GARDEN ― 幼い未来 Selphie ―

 目の前の山の端に太陽が差し掛かっている。辺りの景色が暗く色を無くしてしまうのはもうじきだ。つい友達と遊ぶのが楽しくて、養母との約束の時間を過ぎてしまった。早く家に帰らなければ、養父と養母を心配させてしまう。
 セルフィはなだらかで細い道を、家を目指して走っていた。ふと横に広がる森の入り口で何かが小さく光ったのが見えた。一瞬気になって立ち止まって光った方を見てみたが、何も光るものは見えない。見間違いだと思い、再び走り出そうとした時、今度はちいさく、クゥ〜ンという動物の鳴き声のようなものが聞こえた。
 セルフィはどうしても、その正体が気になり、声のした方へゆっくりと足を進めた。声がしたと思われる所まで辿り着くと、目を凝らして辺りを見回す。すると足元近く、茶色の毛に覆われた耳のちょっと大きめの、野ウサギほどの大きさの動物がぶるぶると震えながら、うずくまっていた。
『何の動物やろ、赤ちゃんなんかな……』
 セルフィは、小さな動物を怖がらせないよう、ゆっくりとしゃがんだ。その小さな動物は逃げる事はしなかったが、ぶるぶると震え続けていた。
『お腹空いてんのかな』
 持っていた小さなカバンの中から、おやつのクッキーを取り出し、そうっと小さな動物の方に差し出してみた。小さな動物は、鼻を伸ばしてクンクンとクッキーの匂いを二三度嗅ぎ、身体を伸ばして、セルフィの差し出したクッキーを食べた。セルフィに危害を与えられる心配はないと安心したのか、小さな動物は更に出されたクッキーを食べた。
「お腹空いてたんやね」
 セルフィが、背中を撫でると小さな動物は、お腹が一杯になったのか満足そうにセルフィを見上げてきた。それはとても可愛らしくて、セルフィはこのまま家に連れて帰りたいと思ったけれど、養父に森の生き物を勝手に連れ帰ってはいけないと言われていたので、それは諦めるしかなかった。
「チビちゃん、ばいばい」
 そう言って立ち上がった時、小さな動物は小首をかしげたかと思うと、セルフィの頭を目掛けてジャンプして来た。セルフィは咄嗟に頭を庇うように手をあげたけれど、いつまで経っても頭にぶつかって来るものは無かった。どうやら自分を飛び越えて、後ろへ行ってしまったようだ。
 セルフィは漸く家に帰る途中だった事を思い出し、急いで駆けだした。




「はいっっ!」
 ヌンチャクの片方の棍がヒュンと空を切り、素早い動作で肩の上、左の脇を何度か行き来し片方の棍の元へピシッと返ってくる。一歩間違えば、その棍は自身の体を傷つけてしまう、細心の注意を払い正確にヌンチャクを動かす。
「よっしゃ、大分上達したなセルフィ。見違えるようや」
 背が高く、筋肉は隆々とした屈強な体躯、やや好き放題に伸ばした髭の顔は、満足げに笑いながらそう言った。
「ホンマ?! お父ちゃん」
 セルフィは大好きな養父に褒められたのが嬉しくて堪らなかった。大きくて強くて優しくて、いつか自分もそんな人になりたくて、養父にヌンチャクの手ほどきを受けていた。
「ああ ホンマや。この一ヶ月程は、本当に見違えるようや。その内きっとお父ちゃんを超えるで」
「何言うてんねん。そんなクマみたいになりとうないわ」
「誰がクマやて」
「お父ちゃんに決まってるやん、どっから見ても立派なクマやで」
「言うたな〜、クマはぎょうさん食べなあかんさかい、今日の晩ご飯はセルフィの分ももらうで」
「なんやてーーー」
 拳を振り上げ、クマのような養父に向かってみたものの、セルフィの力など大したダメージを与えられるはずもなく、養父は豪快に笑ってセルフィの拳を胸で受けていた。
「まぁまぁ 何時までも家に入って来ないと思ったら、またあなた達はそんな事を言い合って、早く中に入って頂戴。折角の夕食が冷めてしまうでしょ」
 セルフィの養母が、半ば呆れながらいつものように二人を呼びに来た。


「ね、春になったら、あたしガーデンに入りたい」
 養母自慢のスープのおかわりを受け取りながら、セルフィは言った。
「まぁ この子はいきなり何を言うの。あなたは女の子なのよ」
 いつもは優しい笑みを絶やさない養母が、渋い顔をして言った。
「母さん、そう言わんと、まずはセルフィの話を聞いてからや。セルフィ、なんでガーデンに入りたいんや?」
 養父は食事の手を止め、テーブルの上で両手を組むと、きちんとセルフィの方を向いて訊いてきた。
「この家の子供は、あたしだけやろ? せやから、もっと強くなってお父ちゃんとお母ちゃんを楽させてあげたいねん」
 セルフィは、瞳をキラキラさせて、スプーンを握った手をぐっと前に突きだして言った。
「そりゃ頼もしい!」
 養父は、がははははと大口を開けて、豪快に笑った。
「あなたっ! セルフィは女の子なんですよ。そんなガーデンだなんて……」
 そんな夫を窘めるように、養母は強い口調で言いかけたが語尾はずっと小さくなってしまった。
「そうやなぁ、ガーデンは高い教育も受けられるけどなぁ、基本は兵士や傭兵を育成する所やからなぁ。母さんが心配するのも無理あらへん」
 俯きどこか悲痛な顔の養母を認めて、養父は落ち着いた声でゆっくりと言った。
「分かってる! それでも行きたいねん、あたし身体を動かす事が好きやし、折角お父ちゃんが教えてくれたヌンチャクを生かせる仕事がしたい」
 セルフィのその言葉を聞いて、養母の顔は益々翳りの色が濃くなった。養父は目を閉じ腕組みをして、じっと何かを考えている。
 暖炉の炎の中で、薪がパチッと爆ぜた。
「そうやなぁ、セルフィの気持ちは嬉しいし大事にしてやりたい。もう今年は13歳や、取り敢えず1年頑張ってみるか? それで続けたいおもたら、そのまま続けるも良し、やめたいおもたらやめるも良し、どうや?」
「うん、それでええ。あたし絶対卒業してみせるわ! SeeDになってみせる!」
 セルフィは、きりっと眉を上げきっぱりと力強く言った。
 そのセルフィの様子に、養母は淋しそうな顔をしたが、彼女と過ごした数年の内に、彼女の意志の強さはよく分かっていたので、それが望みならと納得せざるを得なかった。
「セルフィ、必ずここに帰って来るのよ。ここがあなたの家なんだから」
「分かってるよ、お母ちゃん。あたし、お母ちゃんもお父ちゃんも大好きやもん。絶対帰ってくる!」
 セルフィは、椅子から降りると養母のほっそりとした身体をぎゅっと抱き締めた。この優しくどこか儚い養母(はは)と、大きくて頼りになる養父(ちち)が大好きだ。だからこそ、自分が大きくなったら、この人達を守れる存在になりたい。この両親に貰った愛情を今度は自分からも返したい。その思いはこれから先もずっと変わることはないと確信する。少しの間離れるけど、本当はまだまだこの両親の温かい胸でまどろんでいたいけど、またここに帰って来る為にガーデンに行くんだ。
「お母ちゃん、今日、一緒に寝てええ?」
 抱きついたまま、養母に問う。
「まぁ セルフィ、ガーデンに入ろうって言う人が小さな子供みたいよ」
 養母は、クスクスと笑い、優しくセルフィの髪を撫でながら「いいわよ」と言ってくれた。
「そんなら今日は、お父ちゃんも一緒に寝ようやないか」
「ええ〜 お父ちゃんも一緒やと、狭いからいやや」
「いうたな〜」
 楽しい家族の団らん、今まで当たり前の日常だったけれど、これからは少し違う。自分で決めた事だけれど、不安はある。そんな不安をどこかへ吹き飛ばすような、養父の笑い声と優しい養母の声をセルフィは心に焼き付けておこうと思った。




 季節は、毎日少しずつ変わっていく。
 鮮やかな色をしていた木々の葉はいつの間にか、白い衣装に取って代わり、やがて静かに小さな緑の模様を枝に纏い始めた頃。
「うわっ また遅くなってもうたー。ヤバイ、ヤバイお父ちゃんに怒られる」
 セルフィはまた走っていた。今日も友達との遊びに夢中になって、帰路につくのが遅くなってしまった。「時間も守られへんヤツは、ガーデンなんか入れへんで」と何度養父に叱咤されたか……。
「どーしよ、森突っ切ろうかな。絶対そっちのが早いもんな〜」
 道の右側に広がる森を横目に見ながら、セルフィは思った。その森は大きく深く、奥の方には得体の知れない生き物も住んでいると教えられて来た。森の中で行方不明になった者、深い傷を負った者もいると噂に聞いてもいる。セルフィも両親から「入ってはいけない」と言われていたけれど――。
「ヌンチャクも持ってるし、ちっさいクマ位ならあたし一人で伸せるわ」
 セルフィは森を突っ切る事に決めた、端の方だし大丈夫だろうと思って。
 森の中は、大きな木が比較的間隔を開けて立っており、草も所々しか生えていなかったので走るのには苦労しなかった。セルフィは道を走っていた時と殆ど同じ速度で森の中を駆けた。少し薄暗いが、目はすぐに慣れた。外よりは光が差しにくい分寒くもあったが、走っているので身体は結構暖かい。
 出口までもうすぐという所まで来た時、少し離れた横の辺りから、バキンッという大きな枝をへし折るような音が聞こえた。なんだろうと思い一度横を見て再び前方を見た瞬間、何か大きな固まりが目の前に現れた。慌てて足を止める。薄暗くて良くは分からないが、何か大きな動物だという事は分かった。背丈は3メートルほどあるだろうか、手はだらりと長く体は黒い毛というか針のようなもので覆われている、大きな体に対して頭は小さめで長い尾が二本見えた。クマだろうかと思ったが、こんな大きなクマがこの辺に住んでいるとは聞いた事がない。
 その巨躯はゆっくりとセルフィに向かって近づいて来る、本能的に逃げなければいけないと思うのに、恐怖でセルフィは動けなかった。荒い息と共に一歩一歩近づく大きな獣、もうダメだとセルフィがしゃがんだ時、青白い稲妻のような光が獣に向かって飛ぶのが見えた。その飛んでいく一瞬の隙に、光の中に小さな動物の姿が見えた気がした。それは前にこの森で小さく震えていたあの子だと、セルフィは直感した。
 光は大きな獣にまとわりつき、それを必死で追い払おうと、獣は巨躯を揺らし腕を大きく振り回している。
『今だっ』
 反射的にそう思ったセルフィは森の出口へと力の限り走った。元の道に戻っても森が小さくなるまで、振り返らずただひたすら走った。あまりにも走る事だけに集中していた為、こちらに向かって来ている人影がいる事にも気が付かなかった。
「セルフィ!」
 声がしたと思った途端、どんっとその人物に思い切りぶつかった。あまりの勢いだった為、セルフィは反動で後ろへ倒れそうになったが、ぶつかった相手はぴくりと動かず、更にセルフィをの腕をしっかりと握って倒れるのを防いでくれた。
「お父ちゃん!」
 肩で大きく息をしながら仰ぎ見ると、心配そうな養父の顔が見えた。
「セルフィ、大丈夫か? あんまり遅いんで心配で迎えに来たんや」
「ごめん、お父ちゃん」
 セルフィはそう言って、屈強な養父の身体にしがみついた。身体を小刻みに震わせて、その尋常ではない様子に、養父は黙って優しくセルフィの背中を撫でて落ち着かせてくれた。
「帰るでセルフィ」
「うん」
 養父は何も訊かず、セルフィの手を握って歩いてくれた。家に帰ってから、養母にはしっかりと遅くなった理由を問い詰められ、お説教をされたが。




 北の大地トラビアにも、春の花が咲き始めた頃、セルフィはトラビアガーデンに入学する事を認められ、旅立ちの朝を迎えた。
「セルフィ、早くしないと遅れるわよー」
 階下から養母の声が聞こえる。セルフィは、トラビアガーデンの制服に身を包み、パンを口に咥えたまま髪を梳かしていた。鏡で確認しようと思い身体を回転させた時、腕が運悪く棚の上の物を落としてしまった。カシャンという音ともに落ちた缶の蓋が開き、中身が床に散らばった。
「あ〜あ、この忙しい時に〜」
 しゃがんで、缶の中身を拾い集める。どうやら手紙とカードが数枚入っていたようだった。その中の1枚のカードに目が留まった。



セフィへ

トラビアへいっても げんきでね
ぜったいに あいにいくからね
それまで ばいばい

アーヴァイン



 子供らしい、たどたどしい字でそう書いてあった。
「アーヴァインて誰?」
 他のカードや手紙も見てみたけれど、どれも何時貰ったのか、くれた人の名前が書いてあっても、それが誰なのかは分からない、セルフィの記憶にはない物だった。中身を戻すとパタンと蓋を閉じ、また元の棚の上に戻して、セルフィは急いで部屋を出た。



※-※-※



「今度は、ガルバディアガーデンか〜、なんかめっちゃ遠くに来てしもたな〜」

 セルフィはトラビアガーデンに入学して、SeeDになる為日々勉強に励んだ。だが、SeeDになるにはバラムガーデンで実地試験をしないといけないという事が分かり、いっその事転校した方が早いと、トラビアガーデンで筆記試験に合格した後、バラムガーデンに転校した。
 SeeD実地試験には何とか合格し、晴れてSeeDとなる事が出来た。その喜びも束の間、早速初任務を言い渡されティンバーに赴いた。のだが、成り行きというか、そうするしかなかったというか、正確には失敗したと言った方がいいのか、初任務はぐだぐだになり、ティンバーから今度はガルバディアガーデンに向かう事になった。

「ねぇねぇ ガルバディアガーデンに行っちゃっても大丈夫かな〜。あたし達の事、庇ってくれると思う〜?」
 ガルバディアの大統領を自分達が拉致しようとした事は、テレビの電波に乗って流れてしまった。その事をガルバディアガーデンもとっくに知っているだろう、いくら同じガーデン同士だからと言って、自分達を快く受け入れてくれるかどうかなんて全く分からない。楽天家のセルフィでも流石に不安になって、同行の仲間につい問うてみた。
「行ってみるしかない。ダメならその時はその時だ」
 スコールは、セルフィの方を見る事もなく冷ややかに言う。
「そうね、取り敢えずここに居ても仕方ないし、行ってみる価値はあると思うわ」
 キスティスも歩みを止める事なくそう言った。
「すまねぇ、俺が口を滑らしたばっかりに」
 ゼルが申し訳なさそうに肩を落とす。
「もういいよーゼル。とにかGOだよ」
 リノアはゼルの肩を気にしないでというように、ポンポンと叩いた。
 とにかくガルバディアガーデンへと一同は歩を進めた。


 ガルバディアガーデン。
 その外観はバラムガーデンよりも一回り位大きく、赤がメインカラーとして使用されていたが、どこか厳つい印象を受けた。
 到着して直ぐ、バラムガーデンの教師という事もあり、ガルバディアガーデンへも何度か来た事があるキスティスが、上層部に事情を説明しに行ってくれた。その後程なくして、バラムガーデンから来た者は応接室へ来るようにとの構内放送で、キスティスを除いた一行は応接室を目指した。ガルバディアガーデン内を移動していて、更にバラムガーデンとは校風も大きく異なる事が分かった。廊下を走ると腕立て伏せをさせられている場面に出くわす等、規律は軍隊並に厳しいようだった。
   応接室に着くと直ぐにキスティスも戻って来、バラムガーデンも自分達にもお咎めはなしと報告してくれた。ガルバディア政府がサイファーを単独犯と認定し、裁判も刑も執行されたという知らせと引き換えに――。
 サイファーは学園内に於いて問題児であった。スコール、ゼル、セルフィと同じ時にSeeD試験を受けたが、そこでも普段からの協調性の無さが足を引っ張る形になり、結局彼は合格出来なかった。そんな彼に、良い印象を持っている者も、仲が良かった者も少なかったが、共に同じガーデンで学んだ仲間であるという思いは皆同じだった。
 重苦しい空気の只中に在る一同に、現実は容赦なく更に困難な任務を突きつけてきた。

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