いくつ季節を過ぎてもここに…

8
 ガーデン上空は暗い色の雲が空の半分程を覆い、今にも雨が降ってきそうだった。
 外に面する壁の多くがガラス張りの食堂も、その所為で照明が点いていても、若干普段より暗い。
「で、今回の目的ってそもそも何?」
「なんだろね〜」
「あなた達、ちゃんとミーティングで聞いてなかったの!?」
 額に長く白い綺麗な指をあてて、同席の二人を見ながら、キスティスが溜息を漏らす。
「で、目的って何〜?」
 キスティスの溜息などお構いなしに、ストローをくわえたままセルフィが問う。
 キスティスの対面に座って足を組み、椅子の背もたれにふんぞり返るようにして、椅子の前足を浮かして遊んでいるゼルも、同意の瞳でうんうんと頷いている。
「目的の一つ目はセントラの移動シェルターの一つが故障で移動出来ず、運の悪い事に月の涙でやって来たモンスターが、その…」
「あー、そっちは分かってる、別の方」
 ゼルに遮られて、メガネの奥でキスティスの瞳が一瞬ピクリとしたが、直ぐに説明を再開した。
「もう一つは、まだ正式決定ではないけど、個人特性によるエキスパートの育成」
「それも聞いた〜、でも意味が良く分からなかったんだよね〜」
「早い話、個々の特性を見極めて専門家に育てよう、って事」
「納得〜」
「それならそうと最初から言ってくれればな〜」
「あなた達以外はちゃんと理解していたわよ」
 キスティスが暗に皮肉を込めて言っても、ゼルもセルフィもちっとも気に留める風もなく、「だよね〜」と、まるで彼女の説明に問題があったかのような会話をしている。
 その二人の様子に、キスティスはまた溜息をつく。
「SeeD実地試験も兼ねてるんだから、二人共正SeeDとしてちゃんとするのよ。でないと帰りはラグナロク出さないわよ」
 能力的には申し分ないのに、性格は楽天的過ぎるきらいのある二人に、キスティスはピシッと釘を刺した。
「うわっ ひで〜」
「そうだよゼル、分かった〜」
「セルフィ、おめーもだよ」
 確かに楽天的過ぎるけれど、二人のこういう明るさに随分と助けられるのも事実であり、キスティスはけして嫌いではなかった。口ではふざけていても、二人共プロである事は、キスティスも十分に知っている。だから口にした言葉とは反対に、結構信頼していたりする。結構というのは、極希に見た目通りの事が無きにしも非ずな部分がある為で。幸い任務では、懸念するような事は起こっていない……起こってはいないが、これから先も大丈夫! と言い切れないのがこの二人であり、また苦労性のキスティスの性だった。
「じゃ、私は職務に戻るわね。二人共気を付けてね」
「またね〜」
「おう」
 休憩を終えて食堂を出て行くキスティスを、ゼルとセルフィは手を振って見送った。




「全く、こんな天気の良くない日に限って、嬉しくない連絡も入ってくるかな〜」
 アーヴァインは、物言わぬディスプレィに向かって一人愚痴た。
 SeeDの自分の識別コード宛に届いたメール。ここに届くという事は、それなりの送り主と重要度だという事。ご丁寧に二重にセキュリティが掛かっていた。どうせロクな内容ではないと最初から分かっているだけに、開くのが億劫にもなった。他に届いたメールは、プライベートの更にサブアドレスに、例のエスタの若い科学者からのが一通だけ。これがセルフィからのメールだったら、喜んで速攻開くのにな〜、と思いながらアーヴァインは、セキュリティの掛かっている方のメールを開いた。

「……しつこいなあ、ガルバディアガーデン」
 散々渋って渋って、漸くバラムガーデンへの正式な移籍許可を出したのに、まだ帰って来いとは……。この粘着っぷりにはある意味感動すらする。だが生憎と帰る気はさらさらない。あの規律の厳しさも、バラムの自由に校風に慣れた今、もうかなり嫌だし、何よりセルフィの居るバラムを離れる気など全く無い。セルフィが一緒に移籍するとかなら、二つ返事で帰るけど。
 もう一通のメールは他愛のない日常会話。近況報告っぽい職場でのちょっとした愚痴とか、そっちはどうですか? とかそんな感じ。
「こっちは、暫くガーデン内でデスクワークと講義の日々さ〜」
 アーヴァインは腕を高く上げ、椅子の背もたれにぐっと背中を押しつけ伸びをした。丁度その時、メールの新着があった。カドワキ先生から『そろそろ、医務室に来たらどうだい』と。
「あ、そうだった。怪我の診察」
 この数日でもう殆ど治っていたので、アーヴァインはすっかり忘れていたが、カドワキ先生にもう一度診察に来るように、と言われていたのを思い出した。
「行って来るかな〜、暇だし」




「もう、すっかり治ったね」
 はいよし、とカドワキ先生は聴診器を外し机に向かうと、カルテを書き込みはじめた。
「まだ外任務は?」
 アーヴァインは着衣を直し、何となくカドワキ先生の手元を見ながら訊いた。
「そうだねえ、もう大丈夫ではあるんだけど」
「だけど?」
「血液検査の結果がそろそろ届くから、それを見てからだね」
「血液検査?」
「お前さん、覚えてないのかい?」
「あ〜 そう言えば、血採られたかも…」
「ま、念の為だから、暫く休んでるといいよ。他に気になる所は?」
「そうですねえ……特にありません」
「ふむ、若いからって無理するんじゃないよ」
「分かりました」
 その後、少しカドワキ先生と会話をして、アーヴァインは医務室を出た。寮の自室に戻る通路を歩いている時、外任務用の大きなバッグを持ったゼルとセルフィを遠くに見かけた。こちらに気が付くような距離と向きではない所に……。アーヴァインは携帯を取り出し「気をつけて」とメールを送ろうかと思ったが、送信ボタンを押すこと無くそのまま閉じた。



※-※-※



 バラムとはうって変わって、晴れた空。海から離れた内陸部の為、風は乾いた土も一緒に舞い上げる。更にアルマージ山脈とカル山脈が交わる辺りから、吹き下ろして来る為この時期の風は冷たい。
 その山脈を越えて、月の涙と一緒に落ちてきたモンスターが、ロレスターン平原へと迷い込んで来たらしい。数こそ極少なかったものの、従来のモンスターよりも強く凶暴で、一般市民など到底太刀打ち出来る相手では無かった。更に運の悪い事に、数少ないセントラの住民が住まう移動式のシェルターの一つが故障した。シェルターは修理を必要としたが、修理の主な作業は外で行わなければならなかった。修理自体は、作業に集中する事が出来れば、半日ほどで済むものだったが、作業は困難を極めた。一度エサの味を憶えたケモノは、余所へ狩りに出掛ける事は無く、楽に狩れるエサ場(シェルター)を離れない。シェルターに住む住民の中で腕に憶えのある者が、何人かモンスター退治に名乗りをあげたが、酷い怪我を負うか、そのまま帰って来ないかのどちらかだった。定期的に訪れる商人の飛空艇に重傷人を乗せる作業ですら、決死の作業だった。そういった理由で、修理は遅々として進んでいない。
 このままこの場所に止まっていたのでは、十分な備えと蓄えのあるシェルターだとは言っても、いつかはそれも尽きる。シェルター自体がどれだけ強固であっても、食料が無ければ生きて行く事は出来ない。最初こそ、楽観視していた住民達も、活路を一つ潰される毎に、次第に不安と恐怖が覆って行った。心身共に疲弊しているシェルターの住民達にとって、一刻も早く安全な場所に移動する事が唯一の願いだった。




「それじゃ各班、リーダーに従って! くれぐれも単独行動はしない様に、今度の相手は何時ものより手強いよ。では、作戦開始!」
 シュウの号令に合わせて、1チームSeeDとSeeD候補生三人で構成されたチームが、素早く指示された持ち場へと走る。
「ゼル、また後でねー!」
 薄い草と石の散らばる足場の良くない大地を走りながら、セルフィは離れゆく友に手を振った。
「おう、何頭倒したか教えろよー!」
 風に乗って遠くからゼルの声が聞こえた。
「けっ、チキン野郎にゃ負けねーよ」
「サイファー、前! でっかいの来てるよー。アレン、サポート宜しくねー」
 セルフィは、同じチームの二人に声を掛け、こちらに突進してくる、自分達の三倍はあろうかというモンスターに向かって、風の様に走った。走りながら、足元に土が剥き出しになっている所があるのを見てとると、それを一握り掴み、衝突直前に横へ避けたモンスターの顔に向かって投げた。
「効くかどうかわかんないけどね〜」
 だが効果はあったらしく、ワイルドフックの親玉みたいなモンスターは一瞬動きが止まった。その隙に素早く後ろに回り込むと、間髪を入れずに背中から引き抜いたヌンチャクを、極狭い、柔らかそうな脇腹へ揃えた棍に力を込めて突き込む。モンスターは、低い声を上げて反対側へよろけた。
「サイファー!」
 セルフィが声を発すると同時に、サイファーはモンスターの正面から、右の細く長いかぎ爪の付いた腕を一本切り落とした。ずんとした圧迫感を感じるような哭声を上げながら、モンスターは残りの五本の腕を、もの凄い勢いで振り下ろして来る。どこに飛んでくるかも分からない凶器を、右に左に器用に避け、一本また一本と幅広の白銀の刃で楽しむように、サイファーは腕を切り落としていく。
「相変わらず、趣味わっる〜」
 サイファーの戦い振りに、セルフィが気を取られた僅かの隙に、横で風を切る音がした。それに気が付いた瞬間大きく後ろに跳躍したが、モンスターの尾が顔を掠め、その先端の爪で一筋頬に傷を付けられた。それにムッとなり、クレセントウィッシュの月を、頭に突き刺してやろうと跳躍の為身体を低くした時、ワイルドフックの親分がどうっと倒れた。その向こうには、ハイペリオンを肩に掲げ、口の端をこれ見よがしに吊り上げて、ニヤリと笑っているサイファーの姿が見えた。
「あたしが倒そうと思ったのに〜」
「お嬢には小物過ぎてつまんねーだろうと思って、俺が仕留めた」
「むう〜」
「セルフィさん、左! 別のが来てます!」
 倒れたモンスターの尾がバタンバタンとまだ暴れているのを、背中から引き抜いた細剣で根元からざっくりと両断し、薄い灰色の髪をした青年がセルフィに告げる。
「うわ、デカッ! 今度はベヒーモスの親分〜? アレン、念の為プロテスをお願い、それとシェルも」
「了解です」
「行くよ、サイファー!」
「おうよ!」
 こちらに向かって土埃を上げながら突進してくる、大型の牛とも猪とも思えるようなモンスターを、サイファーが突っ立ったまま正面から迎え撃つ。サイファーのガンブレードの刃が、モンスターの鼻先の二本の角の間にがつりと挟まった。両者とも引く事なく相手を力押しにしたが、どう見てもサイファーの数倍はあるモンスターの方が遙かに力は上だった。モンスターがぶんと頭を振ると、ガンブレードの刃が食い込んだまま、身動きの取れなかったサイファーが横に飛ばされる。その間、モンスターの横に回り込んでいたセルフィは高く跳び、未だサイファーに気を取られているモンスターの首の付け根近くへ狙いを定めて、鎖で繋がった両節棍の片方を思い切り振り下ろした。ガツッという確かな手応えを感じると同時に、モンスターの背をトンと蹴り地面へと着地する。モンスターは、唸り声を上げて痛みに巨体を揺らしたが、多少動きが鈍った程度で、大したダメージは受けていない。
「手強いなあ」
 セルフィがそう呟いた時、右後方からヒュンと小さく風を切る音がした。次の瞬間再びモンスターは哭声と共に前足を高く上げ、鋭い棘のがぐるりと付いた尾を狂ったように打ち振った。その尾の餌食になるのをくるりと身体を回転させて避け、セルフィが再びモンスターの方を見ると、片方の目に深々とアレンが投げた短剣が刺さっていた。
「どうしますか、スロウ掛けてみましょうか」
 アレンの声にセルフィが、どう攻撃をするか逡巡した時、モンスターの向こう側で、天に向かい弧を描くように血飛沫が上がるのが見えた。続けてドンドンという銃声も聞こえた。サイファーの攻撃が見事にヒットしたらしい。モンスターの動きも大分鈍くなった。形勢はこちらに有利になった。
「取り敢えず足、出来たら頭でどうかな。無理そうならスロウで」
「了解です」
 セルフィの指示に、アレンは素早く背中の細剣を引き抜き走った。続けてセルフィも腿の鞘から短剣を抜き、口に咥えて続く。
「チャンスは一度」
 モンスターは動きこそ鈍ったとはいえ、まだ暴れている。その巨体に当たれば、自分達の身体などひとたまりもない、慎重に攻撃のチャンスを伺う。先に走り出したアレンが上手く隙をつき、後ろ足の腱を切り、モンスターがヨロリと腰を低くした。
『今だ!』
 セルフィは咥えていた短剣を手で握り軽く跳躍して、着地と同時にモンスターの喉元を切り裂いた。目を開けてはいられない程、ビシャッと返り血をしたたかに浴びる。どうにもこの返り血だけは、何度経験しても不快で堪らない。多く浴びれば浴びる程、血を流している相手の生命が尽きるのは間近だという事だ。おかしな話、それが例えモンスター相手でも、自分が生命を奪っているのだという罪悪感は僅かに感じていた。頭で納得はしていても、心はまた別なのだと、ゆっくりと地面に倒れていくモンスターを見ながら、セルフィは思った。
「アレン、他には?」
 刃に付いた血糊を振り払い、サイファーがチームメイトに問う。
「近くにはいないようです」
 セルフィもぐるりと周りを見回してみたが、少し離れた所で、ゼルの一撃によってどうっと倒れたのが、生きていたモンスターは最後のようだった。暫く三人は、視界の届く限り様子を伺ったが、木や大きな岩も無く開けた平地が静かに広がっているだけだった。
『全メンバーに告ぐ、作戦終了。指定の場所に帰還せよ』
 装備していたインカムから、シュウの作戦終了の声が聞こえた。
「お疲れー、さあ帰ろう!」
 そこでやっと終了したのだという安心感と相まって、セルフィは明るくチームの二人に声を掛けた。
「はい」
 灰色の髪の青年も、ホッとした顔をして笑ってくれた。
「お嬢、また派手に汚れたな。可愛い顔が台無しだぜ」
「サイファー、1点減点ー!」
「おいっ、何だよそれ」
「試験管に失礼な発言をしましたー。あ、アレンは減点ないからねー。サポートありがとね〜」
 もう一人のSeeD候補生には笑顔で言い。納得がいかないサイファーを無視して、セルフィはずんずんと集合場所まで足早に向かった。
「よう、セルフィ!」
 途中でゼルと合流した。
「ゼル、お疲れー」
「セルフィ、すんげー血だな。どっか怪我したのか?」
 ゼルの心配そうな顔に、セルフィは自分のバトルユニフォームが、ぐっしょりとなる程血が付いていたのを思い出した。
「ううん、返り血を浴びただけ、怪我してないよ〜。こんだけ血流したら、あたし死んでるよ」
「そうだよな、そりゃそうだよな」
 セルフィの答えに安心すると、途端にゼルは饒舌になった。自分のチームがどんな戦い振りだったか、オーバーアクションを入れつつ語る。確かにゼルの話は多少オーバーなような気もするけど、彼は細かい作戦とか警護とかの任務より、モンスター相手が群を抜いて長けていてるのは確かで、また一番向いていると思う。自分もどっちかって言うとゼルタイプかなーとセルフィはクスリと笑った。
「セルフィ、大丈夫か!? 怪我は?!」
 集合場所に着くと、シュウが驚いた顔をして駆け寄ってきて、肩をぶんぶんと揺さぶられた。既に集まっていたSeeD達も一斉にセルフィに注目していた。
「いや〜、どこも怪我してないよ〜」
 自分はそんなに酷い有様をしているのかと、セルフィはちょっと恥ずかしくなった。
「だから言ったろ。お嬢、美人が台無しだって」
「あははは、そうみたいだね。さっきの減点取り消すね」
 セルフィは、後ろから自信たっぷりな声音の主に、愛想笑いをしておいた。

 シェルターの依頼主に安全が確保出来た事を告げると、こちらが恐縮する程頭を下げられた。シェルターの住民の中には、涙を流して感謝の言葉と共に、血で汚れたセルフィの手に躊躇いもせず握手を求めてくる人々がいた。
 確かにモンスターと言えど、その生命を奪う行為には後ろめたさがある。自分に他の生き物の命を奪う権利があるのかと。だが、その罪悪感を払拭して余りある程、感謝の言葉に心震わされる。自分という存在が必要とされているのだと実感する。血濡れた手で生きていてもいいのだと、赦された思いがする。
 全ての生き物が互いを浸食せず、各々のテリトリーを守って静かに暮らせる世の中になれば――。そんな事は夢のまた夢、実現不可能な事。人同士だとて、争う事を止める事が出来ずにいる、遙か遠い昔から。その反面、いつか遠い未来には実現出来るのではないか、そうなって欲しいと、心の片隅で願い、信じている自分が居るのも事実だ。だから今、SeeDとして自分に出来る事をしたい、それがセルフィの揺るぎない想いだった。
 一人でも、「貴女が居てくれて良かった」と言ってくれる限り。

 そう、たった一人でも―――。



※-※-※



「セルフィ着いたぜ」
 ゼルの声でセルフィは目が覚めた。ラグナロクに乗ってから眠ってしまったらしい。既に同行した他のメンバーの姿は無く、ゼルと自分が最後のようだ。
「早く部屋に帰ってシャワー浴びた方がいいぜ」
 少し眉根を寄せた顔で、血で固まった髪を指で撫でられた。
「ありがと」
 服は着替えたけれど、顔と髪に付いた血は完全には落とせていない。ゼルの言う通り早くシャワーを浴びて少し眠ろう、まだちょっと食事はいらない感じ。セルフィは、バラムが早朝で、自室に戻るのに誰かに会う確率が低くて良かったと思った。




「う…ん、何時かな…」
 寝ぼけた目を片方開けて、枕元に置いていた携帯で時間を見た。夕方の六時。お腹も空いている気がする。そう言えば、12時間以上何も食べていないんだった。
「ご飯食べに行こ」
 セルフィは、さくさくと身支度をして寮の自室を後にした。
「うーん、何にしよ」
 メニューを見ながら、何にするか考えている所に、横からにゅっとパンが突き出てきた。
「俺のオススメ、セルフィにやるよ」
 ニッと笑って、ポンとセルフィの手にパンを置くと、近くにいた三つ編みちゃんと一緒に、ゼルは食堂を出て行った。出て行く前、三つ編みちゃんが、「今日のオススメはパスタですよ」と教えてくれた。
「よし、今日はパスタにしよっ!」
 セルフィの直ぐ横を、美味しそうなペペロンチーノをトレイに乗せた生徒が通り過ぎ、その匂いにつられるように、今夜のメニューが決まった。


「むはー、お腹一杯、しーあーわーせー」
 お腹一杯幸せ気分で、セルフィは寮への通路を歩いていた。ふと少し前を、短く切りそろえた金髪の長身が歩いているのが見えた。
「サーイファ!」
「んあっ? セルフィか」
「おー、名前で呼んでくれるんだ〜」
「お前以外と骨のあるヤツだしな」
 今回の任務の事を言っているのかな。場数だけは踏んできたし、そういう意味ではある程度慣れていて、今日も特に苦戦するという程では無かった。易々という訳でも無かったけれど。でも、サイファーはちゃんと認めてくれたんだなと思うと、セルフィは純粋に嬉しかった。
「これでもSeeDだからね〜」
「これからは俺の妹にしてやるよ」
「何で妹〜、普通彼女とかじゃない?」
 気に入ってくれたのは嬉しいが、たった一つしか違わないのに妹とは、ちょっと子供扱い過ぎるのではないか?
「彼女にするには、もう少しこう、メリハリがないとなあ」
 サイファーは、セルフィを見ながら両手で上から下へ向かって、何やら意味ありげな曲線を描いた。
「はっきり言うね〜」
 そういう意味で“妹”なのか。自分にメリハリがないのはよ〜く知っているし、特に気にもしていないので、セルフィはカラカラと笑い飛ばした。
「ま、何か困った事があったら、相談に乗るぜ。ウザイ男とかな、雑魚散らしで一掃してやる」
「わはは、その言葉頼りにしてるよ〜」
「あぁ、特にヘタレスナイパー野郎には気をつけろよ。絶対狙われてるぞ」
「分かったよ〜、忠告ありがとう〜」
 既に告白された、なんて言ったらどうなるのか。サイファーの事だし、雑魚散らしとまではいかなくても、ただでは済まなそうな気がする。それはちょっとアーヴァインが不憫かな。何もない顔で、「またね」と挨拶をしてセルフィはサイファーと別れた。




「セフィとサイファー?」
 一本向こうの通路に、良く見知っている二人の姿を見た。砕けた笑顔を、あのサイファーが見せる程、何時の間に二人は仲が良くなっていたのか。アーヴァインは全く知らなかった。思い返してみると、セルフィは良くサイファーに話しかけていた。殆どの生徒や学園関係者が、彼を遠巻きにするのに、彼女はまるで普通の友達にするのと同じように。
 セルフィは、サイファーが好むようなタイプの女の子ではない。それは分かる。

 ―――でもセフィの方は?

『ここ最近、セフィに好かれてるんじゃないかと思ってたけど、やっぱり自惚れかな……』
 殆ど治ったはずの脇腹の傷がチクリと痛んだ。

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