD寮の天井。この天井の景色はどの部屋も同じ。部屋の主が何も弄っていなければの話。
 今度は顔を正面に向ける。
 そこの景色も見慣れたものではあるけれど、自分の部屋とは随分違う。シンプルな抑えられた色遣いで統一感がある。自分の部屋のカラフルさとは全く異なる。
「やっぱり自分の部屋で待ってよか〜」
 セルフィはクッションに顔を埋めて唸った。
 アーヴァインの部屋でアーヴァインの帰りを待つのが、こんなに気恥ずかしいものだとは思わなかった。大抵の場合ここに居る時にはアーヴァインも一緒で、一人この部屋に居ることは滅多にない。以前に「ここにいてよ〜」と言われはしたが結局その願いは聞けてない。それもあり、加えて今だから気恥ずかしいんだとは思う。
「キスティスがあんなこと言うから、あんなオマケまでつけて」
 セルフィは思い出して、更にクッションに顔を押しつけた。
「普通に成長したんだと思ってたのに……」
 僅かに顔を横に捻りぼそっと呟いた。

 セルフィとキスティスはあの後食堂で夕食を摂った。
 その時、セルフィが持っていた雑誌の話題になり、今度そこに載っていた店に一緒に行こうとか、アクセサリーの話とか、洋服の話をした後、下着の話になった。そこでセルフィが何げなく、最近サイズ変わって新しく買い揃えなきゃいけなくなったと愚痴を零したのが、またいけなかった。
「いまごろ成長期かな、身長は伸びないのに」
 セルフィは本当に他意はなかった、ある筈もなかった。だが、キスティスの複雑な表情に、うっかり訊いてしまったのだ。
「どうしたの? なんかあるの〜?」
 と。
 そしたらキスティスはすんなりと、“別の理由もある”と話を始めた。
 その内容を聞いてセルフィは文字通り口ポカーンとなった。そんな話があるものかと、も、ももも揉まれると大きくなるなどある筈がない。また自分が知らないと思ってからかっているんだろうと、セルフィはカラカラと笑い飛ばした。
「それが、本当なのよ」
 と至って真面目な顔のキスティスに、セルフィは二度ポカーンとなった。
「てことはアービン自重?」
 呆けたセルフィは自分が何を口走ったかも半分解っていなかった。
「そこまではしなくても大丈夫だと思うわよ」
 キスティスが苦笑する。
「あ、でも両方バランス良くねっ、てお願いした方がいいかもね。つい利き手ばかりだと片方だけ大きくなっちゃうから」
 セルフィは文字通り絶句した。
 そんな遣り取りもあって、今のセルフィの恥ずかしさは頂点に達していた。にも拘わらず、こうしてアーヴァインの部屋に来てしまったのは、恥ずかしさより何より、会いたいという想いが強かったからだった。
 悔しいことに……。






 アーヴァインはキスティスと別れて、寮の廊下を歩いていた。
 手はSeeD服のホックを乱暴に外し、足はどすどすと大股で。そしてまた激しい憤りに襲われていた。スコールが何も言わなかったのは理解出来た。
 だが――――。
「セフィは何で言ってくれなかったんだろう」
 話す機会はあった筈なのに、一緒にいた時間は多かったのに。セルフィは任務のことには何も触れなかった。
 辛いことがあったのなら話して欲しいのに、自分にだけは。
 アーヴァインは部屋の前で足を止めると、荒ぶる感情のままインターフォンを押した。だが、返事はなかった。暫く待ってみても返事がない。
「なんで!?」
 待っているからとメールを送って来たのはセルフィの方なのに。思考の大部分を憤りに支配されたアーヴァインはどうしていいか判らず、セルフィが居なかったことで寂しさまで抱え、そのまま自室へと向かった。
 そんな時でも身体は間違えることなく自然と自室の前で止まり、いつもの動作でロックを解除した。軽い空気音と共に部屋の中へと足を踏み入れる。
「おかえり、アービン」
 アーヴァインには一体何がそこにいるのか分からなかった。聞き慣れた声が聞こえていても、彼女の言う所の“部屋”とは自分の部屋だったのだと思い至ることも出来ない。それでも緩慢な動きで声のした方に視線を動かせば、セルフィが見えた。嬉しそうに自分に向けられた笑顔の。その笑顔が見られていつもならホッとするのに、今はそれどころか逆に怒りが込み上げてきた。
「おかえりじゃないよセフィ」
 普段のアーヴァインからは聞くことの出来ないような、低い声だった。
「どうして黙ってたの?」
 訳の分からないままずいと詰め寄られ、セルフィがごく間近で見上げた瞳には確かに怒りが見えて戸惑った。
「黙ってた!?」
 セルフィは何のことだろうかと必死で考えを巡らす。
『なんだっけ、む、むねの……』
 だが、さっきまでの気恥ずかしさは有耶無耶にぶっ飛ばされ、いつもと雰囲気の違うアーヴァインに半ば混乱をしているセルフィの思考はむちゃくちゃだった。
「この前の任務のことだよ!」
 それはないかと気が付く前にアーヴァインの声が被さった。
「この前の任務って……どうして?」
 そこまで言われても、セルフィは何故アーヴァインがこんなに怒っているのか分からない。
「キスティから聞いたよ、辛い目に遭ったんでしょ?」
 ごく近くで自分を見下ろす瞳は、さっきとは打って変わってどこか哀しげな色に変わっているのが漸くセルフィにも分かった。
 アーヴァインに言わなかったのは――――。
 セルフィはアーヴァインに言われて考えてみたが、特に理由は思い当たらなかった。任務なのだから時に辛い思いをすることがあるのも当然で、それにもう終わったことだ。キスティスに話をしたことで嫌な気分はもう消えた。確かにあの時アーヴァインのことを思い出し、助けて欲しいと思ったのは認めるが、それはSeeDとしてダメな部分だと思っている。何よりこんな話をするとアーヴァインが心配するのは目に見えている。アーヴァインの性格からすれば絶対。
 だからだ。
「言うと心配、するでしょ?」
「当たり前じゃないか! セフィのことなんだから」
「でも任務だよ。SeeDなんだよ、あたし。あれ位のこと、上手くやれなきゃダメでしょ」
「それと黙っていることとは違うよ」
「なんで? 違わないよ」
「セフィ、辛かったんでしょ? だから僕には言って欲しいんだよ。SeeDとか任務とか抜きにして。傍にいてあげる位しか出来ないけど、言って欲しいんだよ」
「でも……」
「僕はそんなに頼りない!? 愚痴をこぼす相手にもならない!?」
「……アービン」
 握った手に込められた力は思いの外強くて痛みを感じてもいい位だったが、それはアーヴァインの想いの強さのように感じられて、セルフィは不思議と痛いとは思わなかった。どちらかと言うと、心の方が痛みを感じていた。まだまだ自分はアーヴァインのことを甘く見ていたなと思う。そしてアーヴァインは自分をこうして甘やかす。けして嫌いじゃないけど、アーヴァインに甘え過ぎるとどんどん弱い自分になっていくようで怖くもあった。
 アーヴァインの腕の中は心地良すぎて。
「ありがと」
 だからと言って感謝していない訳ではない。アーヴァインはいつも自分の望む温かさをくれる。いつだって、傍にいてくれる。
 悲しい時、挫けそうな時、いつだって知らない間に傍にいてくれた。ずっとずっと昔から。
「アービンは変わらないね」
 握られた手をぎゅっと握り返して、セルフィはアーヴァインを見上げた。
「話すり替えないでよ」
 そうは言うものの、もうその瞳には怒りも悲しみの色も残してはいなかった。代わりに拗ねたような声がする。
「アービンはね、傍にいてくれるだけでいいんだよ」
「それだけじゃイヤだ」
 どうしてそこで急に駄々っ子モードになるのか、セルフィはがっくりと項垂れた。
「じゃ、どうしたらい…い――」
 セルフィはその先を言うのをやめた。
 思い出した。
 今日はどうしてほしいのかではなく、“どうしたいのか”だった。だから、ここへ来たのだ。
 セルフィはクイクイッとアーヴァインの髪を引っ張った、いつものように。そしてアーヴァインもいつものように、「なに?」と屈んでくる。セルフィは素早くアーヴァインの首の後ろに指を差し入れて、キスをした。挨拶のキスではなく、別の意味を含むキスを。
「それだけじゃイヤっていうのはこういうこと?」
「あ、え、いや、あ〜……それだけじゃ、ない……けど、それも、ありかも」
 自分でも思いがけない行動は、相手の思いがけない表情を引き出す。
 セルフィは慌てた様子のアーヴァインを可愛いなと思った。
「じゃあ、続けるね」
 アーヴァインの返事を待たずにセルフィは再び口づけた。
『なんか、上手くごまかされたっぽいけど、でも、今は……』
 セルフィからのキスは、アーヴァインが思っていたよりもずっと魅惑的だった。自分のそれより早く差し込まれた舌が絡み付く、逃さないとでも言うように。その合間を縫って紡がれる呼気は甘く耳をくすぐる。首の後ろに回された手はしっかりと自分を捉え離さない。片方の手は、胸板から探るように這い昇り、指先がうなじと耳の後ろを優しく行ったり来たりを繰り返す。
 ただそれだけなのに、アーヴァインは酷く酔わされた。
 更に先へ進みたいと思うのに、手は背中と言わず尻と言わず内なる温かさを求めて忙しなく動き回るのに、セルフィのキスは時に角度を変え、時に片側の唇だけを啄むように、時にもっと欲しいと奥深くまで要求しアーヴァインを掴んだまま離さない。求めらているということに心は歓喜し、痛い位の屹立という形になって躯には具現化する。
「んっ……はなれ、ない……で」
 甘露のような吐息と共に溢れ落ちたそれは、言霊となってアーヴァインを呪縛する。いつの間にか壁に押しつけられて、SeeD服の上着がはだけられていた。更に下に着ているTシャツをたくし上げ、セルフィの指が肌を愛で始めた。脇の辺りからゆっくりと回り道をするように、ゆるゆると蛇行を繰り返す。長く繰り返されることに痺れを切らし、アーヴァインは少しだけ躯を捩った。
「…っ、は」
 苦しげに息を吐いたのはアーヴァインの方。意志を示した通り胸の頂きにもたらされたそれに堪らず洩れた声。
 それでもまだセルフィはアーヴァインの唇を貪った。
 だが、アーヴァインもいつまでもされるがままになっている程従順ではない。自由な両手で、自由にセルフィに触れた。届く限り下からセルフィの身体のラインを確かめるように両手で撫で上げる。そこから先は左右別々に愛でる対象を変えた。片手は太腿からおしりの丸みを慈しむように、片手は背中のファスナーをすると降ろしブラのホックを外す。前に移動させると密着した躯の隙間から強引に手を差し込み、戒めの無くなった胸に触れた。
「あ……っ…」
 指先で先端をついと弾くと、すぐにセルフィの甘い声が聞こえた。続けて手の平で下から乳房を包むようにし、人差し指と中指で先端の蕾を挟むようにして揉みしだく。
「や……ぁ、あ……」
 離れた唇は再びアーヴァインのそれを捉えることなく、甘やかな囀りを紡ぐことしか出来ない。アーヴァインの指の間で堅く自己主張をしていく蕾が何よりの証拠だった。更にアーヴァインはセルフィの腿の間に足を割り込ませ、自分に都合の良い隙間を作ると、片方の手で無防備だった後ろから下着の中へ侵入し、ゆるりと肌の感触を楽しむと前に移動しその奥へと進んだ。そうするとセルフィの声は一段と艶を増し、アーヴァインには華奢とも思える躯が跳ねる。指は愉しむように小さな花芽を易々と探り当て一撫ですると「あ…」と啼いて、自力で支える支える力を失くしその場に崩れかけた。だが、別のことに忙しなかったアーヴァインの腕は先回りして、セルフィを支えると、そっと床に横たえた。

「……アービン」
 薄く開かれた唇と掠れた声、瞳は半ば虚ろでそれでいて艶を湛え、アーヴァインを熱く翻弄した。いま互いは触れ合っていずともその熱は瞬時に相手に移り、一枚また一枚と相手から剥ぎ取る度に、灼熱の渦中へと互いを引きずり込む。露わになった肌に触れる指と舌は、まるでずっと逢えなくて淋しかったとでも言うように執拗だった。
「セフィ、僕を――見て…」
 セルフィの躯を余す所なく貪りながらも、心は更にもっと多くを求め、それはアーヴァインの知らない所で言葉となって溢れ落ちた。だが、セルフィにその声が届くかどうかは既に定かではない。赤く濡れぷっくりとした唇から溢れるのは、もう荒い呼気と泣くような嬌声ばかり。

 途切れそうな意識の狭間からセルフィは強引に自分を引き戻し重い瞼を開けるた。すると、最も愛しくて、いま最も非道い男の貌がぼんやりと見えた。
 それでも手放せない、離れたくない想いは自然と形になって表われ、アーヴァインに手を伸ばしていた。
 アーヴァインはその頼りない動きの腕を捉え、背を屈めるとそのままぐいと自分の背中に導きセルフィの耳元で囁いた。
「掴まってて」
 柔らかな美声の告げた意味を瞬時に理解し、言葉で答える代わりにセルフィはもう片方の腕もアーヴァインに巻き付けた。次に訪れる甘美過ぎる衝撃を受け止める為に。
「愛してるよ、セフィ」
 それがこの夜セルフィに聞こえた最後の言葉だった。