Meteor Rain
お腹が空いた、でも眠い。
ごろん。
お腹が……でも……眠い、けどそろそろ起きないと。多分アーヴァインが痺れを切らしている。『また明日ね』と言ったのは自分だし。
昨夜眠りこけながら、アーヴァインに渡した誕生日のプレゼント。何か気付かれたかな〜と気になる。プレゼントの中身の方じゃなくて、カードの方。アーヴァインに教えて貰ったお店に行って、びっくりした、偶然夏に水着を買ったお店で。またあのキレイな店員のおねーさんに会えたのは嬉しかったけど。そして、おねーさんにあのカードも勧められた、何種類かあったカードのうちから選んだのは自分だけど。可愛かったんだよね、あの花。中心が濃い緋色で外側へ行くにつれ薄いピンクになっていて。メッセージを書き終えて、あの言葉を聞くまでは、アーヴァインの反応を想像して楽しかった。ケド、おねーさんが言った言葉に固まってしまった。選んだ花にあんな意味があったなんて知らなかった。そんな花を選んでしまった自分の心を見透かされてしまったようで、途端に恥ずかしくなった。
おねーさんに分かってしまったとしても全然構わない、女同士だし、アーヴァインの事なんて……あ、知ってはいるのかな、アーヴァインも通ってたって言ってたし、でも相手がアーヴァインだって事は、おねーさんは知らない。問題は贈られた主の方……。
彼は鋭い。小さなサインも見逃さない。何となくバレている確率の方が高いような気がする。
「いやだな〜」
セルフィはベッドの上、枕を抱いてごろんと寝返りをうった。
顔を合わさないのなら、多少濃い科白を相手に言っても平気だけど、というか結構慣れた、慣らされた。誰かのお陰で……。でも、当人にバレているんだとしたら、面と向かうのは恥ずかしい。
視線を動かしたら、枕元に置いていた携帯電話が目に入った、いつだったかアーヴァインがくれたシルバーの携帯ストラップも一緒に。どうせこれから休暇の後は、お互い暫くはガーデン内の勤務だから、今日会わなくても別に……。早速明日はリノアとの予定が入っているケド。
「うーん、お腹空いたな」
またごろんと寝返りを打つ。
多分、痺れを切らしたアーヴァインから、そろそろメールか電話があると思う。流石に直接ここまでは来ない……多分。言い切る自信はないけど。それまでゴロゴロしていよう。何かまだ眠いし……。
「ん〜、お腹空いた、……アレ?」
どうやらまた眠ってしまったらしい。カーテン越しに見える空はもう殆ど色を失くしていた。
「アービンから連絡ない……」
携帯の着信履歴を確認してみたけれど、アーヴァインからの連絡は未だ無い事が分かった。いつもならとっくに連絡があるのに、今日はどうしたんだろう。アーヴァインもまだ寝ているんだろうか。ひょっとしたら、もうどうでも良くなったとか? それはイヤだ、アーヴァインに嫌われるのは――イヤ。さっきまで会いに行くのを渋っていたのは自分だと言うのに、何て勝手なんだろうと思う。けれど、そう思うと途端に、あの笑顔が恋しくなってしまったのも、紛れもない事実で。自分の所為で、自分の気持ちを思い知らされる事となり、それがまた口惜しかった。
「アービンのバカ」
八つ当たりでしかない科白を口にしてしまう位に。
「アービン、お腹空いた!」
アーヴァインが電話に出るなり、セルフィは開口一番そう言っていた。
この時間の食堂は賑やかだった。大抵の者は一日の授業や任務を終え、暫しの自由時間を謳歌して楽しげだ。朝とは随分と雰囲気が違う。
「美味しかった!」
最後のサラダをごくんと飲み込むと、セルフィは満足そうに笑った。
「セフィ、さっきまで何してたの? もしかして寝てた?」
頬杖をついて、水をこくんと飲みながら、アーヴァインはセルフィを見ていた。
「うん、ごめんね。寝てた」
厳密に言うとずっと寝ていたわけではないけど、要約するとそれで間違いはないので、セルフィはそう答えた。
「お陰で、今はすごく元気〜、アービンは?」
「僕はちゃんと朝起きて、色々してたよ」
何だ、ちゃんと起きていたのか。それなのに何で、連絡をくれなかったんだろう。
「セフィからあんまり連絡がないんで、うっかり昼寝しちゃったけど」
じっとセルフィの目を見つめて言うアーヴァインに、やっぱり自分が悪かったのかとバツが悪くなり「寝てた、ごめんね」と謝った。
「もう疲れは取れた? ゆっくり寝られた?」
更に自分を気遣って連絡をしなかったのであろうという事まで分かって、申し訳ない気持ちになった。
「うん、もうばっちり」
「そっか〜、良かった」
柔らかく微笑んでくれたアーヴァインに、この休暇は出来るだけアーヴァインのしたいようにさせてあげよう、と思ったりした。
「はいこれで全部」
「ありがとう、アービン」
アーヴァインにお願いしていた買い物の品々を、セルフィは満足そうな笑みで眺めていた。
「お礼にこれあげるね」
受け取った品々の中から小さな缶を一個取り、アーヴァインに差し出す。
「お茶?」
「うん、甘茶。花も入ってるけどさっぱりした香りで、癖が無くて美味しいよ」
「そうなんだ、ありがとう」
アーヴァインはにこにこと缶を受け取り、セルフィもにこにこと笑った。
「じゃ……」
「今日はずっと一緒に居てくれるよね?」
用事も済んだし自室に戻ろうとした時、アーヴァインと声が重なった。
「なんでそうなるん〜」
今日は、アーヴァインのしたいように……、なんて思っていたのに口をついて出たのは逆の言葉。
「ダメ?」
「明日朝早くにリノアと約束があるからダメ〜 明後日なら……」
と言いかけた所でセルフィの携帯の着信音が鳴った、ディスプレイにはリノアの文字。多分明日の打ち合わせだろう。「ごめんね」とアーヴァインに視線で謝って、セルフィは通話をオンにした。アーヴァインの、残念そうな顔に心がチクリとしつつも、セルフィはドアに向かいながら話を続けた。
アーヴァインは黙ってその様子を見守った。会話が進むにつれセルフィの声音は歯切れが悪く元気がなくなって行き、どうも嬉しくない電話だという事がありありと分かった。やがて、溜息と共にセルフィは通話を終えた。
「泊まれない理由無くなった?」
「う゛〜」
セルフィは恨めしげにアーヴァインを見上げた。
「用意してないもん」
「パジャマなら、僕のシャツでどう?」
「う゛〜」
きゅっと唇を噛み締めているセルフィに、アーヴァインは悪戯っぽく笑っている。
「やっぱり帰る、下着ないもん」
尚も抵抗を続けるセルフィに、「アレの中には入ってないの?」と、アーヴァインは部屋の隅にある棚の方を指をさした。そこにはずっと前にセルフィが持ってきた、布のバッグが置いてある。お互い特に気にもせず今まで放置されていたけど……。
「う゛〜」
ほんのり顔を赤くして見上げてくるセルフィに、アーヴァインは少し眉をひそめて「一緒にいてよ」と、トドメを撃った。
少しぬるめのお湯に、封を切ったばかりのワイルドストロベリーの香りのバスオイルを垂らす。身体を洗ったボディソープの匂いと混ざり合い、鼻腔を刺激する。アーヴァインを思い起こさせる香りと自分の好きな香りの。ぼう〜っと上を見上げると、白い湯気がふわりふわり立ち昇っていくのが見えた。
「いつも、素直になれない、ていうか、素直になるのが……こわい」
自分でも素直じゃないという事には気が付いていた。意図的にそうしていた事にも……。自分の気持ちを認め、それに素直に従うと、どんどんアーヴァインにのめり込んで行くような気がして怖い。そうしたら後戻り出来なくなる。好かれている間はいい。離れてしまうのも……、ちょっとツライけど多分我慢出来る。でも、何処にもいなくなってしまったら……。そう思うと、堪らなく怖い。エスタで辛い日を送ったあの時の比じゃない。今は、―――― 今はもう。
逢いたいのに、逢いたくない。
見たいのに、見ていられない。
嬉しいのに、苦しい ――――。
時々アーヴァインの傍にいると、触れたくて、触れられたくて堪らなくなる時がある。
―― あなたに夢中 ――
多分あのカードの花は真理。
こんな自分をアーヴァインはどう思うんだろう。欲深い女だと思うだろうか、そんな人間は嫌いだろうか。それならいっそ、その手で壊して欲しい、あたしという個体を。粉々に砕ければ、想いは小さくしぼみ、やがて大地に還るだろう。そして、この星を形成するモノの一部となり、貴方を見守っていかれるのならば、それもいい。
今此処に在るのは、微熱すら持て余す生身の躯。
貴方でないとダメ、貴方でなければイヤだと、叫ぶどうしようもない心。
いつまで、隠し通せるか自信がない。想いを持て余し、いつ彼の前で泣き叫んでしまうか……。
「ふぅ…」
いくら考えても堂々巡り。答えなど見つかりはしない。今できる事はひとつ。
のぼせてしまう前にバスルームを出る事。
「いつもの自分!」
纏ったシャツから漂うアーヴァインの匂いを振り切るように頭を振った。
「セフィ、ハイお水。顔赤いね、のぼせてない?」
冷たい水の入ったグラスをアーヴァインから受け取ると、そのまま彼の手が頬に触れた。グラスで冷やされた手が、火照った頬に気持ち良い。
「ありがとう」
いつものように笑ったつもりだった。
「セフィ? なんか元気ない?」
本当に、どうしてそう無駄に鋭いのか。
「なんかイヤな事あった?」
心配そうに覗き込む瞳。どうしてこうも優しいのだろうこの人は。
「そんな事ないよ〜」
水をごくんと飲んで一呼吸置くと、今度は上手に笑えた。
「それなら良かった」
柔らかい笑顔。やっぱり笑顔のアーヴァインがいい。そうやっていつも笑っていて欲しい、貴方だけは。
「セフィ、一つ訊いてもいいかな?」
「ん〜 なに?」
残りの水をコクコクと飲みながら、視線だけをそちらへ向けた。
「あのさ〜 大した事じゃないんだけどね」
大した事じゃないという割には、目が泳ぎまくっているような気がするけど。
「ん〜?」
「あのさ、昨日くれたカードのはな……」
アーヴァインがそこまで言った時、セルフィは飲んでいた水が喉に詰まりそうになった。ケホケホとむせながら慌ててアーヴァインの口を手で塞ぐ。
「むぐ……ふぐぐぐ…」
尚も言いたそうだったけれど、更に手に力を加えてアーヴァインには喋らせない。折角落ち着きかけていた頬の火照りが、逆にさっきより熱く赤くなったのが自分でも恥ずかしい位に分かる。当然アーヴァインにもその変化は分かる訳で。暫くされるがままになっていたアーヴァインは、ふっと目を細めセルフィから視線を外さず、静かに瞼を閉じた。ただ目を閉じただけなのに、その動きの艶やかさにセルフィの背筋がぞくりとする。
彼は、口を開く代わりに、やんわりとセルフィの手首を掴むと、押しつけられている手の平に唇を寄せた。反射的に手を引っ込めたが、アーヴァインに掴まれた手首はぴくりとも動かせなかった。反対側の手はグラスを握っている。中身をアーヴァインにぶちまけようにも、既に飲み干してしまった。そして、手の平、掴んだ手首を辿り、シャツを捲り上げ、アーヴァインはゆっくりキスを落としていく。ただ腕にキスをされているだけなのに、セルフィの心と身体は震えた。
「アービン、何してんねん」
動揺を押し殺した声で言う。伏せていた睫を上げ、セルフィを真っ直ぐに捉えた瞳は、どこか勝ち誇ったような笑みにセルフィには見えた。
『花の意味バレてる……』
直感的にそう思った。もうダメだ。頬に溜まった熱は飽和状態になり、瞬く間に肌身へと広がっていく。今ここで抵抗すれば彼は訊いてくる『イヤ?』と。そして自分は答える……。もう抗えない。そう思った途端身体の力が抜け、ゆっくりと大好きな人の胸に崩れた。
「セフィ」
熱っぽい声でそう呟くと、アーヴァインはセルフィの顎を掬って口付けをした。柔らかく優しく向きを変えながら何度も重ねる。その隙に空になったグラスはセルフィの手から奪われ、テーブルの上でコトンと音をたてた。
「…ん」
横たわった身体にのし掛かる重み。愛しい人。唇の熱さ。溢れ落ちる髪。肌の感触。掠める吐息。微かに触れる指。どれも愛しい人の。今日もこの人に囚われる。心が痛い位に欲している、貴方を。こうして触れると、触れられるとそれが良く解る。天の邪鬼な心とは裏腹に、肌身は素直に応える。
「ああっ……」
胸の膨らみを撫でる手に、肌を滑る唇に、密やかに潜る指に、自分を成す細胞一つ一つが歓喜の声をあげる。もっと触れて欲しいと、触れたいと、素直になった心は更に要求する。
「…んっ…ふ……」
苦しい。嬉しいのに、苦しい。貴方が愛おしいのに苦しい。
「や…ぁ……」
蕾を舌先で撫で上げ、時に転がされ、閃光が瞼の裏を走る。舌先を尖らせ、溢れる泉の中へと侵入されると、声を抑える事が出来ない。どうしようも無く身体が震える。貴方にかき乱されるこの瞬間(とき)が永遠に続けばいいのに……。
伸ばした腕を捉えられた時、世界が弾けた。
この時、いつも微笑んで待っていてくれる瞳。優しい、―――― 優しい色をした瞳、とても好き。この肌に触れる貴方の髪が好き、口付けをしたい位好き。そうすると困ったように笑う貴方の顔が好き。
「僕にはしてくれないの?」
うん、してあげない。まだしてあげない。それより今は貴方に触れたい。貴方を愛したい、貴方がいつもそうしてくれるように。
貴方の胸を押してベッドに横たわらせる。見上げる怪訝な瞳。そんなに不思議?
貴方の躯は相変わらずしなやかで逞しく美しい。ただ横たわっているだけなのに、酷く官能的で一瞬肌身がぞくりとする。
小さな胸の突起にふわりと触れると、驚いた顔をした。違うそんな顔が見たいんじゃない。指で軽く摘むと、漸く艶やかな顔が見えた。それが見たかったの。唇を押し当て吸うと少し低い声も聞こえた。
良かった。
堅く弾力のある筋肉の感触を味わいながら指で肌を滑らすと、大きく息をしているのが良く伝わってくる。胸に乗せた耳には心臓の力強い鼓動も聞こえる。
熱い肌。
今、より熱いのは、どちらだろう。ゆるゆると滑る指の行方に、低く貴方の声が聞こえ、つと触れると、ピクリと肌が震えた。指で下からすうっと撫で上げると、貴方自身がどくんと脈打つのを感じた。きゅっと手で包むと意外な質量に少し驚いた、こんなに手の中を満たす……。でも、そんな事よりもっと貴方の声が聞きたい、艶やかな顔が見たくて、ゆっくりと扱く。弱く、僅かに強く。
「セ……フィ……」
切なくどこか苦しげな声。
好きよ、アービン。
いつの間にか肩を掴んでいた指先にぐっと力が入ったのが分かった、手の中の貴方自身が更に質量と堅さを増したのも。不慣れな自分の愛撫でも、アーヴァインは感じてくれている事にホッとした。更に指を動かしてくびれを刺激し、先端に触れる。暫く弄んでいると、じんわりと指が濡れた。
「セフィ……はなして」
再び手で包んだ時、はっきりと拒まれた。まだ貴方は達していないのに……。
「ダメだよ、セフィ。君の手が……汚れる」
そんな事構わないのに。けれど、貴方の腕はあたしを貴方から引き剥がす。
「もう十分だよ、セフィ」
言い終わらない内に唇を塞がれた。
くゆる吐息、絡み合う舌。更に熱を増したお互いの躯。
そして貴方はほんの少しの間あたしから離れる。
僅かな時間離れるだけなのに、酷く淋しい。貴方の背中が歪む。また胸が苦しい。ぎゅっと目を瞑って身体を小さくした。
「セフィ? どうしたの!? どこか痛い?」
何故そんな事を訊くのだろう……。ゆっくりと目を開けたら、心配そうなアーヴァインの顔が目の前にあった。アーヴァインの指が触れて初めて判った、涙を流しているんだと。アーヴァインに心配されるような事じゃない。自分の勝手な想いがそうさせただけだから、貴方は心配などしなくていい。
「大丈夫だよ、どこも何ともないよ」
口からはそう言葉が出たのに、涙は溢れて止まらない。だめだ、これではアーヴァインを心配させるだけ。
「……アービン、…抱き締めて」
「セフィ」
アーヴァインの身体は温かい。とても安心する。この広い胸にずっと抱き締められていたい。優しいアーヴァイン、大好きなアーヴァイン。今はそれだけで ――――。
「ごめんね、アービン。悲しいとか、痛いとかじゃないの、ホントに違うの」
「うん…わかったよ。僕は、……僕は頼りないかも知れないけど、いつもセフィの傍にいるから、だから一人で泣かないで」
「うん………うん…」
どちらからともなく求めた唇。お互いを確かめるように触れ合った口付けは、直ぐに熱く深くなり、思考も躯すらも溶かしてゆく。野の果実のような濃厚な香りと、吐息と甘やかな声が室内を満たす。繋がった躯が刻む律動はシーツを乱し、白く細い指がそれを強く握りしめる。
「…あ……んんっ……も、ダメ」
「まだだよセフィ…」
「……あぁっ…」
強く突き上げて来るアーヴァインの首に必死にしがみつく。今までとはどこか違う感覚。限界を感じながらも、まだだと告げる自分の身体。
もう、どれ位快楽に身を任せていたのか。
じっとりとした汗が肌を伝っている。
「ふっ…」
くぐもった声と共に一瞬緊張した躯から力が抜け、ゆっくりと貴方の躯がのし掛かってくる。少し重いけど、ちっとも嫌じゃない。このまま、貴方を感じたまま眠りにつけたら、きっと…、とても心地良い……。
「セフィ」
ふいに抱き寄せられて、目が覚めた。本当に眠っていたらしい。
「セフィ、流星雨見たよ」
「うん」
夢の中で囁かれるような声、自分も夢現を漂いながら返事をする。
「今度は一緒に見よう」
「うん…」
「おやすみセフィ」
軽くキスをされて、再び目を閉じた。貴方に「おやすみ」とは言わない。
夢の中で直ぐに貴方に逢うのだから。
今回はセルフィがグルグルです。
大好きなのに、アーヴァインのように素直な表現をするのは苦手なのが、うちのセルフィさん。
(2007.11.28)
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