CutE!

後編
「お風呂入る?」
「うん」
「じゃ、ちょっと待っててね〜 バスタブにお湯溜めるから〜」
 ウキウキとした声で、アーヴァインはバスルームに入っていき、直ぐに戻って来た。
「何か飲む?」
「ん〜 いいや。アービンは自分の事してて」
「なんで?」
「だって、髪とか濡れてるよ。服だって上は着てないし……」
「ああ そうだね」
 そう、さっさと服を着てくれないと、ちょっと困る。ドキドキしてしまう。そりゃあ、見慣れてはいるけれど、だからと言って平気〜とかいうものでもない。相変わらず、上半身だけとは言えアーヴァインの裸には、ドキドキする。初めて見た時から、雫の垂れる姿には特に弱い。だから、早く服を着てくれないと困る。とんでもない事を口走りそうで……。
「お風呂借りるね」
 セルフィは、慌ててバスルームに入った。後ろ手にドアを閉めて、大きく一つ息を吐く。落ち着いた所で、浴室のドア近くへ移動し、エプロンの紐に手を掛けると、ふいにノックの音がした。
「セフィ、ちょっといい〜 着替え渡してなかったよね」
「あ、うん、いいよ」
 アーヴァインが、自分のシャツを持って入ってきた。それを受け取とると、出ていくのかと思ったら「ちょっとごめんね」とセルフィの上の棚に手を伸ばしてきた。そうすると、セルフィの鼻先に触れるほど近く、アーヴァインの胸が迫る形になる。それだけでも十分にまた心臓が激しく波打つのに、後を追うようにアーヴァインの匂いが、今度は鼻腔を刺激する。本当に、このままだと危険が危ない。少しでも離れようと、セルフィは一歩後ろへ下がった。ら、壁にごいんと頭を打ち付けてしまった。
「アタタ…」
「大丈夫? セフィ」
 アーヴァインが、打ったところをさすっているセルフィの顔を覗き込む。
 今度はアーヴァインの顔のどアップに、セルフィの理性はかっ攫われてしまい、それと一緒に脚の力も抜けていった。
「おっと」
 相変わらずきっちりと、アーヴァインはセルフィが倒れる前に抱き留める。
「セフィ、ホントに可愛いよ。またその姿が見られて嬉しい」
 一瞬何の事だろうと思った。アーヴァインの視線に、自分の姿を見下ろして、まだウェイトレス姿のままだった、とセルフィが思った途端に、視界が暗くなった。次に気が付いた時には、アーヴァインの腕の中だった。
「可愛いけど……脱がしたい」
 反射的に、アーヴァインの腕の中から逃れようとしたけれど、到底敵わない事だった。加えて耳元で囁かれるような声で言われてしまうと、力が入らない。
「ダメ…だよ」
 言葉では抵抗してみたものの、セルフィにももう無駄な事だと思えていた。
「…ん」
 優しく口付けをされた。
 そして、抱き締めていた手は、背中を撫でるように移動し、するりとエプロンの紐をほどいた。次にスカートのファスナーがゆっくりと降ろされ、再び上に戻って来た指が、背中のブラウスのボタンを、一つまた一つと外していく。その度に小さな熱が、セルフィの体内にふわっとふわっと生まれるのが分かった。ブラウスが身体から離れていこうとする代わりに、アーヴァインの唇が下へと肌を伝っていく。ブラがそっとずらされて、胸の先端をアーヴァインの唇が捉えた時、セルフィは、ハッと我に返った。
「アービン、だめ」
「どうして?」
 突然の制止にアーヴァインは驚いた。まさかこんな所で抵抗されるなんて。
「ごめん、アービンはベッドで待ってて」
「え〜、やだ」
 もう止める事なんて出来ない。
「お願い、お風呂入らせて〜」
「じゃ、一緒に入る」
 今日のアーヴァインは、セルフィの言う事を聞き入れるつもりはないらしい。
「やだ……」
「それじゃあ、ここでイタダキマス」
「どうしてそうなるの〜」
 自分は必死なのに、アーヴァインはそれを楽しんですらいるような気がした。普段は、小心者のクセにたま〜に強引派に転じる。大抵こんな時に……。なんでだろう。そりゃここまで乞われてイヤな気はしない。どっちかって言うと、うれしい……かな。口惜しいけど……。つまり、自分がそう思っているのを、アーヴァインはお見通しって事か。
 あーーもう、ヤダ! イヤっていう訳じゃないけど、恥ずかしい! これは本当。抱かれるのと、一緒にお風呂に入るのは、また別の次元の話なの! 少なくとも自分には……どうして分かってくれないかな。バスルームは明るすぎる。自分の裸を見られるのも恥ずかしいけど、アーヴァインの裸を明るい所で見るのは、本当に、ほんっとに……なんて言うか。上半身だけで、お腹一杯! それ以上は危険過ぎる。
 自分が変なんだろうか。普通は平気なんだろうか。いっそお酒でも入っていれば、大丈夫なんだろうけど。
「…あ」
 何の返事もせず、じっとしているセルフィに焦れたのか、アーヴァインの指と唇は再びセルフィの肌を愛でる事を再開していた。とうとうブラのホックは外され、するりと落ちていった。ニーハイソックスと肌の間に滑り込んで来た指が、徐々に下へいくにつれ、唇も下へと移動していく。
 セルフィは、もう抵抗する事すら出来なくなっていた。身を任せることしか出来なくなっていた。壁に手を付き少しでも身体を支えるのが精一杯だった。やがて最後に残った下着も、ゆっくりと肌を滑り、離されてしまった。
 足元から、ふわりふわりとキスをしながら上がってくる熱い唇。すねを通り、太ももを通り過ぎ、おへその辺りで小さく音をたて、そのまま胸の谷間を辿り、再び唇へと戻ってきた。
「んんっ……」
 熱い。
 再び重なった唇は、どちらのものとも分からぬ熱を発していた。侵入してきた舌の感触に、背筋がぞくりとする。こちらからも絡めると、唇から流れ込んだ甘さが、身体の隅々まで染み渡っていく。堪らずアーヴァインの首に腕も絡めた。未だ唇は離れる事を知らず、熱く激しくなるばかり。キスだけで恍惚となり得てしまうなんて。もう、頭の芯が酔ったようにぼうっとする。ああ、今なら大丈夫かもしれない。アーヴァインの望みに応えられるかも知れない。
「アー…ビン、いっ…しょに……お…ふろ」


 セルフィが一緒にシャワーを浴びるのを嫌がる理由は、何となく分かるような気がした。だから、明かりは消した。少しでも彼女が抵抗なく入る事が出来るように。彼女の嫌がる事はしたくない。したくないと思う反面、彼女を蹂躙したいと思う気持ちにも支配される。本気でセルフィが嫌がるのなら、無理強いはしないけど……でも。こういう時、自分は男なんだと思い知る。少し位の抵抗なら、自分の思いを押し通してしまう。
 支配欲、独占欲。
 彼女が好きだ。だから自分以外の誰にも目を向けさせたくない。自分だけを見ていて欲しい。その為なら、ありとあらゆる手を使う。もっと自分を見て欲しい。自分を受け入れて欲しい。愛して欲しい。
 一人だった永い時を、君という存在で全て満たして欲しい。
「…ダメ、髪洗うまで待ってて」
 そうは言われたものの、一端君に触れてしまった僕には、そんな余裕はもうないんだ。ごめんね、セフィ。ボディソープを泡立てて手に取り、後ろからそっと君の肌に触れた。

「…はぁ……んんっ……」
 シャワーの音の隙間から、君の甘やかな声が聞こえる。ボディソープが君の肌の新しい感触を教えてくれる。僅かに身体に当たるお湯の温かさ。湯気のくゆる室内。香料と君自身の香りとが混ざり合い、室内に満ちた温かな空気が、それを僕の鼻腔へと運んでくる。
 なんて甘美な――――。
 鼻腔から入って来た香りは瞬時に熱となり、身体を駆け巡り、やがて収束して昂ぶりへと変貌していく。
 君は本当に、どうしてこんなに僕を追いつめるのか。
 心が痛い位に君を欲する。今すぐ貫けと命令する。
 後ろから抱き締め、耳に舌を這わせながら、片手で乳房を愛撫し、片方の指は君の最奥へと滑り込む。
「ああっ……あ…」
 僕の腕に食い込む爪の痛みさえも、今は甘い刺激にしかならない。僕が動く度に零れる吐息、跳ね、震える肢体に、込み上げる熱は増していくばかり。―――― もう限界かな。
「セフィ、入るよ」
 甘く囁くと、小さく頷くのが分かった。
 後ろからそっと君の中へと入る。きつくまとわりつく君自身に、瞬時に高みへと連れ去られかけた。必死に自分を繋ぎ止め、ゆっくりと動くと、君の甘やかな声と淫らな水音が、シャワーの音と共に壁を伝い響いた。
「ああっ!」
 早くなったリズムに君の身体が跳ねると同時、君の中から抜き去る。床を流れる湯に紛れて、熱の残像も流れていった。

「アービン…」
「ん?」
「眠ってもいい?」
「ちょっとだけだよ、風邪ひくから」
「うん…」
 返事が聞こえると、アーヴァインの胸に掛かる重みがちょっと増した。
 バスタブの湯の中、アーヴァインの身体を背もたれにして、セルフィが寝息を立て始めた。隣の洗面所の明かりが、ガラス戸越しに少しだけ入ってくる。俯くと少ない光の中、セルフィの顔の輪郭が浮かび上がって見えた。少し開かれた唇が、ぷっくりと熟れて、口付けたい衝動にかられたが、今そうしてしまうとそれだけでは済まなくなる、多分。そしたら、今度は本格的にセルフィに嫌がられそうだ。それは困る。今はセルフィに付き合って、少しだけ眠ろう。この柔らかい肌を抱いて。




 ゴーという音と共に、優しい指が髪をわさわさと揺らす。
「シャツ着なくてもいいのに」
「いーやだよっ」
 アーヴァインにドライヤーで髪を乾かされながら、セルフィは声を上げた。下着は上下ともランドリーに突っ込んだ。シャツがないとひっじょーーに困る。
「すぐ脱ぐのに〜」
「アービン!」
 まずい、余計な事を言ってしまった。
「自分だって着てるじゃないの〜」
「これはセフィが着ろって言ったんでしょ、僕は別によかったのに」
「う゛〜〜」
 そう言うとセルフィの上は大人しく髪を乾かされていた。
「ハイ、おしまい」
「つぎ、アービンね」
 セルフィはアーヴァインを椅子に座らせて、ドライヤーを受け取り、彼の髪を乾かし始めた。
 セルフィはアーヴァインの髪に触れるのが好きだった。くせっ毛で柔らかくて、自分よりも長くて弄り甲斐があった。
「セフィ、三つ編みとかポニーテールは今日はなしだよ」
「え〜」
「今度ね」
 不満そうなセルフィの声に、やっぱりかと、アーヴァインは苦笑した。
「のど乾かない?」
 肩の上に顎を乗せ、セルフィのちょっと鼻に掛かった声がした。
「あ〜 そうだね」

『きゃーー、セフィ、君はまたかいっ』
 アーヴァインがミネラルウォーターを持ってキッチンから戻って来ると、セルフィはソファにパタンと倒れるようにして目を閉じていた。どうしてこう直ぐに眠ってしまうのか、本能に忠実なのが実に羨ましくもあり恨めしい。しかも今日は、自分のシャツを着て寝転がっているのがまた……。
「セフィ、水いらないの?」
「う〜ん、いる」
「じゃ、起きて」
 セルフィは寝ぼけ眼でのろりと起きあがると、アーヴァインからグラスを受け取りコクコクと飲み干した。そして空になったグラスをぐいんとアーヴァインに差し出す。アーヴァインがグラスを受け取っても、セルフィはまだ腕を伸ばしたままだった。それどろかもう片方もアーヴァインに向けて伸ばした。
「アービン、お願いします」
 また目を閉じてそう言った顔は、仄かに口元が微笑んでいた。
 アーヴァインはその意図がよく分からなかった。でも、この腕をどうしたいかは分かっていた。
「かしこまりました、姫」



 ベッドに横たわったセルフィは、眠っているのか、まだ起きているのか分からない瞳で、アーヴァインを一度見た。そしてアーヴァインに向かって笑う。乱れたシャツの胸元から覗く白い膨らみが、とても艶めかしかった。
「いいよ、アービン」
 確かにそう聞こえた。
「セフィ、愛してるよ」
 そう囁いてアーヴァインは、愛しい白い肌に口付けた。

 ボタンを数個外すだけで、セルフィの全てがさらけ出された。愛して止まない少女の肌。さっき愛でたばかりだというにの、今また愛しくて堪らない。枯渇する事のない欲望。自分でもどうかと思うが、だからと言って止める気には到底なれない。
「…あ………くぅん……」
 その声を聞いてしまったら、もう加速するだけ。
 君の指が肌を滑る毎に、そこから小さな熱い塊が身体の奥へと向かう。舌先に触れた小さな蕾からも、身体から立ち昇る甘い芳香からも、欲望という名の小さな塊は、確かな形へと姿を変えていく。重ねた君の唇は甘すぎる、虚ろに開かれた瞳から放たれる視線は熱すぎる。僕自身に触れた君の指は危険過ぎる。
 まだ君に蕩かされてしまう訳にはいかない。手の中に収まる君の乳房、この世の中にこんなに可愛らしいものがあるのかと思う。

「……ぁふ………ん…」
 胸の谷間から、真っ直ぐにゆっくりと下へ向かって這う指に、身体が小さく震える。その小さな動きすら、甘やかな刺激以外の何物でもない。どうして貴方の指は、唇は、あたしをこんな風にかき乱すのだろう。そして同じ軌跡を唇も辿っていく。先に到達した指に、思わず身を捩る。
「やぁ……」
 口からはそう零れるけれど、本当は違う。多分そんな事、貴方にもバレてる。だから、貴方の指はあたしの弱い所を的確に探り当て、繊細に蠢く。その度に、肌は震え、声が零れる。侵入して来た指に絡み付く自分の蜜が立てる音が、この上なく恥ずかしい。
 なのに――――。
「…んんっ……ああっ………だめっ…」
 今度は、唇が触れた。貴方の方に伸ばした腕を、制止するようにぐっと掴まれた。そうすると腕を動かす事は出来ない、圧倒的な力。なのに貴方の唇と舌は、まるで別人のようにあたしに優しく触れる。時に細やかに、時に荒々しく翻弄されて、もう……。
「アービン……も…ダメ」
 高みへの階段を一歩上がった時、貴方はあたしから離れた。
 そして直ぐに戻って来る。
「アービン」
「ん?」
 覗き込んできた貌は、どうしていつもそんなに優しく笑っているんだろう。
 その貌が大好きだけど……。
 腕を伸ばして、貴方の髪を一房掴んで口付けをした。そうすると困ったような貌をする。
 その貌も好き。
「キスして」
 そう言うと、貴方は嬉しそうに笑ってくれる。あたしも嬉しいよ、アービン。
「愛してるよ、セフィ」
 返事をしようと思ったけれど、言葉になる前に意味のなさない喘ぎ声になってしまった。
「……んっ……んっ…あ…」
 さっきよりも激しいリズムに、自分を形成する全てのものが溶かされていく。熱く、強く、激しく――――。
 貴方が好き。
 こうして貴方を直接感じられる瞬間(とき)が好き。
 嘘偽りなく、あたしという魂を求められていると自惚れてもいい?
「くっ」
 低く掠れた声が聞こえたのと、あたしの世界がはじけたのとは同時だった。




 ぐいと抱き寄せられて、頬に触れる貴方の胸。
 温かい。
 ずっとこうしていられたらいいのに。
 ずっとこの腕の中にいたい。
 この温かな腕を失ったらどうなるのか、そう考えるのが怖い ――――。
「愛してるよ、セフィ」
 あれ以来、貴方が頻繁に口にするようになった言葉。
 前はちょっと恥ずかしかったけど、今は――――、今は嬉しい。自分から言うのは今でも恥ずかしいけど。
「アービンはあたしのドコが好きなん?」
 本当はずっと気になっていた。
「どこがって言われても。うーん、気が付いたら好きになってたからね〜、全部だよ」
「…………」
「ちょっと、何とか言ってよセフィ」
 セルフィの頬をぎゅんむ〜と挟んで、アーヴァインは自分の方を向かせた。
「あ、ありがと」
「セフィは? 僕のドコが好きなの?」
 セルフィは困った。改まってどこが好きかなんて考えた事はなかった。好きな所はたくさんあるけど、それを全部言うのはちょっと……。
「セフィ?」
「笑った顔と、温かいのと、ず〜っと待っててくれるトコとか、イロイロ」
「ホントに!?」
 一番好きなのはその笑顔。正直ずっと見ていたいと思う。そんな事を思っていたら、不意にキスをされた。まだ熱を失っていない唇が、首筋を辿る。
「きょ、今日はもうダメ!」
「え〜」
 本当に、ちょっと油断をすると、アーヴァインは……。
「明日もオフなんだから、ねっ」
「明日も一緒に居てくれるってコト?」
「う……うん、いいよ」
 その言葉にアーヴァインは満足したのか、もう一度セルフィを胸に抱き寄せて、額に「おやすみ」とキスをした。
『この腕をあたしが放さなければ、ずっとこうしていられるのかな……』
 今夜は珍しくアーヴァインの寝息を聞きながら、セルフィは眠りについた。


 次の日、アーヴァインの部屋の中で、セルフィが自分のバッグを見つけて、アーヴァインが大目玉をくらったのは、また別の話。


END

1000ヒット記念としてリクエストを頂いたお話です。リクエスト内容は『コスプレ』でした。ウェイトレスとウェイター(本当はギャルソン表記にしたかった)をチョイスさせて頂きました。

本編に入れ損ねてたので、補足。
セルフィのバッグをアーヴァインが持っていたのは、わざとではなく、セルフィが忘れていったのを、『アーヴァインが預かった』のですが……。それを、ちょっと利用してしまったのは事実なので、アーヴァインはセルフィにきっちり叱られました。
(2008.03.14)

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