「なんであたしな〜ん?」
セルフィは、どうして自分に言ってくるのか分からなくて聞き返した。
リノアから、バラムの街へ行こうと誘われて、セルフィは快くオッケーした。リノアが出掛けられるのはそうそうあることではなく、天気が良くて丁度出掛けたいな〜と思っていたところだったので。
ひとしきり、買い物とウィンドウショッピングを楽しんでから、昼食を摂った。そこで「付き合ってくれたお礼に何でも好きなの食べてね」と、笑顔を乗せてデザート専用のメニューを渡された。セルフィは単純にリノアの厚意だと理解して、「じゃ、遠慮なく」といくつかご馳走になった。それがまた、とても美味しくて、リノアとの会話も楽しくて、気分は上々だった。そのことが後々、自身に起こるとんでもない事態に発展するなどと全く知る由もなく、ただ楽しい時間をすごした。
最後のデザートをぱくんと食べて、ドリンクを一口飲んだところで、どうやら本題だったらしい話を切り出された。
「ねっ、一緒に作ろうよ〜」
「う〜ん、でもあたしはあんまり役に立たないと思うよ? キスティスはダメなん?」
何度もお願い〜と言ってくるリノアに、セルフィは小さなフォークをくるんくるんと回して考えていた。自分の得意分野なら喜んで引き受けるところだけど、今リノアに頼まれた内容は、不得手というワケでもないが得意でもなかった。
「キスティスは残念ながら、無理だったのよ〜。だから、ねっ」
「う〜ん、分かった! でもホント期待せんといてな。あたしも得意やないねん」
ギブアンドテイク。一宿一飯の恩義を捨てては女が廃る。(この場合一飯だけだけど)リノアは自分なんかよりもっと不得意だということは、セルフィも仲間たちもよく知っていた。よし、とセルフィは心を決めて、リノアの要望に応えることにした。
「で、何作るん?」
「アップルパイはどうかな、と思って」
「うん、分かった」
「セルフィ作ったことあるの?」
「ないよ〜」
あっさりとした返事に、リノアはもしやと思ったが、やはりセルフィはセルフィ。ある意味期待を裏切らないと思った。それをわざわざ言ってセルフィのご機嫌を損ねてしまったのでは、折角の苦労が水の泡になると思い、何も言わずにおいた。
「じゃ、材料調達にゴー!」
店を出ると、通りを抜けていく風が身体に心地よかった。
そのままバラムの街で材料を調達し、リノアの部屋でアップルパイ作りが始まった。
それがまた……、ここは戦場か!? という有り様で、流石のセルフィも、リノアの独創的すぎる料理のセンスに打ちひしがれた。レシピはちゃんと頭に入っているから大丈夫、というリノアの言葉を信じて、彼女の指示通りにセルフィは手伝った。だが、何故ここでその器具を使うのか、どうしたら砂糖で煮たはずのりんごが殺人的酸っぱさになるのか、頭を捻ることばかりだった。
3回目にやっと、オーブンに入れる所まで辿り着いたが、焼き上がったシロモノは、ちゃんとりんごも入っていたのに、アップルパイとは似ても似つかなかった。
あまりにもおかしいと、セルフィはリノアにちょっと待っているようにと言って、ネットで検索をしてみた。そうすると、簡単に何件ものレシピが見つかった。上から幾つかページを読んでみたが、生地は市販の物を使っているので、行程はそんなに難しいものではないとセルフィも思った。
どうやらリノアはレシピを斜め読みというか、勝手に脳内変換しているというか、変な思い込みをしているようだ。だから、レシピ通りにならず、あんな得体の知れない物体が出来上がるのだ。
セルフィもけっこう勝手な解釈と猪突猛進な部分があるのを自覚しているが、リノアはそんなこと露ほども思っていなさそうなのが、また……。
セルフィは訳もなく、「はんちょ、エライ!」と褒め称えたくなった。
「で、その後どうしたの?」
「また来週ってことになった。それまでに、あたしがちゃんとレシピ憶えとくことにして」
「てことは、来週も戦場になるんだね」
セルフィの隣でアーヴァインは肩を揺らして笑った。
「笑い事じゃないよ〜。噂には聞いてたケド、あそこまで酷いとは思わなかったもん。うぷっ」
「大丈夫? セフィ」
言葉の途中で口を押さえて、気持ち悪そうにしたセルフィの背中をアーヴァインは撫でた。
「うん、だいじょぶ、ありがと」
「でも急にどーしたんだろうね、リノア」
「理由なんて一つしかないと思うよ〜」
セルフィは、書類を一枚手に取りそれを睨むように見ていた。
「あ〜 スコール絡みか〜。いじらしいよね〜、可愛いよね〜」
アーヴァインも、セルフィが向かっている机から書類を一枚抜き取り、それに隠れるようにしてセルフィの顔を窺う。
「そうだね、可愛いよね〜」
全く表情を変えず、というより険しい顔で書類を眺めている様に、アーヴァインはがっくりとなった。
『セフィは? そういうの思わないの?』
期待を込めて見つめたが、セルフィはちっともアーヴァインの視線には気づいてはくれなかった。
それどころか、手伝う気がないのなら出て行って、とまで言われた。
そんなこと出来るものか! だいたい今夜は僕との約束の方が先だったのに。「急にキスティスの手伝いすることになったから、ごめ〜ん」て、その一言で予定はあっさりキャンセルになった。折角の休日の夜に、一人ですごせなんて「セフィの鬼!」と思ったけど、そんなこと口が裂けても言えるはずもなく、「手伝うよ〜」とほいほいにこにこと、ここに来てしまったのが僕だよっ。
僕たち、これ以上の進展があるんだろうかと、時々ものすご〜く不安になる。
『こうなったら、意地でもこの余計な仕事は速攻終わらせてやるっ!』
アーヴァインの決心は固く、またすぐに有言実行されることとなった。
「終わった〜! ありがとね、アービン」
そう言うとセルフィは、書類をトントンとまとめケースに入れた。
「んじゃ、ちょっとキスティスのトコ行って来るね〜 うぷっ」
セルフィはイスから立ち上がると、また気分が悪そうに口を押さえた。
「大丈夫? セフィ」
「ん〜 さすがにちょっと食べすぎた。バラムでデザート6コにリノアと作ったパイが2コ」
セルフィは思い出しながら指折り数える。
「うわっ そんなに食べたの!?」
アーヴァインは、よくそんなに入るものだと感心した。聞いている方が胸焼けしそうだ。
「そうだ、キスティスのトコ行った後、ちょっと武術室で運動してくるね。多分遅くなるし、アービンはもう自分トコ帰ってていいよ〜、また明日ねっ」
言うにことかいて、自室に帰れとな!? 何のためにセルフィの手伝いをしたのか。あまりのそっけなさに、アーヴァインの理性の糸が何本かプチンと切れた。
「ちょっと待ってセフィ」
「なに〜?」
手を握り引きとめたアーヴァインを、セルフィは屈託のない顔で見上げた。
「あのさ〜 何も武術室まで行かなくても運動出来るよ」
「を、ををっ!?」
セルフィは目の前に迫ったアーヴァインの身体と、その言葉の意味を瞬時には理解出来なかったが、本能的に危機を悟り後退った。だが、長い手足に簡単に行く手を阻まれてしまう。
「ちょっ、アー……わっ!」
セルフィがアーヴァインの言葉の意味を理解した時には、既にその腕の中にいた。
「んっ……ダメ」
強引に唇を重ねて来たわりには、優しく甘く施されるキスに頭がクラリとなりかけたのを、セルフィは必死で押しとどめようとした。
「どうして?」
唇を離し、まだ腕の中に閉じ込めたまま、アーヴァインは明らかに熱を含んだ眼でセルフィを見つめ囁くように問いかけた。
「キスティスのトコ……」
セルフィが言い終わる前、彼女の下唇をちゅっと吸ってアーヴァインはまた唇を離した。
「…行かない……と」
そしてさっきよりも熱を増した瞳でセルフィを見る。
「と?」
顔を逸らし何も言わず、動きもしないセルフィの耳元で、吐息のようにアーヴァインは言う。そうするとセルフィの身体がはっきりと震えた。
「あ、後じゃダメなの?」
返事はせず哀願するような目で、アーヴァインはもう一度セルフィの瞳をじっと見つめると、彼の腕の中セルフィは仄かに頬を染めて俯いた。そのままじっとしていると、「アービンのイジワル」と小さく呟く声が洩れた。
「イジワルしてるんじゃなくて、僕はセフィが大好きなだけだよ」
アーヴァインはそっとセルフィの顔を上向かせ唇を重ねた。熱く、深く、セルフィの五感を絡め取るように。いつの間にかセルフィもアーヴァインの背中に腕をまわし、愛しい者の求めるがままにその身を委ねた。
※-※-※
「これでどうだ!」
「うわっ 今度こそ上手くいきそうだよ、セルフィ!」
「じゃ、オーブンに入れよ〜」
今回は、セルフィもリノアと同じものを隣で一緒に作った。お互いに確認をし合いながら。それが功を奏したのかどうかは分からなかったが、2回目にして焼く段階まで進んだのは、快挙だとセルフィは思った。
リノアと二人、余ったレモンを紅茶に浮かべてそれを飲みながら、パイが焼き上がるのを待つ。話に夢中になっている間にも、順調にパイは焼き上がっていったようで、実に美味しそうな匂いを漂わせて、チンと出来上がりの音が聞こえた。
「お、ちゃんと美味しいよ〜、きっとはんちょも喜ぶねっ」
「ど、どうして分かったのっ!?」
「リノアがこんなに頑張る理由、ほかにある〜?」
「な、ない…けど」
照れまくるリノアに、ごちそうさまと告げて、セルフィは自分が作ったパイを持ち彼女の部屋を後にした。
ふんふんと鼻歌を歌いながら寮の廊下を歩く。
めったにしないことをしたんだから、一人で食べるのは勿体ない。誰かと食べよう! そう思ってセルフィは、リノアの部屋から一番近いキスティスの部屋のインターフォンを押した。だが、残念ながらいつもの涼やかな声の返事は聞こえなかった。今日はキスティスも休みのはずだったが、どこかに出掛けているらしい。最近キスティスは不在にしていることが多い。いないのなら諦めるしかない、とセルフィは再び歩き出した。取り敢えず次に思いついたのは、アーヴァイン。また花茶が飲みたいな〜と、再び鼻歌を歌いながらセルフィはアーヴァインの部屋に向かう。
「セフィ、いらっしゃい」
今度は、いつもの笑顔で迎えられた。
「今日はお土産があるよ〜ん」
「なに、なにっ!」
興味津々といった顔で聞いてきたアーヴァインに、セルフィはふんぞり返ってパイの入った箱を掲げた。
「セルフィちゃん特製アップルパイ!」
「わっ ホントにっ! セフィの手作り?!」
「心して食べるように」
セルフィは勿体ぶるように大きく頷いた。
「食べる、食べる、心して食べる! じゃお茶を……っと、教授に呼ばれてるんだった。セフィ、ごめん。ちょっと行ってくるから、待ってて」
「うん、分かったよ〜 お茶淹れて待ってるね〜」
セルフィは小さく手を振ってアーヴァインを見送った。
「遅くなっちゃったな〜」
アーヴァインは寮へと続く通路を足早に歩いていた。大した用件ではなかったけれど、教授の話好きが災いして、思いのほか長居をするハメになってしまった。小一時間経った所で、何とか話を切り上げて教授の部屋を脱出して来た。
「悪い人じゃないんだけどな〜」
独り言を呟きながら、足早に自分の部屋へと向かう。
「セフィ、おまたせ〜」
軽い空気音と共に開いたドアの奥、テーブルに頬杖をついて少し不機嫌そうな顔のセルフィが見えた。
「アービン、おそーい。もう待ちくたびれたよー」
「ごめん、セフィ。思ったより教授の話が長くて」
手を合わせて謝る。
『あれ?』
ふと何かがアーヴァインの胸の中をよぎった。
「キスしてくれたら許してあげるぅ〜」
「お安いご用…だ……」
『あれれ? なんか……』
アーヴァインは妙な感覚を覚えた。だが、それよりもセルフィにねだられたキスの方が遙かに魅力的で、深く探ることはしなかった。
「…ん」
セルフィが甘い吐息を漏らし唇が離れる。
「もいっかい……」
また、おや? と思ったが、アーヴァインはそう言われてやめる気などさらさらなく、今度はさっきよりも深く熱くお互いを味わうように口づけた。
セルフィの唇がふいに離れた。
まだキスが足りないと思うアーヴァインを置き去りに、セルフィの唇は彼の頬に、瞼に、額に、と移動を始める。セルフィからのキスが嬉しくて、アーヴァインはされるがままになった。
やがてキスは、耳朶、首筋、鎖骨へ、ゆっくりと下に向かっていく。セルフィの指がアーヴァインのシャツのボタンを外しにかかって、アーヴァインはハッとした。
激しい既視感が湧き上がる。
離れがたい思いを打ち消しセルフィを離してみると、既視感と同じく、セルフィの頬は上気していて身体も幾分熱い感じがした。まさかと半信半疑でテーブルを見れば、食べかけのパイが見えた。
『まさか、またアレーーー!?』
以前と酷似した状況。ということは、あのパイには例のブツが入っているというのか!? つまり、セルフィがこうなったのは、またも自発的ではなく、外的作用によるもの……?
アーヴァインは酷くがっかりした。
セルフィはアーヴァインを拒むことは殆どないが、自分から誘ってくれたこともない! 哀しいかな、まだない!
「つづき、ダメ?」
熱を帯び潤んだ瞳で見上げられて、アーヴァインは心の中で涙を流した。このまま流されたい、激しくそう思う。だが、心の隅で、セルフィの本心ではないという罪悪感も感じる。
「まだ明るいよ〜」
心とは全く逆の言葉がアーヴァインの口をついて出た。
「もう夕方だからすぐに暗くなるよ〜?」
『ぐっ そうきたか』
「いや、ここ椅子の上だし……」
うっかり前の時と同じ台詞を言ってしまった。
「じゃ〜、ベッドいく〜」
『やっぱりか』
アーヴァインは心の中で再び涙を流した。どうせこの後ベッドに倒れ込んでも、セルフィはパタッと眠ってしまう。そう思って、アーヴァインは素直にセルフィに引っ張られた。
二人してベッドにドサッと倒れ込む。
後3分もすれば、セルフィは安らかな寝息を立て始めるはずだ。その様を見ているのも虚しくて、目を閉じその時が訪れるのを待つことにした。と、柔らかいものが唇に触れた。予期せぬ感触にパチッと目を開けると、口づけをされていた。
『!!ーーーーっ』
あまりに予想外のことにアーヴァインは、慌てたあまり何故かセルフィを引き剥がそうとしてしまった。けれど、「ダメ〜?」とまたも思わぬ抵抗にあう。
いや、ダメじゃない。むしろイタダキマスしたい。だが、でも、しかし、なけなしの理性がダメだと警鐘を鳴らす、もうガンガン鳴りまくっている!
「アービンはいっつも――――なのにぃ〜」
『ちょっと待ってセフィ〜、今の空白はなに〜?』
「今日はあたしの言うこと聞いてよ〜」
『うん、正気ならね。もうソッコー押し倒してます。今は押し倒されてるケド……』
「おねがい」
『そんな顔しないでよーーーー。ああっ もう、僕の負けです。好きにしてやってください。今日の僕は君の奴隷です』
「いい?」
訊いてくるセルフィにアーヴァインは笑って頷くと、首の後ろに手を差し入れて引き寄せ、唇を重ねた。キスを交わしながら、身体を捻ってアーヴァインが向きを変えようとすると「待って」とセルフィが制止した。
「今日はアービンが下」
「え?!」
「ダメ〜?」
今日のセルフィはどこまで予想外なのか。これが正気なら、とんでもなく嬉しいのにと、アーヴァインは心の中で三度目の涙を流した。ここが最後の砦だと思ったが、いつもと違うセルフィの色香に、残念ながら理性よりも本能の方が打ち勝ってしまった。
「…んっ」
熱く口づけを交わす隙間から零れた声は、どちらのものか分からなかった。
けれど、今シャツのボタンを外し、それをはらりと落すように、肌を滑る指は自分のものではない。自分の指ではないというだけで、こんなにも焦れて敏感に感じてしまうのはどうしてだろう。セルフィに触れられるのは初めてではないが、いつもは施す事に夢中で、施される側だけになることはない、そのせいだろうか。
今日は、ひどく――――。
「ふっ」
意識を他に向け、全く無防備になっていたところヘ愛撫を受けて、思わず声が洩れた。胸の突起をついと撫でられ、反対側は唇で吸われ、舌で転がされる。人の舌はこんなに濡れ、生温かかっただろうか。それよりも――――。
『セフィ、一体どこでこんなテクニックを〜』
自分以外にあろうはずもないが、今のアーヴァインにはそんなことまで考えが及ぶような余裕はなかった。
セルフィの指が、唇が、舌が動くたびに、触れられた箇所から熱い波紋が身体中へ広がり、やがて一箇所へと集束していく。波紋が広がるたびに、自分もセルフィに触れたい衝動に駆られるが、このまま愛され続けたいとも思う。
二つの背反した感情の狭間でアーヴァインが葛藤している間に、セルフィの指はジーンズのボタンもファスナーも外し、ゆっくりと抜き取っていった。
そして今度は足先からゆっくりと、指は肌の上を踊るように、唇は時折キスを落とし、その合間に熱い吐息が肌を掠めながらじわじわと這い昇る。
『ちょっ うわっっ』
すぐにそこに辿り着くであろう感触が先に頭に浮かび、肌身を電流が走ったような気がした。
辿り着くまでの間に、もう、何かが弾けそうになる。思い通りにならない焦れったさは、ちょっとした拷問のようだ。なのに、布越しに撫で上げられて、目眩にも似た快感を覚えた。
「は…っ…」
ソコに触れられるたびにどくんと脈打ち、自分でも質量が増していくのが分かる。
「アービン」
ふいに快楽の淵の向こうから声が聞こえた。
「声、ガマンしちゃダメだよ」
『う゛っ そんなこと急に言われると……何だか、妙に……はず…』
「んあっ…」
思ったのも束の間、直に触れられた感触にまたも声が洩れていた。
それだけが別のイキモノのように、アーヴァイン自身を蹂躙するように蠢く。優しく時に強く、踊る指。その感度の高さは、尖端からこぼれ落ちる粘液が否応なしに示している。セルフィの指を汚してしまう罪悪感に捕らわれる一方で、もっと強い刺激が欲しいとも思う。その狭間での揺れが、更に新しい快感を生むような気もした。
「は……くっ…」
知らぬ間に下着も取り払われ、さっきとは違う、ぬるりとした温かさの中に包まれた。彼女の体内とはまた別の、艶めかしい感触。緩く締めつける唇と、その動きに合わせて撫で、動きまわる舌。
あまりにも甘美すぎる。
『どうして君はこんなに……』
ぐいぐいと高みへと押し上げられ、じきに自分の意識すら分からなくなるだろう。その前に、君を止めなければ、そう思ってセルフィに伸ばした腕は、逆に拒むように手首を押さえつけられてしまった。
「ダメだよ…セ…フィ」
情けないかな、もう言葉を発するのもキツイほど心も身体も君に翻弄されている。
「……くっ…」
心を君に委ねきった瞬間、身体は素直に高みへと上り詰めた。その証しを受け止めてから、君が離れていくのを遠くに感じた。
「……セフィ」
落ち着きを取り戻し、セルフィの方を見ると、まだ熱を含んだ頬でぼんやりとこちらを見ていた。目が合うとふわりと笑ってくれた。
『ホントに君は……可愛すぎる』
手を伸ばして頬に掛かった髪を払うように撫でたら、ゆっくりと瞼が閉じられていった。
『ちょっ 待って、眠らないで!』
「セフィ、今度は僕の番だからね」
彼女の答えを聞くつもりはないので、そのまま口づけてジャマな服を剥ぎ取りにかかる。
「んっ…」
すぐに甘やかな声が耳に届き、引き戻すのに成功したらしいことに安堵した。
さっきのは、とても――――、とてもステキだったけど、このままでは終われない。自分だけ気持ち良くして貰ったのでは終われない、君もちゃんと高みを味わって貰わないとダメだ。いや、正確には自分も一緒に、なんだけど……。
「アー……ビン…」
まだ乳房を愛で始めたばたりなのに、君の声はもう懇願するように切なく甘い。正直言うと僕も早く君を感じたくて堪らなかったんだ。そろりと指を伸ばすと、既に下着を濡らすほどに君の熱を感じた。そこから先は自分でも滑稽なくらい性急だったと思う。
「ああっ……ん……んっ……んっ…」
君の唇と、君の身体を、同時に深く貪る。長く、永く――――。
「……アービン…も、あた…し、どうにか、な……ああっ!!」
『ごめん、セフィ。もう少しだけ……』
とっくに正体を失くしているセルフィの意識を掴んだまま、アーヴァインは尚自分の欲望を優先させた。
穏やかな寝息。
ずっとこの寝顔を見ていたいと思うけど、少し見えている白い肌が呼吸をするたびに動く様に、無理矢理起こしたい衝動にも駆られる。いっそ君に叱られるのを覚悟で深く口づけをしてしまおうか。そんなことを思っているうちに瞼が小刻みに震えて、君が眠りから覚めようとしているのが分かった。
さて、昨夜の事を覚えているのかいないのか。ドキドキしながら待つと、ゆっくりと翠玉の瞳が現われた。
「おはよう、セフィ」
「…おはよ……」
まだ瞳は焦点を捉えていないけれど、唇はちゃんと挨拶をしてくれた。
「アービン?」
「うん、僕」
一度目を擦った君と視線が合うと、もの凄い勢いで表情が変わっていった。
「あ、あああアービン、なんで、いっしょーーっ?!」
『やっぱり、覚えてないのか……』
十中八九覚えてないだろうな〜と思ってはいたけど、改めて思い知らされると、とても悲しい。何だか、悪事をはたらいてしまったような、一人弄ばれたような気になってしまう。
はあ…。
「あのね、セフィの方が誘ったんだよ、昨日は。――覚えてない?」
肝心な部分は内緒にして、行動だけをセルフィに教えた。べ、別にウソじゃないんだから、いいじゃないか。これくらいは許してほしいって、普段かなりガマンしてるんだから。
「ウソ〜」
セルフィは簡単には信じてくれない。
そりゃそうだよね、いきなり僕をイタダキマスしちゃった、とか言われてもね。
驚くよね。
「ん〜とね、ほら、コレ」
僕は胸元のシルシを指さした。
「ん〜? えっ?!」
その緋色を見て、さすがにウソじゃないと思ったかな。
「虫に刺されたとかじゃないよ。こんなトコ自分でつけたんでもないよ」
「ホントに?!」
「うん、ホント」
そう言うと、見る間にセルフィの頬は赤く染まっていった。
良心はちょっと痛むけど、普段僕をほったらかしにしがちなセフィへの、これは僕のささやかな仕返し。
「僕はとても嬉しかったよ。だからまたしてね」
俯き加減だった翠玉の瞳が、弾かれたようにこちらに向いた。セフィが何か言う前に、僕は、朝のキスをした。