いくつ季節を過ぎてもここに…

9
 朝――、というには、幾分遅い時間。ガーデン内の通路は行き交う人もまばらだった。
 年少クラスの、屋外授業だろうか、子供達のがやがやという声と、注意する大人の声が聞こえて来る。
『セルフィ、休暇中の所悪いんだけど、頼みたい事があるの』
 さっきキスティスからの連絡を受けて、セルフィは彼女の職務室へ向かっていた。
「おはよう、キスティス」
 親しみ慣れた小さな部屋へと入る。
「おはよう、セルフィ。ごめんなさいね」
 ガーデン内の多くの男性から“女神のようだ”と称されるその笑顔が、微かに曇っているようにセルフィには見えた。
「気にしないで〜、これでもSeeDなんだから、いつ何があるか分からないってのは、分かってるもん」
 只でさえ苦労性のキスティスを、これ以上気遣わせたくなくて、セルフィは明るく言った。
「そう言ってくれると、助かるわ。実はスコールの名代として、トラビアへ行って欲しいの」
「ええ〜!! はんちょの代わりーー、あたしが?!」
「大丈夫、簡単な会議だから、座っているだけでいいのよ」
 案の定、嫌そうな顔をしたセルフィに、キスティスは慌てて付け加えた。
「スコールまだエスタから帰って来られないのよ。私もバラムを離れられないし、その後は今まで取れていなかった分の休暇もまとめて取れるようにするから、お願い」
 ダメ押しに、両手を合わせて頼み込む。
「う〜、分かったけど。ヘマやらかしてもおこんないでね」
「トラビアの人なら、大抵の事は上手く笑いに換えてくれるんじゃない? 向こうの友達に会うのも久し振りよね?」
「うん、まあそれはそうだけど……」
「ありがとう、セルフィ」
 キスティスに、女神のような微笑みで手を握られた。何だか、上手く丸め込まれたような気もしたが、旧友との再会も出来るし、いいかとセルフィは承諾した。
「そうだ、SeeD試験の結果どうだった?」
「あぁ まだセルフィには知らせてなかったわね。あなたの班のアレンは合格よ。サイファーは……」
 キスティスの言葉はどこかしら歯切れが悪かった。セルフィにも、その先の内容は察しがついたので、特に聞き返す事もしなかった。ただ、予想はしていたけれど、ひょっとしたらと、明るい期待もしていた。十分に力を持ちなが、それを発揮する場を与えられないというのは、自分の事ではない方が、酷く悔しいなとセルフィは思った。理由は分かる、納得も出来る、だが、出来れば彼にチャンスを与えて欲しい。過去の自分を認め受け入れ、それでも此処で在り続けようとするサイファーに、自分の言葉なんかでは無く、此処にいてもいいのだという確かな理由を彼に。
「……そっか。嬉しいのと、残念なのと半々だな〜」
 深く息を吐いたセルフィの肩を、キスティスは優しく撫でてくれた。キスティスの瞳もまた淋しげな色をしていた。
「それじゃ、今夜のパーティで会いましょう」
「うん、また後で〜」
 一緒にキスティスの職務室を出て、エレベーターを降りた所で彼女と別れた。
「SeeD就任パーティか……」
 通路に差し込む明るい日差しとは逆に、セルフィは気が重かった。パーティには出席したい。今回一緒のチームだった、アレンの合格をお祝いしたいし、おめでとうと直接伝えたい。一方でどうしても、アーヴァインのSeeD就任パーティの事も思い出してしまう。多分アーヴァインも同様だろうと思う。パーティでアーヴァインに会ったら、どんな顔をしたらいいのか。まだ、彼に告げるべき答えは出せていない。――――というのは卑怯か、自分の気持ちは、仲間としての好意だと結論が出ている。それを素直に伝えればいいではないか。それで、今までのように、一緒にランチをしたり遊びに行ったり出来なくなるのは、淋しい。だが、そんな理由で、アーヴァインをこのまま縛り付けておくのは、あまりにも身勝手だ。なのに何かが自分を引き止める。
 自分の中の見知らぬ何かが……。
「ドレスも一着しかないんだよねぇ……どうしよ」
 流石にあの時と同じドレスを着る気にはなれない。かといってSeeD服で出席するのも、今はどうかと思う。新調するか、誰かから借りるか。
「ねぇ、セルフィってば」
 考えを巡らしながら歩いていたら、ふいに後ろから背中を軽く叩かれた。
「リノア!」
「何か考え事? 全然気が付いてくれないんだもんー」
「ごめん、ちょっとね〜。あ、そうだリノア」
 軍高官の息女の彼女なら知識も経験も豊富そうだし、これ幸いとセルフィは、リノアにドレスの事を相談してみた。
「丁度バラムの街へ行きたいな〜と思ってたんだよね、ちょっとお店で探してみようよ。気に入ったのがなければ、私のを貸すっていのうので、どうかな?」
「ありがとう、リノア〜。助かる」
 予定が決まった後の女の子の行動は素早い。二人も例に漏れず、手早く手続きを済ませて、早速バラムの街へ向かった。






「気に入ったのが見つかって良かったね。アレ絶対セルフィに似合うと思うよ」
 緩やかな石畳の坂道を、後ろ向きに歩きながら、リノアは楽しそうに笑っていた。
「うん、ありがとう、いきなり付き合わせてごめんね〜」
 海からふわりと吹き上がって来る風に、髪を押さえながらセルフィは礼を言った。
「そんな事ないよー、丁度私も街に出たかったんだから、おあいこー」
 スコールはここの所ずっと、任務とガーデンの職務で休む暇もない。リノアにしてみれば、かなり退屈で淋しい日々だと思う。そして、今日はSeeD就任の祝賀パーティがあるというのに、スコールはまだ帰って来られない。それだけ大事な任務なんだろうけど。どこか淋しげな笑顔のリノアを見て、はんちょ早く帰って来てな〜と、セルフィは心の中で祈った。
「リノア、また頼んでもいいかな〜」
 それだけしか言わなかったのに、リノアは「オッケーだよー、リノアちゃんにまかしときー」と親指を立てて楽しそうに笑ってくれた。



※-※-※



 月白(げっぱく)――。
 月の女神の白い衣(ころも)に、夜の神が蒼い涙をひとしずく落とした色。
 お店の人がそう説明してくれた色のドレス。
 その名前に惹かれて選んだ。
 柔らかい生地のベアトップのワンピース。身頃に、薄いジョーゼットが重ねられ、それは更にホルターネックになっていて首の後ろで結ぶと、大胆に開いた背中に大きめのリボンを形作り、セクシーになりがちな印象を可愛らしく見せてくれる。スカート丈はミディアム、こちらもワンピースの生地にジョーゼットが重ねられている。そして、数枚重ねられた、ソフトチュールの柔らかなパニエが、スカートをふっくらとさせ、風に当たるとふわりと揺れる。
 これだけではシンプルだからと、お店の人の薦めで、蒼い小さな宝石(いし)のついた、シンプルなネックレスとアンクレットも合わせて買った。靴は、トラビアの養父(ちち)から贈られた物が気に入っているので、それを。
 身支度を調えながら、セルフィは心臓がどきどきと高鳴るのを感じていた。この前程ではないけれど、緊張する。加えて、綺麗でいたい、女の子らしくありたい、あの華やかな場で、小さくとも一輪の花として在りたい、とも思った。何故? と聞かれれば返答に困る位、自分でもどうしてかは、分からなかったけど……。
「じゃ、楽しんで来てね」
 ネックレスを留め終えると、リノアは鏡に写ったセルフィに向かって笑い肩をポンと叩いた。
「本当に行かないの?」
 セルフィの支度を手伝ってくれたリノアは、今夜のパーティには出席しないと言う。
「大事なパーティだっていうのは分かってるんだけど…、やっぱりスコールには換えられないんだ」
 肩を竦めて「ごめんね」と鏡越しに見えたリノアの顔は、仄かに朱が差し、本当に可愛らしく、そして艶やかだった。声だけとはいえ、わざわざこっちの時間に合わせて、リノアの為に時間を割いてくれるんだもんね、恋人として当然そっちを選ぶよね。
「はんちょに、よろしくね」
「うん、セルフィも楽しんで来てねー」
 自室の前で、リノアとは別れて一人パーティホールへ向かう。通路には、華やかに着飾った出席者が行き交い、賑やかだったけれど、セルフィは何故かとても淋しかった。
 ホールに着き、見知った顔を探して少し歩いてみたが、キスティスもゼルも、他の親しい人の姿も見つける事は出来なかった。入り口近くの壁際に移動して、パーティが始まるのを待つ事にする。そうすれば、アレンだけは確実に見つける事が出来る。今日の目的は、彼のお祝いなのだから……。

「セフィ」
 入り口から入って来る人々を、何となく眺めていたら、直ぐ近くで声がした。振り返らずとも、この呼び名だけで、相手が誰なのかは判る。
「アービン」
 アーヴァインには分からないように、軽く深呼吸をしてゆっくりと、声の方を向く。ああ やっぱり、SeeD服を着たアーヴァインは格別だ。前の時と違って、髪は少し無造作ないつもの括り方だけど、それでも十分に魅力的だ。
「一人?」
「うん、何か誰とも会えなくて」
「そうなんだ、僕も。セフィが最初」
「そうなんだ〜」
 それから、何を言っていいのか言葉が見つからず、ただ黙って二人立っていた。
 いくら待っても、キスティスもゼルの姿も見つける事は出来ず、やがてシド学園長がいつものように挨拶をする為、ホール中央に置かれたマイクの方へ進むのが見えた。
「セフィ」
 周りの喧噪に紛れる事なく、真っ直ぐにセルフィの耳に届いた柔らかな声。
「僕と踊ってくれるかな」
「いいよ〜」
 高鳴る鼓動を抑え、セルフィは笑顔で答えた。
 脳裏にあの夜の光景が蘇る。アーヴァインに導かれ、夢の中にいるようだった時間(とき)。再びあの時間が訪れるのかと思うと、心が高揚する。
 ふわりと手を握られ、驚いてアーヴァインを見上げる。
「ダンスが始まるよ」
 セルフィが考え事をしている間に、SeeD合格者の紹介は終わっていたらしい。
「あ、うん」
 優しく微笑みかけるアーヴァインに向き合い、慌てて彼の肩に手を置いた。でも、腰に添えられた手が触れた部分と、重ねられた手が熱くて、その熱はどういう訳か離れた頬にも移り、それが恥ずかしくてどうしても顔は上げられなかった。アーヴァインに失礼だと分かっているけど、自分の意志とはまるで関係無く、今も肌身は熱くなるばかりで、どうする事も出来ない。
 きっとこんな自分を、アーヴァインは訝かしげに思っているだろう。でも、この状態で、アーヴァインの顔を見たら、ますます頬が熱くなるのは目に見えている。こういう時、美形というのはある意味罪だ。あまりにも近くに居ると、時として直視する事すら出来ない。一曲目が静かに終わり、セルフィの苦痛とも思える時間も漸く止まった。
「セフィ…」
「セルフィさん」
 アーヴァインの柔らかい声と、別の明るい声が重なった。アーヴァインから手を離し、別の声の方へとセルフィは身体を向けた。
「アレン、SeeD合格おめでとう」
 昨日、自分のチームで共に戦い、見事SeeDの資格を得た青年に、心からの祝辞を贈る。
「ありがとうございます、セルフィさんのお陰です」
 照れくさそうに薄い灰色の髪を掻き、頬を紅潮させ輝くような笑顔に、セルフィも嬉しくなった。
「そんな事ないよー、アレンの実力だよ」
「あの、セルフィさん、良かったら踊って頂けませんか?」
 灰色の髪の青年は、アーヴァインの方を一度見て遠慮がちに言った。
「いいよ〜」
 アーヴァインを仰ぎ見て、小さく「ごめんね」と告げると、彼は僅かに肩を竦めて微笑み「行っておいで」と言った。
 セルフィは、腰に添えられたアーヴァインの手から、するりと離れた。

 青年の手を取り、笑顔と共に軽やかにステップを踏むセルフィに背を向け、アーヴァインはダンスの輪を抜け出した。
 大きな柱にもたれながら、ダンスをしている人々の方にゆっくりと顔を向ける。
 セルフィに触れていた場所が、身体が熱い――。
 視線は無意識のうちに、セルフィを追ってしまう。
 本当は、青年にセルフィを譲りたくなどなかった。今日の主役で無ければ、譲らなかった。
 踊りながら、今日の彼女は誰にも触れさせたくないと思った。踊っている間、セルフィは俯いたままで顔を上げてはくれなかったけれど、少し伏せられた睫に縁取られた瞳は、どこか愁いを帯びて一層美しく、紅潮した頬は、今まで見たことのない色香を漂わせていた。時折薄く開かれる唇は、赤く濡れ、それでいて柔らかそうで、油断すると触れてしまいそうで堪らなかった。
 誰が、こんな風にセルフィに艶を与えたのか。
 誰の事を想って、セルフィはこんな艶めいた貌をしているのか。
 見知らぬ相手に嫉妬する。傷と胸の奥がキリキリと痛い。
 やはり、誰にも触れさせたくない。この曲が終わったら、もう一度彼女にダンスを申し込もう。
 セルフィの居る方へ、一歩踏み出した時、数人の女性に囲まれてしまった。女性達には悪いけれどこの場は断って、セルフィの所へ行こうと視線を彼女の方に向けると、セルフィは既に別の男に手を取られていた。結局アーヴァインも断り切れず、誘って来た女性とダンスの輪に加わる。別の女性と踊りながら、意識だけは、唯一人セルフィだけを追う。人々の喧噪と緩やかに流れる音楽の中、ステップを刻んでいる内に、アーヴァインは図らずも、セルフィの姿を見失ってしまった。



「ふう、流石に疲れたよ〜」
 どういう訳か、今日は何人にもダンスに誘われた。中には、何て言うか、こんな事言っちゃいけないんだけど…、ちょっと濃いというか、そりの合わなさそうなタイプの人とかもいて、余計に疲れた。
 セルフィは喉が渇いたのを口実に、やっとの事でダンスの輪を抜け出して来た。何か飲み物と、軽くつまめる物をと、ホール隅のテーブルに向かう。
 綺麗な色のカクテルと、並べられた料理を幾つか口に運んで、漸く一息つけた。
 外からの風に当たれる場所から、新しいカクテルを持って、ホールの中を眺める。
「よう、セルフィ。一人か?」
「サイファー!?」
 セルフィは驚いた。
 声は確かにサイファーのものだったが、彼はSeeD実地試験には合格しなかったので、このパーティには出席しないと思っていた。そして、ここに現れた彼は、あまりに予想外の格好をしていた。

 SeeD服を、―――― ピシッと着ている。

「これの理由が気になるか?」
 あまりにも、ポカーンとしたまま見つめているセルフィに、サイファーは悪戯っぽく笑った。
 セルフィは、声も出さず、うんうんと頷く。
「シドから贈られたんだよ、これを着てパーティに出席しろってな」
 セルフィはそこで、全てを理解した。
 確かにサイファーはSeeD服を着ていた。けれど一つだけ、通常のSeeD服とは違う所があった。胸元にあるはずの、バラムガーデンの印章がない。この服を贈ったのはシド学園長その人。つまりこの服は――。
「やあ サイファー」
 何時ものようににこやかな笑顔で、シドがやって来た。マイクが入ったままなのか、ホール内にシドの声が響き、各所から一斉に視線がこちらに注がれた。
「その服着てくれたんですね、ありがとう。貴方はSeeDと同じくらい学園にとっては大切な存在です。これからも期待していますよ」
 その言葉に、ホールが一瞬しんとなった。
「あ、マイクが入ったままでしたね。じゃ、パーティを楽しんで下さい」
 サイファーの肩をポンと叩くと、シドはホールの奥へと去っていった。
 再びホール内は喧噪に包まれる。
 とんだ、たぬき親父。だが、シドの言葉でサイファーの存在意義は、衆目の前で明らかにされた。表立って異議を唱える者はいなくなるだろう。彼はバラムガーデンに於いて、確固たる居場所を得た。シドも同じ思いでいてくれたのだと思うと、セルフィは胸が熱くなった。
「踊るか?」
 手を差し出すサイファーに、セルフィは笑顔で応えた。
「サイファー、ダンス上手いんだね」
「一応な、女の喜びそうな事は一通り出来るぜ」
 ニヤリとセルフィに向かって笑う。言葉こそ乱暴だが、彼はリーダーとしては、実に礼儀正しい紳士だった。そのギャップに、セルフィは思わずクスッと笑みが溢れた。そして、妙に懐かしい感覚を覚える。
 この自分の左手の位置と、顔の高さ、誰かに……。
 あ、――。
「なんだ?」
 急に静かになってじっと見つめてくるセルフィを、サイファーは訝かしげな瞳で見ていた。
「何でもないよ〜、サイファーのリードが上手いんで感心してた」
 セルフィはそう言ってごまかした。
 サイファーは何も言わず、口の端を少し上げただけで、変わらずセルフィをリードして踊った。
 そうだ、アーヴァインもこれ位背が高いんだ。でも、アーヴァインとは違う。アーヴァインの方が、ちょっとだけ低い。アーヴァインのステップはもっと――。見上げたサイファーの顔に、アーヴァインの面影が重なる。ここに居るのがアーヴァインじゃないのが、酷く―――― 酷く、淋しい。
「少し休むか」
「そうだね」
 サイファーにそう言われて、もう何曲か踊っていた事に気が付いた。
 ホールの端にある椅子に座っているように促され、そこへ向かう。
 何気なくホールの方見ると、さっきサイファーと一緒にいた辺りに、知らない女の人と踊っているアーヴァインが見えた。
「あんな近くにいたんだ…」
 奇妙な感覚。アーヴァインの踊っている相手が自分じゃない、その事に胸がチクリとする。
 だが直ぐにアーヴァインの姿は、すっと現れた大きな影に隠れてしまった。
「どうぞ」
 視線を影に向けると、背を屈めて、サイファーがグラスを差し出していた。
「こんな強いお酒飲ませてどうする気〜」
「そりゃ、目的は一つだ」
「え〜 あたしじゃ物足りないって言ったじゃん」
「そんな事言ったか?」
「忘れたの? ひどいな〜」
 とても本気とは思えない、軽い口調でのそのやり取りが可笑しくて、セルフィはクスクスと声に出して笑った。

 確かに今日のセルフィは、かなり魅力的だとサイファーは思った。そうさせたのが自分じゃない事が少々気に入らない位に。
 小さい頃は、賑やかでこうるさいと思うだけの存在だった。バラムガーデン戻って来てからも、その印象は変わらなかった。だが今日は、それまでに無かった仄かな色香を漂わせている。まだまだ大人の色気には程遠いものだが、時折見せる艶やかな表情は、まさに恋を覚えた女が持つそれだ。
 ダンスの輪の中の一点を目で追うセルフィに、サイファーはそう思った。
『十年越しの恋もやっと終結か…』
 セルフィの視線の先、ホールの中でにこやかにダンスを続けている幼馴染みの男を見ながら、サイファーは持っていた強い酒をぐっと飲み干した。
「大事な妹を泣かせるような事があったら、即鬼斬りだ」
「え?! 何?」
 サイファーは突然の言葉にきょとんとする瞳にニッと笑い、まだ成立してもいない妹の恋人候補へは、不適な笑みを投げかけた。
「ね、今何時?」
「あ〜? と、ちょっと待て。10時過ぎだ」
「そっか〜、もう寮に帰ろうかな」
「もう、か?」
「あたし、明日の朝、早いんだよね」
「任務か?」
「うん」
「そうか、じゃ寮まで送るか」
「サイファーはもっと楽しんでよ」
「俺は、シドの顔を立てて来ただけだ。こういう場所は元々苦手なんだよ」
「そっか〜、じゃ一緒に帰ろう!」
 勢いよく立ち上がるとぐらりとした目眩に襲われ、セルフィはよろけた。
「大丈夫か、ほら掴まれ。強い酒飲ませて悪かったな」
「お酒には強いんだけどな〜、えへへ でも、ありがとう」
 セルフィは素直にサイファーの腕に手を回した。



「じゃ、お休み〜」
「ああ またな」
 男子寮と女子寮とに通路が別れる所で、サイファーに挨拶をして、セルフィは自室に戻った。
 部屋に入るなり、どさっとソファに身体を投げ出す。
 灯りを点けずとも、カーテンを開け放たれた窓から、ガーデンの頂きでゆっくりと点滅している、大きな乳白色のリングが、ぼんやりと室内を照らしていた。
「はあ〜」
 クッションを抱いて、身体を横にすると、思わず深い溜息が溢れた。
 まだ、ホールではパーティが続いているだろう。
 そして、アーヴァインもまだそこに――――。

 ずっとアーヴァインから視線が離せなかった。
 一緒に踊っている時には、顔を見る事すら出来なかったのに。
 知らず知らずのうちに彼を目で追っていた。
 自分とは違う誰かの手を取るのが嫌だった。
 知らない女の人と踊っているを見るのが嫌だった。
 自分ではない誰かに、笑いかけている姿に、―― 胸が痛んだ。

「あたし、アービンの事が好きなんだ……」

 傍にいるのが当たり前過ぎて。
 ずっと近くにいたのに分からなかった。

 違う、―――― 知ってた。
 知ってたけど、自分で打ち消してた。
 友達の好きだと、思い込もうとしてた。
 今の関係を壊すのが怖くて、今の関係が心地よすぎて。
 心の奥押し込めた筈の想いは、とっく溢れ出していたのに……。

「もう自分に嘘をつくのは、……止さないとね」

 今度アービンに会ったら、ちゃんと言おう。
 今更もう、遅いかも知れないけど。










 身体が熱い ――――。

 心がぐにゃりとねじ曲がり、軋み、悲鳴をあげる。
 自分のものにならないのなら、いっそ壊してしまえ! 別の自分がそう叫ぶ。
 善人の自分は、向けられた微笑みにおぼれ、頑なに拒否をする。
 無限に続く螺旋階段。辿り着く場所に光などないのなら、踏み外して粉々に砕けてしまえばいい。
 そうすれば、この焼け付くような痛みも消えてしまうだろう。
 誰か、目を、耳を、口を潰してくれ。彼女の存在など微塵も感じられ無くなるように。


 サイファーと踊る彼女の姿。
 背中に彼女の確かな存在を感じていた。
 動く度に大きなリボンがふわりと揺れ、露わになる白い背中。
 腰に添えられた自分のものではない手。
 自分ではない男に向けられる微笑み。
 彼の腕に手を回し、ホールを去っていく彼女の姿。


 気が狂いそうだ。
 手が届かないと思えば思う程、好きだという事を思い知らされる。
 彼女が欲しくて堪らない。
 いつか彼女をこの手で壊してしまう、その前に――――。


『スコールにガルバディアガーデンに戻りますと連絡を……』

 身体から発する熱を振り払い、アーヴァインは端末を起動させた。

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