WEAK POINT

「うわっ、降り出したよ! セフィ、早く車へ!」
 つい三十分前までは、まだ雨雲なんて殆ど出ていなかったのに、あっという間に辺りが暗くなり、大粒の雨が叩きつけるように降ってきた。山の天気は変わりやすい、誰かがそう言ってたっけ。
「すごー、外、川になってるよー」
 アーヴァインの声に、セルフィは慌てて助手席に飛び乗り、窓の外を見る。あっという間に外の景色は変わってしまった。舗装などされていない、少し傾斜のある山間の道路は、雨が小さな川のようになって幾筋も流れていた。
「セフィ、タオル」
「ありがと。任務終わった後で良かったね〜、この雨の中での任務ってすっごいキツかったよ」
 アーヴァインから受け取ったタオルで、濡れた髪と服を拭き、ついでに温度差で曇った窓ガラスもきゅっきゅと拭いた。
「ホントだね」
 髪を拭いていたアーヴァインが、窓の外を見ていたセルフィの顔直ぐ近くへ、身を乗り出して来る。雨とアーヴァインの匂いが混ざり合うようにして、セルフィの鼻腔をくすぐった。密室での、大好きな人とのこの密着は、セルフィの胸を否応なしにドキドキとさせる。アーヴァインの顔があまりに近くにあるので、胸のドキドキが彼に聞こえてしまうのではないかと、更に鼓動が高くなる。丁度その時、通信を知らせるシグナルが鳴った。
「はい、セルフィです」
 耳に付けたインカムから、今回の任務のリーダーから指示が入る。
「アービン出発だって、ウィンヒルまで」
「了解〜」
 セルフィは、胸のドキドキをアーヴァインに聞かれる前に、彼が運転席に戻ってホッとした。
 アーヴァインはエンジンをスタートさせ、セルフィがシートベルトをしたのを確認すると、ゆっくりと車を発進させた。車は、雨でぬかるんだ道をガタガタと、大きく小さく揺れながら走る。更に強い雨で視界が悪く、慎重に進まざるを得なかった。いつの間にか前を走っていたリーダー達の乗る車は、見えなくなってしまった。道は分かっているので別段困りはしないが、こうも悪天候だと何となく心細くなる。山間部という事もあって、外灯も無くヘッドライトの届かない所は、真の暗闇。今、コウモリが目の前に現れたりしたら、確実に悲鳴を上げてしまいそうだ。白い人影とか見えませんようにと、セルフィはひたすら祈った。それ位不気味な帰路だった。
 この帰り道が、一人じゃなくて良かったと、セルフィは心の底から思った。何かがありはしないかと小さな物音にもビクビクしているセルフィを、こんなセフィも可愛いな〜と、アーヴァインは呑気に横目で見ながらハンドルを操る。
 やがて道は、傾斜も無く広くなり、ヴェテルという小さな村に入った。この村を過ぎて、1時間も走れば、ウィンヒルに辿り着く。その安心感から、セルフィはついうとうととしてきた。

 ふいに、キキーーッという音と共に、車が急停車した。
「ふががっ、どしたんアービン。急に止まって〜」
 まるっきり油断していた所に、急ブレーキを掛けられて、反動で身体が思いっきりストッパーの効いたシートベルトに押しつけられた。
「ごめん、セフィ。ほら見てよ」
 ふぐぐぐとシートベルトを引っ張りながら、セルフィは前を見た。
 土砂崩れ。道はすっかり寸断されている。大分先を走っていたリーダー達の車は見えない。車が埋まる程の規模ではないので、この災難には遭っていないと思う。こうしている間にも、上から石がコロコロと落ちているという事は、今崩れて来たばかりだろうか。これでは、迂回するしかない。他の道はないかと、車に備え付けの小さな端末で、この村の地図を検索する。
「あちゃ〜、道はこれ一本のようだね」
「ちょっとリーダーに相談してみるわ」
 セルフィは、インカムで直ぐにリーダーに連絡を取った。
 雨は更に強さを増したようだった。


「はい、分かりました」
「リーダー、なんて?」
「向こうは大丈夫、無事だった。こっちは、ガーデンに戻るだけだし、今日は無理をせず、ここで泊まれって」
「そっか、んじゃ、宿を探すか。と言っても、この村泊まれるトコあるのかな……」
「う〜ん、そうだね」
 自然豊かな静かで良い場所、と言えば聞こえはいいが、別の言い方をすれば、とんでも無く田舎という言い方も出来た。地図で見ても、本当に小さな村だ、果たして宿屋があるのかどうか怪しかった。
「あ、あるよ!」
 地図を検索していたセルフィが声を上げた。
「うわ、良かったね〜。そうと分かればセフィ、ナビ宜しくね〜」
「まかしときー」
 このまま車の中で一晩過ごすはめになるのかと、諦めかけていた所だったので本当にホッとした。良かったちゃんと足を伸ばして寝られる。ここ数日、任務でテント生活だったので、二人は本当に嬉しかった。
「着いたよ〜」
「おお〜、ちゃんとしてるぞ〜」
 雨で視界が悪くとも、古い宿である事は何となく分かった。そして思っていたよりも、寂れた感じもなく宿屋らしくしっかりとした建物だった。部屋数も10室位はありそうだ。建物横の空き地に車を止め、バッグを抱え走って宿の中に入る。建物の中も、調度品や装飾は年期を感じさせたが、こざっぱりとしている。抑えられた照明とランプの灯りが、実に落ち着いた良い雰囲気を醸し出していた。長い間連れ添った夫婦が訪れるような、そんな趣のある宿。自分達は、こんな宿には似つかわしくないかも知れないなと、セルフィは思った。
「いらっしゃいませ」
 宿の主人と思われる上品な初老の男性が、にこやかに迎えてくれた。
「急ですみませんが、部屋は空いてますか?」
「あ、別々の部屋希望です」
 アーヴァインの言葉に、慌ててセルフィが付け足す。アーヴァインが不満そうな顔をしたのが、目の端に見えたがさらりと流した。
「はい空室はございます」
 二人のやり取りにも、全く乱れぬ笑顔で、老人は鍵を二つ出して来てくれ、丁寧に説明をしてくれた。説明を聞き終え、それぞれ鍵を持って部屋に向かう。綺麗に磨かれた板張りの床は、人気のない室内に時折ギシギシという音を響かせた。
「じゃ、明日」
「セフ…」
 セルフィは、アーヴァインが言葉を発する前に、部屋の中へ入りドアを閉めた。だめだ、今流されてしまうのは、まだ一応任務中なのだから。こうでもしなければ、アーヴァインは「もう後は帰るだけだから、いいんだよ〜」と、ほやほや笑いながら言うに決まっている。そして後はなし崩し……。
 アーヴァインと一緒にいるのが嫌な訳じゃない。恋人だし、大好きだ。けれど、休暇中ならいざ知らず、まだ任務中(とセルフィは思っている)に、恋人ぜんとした行動を取るのは、何というか、後ろめたい気がしてならない。一緒に居たいと思ってくれるのは、純粋に嬉しい。出来れば、自分もそうしたい、でも――。

 荷物を置き、窓に近寄ってカーテンを少し開け、セルフィは溜息をついた。
 外は相変わらずの雨、風も吹いている、時折窓ガラスに雨粒が当たる。窓の外を見ると、向かい側、外灯の直ぐ横に、細い棒の上で看板がクルクルと回っているのが見えた。見ようによっては、人の姿のようにも見える。セルフィは、正体の分かっているものは、どんな怪物でも平気な方だったが、正体の分からないもの、取り分け幽霊といった類のものは、大の苦手だった。実体が無いのに、肉体的精神的に恐怖を覚え、武器では倒す事も出来ない。まだ幸いにも、遭遇した事はないが、遭遇したら確実に泣いてしまう自信があった。
「アレは看板、看板」
 念じるように呟き、シャッとカーテンを閉めた。
「晩ご飯食べにいこ」
 夕食はウィンヒルに着いてからの予定だったので、まだありつけていない。さっき宿のご主人に、この天候だと外に行くのは大変だろうから、簡単な物で良ければ申しつけて下さい、と言われたのを思い出した。流石にこの雨風の中、見知らぬ村を、見知らぬ店を目指して歩くのはちょっと嫌だし、ご主人の好意に甘える事にしよう。




「ご馳走様です、とても美味しかったです」
 宿のご主人の奥さんお手製の、ビーフシチューと自家製パンは、疲れた身体にとっては絶品だった。多分、普段食べても、きっと美味しいと思う。
「お口に合って良かったわ」
 夫人は、優しい笑みで「りんごも食べて行きなさいな」と、今皮を剥いてくれている。旅先でのこういった出来事は、本当に嬉しくて、心が温かくなる。そう言えば、この地方はりんごが特産だと聞いた事がある。食べやすい大きさに切り分けられたりんごを、セルフィはぱくんと口に運んだ。
「うわー、甘くて美味しいです」
「この村自慢のりんごなのよ」
 夫人は、セルフィがパクパクと食べるのを、本当に嬉しそうに見ながら、この村の事を色々話してくれた。セルフィも、土砂崩れで帰れなくなってここに来た事等、可能な範囲の話をした。
 夫人と大分話し込んだ頃、アーヴァインも食事を摂りに来た。彼と入れ替わるようにして、セルフィはもう一度「美味しかったです」と言って部屋に戻った。
 美味しい夕食と楽しい会話に、幸せ気分で鼻歌を歌いながらシャワーを浴びた。髪を拭きながら、ベッドに腰掛ける。何だかとても良い気分だ。きっと今夜は良い夢が見られる、根拠のない確信。どさっとベッドの上に、仰向けに寝転がる。クリーム色の天井に、格子状に細い板が規則正しく組まれていた。ふっ、とある一角に目が留まった、うっすらと染みがある。大きくはない染みだったが、何だか人の顔のように、見えないでもない。セルフィは、慌ててその考えを打ち消した。
「リノアにメールでもしよ」
 気を紛らわそうと、携帯を取り出す。だが、何度やっても送信がエラーになってしまう。どうやら、雨風の所為か通信状況が良くないようだった。
「はあ、もう寝るかな」
 他にする事もないし、任務でそれなりに身体は疲れているし、天気は悪いし、これは早く寝ろという事なんだと、セルフィは明かりを消しベッドに入った。




「…ん」
 どれ位眠ったのか、一層強くなった風の音で目が覚めた。雨の音は聞こえない。
 水を少し飲もうとベッドから出る。ペットボトルから、ごくんと一口飲んだ時、窓の外の灯りが見えた。カーテンを寄せて外を見ると、あの人型のような看板は、まだクルクルと回っていた。
 再びベッドに潜り込み、目を閉じる。
 なのに、一向に眠れなくなってしまった。妙に風の音が耳に付く。ヒューヒューとまるで女の人が泣いているような――、そう思った時、今度は天井の染みが頭に浮かび、それはゆっくりと不気味な笑顔に姿を変えていった。。
『うわーーん』
 違う、違う、絶対ちがう。そっち系じゃない! 必死に否定する。けれど、否定すればする程、逆に気になって仕方がない。強風の所為か、部屋の中でパシッと木の柱の軋む音がした。只それだけの事でも、身体がビクッと反応してしまう。更に廊下からは、ギッギッと床板を踏むような音も聞こえて来る。セルフィは本気で怖くなって来た。
『どうしよう、どうしよう、ここ古そうだし、本当に幽霊が出たらどうしよう』
 上掛けにくるまり、ぎゅっと目を閉じる。もう、今にも涙が出そうな心境だった。
 コンコンとノックをするような音がした。良くは聞こえなかったが、確かに人がノックをする音。コンコンとまた同じ音がした。宿のご主人か誰かだろうと思って、恐る恐る上掛けから顔を出して、入り口のドアの方を見る。しかし、ドアは足元の方向、ノックが聞こえたのは別の方向……。
 もう限界だった、独りこの部屋に居るのはもう無理だ。
 セルフィは、自分が最も安心出来る場所へ向かって、走った。
「アービン、アービン、開けて」
 半分涙声になりながら、アーヴァインの部屋のドアをノックする。
「アービン…」
 反応のないドアをもう一度ノックしようとした時、ドアがパッと開いた。ドアの奥、アーヴァインの姿を認めると同時、倒れるように抱きついた。
「セ、セフィ、どうしたの!?」
「このまま、お願い」
 いきなりの来訪に驚いているアーヴァインに、セルフィはただアーヴァインの身体にギュッとしがみついたまま、動かなかった。
 窓ガラスに木の枝がぶつかった音がすると、セルフィはビクンと震えた。セルフィに言われた通り、じっとしていたものの、彼女に一体何が起こったのか、アーヴァインは気になって仕方がなかった。けれど今のでちょっと理由が見えた気がする。
「セフィ、大丈夫だよ」
 アーヴァインは、優しくセルフィの背中を撫でた。
 その言葉に、セルフィは漸く落ち着き、身体の震えも何とか治まり、抱きついた腕の力を少し緩めた。
「アービン、突然ごめんね」
 アーヴァインの胸に顔をうずめたまま言い、もう一度ギュッと腕に力を入れた。
「セフィならいつでも大歓迎だよ」
 囁く様な優しい声に心が温かくなった、セルフィの大好きな声。
「ありがと…」
 それだけ言うとアーヴァインから離れ、セルフィはアーヴァインのベッドに潜り込んだ。「おや?」とアーヴァインは思ったが、何となくその行動の理由の察しがついたので、黙ってドアを閉めた。一度バッグの置いてある所へ行って、セルフィの隣へそうっと入る。
 セルフィがここに来たのは、何か彼女の苦手な事があったのだ、身体が震えるような。でなければ、セルフィの方から飛び込んで来る、なんては事ない……悲しいかな。相手が人なら、隣の部屋に居るアーヴァインにも直ぐに分かったと思うし、セルフィなら相手の方が逆に危ないだろうと思う。だから人ではない、多分。
『て事は、あっち系か』
 セルフィの数少ない苦手なもの。
 まだ、きゅっと手を握り、身体を堅くしているセルフィを、アーヴァインは優しく抱き寄せた。セルフィも、それに応えるように、アーヴァインの胸に頬を寄せてくる。暫くそのままでいると、ゆっくりとセルフィの身体から緊張が解けていくのが分かった。
「セフィ、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫」
「何か怖かった?」
「…ん…ちょっと」
「そっか」
 アーヴァインは、「安心して」とでも言うように、もう一度優しくセルフィの背中を撫でた。
「じゃ、おやすみ」
「え?」
 意外そうなセルフィの声音に、アーヴァインは気付かない振りをして、目を閉じた。おやすみのキスもせず。
 滅多にない、こんなシチュエーション、がっつくのは粋じゃない。というより、少しは何時もの自分の気分も、味わって欲しいかな、なんていう大人気ない悪戯心なだけだけど。
 セルフィが小さく息を吐いたのが聞こえた、本当に小さく。そしてもぞもぞと、細い腕をアーヴァインの背中に回してくる。柔らかい胸がぎゅっと押し当てられたのを感じた。おおっ、と思ったけれど、そのまま何もしなかった。だがアーヴァインの予想に反して、セルフィはそこから先ちっとも動こうとしなかった。


 ……………………。


 流石に、アーヴァインは、アレ? と思った。そっと身体を動かして、セルフィの顔を覗く。
「あ…」
 思い出した。
 彼女は、恐ろしく寝付きが良いのを。既にセルフィは、眠りの魔王に連れ去られかけていた。いや、もうとっくに、その手に落ちてしまったのかも知れない。さて…、どうするか。大人しくこのまま寝かせてあげた場合、間違いなく株は上がると思う。でも、それでは何というか、誰より好きな恋人とこれ程密着しているのに、男として……虚しい。
 賭けをしてみるか。
「セフィ」
「…ん」
 まだ魔王に連れ去られてはいない。自分の元に引き戻そうと、口付けをした。
 それで、帰ってこなければ――。
 帰って来なければ、強引に引き戻すだけなんだけど。
「アービン」
 少し掠れた声で、確かに聞こえた。
 もう一度口付けをすると、セルフィは背中に回した腕を、ぎゅっとしてくれた。


 アーヴァインの呼ぶ声がした。
 唇に柔らかい感触がする。あぁ、これは、大好きな人の――。
 アービン。
 身体に感じる彼の重みすら愛しい。この指先に触れる感触は、アーヴァインの背中。これは自分の見ている夢だろうか。触れる事なく、おやすみとだけ言ったアーヴァインへの、欲望が見せた夢?
 そうではない、この頬に触れる指も、合わせた唇の吐息も、熱い。
 生身の熱さ――。
 耳の後ろ、首筋を通ったアーヴァイン指が、鎖骨から下へと辿る。肌と指の間を隔てている布地が酷くもどかしい。アーヴァインも同じように思ったのか、するりとTシャツを脱がされた。自分の部屋で寝るだけだったので、上に着ていたのはそれ一枚だけ。外気に触れた肌がひやりとしたが、直ぐにアーヴァインの手によって再び熱を取り戻す。胸の先端は自分でも、じぃんと堅くなっているのが分かる位だった。頭では、いけないのだと思っていても、本当は彼に触れて欲しかったのだという事を、思い知らされる。アーヴァインの指が軽く掠めるだけで、口からは甘い声が溢れてしまう程に。
 セルフィの口腔を深く味わっていた唇は、肌を愛でる事へと移る。小さく音を立てながら、ゆっくりと移動をしていき、空いていた方の乳房を口に含み、舌で先端を一撫ですると、指とはまた違う感触にセルフィの肌身を一筋の戦慄が走る。
 アーヴァインの舌が指が動く毎に、彼女の白い肌はくねり、甘やかな声がアーヴァインの耳に届く。その声と肌の熱さは、彼女に触れた部分から、アーヴァインにも伝染し、ゆっくりと身体の中へ溜まっていった。
 更なる熱を求めて、手を乳房から離し、身体の中心をゆるゆると下へと這わす。その指が徐々に移動する度に、やがて訪れるであろう感覚にセルフィの肌は震え、彼と繋がる部分から何かが熱く溶け出すのを感じた。それは直ぐに、確かな質感を持って現実となる。
「ああっ…」
 白い肌が一度大きく波打ち、アーヴァインの背中で遊んでいた指に力が込められた。
 アーヴァインの指が、下着の中へするりと侵入し、器用な指は両の壁を掻き分け、小さな蕾を直ぐに探り当てる。その先もう溢れるほどに……。
「セフィ、熱いね」
「や……あぁ…」
 耳元に囁かれる声と、蠢く指にもたらされる感覚に、身も心も溶けてしまいそうだ。自分の心臓の音が聞こえてきそうな程、呼吸が荒いのが分かる。身体がじっとしていられない。途切れそうな意識の中、ショートパンツと下着が取り払われるのだけ、微かに感じていた。アーヴァインの指が、今や恥ずかしい位にとろとろになっている部分に、差し込まれる。
「あふ……んんっ」
 しなやかな長い指に、これ以上なくかき乱され翻弄される。自分がどこにいるのかさえ分からない位に。
 今セルフィに分かるのは、アーヴァインが好きだという事と、彼の指はとても繊細で、とてもあつ ――――。


「セフィ、愛しているよ」
 遠くに、アーヴァインの声が聞こえた気がした。


 アーヴァインの匂いがする。とても安心する匂い。
 ゆっくりと瞼を開けると、腕を付いて微笑んでいるアーヴァインと目が合った。
「あたし……ごめん」
 やっと意識を手放していたんだと気が付いた。アーヴァインは、何も言わず、ただ微笑んでキスをしてくれた。
 いつだって優しいアーヴァイン、大好きなアーヴァイン。
 その存在を確かめるように、いつの間にか着衣を脱いでいた胸に手を這わす。自分より少し濃い色の、すべらかな肌、鍛え上げられた逞しい胸板、そこにある小さな突起をすうっと指で撫でると、アーヴァインのくぐもった声が聞こえた。自分にしてくれるように、愛撫すると艶やかな顔が見え、一緒に低い声も聞こえた。
「セフィ、もう…」
 ふいに、両手の自由を奪われ、荒々しく口付けられた。もっとアーヴァインの、あの顔を見ていたかったのに。けれど、そんな思考もあっという間に、アーヴァインにもたらされる甘美なる圧覚の前に、消え去ってしまった。
「はぁ……や…だ……ぁあん…」
 広げられた脚。触れているのは、唇。
 摘み立てのバラの花びらを、一枚一枚丁寧にめくるように施される愛撫。蕾を転がすように遊び、花芯へ舌先を尖らせ差し込まれる。腿を伝う粘りのある液体は、自分のものなのか、彼のものなのかさえ分からない。それよりも、風の音の合間に聞こえる淫靡な水音が、セルフィを羞恥と快楽の狭間へと誘い責め立てる。海岸に寄せては返す波のように、果てしなく続く愛撫に、シーツをきつく握り、意識を繋ぎ止めるのがやっとだった。

「セフィ」
 小さく囁く声に、乱れた呼吸のまま、少し涙の浮かんだ瞳をゆっくりと声のした方に向けて、微笑んだ。アーヴァインは、安心したような笑みを乗せ、愛撫で濡れた唇を拭うと、頬にキスをしてくれた。セルフィも、片方の腕をアーヴァインの背中に回し、もう片方は流れ落ちてきた髪を一房きゅっと掴む。
「セフィ、それちょっとイタ……」
 アーヴァインが言い終わらない内に、セルフィはアーヴァインの髪を離し、代わりに彼の首の後ろへ手を差し入れ、口付けた。あなたが好き、あなたが欲しいと、言葉にする代わりに、舌を割り入れる。アーヴァインはそれに応えながら、セルフィの脚をそっと持ち上げて、彼女の奥へと身体を沈めた。
「んんっ」
 合わせた唇は解放される事無く、発せられた甘やかな声は、直接アーヴァインの内側から耳に届く。その声に追い立てられるように、ゆっくりとアーヴァインはリズムを刻み始める。セルフィは、アーヴァインの背中にぎゅっと手を回し、襲い来る快感に身を委ねた。彼が入って来た時は温かいと思ったのに、今は熱い。頭の芯が融かされてしまうのではないかと思うほどに、熱い。
 そして、嬉しい。何故そう思うのかは、解らないけれど。
 何度も強く突き上げられて、彼を受け入れている部分が、ぎゅうと収縮するような感覚と共に、再び意識が高く舞い上がっていく。いつの間にか、アーヴァインの唇は離れ、乱れた呼吸の中掠れた声で、ただセルフィの名を呼び続けていた。
 やがて、低くくぐもった声が発せられたかと思うと、セルフィの身体に掛かる重みが増した。



 セルフィの胸の上、目を閉じて、もう規則正しく呼吸をしている、愛しい人の髪を掬い指で弄ぶ。
 甘い余韻に心を漂わせながら、男のくせに無駄に綺麗な顔を眺める。
 愛しい、本当にこの人が愛しい。
 長い間、自分を想っていてくれたこの人に、もう一度出会えて良かった。
 この人を好きになる事が出来て良かった――。
 愛しさを指先に込めて頬を撫でると、青紫の双眸がゆっくりと開かれ、花が咲くように微笑んでくれた。

「今度こそおやすみ、セフィ」
 そう言って、身体を起こすと、一つ頬にキスをして、アーヴァインはセルフィを抱き寄せた。
「おやすみ、アービン」
 アーヴァインの温かさに包まれて、ふわりと微笑むとセルフィは目を閉じた。


 外で吹き荒れていた風も、いつの間にか止んだようだった。

『Creme Chantilly』さんに投稿させて頂いた物をこっちにもアップ。楽天家で、アーヴァインを放置気味な、うちのセルフィの数少ないというか、唯一かも知れない弱点。今後、アーヴァインは最大限に利用するような気が……しないかなやっぱり。うちのセルフィさんは、滅多に自分から来てくれないからねぇ、ちょっと位なら使ってもいいと思うぞ。頑張れ、アービン!
(2007.12.16)

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