Blue Horizon
chapt.10 道
至る所に石が転がり、緑も水も酷く少ない、寂莫とした景色がどこまでも続く。
遠い昔、高度な文明が栄えていた都市の姿など、もう何処にもない。僅かに残った末裔達がひっそりと暮らすシェルターと、時間から取り残されたような遺跡が、その片鱗を垣間見せるだけ。
セントラの地の大半を覆う赤茶けた土は、まるで血の涙が乾いた痕のようだ。道らしい道も殆ど無く、希にモンスターに出くわす事はあっても、人に出会う事はない。ここは忘れ去られた地だという事を否応無しに感じた。
そんな土地でも一人バイクで走るだけなら、そう苦労する事はない。だが今は負傷したセルフィを抱えている。図らずも大きな振動を身体に受ける度に、セルフィの身体にまたダメージを与えるのではないか。早く目的地に着きたいという思いと、彼女の身体の負担にならないように慎重に進みたいという思いがせめぎ合う。
石と赤い土しかない荒野を、細く長く土埃を巻き上げながら、アーヴァインは直走っていた。
―― そろそろ睡眠が切れるようだ ――
昨日、話しかけて来てから、シヴァは時々アーヴァインの相手をしてくれ、意図してかどうかは分からないが助言もしてくれた。それは、負傷したセルフィを抱え、ともすれば心細さを憶える道中、アーヴァインの心の支えにもなっていた。
「あの森の所で少し休むよ」
アーヴァインは姿の見えない相手に返事をした。
アーヴァインは、セントラの荒れ地には珍しい、結構な大きさの森の中に入った。その中に広く開けた場所があり、そこにバイクを停めた。
生き物がいるのかどうかも分からない静かな森。だがそこには確かに生命が在った事を示す跡があった。半ば同化するように草木に埋もれた多数の瓦礫。それは紛れもなく、かつてここに人の営みがあったという事を物語っていた。
アーヴァインはセルフィを背負うようにしてバイクから降ろすと、大きな木の根もと頃の良い場所に、後ろからセルフィを抱きかかえるようにして、腰を降ろした。セルフィの状態を確認してから、シヴァのアドバイス通り、再びスリプルを唱えた。
セルフィの温かな体温を衣服越しに感じ、穏やかな息遣いが聞こえた。
昨日あれから、倉庫の残骸の間に燻っていた火を松明代わりにし、役に立ちそうなものを調べて回った。運良く、廃棄物の山の横に、どう見ても最近使われていたと思われるバイクを見つけた。それだけでも、散々自分の事を甘いと言ったディルハルトも十分甘いと思ったが、更に飛空艇の飛び立った後、そこに無造作に落ちていた、ファーストエイドと書かれた小さなアルミの箱には思わず苦笑した。そして、それを当然のように使わせて貰う自分にも。
一通り、セルフィの手当と自分の手当をし、これからどうするかと思案しながら、ふと洩らした、「どうしたもんか」というつぶやきに、再びシヴァが応えてくれた。
『此処から人間の尺度にして、西の方300km程の所に建物がある。最も近い人工物はそれだ』
何故そんな事が分かるのかと訊いたら、『我らは個にして全、全にして個』だと返ってきた。分かったような分からないような言葉だったが、G.F.というのはやはり神秘の存在なのだという事は良く分かった。
ちなみにどんな感じの建物かと訊いたら、『人の住まいの様な造りだ』と教えてくれた。通信機も持っておらず、ビーコンも運悪く壊れていた。壊した憶えはないが壊れていた。ディルハルトの組織の連中が戻って来るとは思えなかったが、じっとここでガーデンからの救援を待つのが良いか、シヴァの教えてくれた建物を目指す方が良いか。散々迷ったあげく、こうして自分で動く方を選んだ。
「こんな所に森なんて、セントラらしくないな」
―― とうに滅びた村だ。かつて、ここは美しい土地であった ――
「もしかして、前時代のセントラ文明の頃とか?」
―― 妾にはついこの前の事ように思えるが、人から見ればそうかも知れぬな。ここは良き土地であった。良き民が慎ましく暮らしていた ――
シヴァの語り口調は、それまでと違い幾分和らぎを含んでいるような気がした。
「そうなんだ……」
柔らかな光の帯が差し込み、静寂な空気に包まれたこの場所で、アーヴァインは目を閉じ、暫し古の人々に思いを馳せた。
シヴァはかつてここが美しい所だったと言った。G.F.とはそんな古くからの存在なのか。自分達から見れば神話と言っても良いほどの古い時代。ひょっとしたら、ガーディアンフォースと人は共に暮らしていたのかも知れない、そんな事を思った時、再びシヴァの声が聞こえた。
―― 人間、お前は何故、妾の力を使いたがらぬ ――
「記憶を失うのが怖いんだ。大切な想い出を無くすのが怖い」
そう、それが何より怖かった。
G.F.をジャンクションする事で受ける恩恵は計り知れない位大きい。
あくまで擬似であり威力も劣るが、魔女でなければ使用する事の出来ない魔法を使用する事が出来る。それらを上手く組み合わせれば、人自身の能力も、ジャンクションしている間は飛躍的に高くなる。加えて、G.F.を媒介すれば、普段は“ただそこに在るだけのモノ”が優れた道具や薬としての効力を発揮する。逆にG.F.を媒介しなければ、それらは使用出来ない。そして、中でも最たるものは、召喚した際のG.F.自身の力。人の力など塵にも思えるような巨大で圧倒的なものだ。未だに争いが絶えず、モンスターの脅威にもおびやかされたままの世界で、様々な任務に赴くSeeDにとって、どちらを取るのが良策かと問われれば、答えは火を見るより明らか。
差し出す贄は記憶のみ。
少し位失っても、生きていくことに大きな支障はないだろう。
だが、以前の自分ならいざ知らず、今は失いたくない大切な想い出がある。失ってしまったら、想いまで消えてしまうような気がする。それは嫌だ、理屈では分かっていても心情的に嫌なのだ。
―― 異な事を言う。記憶を失うなどと誰が言った ――
返ってきた言葉に、アーヴァインの方こそ、異な事を言うと思った。誰かに言われたとかではなく、散々目の当たりにしてきた事実だ。
何故そんな事を言うのか、アーヴァインはシヴァに問うていた。
人の記憶は蓄積されるだけで消える事はない。
ただ、あまり思い出す事のない記憶は、思い出す回数が減ると、その記憶への道同士の繋がりが切れてしまうだけだ。それが“忘れる”という事。“忘れる”を“失った”と解釈するのが、そもそもの間違いなのだ。
G.F.をジャンクションすると、その居場所を確保するため意識の一部を明け渡す、与えられた場所が記憶への道を司る部分であるが故に、記憶への道の断絶が促進される。それは単に道が分からなくなるだけで、記憶そのものを、G.F.が消した訳ではない。すなわち、思い出したいと何度も強く願えば、必ずその想い出への道は再び繋がる。
人が、まだ己を構成するものの力を知らないだけだと、最後にシヴァは言った。
「何故、記憶を司る部分に?」
―― 我らがその場所を望んだ訳ではない。だが、身体の動的部分を司る所よりは、良いのではないのか? ――
アーヴァインは、憑き物が落ちた思いだった。
確かに、トラビアで幼馴染みだった事を明かした後、個々の差はあれど、仲間達は忘れていた幼い頃の記憶を取り戻した。記憶を失ったのだとすれば、思い出せる筈は無い。自分達の勝手な思いこみだったのだ。人もまた、G.F.に劣らず神秘の存在なのだとアーヴァインは思った。
ただ、忘れた方が良い記憶もある。自分もそう思った事がある。恐らく、G.F.の使用を推進したシド学園長は、間違いなくそう思っていたのだろう。その理由は、今ならば十分に理解出来た。あの旅の途中、結果的に、自分はシドの思いとは逆の事をしてしまったが。もし自分がシドの立場だったなら、同じ事をしたかも知れない。
そして今、また一つ辛い記憶が増えた。
けれど、それを忘れたいとは思わない。辛いからと忘れ去ってしまったのでは、人は強くなれないと気が付いた。今は胸を突き刺すように痛くとも、傷がいつかは癒えるように、傷痕は残っても、記憶は残っても、痛みは和らぐ。そして、ゆるやかに、たゆたうように心に溶け込み、血肉となっていく筈だ。
多分――、それが、“強くなる”という事なのだ。
それと、もう一つ大事な要素があった。
守りたい、共に隣を歩きたい、ふさわしい人間になりたい。
「キミが僕を強くしてくれる」
アーヴァインは、セルフィを抱く腕に力を入れ、耳にそっと囁いた。
「シヴァ、あとどれ位で着くか分かる?」
―― 日が落ちる前には着くだろう ――
もっと時間が掛かると思っていたが、予想よりも順調に進めたようだ。太陽の高さからすると、今は昼少し前、夜が明ける前に出発したので、もう半分の行程は来たという事か。あと半分。それが分かると、少し安心もし気分的にも楽になった。
なるべくセルフィの負担にならないように注意して、シヴァが教えてくれる方へと、軌道修正をしながらバイクを走らせた。
三、四時間程走った頃だろうか。どことなく見たことのあるような風景が現れ始めた。セントラは、どこも荒涼としていて、変化に富んだ土地柄ではないが、今見ている景色は妙に安心感を与えるような気がする。それから暫く走ると、何故そう思ったのかはっきりとした理由が分かった。
見覚えがあって当たり前だったのだ。見ていた景色なのだから。懐かしく、そしてほんの少しの寂しさも入り交じる記憶へと繋がる場所だった。
「もうそろそろ見えてくる筈……」
アーヴァインがそう思った時、見慣れた建物がゆっくりと姿を現した。
ここに来るのは久し振りなので、少しワクワクもする。それと同時に、期待は減少した。あの建物は、雨露をしのぐ事は出来ても、通信設備や、食料、ましてや薬などはないだろう。
だが、間近になるにつれ、シヴァの導きは正しかったのだと分かった。
「あ、そうだ。前にここの立て直しするって話が……もうここまで出来上がってたのか」
アーヴァインは、バイクから降りてセルフィを抱きかかえ、建物の入り口前で足を止めた。以前ここを訪れた時の見る影もなく、幼い頃の姿よりも美しく生まれ変わっていた。高い位置にある神話を思い起こさせるようなレリーフはより繊細に、大きく丸い石柱は力強く、真新しい白い石造りの外壁は、日の光を受け輝いているようだった。建物横には仲間達と約束をした、緑と野花の咲き乱れる原もそのままに。
懐かしい――――。
物心がついたばかりの頃過ごした温かな家。今にも、幼い自分達が扉を開けて、走り出て来そうだ。
アーヴァインは思わず顔を綻ばせていた。
中へ入るため、取っ手を持ちぐいっと押した。だが、扉はがんとして開かなかった。どうしてかと見回して、扉の横にある物が目に入った。古い造りには不似合いの、幼い頃には無かった、近代的な小さなが機械取り付けられていて、赤いランプが点滅していた。
「うわ〜 簡単には入れないってコト〜?」
ここを訪れた誰もが、ホイホイと入れて良い訳がない。当然と言えば当然なのだろうが、アーヴァインは落胆した。中に入れないのでは何の意味もない。このままここでぼ〜っと待っていたとして、誰かが来てくれるまで一体どれだけの時間が掛かるか。
「う〜ん カードキーだけで開くタイプかな〜」
もちろん、ここが完成していた事も知らなかったアーヴァインは、カードキーなど持っていなかった。
「持っているカードと言えば……。お! もしや……」
セルフィがずり落ちないように、だんと壁に足をつけて支え、アーヴァインはポケットの中を探った。そこからIDカードを取り出す。もし、ママ先生達が今もそう思っていてくれるなら……使えるかもしれない、そう思って、自分のIDカードを機械に差し込んだ。直ぐに点滅していた赤いランプは緑に変わり、カチッと鍵の外れたような音がした。
「良かった〜」
建物内も殆ど完成しているようだった。
以前子供部屋だった一室のベッドにセルフィを寝かせて、その穏やかな呼吸と顔を確認すると、アーヴァインは家の中を色々見て回った。幼い頃と同じ間取り、ママ先生達の部屋も、みんなで遊んだりケンカをした居間も、時折セルフィがベッドに潜り込んできた子供部屋も、何もかも以前と同じ所にあった。ただ少しだけ、子供の頃より、どの部屋も小さくなっていた。許可が貰えるなら、セルフィとみんなとプライベートで来たいな〜と思った。だが最も欲しいと思っていた、食料は流石に見つからなかった、唯一水道はきちんと水が出たのが救いだった。
再びセルフィが眠っている部屋に戻ると、隅のテーブルの上に端末と通信設備が見えた。懐かしさにすっかり忘れていたが、ガーデンに連絡しないと、多分心配しているだろう。
「……うん、セフィも無事だよ。…………うん、お腹は空いてるけど、取り敢えず水で何とか……」
珍しく、慌てた様子で次々と質問してくるシュウ先輩に、訊かれるがまま答えて、通信を終えた。
アーヴァインは大きく息を吐いて、ベッド横の椅子に身を投げ出すように座った。セルフィは相変わらず、すうすうと軽い寝息を立てて眠っている。その寝顔を見るのは自分だけの特権とも思えて、結構好きだけど……ちょっと残念な気もする。
昨日、彼女の痛みを少しでも和らげたくて、何か言いたげなセルフィを強制的に眠らせてしまった。少し落ち着いた今、それが何だったのか激しく気になってきた。どうにかして起こす事は出来ないだろうかなどと、自分勝手な事まで思ってしまった。
「ねぇ シヴァ。魔法解いてくれないかな」
可能なのかどうか分からなかったが、G.F.なら或いはと思い問いかけてみた。
だが、いくら待ってもシヴァは答えてくれなかった。
もう一度問いかけてみようと口を開きかけた時、外から騒がしい音が聞こえてきた。その音はあっという間に、大きく、近くなる。
「な、なんだっっ」
間違いなく、この建物へ入りここへ近づいて来る、複数のどかどかという足音とがやがやとした声に、アーヴァインはたじろいで腰を浮かしかけた。
「一体何が来たっっ!?」
バンッと乱暴にドアが開いたかと思うと、直ぐさま何かに抱きつかれた。
「生きてたのかーー! 心配させやがって!!」
耳元で言われた声があまりに大きくて、アーヴァインの耳はキーンと一瞬何も聞こえなくなった。パチパチと目を瞬かせて離れた相手を見ると、怒ったような安心したような顔をしてゼルが立っていた。
そのアーヴァインとゼルの隙間をかいくぐるように、小さな影がセルフィのベッドに駆け寄った。
「おねーちゃん! セルフィおねーちゃん」
小さな少女が、セルフィの顔に手を伸ばし今にも泣きそうな顔で、名前を呼んでいた。
「リノアおねーちゃん!」
目を覚まさない事が分かると、少女は後ろをゆっくりと歩いてきたリノアを振り返った。
「使いたいの?」
リノアが優しく問いかけると、少女はこくんと頷いた。
「いい?」
「ああ 構わないだろう」
リノアは、更にいつの間にか後ろに立っていたスコールに確認をし、少女の隣へと立った。
「ジェナ、手をここへ」
少女はリノアに言われた通り、セルフィの胸の辺りに手をかざす。その上からリノアも少女の手に自分の手を重ねた。
「願って。元気になりますようにと」
「はい」
少女は口をキュッと結び、懸命に何かを念じているようだった。
傍目からは何も見えないが、アーヴァインにも、その場に居合わせた者達にも、何が起ころうとしているのかは判っていた。ただ、静かにその時が訪れるのを待つ。
ほどなくして、セルフィが一度大きく息をした。
「もう大丈夫だよ」
リノアはジェナに向けて柔らかく微笑んだ。ジェナも、安心したように肩を下ろした。
「…ん」
「気が付いたようよ」
キスティスの澄んだ声が小さく響いた。
ぐぐーーっと上に大きく手を伸ばすと、セルフィはパチッと目を開けた。
「セフィ」
「アービン?」
目をパチパチさせながら、声の方に首を巡らせてセルフィはアーヴァインを見た。
「セフィ、気分は……」
「アービン、あたしのケーキ食べたやろーーー!!」
セルフィが、ガバッと身体を起こすと同時に振り上げた拳が、見事にアーヴァインの顎にヒットしていた。
不意を喰らってアーヴァインは尻餅をつくように、倒れてしまった。
「セフィ、それはないよ〜」
顎を押さえて涙目になっているにアーヴァインに、周囲からは豪快な笑い声と、押し殺したような笑いが零れた。
「あれ?? みんな何でここにいてるん?」
「ジェナに感謝するんだな。この子がここにセルフィがいるって言い張るんで、こうやって来たんだ」
珍しくスコールも、柔らかい笑顔をセルフィに向けていた。
「ジェナ? あ、ジェナ! 無事だったんだね、大丈夫? どこもケガしてない?」
セルフィは直ぐ近くにいたジェナに気が付くと、一気に捲したてた。
「うん、私は元気。おねーちゃんは? まだ痛い?」
「あれ? そう言えば、ん〜 大丈夫、痛くないよ」
にこにこと、ジェナの手を握ってセルフィは答えた。
「まあ、みんな勢揃いなのね」
穏やかな優しい声がドアの方から聞こえて来た。
「ママ先生!」
「フランママ」
部屋の入り口には、イデアとフランが立っていた。
「そこでお会いしたの」
フランが遠慮がちに説明してくれた。
「もしかして、その可愛らしいお嬢さんかしら」
今は優しい色をしている琥珀の瞳をすがめるようにして、イデアはジェナを見ていた。
「私たちの先輩よ」
リノアがそっとジェナの耳元に囁く。
「はじめまして、ジェナ・ロワです。よろしくお願いします」
ジェナはイデアに向かってぺこんと頭を下げた。そしてイデアを見上げたジェナの面差しは、その髪の色のせいか、どことなくイデアと似ていた。
「こちらこそ、よろしくね。あなたに会えて嬉しいわ」
そう言ったイデアの隣で、フランも微笑んでいた。
緩やかに優しい空気が流れ、ざわざわと楽しげな会話が小さな部屋に満ちた。
「ね、ジェナ。伝えたい事があるの。あなたの名前の意味知ってる?」
「ううん、どんな意味があるの?」
ジェナは、好奇心一杯の瞳でセルフィを見た。
「あのね〜、ステキなんだよ。“大切な宝石”っていう文字がジェナの名前の中には入ってるの」
「ほんとにっ?」
「うん、ホントだよ〜。ジェナの綴りはジェムナとも読めるんだよ。そのジェムっていうのが、大切な宝石って意味。わざわざ文字を付け加えたジェナのパパとママは、ジェナの事をとても愛してたんだよ」
「そうなんだ、知らなかった。教えてくれてありがとう、おねーちゃん」
そう言って笑ったジェナの瞳は、本物の宝石のようにキラキラとしていた。
「それと、もう一つ、カイに手紙を書いてあげて。ジェナの事とっても心配してたから、安心させてあげてね」
「うん、分かった。ちゃんとお手紙書くね。おねーちゃんにも」
ちょっと照れくさそうに、はにかんだようにジェナは笑った。
その笑顔にセルフィも安心した。彼女にとってこれからの人生は楽しい事ばかりではない。辛い事の方が多いかも知れない。辛くて泣きたい時、誰かが自分の事を思っていてくれる。その存在を知っているのと知らないのとでは、大きな差がある。
そして、ジェナが早く、小さな騎士候補の事にちゃんと気が付いてくれるといいな〜、とセルフィは思った。
「そろそろ出発しねーか?」
いつの間に来たのか、ぎゅうぎゅう詰めの部屋の中にサイファーが立っていた。
「あら、そうね。早くガーデンに戻った方がいいわね」
会話に夢中になっていたキスティスが、すっかり忘れていたとばかりに慌てたような顔をした。
「じゃ、セルフィは俺がかかえて行ってやるぜ」
「ありがとうサイファー、優しいね〜、好きだよ〜」
サイファーは、アーヴァインへのちょっとした悪戯心からそう言ったものの、にっこにこと無邪気な顔をしてそんな事を言われ、本命以外にはやたら素直過ぎる、セルフィの困った性格を思い出した。思惑とは違っていた方向へ行ってしまったのを、ほんの僅か悪い事をしたとも思った。
「アーヴァインがいるだろ」
珍しくゼルが気の利いた事を言ったが、
「アーヴァインだって、相当疲れてるだろ」
自覚なし朴念仁のスコールが切って捨てた。
当のアーヴァイン抜きで会話は終了し、皆ぞろぞろと部屋を出て行き始めた。
その様子を、アーヴァインはぼ〜っと眺めていた。
確かに疲れていたのだ。さっきまでは全く自覚していなかったが、仲間達がやって来て、気が付いたセルフィにアッパーを決められてどんと座り込んだら、妙に安心したというか、急に疲れが押し寄せたというか。今だって本当は、セルフィを抱いて運ぶのは自分の役目だと言いたかったが、口が、身体が動かなかった。
信じられないようなタイミングで、忙しい筈の仲間達が揃って駆けつけてくるなんて、びっくりするような状況だったし。
だから、みんなの厚意が嬉しくて言い出せなかった。
「おにーちゃん。本物の方が優しそう」
「ん?」
ふいに横から可愛らしい声が聞こえて、アーヴァインは我に返った。
「それとね……」
「なに〜?」
膝をついて、アーヴァインと同じ目の高さで話しかけて来た少女に、アーヴァインはにこっと笑った。
「セルフィおねーちゃんね、おにーちゃんがそばにいるから寂しくないんだって」
「え!?」
「この前私に話してくれたの。おねーちゃん、そういう事言うの苦手なんじゃないかな〜と思って、代わりに伝えたの」
「……ありがとう」
なんて、洞察力の鋭い少女だろう、いや、女の子はこれが一般的なのか。だが、そんな事どうでもいい位、今のアーヴァインは、ジェナの言葉がとても嬉しかった。
「僕らも行こうか。みんなに置いて行かれちゃうよ〜」
「うん!」
アーヴァインはとんっと立ち上がると、差し出された可愛い手を握って、イデアの家を後にした。