人気(ひとけ)のない夕方の教室。
初夏にしては涼しい日で、高さのあるせいか開け放たれた窓から入る風が心地よく、コンピュータを操作する指も軽快に動いた。
「よし、完成っ。アップロードっと」
セルフィは、キーボードのエンターキーをポンと押した。
「セフィ、何やってんの?」
丁度そのタイミングでアーヴァインがやってきて、教壇のコンピュータを操作しているセルフィの様子を覗き込んだ。
「ガーデン祭の告知ページを作ってたんだよ〜」
「それもセフィがやってんの? ガーデン祭って、学園主催なのに?」
「ま、そうなんだけどね。シドさんに頼まれたんだよね〜 あ、桃のジュースだ、オイシ〜」
セルフィは、アーヴァインから頼んだジュースを受け取りながら言った。
「セフィはホント好きだよね、そういう行事」
カラカラと椅子を引っ張って来て、アーヴァインはセルフィの横に座り、机に頬杖をついて彼女が操作しているモニター画面を眺めた。
「楽しいもん」
「だよね。で、今年のガーデン祭はどんな感じ〜?」
「はい、こんな感じ〜」
セルフィは、アーヴァインに数枚の資料を渡した。
バラムガーデン祭。
真夏に開催されるこの行事は、生徒主体の学園祭と違って、学園側主催によるもの。なので、祭とは銘打ってあっても、内容はどこかしら勉学に関連付けられていた。例えば、一般教養から出題されるクイズ大会。日頃鍛えた身体能力を思う存分発揮出来る、大がかりな障害物競技。いずれの催しにも賞品が用意されているので、かなり盛り上がる。賞品の方もやはり学園という名にふさわしいものが用意されていた。一番多いのは、各教授や教官による個人指導の権利。学園側も生徒のツボをよく心得ていて、人気の高い教授や教官を揃えてくるので、参加する生徒の白熱っぷりは毎年なかなかのものだった。
「今年は、キスティスの個人指導も賞品なんだね、これかなりの競争率だよね、きっと」
ファンクラブまで存在する人気教官のキスティス。それだけで彼女の個人指導権利が賞品となる競技は、色んな意味で熱くなるであろうことが簡単に想像できる。出来ればその競技場周辺には近寄りたくない、殺気を帯びたムサイ男の大集団など、考えただけでも窒息しそうだ。
「セフィはどれか参加するの?」
頭の中をヒジョーに美しくない映像に乗っ取られそうになったのを振り払うように、アーヴァインは隣の愛らしい小動物のようなセルフィの方を見た。
「う〜ん、トリプル・トレード大会に出ようかな〜、と思ったり思わなかったり……」
「珍しいね、セフィが迷ってるのって」
言葉の歯切れの悪さを感じながらも、アーヴァインはあまり気にはとめなかった。だが、セルフィに渡された書類を読み進めていくうちに、何故セルフィが言い淀んだのか、曖昧な態度なのか判ってしまった。というより、相変わらず判り易すぎる。
優勝賞品は、エスタでの工学技術研修。
「セフィ、エスタに行きたいの?」
「え、あ、う〜ん、タダで行けるなら行ってもいいかな〜っていう位だよ?」
だよ? って何だよ、だよ? ってどうして疑問形なんだよ。
びみょ〜うな語気に、アーヴァインは盛大に溜息をついた、心の中で。セルフィは相変わらずラグナさんを、“様”付けで呼び、ファンだと公言している。そんなことは今更だ。再会した時、セルフィは既にラグナファンだった。自分だって、ラグナさんが記事を書いている『ティンバーマニアックス』のバックナンバーを彼女の為にゲットしたこともあった。
ラグナさんに会いたいというだけで、大会に出場するワケじゃないと思う。研修内容だって、セルフィの好きな分野だし。
だ〜け〜ど〜。
あの時は、セルフィの気を惹きたくて取った行動であって、今は違う。気の遠くなる程長い間の念願だった“セルフィの恋人”というポジションを得た。なのに彼女は、未だに「ラグナ様に会いたいな〜」とか、平気で僕の前で言う。
そりゃ、ラグナさんへ抱いているのは単なる憧れだって知ってはいるけど、自分としてはヒジョーに面白くない。例え憧れでも、大好きな女の子の口から他の男に会いたいなんて言われて、それを許容出来る男などいるものか。心が狭いと罵られても構わない、イヤなものはイヤだ!
けれど悲しいかな、そういう繊細な男心なんて、セルフィはちっとも気が付いていない。もうなんともやるせない。だから、セルフィだとも言えるんだけど……。
ただ、今のセルフィの口調は、微妙に言いにくそうで、少しは気を使ってるのかな〜とも思った。だと良いんだけど。それでも、やっぱりラグナさんのことが好きという事実は、相変わらず不動なのか。
「それじゃ、そろそろ行くね〜」
セルフィはアーヴァインが、じっと考え込んでいる様子に気まずさを感じて、この場を去ろうとした。
「僕も出ようかな〜、トリプル・トレード大会」
「ええっ!?」
「どうして驚くかな、優勝、したいんでしょ? 僕も参加すれば確率上がるんじゃない?」
「でっ、でも……あたしに付き合わせるの、何か悪いよ」
「いいっていいって、僕はとくに参加したい種目もないし」
あまりいい気はしなかったものの、やはりセルフィの喜ぶことにはつい協力したくなってしまう、それがアーヴァインの性だった。
「ありがと……」
「で〜も」
ただ以前と違って、純粋な厚意という訳ではなかった。
「え!?」
アーヴァインは、立っているセルフィの腕をぐいっと引いた。とさっ、とセルフィはアーヴァインの胸に倒れ込む。
「条件があるよ」
暗さを増した誰もいない教室で、吐息のように告げられた言葉は、セルフィの耳にだけ届いた。
「オッケー?」
アーヴァインがにこにこと見つめると、セルフィは唇をきゅっと結んで、咎めるような困ったような顔をして彼を見た。
「わ、わかった」
「良かった、待ってるよ〜 何時頃になる? お茶の用意してるよ、何がいい?」
「……たぶん9時ぐらい、お茶はチャイで…」
セルフィはそれだけ言うと、アーヴァインの腕から逃れるようにに離れ、教室を後にした。
アーヴァインは咄嗟にしては上策の思いつきに一人悦に入った。数日後、この件でちょっとした鉄拳制裁を喰らってしまうことなど、この時点ではカケラも思わなかった。
※-※-※
「ほぼ準備も終わりだね〜」
セルフィは、今年は更に大がかりになった、鉄柱で組まれた巨大なジャングルジムを見上げた。
これは毎年恒例の障害物レースに使用するもの。一区画が平均的成人男性が通るのに若干余裕がある程度の大きさで設計されている。更に、この中に様々な障害物をプラスして完成する。その部分は、公平さを考慮して当日前夜に取り付けられるので、今の段階の作業はここで一端終了だった。
「セルフィ手伝いありがとう、助かるわ」
「基本、お祭りが大好きだからね〜。学園祭実行委員会のメンバーも大抵そうだし、創ってるときがまた楽しいんだよね〜」
そう言ってセルフィは、本当に楽しそうにジャングルジムを見上げた。
「セルフィはコレに参加するの?」
「ん〜 こっちも楽しそうだけど、今年はカード大会の方にしたんだ」
「やっぱりね、賞品が“あれ”だものね」
キスティスもセルフィの隣で、真夏の日差しから身を守るように手をかざし、ジャングルジムを見上げた。
「で、アーヴァインは知ってるの?」
キスティスの言葉に、ジムの上で確認作業をしているスタッフと交わしていた、セルフィのゼスチャーまじりの会話がピタッと止まった。見れば、思いっきり不機嫌な顔をしている。
「アービンのことは言わんといて!」
意外にも強い口調だったのに、キスティスは少しばかり驚いた。
「ケンカでもしたの? ダメよセルフィ、いくらアーヴァインが優しいからって、彼の前で“ラグナ様〜”をやるのは、結構傷つくわよ」
滅多にケンカなんかすることのない二人がケンカをしたとなれば、原因はそう多くはないだろう。そして今の会話から、見当を付けた原因はきっと当たっているとキスティスは思った。
「そうなんだけどね、あたしも流石に気が引けてたんだけど、アービンの方から『僕も一緒に出場するよ』って言ってくれたのに、急にダメになったって。なんで? って聞いたら、『チョコボレースの方に出なきゃいけなくなったから』って、理由も教えてくれないんだよ」
「……そうだったの」
キスティスは、何故アーヴァインがそんなことを言い出したのか、何となく察しがついた。素直じゃないあの男のいかにも使いそうな手だ。だが、それをセルフィに言うのは躊躇われた。その原因が何なのか、“誰”なのか、自分の口から言うのはちょっと恥ずかしい。セルフィにしては、かなりお冠なようだし、怒りの矛先がどこに向くか分からないのも……。
「悪いな〜と思ったから、アービンの“お願い”きいてあげたのにぃ、きき損だよ〜」
ほんの少し染めた頬をぷぅ〜っとふくらませている様は、同性から見ても可愛らしいと思ったが、そんな言葉まで聞いてしまって、キスティスはますます言えなくなってしまった。
思い出したらお腹が空いたのか、夕食につきあってというセルフィの誘いを、まだ用事が残っているからと丁重に断ってキスティスはその場を後にした。
※-※-※
「イテテテ…」
校庭のベンチにデロ〜ンと俯せに寝転がって、アーヴァインは呻いた。
ここ数週間ばかり、滅多にしない事で酷使した身体がギシギシと悲鳴を上げていた。これでも随分良くなった方で、最初の一週間は本当に酷い有り様で、毎日ボロ雑巾のようだった。更に追い打ちをかけるように、練習を始めてすぐに“バレ”てからセルフィには避けられっぱなし。身体の痛みばかりか、心の痛みまで増えてしまった。
原因は至って簡単明瞭。
悪いのが自分だということも、アーヴァインはよ〜く分かっていた。分かってはいたが……。
「不可抗力だったんだよ、セフィ…」
弁解の言葉を告げたくとも、ここにセルフィはいない。ベンチ横の背の高い植木すら風になびかれ、聞きたくないとでも言うように、アーヴァインとは逆の方向に揺れていた。
「どうよ、ケツの調子は」
シャクに障るくらい明るい声が頭上から聞こえた。
「……見ての通りだよ」
答えてやるまいかと思ったが、声の主が手にしている湿布薬が目の端にチラッと見え、アーヴァインは素直に答えた。
「そんなで本番大丈夫か?」
「多分…、大分コツは分かってきたから、なんとか頑張るよ」
「おめーもアレだよな〜」
ベンチでくた〜とのたうっている姿が、冗談じゃなく本当に疲れ切っているのだと分かったゼルは、同情の溜息を洩らした。
「バカだって言いたいんだろ〜。分かってるよ、そんなこと」
「相手がアレじゃあな、仕方ね〜か。セルフィを人質にでも取られりゃ、当然だよな」
ゼルも身に憶えがあるか、その声は至って真面目だった。
「知ってたんだ」
「しらね〜けど、大体の察しはつくわな。そんなトコだろ?」
「……まあね」
「というワケで、オレ様オススメの湿布薬もって来たぞ、あとばーちゃん特製の飲み薬も、効くぞコレ」
「ありがとうゼル。うれしくて涙が出そうだよ」
「男のケツに貼ってやるシュミはねーから、あとは自分でやってくれな。レース本番には、でっかい旗作って応援に行ってやるよ」
ゼルはニッと笑って、来たときと同じように軽い足取りで校庭を去って行った。
「本番か〜、セフィは見に来てくれるかな……」
アーヴァインは大きな身体には狭いベンチの上で、器用に寝返りを打って仰向けになった。
額の上に手を置いて空を見ると、高い所を鷹が一羽、はばたきもせず風に乗って飛んでいくのが見えた。
ひょんなことで『チョコボレース』に出るハメになったのは、セルフィに約束をしてから数日後のことだった。
一人食堂でランチを摂っていた時、珍しくサイファーが相席をしてもいいかと訊いてきた。別に断る理由も無かったので、向かい合わせで食事を摂ることになった。だが、話しかけてきた割りには、黙々と食事を平らげるだけで、サイファーは喋ることはしなかった。ヤローと二人顔をつき合わせた無言の食事は、楽しいものとはほど遠く、食べ終えたので席を立とうとしたら、「オレの分も食後のコーヒーを頼む、奢ってやるから」と言われた。そして、二人分のコーヒーを持って、サイファーのいるテーブルに帰ってきたら、スッと数枚の写真を差し出された。うっかりと言うか、本能的にというか、とにかくその写真に目が釘付けになってしまった。下から舐めるようなナイスアングルの、美脚&ミニスカートにときめかない筈がないってば。他の写真も男の萌え心を絶妙に突いたアングルで、顔こそ見えなかったものの、どれにも心がときめいた。
次の言葉を聞くまでは――――。
「それ、誰か知りたくないか?」
「うん、そうだね〜、知りたいね〜」
多分その時の顔は、アホみたいに緩んでいたと思う。
「セルフィだぞ、それ」
「あ、そっか〜。どうりで何か見たことあるような気が……」
「ええーーーーーーっ!!!!!」
「ちょっ、えっ!? なんで!? えっ? あ、あ〜?? うっそ、えーーーー!???」
今度は口がアホになった。
「コーヒー飲んで落ち着け、ヘタレ野郎」
動揺まみれのアーヴァインを、いつものように口角を上げてサイファーは笑ったが、その後は至って真面目な顔をして話を始めた。
その写真は、前にバラムの街でオープンカフェを開いた時に撮られたものだった。
皆がキリキリ舞の忙しさの中、副責任者であるサイファーも例外ではなく、少しでもスムーズに皆が動けるようアレコレと立ち回っていた時、聞き覚えのあるカシャカシャという機械音と共に、良からぬ気配を感じ取った。そして、その気配を辿ってみた所、植え込みの陰に隠れるようにして一心不乱にシャッターを切っている男を発見し、問いつめてみると、ウェイトレスの女の子達の写真を撮っていたことをあっさり白状したらしい。
一睨みされるだけでも、ガーデンでは恐怖で凍ったようになる生徒もいる位なのに、それを至近距離で問いつめられたりしたらひとたまりもないよね。
アーヴァインは、そのカメラ小僧に少しだけ同情した。
男のカメラから強制的にメモリを抜き取った後は、うっかり手が滑ってカメラを落とし壊してしまったそうだ。
絶対うっかりなんかじゃないと思うけど……。
ついでに、聞きもしないのにその男は、他にもそこにいたカメラ仲間のことをペラペラと喋り、サイファーは芋づる式に捕まえたらしい。
あの時の自分はウェイターの仕事をこなすのに必死で、他のことなんか構っている余裕は微塵もなく、ウラでこんなことが起きていたなんて、アーヴァインはちっとも知らなかった。もし知っていたら、多分サイファーとそう違わないことをしていただろう。そういう場合、本当にサイファーは頼もしい存在だ。出来るなら敵には回したくない。セルフィのことに関しては、半分敵のようなもんだけど……。
いやいや、話はそっちじゃなくて、セルフィだ! 僕の大事なセフィの写真を無断で撮るなんて、しかもあんなアングルで!
絶対許さないっ!!
ふつふつと怒りが湧き上がり、アーヴァインは勢いよく視線を上げた。だが、そこでかち合った瞳に、ビシィッと平手を打たれたような感覚に見舞われた。その瞳からは間違いなく「落ち着け」と聞こえた。
サイファーの言うとおり、コーヒーをゆっくりと何度か口に運び、心を落ち着かせてから最も訊きたいことを問うた。
「で、どうしてこんな写真が今あるのかな? 当然メモリも消したんだよね〜?」
「さあどうしてだろうな、そんなことより、この写真のメモリはオレの手元にある。お前欲しくないか?」
「欲しいに決まってるじゃないかっ!!」
人間咄嗟の時には、実に素直になる。
そして、サイファーが勝ち誇ったように口の端を上げてニヤッと笑ったのが見え、色んな意味で『しまった』とアーヴァインは思ったが、後の祭りだった。
「条件がある」
やっぱり…、と心の中で項垂れる。
「なんだよ、条件て」
それでも、声を張るくらいの気力はまだあった。
「ガーデン祭のチョコボレースに出ろ」
どんな難題をふっかけてくるのだろうかと思ったが、意外とそうでもなかったことに安堵した。
「レースに出ればいいんだね」
「必ず優勝しろ、でないとコレは渡さない」
「なんだよソレ、無茶言うな〜」
「死ぬ気でやったら出来るだろ」
「ムリだよ、チョコボなんて数回しか乗ったことないのに」
「だったら今から練習しろ」
「なんでそんなに優勝に拘るんだよ、自分で出ればいいじゃないか。大体サイファーの方が、乗るの上手いだろ?」
「うるせーな、出ろ」
あまりにも強引な言い方に、腹がたってきた。と同時に、何故こんなに優勝に拘るのかも気になった。
このまま押し問答をしても拉致があかない。冷静になる為に、アーヴァインは少し冷めたコーヒーに口をつけた。その時、サイファーの肩越しに、食堂入り口の方を歩いているキスティスの姿が眼に入った。
『彼女か!』
キスティスというキーで、全てが解った。
なんてことはない、実に単純なことだった。チョコボレースの優勝賞品は、キスティスの個人指導権。それが面白くなくて、サイファーはこんなことを振ってきたのだ。僕が断れないような、実に姑息な手を使って。そのやり方にはムカツク部分もあるが、心情は、うん、分かる。自分なんかよりう〜んとプライドが高い分、自らレースに出場することも出来ない。そう思うと、アーヴァインは勝ち誇ったような気分になった。
「分かったよ、出るよ。で、キスティスには黙っといた方がいいのかな〜?」
サイファーの後ろから視線を戻し、さっきの彼と同じように口の端を上げて笑って見せた。その豹変振りが大変お気に召さなかったらしく、サイファーはただでさえ怜悧な印象を与える薄い色の瞳で睨むようにして、こっちを見た。
「何言ってんだお前は……」
「私も、混ぜてもらっていいかしら」
突然の背後からの声に、怜悧な瞳の印象は霧散し、それどころか動揺を露わにしたのが、向かい側に座っているアーヴァインにだけ分かった。
「あ、残念だけど、僕はもう行かなきゃいけないんだ。またね、キスティ。二人でゆ〜っくりしていくといいよ〜」
素早くテーブルの上にあった写真をまとめてポケットねじ込むと、サイファーには目もくれずず、キスティスに最上の笑顔とウィンクを送ってから歩き出す。
背後に「絶対誰にも言うな」とサイファーの声が聞こえたが、何の返事も返さずアーヴァインは食堂の出口へと向かった。
そうやって引き受けたはいいが、アーヴァインが速攻で後悔することになったのはそれからすぐだった。
チョコボはその見た目から、つい“カワイイイキモノ”と思ってしまいがちだが、性格は個体によって千差万別で、穏やかで優しい性格の子もいれば、実に気まぐれで我儘な性格の子もいた。アーヴァインのパートナーとなったのは、どっちかと言うと気むずかし屋だった。最初の一週間は背中に乗せてもらうだけで四苦八苦した。次の一週間は、言うことを聞いてくれず、勝手に爆走するチョコボの背中にしがみついて終わったような気がする。そして、慣れない運動で身体の痛みはピークに達し、特におしりの痛みは酷かった。
アーヴァインが「走るのが速いチョコボ」を、との希望を出して選んで貰ったパートナーだったが、流石に不安になり、変更が出来ないか訊いてみようと、提供主に声を掛けた。ところが、逆に「コイツに愛想を尽かさなかったのは君が初めてだ」と言われてしまい、チョコボを提供してくれ、また乗り方の指導もしてくれている人の、期待に満ちた表情に、変更希望なんてどうしても言えなくなってしまった。
「はあ〜 セフィには避けられっぱなしだし、今僕のパートナーと呼べるのは君だけなんだよ…」
アーヴァインはあかね色に染まりかけた牧場の柵にもたれ、相変わらず他所を向いて立っている相棒に話しかけた。だが、返事は帰って来ず、こちらを一瞥しただけで“彼”はまた他所を向いてしまった。
どうやらアーヴァインの相棒は、牧場でもピカ一のプライドの高さと我儘を誇っているらしく、他のチョコボが寄ってくるとスッと避けるように離れる。なのに、時折淋しげな眼をして群れの方を見ている。
今も…。
ひょっとしたら不器用なだけなのかもしれない、アーヴァインはそんなことを思った。時間をかければ、心を開いてくれるかもしれない。けれど、アーヴァインに残された時間は多くなかった。任務や職務の合間をぬっての練習の上、レース当日まで後一週間しか残っていない。
「僕でいいなら、友達になってあげるのにね。走るのは文句なしに速いもんな〜、あとは呼吸さえ合えば、優勝間違いなしだよ? そしたらきっと女の子にモテモテだよ〜」
柵の上に肘をつき、更にその上に顎を乗せ、独り言のようにアーヴァインは言った。相棒は、それをうるさいとでも思ったのか、アーヴァインの頭をテンガロンハットの上から、コツンと突いた。
「イテテッ 分かったよ、もう帰りたいんだろ?」
アーヴァインは手綱を引いて厩舎の方へと歩き始めた。帰る時は大人しく手綱を引かれる相棒に、小さく溜息をついた。
いつの間にか、空は濃い蒼に塗り替えられ、あかね色は山の端にわずかに残っているだけだった。