Blue Horizon 12

「アービン、待って」
「イヤだ」
「アービ…ん……んん」
 抵抗出来ないようにセルフィの手首を掴み、それ以上は聞かないとでも言うように、アーヴァインは強引に彼女の唇を塞いだ。


 珍しい事だった。
 さっきのことアーヴァインの部屋をセルフィが訪れて、挨拶のキスを彼女からしたはいいが、そのままキスは熱く深くなるばかりで、離れる事も無く。アーヴァインはそのままセルフィを床に押し倒し、組み敷いていた。
 アーヴァインはこんな風に感情に押し流されて、事に及んだりする事はなかった。無かったというのは少し語弊があるけれど。必ずセルフィの意志を尊重していた、強引に奪うという事は無かった。
 セルフィには、アーヴァインが今日は何故こんなに強引なのか、何となく分かっていた。
 というよりも多分、当然なんだと思った。
 お互いの命が危ぶまれる状況を目の当たりにしてから、数日。その後も慌ただしくて、忙しくて、二人でゆっくり出来るような時間は取れていなかった。ようやく、アーヴァインの休みが取れたのが今日。セルフィは昨日から休日だったけれど、昨夜、おいでよ、と誘われたが、生憎と彼女は所用でアーヴァインの所へ行くことが出来なかった。その事もあって、アーヴァインとしてはもう我慢の限界を少し超えていたのだろう。
 だから、自分の言う事には耳を貸さず、感情の迸るまま行動に及んだのだとセルフィは思った。それはセルフィとしても望んでいた事なので、抵抗する気などさらさらなかった。
 けれど――。

「…あ、ふっ……」
 長く口を塞がれ、僅かに隙間の出来た所から空気を求めて、苦しげなセルフィの声が洩れた。それでも、アーヴァインはまだ彼女の唇を貪った。意識が朦朧とし始めた頃になって、ようやく離れた。
「アー……ビ…ン」
 大きく息をしながら、セルフィは真上にあるアーヴァインを訴えるように見上げた。アーヴァインは何も答えず、セルフィの顔の両側に腕をついて、熱を含んだ瞳で彼女をじっと見ていた。
「背中…ちょっと……痛いか…ら、ベッド…いこ」
 拒むつもりはないから、ちゃんと愛されたいからと、笑顔を添えてアーヴァインの頬にそっと手を伸ばすと、彼も柔らかく微笑んだ。一つ額にキスをすると、アーヴァインは軽々とセルフィを抱き上げて、ベッドまで行きそっとセルフィを横たえた。

 さっきとは違い、頬、睫、耳朶、うなじ、肩、腕、指先とセルフィの肌の至る所に優しく柔らかく口付けを落す。その合間にするりするりと着衣を肌から剥がしていった。
「……?」
 自分の服も脱いだ気配がした後、一向に触れて来ないアーヴァインを怪訝に思い、セルフィは閉じていた目をゆっくりと開けた。抑えられた明かりの中、熱く欲望にけぶるような、それでいて酷く真剣な瞳とかち合った。
「セフィ……」
「ん?」
「ちょっと急いじゃうかも知れないけど、いい?」
「え? どういう…」
 意味なのかと聞こうと思ったが、その瞳の熱さだけで理解出来た。そして、相変わらずアーヴァインはちゃんと訊いてくるのが、もう、そんな所が本当に愛しい。
「アービンの好きにして」
「ありがとう、セフィ。愛してるよ」
 少し掠れた艶やかな声が耳元でした。
 その一言にどれだけ蕩かされるか、アーヴァインは知っているのだろうか。
 指が触れただけで、唇が触れただけで、肌身は熱を帯び、色づき、甘い匂いを立ち上らせる。アーヴァインの声を聞くだけで、心はふわりと舞い上がり、身体の芯は溶かされ、すぐに別の形となって溢れ落ちる事を知っているのだろうか。
 乳房を愛撫しているアーヴァインの髪に指を差し入れ、愛しい人の存在を確かめるように、セルフィは指先に力を入れた。
「あ……やっ…」
 さっき言った通りアーヴァインの行為は、優しいけれど常よりも余裕がなかった。まだ僅かに潤っているだけの所に指が侵入してきた。それでも、自分よりも一回り大きい指をひたと濡らすには十分で、その指でついと撫で上げられると、悲鳴にも似た声で啼いてしまう。敏感な花芽を責められると、身体中を戦慄が走り、その奥からは泉となって溢れているのがセルフィにも分かった。あと少し、長く触れられていると、意識が飛んでしまう、そう思った時アーヴァインが離れた。
 すぐに戻って来て、アーヴァインはセルフィの唇に軽く触れて囁く。
「愛してるよ、セフィ」
 セルフィの片足を持ち上げ、そのままぐっと身を沈める。
「!」
 一瞬、セルフィがきつそうな表情を見せると、侵入を一端止めた。
「だいじょうぶ」
 セルフィがそう言って微笑んだのを認めて、ゆっくりと最奥まで進めた。
「温かい」
「…セフィ」
 セルフィの腕がアーヴァインの首に回されたのが合図だったかのように、アーヴァインは動いた。

「アービン…はや……す……ああっ………ダメッ……あああぁ…」
 セルフィの懇願するような声は、アーヴァインには届かなかった。たがが外れた心と身体は、もう自制など利かない。今、自分がどんな早さで、どんな強さで、リズムを刻んでるかも分からない。ただ、堪らなく触れたかったセルフィの肌の手触りと、肌身の熱さだけを感じ取る事しかアーヴァインには出来なくなっていた。




 額に優しく唇が押し当てられる。
 ぐいと抱き寄せられて、セルフィもアーヴァインの背中に腕を回した。その時ふと、何か引っかかる感触があった。その部分を確かめるようにもう一度指先で触れる。
『これって…』
 セルフィは肌からシーツが滑り落ちるのも構わず、勢いよく身体を起こし、近くの小さな明かりを点けた。
「ど、どうしたの!?」
 驚くアーヴァインを無視して、身体をあちこち触ると、腕と胸と腹部に何ヶ所かの切り傷があった。そんなに深いものではない、多分数週間で痕は消えるだろうと思う。そこで、セルフィは安堵の息を吐いた。服を着ていた時は全然見えなくて忘れていた。あの時、アーヴァインが剣で戦っていた時についた傷。その光景がまた脳裏にに蘇ってきた。
 本当にアーヴァインが死んでしまうんじゃないかと、怖かった。
 怖くて、怖くて、怖くて、でも―――― 自分にはどうする事も出来なくて。駆け寄る事すら出来なかった。
 何も出来なくて、悔しかった。
 なにも――――。
「セフィ、泣かないで」
 セルフィはその言葉で、涙を流しているのだと知った。
 優しくて少し悲しげな瞳がセルフィを見ている。温かな指先は流れる涙を拭うように触れていた。
「アービン……イヤだからね、絶対嫌だからね。アービンは絶対死んじゃだめ……」
 ずっと言葉に出来なかった不安。覚悟は出来ていると思いながらも、全然覚悟なんか出来ていなかった。SeeDの癖に、いっぱしのプロを名乗っている癖に、独りになるのが堪らなく嫌だ。
 アーヴァイン・キニアスという存在が消えてしまうのが何より怖い。
 他の誰かのものになってしまうのも、遠く離れてしまうのも、生きていてくれるなら構わない。でも、存在が失くなるのだけは絶対にイヤ。そんな事を思うだけで胸が張り裂けそうな位痛い。涙が滂沱となって溢れ、止まらない。
 アーヴァインもゆっくりと身体を起こし、そっとセルフィを抱き締めた。セルフィはそれだけしか言わなかったけれど、その真意はアーヴァインにも痛いほど分かっていた。
 想いは自分も同じ。
「セフィ、僕はここにいるから、セフィの傍にずっといるから」
「……アービン、アービン」
「セフィもだよ。僕の前から消えないで、絶対」
 一際強く抱き締めると、アーヴァインは口付けた。最初は、優しく、いたわるように、何度も角度を変えて。やがて口付けは深さを増し、互いを絡め取るように熱くなる。口腔内を探り合うように触れる舌、けして離すまいと頭の後ろに手を回し、互いを貪る。
 同じ想いを共有している今、同じ呼吸で、同じように相手を求めた。
 籠もる一方の熱を逃がすように、アーヴァインの唇が離れ、指と共に、再び横たわったセルフィの身体の隅々を確かめるように探るように滑っていく。
「…ん……っ」
 触れる唇も、指先も、上等の絹を品定めするかのように限りなく優しい、セルフィの肌は羽のような唇と指先の在る所を一つも逃さずに体内へと伝える。まるで初めて肌を合わせた時のように、緩やかに密やかに触れる感触。
 けれど、今は。
 その動きが酷くもどかしい。加えて、明らかに敏感な場所から僅かにズレた所をアーヴァインは愛撫している。自由にならないもどかしさに、我知らず身を捩ってしまう、けれどそれに反比例するように、いつもより肌身が熱くなっているような気がする。
「アービン……」
 とうとう焦れったさにに耐えきれず、訴えるように名を呼んだ。
「愛しているよセフィ」
 耳に軽く舌を差し込み、甘く掠れた声で囁くと、アーヴァインは素早く白く熱い太腿の間に指を滑り込ませた。
「っ!」
 それまでとあまりにも違う動きに、セルフィの身体が大きく跳ねる。
「あっ……んくっ…………ん」
 今度はセルフィの弱い所を確実に捉え執拗に愛撫する。さっきの余韻もまだ消えていない身体は、更に感度を増している。いつの間にか、唇で、舌で、指で、撫で上げられ、転がされ、吸われる。追いつめるように愛撫をしたかと思えば、次にはわざとポイントをずらし酷く緩慢な動きになる。アーヴァインは的確にセルフィの状態を捉え、幾度となくそれを繰り返し、簡単に彼女を昇り詰めさせはしなかった。
 達する寸前まで持ち上げられ、あと少しという所で的を外した動きに変わる。それはセルフィにとって、愛撫という名の拷問だった。そこから逃れようと身体を動かそうにも、身体を割り込まされ足を閉じる事はおろか、足首を握った手はぴくりとも動かない。
「やっ…あ、ああっ……」
 身体がバラバラになりそうな位の官能と狂気の淵を何度も行ったり来たりを繰り返すだけ。いっそこのまま狂ってしまった方がどんなに楽か ――――。

 例えようもない程甘やかなのに、この上なく苦しい。
 確かに愛されているのに、非道い仕打ちを受けている。
 もう呼吸が出来ない程苦しい、このままではあなたを感じる前にあたしが壊れる。
 だから助けて、お願いだから、助けて――――。
「アービン……たすけて…」
 混濁しかけた意識の中で聞こえた声は、殆ど涙声だとセルフィは思った。だが、アーヴァインはそれでも、セルフィへの愛撫をやめなかった。
「おね…がい、アービンが欲し…い……」
 やっと聞きたかった言葉を聞けて、アーヴァインは顔を上げた。身体の枷が外れたのが分かると、セルフィは身体を起こし、荒ぶる呼吸と想いのまま、アーヴァインの頭を掻き抱くようにして口付けた。重ねた唇は自分の味がしたけれど、すぐいつものアーヴァインの味に変わった。長い髪が張り付きじっとりとした背中に指を這わすと、汗の匂いとアーヴァインの匂いが混じり合い、酷く男っぽい匂いが鼻腔をくすぐった。
「セフィちょっと待って」
「ん……」
 離れがたい思いを残して、アーヴァインは一端セルフィから離れ、またすぐに戻った。
「セフィ、ここへ」
 促されるままセルフィは、坐位のままのアーヴァインに向かい合うようにしてまたがった。普段なら躊躇うような体勢だが、今のセルフィは半ば正気ではなかった。というより本能に忠実に、ただアーヴァインを欲した。
「…は……っ」
 膝立ちになっているセルフィの腰に添えられたアーヴァインの手に導かれようにして、ゆっくりと腰を落す。アーヴァインの首に腕を回すようにして掴まりながら進むと、猛々しい彼自身が分け入ってくるのを感じた。やがて、出来る限り彼を飲み込むと、セルフィはふぅと息を吐いた。
「…あふっ!」
 急に突き上げられて、力を抜いた身体に強い衝撃が走った。不意打ちの行為に思わず自分自身がきゅうと収縮したのを感じる。
「ダメだよセフィ、そんなに締め付けちゃ」
「だって、アービンが……ああっ」
 甘やかで少し苦しげな声を耳元に聞きながら、セルフィはアーヴァインの首に必死でしがみついた。
「愛してるよセフィ、キスして」
 責め立てられながらも、セルフィはアーヴァインの望みに応えた。
「んっ……んっ……んん…っ…あんっ……」
 合わせた唇から感じる吐息も、別々の隙間から溢れ落ちる体液も、擦れ合う肌身も、熱い。互いの身体から甘く立ち上る熱が蒸気となって、室内をたゆたっている。耳に響く淫らなリズムと水音も、今は相手の存在を感じる手段の一つにしか過ぎなかった。望んだのは自分なのに、さっきよりも張りつめた彼に容赦なく奥深くまで貫かれ、その度にびくびくとセルフィの身体は震え、油断するとすぐにでも達してしまいそうだった。
「セフィ、離れちゃダメ」
 耐えきれず離れた唇。片手は自分の身体を支え、片手はセルフィの腰の丸みを捉えたまま、アーヴァインは彼女にキスを強請った。
「でも、アービン、あつ……あっ…やっ……だめっ」
 身体中を巡る快感に、浅く荒い呼吸の中セルフィが喘ぐと、その甘く響く囀りと彼女にアーヴァインも急速に追いつめられていった。快楽の渦に深く飲み込まれていながらも、更に強い刺激を求めて身体は勝手に動き、繋がったままセルフィをベッドに押しつけた。切れ切れに発せられるセルフィの啼き声は酷く早く、握り合った手は爪が食い込むほど強く握りしめられていた。
「セフィ……君は……っ」
「やっ、あ…あああぁぁ……」
 アーヴァインの切なげな声が零れたと、セルフィの身体が大きく震えたのは同時だった。



「セフィ」
「ん〜?」
 心地よいまどろみの中、背後から優しい声がした。
 セルフィがころんと声の方に身体を向けると、アーヴァインが肘をついてこっちを見ていた。
「あのね〜、お願いがあるんだけど」
「なに〜?」
「休みの時とか、その前の日とか、なるべくここに居てくれないかな〜?」
「アービンがいる時ならいいよ」
「僕がいない時は? いや?」
「う〜ん、ちょっとね。ここはアービンの部屋だし……」
「僕はセフィにここに居てほしいんだけど、ダメ?」
「…………わかった、努力する。でもあんまし期待せんといてな」
「うん、ありがと」
 アーヴァインは嬉しそうに返事をすると、セルフィの首筋に顔を埋めるようにして、抱き寄せた。
「それともう一ついい〜?」
「いいよ」
 こんな風にいくつも願い事を言うのは、アーヴァインにしては珍しい事だった。だからセルフィもついつい気の良い返事をしてしまった。
「この休みは僕の好きにさせて」
 アーヴァインは本当に嬉しそうに笑っていて、セルフィもつられて嬉しくなった、この時は、この時までは――――。
 後で、自分の浅はかさを、嫌という程痛感する事になるのをセルフィは知らなかった。

「あと、もう一つ」
 今日は随分と願い事が多いんだな〜と、アーヴァインの規則正しい心臓の音に眠りに誘われながらセルフィは聞いていた。
「この前、海で言いかけたのって、何〜?」
 分かっていて遮ったのだと思っていたのにそうではなかったのか。普段ムダに鋭いのに、ごく希にこんな風に天然ぷりを発揮する。
『アービンて、ほんと可愛い……』
 じいっと覗き込む子犬みたいなアーヴァインの顔を見て、セルフィはクスリと笑うと静かに目を閉じた。
『答えは…自分で……みつけ…て……』

結局書いてしまった、「Blue Horizon」のその後。この後セルフィがどうなったかはご想像にお任せします。
それより、R増えすぎ&アービン暴走狼化激しすぎ。最近ずっと無茶し過ぎ、ピロートーク甘えん坊すぎ。うわぁ〜い。
(2008.06.15)

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