例えばこんな黄昏時
「遅いな〜、セフィ」
寝転がって読んでいた本がバサッと身体の上に落ちた。
休日の午後、約束の時間に彼女はまだ現れない。
彼女は昨日まで外任務だったし、疲れてまだ眠っている可能性もある。それならば起こしちゃ悪い。もう少し待ってみよう、本当は今すぐこっちから迎えに行きたいけど、ぐっと我慢。また「何で待てないの〜?」と渋られるだろうし……。仕方ないじゃないか、待てないんだから、逢いたいんだから。正直にそう言うと、彼女は困った顔をするから言わないケドね〜。
事実彼女は一週間や二週間会えなくても、平気そうだし……。僕なんか、ずっと一緒にいたいと思う位なのに。
「なんだかな〜」
ぼ〜っと天井を眺める。
時々思う、自分って何なんだろう。余りにも余裕が無さ過ぎるというか、常に全力疾走というか。そんなの相手だって困るよなあ。分かっちゃいるんだけどね、懐の大きな男でありたいとは思うんだけどね。現実はムズカシイ訳です。特に彼女の場合、“誰とでも直ぐ友達になれるタイプ”と言えば、非常に社交的でそれは長所だと思うんだけど、そんな所も大好きなんだけど、恋人の立場からすると、逆にヤキモキする部分でしかない。その辺を全く、本当に全く気が付かないのが、彼女(セルフィ)という生き物。そして、そういう部分も含めて、彼女が大好きなのが僕。
結論! 僕はセルフィが一番好きです。
「アレ もう3時?!」
くだらない事をつらつらと考えている内に、約束の時間を大きく過ぎていた。そろそろ、こっちから行ってもいいかな、と思っていた所にセルフィからだと告げる着信音。話を聞いてみると、やっぱり寝過ごしたらしい。何度も「ごめんね」と謝る声が本当に可愛い。今回の任務はキツそうだったし、仕方がないよ。本当は今日一日、ゆっくり寝かせてあげるのが“懐のデカイ男”なんだろうけど、生憎と我儘で狭量な自分は「迎えに行くよ」と彼女に言ってしまった。
ティータイムにと思っていた、ショートブレッドを携えて彼女の部屋に向かう。インターフォンを人差し指が押す寸前、部屋の中から「キャーーーー!」とセルフィの叫び声が聞こえた。一体何事かと、もう気が気じゃない、何度も名前を呼びながらインターフォンをバンバン押した。ドアを蹴破って入りたいんだけど、残念ながらSeeD寮のドアは頑丈で、鍵も簡単には開けられない。でもセルフィに何があったのか気になる、激しく気になる。ダメ元で体当たりしてみようかと、息を吸い込んだ所でドアが開いた。
「セフィ大丈夫!!?」
彼女の姿を認めると同時に、肩を掴んで無事を確かめた。
「アービン! あ〜っと、ごめん何でもないから」
確かにどこもケガとかはしてなさそうだ、安心感がそうさせたのか、自分でも知らない内に彼女を抱き締めていた。
後ろでドアの閉ったエア音がする。
「アービン? 離してくれるかな〜 濡れるよ?」
『え〜もう〜? って、濡れる? なんで?』
セルフィの言った意味が分からず、取り敢えず身体を離してみた。成る程彼女はびしょ濡れになっている。髪からは雫がポタポタと落ち、薄い色のブラウスがペタンと身体に張り付いて…………、鼻血が出そうです。下がデニムのショートパンツで良かったというか残念というか、薄い素材だったら、押し倒していたような気がします。
「ごめんねアービン。シャワーのネジ直してたらこんなんなっちゃった」
セルフィは、ペロッと舌を出して照れくさそうに笑っている。
なんだそうなのか、もうあんな事やこんな事があったんじゃないかと、もの凄く心配しちゃったよ。ともあれ、大した事じゃなくて良かった。
「もうちょっとで直るから、アービンは座って待ってて」
「うん」
アーヴァインの腕からするりと離れて、セルフィはバスルームへ入って行った。
セルフィに言われた通り、ソファに座って待っていようと思い、身体の向きを変えた時、持って来た筈のショートブレッドが無い事に気が付いた。さっきドアの外に落としてしまったんだ、多分。もう一度ドアを開けると、やっぱり自分が持って来た箱が落ちていた。
ドアが閉ってしまわないように足でドアを押さえて、思いっきり手を伸ばす、これがなかなかギリギリの距離に落ちていて、危うく変な体勢の身体が引きつる所だった。こんな所で引きつって身動きが取れなくなったりしたら、体のいい見せ物になってしまう。そしてセルフィの好感度がぐぐんと下がってしまう、大笑いされて終わりのような気もするけど。それもまた嫌だ。どうにかそんな事にならず、箱を抱いて部屋の中に戻る。中身の確認する為おそるおそるフタを開けてみると、中身には何のダメージも無いようだった。セルフィの喜ぶ顔が見たくて作って来たのが、無駄にならなくて良かった。
ホッとした気持ちで、ソファに腰を降ろそうとした時、再びセルフィの悲鳴が聞こえた。
今度はきちんとテーブルにショートブレッドの入った箱を置いて、バスルームに急いだ。
「セフィ、だいじょ……うわっぷ!」
バスルームに顔を突っ込むなり、したたかに凄い勢いの冷たいシャワーの洗礼を受けた。
「ごめんね、アービンまでびしょ濡れになっちゃって」
結局、セルフィの力が足りず上手く締められなかったので、僕が代わりに直した。
「気にしないでよ〜、僕はこんな時の為に居るんだからね」
「ありがと」
ふふっと笑うセルフィの顔が、冷たい水を浴びた所為か、照れてかは分からないけど、淡く色づいていたのがとても可愛かった。ああいう顔、色っぽくて堪らなく好きです。
「アービン、Tシャツ乾かすから脱いで」
椅子の端に腰掛けセルフィから渡されたタオルで髪を拭いていたら、彼女の手がにゅっと伸びてきて、Tシャツの裾を掴むとびよんと上に引っ張られた。
『何て事をセフィ〜、いや嫌いじゃないケド……』
彼女が脱がせ易いように頭を下げる。すぽんとTシャツが身体から抜けて、何気なく目を開けたら目の前に…………、また鼻血が出そうになりました。
「ジーンズも一緒に乾かす?」
セルフィにそう訊かれたけれど、オトコノコ的事情により、断った。ジーンズまで脱がされてしまうと色んな意味で困る。
僕にバスタオルをくれると、セルフィは再びバスルームに入って行った。渡されたバスタオルにくるまると、水で冷やされた身体がほんのり温かくなった。
他にする事もないので、セルフィが戻って来るのをじ〜っと待つ。濡れたジーンズがちょっと冷たいけど、がまんがまん。それから少し経った時バスルームから「くしゅん」とセルフィのくしゃみが聞こえた。まだ濡れたままの服を着ているのだろうか、さっさと脱がないと風邪引くよと思ったけれど、着替えの真っ最中かも知れないバスルームを覗く訳にも行かず、じっとセルフィが出て来るのを待った。再びセルフィが「くしゅん」とくしゃみをしたのが聞こえる。余りにも気になって、バスルームのドアをノックした。
「セフィ、入ってもいい?」
「いいよ〜」
ドアを開けると、セルフィはまだ濡れた服を着たまま何かをしている。
「セフィ、早く着替えないと風邪引くよ」
「うん、片付けてから着替えようと思って……くしゅん!」
「ほら〜」
冗談じゃ無くて、このままだと本当に風邪を引いてしまう。
「僕が片付けるから、着替えておいでよ」
「うん」
そう言って、セルフィがくるりと身体をこちらに向けた時、濡れた床で足を滑らせてよろけた。思わず抱き留めた身体がとても冷たい。それに小刻みに震えている。だから言わんこっちゃないと、息を吐いてセルフィを見たら、顔が真っ赤だった。アレ? なんで? もしかして熱が出た? おでこをコツンと合わせてみたけど、熱は出ていないみたいだ。でも顔が熱っぽいというか、瞳が潤んでいるというか。うーん あ、まさか、……オトコノコ的事情がバレたかな。そう言えば、それなりに密着してるしな〜。
もう一度セルフィの顔を見たら、恥ずかしそうに目を逸らされた。密着しているせいか、冷たかった彼女の身体が仄かに温かくなっているような気がする。自分は上半身裸だし……。ダメ元で濡れた唇にキスを試みた。軽く重ねただけではあるけど、彼女は拒まない。もう僕は後戻りできない感じだけど、いいかなセフィ。彼女の答えを求めるように口付けを深くしたら、彼女はちゃんと応えてくれた。
『セフィ〜、嬉しすぎる〜』
と、その前に濡れた服を脱がしてしまわないと、彼女の為に本当に良くない。ブラウスのボタンを一つまた一つと外した時「ここではダメ」と小さく言われた。確かにこの濡れた床はイタダケナイ、浴室だけでなく今いる洗面所にも水は飛び散り室内は冷たい。
「濡れた服を脱ぐだけだから」
「でも――」
分かってる、恥ずかしいんだよね、明るいから。とっくに君の身体で知らない所はないんだけど、それを言うと多分“ジ・エンド”なので絶対に言わない。
「見ないから、ちょっとだけ我慢して」
そう言って再び口付け、ブラウスとブラとショートパンツを取り払うと、手近にあった新しいバスタオルで、セルフィの身体をふわりとくるんだ。セルフィがバスタオルの端をしっかり掴んだのを確認すると、小さめのタオルで髪の雫を軽く拭って、抱き上げた。驚いたみたいだったけれど、セルフィは静かに抱かれていてくれた。
今日のセフィは、素直でめっちゃ可愛い!
セルフィをベッドに横たえて、まだ濡れている脚を、さっきのタオルで拭ったら、とても冷たかった。温める為に手でさすり、ついでにキスも落とす。余りにも予想外だったのか、セルフィの身体がピクリとした。手の平で、指先で、唇で、丹念に脚を温めながら上へと向かう。もう少しで、彼女の最も敏感な所に辿り着こうとした時、「アービン、待って」と身体を小さくして止められた。
何故? と身体を半分起こしたセルフィの顔を見上げた。
「寒いから、上掛け……」
未だ冷たさの残る脚とは裏腹に、これ以上ないくらいに熱を含んだ君の顔が見えた。君の綺麗な肌が見えなくなってしまうのはとても残念だけど、君の望みだから仕方がない。例え本心が寒さによるものではないとしても……。
「セフィ、こっちにおいで」
言われた通りベッドの端にいる僕の所に、すり寄って来た君の身体からバスタオルを剥ぎ取った。
「アービン!」
直ぐに自身の手によって愛らしい双丘は隠され、そして当然咎められたけど、これ位の我儘は許されるよね。
セルフィの希望通り、上掛けの中に裸で二人収まると、ふんわり温かかった。まだ明るい室内、恥ずかしげに横を向き、朱が差した君の顔が本当に艶やかで、少し力の入った首から鎖骨へ続く素肌が、大きく上下し桜色に染まった様が艶めかしくて、僕の体内に新たな焔が生まれたのを感じた。
僕の君は、――僕だけの君は、こんなにも美しいのに、それを僕の瞳から隠そうとする君が、ちょっと恨めしい。ついイジワルしたくなる。
「こっち向いてセフィ」
君はこっちを向いてくれる所か、更にシーツに顔を押しつけるように顔を逸らしてしまったね。予想通りな所が、本当に――――。
「セフィ、僕の事嫌い?」
半分意地悪で、半分本気で訊く、いつもの切り札。彼女はこの言葉に弱い、絶対にきちんと答えてくれる、困ったような顔をして、綺麗な眉をひそめて。
「卑怯だよ、アービンは……」
今日は抵抗するね、セフィ。
「嫌い?」
唇を噛み締めて、翠玉の瞳は本当に困っている。ごめんね、でも聞きたいんだ。
はらりと零れ落ちた僕の髪が君の肌を撫でると、君の肌はピクンと震えた。それでも、まだ答えは言ってくれない。
「セフィ?」
君の唇に触れる寸前の所で囁く。
「す…き、大好き…」
合格だよ、セフィ。そして、ありがとう。
「僕はもっとセフィの事が好き」
言うと同時に、きつく唇を重ねた。
初めて身体を重ねた時のように、ただ、ただ君の唇を貪る、君の耳朶から項の辺りで指先を遊ばせながら。項辺りから一向に移動しない事に、或いは塞がれ続ける事で息苦しくなったのか、君が身を捩る。ごめん、本当に今日の僕はイジワルみたいだ……。でも言葉は慎重に選ばなくてはいけない、あまりに強く要求すると彼女は、「もう嫌だ」と言って、僕の籠(うで)から逃げてしまう。あの虚しさはハンパない、金輪際ごめんだ。
「触れてもいい?」
本当は『どうしてほしいの?』と訊きたい所だけど、この明るさの中では多分逆効果だから、こう訊く。そして彼女は小さく頷いてくれた。相変わらず視線は合わせてくれないけど――――。
唇と指で胸の頂きを、間断なく、時に強く、時に弱く、刺激し愛撫する。そこに至って漸く、君の甘やかな声が聞こえた。自分でもバカだと思う。その声が聞きたくて堪らないのに、肌に触れたくて堪らないのに、わざとイジワルをしてみたりして、ホントばかだよね。こうして君に触れるとそれが良く解る。あぁ だからなんだ、君に触れてもいい理由を君から与えて欲しかったんだ、君が望んでいると思いたかったんだ。君も同じ想いでいてくれるんだと、安心したかったんだ。
我儘だなぁ。
気が付くと冷たかった君の肌は熱を帯びている。僕の指は君の肌の至る所を彷徨っている。すべらかで手にしっとりと馴染む白磁の肌。この肌に触れたまま眠りにつけたらどんなにか気持ち良いだろう、このまま触れた唇から指先から、君に溶け込んでしまえたらどんなに――――。もう自分が何を考えているのかさえも判らない、躯より先に頭の芯が君に溶かされてしまったみたいだ。手は君の脚を少し開き、指は秘めたる場所を蠢いている、唇は君に溶け込めない代わりに紅の刻印を刻む。君の口から漏れる声を聞く度に、理性の皮膚は剥がれ落ち、思考は奪われていく。なのに、君がその地に辿り着く寸前に、僕の手は唐突に君から離れた。
本当に、今日の僕は我儘でイジワルだ。
これ以上は、君がどうして欲しいのか訊かせてくれないと、与えてあげない。大きく息をし、瞳はうっすらと充血し涙を浮かべ、紅潮した頬で訴えるように見上げて来る様に、ぞくぞくする。自分の躯がどういう状態なのか、まざまざと突きつけられる。でも、まだダメなんだ。
まだ答えてくれない君に、今度は唇で君を愛でる。もう、君が懇願した上掛けすら、君の肌身には触れていないのに、本当に君は強情だね。最も、僕も限界っぽいから、ほんの少ししか君の言葉を待つ余裕はないかも知れない。そう思った時、「アー…ビン…」と切れ切れに声がして、僕の髪がくんっと引かれた。ゆっくりと顔を上げると、君と視線が絡み合う。でも君は視線を逸らす事無く、そして、唇が動くのが見えた。
その言葉に僕は歓喜し君に微笑んだ。
僕を受け入れてくれた君に、この上なく満たされる。満たされているのに、貪欲な僕は更に君を求めて深く貫こうとする。求められた唇がいつの間にか離れ、ゆらゆらと揺れる君の唇から溢れる僕の名に、心が震える。
『大好きなんだセフィ、本当に好きで好きで堪らないんだ、だからずっとこうしていて、セフィ……』
真白に染まった世界から戻って来ると、僕の髪を彼女が優しく撫でていた、いつものように。僕の隣に君が居る、その事が本当に嬉しい。君が僕に笑ってくれるのが、とても嬉しい。
「お腹空かない?」
その言葉に、室内が結構暗くなっている事に気が付いた。
「ん〜、そうだね。食べに行く? あ、ショートブレッドも作って来たよ」
「わ、ホントに!? 楽しみ」
そう言って笑う君が可愛くて、「今日はここでずっと一緒にいてもいい?」と訊けば、ちょっと恥ずかしそうに「いいよ」と言ってくれた。それが嬉しくて、頬にキスしようとしたら、変な音に遮られた。
「あ、電話」
なんですと!? こんな時に空気の読めないヤツは誰だよ。
「アービンちょっとごめんね」
どうやら彼女の携帯電話は僕の側に置いてあったらしく、君は僕の胸の上を越えて手を伸ばす。その時うっかりかどうかは判らないけど、僕の胸に君の胸が軽く触れた。全く予期しなかった甘い感触に、まだ燻っていた火種が一気に焔となってしまった。気が付けば、僕に背を向けて誰かと話をしている君の白い背中に、つと手を伸ばしていた。予想通り君の手は「ダメ」と制して来たけど、電話中なのを良い事に僕は君に触れるのをやめない。項に唇を落とすと、甘やかな声が溢れたね。早く電話を切らないと、相手に僕の存在がバレちゃうよ。多分電話を切った後、君は僕を咎めるんだろうけど、さっき僕を煽ったのは君で、今日は一緒にいても良いと言ってくれたのも君だからね。
だから、早く電話を切ってセフィ。
濡れて身体に張り付いた薄いTシャツと薄いブラウスは萌えです。アービンもセフィもお互いにドッキドキです。
このページの背景色コード“FFF8DC”で、何か嬉しい。
(2007.11.20)
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