Brake out

「ね…アービン、そろそろ起きへん?」
 セルフィは仰向けになっていた身体を、隣のアーヴァインの方へ向きを変えた。アーヴァインは「ん〜」と返事らしきものをしただけで、それ以上は何も言わずもぞもぞと動いて、セルフィにピタッとくっついた。丁度のセルフィの首筋より少し下に顔があって、息が肌を掠めてくすぐったい。
「ね、アービンてば」
 このベッドはシングルで、二人で眠るにはちょっと小さい。でも裸でこんなに密着していては、ものすごく落ち着かない。別に誰にも咎められはしないけれど、それでもセルフィは恥ずかしいと思った。
 部屋の中はもうずいぶん明るい。光の感じからして、とっくに朝は過ぎているんじゃないだろうか。セルフィは少し身体を起こした。視界のあちこちに散乱しているものがやたら目につく。白いドレスに白のシャツに上着にズボン、他の衣服もほとんど白。それらがベッドの周りに散乱していた。
「…セフィ……」
 離れたのを引き戻すように、アーヴァインはセルフィの背中に腕を回して引き寄せ、またさっきと同じ位置に収まった。
 その動作でセルフィの脳裏に、昨日あったことが鮮やかに蘇る。ここにこうしている理由が。こうしてアーヴァインに抱きつかれている理由が。色んなことを思い出し、仄かに身体が熱を帯びた。それはアーヴァインが抱きついているせいもあるけれど……。
「アービン、まだ起きない?」
 言葉とは反対に、セルフィはアーヴァインの頭を抱き込むようにして撫でた。
「ん〜、もうちょっと……」
 セルフィの肌に顔を押しつけたまま、アーヴァインの眠そうな声がする。
 セルフィは、仕方がないかな〜と思った。
 アーヴァインは疲れているはずだった。昨日のあの騒ぎの中、お酒もけっこう呑んでいたし。お祝いと言うよりは、強制的に。目の座ったサイファーと酔っぱらってワケの分からなくなったスコールに挟まれて、それこそ浴びるように呑まされていた。ベッドに入って瞬殺でなかったのが不思議なくらいだ。それはそれでちょっと嬉しかったりもしたけれど……。
 セルフィは腕の中の愛しい者をもう一度撫で、そっと唇を押しあてた。
「アービン」
 相変わらずその腕はしっかりセルフィを捉えたままだったが、返事は返って来ない。また眠ったのだろう、そう思って、セルフィがそっと身体を離すと、やはり瞼が閉じられていた。セルフィはしばらくアーヴァインの寝顔を眺めた。目を閉じていてさえ、あいかわらず綺麗な顔。これからは好きなだけ眺められる。それはちょっとウレシイ。
 そして今は、とても穏やかで、とても満ち足りた顔をしているように見える。彼がずっと望んでいたことに、ようやく応えることが出来たからだろうか。
 セルフィはひとさし指でアーヴァインの顔にかかっている髪をそっと払った。
 何度も言われた。時に冗談ぽく、時に真剣に。そのたびに「そのうちね」とはぐらかして、自分の覚悟が固まるまで、アーヴァインを待たせてしまった。そんな曖昧な返事を受け取るたびに「そっか〜 いいよ待ってるよ」と、ちょっとだけ淋しそうな瞳をしてアーヴァインは笑った。
 自分にも漠然とした思いはあった。多分、アーヴァインしかいないんだろうな〜と。その反面、本当にそうなんだろうかとも思った。ひょっとしたら、他に好きな人が出来るかもしれない。自分にも、アーヴァインにも。その二つの間を、行ったり来たりしていた。でも、アーヴァインは、ずっと同じことを言ってきた。ちゃんとした答えをあげることが出来なくても、「待つよ」と笑ってた。
 本当は言われるのが、とても嬉しかった。
「ズルイな〜、あたし」
 ずっと返事をしなかったのは、確かめたかったんだ。アーヴァインの想いが、一時的なものじゃないかどうか。どれだけ片想いだった時間が長くても、十年も離れていれば、相手の中身なんか変わっちゃってる。知らなかった部分が見えて、幻滅することだってあると思う。
 だからちゃんと確かめたかったのだ。アーヴァインにとって、自分は“アーヴァインの望むセフィ”なのかどうか。
 恐らく、アーヴァインの言葉を受け入れてしまえば、離れられなくなるのは自分の方だと思ったから。自分の覚悟も含めて。
「アービン、ありがとね」
 好きになってくれて。傍にいてくれて。待っていてくれて。全部、全部ありがとう。
「愛してるよ、あたしのアーヴァイン・キニアス」
 セルフィはいつもアーヴァインがしてくれるように、頬にキスをした。
 アーヴァインの穏やかな寝顔をもうちょっとだけ堪能すると、セルフィはベッドから抜け出した。アーヴァインのいる温かいベッドから抜け出すと、空気がすこし肌に冷たかった。なにか羽織るものをと探したが、ここにある自分の服はかさばるドレスしかない。さすがにそれを着るわけにはいかない。取り敢えず落ちている服の中から、アーヴァインのシャツを選んで袖を通す。ついでに辺りに散乱している衣服も拾い集めた。
「お風呂入ろうかな」
 衣服をまとめながセルフィは思った。アーヴァインはまだ起きないだろうし。自分も少し疲れが残っている。バスタブにゆ〜っくりつかって、疲れを癒そう。入浴剤は何の香りにしようかな〜とウキウキした足取りで、セルフィはアーヴァインが眠っている部屋を後にした。




「――ん、セフィ」
 アーヴァインは手を伸ばしてその温もりを探した。
「アレ?」
 けれど、傍にあるはずの温もりはいくら探してみても見つからず、しかたなく瞼を上げた。
「ひどいな〜、僕を置き去りにして」
 アーヴァインはここにいない相手に向かって愚痴た。
 水でも飲みに行ったのかなと、しばらく待ってみたが一向にセルフィは帰ってこなかった。ベッドの周りに脱ぎ捨てたはずの、お互いの服もちっとも見当たらない。多分セルフィは、ここには戻ってくる気はないんだろう。
「何時かな〜」
 そんなに長い時間寝てしまったのかと、セルフィを捜しに行くこともせず、アーヴァインはそんなことを思った。
 ゆっくりと目を閉じて開ける。見えた天井は、新しいけれど懐かしい。自分しかいない静かな部屋には、波の音が聞こえてくる。その音もよく知っている大事な思い出の一つだった。
「夢じゃないよね」
 昨日、ずいぶん酒を呑んだせいか、記憶が曖昧な部分があった。けれど、ベッドの横にある小さなテーブルには、自分が着けていた小さな花束が置いてあるのを見つけ、これは紛れもなく現実だと分かり自然と顔がニヤケた。もう誰にもジャマされずにすむかと思うと、思いっきり高笑いをしたかった。全世界へ向けて勝利宣言をしたかった。
 ここへ辿り着くまで、どれだけ険しい道のりだったか。本人も周りも手強かった。特にサイファーとか、サイファーとか、サイファーとか。昨日ですらヤツは抵抗した。ついでに酔っぱらったスコールまで加わって、エライ目に遭った。あの二人にくらべれば、他は大したことはない。あ、一人だけいた。大きなクマと別れ際にした握手は、もう、絶対、骨が折れたと思った。背中にはまだ手形が残っているような気がする。
 けれど、そいつらももういない。ふふんザマーミロだ。どんなに足掻いても、僕の勝ちだ。
 フフフフフフフフフ……。
 その手に入れた相手には、さっそく置いてけぼりを喰らったけど……。
 ひとしきり、腹で笑ったあと、アーヴァインは目の前の現実を思い出し、がっくりとなった。今日ぐらい、ず〜っとベッドでゴロゴロしていたって構わないだろうに。自分はそうしていたかったのに。
 とは言うものの、一人ベッドでごゴロゴロするのもつまらないので、取り敢えず起きることにした。
「…あ、れ…………セフィってば、やってくれるね」
 服を着ようと思って辺りを見回したが、一枚も見当たらなかった。昨夜脱ぎ散らかしたはずの服は、キレイさっぱり無くなっている。一枚も残さずに。
「どうせ裸だし、シャワーでも浴びようかな」
 アーヴァインは、着替えを持ってバスルームへ向かった。
「セフィが使ってるんだ」
 そこにはきちんと畳んだセルフィの服が置いてあったのと、浴室のドアの磨りガラスの向こうに明かりが見えた。
「う〜ん このまま入っていったら、怒るかなぁ」
 アーヴァインは暫し悩んだ。が、
「ま、当たって砕けてみるか」
 大して迷いはしなかった。
「セフィ、入ってもいい?」
 ドアを軽くノックして問いかけ、セルフィの返事を待つ。
 待つ。
 辛抱強く、待つ。
 が、返事がない。
「いないのかな」
 アーヴァインはそ〜っと、ドアを開けてみた。
「あちゃ〜」
 湯気がふわりと立ち昇る浴室のバスタブの縁にちょこんと頭を乗せて、気持ちよさそうにセルフィは眠っていた。
「はいるよ〜」
 不可抗力だからね、と寝ているセルフィに向けて言い訳をしながら、アーヴァインは浴室に入った。バスタブからはちょっと甘めのフルーツの香りがする。アーヴァインも好きな香りではあったけれど、残念なのはお湯は乳白色で不透明なせいで、セルフィの肌がちょっとしか見えないことだった。それはさて置き、セルフィが起きるのを覚悟して、髪と身体を洗い始めると、さすがに音に気が付いたのか、アーヴァインの背中の方から声がした。
「アービン、起きたんだ……」
 振り向けばまだバスタブの縁に頭を乗せたまま、こちらを見ている。寝ぼけているのか、のんびりとした声。けれど次の瞬間、セルフィは飛び起きた。
「なんでアービンがいてんのっ!!」
 やっぱりか、とアーヴァインは苦笑いをした。
「なぜか僕の服が一枚もなくて、どうせだからお風呂に入ろっかな〜と思ったら、セフィがいたってワケ」
「って……え、と……あたしのせい?」
 思い当たる節があったらしく、語尾がずいぶんおとなしくなった。
「僕も一緒に入っていい?」
 既にもう入ってしまっているけど、ここはと、アーヴァインはきっちり聞いてみた。
「――うん」
 珍しく抵抗がなかった。諦めたのか、それともようやく……。気にはなったが、アーヴァインはにこにこと「良かった」とだけ言って、再び身体を洗い始めた。
「アービン頭に花が咲いてる。カワイイ」
 バスタブで向き合うように座り、セルフィはアーヴァインを見てふふと笑う。彼の濡れ髪をまとめるために、髪留めを貸したのだ。それが花をかたどっていて、セルフィはそんな感想を言った。
「それは、褒め言葉だよね?」
「うん。あたしはカワイイアービンが大好きだよ」
「え……」
 セルフィがあまりにもさらりと言ってのけたので、アーヴァインは次に言おう思っていた内容が頭からスポーンと抜けてしまった。今までのセルフィならお願いしないと言ってくれない台詞。滅多に受け入れてくれないシチュエーション。それが今日のセルフィは、こともなげに許容している。一体何がどうしたのか。それは一昨日までの自分達とは明確な関係の違いによるものだろうか。それとも自惚れなのだろうか。
「セフィ、こっち来て」
 半分冗談で半分本気で、アーヴァインは言った。
 ところが、やっぱり今日のセルフィは特に嫌がる風でもなく、アーヴァインの方へと近寄った。あまつさえ、にこっと邪気のない笑顔をアーヴァインに向けたかと思うと、ふわりと唇を重ねた。アーヴァインがそれと気付く前に離れてしまう、羽のようなキスではあったけれど。
「今はこれ以上、何もしちゃダメだよ」
 釘を刺すとセルフィは、何事も無かったかのようにアーヴァインの脚の間にぽふんと収まった。
 アーヴァインは、思いがけないセルフィからのキスに、すっかり毒気を抜かれてしまい、不満の声をあげることすら思いつかなかった。今日のセルフィは自分より一枚上手のような気がする。少し甘い蜜を与えて、後はおあずけ。無体な仕打ちのような気もするが、幸せな気もする。
 アーヴァインはセルフィの言いつけを守り、自分を背もたれにして鼻歌を歌っている彼女の手を握るだけでガマンした。




 夜空には子供の頃と同じように、今にも溢れ落ちてきそうな星が瞬いていた。セルフィとみんなと一緒にながめた星空。その後ひとりぼっちで見た星空。あれからずいぶん時が流れて、やっと二人で見ることが出来るようになった星空。生憎とセルフィはちょっと離れた所にいるけど。そのセルフィはさっきからコンピュータに向かっている。楽しげにカタカタとキーボードを操作している姿を、アーヴァインは少し恨めしげに見遣った。と、アーヴァインが思ったのがバレたのか、セルフィが彼にの方に顔を向けた。
「アービン見て」
 クイクイと手を振ってセルフィはアーヴァインを呼んだ。
「なに〜?」
 アーヴァインは恨めしいと思ったのを隠すように笑って、セルフィが半分開けてくれたイスに腰かけた。
「昨日の写真と映像をリノアが共用フォルダに上げてくれたんだけど、見る?」
「見る、見る! ていうかすごく早いね」
「うん 早く見せたかったんだって」
 セルフィはもうパスを入力してフォルダを開いていた。
 最初に映し出されたのは、以前の面影をそのまま残し美しい姿に生まれ変わった石の家の遠景。
 すぐに映像は切り替わり、いろんな人々を映し出す。親しい仲間、遠くから来てくれた友人達、とてもお世話になった人達、人数こそ多くはないけれど、皆大事な人達だった。
 可憐な花が咲き乱れる原に立つ白い衣装を纏った自分達。その後の、信じられないような、呆れるような事件。それすらも自分達らしかった。
「あの宣言は、僕一生忘れないよ」
「今すぐ忘れてもかまへん」
「ムリだよ、こうしてちゃ〜んと映像に残ってるもん」
 にこにこなのかニヤニヤなのか分からない笑顔のアーヴァインに対して、セルフィはモニターから顔をそむけ、照れくささから懸命に逃げた。
「あ、こんなの入ってたんだ」
 アーヴァインの声に、例の部分が終わったんだと、セルフィはモニターに視線を戻した。
 昨日直接言われもしたけれど、それとは別に撮ったらしい映像。一人一人、自分達に贈られるメッセージ。ある人は見ているこっちが緊張し、ある人にはお腹が痛くなる程笑わされ、三人ほどアーヴァインに向かって不敵な発言をし、もっと多くの人が彼の苦労を労った。そしてたくさんの温かい言葉に涙が出そうになった。
「あたしそんなに周りをヤキモキさせてたんかなぁ」
 映像を全て見終わると、ちょっとだけ鼻をすすってセルフィは言った。
「僕は慣れてたけど、周りはそうだったかもね」
 セルフィはアーヴァインの言葉にしゅんとなった。最初こそ無自覚だったけれど、途中からはちゃんと自覚があった。矯正しようと試みはしたけれど、ムリだった。相手がアーヴァインじゃなかったら、とっくに愛想を尽かされていたんじゃないかとさえ思う。
「でも、それがセフィなんだよね。だから、気にしないでよ。僕は今幸せだからさ」
 のほほんと笑う顔がまた、セルフィを申し訳ない気持ちにさせた。
「ごめんね、アービン……」
「あ、でも、これからガマンしないからね、イロイロと」
「は…い…?」
 のほほん笑顔のままセルフィの言葉を遮った内容に、セルフィは嫌な予感がした。
「ははは、それってもしや……」
 聞かずとも分かっているような気はしたが、ひきつり笑いと共にセルフィの口は勝手に動いていた。
「さあ〜」
 答えを濁されたことが良かったのかどうか、セルフィは肩をめい一杯引いてアーヴァインに合わせるように空笑いをした。

 で、こうなるんだな〜と、セルフィはベッドの上に寝かされてそう思った。それでもアーヴァインのキスは優しい。もうちょっと激しいのを期待していた(くやしいケド期待していた)だけに、ちょっともどかしいと思うくらいに。それがアーヴァインがアーヴァインたる所以なんだろうけど。
「――アービン」
 溺れてしまう前にセルフィは名を呼んだ。
「んくっ……ちょっ…アービン……まっ」
「なに〜?」
 アーヴァインに解放されると、セルフィは大きく呼吸をした。
「明日ね」
 真上にあるアーヴァインの頬を、両手で挟むようにして見上げた。
「ん?」
「一日ここでゴロゴロしてよっか?」
 セルフィはふわんと笑った。
「アービンがイヤじゃないなら……」
 アーヴァインはまたちょっと驚いた。自分の怪念波が通じたのかな〜と思ったりした。
「セフィがいいのならどれだけでも」
 だから気持ち悪いくらい(誰かに見られたら、たぶん)の、にっこにこ笑顔で答えた。
「じゃ、とりあえずアービンがシタね」
 セルフィは笑顔のまま、アーヴァインをくるんとひっくり返した。
「えあ!? なんで??」
 いきなり下になったアーヴァインは目を白黒させている。
「体力温存……とか」
「あっ、え? セフ…んっ……」
 戸惑うアーヴァインの口を塞ぎながら、セルフィは彼のシャツのボタンに手をかけた。はだけたシャツから覗く肌に唇を這わせ、下へ下へと移動して早々にズボンも下着も取りはらう。
 足先から上と戻る時には、わざとゆっくりとした動きで、指先で肌と筋肉の質感を愉しんだ。たまに軽くキスもする。たったそれだけでも、アーヴァインの口から押さえたような声が聞こえる。ピクンと肌身が緊張しているのも分かった。それは安堵にも似た嬉しさを、セルフィには与えた。
 もう天を仰ぎ始めているソコを包むようにして下から撫で上げると、軽く触れているだけなのに堅さを増していく微動が指先に伝わる。けれどソコにはそれ以上触れることはせず、再び指と唇が上へと移動を開始する。と、アーヴァインは息を吐いた。身体からすこし緊張が解ける。それを知ると、セルフィは胸の突起を指の腹で押しつけるように撫でた。
「…はっ!」
 不意打ちの愛撫に、アーヴァインにもあまり覚えのない、濃度の高い声が洩れた。
 耳からの刺激にそっとアーヴァインの顔を覗き見た先には、目を閉じ、恍惚とも苦悶ともとれる表情があった。なんて艶美なのだろう。その貌は更にセルフィを駆り立てる。
 もっと感じてほしい。
 セルフィは小さく堅い突起を存分に愛でた。唇で啄み、舌で舐め上げ、摘み、爪の先で弾く。アーヴァインの感度の高さを表わすかのように、唇にも指先にも、きちんと彼の微動が伝わってくる。
「っ……くっ…」
 指が、唇が、ちがった動きを見せる度に溢れるアーヴァインの声は、セルフィの体内奥深くへと流れこんだ。それはどこへも放たれることなく、体内に溜まっていくようだった。相手が感じれば、こちらにも伝染るのだろうかとセルフィは思った。アーヴァインだけではなく、自分の肌身もゆっくりと熱が巡っていくのが分かる。身体のあちらこちらに甘い疼きが走るのを感じる。今は自分の下にある逞しくしなやかな身体に、息も出来ないほど抱きしめられたいと思う。
 でも、まだ、ダメだ。
「…セフィ」
 掠れた声がした。
 少し虚ろになっている瞳は、とても艶めかしいとセルフィは思った。その瞳が自分に何かを訴えようとしている。
 セルフィはアーヴァインに口づけた。
「んっ…」
 舌を滑りこませ、相手のそれを求めれば、待ち望んでいたかのように、アーヴァインは舌を絡ませてきた。力強い両腕は、セルフィの頭を掻き抱いている。セルフィはアーヴァインが求めるがままに口づけを交わしながら、指はそっと下肢へと這わせた。目的地にたどり着くと、ソレをきゅっと握る。さっき軽く触れた時とはくらべものにならないくらい堅く、これ以上はないくらいに張りつめていた。
「っ!」
 合わせた唇からは吐息が溢れ、いつの間にかセルフィの首筋を、背中をさまよっていたアーヴァインの腕に、不意に力がこもった。
「アービンてカワイイ」
 アーヴァインの腕の力が緩くなった隙をつくようにして、耳たぶを甘噛みして囁く。
「…セフィ」
 息があがり、熱に浮かされたような声もまたセルフィには愛しかった。
 優しく抱かれることも、激しく抱かれることも悦びだ。そして、もっと別の悦びも見つけた。こうして抱くこともまた悦びなのだと、いつの頃からか思うようになった。与えられるのもいいけれど、与えたいと思うようになった。
「―― 好き、声、もっと聞かせて……」
 セルフィは今一度深く口づけた。逞しい首筋に、きつく自分の所有物である徴を残す。片手で捉えている彼は、そのまま緩急をつけて扱くように愛撫する。唇は胸から腹の筋肉の起伏をなぞるように触れた。
 手の中の彼がじっとりと熱く濡れゆく。唇が触れている肌も同じように、より熱く甘やかな芳香を立ち上らせる。
「はっ!」
 唇が辿り着いた感覚に、今までで一番艶やかな声が聞こえた。
『アービン』
 最も男らしい彼自身を、セルフィはゆっくり口に含む。すべてはムリなので、出来るだけ奥まで。そして離れ、根元から舐め上げる。唇に伝わる鼓動。尖端の亀裂に舌先を差し込むようになぞれば、ねっとりとした液体が滲んでくる。その間、茎の下の方にあるモノたちは手で優しく包んだ。
「…っ、く…」
 与えられる甘艶な刺激が襲う毎にアーヴァインの躯が緊張し、セルフィの動きが止まったほんの一瞬解かれ、また緊張する。それが何度となく繰り返されると、体液と唾液でぬめるアーヴァインをセルフィは再び口に含んだ。彼の動きを真似て口を動かせば、すき間から漏れる液で更にアーヴァインが濡れた。
「……セフ……も、う……」
 その淫靡な快楽に、限界が訪れるのはそう時間はかからなかった。
 切なげな掠れたアーヴァインの声がして、セルフィの口の中の彼がビクビクと大きく波打った。
「セフィ、愛してるよ」
「……んっ、く……っ……」
 アーヴァインは果てるとすぐに身体を起こしてセルフィを強く抱きしめた。少し身体を離し、唇のハシに流れた白を舐め取ると、今度は噛みつくようにキスをする。服を脱がせる間も唇を離そうとはしない。セルフィが苦しげな声を洩らすと一瞬離れ、再び口づける。もう二度と離さないとでも言うかのように。
 セルフィは苦しかった、とても――。
 色んな“苦しみ”にさいなまれる。口づけのせいで息が苦しい。自分を抱きしめる腕の力が強くて苦しい。一番苦しいのは心と、もうとろとろになっている自分の躯。触れていたのは自分の方で、アーヴァインには触れられていない。それなのに自分の躯はもう、彼を待ち焦がれるほどに苦しい。
 それでもアーヴァインはまだセルフィの唇を貪った。
 長い口づけに意識は白濁としかけ、じき躯を支える力も失う、セルフィはそう思った。
「あっ!」
 力の抜けた躯がぐらりと揺らいだ。途端、新しい刺激がセルフィの意識を引き戻す。
「…ぁあ、あああ……」
 駆け抜けたのは、痛いくらいの甘やかさ。柔らかな乳房を我が物顔で蹂躙する大きな手。それをセルフィが理解した時には、更に口も加わっていた。
 互いの躯はいつの間にかベッドに横たわっている。
「あっ、んっ…あっ…あ…」
 堪らずセルフィの躯が跳ねた。それが乳房をよりアーヴァインに押しつける形になるなどと思いもしないで。本当は自ら強い刺激を求めてそうしたのかも知れなかったが、もうセルフィには判別のつかないことだった。アーヴァインは自分に施されたのと同じくらい、あるいはもっと細やかな動きで、柔らかで温かな乳房を愛撫する。
 愛しくて堪らなかった。自分を愛してくれたという行為が。精までも受け止めてくれたことが。だから彼女を至上の悦びへと導きたい。ゆっくりとじっくりと愛したい。
「愛してるよ、セフィ」
 乳房から唇を離し、その奥の心臓に囁きかけた。指は太ももの内側をゆっくりと撫でるように徘徊する。セルフィは意志を示すように身を捩った。触れて、と。意図を汲んだアーヴァインはすぐに応えた。
「っ……はっ、ぁ……」
 そこは今すぐにでもアーヴァインを受け入れられるのではないかと思えるほど熱く潤っていた。小さな突起を撫でれば、甘やかというよりはもっと切迫した声が溢れ落ちる。それは声だけではなく、アーヴァインの肌に食い込んだセルフィの指先の力からも、十分に推し量ることが出来た。更に奥へと指を沈めると、もう長い愛撫を受けたかのように、止め処なく蜜が溢れている。最も熱を発している所へと、指を一本差し込めば。セルフィの躯は殊更に跳ね、声は泣いているようでもあった。
 このままだと、彼女はもう ――。
 指を増やし、彼女の体内(なか)で少し蠢かせた時、一際大きくセルフィの躯が震えた。短い痙攣を繰り返した後、ぐったりと動かなくなる。
 アーヴァインは達したばかりのセルフィにキスをした。いつもなら、彼女が落ち着くまで横でそっと抱きしめて待つところだが、今日はそうしなかった。深く唇を重ねて強引に彼女の意識を自分に向ける。セルフィが応えてくれた所で、通突に彼女から離れた。まだぼんやりとしたセルフィを置き去りにして、脚を割り唇を落とした。
「まだ、ダメっ!」
 達したばかりの躯には酷な行為だと承知の上で、愛撫した。この後、もっと強い快楽に耐えて貰わねばならない。
「…っ……ああっ!」
 花芯を唇で吸い舌で舐め上げれば、セルフィはすぐに啼いた。さっきと変わらぬ、それ以上に艶やかな声で。アーヴァインにはまだ気持ちの余裕があった。明日も一日ここにいようと言われ、先に愛され、躯はともかく心はほどよく満ち足りていた。
 だから今日は待ちたい。セルフィが、熱と欲に溺れた瞳で、自分を懇願してくるのを。
「…んくっ……っ…ん」
 舌でもっとも敏感な蕾を愛でると、唇を噛んでいるのか声がくぐもった。腕を突っぱね、腰は逃れるように動こうとしている。けれどしっかりとアーヴァインに押さえつけられ、虚しい徒労に終わる。逆にわずかに動くことが出来たせいで、セルフィは新たな快感を自ら起こしてしまった。
「…も……だ、め……アー…ビ、ン……」
 力のない掠れた涙声。呼吸は浅く荒く、躯は震えている。それを聞きながらアーヴァインは舌先を尖らせ、なおも花芯を責めた。
「あ、ぁんっ……おね……が、い」
 それがセルフィの精一杯だった。
「セフィ」
 アーヴァインはようやく唇を離し、セルフィの貌の横に腕をつき、彼女を見下ろした。はぁはぁと呼吸をしながらセルフィはぎゅっと閉じていた瞼をゆっくりと開ける。現われた深翠の瞳が酷く濡れていて、アーヴァインはほんの少し罪悪感に囚われた。けれど、哀願するように自分を見ている、濡れた瞳の魔力の方が遙かに強かった。
 堪らなく好きなのだ。自分の腕の中で見る、この濡れた瞳は。この瞬間セルフィは自分のことだけを見ている。自分を求めて涙を流す。まさしく甘露。ドクンと脈打つ自分自身が、それを正直に教えてくれる。
「教えて、セルフィ・キニアス」
 伸ばされてきたセルフィの手の平に唇を押しあてながら、アーヴァインは促した。もう恥ずかしがる関係ではないよ、と言外にこめて。
 ほんの少しの沈黙ののち、セルフィはこくんと口の中の何かを飲み、アーヴァインの首に両腕を回し、引き寄せた。
「あたしのアーヴァイン・キニアス。あなたの全てをあたしに頂戴」
 アーヴァインが花が咲くように微笑うのを見て、セルフィは更に引き寄せほとんど吐息のような声で、彼の耳に囁いた。
『激しく愛して――』
 幻聴であろうとなかろうと、そんなことはもうどうでもよかった。ただ歓喜の波がアーヴァインを襲った。
「セフィ、愛してるよ。僕だけのセフィ」
 セルフィがしっかりと掴まるのが早いか、アーヴァインは一気に彼女を貫いた。
「ぁ、ああっ!!」
 彼女が望んだ通り、容赦なく腰を打ち付ける。耳元で奏でられる愛しい者の喘ぎは更なる行為を促す。
「っ…はっ…んっ…んっ…あっ…っ」
 セルフィの腰を捻り、角度を変えて突く。シーツをきつく握り、縋るように喘ぐ彼女に、絡み付くように締め付けてくる彼女に、意識を攫われそうになるのを振り切り、己を奮い立たせ何度も深く突き上げる。
「セフィ、―― セフィ」
 声に出して呼んでいるのか、心の中で呼んでいるのか、もうアーヴァインにも分からなかった。ただ、握り合わせた手を、強く握り返してくれるのが嬉しい。例えようもない幸福感と浮遊感が包んでいく。やがてそれが弾けて彼女へと流れこんでいくのだけは朧気に分かった。

「もうちょっとこうしてて」
 離れようとしたアーヴァインをセルフィは引き止めた。
「心地いいんだ、いま。あ、そういう意味じゃなくて、別々の存在なのに一つなんだと思うと、安心するっていうか……」
 照れくさいけれど、正直な思いだった。足りないものを補えた感覚というか、穏やかでとても満たされた気持ちになる。だから、アーヴァインが去っていく瞬間はとても淋しい。
「セフィも、なんだ。―― 僕は、身体だけじゃなく、心も繋がってるような気がしてた」
 アーヴァインもセルフィと同じような感覚を覚えていた。そして、それが分かって嬉しかった。
「アービンも?」
 アーヴァインは返事の代わりにキスをした、優しいキスを。
 眠りに落ちる寸前、アーヴァインはもう一度キスをした。セルフィの左胸辺りに。目が覚めても夢ではないと、明日の自分に教えるために。


「ね…アービン、そろそろ起きへん?」
 セルフィは仰向けになっていた身体を、隣のアーヴァインの方へ向きを変えた。アーヴァインは「ん〜」と返事らしきものをしただけで、それ以上は何も言わずもぞもぞと動いて、セルフィにピタッとくっついた。
 セルフィは一つ息を吐いて、身体をそっと起こした。はずだった。
「だ〜め〜」
 アーヴァインの腕ががっつりセルフィを引き戻していた。
「セフィ、昨夜、今日はここにいるって言った」
「え、と……」
 そんなこと言っただろうかと考えを巡らす。
「セフィの名前は?」
 いきなりの質問に、寝起きでまださっきのことも思い出せていないボケ頭のセルフィは、うっかり答えてしまった。
「セルフィ・ティルミット」
「なんだって!?」
 ものすごい勢いでアーヴァインは飛び起きた。そのあまりの素早さにセルフィはぎょっとする。
「セフィの名前は?」
 アーヴァインはまた同じ質問をした。
「セル……あ、ゴメン。キニアスだった」
 一番やってはいけない失敗をした、とセルフィは猛省した。もう絶対アーヴァインは怒っているか、へこんでいるかのどちらかだ。ところが、アーヴァインはぱたんと横になると、またセルフィにぴたっとくっついて来ただけで、不満も怒りも露わにしていなかった。
「慣れるまで毎朝訊くからね」
 そう言うと、アーヴァインはセルフィの首筋より少し下に顔を埋めて、また眠りの中に戻っていった。肌にアーヴァインの息がかかってくすぐったいが、セルフィは自分から彼に腕を回した。
 こういうアーヴァインは妙に可愛い。
 すこしだけ腕に力を込めながらセルフィは思った。いつの間にか自分はアーヴァインに甘くなってしまった。人前でベタベタされるのは苦手だけれど、こういう仕種は可愛いとさえ思う。二人きりだからだろうか。大きな図体をしているクセに、こんなことをするギャップのせいだろうか。四ヶ月ばかり年下のせいだろうか。ま、なんでもいいかと、元来のお気楽思考でセルフィも目を閉じた。

 全てはここから始まった。
 小さい頃、アービン、セフィと呼び合ったこの場所で、小さい頃と同じように、同じベッドで眠る幸せ。
 多分もう誰にもジャマはされない。

FF8 10周年記念ということで、新婚ネタやってみようと思ったのは良かったのですが、余りの糖度にもう吐血しそうです。
それと『セルフィ攻めな話を』とのリクを頂いていたので、今回それも盛り込みました。リクありがとうございました。嬉しかったです!私も“がんばるセルフィ”は大好きです!

どうでもいい情報やもですが、この話の時期は大体EDの数年後。式を挙げた場所はアノ家です。アーセルにはココしかない!ってことで。式もものすごい手作りで、こじんまりしたものです。新居はバラム。(たぶん)
ついでに、セルフィの正式名はセルフィ・キニアス・ティルミットです。(トラビアの風習なのでティルミット付き、トラビア以外ではキニアス姓だけ、アービンと子供はキニアス姓のみ)たぶん、結婚指輪もトラビア式の右手かな。パッと見、既婚者と思われなくてイイ!(セルフィ談 アービン的にはがく〜ん)らしいです。ひょっとしたらセルフィ普段は外してそう。更にアービン、がく〜ん。
(2009.02.16)

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