幻想よりも現実よりも 真実が欲しいだけ
「ん…」
「愛しているよ、セフィ」
離れた唇は、キスの代わりに甘く低く囁く。
重ね着しているキャミソールを、ゆっくりと押し上げられながら、セルフィはその言葉に震えた。いつになく肌身が熱い。確かさっき飲んだお茶の効能には、血行促進と書いてあった。肌の熱さに別の理由をつけようとする自分に苦笑した。ここまで来て、そんなバカな事を考えてしまうなんて――。そうじゃない事を十分過ぎる位に知っている。今までだって……、本当はずっとそうだった。アーヴァインに抱かれる事を望み、与えられる事に悦びを感じていた。
いい加減認めんと……。
「綺麗だよ、セフィ」
露わになった白い肌を愛おしむように、一度眺めて、アーヴァインはセルフィの心臓に直接届くように囁いた。その言葉が体内を通り耳まで届くと、まるで最奥に触れられた時のように、セルフィの身体はピクンと震えた。この人の声はなんて魅惑的なのだろう。身体中の細胞がとろりと蕩かされていくような感覚、もうアーヴァインの声さえ甘やかな刺激の一つ、発せられる言葉に、心まで柔らかく抱き締められているような気がする。無意識のうちに、身体は触れて欲しい所を示すように蠢いている。アーヴァインの唇が触れる毎に、波紋のように肌を快感が広がっていく。
「んんっ……あぁ…」
胸の双丘を片方は唇で、片方は繊細な指が翻弄している。本当に今日は触れられているというだけで、声を抑える事が出来ない。こんな淫らな自分を恥ずかしいと思うけれど、もっと強い刺激が欲しいと、別の自分が希っているのも感じる。どうすればいいのか分からない。理性に従えばいいのか、本能に従えばいいのか。セルフィが考え倦ねている間にアーヴァインの唇は、胸の膨らみを離れ、白い肌の上を、あちらへこちらへと移り気な蝶のように移動し、花を咲かせていく。腹部の辺りで感じた熱い吐息は、そのままセルフィの体内に入り込み、しっとりとした雫へと形を変える。セルフィがまだ両者の間で迷っている内に、デニムのショートパンツがするりと脚を離れていった。アーヴァインの動きに合わせて新しい空気の波が、上から下へと肌身を撫でていくと、次に訪れるであろう感覚に身体が一つ大きく呼吸をした。
「あ……やぁ…」
嘘。身体に残った、ただ一つの衣の中へと侵入した指が動き易いように、脚をずらしたのは自分なのに。
「セフィが一番好きだよ」
「…っく、ぁ……ん…んっ」
耳元で甘く囁かれると同時に、小さな花芽にも甘い刺激を受けた。余りの甘美さに、恥ずかしい位の声が零れる。やがて最後の衣も取り去られてしまい、再び間断無く花芽に与えられる細やかな刺激に、気が遠くなっていきそうだ。
「セフィ、まだダメだよ」
唇がセルフィのそれに重ねられると、アーヴァインの指はもうシーツを濡らす程になっている彼女の最奥へと潜り込んだ。
「んんっ!」
舌でセルフィの口腔を蹂躙し続け、合わせた唇の僅かな隙間からは、いつの間にか液体が伝い落ちていた。指は淫靡な水音をたてながら、セルフィをこれ以上ない位に乱している。差し込んだ指がある所でぐいと肉壁を圧すると、その感覚に耐えきれず離れた唇から「そこ……ダメッ…」と縋るような声が漏れた。セルフィの声に逆らうようにアーヴァインの指は、更に彼女の中を蠢く。男の指とは思えぬ程繊細な動きに、セルフィは怒濤のように押し寄せる快楽に身を任せる事しか出来ない。
指を動かす度に震える白い肌、上気した貌の愛らしさ、口から零れる声の甘やかさ、セルフィの全ての仕草がアーヴァインの心を歓喜させ、沁み入るように酔わせた。
「セフィ綺麗だよ」
「あ……あああぁ……」
酷く魅惑的な表情(かお)をアーヴァインの心に焼き付け、セルフィはそこへ昇り詰めていくしか出来なかった。
「アービン……ずる…いよ」
まだ大きく息をしたまま、潤んだ瞳でセルフィはアーヴァインを睨んだ。
「ん〜?」
どうして? とでも言うように悪戯っぽく笑って、アーヴァインはセルフィの頬を撫でていた。
「まだ…服着たまま」
「と、言われてもね〜」
困ったように笑っているのが、セルフィにはまた癪だった。アーヴァインのTシャツの裾を掴むと、ぐいっと上に引っ張った。
「わっ、ぷ セフィ!」
「脱ぐの!」
「なんか、もっとこう別の脱がし方が……」
アーヴァインがそう言った時には、Tシャツは身体からスポンと抜けていた。
「じゃ、寝て」
「え?」
「別の脱がし方するから、寝て……」
セルフィはアーヴァインに口付けて、そのまま彼を押し倒した。
「待ってセフィ」
「イヤ、今日は待たない。アービンいつもそう言うじゃない、だからあたしも待たない」
参った。いつもの自分の科白を逆手に取られるとは……。
アーヴァインが静かに横たわったのを確認すると、セルフィはゆっくりと唇と指をアーヴァインの肌に這わせた。
張りのある肌、それでいてすべらか。初めてアーヴァインの肌に触れた時、驚いた。男の人の肌はもっと肌理が粗いのかと思っていた。筋肉質で弾力があって、感触こそ自分の肌とは違っているが、何て言うか、好きだと思う。それがアーヴァインだから好きなのか、それとも単に自分の好みなのかは分からない。ただアーヴァインの身体は好きだ、しっかりとした鎖骨も、力強い腕も、逞しい胸板も、割れた腹筋も、引き締まった腰も、すらりとした脚も、長い指も、溶かされてしまうような彼自身も、しなやかな身体全てが好きだ。そしてじっくりと触れてみたかった。
いつもアーヴァインがしてくれるように、この人の全てを……。
「好きよ、アービン」
もう一度深く口付けた。自分を捉えようとした両腕をするりとかわして、胸の小さな突起を舌で撫でてちゅっと吸う。
「ふっ」
声がすると共に宙に居た両腕が、パタンと力なく崩れた。
尚も唇での動きはそのままに、そっと指は肌を滑らせ下へと向かう。ジーンズの上から軽く触れると、窮屈そうな感触が伝わった。ボタンを外し、ジッパーを下ろしてジーンズを抜き取る。腹部の辺りに小さく音を立ててキスを繰り返しながら、太腿の上をふわりふわり指を這わせる。時折、アーヴァインの肌がピクリピクリと震え、苦しげな声も漏れ聞こえるけれど、まだそこには触れない。もっと声を聞かせてくれないと触れない。
やがて「セフィ…おねがい」と切なげな声に、漸く残っていた下着を取り払って彼自身を解放した。指でつと触れると熱い貴方の微動が手に伝わってくる。手で優しく包み、上へと下へと動かし、時にくびれを指先で摘むように刺激し、先端を指先で撫でる。そうすると指を動かす毎に、貴方の肌は小さく震え、低く掠れた声が聞こえる。男の人の声も、甘美なのだと初めて知った。
好きよ、アービン、だから――――。
両手で包むようにして、貴方自身にキスをした。
「だめだよ、セフィ」
慌てた貴方の声。今更そんな事を言われても、止めるつもりはないから、諦めて、アービン。
ゆっくりと先端から口に含むと、起こし掛けた上体が、諦めたようにベッドに沈むのが分かった。出来る限り貴方を口に含んで、ゆっくりと最初の位置に戻り、また奥まで含む。幾度か繰り返すと、貴方の甘やかな声が小さく聞こえる。伸びて来た腕に肌を捉えられたけれど、まだダメよ、解放してあげない。今日はダメ。唇を動かす合間に舌で先端も撫でる。張りつめた貴方と、貴方の声と、熱い肌に、少し酔いそう。
「セフィ、もう……離して」
あたしの肌を掴んでいる貴方の指に力が入る。まだダメ、今夜はちゃんと達してからじゃないと解放しない。
「ダメだってセフィ、……ホントにもう」
強情なのはどっちなの、アービン。肌を掴んでいた指から力が抜けると同時に、口の中の貴方自身が波打つように痙攣した。トクンと流れ込んでくる液体。それを全て受け止めてから、ゆっくりと貴方を解放した。果てたばかりだというのに貴方は素早く身体を動かしている。何だろうと思っていると「出してセフィ」、と数枚のティッシュと手を口元に差し出された。ごめん、て言うべきなのかな。もう、喉通り越しちゃった……。アハハと小さく笑うと、アーヴァインは大きく溜息をついた。
「セフィ、飲んじゃだめだよ」
「身体に悪いの?」
「悪くはないけど……美味しくもないでしょ」
「う〜ん…」
「……もう、セフィは」
もう一度溜息をつくと、アーヴァインはぎゅうとセルフィを抱き締めた。そのまま抱き上げ、片方の腿にまたがるようにしてセルフィを座らせる。
再び重なる唇、まるで浄化でもするかのようにアーヴァインの舌が絡み付く。少し熱を失ったセルフィの肌身は、それを受け止める度に熱を取り戻していく。背中を這うアーヴァインの指の感触に身を捩れば、敏感な場所が擦れて、新たな雫が溢れアーヴァインの腿を濡らした。その恥ずかしさに、更に肌身は熱く色を濃くする。
「愛しているよ、セフィ」
今日は何度も囁かれる砂糖菓子のような愛の言葉に、耳からも蕩かされる。油断すれば、遠く知らない場所へ意識が飛んで行きそうだ。今やセルフィの身体も五感も細胞の一つ一つすら、精密なセンサーになり果てている。僅かな振動すら甘い刺激となりかねない状態、けれアーヴァインの指は更に追いつめるようにセルフィの肌の上を滑り、舌は乳房を愛撫していた。
「ん……んんっ……ぁ…ああぁん……」
崩れそうになる身体を、アーヴァインのしがみつく事で止めるのがやっとだった。忍び込んできた指が、最も敏感な花芽に触れると、大きく肌が跳ねた。少し触れられるだけで身体が小刻みに震える。
「……も…あぁっ……だ…め」
「セフィ……まだ…」
白い肢体が一瞬ピンと反らされた直後、力を失くしてずるりと倒れかけた。アーヴァインはその細い腕を捉え、ゆっくりとセルフィをシーツの上に横たわらせた。
ブラインドの隙間から差し込んだ薄い光に浮かび上がる曲線、その姿態の何と美しく官能的な事か。白い肌は柔らかい桜の花びらのように染まり、切なげに開かれた赤い唇からは熱い吐息が間断なく漏れ、可愛らしい双丘は呼吸をする毎に誘うように揺れている。この瞳に晒されている、この世で最も愛している者の無防備な姿。自分を一番好きだと言ってくれた愛しい人。その事が、どれだけ自分を猛らせ、どれだけ熱くするのか知っているのだろうか。
どれだけこの腕に閉じこめていたいと思っているか――――。
「綺麗だよ、セフィ」
身体を駆け巡っている熱が抑制出来なくなる前に、君の肌に移してしまおう。
「やっ……ダメ…………く…ぅうんっ……」
堅く閉じようとした脚を素早く割って、唇を落とした。今日はいくら君が懇願しても、止める気はないよ、セフィ。君の不安が消えるまで、二度とそんな不安を寄せ付ける事のないように、僕を感じて欲しい。その身体に刻み付けたい、僕を。片時も忘れる事がないように。何より、「貴方のものだから好きにして」と言ってくれたのは君、だから――――。
繊細なガラス細工を扱うように、唇と舌で丁寧に施される愛撫。触れられる度に、小さな花芽は堅く熟れ、その奥の花芯からは止め処なく泉となって溢れ出ている。時折耳に届く水音が、貴方の存在を現実だと知らしめる。もうとっくに、高みを漂っている肌身に拷問とも思えるような、痛い位の甘さ。それでも、どこかで止めないでと願う自分がいる、もっと愛されていると感じたいと、貴方を感じたいと。貴方からの熱をもっと受け止めたいと――――。
「アービン……ね、おねがい………ぁあんっ……ねっ……」
それでもアーヴァインは、唇でセルフィを愛でる事をやめない。
「アー…ビンが……ほしい」
漸く顔を上げ、アーヴァインは柔らかく微笑んだ。
「セフィ、僕の事愛してる?」
アーヴァインが再びセルフィを掻き抱き囁く様に問う。
「……」
「セフィ?」
面と向かって言うのはどうにも慣れない。恥ずかしいけれど、何も言わなければ今日のアーヴァインはこのまま動かない、多分。覚悟を決めなきゃ……。
「アービン」
両手でそっとアーヴァインの頬を包んだ。「ん?」と向けられた、綺麗な菫色の瞳に吸い込まれそうだ。
「愛してる、よ。だからずっと傍にい、て」
ゆっくりと、蕾が綻ぶようにようにアーヴァインは笑ってくれた。いつの間にか、つられて自分も笑っていた。
「ずっと聞きたかったんだよ、その言葉。ね、ずっと僕だけのセフィでいてくれる?」
額をこつんと合わせて、唇が触れるか触れないかの所で囁かれた。
「うん」
頬を捕らえたまま、言うと同時に口付ける。
するりと侵入して来た貴方自身。心も身体も満たされる。いつものように、いつもより熱く感じる鼓動と律動。
「愛しているよ、セフィ」
今夜、この言葉に何度蕩かされただろう。
今やっと分かったような気がする、言葉にする事の大切さ。言霊と言われる意味とその魔力を。思っているだけじゃダメなんだ、ちゃんと相手に伝えないと、伝わらない事だってある。理解はしたけど――――。
「…んっ……んっ…あっ……あっ……」
再び訪れた快楽の波は途切れる事なく押し寄せ、僅かに残っていた理性は野生へと変貌し、思考は感覚へと取って代わった。ただ互いを感じる事だけが、今の二人の全て。本能の命ずるままに互いを愛し、与え、与えられる、永遠とも刹那とも思える時。
何度も触れて合わせられた肌身は、やがて記憶となって、心にも優しく積み重ねられていくのだろう。
「セフィ、愛しているよ」
後ろからを抱き締め、セルフィの首筋に顔を寄せてアーヴァインは囁く。
「もう、十分分かったよ、アービン」
本当はくすぐったくて、離れたいのを、今日ばかりはちょっと我慢する。
「セフィはいい匂いがして、柔らかくて気持ち良い、絶対ダイエットとかしちゃダメだよ」
更に腕に力を入れて、アーヴァインはねだるように言う。
「しないよ〜、美味しい物ガマンするなんて出来ないもん。その代わりぽちゃぽちゃになったら、アービンの所為だからね」
「いいよ〜、柔らかい方がいいもん〜」
何だか今日のアーヴァインは子供みたいだ、それもまた可愛いんだけど。身体を動かしてアーヴァインの方に向いたら、にこにこと本当に嬉しそうに笑っていた。そう言えば、この笑顔のお陰で、小さい頃アーヴァインをいつも遊びに誘ったんだったような気がする。
その事に嬉しくなって、セルフィもアーヴァインを抱き締めた。
「あ……」
予期せず肌に触れた堅い感触。
「バレた、かな?」
その言葉にかーっと顔が熱くなった。恥ずかしくて、慌てて俯いたけれど、逆に項の髪を掬い上げられ、唇を押し当てられた。
「アービン!」
「セフィ『好きにして』って言ったよ?」
セルフィは言い返しようが無かった。そう、確かにそう言った。
降ってきたアーヴァインの唇を、セルフィは柔らかく受け止めた。
表の「時に涙がでるほど…」の続きです。とうとう、“セルフィががんばる”ようになってしまいました。アハハハ
(2008.02.08)
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