玻璃に映る花

 キスティスがこの部屋を出ていって、どれ位経っただろうか。
 セルフィは程良い疲労と、暖かい部屋と、温かい体温とで、ついウトウトしていた。カクンと頭が傾いて目が覚める。ふと顔を上げると、窓の外に見えていた月は、もう見えなくなっていた。カウントダウンパーティで賑やかだった隣の部屋も、大分静かになっている。

「セルフィ」
 後方から呼びかけられ、声の方を振り向くと、サイファーがゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。
「サイファー、ごめんね。手伝ってもらえるって?」
 膝の上に頭を乗せて眠っているアーヴァインを起こさないよう、器用にに身体を捻ってセルフィは、サイファーに告げた。
「あぁ お嬢一人じゃどう考えても運べねぇしな」
「今日は、何から何までありがとう。本当に助かるよ〜」
「気にすんな」
 サイファーはポンポンとセルフィの頭を撫でると、アーヴァインを起こしにかかかった。横になっている身体をぐいと起こして、「起きろ」と頬をペチペチと叩いている。
 疲れているアーヴァインには悪いけれど、いくらサイファーとはいえ、さほど変わらない体格の男を眠らせたまま運ぶのは容易ではない。セルフィはサイファーを手伝おうと、ぼ〜と目を開けたアーヴァインを反対側から支える為、彼の肩の下に潜り込もうとした。だが、サイファーに止められた。
「お嬢は、荷物を頼む。おい、アーヴァイン、クロークの控え出せ」
 アーヴァインは起きているのかいないのか分からない顔をしていたが、ちゃんと言葉は聞こえていたらしく、ごそごそとポケットから控えの紙を出す。セルフィはそれを受け取ると、代わりにサイファーにカードキーを渡した。
「じゃ、サイファーお願いするね」
「おう」
 サイファーが、よいしょとアーヴァインを立たせたのを見て、セルフィはフロントへ向かった。

「セルフィ」
 パーティ会場を通り抜けようとした時、今度はキスティスに呼び止められた。
「後の事はサイファーと一緒にやっておくから、心配しないで」
「え、なんで? あたし、ちゃんとやるよ〜」
「ん〜と、ま、大丈夫だからとだけ憶えておいて」
 柔和な笑顔でそう言うと、キスティスは呼ばれてるからとその場を離れていった。セルフィは言葉の意図を図りかねたが、深く考えることはせずフロントへと急いだ。

「ありがとうございます」
 係の人からアーヴァインの荷物と自分のコートを受け取ると、セルフィは客室へと続く階段を急ぎ足で上がった。
 客室の並ぶ廊下には誰の姿もない。サイファーとアーヴァインは、もう部屋の中に入ってしまったらしい。カードキーに書いてあったナンバーのドアを探し、見つけた部屋の呼び鈴を押すとパッと勝手にドアが開く。一瞬セルフィの視界が薄いグレーに染まり、危うくそれにぶつかりかけた。
「っと、お嬢、すまねぇ。今迎えに行こうと思ってた」
 自分がすぐここに来るのは分かっていただろうから、待っていてくれればいいのに、変な事を言うな〜と思いながら、セルフィは荷物を抱えて部屋の奥へと入った。
「ありがとう、サイファー」
 セルフィは一度ベッドに横たわっているアーヴァインの様子を見てから、サイファーの方に向き直る。
「じゃあ、またな、セルフィ」
 そう言って、ドアの方へと再び向かうサイファーの背中を、セルフィもあわてて追った。
「お嬢、何やってんだ?」
 コートを持って一緒にドアの外に出ようとするセルフィに、サイファーは驚いた顔を向ける。
「何って、下に戻らなきゃ」
「それはいいって、キスティスから聞かなかったか?」
「言われたけど、何で?」
 サイファーは軽く額に手を当て、やれやれというように小さく溜息をついた。
 未だにこうなのかと、彼は今日ばかりはアーヴァインに同情した。普段なら、むしろ積極的にセルフィを連れて出る所だが、流石に今夜はそんな気分にはなれなかった。
「あれじゃあ、目が覚めた後も大変だから、ついててやった方が良い」
「あ、そうか、そうだよね」
 サイファーの言葉を聞いて、セルフィは気がつかなかったというような照れ笑いを浮かべる。
 これで『尤もらしい口実』は作ってやった、それをモノに出来るかどうかはお前次第だ、とベッドで眉間に皺を刻んで眠っている長身に、サイファーは不適な視線を投げた。
「新年おめでとう」
 そう言ってサイファーは、セルフィの頬にキスをした。
「おめでとう。サイファーも頑張ってね、チャンスだよ」
 サイファーは僅かに怪訝な顔をしたが何も言わず、静かに階下へ降りていった。



 サイファーが去ると、酷く静かな事にセルフィは気がついた。
 アーヴァインの息遣いすら聞こえない。
 窓の外に広がる海の音も聞こえない。
 今まで賑やかな場所にいたせいか、ここはあまりにも静かに思えた。

 そして、静か過ぎて、――――どうしたらいいのか分からない。

 とはいっても、アーヴァインは良く眠っていて、起きる気配は無い。起きた時が大変とか言われても、起きる事なんかあるんだろうかと思う。お酒も入っているし、朝まで起きない確率の方が高いのではないだろうか。
 それは何となく淋しいような気もするけど、今日のアーヴァインの強行スケジュールを考えれば、このまま眠っていてくれる方がいい、多分。
 セルフィは照明の光を落とすと、アーヴァインの眠る隣のベッドに腰掛けて、暫く彼を見つめた。
 ジャケットと靴と靴下を脱いで、無造作に横たわる躰。立っている時も大きいと思うけれど、横たわっている姿を見ると、本当に大きく見える。そして自分とは全く作りが違う。お腹の辺りに置かれている手一つを取ってみても、セルフィより一回り大きい。今は隠れているけど、腕とか筋肉の量が全然違うような気がする。自分を軽く抱える事が出来るんだから、そりゃ違うんだろうけど……。
 そこへ行き当たって、セルフィはちょっと恥ずかしくなった。
 顔だって、ちゃんと角張った男の人の骨格なのに、何でこんなに“綺麗”という表現が似合うんだろう。男のくせに……ズルイ。
 セルフィはベッドにごろんと横になって、その綺麗でズルイ顔を眺めた。
 空調が効いてきたのか暖かい、横になった所為かふっと眠気に襲われる。と、同時喉も渇いている事に気がつく。そう言えばシャワーもまだだ。
『というか、この状況は……ここに泊まる、という事なんだよね!?』
 アーヴァインと同室で一晩過ごす。そう思うと、頬がカーッとなった。今更一人ガーデンへ帰る気はないけれど、手配をした自分が使う事になるとは、セルフィは夢にも思っていなかった。

「取り敢えず何か飲もう」
 まず一番欲求の強いものを満たすのと、落ち着く為にセルフィは身体を起こす。ショールと華奢な靴を脱いで部屋の中を歩くと、毛足の柔らかな絨毯の感触が、少し疲労を感じていた脚にとても気持ちが良かった。
 グラスに冷たい水を注いで少し飲むと、空調と少し残っていたアルコールとで火照っていた身体を醒してくれた。その足で窓に近寄り外を眺める。月は相変わらず隠れたままだけれど、うっすらと濃い色の海が見えた。
 さっきはアーヴァインと一緒の部屋に泊まるという事にドキドキしたけれど、この分では同じ部屋に文字通り泊まって帰るだけという事になりそうだ。そう思うとセルフィは何だかホッとした。
 これからゆっくりバスタブにつかって。それからベッドに入ろう。そしてアーヴァインの顔を少し眺めてから眠ろう。
 そんな事を考えながら、セルフィは月の光で時折光る夜の海を見つめ続けた。




 少し暑い。
 重い瞼を開けて見回してみると、そこはアーヴァインの知らない部屋だった。ここがどこなのか。これまた鈍い頭を働かせる。
 明かりの抑えられた部屋の中、のろのろと視線を巡らすと、窓際に誰かが佇んでいるのが見えた。自分よりも小さく華奢なラインの人影。後ろ姿だけでそれが誰なのかという事はすぐに分かった。そして窓ガラスにはちゃんと彼女の顔が映っているのが見える。
「…セフィ」
 言葉にもならない程の小さな音は、口から離れるとそのまま消えた。当然相手にも届かない。

 今すぐ駆け寄って抱き締めたい。
 柔らかなぬくもりに触れたい。

 彼女に逢いたくて、無理をして任務を終わらせて帰ってきたのだ。

 アーヴァインはぐっと腕に力を込めて、重い身体を起こした。が、クラリと目眩が彼を襲う。そして少し頭痛もした。それがアルコールの所為だと気づくのに時間はかからなかった。
 動いて欲しい身体よりも、頼みもしない頭の方はきちんと働いている。セルフィに止められたのに、空腹とあの場の雰囲気に流されて、つい酒をあおってしまった事をアーヴァインは悔いた。けれど、今頃後悔しても後の祭りだ。
 アーヴァインは重い身体をもう一度ベッドに沈めて、窓際にいる愛しい少女がこちらに振り返ってくれないだろうかと、希望を込めて彼女を見つめた。

 どれ位見つめていたのか。セルフィはずっと窓の外を向いたまま、振り向きはしなかった。さっきはショールに隠れて見えなかった白い背中が、今は惜しげもなくアーヴァインの眼にさらけ出されている。

 アーヴァインが着て欲しいと望んだドレス。
 彼女はちゃんと着てくれた。自分の野望も知らず……。
 まだ少し重い身体を引き摺るようにして、アーヴァインは静かにセルフィの方へと向かった。
 セルフィに触れる程アーヴァインが近づいても、まだ彼女は気がついてない。それをいい事に、アーヴァインは愛しい白い肩に唇を落とした。
 途端、セルフィの身体がピクンと跳ね、振り向く。
「アービン…」
「水を……くれるかな」
 何か言われる前に、アーヴァインは先に口を開いた。
「え、あぁ、そうだね」
 差し出されたグラスをセルフィの手ごと握って飲み干すと、ようやく身体が生気を得たような気がした。
「アービン、頭痛くない?」
「ん〜、ちょっとだけ」
 愛しい者に触れて、そんなものは霧散した。
「気持ち悪くない?」
「大丈夫だよ」
「そう、良かった。あ、新年おめでとう」
 セルフィはふわりと微笑み、アーヴァインを見上げた。
「おめでとう、セフィ。今年もよろしくね」
「ん…」
 この年最初のキス、ちょっと長めの。
「んんっ!」
 胸を強く叩かれる寸前、離れ難い思いを残してアーヴァインは唇を離し、その後ふわりとセルフィを抱き締めた。

「ア、アービン、任務帰りやし、シャワー…浴びてでも、浴びんでも、寝た方が良いよ……」
 もう起きない、と高を括っていたセルフィの心が波立つ。
「やだ」
「どーして〜、疲れてるやろ?」
 それは嬉しくもあるけれど、同時に激しく動揺もしていて、またどうしたらいいのか分からなくなる。
「大丈夫」
「そうじゃなくて〜」
 いつの間にかアーヴァインの指が、背中の素肌をゆっくりと撫でている事に気がつき、セルフィの頭だけでなく心臓にも混乱をきたす。
「ちょっ、アービン〜」
「なに〜」
 身頃に重ねられ首の後ろで結ばれた薄いジョーゼットのリボンを、解かれたような気配に、これから向かおうとしているものを悟り肌が震える。
「だーめー」
「どうして?」
 心の準備をする間もなく進んでいく事態に、セルフィは抵抗を試みた。けれど、ドレスの背中のファスナーが下ろされる音が彼女の耳に届く。
「アービン、待って」
「い〜や」
「せめて、シャワー」
 その願いを承諾したのか、ふいにアーヴァインはセルフィを離す。
 それはセルフィにとっては予想外の行動だった。こういう時のアーヴァインは、あまりセルフィの言うことは聞いてくれない。
 そしてセルフィの身体からもう一つ、離れたものがあった。それが僅かに空気を揺らして、彼女の足元にふわりと落ちる。
「きゃあ!」
 セルフィは慌てて露わになった胸を空いている片方の腕で隠した。
「セフィ、すごくエロい……」
 アーヴァインも今日ばかりは、ちょっと面食らう。
 ドレスだからブラを付けてないのは予想していたが、まさかストッキングが太腿までのタイプだったとは想像もしていなかった。ガーターベルトこそしていないものの、幅広のレースが太腿に少し食い込み、まるで肌の柔らかさを主張しているようだ。セルフィの可愛らしい顔立ちには却って、今のニーハイソックスのような様相が酷く艶めかしい。
「いやっ」
 セルフィは瞬間的にしゃがんでパッと空のグラスを離すと、代わりに足元のドレスを掴み胸元まで引っ張り上げた。アーヴァインの愛して止まない柔らかな白い肌は、彼の視界から奪われた。
 あまりにも衝撃的な光景と、素早い動きの為、しばし呆然とアーヴァインは眺めていたが、セルフィの視線を感じてやっと現実に戻る。再び意志を持った眼でセルフィの顔を見ると、色素の薄い部屋の中でもはっきりと判る位、頬を赤くして口をきゅっと結んでいた。
「セフィ」
 動揺の色濃いセルフィへの心を和らげるように、出来るだけ優しく声をかけた。そして、すっとセルフィの方に手を伸ばすと、胸の所でドレスを握っている手に、ぎゅっと力が入ったのが見て取れた。
 だからといってここで引き下がる事など出来ず、アーヴァインは一歩踏み出す。と、セルフィは壁の方へ後退る。それでもアーヴァインはセルフィへ近づくのをやめなかった。今度はセルフィの行く手を遮るように、壁に手を付く。セルフィはそれでも観念せず、反対側へ移動しようとするのを、アーヴァインはもう片方の腕で素早く遮った。
 完全に逃げ道を閉ざされたセルフィはてっきり、顔を逸らすだろうとアーヴァインは思ったが、意外にも彼女は彼を真っ直ぐに見上げた。
「嫌?」
 セルフィの耳に触れるか触れないかの所で、アーヴァインが囁くように問う。
「……」
 相変わらずきゅっと口を結んだままで、セルフィは是とも否とも返事をしない。
 それでも自分から視線を外さないという事は、是という事なのだろうとアーヴァインは解釈した。
 そっとセルフィの額に口ける。唇を離す事なく、睫に、小さな鼻に、頬に、啄むようにキスをした。そうしているうちに、少しだけセルフィの緊張が解けたような気配がアーヴァインに伝わる。
「アービン……」
「ん?」
 耳は可愛らしい声に傾けたが、唇は彼女から離さなかった。
「シャワー……」
「ダメ、今はダメ。……後にして」
 少し前なら、それ位許してもいいかなと思った。でも今は、トワレの林檎の香りと、微かなアルコールの香りと、セルフィ自身の香りが混ざり合い、その薫りにすっかり理性のたがが外れてしまった。
 今はもう、セルフィが欲しくて堪らない。

「アービン……ダ……っ」
 セルフィの心はまだ抵抗をしたが、耳にアーヴァインの吐息がかかると、背筋がぞくりとして身体の緊張が失われていくのを止める事は出来なかった。
 更に、アーヴァインの唇は首筋を辿り、鎖骨の辺りに移動していく。
 その甘い感触に、また少し緊張を失う。身体の緊張が全て失われるのはじきだろう。そして緊張が消えていくのとは逆に、身体の奥に甘く痺れたような感覚が強くなっていくのを感じた。

 もう、自分にも、アーヴァインにも抗う事は出来ない ――――。

 この部屋に残った時に、どこかで期待もしていた。あの時、サイファーにきちんとした理由を貰えて心の隅で安心した。そしてもっと前、アーヴァインにこのドレスを着て欲しいと言われた時に……。

 セルフィが自分を認めると同時に、身体から最後の緊張が失われた。ずるりと崩れかけたセルフィを、まるでそうなる事が分っていたかのようにアーヴァインは受け止め、そのまま彼女を抱き上げた。
 セルフィも目を閉じて素直にアーヴァインに身を任せた。

 やがてセルフィが背中に柔らかい感触を覚え目を開けると、真上に大好きな人の顔があった。
「アービン、あたしのこと好き?」
 触れたくてアーヴァインの首に腕を伸ばすと、いつもの彼の科科白がを口をついて出た。
「うん、大好きだよ。セフィしかいらないくらい好き」
 ふっと目を細め柔らかく微笑むと、臆面もなくアーヴァインは答える。
 いつもなら聞くのも恥ずかしい科白も、今というこの時は素直に嬉しいと、セルフィは思った。
「あたしもアービンが一番好き」
 そして彼の暖かな笑顔は、時に彼女の心も柔らかく解きほぐす。
 セルフィの素直な告白に、アーヴァインはもっとに嬉しそうに笑う。
 その笑顔が、セルフィはとても愛しい。
「髪、ほどいていい?」
「いつもほどくのはセフィじゃない」
 なんで今更そんな事を? と言うように、アーヴァインは笑っている。
 そんな風に言われるとなんだか癪で、セルフィはアーヴァインの髪ではなく、シャツのボタンに手をかけた。すると、アーヴァインは「あれ?」というような顔をした。セルフィは念の為「じっとしてて」と告げてからボタンを外しにかかる。
 シャツをするりと脱がせると、揺らいだ空気に乗ってアーヴァインの匂いが漂ってきた。ベルトの金具を外し、パンツがベッド脇にとさっと落ちた時、アーヴァインはセルフィの唇を塞いだ。今度はセルフィの身体に、緩やかに巻き付いているだけのドレスが、肌から離れるのを惜しむような軌跡を描き去っていった。
 アーヴァインの指は、ドレスが最後に去った爪先から、ゆっくりと遊びながら上へと這い昇ってくる。ストッキングを留めている太腿のレースの辺りまでくると、指を内側に這わせて肌とストッキングの間に滑り込ませた。臍の辺りに口付けを受けながらの指の動きに、セルフィの身体が一度大きく震えた。敏感な所に触れられた訳でもないのに、甘い声まで零れてしまう。感じて零れたというよりは、焦れったさに零れてしまった。それを示すかのように、身体の最奥からはじんわりと溢れるものを感じる。
 再び重なった唇、どちらからともなく舌を絡め、お互いを奪うような口付けは、直ぐに熱を生む。何度も柔らかく強く、向きを変えながら、唇を離す事なく、指はお互いの身体を確かめるように肌を這わせた。
「…んっ……」
 アーヴァインがセルフィの敏感なポイントを捉える度に、彼女の肌はそれに呼応し、微かに唇の隙間から声が零れる。その快楽の波に溺れてしまいそうになりながらも、今日のセルフィはアーヴァインの肌を愛でる事の方を欲した。首筋に、耳をくすぐるように、指先でアーヴァインのラインをなぞり、いつものように髪を解いた。はらりと肌に零れ落ちてくる髪の感触が心地良い。尚も指で筋肉のラインを辿る、肩のラインからセルフィの最も好きな張りと弾力のある胸へと、自分のそれよりも小さな突起に触れると、直ぐに堅くなってゆく。
「ん……」と微かに聞こえる声が好き。
「あ……んん……」
 アーヴァインの声が聞こえたと思ったばかりなのに、彼に胸の頂きを甘噛みされて、セルフィの声の方が大きく零れてしまった。まだ、ダメ――。まだ、アーヴァインに溶かされてしまう訳にはいかない。腕で自分の身体を支えているアーヴァインの肌にキスをしながら、身体をずらしてゆるゆると指を下肢へと向かわせた。
 頬に睫に口付けをし、耳に吐息を吐くとセルフィの肌はピクリと反応する、いつもなら甘やかな声も聞けるのに、今日はそれが聞けなかった。それどころか、下着の上から自分自身に触れられた、そのまま撫でられ、ビクンと大きく脈打ち、新たな熱が流れ込み、更に昂ぶったのが多分セルフィにも分かったと思う。布を隔てていてさえ、その甘美な感触に目眩がする。今や下着の中へ侵入しようとしている白い指が、触れる寸前に、逆にセルフィより早く、彼女の中へと指を滑り込ませた。
「ダメだよ、僕が先」
 耳にそう囁くと、セルフィの指はそれ以上動かなかった。いや、動けなくなっていた。
 寸での所で繋ぎ止めていた理性は、今セルフィから離れた。与える事に集中していて、与えられる事にあまりに無防備だった肌身は、突然の甘過ぎる刺激に、全て持って行かれてしまった。易々と侵入して着た指に、花芽も花芯も蕩かされている。自分の意志とは関係なく、快感に身体が蠢く。
『ズルイ……、アービンはズルイ。あたしだってアービンに触れたいのに……』
 けれど口から紡がれるのは、意味の成さない嬌声ばかり。いつ下着が取り払われたのかすら分からない。自分の中で生き物のように蠢く指に、意識が高く昇っていくのを感じた。

「アービンのバカ」
「どうして、僕がバカなの〜?」
 いつもの、のんびりとした口調なのが妙に可愛い。
「どうしていつも触れさせてくれないの? 嫌なの?」
「嫌じゃないけど……シャワー浴びてないからね、今日は」
「あたしの言うことは聞いてくれなかったのに〜」
 悪びれもせずそう言った顔をつねった。
「ごめん、セフィ許して。シャワー浴びてから、ねっ」
 直ぐに手首を掴まれ顔から離された、そして唇に軽く触れながら囁く様に言う。
「アービンも、だよ」
「なに〜?」
 自分で言いかけた事とはいえ、きちんと言葉にするのはこの上なく恥ずかしい、でも――。
「……唇で触れちゃダメ、シャワー浴びるまで」
 不満そうな顔をされたけど、ダメなものはダメだから。反論される前に「来て」と告げて、唇を塞いだ。

「…んんっ…はぁ……ぁ……」
「セフィ、キツ…イ」
 何かに急かされるように、激しくなったリズム。無茶な位性急だけど今日は良い。このまま壊されて、壊れてしまっても良いと思う位、アーヴァインを欲していた。まだアルコールが残っているのだろうか、その所為だろうか。でも、アーヴァインも同じ位、求めてくれているような気がする。既に、意識を飛ばしかけ、自分の名前を掠れた声で何度も呼ぶ愛しい人の顔に、何故かそう思う。そして自分も、自分の中を満たすアーヴァイン自身に、キツく身体が反応している。愛するという事、愛されるという事を、心と肌身の全てで感じているのが“今”なんじゃないだろうか。
 昇り詰めていく意識の中、セルフィはぼんやりと思った。



「そろそろシャワー浴びなきゃ……」
 アーヴァインの頭を胸に掻き抱いたままセルフィが呟いた。
「そうだね〜」
 目を閉じてセルフィの心臓の音をずっと聞いていたアーヴァインも漸く口を開いた。
「アービン降りて」
「え〜」
「降りて〜、シャワー浴びさせてよ」
「一緒に浴びようよ」
 セルフィの胸の上から動かず、アーヴァインは顔だけを彼女の方に向けた。
「いやだってば〜」
「いい加減慣れてよ〜、セフィ」
「無理だよそんなの……」
「う゛〜」
 こういう甘えた感じのアーヴァインも可愛くて好きだけど、一緒にシャワーを浴びるのは、恥ずかしい。自分の裸を見られるのが恥ずかしいと言うよりは、明るい所でアーヴァインの裸を見るのが恥ずかしい。変な話だけど、本当にそっちの方が恥ずかしい、今は。
「ダメ〜?」
 けれど今日のアーヴァインは、引き下がってはくれない。
「ここのバスルームが、バスタブとシャワーが別々で、あたしの希望の入浴剤があって、あたしが“いいよ”って言う時だけ一緒なら……なんとか」
「分かった」
 それでも、まだアーヴァインは不満なようだったが、今回はお互い最大の譲歩だった。
「じゃ、どいてねアービン」
 セルフィは、近くに落ちていたアーヴァインのシャツを纏うとバスルームへと向かう。暫くして、セルフィがバスルームのドアから顔だけを出して「いいって言うまで来ちゃダメだよ」と告げると、再びバタンとバスルームのドアが閉った。
『その約束守れるかどうか、僕自信ないな〜』
 アーヴァインの心の中の呟きは、バスルームの中に消えたセルフィには届かない。

菫色の玻璃の様な瞳に映っているのはセルフィ。

セルフィが着ているドレスは『いくつ季節が… 09』で着ている物ですが、今回はパニエを着けていません。
デザインを考えた時から、いつか……と思っていたのがここで実現。
(2008.01.01)

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