いくつ季節を過ぎてもここに…

2
 目の端に映る茂みの方から、微かに何かの気配がする。
 聞こえるか聞こえないの小さな音に、俊敏に身体は反応し振り向きかけると、茂みの奥、跳躍と共に豹を思わせるような大型の獣が二頭連なって現れた。整っているとは言い難い体制のまま銃を構え、一頭のしなやかな前足が地面につく直前、もう一頭の身体がまだ地面から高い位置にある間に、躊躇うこと無く続けて引き金を引いた。
 ドォンドォンという低い音と共に、周りの空気を僅かに揺るがせ、鈍い銀色の銃口から発せられた弾丸は吸い込まれるように標的を撃ち抜く。打ち込まれた獣達は声を発する間もなく、長い鞭のような髭を揺らめかせ、重い音と共に地面に倒れた。弾丸は二頭のクアールの眉間を一発で撃ち抜いていた。
「腕は鈍っていないようだな」
 自身も幅広のと剣と銃とを組み合わせた、常人には使う事すら難しい重厚な造りのガンブレードを軽々と扱い、既に幾頭ものグラナトゥムやガルキマセラ等のモンスターを、易々と葬り去ったスコールが、少し間を開け背中を合わせるように立つアーヴァインに向けて、彼なりの賛辞を送る。
「おかげさまで、スコールこそまた腕を上げたようだね」
 シニカルな笑みを浮かべて、見えない相手に、アーヴァインは丁寧に礼を返した。

「これで暫くはここには、モンスターは現れないでしょう。今の内にサンプルを採取して下さい」
「あ、ありがとうございます。出来れば、クアールは生け捕りにして欲しかったのですが……」
 中肉中背でメガネをかけた、いかにも学者風の中年の男は、直ぐ目の前での戦いに動揺しているのか、身体を小刻みに振るわせ、他の作業員に何か指示をしながら、倒れたばかりのクアールにおそるおそる近寄っていった。
『そういう事は、ここに来る前に言ってくれ』
 口には出さず、スコールが小さく溜息をつく。
「ホントだよね、スコール」
 何を考えているかは分かるよと、いつの間にかスコールの隣に立っていた、アーヴァインが相づちを打った。
「所で、なんか前よりモンスターが強くなってない?」
「あぁ それは、奴らの力は一定じゃない。同じ種類でも時には強いヤツもいれば弱いヤツもいる」
「うーん、それは僕も分かってるんだけどね。何ていうかさあ、モンスター自体が変化したようなそんな感じがしない? 見た目も微妙に違うんだよね」
「進化でもしていると?」
「あ、それが近い感じ」
「突然変異かも知れないな」
「そうだねぇ」
 アーヴァインは、クアールやグラナトゥムやガルキマセラの死体から、学者達が器具を使いサンプルを採取している作業をじっと見つめていた。
「でもねぇ」
「まだ何かあるのか?」
「突然変異って、色んな種類で同時に起こったりする事もあるのかなあ」
「その土地が原因とかなら、あり得るんじゃないか?」
「例えば?」
 スコールは、顎に手を当てて暫く考え込んだ。
「例えば、火山噴火による有毒ガスの発生とか、隕石の落下とか……」
 そこまで言ってスコールは、はたとある出来事を思い出した。
「月の涙」
「月の涙!」
 異口同音に呟く。

 この場所は、月の涙が落ちた場所が近い。月から来たモンスター達の影響を既存のモンスターが受けたとしたら――。
 あり得る事だった。
 元々この星のモンスターも、以前の月の涙落下によって、月から来たものだった。だが、月と此処では全く環境が違う、進化の仕方は全く異なるだろう。最早、似て非なる種族になっていても不思議はない。異なる種が交われば、変化を伴うのは必然。
 月の涙が起こったのは、1年近く前。まだ研究等もそんなに進んではいない。正に今その研究の調査団の為の任務で、エスタのティアーズポイント付近に来ていた。
「だとすれば、油断は出来ない。もし月の涙の影響があるなら、それを受けるのががモンスターだけとは言い切れない」
「ああ 僕もそう思うよ。思いたくないけど」
 二人は、改めて自分の得物を握り直した。

 その夜、調査団の為に立てられた宿舎に戻り、昼間同行した学者の一人を捕まえて話を聞いた。部外者に何故と渋られたが、SeeDとしての任務に必要だと言うと、素直に話してくれた。確かに、ティアーズポイントを中心に既存のモンスターが変化しているという事、その原因が月から来たモンスターの影響に因るものなのか、月のモンスターと共にもたらされた別の物にに因るものなのかは、まだ調査の段階にあるという事だった。ついでに、その話をしてくれた若い学者は、少し酒も入っていた所為か饒舌で、こちらの質問以外の事も気前よく話してくれた。
 新しいウィルスも、数種類発見されていると。その内一種は細菌兵器としても使えるもので、そのワクチンを開発するチームに加わっていたのに、人手が足りないとこの調査団に放り込まれたと、何で自分がと愚痴も聞かされた。その愚痴が延々と続き、スコールの眉間の皺が段々深くなっていくのを見たアーヴァインが、スコールがプチッといく前に、若い学者を宥めすかして、丁重にお帰り頂いた。
「ウィルスだって、スコール。すんごい強いヤツだったら嫌だよね〜」
「そんな事より、明日のスケジュール確認したのか?」
 二人は、自分達に割り当てられた部屋へ向かって歩いていた。
「はいはい、ちゃんと確認してから寝ますよ〜、じゃ おやすみ」
 相変わらずのスコールに憮然として答え、アーヴァインは自分の部屋へさっさと入った。
「ふぅ」
 ベッドに腰掛け、ポケットの中身を横のテーブルに出して置いた。携帯電話を取り上げアラームをセットしようとボタンを押す。うっかり押し間違えて、ある画像がパッとディスプレイに映し出された。
 ひまわりのような笑顔、大好きな少女の。
 もうその笑顔を見たのは、ずっとずっと前のような気がする。

―― キスを一つ ――

 彼女と交わした最後の会話。
 どうしてあんな事を言ってしまったのか。
 あの時――。
 自分のSeeD就任祝賀パーティの夜は夢のような時間だった。
 セルフィとしていた、SeeD実地試験での賭け。自分が勝ったらパーティでのパートナーを彼女に申し込むつもりだった。そして、やっと彼女と対等の立場に立てた所で、自分の気持ちを告げようと思っていた。結果は彼女の勝ちだったが、幸運にも要求された罰ゲームは自分にとって、非常に嬉しいものだった。セルフィ以外とダンス禁止だなんて、頼まれても他の女の子と踊る事などあるものか。もう、ほんと頑張ったと自分でも思う。シャワーも3回浴びて身体はぴかぴか。立ち居振る舞いだって、セルフィに少しでも“良い男”だと思って貰えるよう、細心の注意を払った。ダンスだってほぼ完璧なリーダーっぷりだったと思う。
 なのに、本当に、本当に可愛らしくドレスアップした姿と、カクテルを一口飲んで、ほんのり染まった頬で微笑んだセルフィに、理性がぶっ飛んでしまった。しかもバルコニーには二人きりだったし、月夜だったし。もう、抱き締めたくて堪らないのを必死に抑えて。
 で、気が付けばあの科白を言っていた……。
 あの時のセルフィの困惑した顔が、胸を締め付けた。我ながらアホ過ぎる。順番が違うだろ、告白して、相手がOKしてくれて、最短でその次じゃないかと。今すぐあの場面へ飛んでいって、自分を殴り飛ばしたかった。
 とにかく、自分の軽率さを謝りたくて、次の日から毎日セルフィに話しかけようとしたけれど、もの凄い勢いで避けられた。そのまま謝る事も出来ず、こうしてSeeD初任務に来てしまった。
「もう、このまま許して貰えなかったらどうしよう。そうなったら絶対淋しくて死んでしまうよ」
 ラグナさんの生写真でも、お土産に持って帰れば許して貰えるだろうか。恋のライバルとも言える(一方的にだけど)相手をダシに使うのは癪だったが、セルフィとの仲を修復する為には、やむを得ない。確かに気長に頑張るつもりだったけど、十年以上もずっと好きだった訳だし、離れているのならまだ頑張れると思うけど、なまじ何時も身近に居るだけに、もう余裕がないというか限界だと思う。そろそろ決着をつける事を本気で考えよう。
 丁度スコールも一緒だし、この任務でうんと頑張って、スコールの機嫌を取って、帰りにラグナさんトコに寄って貰おう、そうしよう。ディスプレイの中で笑うセルフィに「必ず貰って帰るからね」と告げて、アーヴァインは眠りについた。



※-※-※



 次の日も、引き続き学者がリストアップしたモンスターを、探しては倒し或いは生け捕りにと、力の限り頑張った。更に次の日も、学者の要求には最大限の努力をし、スコールの負担が少しでも軽くなるようにと努めた。だが流石に、ルブルムドラゴンを生け捕りに、の注文だけは応える事が出来なかった。通常より数段凶暴化していて、生け捕りにするにはあまりに危険だった為、スコールが却下した。
 それでも、この4日間多くの種類のモンスターのサンプルを採取する事が出来た。あの若い学者などは、「すごいです! その銃の使いっぷり、全く無駄なく鮮やかに次々と仕留める姿に感動しました」と金の髪と瞳をキラキラさせて絶賛してくれた。妙に瞳がキラキラしていたのが若干気になったが、見なかった事にしてスルーした。
「お疲れ、流石高ランクのSeeDだな、申し分のない働きだった。明日の朝には、交代要員を乗せて来たラグナロクでバラムに帰る。今日はゆっくり休むといい」
「え?!」
 てっきり、エスタシティ経由で帰ると思っていたので、スコールの言葉にがっくりとした。ラグナロクなら、バラムガーデン直行ではないか。
「まだ、ここに残るか?」
 頭をぶるぶると振って、帰る意思表示をした。

 朝、宿舎で朝食を摂っていると、スコールが今日の予定が少し変更になったと言ってきた。エスタシティから来るはずだった高速飛空艇が、故障で来られないとの事。代わりにバラムガーデンのラグナロクが、エスタシティへ送るはずだった荷物と学者二名を送り届ける事になったと。帰るのが遅くなってすまないと謝るスコールに、元々、エスタシティへ寄りたかったアーヴァインは、全然問題ないよと明るく答えた。
 朝食の後、エスタシティへ持ち帰るコンテナを、ラグナロクのハンガーへ積み込む作業を手伝った。その中の一つにやたら大きなコンテナが一つあった。多分ルブルムドラゴンだろうと思う、その頼りないコンテナの素材に、生け捕りじゃなくて良かったとアーヴァインは思ったりした。
「それじゃ、エスタシティへ帰る調査団の方はこちらへ」
 一緒に作業をしていた調査団の人達の方に声を掛けると、見知った顔が「はい」と返事をしてこちらへやって来た。
「あ、君が帰るんだったんだ」
「はい」
 この前、捕まえて色々話を聞き出した、金髪の若い学者だった。今の返事にも、視線にもどこか、触れてはならない雰囲気を感じたので、アーヴァインはもう一人乗る調査団の人がこちらにやって来たのを確認すると、二人に座席を案内して、そそくさとスコールの待つ操縦席へと移動した。
「ふうーー」
 大きく息を吐いて、空いている方の操縦席へ座りベルトを締める。
「どうした」
「何でもないよ〜、出発オッケーだよ」
 スコールが僅かに怪訝な顔をしたが、直ぐにラグナロクは離陸体制に入った。キィィィィンという音ともに瞬時に高く上昇する。全く、この世界のどの飛空艇よりも速く飛ぶというのに、このラグナロクは、乗っている者に肉体的負担を殆ど感じさせない。改めてエスタという国の技術力の高さに感服する。幸か不幸か、いや幸いだろう、かの国の大統領が、他国への侵略など微塵も考えの及ばないであろうあの人で良かったと思う。だからこそ、あの国の大統領をやっているとも言えるのかな。
 最初あの人が今のエスタ大統領だと聞いた時、エスタの国民はひょっとしたらバカなんじゃないかと思ったが、実際会って大きな勘違いをしていたのだと分かった。確かに表面は飄々としていて、酷いジョークは飛ばすし、その上大事な所で極度に緊張するし。なのに妙にカリスマ性があるというか、真っ正直で掛け値なしの行動が危うくて放っておけないというか、とにかく人を惹きつけてやまない人物だと思う。息子のスコールもきちんとそのカリスマ性は受け継いでいるのだが、いかんせん堅いコチコチに堅い。ラグナさんとスコール、二人を足して二で割ったら丁度良いのに……。
「エスタの管制から着陸の許可が下りた、着陸準備はいいか?」
「あ、はい。今やってるから、ちょっと待ってね」
 考え事でボーッとしていたとスコールに悟られないように、手早く着陸の準備をする。流石ラグナロク、つまらない事を考えているうちにエスタシティに着いてしまった。
「はい、オッケーだよ」
「了解、では着陸シークエンスに入る」
 ラグナロクは静かにエアステーションに着陸した。ベルトを外し、大きく伸びをする。
「ちょっとエスタの依頼主と話をして来る」
「了解〜」
 スコールを送り出すと、アーヴァインは、特にする事もないので、ハンガーで荷物の運び出しを手伝った。例の金髪学者にメールアドレスを聞かれ、丁重にお断りしたが、なかななに粘られて渋々携帯では無く、ネット用のサブアドレスを教えた。程なくしてスコールは戻って来、ここで燃料を補給する事と、今回の礼にと簡単な整備を無償でしてくれる事になったと報告があった。
「ラグナさんには会えないかな〜」
「なんでだ?」
 スコールは、明らかに嫌な顔をした。
「ん、ちょっと」
 その表情に、少し躊躇いながらも、ダメ元で言ってみた。
「聞いてはみるが、期待はするな」
 そう言うと、スコールは携帯電話を取り出し、どこかへコールしてくれた。
『はんちょ、良い人!』
 どっちかっていうと却下されると思っていたので、スコールが連絡してくれた事がとても嬉しかった。
「はい、分かりました」
 二、三言話をしてスコールは電話を終えた。アーヴァインは次の言葉をワクワクしながら待つ。
「ここで待っていろとの事だ」
「じゃ、会えるの!?」
「さあな、そこまでは分からない」
 程なくして、二人の所へエスタ特有の長衣を着た人物がこちらへやって来るのが見えた。
「やあ 久し振りだね」
 エスタの人間にしては、些か濃い色の肌をした人物がにこやかに笑いかけてきた。
「お久しぶりです、キロスさん」
 スコールが丁寧に礼をする。アーヴァインも一緒に礼をした。
「アーヴァイン君も一緒なんだね」
「はい。キロスさんもお元気そうで」
「あのアホ、いや大統領のお陰で、風邪をひく暇もないよ」
 顔は大仰にしかめられていたが、声は裏腹に軽快だった。相変わらずこの人達は、良い友人関係なんだな。自分達もこんな風になって行けたらなあと、アーヴァインはぼんやり思った。
「所で、そのアホ……いや、父さんは?」
 何時の間にやら、「父さん」と呼ぶようになっていたとは、アーヴァインはこの大きな変化を自分の事のように嬉しく感じた。
「それが、一足違いで公務で外出してしまって、折角会いに来てくれたのにすまない」
「いえ、こいつに頼まれただけですから」
「こいつって…」
 今スコールを見直したのに、こいつ呼ばわりはないだろう、前言撤回だとアーヴァインは心の中で呟いた。
「そうだったのか、では私からお土産でも」
「「いえ大丈夫です」」
 スコールとアーヴァインは同時に同じ事を言った。
「そうか、残念だね。名残惜しいけれど、私はこれで失礼するよ」
 キロスは酷く残念そうに、もと来た方へゆっくりと戻って行った。途中振り返り「お土産…」と言いかけたが、スコールもアーヴァインも深々と頭を下げて、別れの礼をした。
「ふう〜、危なかった」
「良い人なんだが……」
「センスがねえ、僕には新しすぎる」
「同感だ」



 ラグナロクの整備が終わるまで後一時間程時間があった。残念ながらラグナさんには会えなかったので、ショッピングモールで何かセルフィの喜びそうなお菓子でも買って、それにかこつけて会おう。そう決めてアーヴァインはショッピングモールへと向かった。
 エスタの物はどこかしら他の国とは違っている物が多かった。キロスのセンス程ではないにしろ、ちょっと前衛的というか奇抜というか。ケーキや焼き菓子類は色鮮やかなのが目に付いた、珠に普通のもあったけど。ただ色が派手だと、ちょっと毒々しい感じがしてそれはちょっとパスした。逆にキャンディ類は色鮮やかな方が楽しく美味しそうに見えた。変な形のとか、可愛い形とか、普通に美味しいのから変な味まで100種類位、全部味が違うのが詰められているものとか、口の中で爆発するのとか。セルフィの好きそうな物が揃っていたので、キャンディをお土産にする事にした。試しに試食のを一個口に放り込んで、口の中であまりにもパチパチ爆ぜて、店の中でうずくまって悶絶したりしたのは内緒の方向で。

 ラグナロクに帰って、操縦席に座り、意を決してセルフィにメールを打った。まず、ごめんと謝って、お土産があるのと、ちゃんと謝りたいから、会いたいと。
 返事は直ぐに返ってきた。
『分かった。ガーデンに着いたら連絡して』と。
 取り敢えず、謝る機会は与えられた事にホッとした。
「整備が終わったそうだ。帰るぞ」
 スコールが、隣の操縦席に座りながら言った。
「了解」
 ラグナロクの真紅の機体が、太陽の光を反射しながら舞い上がる。

『バラムは良い天気だよ』
 エスタの雲一つない青空を見ながら、アーヴァインはセルフィのメールにそうあったのを思い出した。

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