いくつ季節を過ぎてもここに…

5
「おはようございます」
 セルフィは小さ目のミーティングルームに挨拶をして入った。
「あれ、まだ誰もいないや。スコールもまだなんて珍しい」
 明日、明後日と自分が赴く、ドールでの要人警護のミーティングがこれから行われる。説明をしてくれるスコールは、真っ先に来て他の者の到着を待っているのが常だった。だが今朝はその姿がない。昨日の早朝自分の任務から帰って、そのまま会議に出ていたし。今日このミーティングに遅れても仕方がないと思う。むしろその方が、安心するというか……。
「おはよう」
 セルフィがそんな事を考えている時、ミーティングルームに入って来たのは、スコールでは無くシュウだった。
 スコール、キスティスに並ぶ、バラムガーデンでも指導的立場にある人物の一人。SeeD服をピシッと着こなし、きびきびとした所作と性格の、親友のキスティスと双璧を成す、ガーデンの頼れる姉御的存在。
 シュウと一緒に今回の任務に就く黒髪の青年も入ってきた。
「全員が揃った所で、早速ミーティングを始める」
 セルフィと黒髪の青年が席に着くのを認めると、シュウははらりと流れ落ちたショートの黒髪を耳にかけ、説明を始めた。
「任務内容は、渡した資料にある通り。カリエ議員の警護。議員は命を狙われている危険性が高い、任務にはいつも以上に細心の注意を払うように。補足だが、カリエ議員自身は、一笑に付したそうだが、万が一の為にと、議員のオフィスからの依頼だ。二人とも知っていると思うが、カリエ議員は、先日摘発されたガラドギル製薬会社の件で積極的に行動しておられた。件の企業は大企業という事もあり、不利益を被った者も少なくない。本社のある地域は未だに混乱が収まっておらず、産業の少ない所でもある。命を狙われる理由は十分にある。またガラドギル製薬会社と、とある政治家が裏で繋がっているという情報も、別筋から入っている。後は、この資料のスケジュールの通り、配置等の詳しい事は、ドールに着いてから依頼主の指示に従う事。何か質問はある?」
 セルフィも黒髪の青年に、他に特に改めて訊く事は無かった。
「それと、服装については先方で用意してあるそうだ。大き目の武器携帯は不可。セルフィのヌンチャクは不可だな」
「了解です」
「了解です」
「では、解散」
「あ、シュウ先輩スコールは? 今回の担当はスコールだっと思っていたんですけど」
 ミーティングルームを出て行こうとしていたシュウを、セルフィは呼び止めた。
「ああ スコールは今来客中なんだよね」
「そうだったんですか、てっきり強制的に寝さされているのかな〜と」
「私も、そうは思ったんだけどね、エスタの大統領相手に、「寝ています」では話が通らないからね」
「エスタの大統領……それは無理ですよね」
 セルフィとシュウは苦笑した。そして、スコールを気の毒に思った。私的な用向きではないと思うけれど、ラグナさんの相手ではますます疲れるんじゃないかと。
「じゃ、私はここで」
 セルフィはシュウと別れて武術室へ向かう。出発は夕方の17:00。それまで、連日のデスクワークでなまった身体を軽くほぐしてから、任務に赴こうと思った。



※-※-※



「ふはっ また任務か〜。何か切羽詰まった感じだったし、仕方ないよね〜」
 起き抜けに、と言っても、昨日昼間寝てしまって、夜は寝ても直ぐに目が覚めての繰り返しで、漸く深い眠りに入れたのは朝方だった。そして、起きたのがもう昼と言っていい時間。今、スコールから急だがSeeD任務に就いて欲しいと連絡があった。まだ休暇を二日残して、スコールからの直接の連絡。何か只ならぬ事情があるのだろうと思い、アーヴァインは、昨夜食堂からテイクアウトしたサンドイッチを冷蔵庫から取り出し、それを口に放り込みながら、急いで身なりを整え、スコールの職務室へ向かった。
 スコールの職務室へ入ると、スコールの他に、シュウさんと、見覚えのある同僚の青年と、ラグナさんが居た。一体いつバラムに来たのか、来校するような予定は聞いていなかったので、ラグナの存在にちょっと驚いた。
「アーヴァイン、休暇中の所すまない。急ぎの任務が入った、資料はこれだ」
「あ、気にしないでよ」
 休暇が短くなるのは残念だが、スコールはあれから余り休めていないであろう事は、アーヴァインにも分かっていた。そして、今のスコールの表情は険しい。何か容易ならざる事が起こっているのだという事は瞬時に理解出来た。
 渡された数枚の書類にざっと目を通す。特に困難を極めるという任務ではない。
「概要は分かって貰えただろうか」
「ああ うん、大丈夫だよ」
「それでは、シュウから詳しい説明を受けてくれ」
 そう言うとスコールは、青年とラグナと共に隣室へと移った。
「アーヴァイン・キニアス、説明するよ」
「はい」


 シュウさんの説明を一通り聞き終えた頃、丁度スコール達もこちらの部屋に戻ってきた。
「そっちも終わったみたいだな、これからみんなでお茶でもどう?」
 にこにこと相変わらずのノリで、ラグナさんが皆を見回している。
「生憎、こっちはこれから打ち合わせだ」
 スコールには、それ所ではないという様子で、切り捨てられた。隣に立っていた青年も、すまなそうな目をして頭を下げた。
「ええ〜 それじゃ、シュウちゃんとアービンくんで」
「すみません、大統領。私もこれから行かなければならない所がありますので、辞退させて頂きます」
 シュウの肩にさらりとまわされた腕が、触れるか触れないかの所で、笑みと共に軽く礼をしたシュウが僅かに早く、ラグナの腕はスカッと空を切った。
「アービンくんは?」
「いいですよ、付き合います」
 そんな半分涙目で言われると、断れないです。そんな事より、なんで『アービンくん』なんですか……。


 太陽は中天からやや下がり、柔らかい日差しの帯が通路へ差し込んでいた。
「この前会いに来てくれたのに、ヤボ用で会えなくてごめんな〜」
「いえ、急に会えるような立場じゃないのは承知の上での事ですから、気にしないで下さい」
「あ、俺、林檎ジュースね。あ、やっぱりクリームソーダにする」
 食堂横のカフェテリアで、ラグナは臆面も無く、ウェイトレスのお姉さんにそんな注文をしていた。
「アービンくん、ここのクリームソーダ美味しいよね」
 窓際の人気のない席に座り、ラグナは満足げにアイスクリームを小さなスプーンで口に運んでいる。
「そうなんですか、今度僕もチャレンジしてみます。それより、なんで僕の事“アービンくん”て呼ぶんですか?」
 クリームソーダを好む大統領よりも、一番気になるのはそこだった。何故この呼び方を知ってるのか。聞かずとも出所の想像はつくような気もするが……。
「ああ セフィちゃんがそう呼んでたんで」
 やっぱうめーわ、とぱくぱくソーダ水の上に乗っかっているアイスを頬張るエスタの大統領。ああやっぱり。当たって欲しくない予想ほど、どうしてこうも当たるのかとがっくり来た。そして、“セフィ”もなんだ……。いくらラグナさんと言えど、やっぱりちょっと、その呼び方は嫌です。
「出来たら、普通に呼んで貰える方が嬉しいです」
「お?」
 クリームソーダをストローでずずっと飲みながら、ラグナはアーヴァインをじっと見ていた。アーヴァインは、心を見透かされたような気がして、愛想笑いを浮かべた。
「セフィちゃんの方も?」
 なんだこの人は、鈍いのかと思っていたけどそうでもないのかな。
「はぁ 出来れば」
「そっか、了解。呼びやすくて気に入ってたんだけどな」
「すみません」
 自分の我儘だという事は、痛いほど自覚しているが、その呼び名だけは自分にとって特別な意味を持つ。ラグナに心から申し訳ないと思いながらも、少しホッとした。
「所でアーヴァインくん、この前ティアーズポイント付近の任務に行ってたよね。その時何か変わった事は無かった?」
「変わった事……どんな風にですか?」
「うちの学者さん達、何か変な動きとか無かったかなー」
 そう言われて、この前の任務の事を思い巡らせてみたが、学者達とは基本的に仕事内容も違えば、いつも一緒に居るという訳でもなかった事もあり、特にこれといって思い当たらない。
「特に不振な感じは受けませんでしたよ」
「そうか、ありがとう。変な事を聞いて済まないね」
「何か、あったんですか?」
 さっきまでの、おどけた表情とは違って、ラグナの真剣な面持ちが気になった。
「うん、ちょっと、気になる事があってね。スコールに頼んだから大丈夫だとは思うんだけど」
「彼なら、きっと間違い無く、大丈夫ですよ」
 そう言うと、ラグナは照れくさそうに笑った。
 だから、自分に急に任務が入ったのかと合点が行った。多分スコールとさっきの青年が、ラグナさんの依頼には最適だったんだ。そして自分が、青年が行くはずだった任務に、ふさわしかったと――。
「そろそろ行くとするかな、あんまりのんびりするとキロスにどつかれるし」
「そう言えば、ウォードさんは?」
 この前も姿は無かったし、今日も同行していないようだ。体躯こそ巨漢と言えたが、言葉が無くとも実に温厚で、傍にいても圧迫感など全く感じない人物が気になって聞いてみた。
「ヤツは、なんと育児休暇中だ」
「お子さん生まれたんですね、おめでとうございます」
「全くなー、自分だけ幸せになりやがって」
 悪態をつく割には、自分の事のように嬉しんだなと、アーヴァインはラグナの顔を見て思った。じゃ、といって席を立ちかけたラグナに、エアポートまでお送りします、とアーヴァインも一緒に席を立つ。
 エアポートには、真紅の機体にエスタのマークの入ったラグナロクが、既にエンジンを点火して静かに待機していた。
「じゃまたな」
「はい、また何時でもいらしてください」
 アーヴァインに向かって明るく手を振りながら、ラグナはラグナロクの乗降口へと歩いていく。
「アーヴァインくん、男は当たって砕けろだよ」
 乗り込む間際、そう言い残してラグナは機上の人となった。
「そうですね、頑張ります。既に、当たって砕け気味ですけど」
 直ぐに小さくなってしまった、真紅の機体を見送りながら、アーヴァインは呟いた。
 さて、自室に戻って出発の準備をするかと、ポケットからさっき受け取った任務の資料を取り出してみた。
「え!?」
 さっきは気が付かなかった記述を見つけて、あちゃーと思った時携帯のメロディが鳴った。
『任務しっかり頑張れよ、俺はこれからエスタに向かう』
 素晴らしいタイミングでスコールからのメールが届く。エスタって事は、ラグナさんと一緒に向かったのかな。いやいやそんな事より、自分の事だ。
「幸か不幸か分からないけど頑張るよ」
 苦笑しながら、ここには居ない指揮官殿に返事をした。



※-※-※



「ロックオッケーと」
 久し振りに留守をする自室の施錠を確認する。もし鍵を掛け忘れたとしても、特に取られて困るような物はないけど、それでも、自分の許した特定の相手でも無ければ、留守の間に誰かに入られるのは気持ちの良いものではない。
 いつもの外任務用バッグを肩に掛けて駐車場へとセルフィは向かった。通路にはもう明かりが灯り、空は夕焼けが鮮やかだった。これから、車でバラム港まで行き、そこから高速上陸艇でドールへ向かう予定になっていた。
 駐車場の直ぐ手前まで来た時、人の話し声が聞こえて来た。管理室の向こうに人が三人立っている。少し歩くと、それはアーヴァインと女生徒が二人、楽しそうに(セルフィには見えた)話をしているのだと分かった。
「相変わらず、愛想が良い…」
 何時もの事だし別にどうでもいいと、その姿からなるべく離れて、なるべく視界に入れないようにして、セルフィは余り明るくない駐車場内を、指定の車の所へと急いだ。運転手に「宜しくお願いします」と挨拶をして、後部座席に乗り込む。黒髪の青年はまだかな〜と思っていた所に、セルフィが座っている方とは反対側ドアが開いた。
「今日から宜しくおねが…」
 と言いかけて、乗り込んできた相手の姿に、セルフィは激しく驚いた。反射的に「車間違えました」と運転手に言い、ドアを開けて降りようとしたら、「待ってよ〜」と腕を引っ張られた。
「セフィ、間違えてないから〜」
 普段なら結構好きな部類の声が、今は妙に癇に障る。
「間違えてるよ! 今回のパートナーはアービンじゃない」
 自分でも可笑しい位、強い口調で言ってしまった。
「聞いてよ〜、急に変更になったんだって」
「え!?」
「黒髪の彼は、急にスコールとエスタ行きになって、僕がこっちの任務に行く事になったんだよ。聞いてない?」
 セルフィはぶんぶんと首を振った。聞いてない。そんな変更があった事など連絡を受けていない。
「本当に急だったんだよ、シュウさんに確認してみたら?」
 アーヴァインに促され、セルフィは半信半疑でアーヴァインを見つめたまま、シュウの携帯番号を押していた。

「はい、そうなんですか、分かりました」
「了解してくれた?」
「うん、一応は」
「良かった。じゃ出発して下さい」
 セルフィが納得してくれたのを確認すると、アーヴァインは運転手にそう告げた。走り出したガーデンの車の中、セルフィはきちんと座席に座り直し、任務なのだから私情を挟んではいけないと、必死で自分に言い聞かせる。両の手で拳を作りぶつぶつと、呪文を唱えているかのようなセルフィの姿を、横目でチラッと見てアーヴァインは溜息をついた。どう見ても嫌がられているっぽい。出来れば自分だって、このタイミングでセルフィと一緒の任務には就きたくなかった。だが、時に運命とは皮肉なもので、一度負の連鎖にはまり込むと、数珠繋ぎのように次々と起こったりする。セルフィの心が、その負の連鎖に巻き込まれませんように、とアーヴァインは祈った。

 高速上陸艇に乗ると、セルフィは落ち着いているようだったけれど、まだ視線は合わせてくれなかった。このままドール入りかと、また溜息が出そうになった時、バッグの中にセルフィへのお土産にと思って、エスタで買ったキャンディが入ったままになっていた事を思い出した。それをごそごそと引っ張り出し、セルフィに「お土産だよ」と差し出すと、ちょっと躊躇って受け取ってくれた。
 中身を見て、パッと明るくなったセルフィの顔に、キャンディにして良かったと思った。そして一つの包みをおもむろに開けるのを見て、あの口の中で爆ぜるヤツだとセルフィに伝ようとした時には、彼女は口に放り込んでしまっていた。かなりの刺激が口の中で起こる様を思い出し、アーヴァインがぐっと身体に力を入れて見守っていると、セルフィは悶絶するどころか、けらけらと笑い大いにそのキャンディを気に入ったようだった。
『流石セフィ』
 アーヴァインが心の中で賛辞を送る。
「アービン、これサイコー。ありがとう」
 こちらに向けられたセルフィのそれは、アーヴァインの大好きな、何時ものひまわりのような笑顔だった。
 困った時の食べ物頼み。
 これは、この先意外と使えるかも知れない、まだまだ笑い転げるセルフィの姿を堪能しながら、アーヴァインは思った。「アービンも食べなよ〜」とセルフィがくれたキャンディを幾つか食べ終えた頃、高速上陸艇はドールの港へと滑るように入った。

 港から、迎えの車に乗り一端依頼主である議員のオフィスに向かう。そこで翌日のミーティングと、服を受け取り、オフィスから程近いホテルへと案内された。
「それじゃ、朝は6時でいいかな?」
「そうだね、じゃ明日の朝ロビーで」
「うん、じゃお休み」
「お休み〜」
 セルフィと別れ、自分に用意された部屋入ると、どさっとベッドに座り込んだ。
 セルフィと一緒の任務だと分かった時には、どうなる事かと思ったけど、この分なら懸念する程の事ないと思う。もちろんお互いプロなのだから、明日には任務の事しか考えずに、お互い行動するとは思う。だが、すっきりとした気持ちで任務に当たれるのなら、それに超した事はない。
「さて、明日に備えてシャワーを浴びてさっさと寝よう」
 アーヴァインは、鼻歌を歌いながらシャツのボタンに手を掛けた。

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