摩天楼更夜

 腕の中で、甘い南国のフルーツの香りがする。身体にまとわりつく汗は、さながら彼の地にいるようだ。
「…んっ…っ…」
 密着した肌はまだ余韻が残っているのか微かに震えた。腕を緩めて顔を覗き込めば、睫を震わせ濡れた紅い唇から溜息とも吐息ともつかぬものがこぼれ落ちる。こぼれ落ちる度に、いつもの白皙ではなく色づいた肌が呼吸に合わせて動く様に、鎮まったはずの熱情が再び体内で蠢き始めるのを感じる。
『セフィがいけないんだ』
 こんな所まで自分に会いに来たりするから。本当の気持ちを押し込めて用意したサプライズより、僕の方がいいなどと言うから。セルフィの方から唇を重ねてきたりするから……。
 気がつけばベッドで彼女を組み敷いていた。
 自分の下で泣くように喘ぐセルフィにどうしようもなく駆り立てられ、貪欲に攻めたてた。シーツの上をすべる肢体をすべて自分のものにしたかった。
『セフィがいけないんだ。僕の名前をあんな声で呼んだりりするから。セフィがいけない――――』
 なんだこの言い訳は。責任転嫁もいい所じゃないか。抱きたかった気持ちも、抱いたのも事実なのに。
 閉じられた瞼の濡れた様に湧いた罪悪感は、掬い取るように優しく口づけることで押し流した。
「アービン……」
 セルフィがアーヴァインの背中に腕を回し抱きついた。
 肌に直接触れる熱い吐息が、アーヴァインの中から去っていない熱情を更に呼び起こす。再び組み敷きたい欲求にかられるが、さすがに欲望のまま続けざまに抱くのは、自分勝手すぎる。
 アーヴァインは一度唇を重ねると、そっとセルフィの腕を離した。
「シャワー浴びてくるよ」
 セルフィの頬を撫で、優しい声で言ったそれは、今の彼女には酷く切なく感じられた。
 今日は自分でも信じられないような我儘を言ってアーヴァインに会いに来た。彼は自ら口づけたセルフィの意を汲み、応えてくれた。それなのに、まだ愛され足りない。愛し足りない。いつにも増して濃密な愛を交わしたというのに。いつもならそれで満たされるのに、今日はまだ……。
 そして今日のセルフィは、アーヴァインと一時たりとも離れていたくなかった。
「もうちょっと一緒にいて……」
 せめて眠りにつくまで、そう思ってセルフィは半身を起こしたアーヴァインの腕に触れる。
 アーヴァインは困ったような顔をしてセルフィを振り返った。
 セルフィの願いには応えたいが、そうすると自分を抑える自信がない。
「じゃ一緒にお風呂入る?」
 意地悪でもなんでもなく、そう言えばセルフィは大人しくベッドにいてくれるだろうと思ったのだ。
 恐ろしく寝付きのよい彼女は、自分が風呂から上がった頃にはきっと夢の中の住人になっているはずだ。そうすれば、この躰の中で出口を求めて燻っている欲は渋々ながらも鎮まるだろう。
 ところが。
「……うん」
 しばらく瞳を彷徨わせ迷った様子はあったものの、セルフィはあっさりと承諾した。
 予想に反した答えに面食らう。だが誘った以上今更後に引くことも出来ず、アーヴァインはセルフィを抱き上げバスルームへ向かった。

 スウィートというワケではなかったけれど、それでもSeeD寮のそれより遥かに広いバスルームだった。色は落ち着いたアイボリーで統一され、照明も少し黄みを帯びた柔らかな光。それでもセルフィにとっては十分羞恥を覚える明るさだったが、バスタブの猫足とシャワーや蛇口の取っ手が可愛らしい形をしていたのが、幾分それを和らげくれた。
「洗ってあげるよ。安心して、それ以上は何もしないから。髪から洗う? それとも身体から洗う?」
 そっとセルフィをシャワーの前に立たせ、バスタブに湯を張りながらアーヴァインは訊いた。
 どうして「それ以上はもしない」なんて言うのだろう。セルフィは胸がズキンと痛むのを感じ、そのことに驚いた。痛みを感じたのは、何もしないと言われた所為。つまり自分は、こんな所でも“何かしてほしい”のだ。そんな自分を浅ましいと思いながらも、走り出してしまった欲求は濃度を増していくばかりで、自分でもどうしようもなかった。
「……髪から、お願い」
 蛇口から流れる湯の音よりわずかに大きな声でセルフィはそう告げた。
「じゃ、髪からね」
 そう言うとアーヴァインは、セルフィの後ろから手を伸ばしシャワーのコックを捻った。ほどよい温かさの湯がさあぁっとセルフィの肌を流れていく。
「セフィの髪は柔らかいね」
「アービンだって柔らかい方だよ。最初びっくりした。男の人はみんな硬いんだと思ってたから」
「そうなんだ、僕柔らかい方なんだね、知らなかったよ」
「うん」
 他愛のないと言うよりは、どこかよそよそしい会話。
 髪を洗い終えるとアーヴァインは、ボディソープをスポンジで泡立てていく。それをセルフィは視界の端でぼんやりと捉えた。
 手で洗ってくれるのではないのか。そう思う自分は、今まででは考えられないほど淫らだ。けれど、シャワーの温かさとは別の熱を背中に感じる。今最も欲する存在がそこにある。振り向けば、間違いなく――――。
 手で触れられれば、いっそ自らアーヴァインを求めることが出来るのに。触れたアーヴァインが悪いのだ、と口実が出来るのに。
 アーヴァインはどう思っているのか。さっきのでもう十分に満足してしまったのだろうか。
『あ――』
 思いがけず、触れたのは、――指。
 ふわふわとした泡越しに肌をすべる温かい自分のものではない体温。心臓が音を立てたのがセルフィには分かった。
 肩口からするりと腕に降りていき、丁寧に撫でられる。片方が終われば、もう片方も。それだけで、セルフィの躰の奥にじぃんと痺れるような感覚が湧き上がった。
 背中が終わり、少し間を置いてからアーヴァインは今度は爪先から脚を撫で始めた。その動きは、愛撫を施す時とは全く違って淀みない。ただ躰を、セルフィの肌を、優しくはあるけれど撫でて移動するだけ。それでも、アーヴァインの動きが徐々に上に上がって来るごとに、セルフィの肌は熱くなり、心臓はどくどくと脈を打つ。
『…やっ』
 触れられる! と躰がわずかに強張った時、唐突にアーヴァインの体温はまた離れてしまった。
『どうして――』
 ツンと鼻の奥が痛い。
「セフィ……寒い?」
 今、口を開くと涙声になりそうだったので、セルフィは首を振って答えた。震えたのは寒さのせいではない。肌がどんな温度を保っているか、今まで触れていたアーヴァインには分かるだろうに。そんなに無関心なのだろうかと更に鼻の奥が痛くなる。
「もうちょっとだから。ちょっと腕上げて」
 そう言ってアーヴァインは、後ろから手を伸ばしセルフィの鎖骨辺りに触れた。背後には殆ど触れているのではないかと思うほど近くに、アーヴァインの体温を感じる。そのわずかな距離感が酷くもどかしい。けれどアーヴァインは相変わらず泡と共にしなやかな長い指で、セルフィの肌の上を優しくすべらせるだけ。胸の膨らみに触れる時には指ではなく、手の平が包むようにして触れた。
「ん…」
 アーヴァインにその意志がなくとも、未だ堅く結んだままの先端は甘やかな刺激と受け取り、セルフィの躰は素直に反応し、声がこぼれた。幸か不幸かバスタブに勢いよく落ちる湯の音で、アーヴァインには聞こえなかったかも知れない。それを肯定するかのように、アーヴァインの手は、あっさり胸を離れるとゆるゆると下へ向かって移動していく。今までの動きからアーヴァインにそんなつもりはないのだと思っていても、セルフィは再び緊張と期待が高まっていくのを感じた。
「セフィの肌は柔らかくてとても綺麗だ」
 ふいに吐息のような囁きが耳をくすぐった。それは瞬時にセルフィの体内に入り込み、熱い雫へ姿を変えて躰の外へ出て行く。
『…っ!』
 セルフィが意識を耳元に持って行かれている隙に内股へと大きな手が侵入した。意識はせずとも躰の方が勝手に反応したけれど、花裂の表面をすっと撫でただけで、それはあっけなく去って行ってしまった。セルフィが呆然としている間に、少し熱めの雫が肌に当たり、アーヴァインの手の感触も泡と共に洗い流されていた。
「セフィ、バスタブに入って」
「今度はあたしがアービンを……」
「いいから、入ってて、夏でもちゃんと温まった方がいいよ」
 珍しくセルフィの言葉を遮るように、更に有無を言わせぬ口調だった。セルフィは抗うことが出来ず、アーヴァインに促されるままに温かい湯の中に躰を沈めた。それを確認すると、アーヴァインはセルフィにちょっと微笑してくるりと背を向け、自分の躰を洗い始める。
 セルフィはモヤモヤとした気持ちでその後ろ姿を見つめて、見とれた。
 スコールやゼルと違って銃を扱うせいか、その身長からすると若干細身だと服の上からは思っていたけれど、実際に見るとアーヴァインは均整の取れたファッションモデルも出来そうな体つきをしていた。でもちゃんと鍛錬も怠っていないのだということが、動く度に浮き上がる筋肉の付き具合からよく分かる。
 調和美を持って絶妙のバランスで鍛え上げられた体躯。明るい所でその全容をまじまじと見るのは、セルフィは初めてのような気がした。
 そしてそれは、見惚れるほどにとても魅力的だ。
 あの背中に、胸に、触れたい。
 あの腕に、息も出来ないほど抱きしめられたい。
 けれど、今のアーヴァインは……。
 自分がヘンなのだ。さっき抱かれたばかりなのに、また抱いてほしいなんて。長い間離れていた、とかいうワケでもないのに。



 視線が、痛い。
 背後に確かに感じる。自分をじっと見つめるセルフィの視線。
 一体今日はどうしたと言うのだ。いつもは一緒にシャワーを浴びることさえ嫌がるのに。まさか躰を洗うことまで許容してくれるとは。ことごとく自分の思惑とは逆のことが起きている。お陰で、押さえ込もうとした熱情は、一向に鎮まらない。
 ムリだ、あんなの。
 この手が吸い付くようにすべらかな肌。心に馴染みすぎた甘やかな香り。指が、唇が、焦がれて止まない柔らかさ。それらが、全てが、より濃度を増して自分を襲撃してくる。いっそこのまま抱いてしまえたらどんなにいいか。どれほどの甘美さが自分を酔わせてくれるのか。想像するだけで背筋を熱い固まりが駆け抜ける。
 ただ機械的に肌の上を移動させている手を、もっと別の動きをすることを許してもらえたなら、どんなに幸せか――――。
 ひとこと、甘やかな声で名を呼んでくれたら。すぐ君の願いに応えるのに。
 だから、――――その望みは自分の我儘だと何度言い聞かせれば……。
 セルフィから会いに来てくれた。
 それで十分ではないか。彼女は自分の求めに嫌がることなく応じてくれた。まだ逢えないはずのセルフィに逢え、この腕に抱けた。この上ない幸せだ。
 アーヴァインは心と躰にまとわりつく欲望を流すように、シャワーのコックを思い切り捻った。勢いよく飛び出した湯が肌を打つ。湯の熱さは我を取り戻さす役割を忠実に果たそうとしていた。
 シャワーを終え、セルフィの様子を伺おうと頭だけ振り向くと、視線がかち合った。けれどセルフィは慌てて顔を横に向けてしまった。その様子に苦笑しつつ、平常ではない様を見られ、あきれられずに済むかと思うとアーヴァインは安堵もした。
 自分の躰に押しのけられた湯がバスタブからあふれ落ちる。ゆっくりと躰を沈めると、アーヴァインは目を閉じて大きく息を吐いた。疲れを取るために風呂に入ったつもりが、酷く疲れたような気がする。それはそうか。この拷問のような状況に必死で抵抗しているのだから。
 アーヴァインはセルフィに分からないよう、肚で自嘲した。
 バスタブの中二人向き合ったまま、しばらく何も喋べらず動きもしなかった。湯が少し揺らぎ、十分に温まったセルフィがバスタブから出ていくのだろうとアーヴァインは思い、そのまま目を閉じて待った。セルフィが出て行けば、己の邪な熱も引いていくだろう。
「アービン」
 その声はアーヴァインの顔のごく近くで聞こえた。驚いてアーヴァインは目を開く。
「セフィ……もう上がるんじゃないの?」
 アーヴァインの視界の殆どがセルフィの顔になるほど近くで、セルフィは物言いたげな表情をして彼を見ていた。
「セフィ?」
 セルフィは何も言わずアーヴァインの頬に手を伸ばし、更に顔を近づけた。「このままでは触れる」アーヴァインがそう思った時には、その通りになっていた。
「イヤ?」
 ゆっくりと顔を離してセルフィは問う。
「でも……セフィ」
 アーヴァインは戸惑った。セルフィの言っていることは自分が思っていることと同じなのか。それとも全く別…………? キスをされて、イヤかと聞かれたら、それはもう――――だが。
「こんなあたしはイヤ? こんな淫らな女はキライ?」
「……セフィ」
 湯に浸かっているせいばかりではないであろう赤みの差した頬に、肌に、アーヴァインは目眩がしそうだった。
「セフィが望んでくれるなら、僕はいつでも叶えるよ」
 優しく微笑むと、今度は逆にセルフィの頬をアーヴァインが捉え、片方の腕は彼女の腰に回しぐいと引き寄せる。
「…あ」
 引き寄せられアーヴァインの脚の付け根あたりについた膝が触れた堅い感触に、セルフィは小さく声をあげた。
 自分だけではなかったのだ。触れたいと思っていたのは――――自分だけでは。
「……んっ…んっ」
 互いにそれが分かると後はもう、心が求めるがままに身を任せた。
「ぁああん……」
 セルフィが堪らず背を反らすと、ザッと湯が波立った。
 セルフィを腕に抱いたまま何度も口づけを交わし、「愛している」と低く耳に囁き、首筋をたどり、アーヴァインは更に下へ向かってとキスを移動させていく。胸の辺りまで降りると再び別のルートを辿って、這い昇る。その間躰を支えていない方の手は、湯の中のセルフィの躰を自由に探索していた。
 無重力の中でゆらゆらと漂う胸を手で包み柔らかく揉みしだく。
「ゃ、あ…ん」
 指の間にはさまった先端を刺激するように指に力を入れると、可愛らしい声があがり室内に反響した。ベッドで聞くよりも、よりはっきりと、より艶やかに。それが甘やかな刺激となってアーヴァインの体内へと染み込んでいった。
「…っ……」
 セルフィもそのことに気づいたのか、アーヴァインが指を動かしても声をあげることをしなくなった。
「セフィ、声聞かせて」
「や…だ……ぁあっっ……」
 囁くと同時、胸の先端をつまみ上げると、再び可愛らしい声がもどってきた。
 もう一つベッドとは違う感触。触れるセルフィの肌。湯が姿のないヴェールのように自分とセルフィとの肌を遮るかのような。いつものように動こうと試みても、小さな抵抗を感じる。バスタブの中の狭さもそうだ。そのもどかしさが次第に積もってゆく。それでも心がセルフィを求める強さの方が今は勝っていた。
 セルフィの躰を仰向けにし、少し立てた膝の上に乗せるように移動させる。そうすると、セルフィの肢体はへその辺りまで湯から出てしまった。その肌の何とも艶やかな色にアーヴァインは一瞬息を呑む。酔芙蓉の様に白かった肌はほんのり赤く染まり、甘い芳香まで放ちアーヴァインを酔わせる。
「…んっ……」
 一際紅い唇がアーヴァインのそれを求めた。アーヴァインが応えれば、待ち焦がれていたように口内へと舌が彷徨い入ってくる。いつの間にかアーヴァインの頭を掻き抱くように、セルフィの腕が絡み付いていた。
 互いの唇を心ゆくまで味わいながら、アーヴァインは指を下肢へと這わせた。茂みに辿りつくと、「ん、…ふっ」とセルフィの苦しげな声がしたが、唇を離すことはなかった。そのまま指を進めるとビクンと躰が震えた。
 だが。
『狭い…』
 大きめのバスタブではあったが、一人用のそれに二人で入り、そこでの行為にはムリがあった。
「セフィ、立って」
「え?」
 突然、アーヴァインの熱い唇が離れ、それだけでなく指までも肌から離れていき、セルフィは酷く戸惑った。やっぱり、アーヴァインは気が進まなかったのだろうか。欲しいと思ったのは自分だけなのだろうか。そう思うと涙がこぼれそうだった。
「ちがうよ、セフィ。バスタブの中は狭いから」
 そう言って優しくキスをされて、やっとセルフィは理解した。
「ベッドへ行こうか」
 アーヴァインの問いにセルフィは、首に腕を回したまま頭を振って拒否をした。
「ここで最後までして……ベッドはその後じゃダメ?」
 アーヴァインはまたしても面食らう。けれど驚きはしたものの、嫌であろうはずもなかった。だから自分も少し我儘を言ってみたくなった。
「ここの後、ベッドで改めて、ってコトでいいのかな」
「えっ!?」
 セルフィは火照った頬を更に染めてアーヴァインを見つめ返したが、終ぞ否定の言葉を紡ぐことはなかった。


「あっ…ぁんっ……アー……ビンッ」
 壁際に立たされ背中を押しつけたタイルを、セルフィが冷たいと感じたのはわずかな時間だった。
 唇を蹂躙されながら片脚を高く持ち上げられ、長くしなやかな指がサラサラとした湯ではなく、別の熱い液体でぬめる場所に深く挿入っていた。下腹部から突き上げるように全身へ巡る快感に、思わず背中がのけぞり、セルフィは声を抑えることが出来ない。
「…あっ……やっ……やっ…んっ……っ」
 室内に響き渡ってしまった声。それに羞恥を覚え、セルフィは唇を引き結んだ。けれど声を抑えたせいで、太腿をとろとろと伝い漏れるほど濡れた秘所で蠢く指がたてる水音を、逆に聞きやすくしてしまった。
『やっ、もっ。アービンのアホッ』
 アーヴァインがわざとセルフィに聞かせるために音をたてているだろうということは、もうセルフィにも分かった。だが、それに抗う気力も、止めて欲しいとい言う気力もなかった。
「ぁああんっっ」
 最も敏感な花芽をぐるりと指で撫でられ全身が戦慄く。
『……イッちゃうっ』
 セルフィがそう思った瞬間、秘所を愛撫していた指も、乳房を愛でていた唇も、アーヴァインの何もかもがセルフィから去った。
 こんなところで止められてしまうなんて。ちゃんと最後までしてくれないなんてヒドい。アーヴァインは分かっているはずなのに。心の中で悪態を突くがセルフィの欲しいものは、一向に帰ってきてくれなかった。
 はぁはぁと肩で息をしながら、うっすらと目を開けると、そこにアーヴァインの姿は見えなかった。
『どこ…』
 視線を彷徨わせようやく見慣れた髪の色を捉えたソコは、自分の脚の付け根辺り。片方の脚は高く持ち上げられたまま、アーヴァインの視線の向く先は、自分でもロクに見たことのない場所だと理解すると、途端に肌身を熱い電流が駆け巡った。
『ダメッ』
 セルフィが声にならない声を発したと同時、秘所をぐいと指で左右に押し広げられ、生温かい何かが触れた。
「…く、ぅんっ……あ…っ…」
 強い快感に堪らず声がこぼれ落ちる。
 もう堅く膨らみ、信じられないほど敏感になった花芽に吸い付くようにアーヴァインがキスをすると、セルフィの躰が跳ねた。なおも軽く歯を立てられ、打ち寄せる波のように繰り返し快感がセルフィの肌身を駆け昇った。その度にセルフィの躰は跳ね、嬌声が木霊する。
 指と同じがそれ以上に淫らに動き回る舌。セルフィの弱いところを知り尽くしたそれは、セルフィの状態も的確に把握していた。花芯へと責め場所を変えた唇は、止め処なく溢れる蜜をわざと音を立ててすする。その頃にはもうセルフィには羞恥という感情など残っていなかった。ただアーヴァインにもたらされる甘美な施しを受け止めるだけで精一杯だった。
「ゃんっ……やっ…あああっっ」
 一際鋭い嬌声があがる。尖らせた舌先が花芯の入り口から容赦なく攻め入った。撤退しては何度も攻め入る。それはさっき敢なく中断された、セルフィの待ち望んだ瞬間をもたらす行為に他ならない。
『イっちゃ………あ…』
 なのにまたしても、殆どそこまで辿り着いていたのに、直前で止められてしまった。
「どう……して…」
 昇りつめさせて貰えず涙が落ちた。
 全身から力が抜けて立っているのもツラい。力が抜けたセルフィの躰を支えるようにアーヴァインの力強い腕が支えてくれた。けれど――――こんなの。
「もう……ヤダ……」
 力なく涙で掠れた声。
「セフィ、ごめん」
 アーヴァインは謝りながら、涙の流れるセルフィの頬に優しく何度もキスを繰り返した。
「セフィをイかせるのは、“僕”じゃなきゃイヤだったんだ」
 アーヴァインは少し背を丸くして、セルフィに自分の躰をぐっと押しつけた。
「あ…」
 さっきアーヴァインの唇が触れていたところに、ずるりと熱く堅い存在が触れた。セルフィが真に待ち焦がれていたのはソレだった。そのことに気づくと肌身がゾクゾクと震える。
「アービン。今度はちゃんと連れてって、ね」
 そう言うとセルフィはアーヴァインの首に両腕を回して掴まった。
「うん。セフィ、愛してるよ。今日セフィが来てくれてめちゃめちゃ嬉しかった」
「ああっ!」
 セルフィの返事を聞かずアーヴァインは更に躰を密着させ、彼女の体内へと簡単に押し入った。
「んっ……んっ……ぁんっ…」
 セルフィの意識を手元に置いておくように、ゆっくりと抜き差しをする。
「セフィ、僕のこと愛してる? ラグナさんより好き?」
「っやんっっ!」
 自分に意識を向けさせるように一度強く突く。
「ね、セフィ、答えて」
 再びゆっくりと抽送する。
 自分の動きに合わせてセルフィの顔がゆらゆらと揺れるのを見ながらアーヴァインはじっと待った。目の前にある切なげで艶やかな顔が何かを言いたげに唇が動く。けれど言葉にはならない。時折強く突き上げるとその顔が一層艶を帯び、アーヴァインを蕩かすような甘い声が洩れる。
 なのに、――――肝心なことはちっとも言ってくれない。躰は素直にアーヴァインを締め付けてくるのに。
「セフィ、言ってくれないと」
 アーヴァインは動きを止め、入り口近くまで自分自身を引き抜いた。
「やっ」
 反射的に洩れた声に、アーヴァインもセルフィも驚いた。そのままの体勢でじっとアーヴァインが見つめると、セルフィは見る見る困った顔になった。荒い息をしながら、しばらく経ってあきらめたように目を伏せ、ようやく紅く熟れた唇が動いた。
「アービンを……愛してるよ。ラグナさまよりも、誰よりもアービンが一番好き」
「セフィ」
「ゃあっ!」
 セルフィを強く抱きしめると同時、アーヴァインは彼女を深く貫いた。
 肌と肌が触れる音と淫らな水音とが、バスルーム内にはよく反響した。だが、もう互いの境界すら分からないほど溶けた二人には全く聞こえない。
 セルフィの最も綺麗な表情(かお)が見たくて、アーヴァインは角度を変え、リズムの強弱も何度も変えて腰を打ち付けた。
「アービンッ」
 強い快感に見舞われる度セルフィは、アーヴァインの名を呼び彼にしがみつく。
「ソコ…やっ…」
 セルフィがそう言うと、アーヴァインはわざとソコを責めた。何度も繰り返していると、段々セルフィの呼吸が浅く激しくなっていき、限界が近いことが知れた。
「あ、あぁああ……んっ…あっ…」
「セフィ、イッちゃいなよ」
 セルフィの耳をペロリと舐めて低く囁き、アーヴァインは一際強く突き上げた。
「やっ――――」
 言葉を発しかけてそのままセルフィは、アーヴァインに昇りつめらされた。
「…セフィ」
 その最も艶美な瞬間の顔を瞳に焼き付けながらアーヴァインも自身を解放した。



 朝。隣で身じろいだセルフィにアーヴァインは溜息をついた。
「どうしたの?」
 セルフィは手を伸ばし、浮かない顔をしたアーヴァインの頬に触れる。
「セフィ、もう帰るんだよね」
 アーヴァインはセルフィの手をそっと握った。
「うん、明日からガーデン内勤務だから、今日帰らないと」
「…………」
 枕に顔を押しつけてるようにして、アーヴァインはまた溜息をついた。
「でも明後日には、任務終了でしょ?」
「そりゃそうなんだけどね、まだ会えないと思ってたのにセフィの方から来てくれちゃって、めちゃくちゃ嬉しいんだけど、その分離れづらくなっちゃったんだよね」
 アーヴァインの淋しげな瞳が何かを思い出させる。
「アービン…………ご主人と離れるワンコみたい」
 セルフィはアーヴァインが可愛くてクスクスと笑った。アーヴァインはそれが面白くなくて渋面になる。
「セフィは平気なの?」
「え? う〜ん、と」
 離れるのが淋しいか淋しくないかと聞かれれば、そりゃ淋しい。でも明後日にはまた会えるんだし、昨夜はとても――――とても満たされたから。それで十分過ごせるとも思った。
「セフィは相変わらず平気そうだよね。いっつも僕ばっかりセフィを追いかけてて、シャクだなあ」
 昨夜はセルフィが追いかけて来たけれど、普段はアーヴァインの言う通りだ。ずっとずっと長い間そうだった。アーヴァインがセルフィによくなついた犬のようにまとわりついてくる。自分たちにはそれが普通で、それが当たり前だ。そんなの今更言うことだろうかとセルフィは思う。
 いや、待って――――もしかして、だからなのだろうか。
「たまには昨日みたいにちゃんとセフィの思ってること言ってよ。僕のこと追いかけてよ。僕に触れたいならそう言って」
 最後のはちょっと聞き流したいけれど、アーヴァインの願いは尤もだと思った。いつも追いかけてばかりだと、淋しくもなる。現に昨日の自分はそうだった。アーヴァインに置いて行かれたようで、とても淋しくて、とても恋しかった。アーヴァインもこんな風に淋しいんだろうか。あの笑顔の下でそんな想いを抱えていたのだろうか。
 今のアーヴァインの拗ねた子犬みたいな顔もかわいくて大好きだけれど……。それだけではちょっと残酷なのかもしれない。
「じゃあ、徴をつけといてあげる。アービンはあたしのものだって。アービンが大好きだって」
「どんな?」
 セルフィはアーヴァインに伸ばしている腕を首筋に移動させ、そこにきつく唇を押し当てた。
「!」
「それ見て思い出して。あたしはアービンが好きだってコト。そしてそれが消える前にあたしのトコに帰ってきて」
 照れくさくてたまらなかったが、アーヴァインの顔が見る間に柔らかい笑顔に変わったのが、それを遥かに上回った。
「じゃあ、僕もお返し〜」
「え?」
 言うが早いかアーヴァインは自分の首筋に触れているセルフィの腕を掴んで引き寄せ、彼女と同じように口づけた。
「ちょっ、アービン!」
 左胸の際どい位置に口づけられてセルフィは戸惑った。もう少しズレれば危険極まりない。
「え、えっ!?」
 案の定、アーヴァインの唇はその場所だけに留まらない。胸の先端を唇に含み、あろうことか舌がペロリと舐めた。
「ダ、ダメッ」
「ごめん、セフィ。止められない」
「アービン、あかんって……もうっ」
「愛してるよ、セフィ」
「や〜ん……んんっ…」
 アーヴァインは子犬どころか狼に豹変してしまった。
 けれど、この愛しい狼を突き放しもせず、つい受け入れてしまうのが自分なのだ。
 セルフィは自分の甘さに心の中で溜息をつきながらも、自らアーヴァインの背中に腕を回し口づけた。

オモテの「大統領閣下」の続きです。当然のようにセルフィ誕にはエロが入ります。(去年のアー誕はスルーしてしまったケド)
アー、ねちっこい度が増した!あと、二人とも喋り度がアップした……。
(2009.07.14)

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