ワルキューレ狂想曲

後編
 二つ目の朝が訪れていた。捜索開始から三十六時間が過ぎても、セルフィ発見の報告は入って来ない。
「どうして見つからないの、みんな頑張ってるのに。人数が足りないの!?」
「キスティス、そうカリカリしないで。あんたがそんなじゃ、みんな余計不安になるよ」
「……そうね。シュウの言う通りだわ」
 シュウに窘められて、キスティスは落ち着きを取り戻すように一つ深呼吸をする。
 シュウと共に捜索本部の指揮を任されたキスティスは焦っていた。今回の任務に出動していたSeeDは皆セルフィ捜索に当たっている。セルフィを連れ去ったベヒーモスは、モンスターの中でも屈強ではあるが、かなりの深手を負っているという話から、そう遠くへは行けはしない。なのにセルフィの服の切れ端一つ見つけたという報告すら入って来ない。当の本人からも連絡はない。通信機も発信機も持っているはずなのに。もし、それさえも使用出来ない状況にあるのだとしたら――――。
 その先は考えたくなかった。
「皆の所を回ってくるよ。キスティスも朝食、食べなよ」
 シュウはキスティスの前にサンドイッチとジュースを置くと席を立ち、捜索から一旦帰還したSeeDたちが朝食を摂っている方へと向かった。それと入れ替わるようにして、視界の端に別の人物の足が見えた。
「キスティス、メシ食ったか?」
「あなたこそ、ちゃんと食べた?」
 彼らしからぬ静かな口調にキスティスは思わず顔を上げた。だが意外にも、その顔は普段とあまり変わらなかった。もっとやつれているかと思ったが、この男は強いと改めて思う。
「アーヴァインは?」
 シュウが座っていた向かいの椅子を勧めて、キスティスはサイファーに問いかけた。
「落ち着いてる、っていうか、やたら静かだ」
「そう……」
 キスティスはサンドイッチをパックしている薄いビニールを開きながら呟いた。
 目の前の男もセルフィのことに関してはかなりの肩入れをしている。だが、アーヴァインのそれとは比べものにならない。普段陽気な彼がセルフィが行方不明になってから、自分たちとの接触を極力避けるようにして一人でいる。その姿を黙って見ているのも、声をかけるのもキスティスには辛かった。恐らくキスティスだけではなく、皆そうなのだろうとは思ったけれど。
 機械的に咀嚼して無理矢理飲み込んだサンドイッチが喉を通りすぎていった時、通信が入ってきた。すぐさまメモを引き寄せペンを取り通信をオンにする。
「あと10分くらいね。了解」
「スコールか?」
 飲み終えたジュースの紙パックを律儀に折りたたみながら、サイファーはキスティスの様子を窺っていた。
「ええ、あと10分くらいでこっちに着くそうよ。飛空艇で上空からも捜索できれば、きっと今日こそ見つかるわ」
「そうか」
 その言葉にサイファーの表情が和らぎ、キスティスの心も少し明るくなった。一旦ガーデンに帰還していたスコールとゼルが、小型の飛空艇を伴って戻ってくる。朗報は何一つない中、新しい戦力の追加は良いニュースだと思えた。

「そろそろ出発するよ」
 声のした方に振り向けば、スコールと通信をしている間に来たらしいアーヴァインがキスティス達のすぐ傍に立っていた。
「大丈夫、仮眠も食事もちゃんととったから」
 キスティスが訊くより早くアーヴァインは答えていた。
「今日は俺と行かねぇか?」
「気持ちはありがたいけど、ごめん」
「あと10分したら小型飛空艇が到着するわ。それを使ったらどう?」
「う〜ん、いいや。僕はバイクで行くよ」
「そう。これ、捜索してないエリアのデータよ」
「さんきゅ、今日は西の海岸辺りまで行ってみるよ」
「そんな遠くへは――」
 サイファーに軽く視線で制止されて、キスティスはそれ以上は口をつぐんだ。
「無茶はしちゃだめよ」
「うん、わかってるよ。じゃ、行くね」
 落ち着いた声音でそう言うとくるりと背を向け歩いていく姿を、キスティスは祈るような思いで見送った。
「普段煩いヤツがああも静かだとやりきれねーな。一発殴ってくれるほうがよっぽどマシだ」
 同情とも悪態ともつかぬ言い回しに、キスティスは心の中で苦笑いをした。
「俺は飛空艇使わせてもらうぜ」
 サイファーはたたんだ紙パックをゴミ箱に放り投げて立ち上がった。
「了解」
 キスティスもそれに倣う。
 休憩を終えたSeeD達も動き始めていた。




 アーヴァインは昨日と同じようにバイクを走らせた。途中セルフィが行方不明となった現場を通過する時、バイクを停めそこに立ち寄った。
 なぎ倒されたばかりの木々。生々しく残された血の跡がまるでセルフィが流した血のように思えた。その一角に新しく土が盛られた所があった。一目で墓だろうと思えるような形状。恐らくベヒーモスの餌食になった動物の――。そう思うと、昨日ここで繰り広げられたであろうか光景が脳裏に浮かび、アーヴァインはそこから妙に視線が外せなかった。しばらく土が盛られた場所を見ていると、ホタルのような淡い光が一つ下から浮き上がってくるように飛んでいた。そこでハッと気がつく。
「セフィ」
 アーヴァインは急いでバイクに跨り、冷たい朝の空気が漂う木々の合間を縫うように疾駆した。





「また昼の空」
 セルフィは上の穴の向こうにある空をぼんやりと見つめていた。
 あれから何度なく眠りと覚醒を繰り返していたが、それはかなりの忍耐を必要とした。元来大人しくじっとしているのは苦手だ。それにじっとしていると、つい余計なことを考えていけない。普段いくらポジティブ思考のセルフィでも、傷を負いたった一人でいるとあまり明るい考えは浮かんでこない。しかも明るい方向へ持って行こうとすると、大抵アーヴァインに辿り着き、もっと落ち込む結果になった。
 今頃どうしているんだろう。自分を探してくれているのだろうか。見ている方が呆れるくらい心配しているんだろうな。だいたいアーヴァインは心配性すぎる。慎重派なのだという見方もあるが、セルフィには悪い方に考えすぎるだけのようにも思えた。
 けれど今回ばかりは、アーヴァインの心配性を笑えない。
 もう一度生きて会えるのかどうかさえ分からない。ここに落ちてから丸一日以上過ぎて、随分と気力も身体も弱ってしまったとセルフィは思った。手足を動かすのは落ちた当初より楽にできるが、身体全体は重くなったような感じがした。昨日は腹部の傷にばかり気を取られていたが、肩から胸にかけてもケガをしていた。それでも自力で帰ることを試みたが、ただムダな体力を消耗しただけに終わってしまった。
「鳥も飛んでへんなぁ」
 ガラスのない小さな天窓から見える空は、キレイな色をしている。けれど、鳥も他の生き物も姿を見せない。もっとも、同じ生き物でもモンスターだけは見当たらなくていい。ここで見つけられたりしたら、体のいいエサにしかならない。そんな一生の終わり方はゴメンだ。
 その時は、アーヴァイン本人かせめて写真でも胸に抱いて死にたい。
「それにあたしが死んだら、アービン泣くもん。絶対泣く、わんわん泣く」
 それだけは何より嫌だ。自分がアーヴァインを泣かせてしまうことだけはしたくない。もしそうなれば、泣くのはアーヴァインだけじゃないと思う。今だってみんなにとても心配をかけているのは間違いない。
「アービンが見つけてくれるまで死なへんから、早よ見つけてな」
 セルフィは少し冷たくなった手を握り合わせ、空を撃つように指を一本突き出した。





 アーヴァインはバイクを停め、シートに座ったままミネラルウォーターを一口飲んだ。冷たい液体が身体の中を伝うように降りていく。もう一口飲むと、定期連絡のため本部に通信を入れた。
「残念ながら、何も手掛かりになりそうなものも見つからない」
『そう、わかったわ』
 答えるキスティスの声も暗い。
「やっぱりムダかも知れないけど、西の海岸の方も行ってみるよ。他に探してないエリアはある?」
 アーヴァインは携帯している小さな端末の地図に、刻々と捜索終了を示す赤い色で埋め尽くされていくのを見ていた。
『そうね、もう残っているのは海岸付近くらいだわ』
「了解。これから海岸方面に向かうよ」
『気をつけてね』
 定期通信を入れるたびに繰り返される気遣いに軽く礼を言って、アーヴァインは通信を終えた。
「セフィ、絶対見つけるから待ってて」
 深呼吸をしてアクセルを回し再び走り始める。
 赤茶けた土と岩石ばかりの景色が続く。こんな土地でも逞しく根を張っている植物はたまにしか見かけない。だが、しばらく走っていると緑を目にすることが多くなってきた。短い葉が風で波のように揺れるほどの緑の量になる。と、突然草が途切れた場所に出くわし、慌ててハンドルを切る。
「危なかった、落ちるトコだった」
 草が途切れた場所には穴が開いていた。バイクが落ちるような穴ではなかったが、それでもハマれば壊れてしまう危険性がある。アーヴァインは慎重にバイクを走らせた。他にもそういった穴を見かけたのだ。どうやらこの辺りには、草に隠れた天然の落とし穴がたくさんあるようだ。そんなことを思っていると、人工的な影が草地に映ったのが見え、それはすぐさま自分を追い抜いて行った。
「飛空艇か」
 見覚えのあるガーデン所有の小型飛空艇だった。





 辺りが再び暗くなり始めていた。闇は全ての色を飲み込んでしまう。
 冷たくて、暗くて、命の気配など何もない、ただ暗闇だけが広がり、孤独な闇はまるで黄泉へ誘っているようにセルフィには思えた。自分の知っている夜とは全く異なる世界。再びそれが訪れようとしている。
「ちょっとさむ」
 辺りが暗くなると空気も冷たくなっていく。セルフィはブルッと身震いした。
 横の方から流れ込んで来ている風も、様子が少し変わったような気がする。何か不規則でざわざとした感じ。何かが近づいて来るような――――。
 セルフィはここでじっとしているうちに、気配というものに酷く敏感になっていた。
「モンスターだったらヤだな〜」
 そう思った時、何かの音が聞こえた。全ての神経を耳に集中させる。救助なのか、それともモンスターなのか、どちらかによって自分の生死が決まるのだ。
「話し……声?」
 どうやらそれは前者のようだった。足音と共に聞こえたのは啼き声とかではなく、言語だ。内容までは聞き取れなかったが、人の会話だということは分かった。
「お〜い」
 セルフィはできる限りの声で呼びかけた。
「いるのか!?」
 今度ははっきりと聞き取れる声が返ってきた。セルフィは心の中で大きく胸を撫で下ろした。人間と分かる複数の足音が近づいてくる。
「セルフィか!?」
 細く眩しい光に照らされ、相手の顔は判別出来なかったけれど、光の方に向かって手を振った。
「セルフィよかった、見つかって」
 そう言ってセルフィの傍に膝をついたのはスコールだった。
「はんちょ、来てくれてありがと、サイファーもね」
 明かりを持って突っ立っているサイファーには思いっきり笑顔を向ける。酷くすまなさそうな顔をしていたから。
「取り敢えずケアルガをかけて、傷口を縛るぞ、痛いだろうが我慢してくれ」
「わかった」
 スコールは持っていたバックパックから必要なものを取り出して、てきぱきとセルフィの処置を始めた。
「よくココがわかったよね。…つっ」
 身体を起しスコールに処置をしてもらいながら、セルフィはサイファーに話しかけた。
「まさかこんな所まで連れ去られたとは思ってなかったが、飛空艇で飛んでいたら海岸端で倒れているあのベヒーモスを見つけたんだよ。それで周りを調べたら、ここに来た」
「こんなトコにいたんじゃ、わからないはずだ。他に痛むところはないか?」
 スコールは腹部と肩の処置が終わると再びセルフィに問うた。
「ありがとスコール。あと足が痛いかな」
「こっちもけっこう腫れてるな。神経は?」
「動かせるから大丈夫だと思う」
「セルフィ顔にも小さい傷があちこちついてるな。カワイイ顔が台無しだ」
 明かりをセルフィの方に近づけて、サイファーはあ〜あというような顔をした。
「地上で転げて、ここに落ちてきたからね〜」
「上から落ちてきたのか!?」
 サイファーは、セルフィも自分たちが入ってきた所を通ったのだと思っていたらしい。
「そうだよ」
「けっこう高いな。下に草があってよかったな」
 明かりで上を照らして確認した後、サイファーは心底安堵したようにセルフィを見た。
「だよね、あたしもそう思う。サイファーもスコールも心配かけてごめんね。で……アー」
 セルフィは言いかけた言葉をそこで切った。
「なんだ?」
 続きを言わないセルフィに、サイファーとスコールは訝かしげな顔をする。
「ん、しっ」
 黙ってと言うようにセルフィは口に指を当てた。





 太陽が濃い色を放ち始める少し前、アーヴァインははたと気がついた。もしやこの草原に点在する穴のどれかにセルフィは落ちているのではないか!? とすれば、どの穴に落ちたのか、この数の多さでは容易に見つけることはできないだろう。片っ端から覗いてでもみるしかない。アーヴァインがそう思った時、彼の視界を小さな何かが横切った。
『ホタル?』
 周りをクルクルと飛び回るそれは、今朝保護区内で見た小さなホタルのようだった。
『んなワケないか』
 だが、ホタルにしてはおかしい。バイクと同じスピードで走るホタルなど聞いたことがない。それにかわいらしい光ではあるが、まとわりつくように飛び回るのが鬱陶しい。
『あれ?』
 引き離すため、アクセルを回そうとした時ふいに光がアーヴァインからすっと離れた。相手から離れてくれてホッとしたが、素早く斜め前方に移動した後、その光は同じ所に留まって高く低く飛んでいた。全くもって奇妙な動き。そのせいか、つい目で追ってしまった。
「なんだ、アレ」
 小さな光の下、地面から別の光が上に向かって伸び、そしてまた消えた。ホタルのような光とは違う、人工的な光。スポットライトのような。。
「もしかして今の……」
 突然強く脈打ち始めた心臓と、まだ飛び続けている小さな光に導かれるように、アーヴァインはそっちへとハンドルを切った。





『あ、来た』
 セルフィは上空の穴を見上げた。
「何か音が聞こえないか?」
「ああ、聞こえるな」
 サイファーとスコールは顔を見合わせる。
「セフィ?」
「アービン、ここだよ!」
 セルフィはそう叫ぶと上に向かって手を伸ばした。
 サイファーとスコールがセルフィと同じように上を見上げると、風を切る音と共に、だん、と重みのある何かが落ちてきた。と言うより飛び降りてきた。
「セフィ、やっと見つけた」
「アービン、待ってたよ!」
 それが何なのか、二人が理解した時には、目の前でひしと抱き合う見慣れた光景が展開されていた。
「ごめん、遅くなって」
「アービンはちゃんと来てくれたから、そんなのいい」
「セフィ」
「アービン」
 更に力を込め抱き合う。


「アゴが外れるぞ」
 文字通り降って湧いたアーヴァインと抱き合うセルフィを呆然と見ていたサイファーに、スコールは極めて平静な声で言い放った。
「なんだアレは。いきなり落ちてきやがって」
「落ちたんじゃない、飛び降りたんだ」
「そんなもんどうだっていい。って、スコール帰るのかよ!」
 さくさくと持ってきた荷物をまとめスコールは、もう歩きだそうとしていた。
「あんたはあんなモノ見ていたいのか?」
「見たかねぇ、見たかねぇが、セルフィを迎えに来たんだろうがよ!」
「外で待てばいい」
「ちょっ、ま、待てよ、スコール!」
 全くもって納得出来ていないらしいサイファーの言葉を無視して、スコールはずんずんと来た道を戻っていた。





「う゛〜、白い天井は見飽きた」
 セルフィはまた横たわったまま上を見て呟いた。
「よっ、元気か?」
 真っ白だった視界に、元気な笑顔が飛び込んでくる。
「あ〜、ゼル……」
「なんだ元気ねぇな」
「ずっと寝かされっぱなしだもん、元気なんかなれないよ〜」
 ここぞとばかりに思いっきり愚痴る。
「そんなにあいつら“ヒドイ”のか?」
「うん、もう拷問だよ、聞いてよ〜、ゼル〜」
 セルフィはがばっと飛び起きた。

 ガーデンに帰ってきてから一週間。セルフィは未だ医務室のベッドに括り付けられていた。校医のカドワキ先生はもう歩いてもいいと言ってくれたのに、他の医学にはシロウトの面々が許してくれないのだ。全くどこの保護者のつもりなのか。「大ケガだったんだから」「ちゃんと治るまで動くな」「二日も見つけられなかったんだから」等々、勝手な言い分を押しつけてくる。特に最後のなんか、まーったく理由になってない! お見舞いに来てくれたキスティスとリノアに、「どうにかしてよ〜」と泣きついてみたが、「無理」と、あっさり却下され、「アーヴァインなんか死にそうな顔してたんだから、今は言うこと聞いてあげなさい」と逆に諭される始末だった。
 そりゃあ、保護者たちも頻繁に見舞いの品を持参して来てくれて、それは嬉しかった。嬉しかったが、セルフィにとっては“自由”が何よりの見舞いの品なのを、アノ野郎三人はちっとも理解していない。

「ひでーな」
 セルフィの話にゼルは同情的だった。
「でしょ、でしょー。んね、ゼル、あたしを連れ出してよ〜」
「そうだなぁ」
 唯一セルフィの気持ちを分かってくれるゼルを、セルフィはめい一杯期待を込めた瞳で見つめた。ゼルならきっといい方法を思いついてくれるに違いないと思ったのだ。
「変装でもして出てみるか?」
「うん、やる、やる!」
 さすがゼル! とセルフィは盛大に拍手を贈った。

「やっぱり外は気持ちいいねー!」
 一週間ぶりの外の空気をセルフィは思いきり吸い込んだ。
「おー、やっと元気になったな」
 セルフィの背後でゼルの満足そうな声がする。
「ゼルありがとねー」
「これくらいどーってことねーよ」
 ゼルはあれからすぐに行動に移してくれた。セルフィも動けるという理由以上に、変装という作業にとてもワクワクした。凝ったものではなく、ただ服と帽子で男の子になっただけではあるけれど、これで堂々と外に出られると思うと嬉しくて仕方がなかった。ただ自力で歩くのはまだちょっと大変だったので、車いすなのは我慢した。
「ゼル走ってみない?」
「ここでか?」
「面白そうじゃない?」
「だな」
 振り返って見えたゼルの瞳はいたずらっぽく輝き、自分と同じようなことに楽しみを感じるらしいのが分かり、またそれが嬉しかった。
 そして、この人気のないだだっ広い通路は非常に魅力的だった。ここを端から端まで、車いすでだーっと駆け抜けたらさぞ楽しいだろう。セルフィはワクワクと躍る心を止められなかった。
「いくぞ」
「オッケー」
 ゼルの合図にぐっと椅子の肘置きに掴まる。
「ヒャッホゥー!」
 通路を駆け抜けるという行為は、思わず声を出さずにはいられないほど爽快だった。
「わ、危ないっ!」
「わっ!」
 思いがけず、通路の脇から人が出てきた。ゼルは慌てて方向転換をする。だが、急な方向転換はバランスを崩し、スピードも大して衰えないままコントロールを失う。
「わーっ、突っ込むーー!!!」
 どちらかが叫んだ時には、目の前の何かの入り口に派手に突っ込んでいた。
「イタタタタ……ゼル、だいじょぶ〜?」
 ワケの分からない状態から何とか立ち直りながら、ゼルの安否を訊ねる。
「セ〜フィ〜、こんなトコで何やってんの〜!?」
 だが、返ってきたのはゼルではなく、セルフィのよ〜く知っている別の声だった。
「ア、アービンなんでココにぃ〜?」
 ひくひくと引きつる頬の筋肉に逆らい、めい一杯笑顔を作ってセルフィは声の方に向いた。
「ココ、男子トイレだからね。僕がいてもおかしくないでしょ、セフィがいるのはおかしいけどさ」
 酷くゆっくりとした口調に、セルフィは目の前が真っ暗になりそうだった。なんということだ。よりによって突っ込んだ先が男子トイレとか。これでまたガーデンの新たな伝説が出来上がるな、と半ば自虐的な方向に走ってみたりした。
「セフィ〜」
『うえ〜、こわいよ〜』
 間近に迫ったアーヴァインの含んだ笑顔に、セルフィはお腹の傷がまた痛くなった気がした。


END

リクエストを頂いたお話でした。『セルフィが任務中に行方不明』と他にも詳しい内容を頂戴して、その概要だけでとても萌えました。『セルフィを見つけるのはサイファーかスコールで』が、実にアーヴァインらしいと思いました。『ガーデンに帰ってからは甘甘で』と承ったのですが、どうにもそうならず申し訳ない限りです。
リクエストをありがとうございました!(^-^)

シリアスな話にも関わらず、相変わらずバカップルです。折角セルフィを見つけたサイファーとスコールが気の毒です。ゼルとセルフィは気の合ういいコンビだけど、二人が一緒だと周りの迷惑が倍増だなあ。この後セルフィはもうアーの言うことを聞いて、大人しくしておいた方が身のためだと思うよ。
(2009.11.12)

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