花宵

- Hana yoi -
 セルフィは、アーヴァインの部屋のソファでうつらうつらとしていた。
 この休日、教授に「面白いから」と勧められて何げなく受け取った古い物語を読んでいたのだ。好んで本を読む方ではないが、尊敬する教授のオススメということもあって借りてみた。
 どこかの国の古い時代の貴族の物語。
 華やかで優雅で、夢物語という名が本当にふさわしいものだった。読んでいる内にぐっと世界に引き込まれ段々と楽しくなったが、そこまで行くには結構な準備が必要だった。それを途中で放り投げることなく読み進めることが出来たのは、教授お手製の非常に分かり易い、生活様式や文化の解説書が付いていたからだった。それともう一つ、この夢物語に出てくる人物がよく知っている現実の人物と重なる部分が多かった所為もあった。
 その物語も、アーヴァインを待っている間に読み終えた。その安堵感とぽかぽか陽気が相まって、普段からアーヴァインがヘコんでしまう程よく眠りこけてしまうセルフィは、今もあっさり眠りへと誘う鬼の手に落ちてしまった。




「姫さま、殿がお帰りになられました」
 セルフィは、聞き慣れない衣擦れの音と、女性の声で目が覚めた。
「う…ん、寝ちゃったのか」
 何かにもたれている身体をゆっくりと起こし、眠い目を手で擦る。手で擦ったはずなのに、妙な感触がした。はたと手を見ると、手など見当たらず幾重にも重ねられた大きな袖が目に飛び込んだ。
「何これ!」
 無理もない。こんな服をセルフィは持っていない。というより、こんな妙ちきりんな形の服は誰も持っていないと思う。キロスさんならいざ知らず。
「なんて冗談でごまかしてる場合じゃない!」
 セルフィは自分の姿を見て、理解した。これは夢の中だと。でなければこんな格好をしているはずがない。こんな物語の中に出てきた女房装束なんて、どう考えても現実ではあり得ない!
「あ、でもすごく綺麗な色〜。この織りも、浮かび上がるような文様がステキ〜、丸い円の中に見える四つの羽は蝶かな、可愛い〜」
 一番上の表着の布を引っ張りうっとりと眺める。
 表は白色に裏の色は薄紅、表の白から少し透けて見える薄紅の、その色の重なりが美しい。その下に何枚も重ねられた衣は、淡い新緑から深みのある緑へのグラデーション、春の色をこの衣装だけで表わしたような鮮やかさと華やかさ。セルフィは、何故そんなものを着ているのかより、その色合いの妙と、見たことも、ましてや纏ったことなどない、上等な衣(きぬ)の美しさに心を奪われた。
「姫さま、……姫さま!」
「はい?」
 目の前にずいと、同じような女房装束の女性の顔が現れてセルフィは驚いた。そして、女性はセルフィの顔をあきれ顔で一度見て、ほぅと溜息をついた。
「姫さま、また眠っていらしたのですね。本当に姫さまはいつまで経っても……」
 そこで切って、また女性は溜息をついた。
 セルフィはと言えば、目の前の女性の衣装もまた、濃い赤紫とそれより淡い赤の組み合わせが綺麗だな〜と、ぼ〜っと眺めていた。というより、もう完全に夢だと思いこんでしまい、思考回路もいつもと違い酷く鈍くなっていて、状況把握することすら放棄したような状態だった。本人に自覚はなかったけれど。
「殿がお帰りですと申しましたのに。そのようなことでは、愛想を尽かされてしまわれますよ」
「殿? あたしの殿?」
「ええ 左様にございます。無理もありませんわね、三日夜の餅を交わしたのは、ほんの少し前のこと。姫さまは、まだ夢現でいらっしるのですね」
「ゆめうつつ……これは幻なの?」
 というより、どう考えても夢だろう。この衣装、そして今いるこの部屋の造りに調度の品々。さっきまで読んでいた物語の世界が目の前に広がっているのは間違いない。解説書にあった絵図そのままに。そうは思っていても、手に触れるものは全て確かな質感をもって現実だと主張している。
「まあ 本当に姫さまは……」
 呆けたような顔をしているセルフィを見て、女性は袖で口元は隠しほほと優雅に笑んだ。その笑みの意味は、セルフィにはさっぱり分からなかったが、つられるようにして自嘲していた。
「あのような稀代の公達に望まれて、北の方になられたのですもの。夢幻とお思いになるのも仕方のないことです。ですが、我が姫、あなた様はまことに当代随一と謳われる殿方の妻となられたのですよ」
「つまっ!?」
 ちょっと待て! 今、妻と言ったか!? ということは何か、自分には夫がいるという設定なのか、この夢は。なんてことだろう、自分の夢なのに、自分に断わりもなく夫がいるなどという、ばかげた設定をこしらえたのは誰だ!
 ま、相手が当代随一などと聞いては、かなり嬉しくはある。そう言われれば女としては嬉しく、是非とも会ってみたいと思う。
 だが、そこでセルフィは、はたと解説書のとある記述を思い出した。
 ここは古(いにしえ)の国。
 一夜漬けの自分の記憶が正しければ、当然、現代とは激しく美意識が異なる。この時代の、ここで言うところの美男というのは確か――――。
 セルフィは資料にあった絵姿を頭に思い描いて、がっくりとした。
 ここでの美男の定義は、真っ白に顔を塗りたくり、本来の眉も白く塗り込めてしまい、うんと高い位置に丸い点を描いた眉、歯も黒く塗っているはずだ。更に最も自分の好みと合わないのは、女と見紛うような、なよなよへなちょこな立ち居振る舞いが美しいとされる所だ。
 セルフィはもう一度、盛大に溜息をついた。自分の好みに合わなかったら、いや絶対合わないこと間違いなしだ! そんな男が夫だなんて、全身総毛が立つほどイヤだ! もう婚儀も終わっているらしい相手には悪いが、どこかで隙を見てここを逃げだそう、そうでもしないと寝所にでも引きずり込まれたら、えっらいことだ。
「殿がこちらへおいでになったようですよ」
 先程の女房がそっと耳打ちをして来たのと同時に、簀子を歩く足音と衣擦れの音が聞こえてきた。この場から逃げ出したいのを必死に堪え、奥方らしく居住まいを正して、セルフィは取り敢えず主の帰宅を迎えることにした。

「ただいまセフィ」
 何とも、雅やかな世界に違和感ありまくりの台詞だった。そして非常に聞き覚えのある声と呼び名。いいや、そんなことあるはずがない。あまりにも都合が良すぎる。けど――――、声の方に視線を向けると、ほやほやと笑っている、よ〜く知っている顔と目が合った。
「アービン!」
「ただいま〜」
 直衣に冠姿のアーヴァインが、上げられた御簾に当たらないように、頭を低くしてセルフィの所へ入って来た。どうにもこうにも、この場に不釣り合いなことこの上ない顔だったが、蝙蝠(かわほり)扇を口元に当て微笑む姿は、口惜しいことに自分のイメージとしての、稀代の公達という言葉が実にぴったりだった。
『ほんっと、何着ても似合うねんな』
 隣に腰を降ろす様でさえ、もう生まれながらの貴人のようで、セルフィはそれがまた癪でもあり、嬉しくもあり、どこか気恥ずかしくもあった。
 そして、目が離せなかった。
 直衣に冠という想像の範疇を超えた出で立ちだが、あまり違和感がない。いつもの帽子よりは小さいが冠の色は黒で、鬢(びん)はいつも通り柔らかなくせっ毛を垂らしている。黒い色の直衣姿も、体格が良いせいか様になっている。きりりとした顔で座る姿は、本当に姫君方の心を捉えて離さないだろう。そう、きりっとした表情ならば……。だがセルフィの理想とは反対に残念ながら、アーヴァインはいつものようにほやほや〜っとした笑顔をセルフィを向けていた。それはそれで彼女の好きな部分ではあったが、夢の中なのだからここはもっと別の設定でも良かったのに、とセルフィは自分に愚痴た。
「なに?」
 思わずセルフィは訊いていた。
 相変わらず、ほやほやとした笑顔で見つめてくるというか、何かを待っているような気がしたのだ。
「おかえりのキスは〜?」
 何となく予想はしたが、やっぱりかとセルフィは項垂れた。二人きりなら別に構わないが、周りに幾人もの女房が控えているこの場では無理だ。それをどう言おうか考え倦ねていた所へ、さっきの女房の助け船のような声が聞こえた。
「殿、お召し替えを」
「あ、そうだね〜。直衣でいつまでもいるのは窮屈だし。その後で庭の桜をゆっくり見よう」
 そう言って立ち上がったアーヴァインに、セルフィは小さく頷いた。

 庭を見てみれば、少し離れた所に今を盛りと咲き誇る、見事な枝垂れ桜が見えた。風が吹くと、ひらひらと花びらが舞い落ちている。是非とも近くで見たい。アーヴァインを待つ間、セルフィは桜の他にも、様々な色の春の花が咲く庭を眺めて楽しんだ。




「うわ〜 すごい綺麗」
 それは近くで見ると、高い位置から多くの枝を垂らす様が雄々しいと思えるほど、立派な枝垂れ桜だった。だが、風が吹けば枝がゆらりと揺れ、はらはらと花びらが舞う様は、儚くたおやかだった。
 セルフィはその花びらを受け止めたくて、舞い踊る花びらに向けて腕を伸ばした。が、着物を摘んでいたのをすっかり忘れていて、手から離れた着物の裾が草の上にはらりと落ちた。それに気づいて慌てて引き上げる。
「セフィ、これを」
 狩衣に着替えたアーヴァインが、広げた蝙蝠扇で花びらを受け止め、セルフィに差し出してくれた。けれど、それをセルフィが受け取る前に、さわと吹いた風に花びらは蝶のように飛んで行ってしまった。
「おや、風に攫われてしまったね」
 パチンと蝙蝠扇を畳むと、残念そうにアーヴァインはセルフィを見た。その少し愁いを帯びたような微笑の艶やかさに、セルフィは胸がドキンとなる。
 その時、今までと違う強い風が吹き抜けた。
 風を遮るように立っていたアーヴァインの狩衣の袖が風に煽られ、さながら舞いを舞っているかのようだった。この桜の舞い散る中、舞う姿はどれほど美しいだろう。セルフィはぼんやりとそんなことを思った。
「そう言えばこの前、帝の前で舞を披露した時も、こんな風に桜の花びらが舞って綺麗だったよ。お陰で、お褒めの言葉を賜った」
「見たかったな〜」
 セルフィは本当に残念だった。
「見たい?」
「うん」
 アーヴァインはふわり微笑むと静かに舞い始めた。
 はらはらと桜花びらの舞い散る中、優雅に舞う姿はセルフィの想像していた通り、まるで桜の木の生まれ変わりかと見紛うような、幻想的な美しさだった。時折、狩衣の袖が翻り、表地の白と少しだけ見える裏の二藍の青紫、そして桜の薄紅とが優美な色の調和を生む。
「本当にアービンは何をしても様になる……」
 セルフィは我知らずそんな事を呟き、視線は見事に咲き誇る桜ではなく、別の桜だけを捉えていた。
「セフィ、夕餉にしよう」
 あまりにも無心に眺めていたので、いつの間にかアーヴァインは舞いを止めセルフィの傍らに立っていたことにセルフィは気がつかなかった。まだ夕食には早いのではないかと思ったが、辺りはすっかり夕闇が迫っている。そんなに長い間自分はアーヴァインに見惚れていたのかと、セルフィは恥ずかしくなった。
「そ、そうだね」
 東の山の端(は)にはもう月が見えていた。



「昼間着ていた細長の桜襲(かさね)とその五衣の萌黄の匂(におい)は、セフィによく似合うね」
 夕餉の後、にこにことアーヴァインはそんなことを言って来た。
「相変わらずだよね〜」
「なにが?」
 どこにいても、アーヴァインはアーヴァインなんだなと思うと、セルフィはつい可笑しくなってしまった。
「なにが可笑しいの?」
 訝かしげに訊いてくるが、セルフィは何と言って良いのか分からず、ただ「アービンはアービンだよね」と笑った。アーヴァインもそれ以上は聞いてこず、側の女房達を交えて談笑に興じた。暫しなごやかな時が流れる。
 夜が更けてゆくにつれ女房の数が減り、最後の女房が下がると二人だけになってしまった。二人きりというのは珍しいことでも何でもないが、普段と全く違う様相のここでは、気恥ずかしいというか、面映いというがこの場合ふさわしいのかなとセルフィは思った。所在なく視線を巡らすと、部屋の奥、すんごい大きな囲いが目に入った。
『もしかして、アレ、御帳台?』
 知識に合致した図はそれだった。早い話天蓋付きベッド。そのことに突き当たると、セルフィはますます恥ずかしくなった。何か話でもしようと、アーヴァインの方を振り返ったら、ふいに抱き締められた。
 衣に焚き染められた香の匂いだろうか、何とも言えない奥ゆかしい薫りがセルフィを包む。その薫りにふわりと酔っている間に、口づけをされていた。
「……んっ…」
 アーヴァインは抱き締めた力を一向に緩めることなく、口づけを徐々に深くしていく。そろりと入れた舌で歯列をなぞり、僅かに開いていた隙間から更に奥へと侵入すると舌を絡めた。セルフィが拒まないのをいいことに、息をするのもままならない程口腔をなぶり、時に強く吸い、そして長く離さなかった。
「ごめんね、急に。もう自制が利かなくて」
 唇を離した後、一際強く抱き締めてアーヴァインは囁くように告げた。
「アービン……」
 いきなりの甘く激しい刺激に、半ば陶然となりかけていたセルフィは、我知らず名を呼んでいた。
「こうして一緒に過ごせるようになったのに、昨夜は宿直(とのい)で一緒にいられなくて、だから……」
 理由は分かったが、セルフィは非常に困った。昨日は一緒にいられなかったとか言われても、現実ではそうではなかった。かと言って、このアーヴァインにはそんなこと通じないだろうし。どうしたもんかと悩んだ。
 それでもちゃんと断わりを言ってくる辺り、アーヴァインはどこにいようともアーヴァインなんだなと思うと、心が温かだった。
「いいよ」
 例え夢の中だろうと、アーヴァインが好きなことには変わりない。彼を拒む理由なんて……ない。
 アーヴァインはその言葉を聞くと、再び口づけた。そして、衣擦れの音と共に重ねた袿が滑り落ちたかと思うと袴の紐も解かれ、セルフィはあっという間に小袖だけになってしまった。
 アーヴァインはようやく唇を離しセルフィを抱き上げると、燈台の心許ない明かりの中、御帳台へと入った。

 ゆっくりと寝かせられると、薄い小袖しか着ていない背中に伝わった寝台の感触は、常と違って硬い。セルフィがそんなことをぼんやりと思っている間に、アーヴァインは着衣を脱ぎ終え、セルフィの頬を愛おしむように一撫ですると覆い被さった。
 柔らかく、瞼に、頬に、唇に口づけを落とし、手はそっと衣の上から乳房に触れる。柔らかだった動作はそこまでで、何かに追い立てられるように急に荒々しく、乱暴に乳房を掴んだ。
「あっ……」
 強い刺激が一筋セルフィの背中を駆け抜ける。手の動きは乱暴なのに、受け止めた肌身は甘いと感じている。その証しのように、指に挟まれた乳首が堅くなっていく。首筋を這う舌の感触は艶めかしく、反対に乳房をなぶる手は荒々しく、異なった刺激はセルフィの身体の中で混ざり合い、理性という殻を壊していく。
「……は…あぁ…」
 知らぬ間に胸元の合わせははだけられ、手はまだ触れていなかった方の乳房を愛で、手で愛撫されていた方の乳房は唇で強く吸われていた。
「や……ああっ」
 執拗に乳房への愛撫は繰り返される。屹立した先端を指で軽く弾き、反対側は歯で甘噛みする。唇は強く吸い、手は弱く揉みしだく。そうするとセルフィの口からは、荒さを含んだ呼吸と共にアーヴァインの耳には好い声が聞こえた。
「セフィの声好きだよ」
 アーヴァインがセルフィの耳朶をなぞるように唇を押しつけて言うと、恥じらうように身を捩る姿がまた、彼を猛らせた。そのまま首筋にきつく口づけると、そこから直接セルフィの甘い声を聞くことが出来た。幾度となく、身体を重ねて得た知識。セルフィの弱い所。痕が残る程肌を強く味わいながら腰紐を解く。戒めのなくなった衣を端に滑らせ、露わになった肌身をアーヴァインはそっと撫でた。
 冷たい空気に曝された肌が僅かにピクリとする。
 手の平でなめらかな曲線を楽しむように下肢へ移動すると、自由が利かないようにしてからするりと内股に指を滑り込ませた。と、既にそこは豊かな潤いをたたえていた。アーヴァインは自分でも性急だという自覚はあったが、それでも指で触れた彼女はそれを許してくれているような気がした。
「嬉しいよ、セフィ」
「……しらない」
 その言葉の意味が分かると、言葉とは裏腹にセルフィの肌はしっとりと熱くなる。指を潜らせずとも十分過ぎるほど潤っているそれに絡めるように指を浸し撫で上げると、殊更に甘い声が溢れた。
「んんっ……ん、ふ…」
 侵入した指が中で蠢く度に、肌が跳ね、震える。身体は逃れようとしてみせるのに、彼女自身は離すまいとするようにきつく締め付けてくる。初めは困惑したが、今はその矛盾した様さえ、アーヴァインを煽る仕種の一つでしかないことをセルフィは知りもしなかった。セルフィの声が限界を示すように、荒く掠れて来たのに気がつくと、アーヴァインは指を引き抜きセルフィの片脚を肩にかけた。
「だめっ」
 はっきりと拒否の声。だが構わずもう片方の膝を押さえて、無防備になった秘所に顔を落とす。舌先で転がすと花芽はすぐに堅くなり、言葉は啼き声に取って代わる。溢れる蜜を全て受け止めるように舐め上げるとひくつくのが伝わってきた。
「……だ…め」
 抵抗をやめない口とは違い、そこは素直にアーヴァインの愛撫に応えるように、止め処なく蜜が溢れてくる。尚も逃すまいと強く吸うと、更に肌身が震え熱くなっていくのが分かった。喘ぎ声の中、荒い息遣いも聞こえてくる。限界が近いのだろうということも、アーヴァインには容易に知れた。
「アービン、ね」
 切れ切れに言う声に、やっと頭を上げる。わざとセルフィに見えるように唇を舐めると、彼女はさっと顔を背けた。
「僕が欲しい?」
 横を向いた貌に目もくれず易く見える耳に舐めるように囁くと、セルフィの身体が小さく跳ね、そしてゆっくり頷いた。
「望みのままに、セフィ」
 アーヴァインはそう返事をすると、ぐいとセルフィの腰を引き寄せそのまま一気に最奥まで貫いた。
「ああっ!!」
 あまりのことにセルフィが悲鳴を上げる。
「望んだのはセフィだよ」
 しゃあしゃあと言うアーヴァインをセルフィは睨んだ。
「バカ」
 目尻を光らせ言う姿は、アーヴァインを更に煽った。
「わかったよ、じゃあ」
 今度は肌が離れる寸前まで引き抜く。
「これで満足?」
 セルフィは予想外のことに驚き、声を発することも出来ず、ただ困惑した貌でアーヴァインを見た。そのままじっとしていると、更にセルフィの目尻が濡れた。
「ごめん」
 我儘な欲望に流されてしまった自分に気がつき、アーヴァインはセルフィに詫びた。零れて止まらない涙を唇でそっと拭う。
「アービンの……ばか」
 それでもセルフィはなかなか許そうとはせず、アーヴァインは弱ってしまった。
「それじゃあ、セフィの好きにして」
 もう一度セルフィの中に身を沈めると、彼女の手を引っ張り身体を起こした。そして今度はアーヴァインが横たわる。
「え!?」
 セルフィは何が起こったのか理解出来なかった。握られた手を辿ると、自分の下にアーヴァインがいる。そこでようやく、繋がったままアーヴァインに乗っているのだと分かった。
「セフィがして」
 状況は飲み込めた。だが、そんなことを言われても、素直に身体は動かない。というかどう動いたらいいのか分からない。じっとしていると、アーヴァインが袖を通したままのセルフィの手を取り、自身の腹部の辺りに置かせた。
「上下じゃなくて前後でいいから、動いてみて」
 言われるがままに目を閉じてセルフィは動いた。
「んっ……」
 目は閉じていても、自分を見ているアーヴァインの視線を感じる。時折下から突き上げられるが、自分が動いているのだということが、堪らなく恥ずかしい。でも、同時に快感も覚える。
「…は……んっ」
 いつの間にか、乳房に触れているアーヴァインの手の感触に新たな快感が加わる。でも、やっぱり――――。そうセルフィが思った時、また視界が変わった。
「セフィ、ごめん。やっぱり、今日は君を愛したい」
 再び上になったアーヴァインは熱っぽく囁くと、浅い位置まで引き抜き、強く腰を打ち付けた。セルフィは心の準備をする間もなく、また鋭い悲鳴を上げた。
 でも、嫌ではなかった。何度も激しく突き上げられながらも、嫌だとは思わなかった。こんな強引な行為は初めてのような気がするが、けして嫌じゃない。いや、心の奥で時には激しく奪われてみたいと思っていた。それを肯定するのは酷く淫らに思えて、知られるのはどうしても恥ずかしくて、気がつかない振りをしていた。
 だから、今こんなに身も心も震えるんだ。
 身体中の細胞が歓喜しているのを感じる。
 言い様もなく満たされるのを感じる。
 あなたが好きだと叫びたい。
 あなたに壊される程愛して欲しいと――――。
「セフィ、そんなに締めつけると……」
 切なげに掠れるような声が聞こえたかと思うと、波のような痙攣と共にセルフィの奥で何かが熱く爆ぜたのを感じた。
 それまで苦しい程だった烈情が去り、穏やかな温かさに包まれてセルフィは緩やかに眠りへと誘われた。




「ん…」
 寝返りを打つとどこかひんやりとした感覚を覚えた。違和感に目が覚め隣を見ると、愛しい人の姿は既になかった。
 じじっと油の燃える音だけが耳に届く。
 胸の上の手を動かすと、きちんと小袖を着ているのが分かった。眠ってしまった自分に、アーヴァインが着せつけてくれたのだろう。乱れたはずの寝具も整えられている。ただ、アーヴァインだけがいない。
 それがこの時代の習わしとはいえ、セルフィはとても淋しかった。
 いつも温かい体温を感じながら眠っていた。今更ながらに、それがどれだけ幸せなことなのか思い知った。つい邪険にしてしまう自分をすまないと思った。アーヴァインが隣にいないことがこんなに哀しいなんて。
 一人で眠るにはあまりに辛すぎる。
 セルフィは袿を羽織ると寝所を抜け出した。
 しばらく月でも眺めれば少しは落ち着くだろうと、そっと妻戸を押して外へ出る。ふいに外気が流れ込み、目を瞑り小さく身震いした。ゆっくりと外の温度に慣らすように目を開けると、階(きざはし)の辺り、高欄にもたれるようにして座っている人影が見えた。そろりと近づくと、その人はゆっくりと振り向きふわりと微笑んだ。
「セフィ、目が覚めちゃった?」
「……アービン」
 差し伸べられた手を取り、アーヴァインの隣にセルフィは腰を降ろした。
「帰っちゃったかと思った」
「どうして?」
「普通そうでしょ?」
 アーヴァインはクスクスと笑った。
「僕はまだ夫だと認めて貰えてないようだね」
「あっ……ごめん」
 セルフィはようやく思い出した。昼間『北の方になった』と言われたことを。正式な夫婦ならば朝まで一緒にいられる。また自分の早とちりな性格を再認識してしまった。
「どうしてここにいたの?」
 ん? と、一度セルフィを見、アーヴァインは庭の奥を眺める様にして口を開いた。
「幸せ過ぎて、ね。ちょっと頭を冷やそうと思って」
 そして照れくさそうに笑った。
「やっと手に入ったんだよ、嬉しいんだけど、また夢じゃないかと思うと怖くてね」
「そう、なの?」
 セルフィがずいとアーヴァインを見上げると、彼は困ったような貌をした。
「ひどいなセフィ。僕を何年も待たせたのはセフィなのに……もう何度ダメかもと思ったか」
「……ごめん」
 セルフィも困った。
 身に憶えはないが、現実でもアーヴァインを待たせてしまった自覚はある。こっちでも同じことをしたらしいのが分かって、身に憶えはなくとも申し訳ない気持ちになった。
「いいんだよ、今はこうして一緒にいられるようになったし、それだけで十分」
 そう言ってアーヴァインは、すっとセルフィを抱き寄せた。
「こうして一緒に朧月を眺められるだけで、十分幸せだよ」
 セルフィがアーヴァイン胸の中、心臓の音を聞くように閉じていた目を開けると、あまり高くはない所にかかった月は、程良く丸く、淡く、朧だった。
 その下、夜の闇の中ぼんやりと浮かび上がる枝垂れ桜の枝がふわりと風に揺れた姿に、アーヴァインは貌を綻ばせた。



「セフィ、起きて、セフィ」
 折角アーヴァインの温かい胸で眠れると思ったのに、そのアーヴァインに起こされた。
「セフィ、遅くなってごめんね。ていうか、もう帰る時間……だよね?」
 背を折るようにして覗き込むアーヴァインを、目を擦りながらセルフィは見上げた。いつもの部屋でいつもの格好のアーヴァインに、やっぱり夢だったんだな〜と、少し残念にも思った。そして、あんな夢を見てしまった今、このまま自分の部屋に帰ってしまうのは酷く淋しかった。
「今日はここにいたい、ダメ?」
 セルフィは両手を伸ばしアーヴァインの首に抱きついた。
「そう言おうかと思ってた」
 嬉しそうな声と共に、アーヴァインはふわりとセルフィを抱き締める。
 僅かに動いた空気に乗って、さっきと同じ香の薫りに包まれた気がした。

平安の趣を少しでも感じて頂けたら幸いです。
表ではアービンが翻弄され、こっちではセフィが翻弄される。もうそれでいいや。アハハハ
(2008.04.21)

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