Blue Horizon

 chapt.8 囚徒

 まさか彼が裏切るとは。
 この時点に於いては、もう裏切ったと言うより、最初からそれが目的でロワ家に入り込んだのというのが正しいのだろう。SeeDである者を欺くなど、そう簡単に出来る事ではない。なのにこうして易々と引っ掛かってしまった。
 セルフィは、情けなくて悔しかった。
 それよりもジェナとフランを危険に晒してしまった事が悔やんでも悔やみ切れない。
 これでも、SeeDとしてこなして来た任務は少ない方ではない。それなりの評価と報酬を貰っている。なのに……。
 更に、SeeDであると明かしてから、自分を葬りジェナを攫うチャンスなど幾らでもあった。それをしなかったスカーレットは、スカーレットの属する組織は、用意周到で辛抱強いという事だ。恐らく今までで最も手強い相手だと思う。
 ジェナとフランが、何も言わず静かにしている事が幸いだった。ジェナはまだしもフランは、バラムに着くのがあまりにも遅すぎる事など、直ぐに気が付く筈だ。この高度で騒ぎ立てる事がどれ程危険か、彼女がどう行動を取るかで、有利不利の度合いが大きく変わってくる。何とか後部座席の彼女とコンタクトを取りたいとセルフィは思ったが、スカーレットの無言の圧力は、それを許す隙を作ることはなかった。
 何も出来ず時だけが過ぎて行った。最悪のシナリオへ向かって――。
 時間の経過と共に、焦りがセルフィの心に積もっていった。
 何としてもジェナはバラムへ送り届けなければ、彼女だけは何があっても守らなければ。そう思えば思うほど……自分でも焦っていくのが分かる。心を出来るだけ落ち着かせようと、セルフィは静かに息を吐き、目を閉じてゆっくりと瞼を上げた。
 飛空艇は随分高度を下げたようで、眼下には陸地が見えた。鉄が錆びたような赤茶けた色の大地。この世界でこんな色をしている所は一つしかない、セントラのどこか。セントラは広い、それがどこかは容易には分からない。だが、今見えている景色にセルフィは見覚えがあった、アルマージ山脈を越えレナーン平原が見えた。そう思った時、突然視界がぐらりと揺れた。眠気とも違う、違和感のある目眩。
『まさか……薬を…?』
 頭を振って、身体を支えるように腕を座席についた。
「やっと効いてきたか、流石SeeDだな。後ろの二人のようには行かなかったな」
「くっ」
 静かだと思った後部座席の二人は、静かにしていたのではなく、させられていたのだと、セルフィは漸く悟った。
 どこまでも油断のならない相手。スカーレットという男を信用してしまった自分を、本当に呪わしく思った。一度襟元を指で撫でて拳を握り、スカーレットを睨んだが、唇の端を少し上げ困ったように笑った顔を、禄に記憶に留めることも出来ぬまま、セルフィは目を閉じてしまった。





 ぼそぼそと男の話し声が聞こえる。
「SeeDだとよ」
「何で、よりによってSeeDなんかに」
「さあ、何でかは知らんが油断はするな、たたが小娘でもSeeDはSeeDだ」
「分かってるよ。バイクなんて乗り慣れないモンに長時間乗らされて、身体がギシギシで、出来れば今は戦いたくないぜ」
「ああ全くだ、いきなりこんな放棄されたも同然のトコなんか、今更こさされるとは思わなかった」
 声の主は二つか……。
 まだぼんやりとしか覚醒していない全ての感覚を使って、セルフィは懸命に周りの様子を探った。
 身体は、寝かされている。腕は後ろ手に縛られているようだ。足首も縛られている、そして目隠し。手に触れた土の感触と、声の響き具合から室内ではないようだ。
 一体どれ位意識を失っていたのか、どれ程の時間が流れてしまったのか、ジェナは無事なのか、掴みたい情報は幾らもあったが、セルフィはまず身体を動かした。音を立てないように身体をぐっと反らせて、足を手の近くまで持っていき片方の靴を脱ぐ。手で中敷きをめくり、ここを気付かれていなかった事にホッとした。そこに仕込んであった、細長く薄く小さな刃のついた金属片を取り出し、手を縛っているロープを切りにかかった。
 切りながら、他の五感は周りの状況を引き続き探った。と言っても大した情報は掴む事が出来ず、分かったのは数歩程度離れた所にいるであろう人物が、男で二人という位だった。ただ、そいつらの会話から察するに自分には興味がないらしい。見張りとしては全くの役立たずだが、セルフィにとっては実にありがたい事だった。
 堅いロープを漸く切って、そっと目隠しをずらした。いきなり明るくなった視界に目を射られるという事もなかったので、もう夕方が近いようだ。斜め前方に男の後ろ姿が二つ見える。そして自分の周りには、建築物の廃材やら壊れた機械が置かれていた。薬品も捨ててあるのか、風が吹くと酷い異臭もした。どちらにしろ長居はしたくない場所だ。
『ジェナとフランはどこだろう』
 まず何よりも大事なのはそこだった。前方の男達に注意を払い、足のロープを切りながら、辺りを見回した。廃棄物の山で良くは分からないが、セルフィの近くには二人はいないようだった。相手は魔女なのだから、手荒な真似はしないだろう。少なくともスカーレットはしない。セルフィはその事だけは信用して良い気がした。
 最後の枷となっていた足のロープが切れると、セルフィはパンツスーツの上着の襟を触った。
『やっぱりない……』
 襟の裏側に仕込んであった発信機は、やはり見つけられてしまったらしい。少女の護衛任務だから使うことはないだろうと思っていたが、まさかこんな事になるとは――――。規則に発信機の携帯が義務づけられていて、良かった。少なくとも、今自分が居る大体の位置はガーデンで把握してくれている筈だ。最悪自分がここで命を落しても、必ず誰かが来てくれる。それまでは、自分がジェナとフランを守らなければ。
 セルフィは気配を殺し、少し強張った身体を軽く解すようにして、すっと立ち上がった。
 まず自分に近い方の男に狙いを定めて、後ろから首の付け根を狙って踵を落した。無防備な所へ持ってきて、ふいに受けた衝撃で、蹴りを食らった男はぐらりと倒れかけた。その気配に直ぐさま隣の男が気が付き、くるりとセルの方を向きながら銃を構えるのが見えた。
「クソッ もう切れたのかよっ!」
 弾が当たらない事を祈りつつ、セルフィは低い位置から銃を持った男の足を払った、のと銃声がしたのとは同時だった。
「テッ!」
 同時だと思ったが、引き金を引かれる方が僅かに早かったらしく、セルフィの右腕を焼けるような痛みが走った。幸いにも擦った程度らしく、動くのには不自由しなかった。すかさず、腹に拳を撃ち込み沈める。
「これでもSeeDだからね〜 普通の人間と薬の効果はおんなじじゃないんだよ〜ん」
 セルフィは、倒れた男から銃を取り上げながら、男に向かって話した。
「ホントはヌンチャクの方がいいんだけどね〜」
 セルフィはどちらかというと銃はあまり得意ではなかった。それよりも、身体を動かして戦う方が感覚を掴みやすい。だが、小柄なため素手で戦うには、体重差がかなり影響した。相手が大柄になればなる程、体力を使う事になる。それを補うためにもヌンチャクは、実にセルフィに適していた。棒や剣も使えるが、子供の頃から親しんだのがヌンチャクだった。
「う〜ん ヌンチャクの代わりに、これでしばくかな」
 セルフィは今奪ったばかりの銃を眺めた。銃身が長いので、殴る事にも使えるだろう。アーヴァインが聞いたら泣くこと間違いなしだとも思ったが。
「そんな事より……」
 ジェナとフランは何処にいるのか。セルフィは視線を巡らした。目の前には倉庫のような建物が二つ。それ以外には何もない。人影も、スカーレットの姿も。自分がどれ位意識を失っていたのかは分からない。ひょっとしたら、二人は既に他の場所へ連れて行かれたかも知れない。だが、自分に見張りを付けて置いておかれた事を考えると、この場所に来てさほど時間は経っておらず、ジェナとフランはまだここに居る、セルフィはそう思った。多分、二つの建物の内のどちらかに。
「どっちやろ……」
 問題はそこだった。果たしてどちらに居るのか。
「考えてもわからへん、取り敢えず左から」
 セルフィは、周りの気配を窺いながら、左側にある建物に近寄った。入り口と思しきドアの近くで一端止まり、建物の中を窺う。倉庫は長い間使われていなかったのか、金属の壁は所々錆びて穴が開いていて、そこから中の様子を見る事が出来た。
『ビンゴ!』
 倉庫の中程、ジェナとフランらしい人影が、粗末なベッドに寝かされているのが見えた。そして、その直ぐ傍に白衣を着た痩身の男が一人と、警護らしき男が二人。
「よし、いける」
 警護の男達がさほど大柄ではない事に、セルフィはホッとした。だが、白衣の男が注射器を持っているのが見えた。今にもジェナに打とうとしている。もう、考える時間も躊躇う時間もない。セルフィはドアを乱暴に開けて、倉庫の中へ転がるように突進した。
「なんだお前!?」
 警護の一人がセルフィに向かって来た。返事をする前に、ひょいと身をかわしざま横っ腹に、銃をヌンチャクに代わりにして叩き込んだ。もう一人の警護が、セルフィの方へ走って来るのを捉えつつ、よろけた男にトドメの蹴りをお見舞いした。ドウッと男が倒れた音を背後に聞きながら、正面からもう一人の男を迎えうつ。相手は訓練された者のようだったが、セルフィには男の動きを見切る事は容易だった。拳を繰り出して来た相手をするりとかわすと、男の勢いと体重を利用して、投げ飛ばした。近くにあった棚やガラス瓶をなぎ倒し派手な音を立てて、男は声を上げる事もなく倒れた。
 残った白衣の男は、蒼白になりぶるぶると震え、数歩後ずさりをしてその場にへたりこんでいた。薄汚れた床を、手からこぼれ落ちたのであろう注射器が転がっていった。
『なんなん、こんな可愛いお嬢ちゃんをバケモノを見るみたいに、失礼やな〜』
 セルフィを見るその視線が、あまりにも癪に触ったが、一発鳩尾にくれただけにとどめた。
 それより――――。
「フラン! ジェナ!」
 セルフィは、二人の名前を精一杯呼んだ。交互に彼女たちの頬も軽く叩く。どれ位彼女達の名前を呼んだだろうか。数分か或いは数十分か。時間の感覚など、今のセルフィには無かった。ただ二人を助けたい、その一心で名を呼んでいた。
「……う、ん」
 フランの方が先に気が付いた。
「ミセスロワ、気が付きましたか。ここを脱出します、ジェナをおぶって下さい」
 まだ自分の状況など知る由もないフランに向かって、セルフィは早口に言った。
「どうしたの? ここはバラムガーデンではないの?」
 フランは訝かしげな瞳をセルフィに向けた。
「違います。申し訳ありませんが、私達は誘拐されてしまいました。ここはセントラです、早く脱出しないと危険です」
 そう言ったセルフィの言葉と、周りに倒れている男達に気が付いたフランが、直ぐさま隣のベッドで未だ目を閉じたままのジェナの身体を起こした。セルフィもフランがジェナを背負うのを手伝う。
「外の飛空艇まで走って下さい」
 フランは、恐怖の所為か声を発する事なく頷いた。倉庫の入り口まで行くと、外の様子を確認し、セルフィはフランとジェナを庇うようにして、少し離れた所に見えるロワ家の飛空艇を目指した。だが、倉庫を出ると直ぐ、隣の倉庫から人が出てきた。
「こんなトコさっさと始末しとけってんだよ。余計な仕事だぜ、ったく……」
 一番先に出て来たのはスカーレットだった。その後ろから二人の男が出てきた。
「走って!」
 セルフィは、背後のフランにそう叫んでいた。
「でもスカーレットが……」
「彼は敵です!」
 セルフィは三人の男からフランとジェナへの進路を塞ぐように立つ。
「お嬢さん、もう起きちまったのか。つか二人共救出したとは、流石SeeDという訳か」
「早くっ!」
 尚もとどまっているフランに、セルフィはもう一度叫んだ。
「あなたも早く逃げて」
 そう言うとフランが走りだした足音を聞いて、セルフィは僅かに安堵した。
 スカーレットは一歩ゆっくりとセルフィの方へ踏み出した。その動作にピリリとした電流のようなものが伝わって来た。明らかに周りの空気が違う。目に見えない気迫が静かに重く、セルフィに向かって押し寄せて来る。それだけでスカーレットの力を思い知らされたような気がした。ほんの数時間前には微塵も発せられていなかった闘気。昨日共にジェナを守る為戦った時もこんな、重くのし掛かるような闘気は感じなかった。
 セルフィはジリリと地面を踏みしめた。
 スカーレットに気圧されている間に、後から出てきた男二人が、いつの間にかセルフィの目の前に迫っていた。急いでセルフィはその二人に意識を集中させる。次々と繰り出される攻撃を必死で避けながら、見えた隙を逃さず、急所を狙って応戦した。相手はプロのようだったが、あまり時間をかける事なく二人を倒す事が出来た。だが、荒い息はなかなか治らず、否応なしに体力の消耗を感じた。残りはスカーレット一人、そう思った時、後ろから別の殺気を感じた。反射的に振り向けば、見張りをしていた二人が、セルフィの方へと走って来ていた。
「うわっ もう起きたん!」
「ここは俺に任せて、お前達はあっちの二人を確保しろ!」
 スカーレットの命令に、男達は直ぐさま目標をセルフィからジェナとフランに変えた。まだジェナとフランが飛空艇に辿り着くまでには、少し距離がある。セルフィもジェナとフランを追うべく、走り出そうとしたが、大きな影に行く手を阻まれてしまった。
「おねーちゃんっ!!」
 ジェナの悲痛な叫び声が影の向こうに聞こえる。その体躯に似合わぬ俊敏さで立ちふさがったスカーレットを、セルフィは真っ直ぐに見上げた。



※-※-※



「バラムまではあとどれ位?」
 バラムガーデンに向かう小型の飛空艇の中、アーヴァインの隣に座っている同僚は、屈託無くそんな事を聞いてきた。
 エスタの南端、カシュクバールでの任務は予定通りに終了し、迎えの飛空艇でガーデンへの帰路を飛んでいる。そのせいもあって、気分的にはもうガーデンで寛いでいるようなものだった。今も、軽い気持ちでアーヴァインは、前の座席の操縦者に問いかけた。
「ん〜 どれ位だろ。ねー、サイファーどれ位だっけ」
 相手が相手だけに、あまり答えは期待していなかったが。
「…………」
 案の定答えは帰って来ない。隣の同僚にアーヴァインが肩を竦めてみせた所で、飛空艇内に通信を知らせるシグナルが響いた。
「BGAP-03、サイファーだ」
 サイファーが通信をしているのを、アーヴァインは後部座席でのんびりと聞いていた。だが、その内容に心が凍り付きそうになった。とっくにガーデンに帰っている筈のセルフィが、どうしたことか窮地に陥っている確率が高い!? 彼女はああ見えて優秀なSeeDである事など周知の事実、そんなバカな事が……。アーヴァインは真の目標の小さな魔女の事よりも、セルフィの事に意識を奪われていた。そして、通信内容をにわかには信じる事が出来ずにいた。けれど、現実は容赦なく彼の前に突き付けられた。
「聞いたか?」
 通信を終えサイファーの言ったそれは主語のない、それでいて酷く冷静な声だった。それが、今の通信の真実みを更に濃くする。
「ああ 聞いたよ。このまま現場に向かうんだろ?」
 アーヴァインの声もまた、心とは裏腹に努めて冷静だった。
「愚問だ、俺たちが一番近い所にいる」
「現場まではどれ位です?」
 もう一人の同乗者だけが、僅かに感情を露わにしていた。
「ここからだと20分てトコだな。その間に準備しとけ、飛ばすぞ!」
「了解」
「了解」
 小型の飛空艇は大きく進路を変更すると、それまでの穏やかな飛行は一変し、最高速度で目的地へと向かった。アーヴァインと今回の任務のパートナーは、備え付けの端末でガーデンから送られた詳細を確認し、既に外していた装備をもう一度身に付けた。だが、任務帰りという事もあり、残っているアイテムも擬似魔法も、大した数も種類もなく、無いよりはマシという程度だった。
『これじゃあジャンクションしても、意味ないな。シヴァ、また後で頼むよ』
 アーヴァインはG.F.を持って行く事にはしたが、ジャンクションまではしなかった。元々、ガルバディガーデンではG.F.は使用禁止だったのと、使用する際の弊害の事もあり、使わずに戦う方が好みだった。
「あそこだな」
 サイファーの言葉に、窓の外へと視線を向けると、さっき離れた筈の赤茶けた大地が、近く眼下に見えていた。高度が下がって来た所で、連絡を受けたポイントを望遠鏡で確認する。建物が二つと、小型の飛空艇と、幾つかの人影が見えた。それは地面に近づくにつれ大きくなり、段々とはっきりと見えてきた。送られた資料の顔と同じだと確認する事が出来ると直ぐ、アーヴァインは次の行動へと移った。
「着陸するぞ」
 サイファーの声も、飛空艇の動きも、アーヴァインには酷くもどかしかった。
 飛空艇が着陸する寸前、アーヴァインは飛空艇から飛び降りていた。そして目的の二人を見定めると、腰のホルスターから銃を抜く。
「僕が男二人を撃ったら、君は彼女達を頼む」
 アーヴァインは隣を走る同僚にそう頼んだ。
「了解」
 同僚の返事を聞くとアーヴァインは、走る女性にまさに追いつこうとしている男二人に向かって、銃弾を放った。男二人は、あっさりとその場に倒れ、二度と起きあがる事はなかった。
「大丈夫ですか?!」
 先に駆け寄ったアーヴァインの同僚が、フランに問う。
「あなたは?!」
 困惑した顔でフランは逆に聞いてきた。
「バラムガーデンのSeeDです」
 その言葉を聞くとフランは、その場に崩れるように座り込んだ。
「もう大丈夫です。あちらに飛空艇が待っています、さあ」
 アーヴァインの同僚は、フランを支えて優しく声を掛けた。
「お嬢さんは、僕が連れていきますから」
 アーヴァインが、フランに背負われていたジェナを抱き上げようとした。
「おねーちゃんを助けて! スカーレットの心が視えたの! おねーちゃんが危ない!!」
 アーヴァインに抱き上げられながら、ジェナは叫んだ。
 ジェナが指差す方向に、大柄な男と小柄な女が戦っているのが見えた。だが、アーヴァインはそこから視線を戻し、サイファーの待つ飛空艇へと走った。
「おねーちゃんがっ!」
 尚もそう叫ぶ少女の声を振り切り、アーヴァインは走った。
 先に着いた同僚とフランが飛空艇に乗り、同僚にジェナを託した所でアーヴァインはジェナに向かって微笑んだ。
「おねーちゃんは僕が助けるから、大丈夫だよ」
 そして後部座席のドアを締めた。
「行ってくれ、サイファー!」
 窓を開けこっちを見ているサイファーに向かってアーヴァインは叫んだ。
「何言ってんだ! セルフィがまだ……」
「いいから行けよ! 今、最も優先されるべきは、その子だ。その為のSeeDだって知ってるよな? それに定員オーバーだよ」
 アーヴァインは肩を竦めシニカルに笑ってみせた。
「俺様が操縦するんだ、10人だって20人だって乗せてやる!!」
「ありがとう、サイファー。それだけで十分だよ」
 それだけ言うと、くるりと飛空艇に背を向け、アーヴァインは再び走った。
「セルフィをちゃんと連れて戻んなかったら、お前ぶっ殺すぞ!」
 去っていく背中にサイファーが叫ぶと、アーヴァインは手だけを挙げて返事をした。





 ドォンとスカーレットが出てきた倉庫から爆発音が聞こえた。爆風に飛ばされた欠片が、セルフィの頬に小さな傷を付ける。だが、そんな事に構っている暇はなかった。手強いだろうと思ってはいたが、スカーレットは本当に手強い相手だった。幾度かヒットした攻撃は大して効いていないように見えた。持っていた銃なんか、とっくに彼に吹っ飛ばされた。かと言って、素手で立ち向かうには、体重差があり過ぎた。逆にそのせいで、こちらがまともに攻撃を受けてしまえば、それで勝負が決してしまうかも知れない。このまま素手で戦っていたのでは、勝機は見えない。攻撃を避けるのが精一杯だ。それも、徐々に消耗してきた体力では、いつまで避けていられるか。
 耳の端に聞こえたジェナの叫び声が、今度はセルフィの気力を奪った。
「ねぇ 武器使わせてよ」
 バカげた要求だとは思ったが、スカーレットなら言ってみる価値があるとセルフィは思った。
「別にいいぞ、このままじゃハンデがあり過ぎて後味悪いしな」
「じゃ、遠慮無く」
 律儀にスカーレットは動きを止めて、セルフィが得物を取り上げるのを待っていた。セルフィもスカーレットの言葉を信じて、近くに手頃な得物を捜した。直ぐに一本の鉄パイプが目に入った。
『よし、あれだっ』
 セルフィの身長よりも若干長いそれを拾い上げると同時、今度はジェナ達が捕らわれていた方の倉庫から爆発音がした。
「仲間も殺すの?」
 あの中にいた三人をセルフィは思い出した。
「お嬢さんが殺したんじゃないのか?!」
「殺してない!」
「そうか……」
 言うが早いか、スカーレットは再びセルフィに拳を繰り出して来た。今度はセルフィも、そう簡単にやられるつもりは無かった。ヌンチャクほどではないが、棒術なら得意な方だ。間合いを取りながら、攻撃出来る隙を狙った。そして素手よりは確かに効果があった。何度かスカーレットの顔を歪めさせる事が出来た。時間さえ掛ければ勝てる。そうは思ったがもう体力が限界にきていた。思った通りに身体が動かない。それでもスカーレットの攻撃の手は緩むことがない。少しでも気を抜けばそれが最後だろう。セルフィがそう思った時、踏ん張った筈の左脚がグラついた。その隙を見逃さなかったスカーレットに間合いを詰められ、完全に懐に入られてしまった。
『ここまでか……』
 首筋にぴたりと当てられた堅い手を感じながら、セルフィは空を仰いだ。
 飛空艇が飛び立ったのが見えた。その見覚えのある姿に安堵する。バラムガーデン所有の機体。それが飛び立ったという事は、ジェナは無事救出する事が出来たのだろう。きっともうスカーレットにも手は出せない。自分の役目はこれで終わり。そう思った途端、セルフィの身体から力が抜けた。
「もう殺しちゃっていいよ」
 どういう訳か、自分を抱きかかえるようにしたまま動かないスカーレットに、セルフィは小さく告げた。
「…………」
「敵、なんでしょ? あたし達の」
「ああ そうだな」
 そう言い切る割りには、スカーレットの琥珀の瞳も赤茶の瞳も、どこか哀しげだとセルフィは思った。
「味方だったら良かったのに……」
「ああ そうだな」
「でも……敵なんでしょ?」
 どちらの言葉もセルフィの本心だった。数日過ごした中で感じた彼の温かな人柄は、とても表面的な創作物だとは思えない。味方になればこれ程心強い者はいないだろう。だが、出会ってからずっと自分達をああも鮮やかに欺いた様を思うと、その意志の強固さも容易に知れた。
「ああ敵だ……多分」
「そっか、じゃ、あたし殺さないとね」
 再び、はっきり敵だと言い切られたのに、セルフィは未だスカーレットを憎めないでいた。それどころか変なヤツに殺されるよりマシだとまで思った。組織同士は敵であっても、個人同士はそうだとは限らないんだ。死に逝こうとしている今、知る事が出来たのは幸いなのかも知れない、そんな事まで思った。
「すまないな、セルフィ」
 そう言って自分を見たスカーレットの貌は、本当に哀しそうだと、セルフィは思った。
『最後にアービンの顔見たかったな』
 ゆっくりと、空気の動いた気配がする。
「アー……ヴァイ…ン…」
 鈍い音と共にセルフィの視界は深い闇に落ちた。