GARDEN ― 再会 Start over again ―

 ガルバディアガーデンのゲート近く、芝生の植えてあるちょっとした広場で、アーヴァインはバラムガーデンのSeeDを待っていた。約束の時間は過ぎていたが、待ち人はまだ現れない。昼寝でもして待つかとごろんと寝転がる。
 視界に広がった空を雲が流れていく。
 空も雲も、下界で起こっている事など我関せず、何時もと変わりなくそこにあった。人は変わっていこうとも、揺るぎなくそこに在る相手の大きさを思った時、アーヴァインは自分が酷くちっぽけな存在に思えて苦笑した。
『俺の存在なんて、この世界の小さな歯車一つですらないのかもな……』
 そんな事をぼんやり思っていた時、ふと小さな白い蝶がヒラヒラと飛んできた。すう〜と人差し指を立てるようにして腕をあげてみる。すると蝶はゆっくりと、差し出したアーヴァインの指に止まった。
『おまえには俺が必要なのか』
 例え小さな相手でも、誰かに頼られるのは嬉しいものだなと感じた時、こちらに近づいてくる数人の足音が聞こえた。
「やっとお出ましか、さて、俺の死神となるのか、それとも幸運の女神様か――――」
 アーヴァインはゆっくりと立ち上がると、指先で被っていたテンガロンハットの端を少し上げ、シニカルな笑みを浮かべて足音の近づいて来る方を見た。





 スコール達が、シド学園長から受けた新しい任務は、狙撃による魔女暗殺。
 魔女イデアはガルバディア政府の平和使節に就任。平和使節などと聞こえは良いが、実際は魔女の“力”を盾に諸国をガルバディアの傘下に入れるのが真の目的。また、その拠点をガルバディアガーデンと定めたらしいとの事。それはガルバディアガーデンとしても受け入れ難く、今回バラムガーデンとの共同命令という事になったと、受け取った命令書には記してあった。
 ガルバディアガーデンの学園長に紹介された、狙撃手のアーヴァイン・キニアスと合流し、一同は次なる目的地、デリングシティにあるカーウェイ大佐の屋敷へ向かう事になった。


「魔女だなんて、伝説の中のものだと思っていたぜ」
 列車で移動する為学園駅への道すがら、驚きと興奮を隠せない様子のゼルが言った。
「本当にいたんだね〜、しかも悪い魔女」
 今ひとつ緊張感にかける声音のセルフィ。
「太刀打ち出来るのかしら、私達の使う擬似魔法では無く、本物の魔法を駆使する魔女に」
 何時も冷静で凜としたキスティスの、不安を隠せない言葉に、暫しの沈黙が流れる。
「出来るかどうかでは無く、やらなければならないんだ。正式なSeeDへの依頼なんだから」
 スコールの容赦の無い正論に、ゼルもキスティスもセルフィも何も言うことが出来なかった。リノアは複雑な顔をしながらも黙って皆の話を聞いていた。
「メインの任務は狙撃手のサポートだ。仮にそれが失敗したとしても、俺達は与えられた任務を遂行する事に、全力を尽くすだけだ。やらなければこちらがやられ、大勢の人が苦しむ事になる」
 スコールの言葉に、アーヴァイン以外、全員身の引き締まる思いがした。彼の言う通り、出来るかどうかでは無く、やらなければならないのだ、それがSeeDの道を選んだ自分達の使命なのだから。
『SeeDか、俺とはまるで違う人種のようだな――――』
 アーヴァインは、テンガロンハットを目深に被り、皆から分からないよう自嘲した。




 ガタンガタンと揺れる列車内に暫し立ち、アーヴァインは酷く動揺している自分を必死で落ち着かせようとしていた。
『間違いない彼女だ』
 忘れようとして忘れる事が出来なかった初恋の少女。まさか再び会うことが出来るなどとは夢にも思っていなかった。
 余りにも強い自分の念が作り出した幻かと思った。
 けれど彼女は「セルフィ・ティルミットです。よろしく!」と太陽のような笑顔で言った後、握手を求めてきた。そして握った手は温かく、これが幻ではないと教えてくれた。
 問題はその後だ。
 彼女と対峙するまでは、今までそうして来たように、プレイボーイの自分を演じ、今回任務を共にする面々に挨拶をした。なのに、最後に現れた彼女の名前を聞いた時、今まで作り上げてきた仮面が、自分の意志とは関係なく、いとも簡単に剥がれ落ちてしまった。 デリングシティに向かう為この列車に乗り込んでから、どうしてもじっとして居られなくて、一人で居る彼女に話しかけた。心の準備も出来ぬまま、彼女が一人で居るチャンスは今しかないと、焦ってしまったのがまたいけなかった。自分でも情けなくなる位、変な事ばかり言ってしまった。
『「運命共同体」に「恋のためいき?」って、なんだよそりゃ……、うっかり昔の癖が出て僕とか言ってしまうし……』
 タイミング良くというか、悪くというか、スコールがこちらにやって来て、暫くは共に行動する訳だから取り敢えず落ち着けと、隣の部屋へ移動した。
 はぁ〜、思わず大きな溜息が出る。頭は大分すっきりして来たけれど、心臓はまだ早鐘のようなままだ。扉1枚隔てた向こうには彼女が居ると思うと、更に動悸が速くなりそうだったので、極力意識がそちらに向かないよう、リノアに話しかけてみたり、狙撃手の孤独とか独白してみたり。それがまた惨憺たる有様で、ゼルには本気で嫌われたらしいのが良く分かった。別にセルフィ以外には、嫌われても構いはしないのだが。


 アーヴァインとスコール達一同は、デリングシティに着くと指示通り通りカーウェイ邸に向かった。けれど、どういう訳かカーウェイ邸警備の担当者から、連絡は届いているにも関わらず「名もなき王の墓で、出席番号を手に入れて来い」などという、子供の遊びみたいな事を指示された、その番号が無ければ屋敷には入れられないと――。何だそれはと皆呆れたが、時間は限られているという事もあり、渋々地図を受け取り、郊外にあるという墓へ向かう事になった。
 目的の出席番号は、言われた通り墓の入り口付近にあった。が、どうやらこの墓の奥にはガーディアン・フォースがいるらしい、ここまで来るのにさほど時間も掛からなかったという事もあり、相談の結果そのG.F.を獲得しに行く事になった。
 アーヴァインはG.F.の存在を知ってはいたが、ガルバディアガーデンでは使用を許可されていなかったので、実際には見たことが無かった。そこで、このG.F.獲得に向かうメンバーの中に自分を入れてくれるよう、リーダーであるらしいスコールに願い出た。運良くそのメンバーにはセルフィも入り、更にスコールも加えてに墓の奥を目指した。
 中は迷路のような造りで、更に要所には仕掛けが施してあり、モンスターも棲みついていた為、奥に辿り着くのは簡単という訳にはいかなかった。それでも目当てのG.F.の元に辿り着き、戦いによって、こちらの力を余すところ無く示した事で、漸くG.F.を入手する事が出来た。
 その時のスコールとセルフィの戦い振りにアーヴァインは圧倒された。持っている武器での戦いも、流れるように正確で無駄がない、既に結構な場数を踏んでいるのは容易に判った。更にG.F.を召喚し、召喚されたG.F.の圧倒的な強さと力。人の力など塵にも等しく見えた。
『あれがG.F.か、成る程代償を払う危険を冒しても、使うだけの価値のあるシロモノだな』

「おつかれ〜、G.F.も手に入ったし、さ〜帰ろう!」
 一人感慨に耽っていたアーヴァインに、セルフィが明るく話しかけて来た。帰り道にも相変わらずモンスターは出現したが、G.F.に比べれば大した相手ではない、軽く会話を楽しみながらでも簡単に倒せた。会話とはいっても、たわいのないものばかりだったが、それでもアーヴァインにとって、セルフィと話が出来るという事は、とても重要な事だ。只、彼女達の言葉の端々から、幼馴染みの自分の事を全く憶えていないという事が見て取れ、酷く淋しかった。
 G.F.を使用する事の代償は、やはり“記憶”なのだと、屈託無く笑うセルフィの顔を見ながら、アーヴァインは思った。


 再びカーウェイ邸まで戻り、警備員に番号を提示する。今度は警備員にも拒否する理由はない、一行は急いで屋敷の中へと入った。
 リノアがカーウェイ大佐の娘だなどという、驚くべき事実を知らされたりしたが、それよりも今回の任務の方が遙かに重要なのは、一同周知の事実であったので、誰もその事に深く触れる事は無かった。
 カーウェイ大佐より、詳しい手順の説明を受けた後、指示された配置に就くため現地へと向かう。パレードを待ちわび賑わう街は、華やかさと陽気と活気に彩られ、一応警備の応援という名目で行動をしていたが、自分達の事など気にかける者などおらず、大勢の人混みの中にいるのに、まるで自分だけがここに存在しているような孤独感、都会独特の冷たさ。アーヴァインはこの都会(まち)があまり好きではなかった。
 凱旋門でメンバーは狙撃チームと、ここで門を操作するチームの二手に分かれた。この任務の全ては自分の腕に掛かっていると言ってもいい、アーヴァインは今更ながらその重さをひしひしと感じていた。そのアーヴァインの心情を知ってか知らずか、セルフィは
「さっき王の墓での時みたいに、普通に目標を撃てばいいんだよ〜。アーヴァイン、モンスターを殆ど一発で仕留めてたじゃん、きっと大丈夫だよ。あたし達も頑張るからね」
 笑顔でそう言うと、凱旋門の中へと入っていった。
 多分彼女にとっては、普段からそうしているのであろう、仲間にかけた何気無い一言。その何気無い一言は、時として発した方に意図など無くとも、受け取った側の心に大きな影響を及ぼす事がある。今のはまさにそれで、今回の狙撃任務に対して、また自分自身に対しても、後ろ向きだったアーヴァインに大きな衝撃を与えた。他人からの「大丈夫だよ」という言葉が、これほど安心感とやる気を起こさせてくるとは、思いも寄らなかった。少なくとも彼女は自分を信頼してくれている。その信頼に応える努力をしないのは、人として最低のような気がした。つい数時間までとは正反対の気持ちになっている事に、アーヴァインは自分でも現金だと思った。だが、まるで長く暗いトンネルを抜けたように、気分が晴れやかなのも紛れもない事実だった。
「行くぞ」
 と言ったスコールに、ニッと笑って後に続く。
『大丈夫、僕にだって出来る、僕にしか出来ない――』



 敵も然る者、こちらの計画を簡単に実行させてはくれなかった。もう少しで待機場所という所まで来て、見るからに手強そうなモンスター2頭に、行く手を阻まれた。だが、スコールもアーヴァインも微塵も躊躇う事無く、互いに協力しつつ何とか相手を倒した。
 指示されたギミック時計のある場所で、隠してあった狙撃用ライフルを受け取り、アーヴァインはその場で待機する。
 その時が来るのが果てしなく長く感じられた。
 ここから先は全て自分一人の腕に掛かっている。そう思うと、元来の性格が災いし、再び押し潰されそうなプレッシャーと共に、自分には無理なのではないかと、マイナスの感情がアーヴァインを襲った。
 酷く喉が渇いていた。
「来たぞ」
 スコールの声に、華やかなパレードに沸き返る群衆の中から、一際大きな山車に悠然と座している、その人影を見定め、ライフルを構えスコープを覗く。

『まさか?! そんな――』
 望遠レンズを通し飛び込んできたその顔(かんばせ)に、不意を突かれたじろいだ。良く知っている貌と今見ている貌が、交互にフラッシュバックを起こす。
 あれは――――。
 今、自分が狙撃しようとしている人物は、幼かった自分達を我が子のように慈しんでくれた女性(ひと)。
 間違いない。
 カーウェイ大佐は確かに“魔女イデア”と言った。あの時感じた“何か”は、コレだったのだ。だが、かつて母とも慕った温かく優しかったその人は、全く感情の欠片も見えない冷たい貌で目の前にいた。
 あれは魔女なのだ。
 今、倒さなければ、今後人の世に大きな災いが降りかかるのは分かり切っている。けれど心の隅で、母とも慕った人だと主張する自分が、引き金を引くのを躊躇わせる。
 永遠とも感じられるような時間が流れたと思った。
「キニアス撃て! 外れても後は俺たちが何とかする!」
 スコールの言葉に、額から汗が一筋伝い落ちた。


――きっと大丈夫だよ。あたし達も頑張るからね――


 セルフィの言葉が頭に響いた瞬間、アーヴァインは引き金を引いていた。



END

2週目以降注意深く彼の行動を見ていると、些細な行動にポカーンとなります。どんだけセルフィスキーなんだろう。
(2007.08.26)

当作品中に於いて、「FINAL FANTASY VIII」のゲーム本編より、一部台詞を引用しています。
(2007.10.07 追記)

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