そうだ、海に行こう! 4
薄い色の壁を白く染めている光、窓から差し込んだ柔らかい光はベッドの足元まで照らし、それ以上は遠慮しているかのようだった。
どこからか微かに波の音が聞こえる。窓も扉も閉まっている。では、どこから?
―― ああ 自分の頭の中から聞こえるんだ ――
頬に額に口付けを受けながら、窓の方に顔を向け、月夜の海を、セルフィはぼんやりと心に思い描いた。
「セフィ……」
耳元で囁かれて、心をこちらに引き戻される。
「僕は、そんなに魅力ない?」
ほの暗い部屋の中で一層翳りを帯びた青紫の瞳。窓の方ばかり見ているセルフィを、抱かれるのを嫌がっていると思ってしまったのだろうか。
―― そんな瞳をさせるつもりじゃなかった。ただ…… ――
ただ、思い出していた。昼間の事を。知らない男の人に強引に誘われた。あれは自分の軽率な行動が引き起こした事。
「ごめんね、アービン……昼間の事。本当にごめんね、アービンの事放ってばっかりだった事」
それが何のことを指すのか、直ぐにアーヴァインには分かった。
「気にしないで、セフィ」
この上無く優しく微笑む。昼間の事はセルフィだけが悪いんじゃない、いつもなら彼女を一人にしておく事などないのに、そうしていればあの男がセルフィを誘いに来る事も無かった。自分も悪かったのだと思っている。
―― でも謝らない ――
たまにはセルフィから追いかけて欲しいから。あの時、セルフィが追いかけて来るとは思わなかった。追いかけてくれるように仕向けてみたけど、追いかけて来てくれるかどうかは賭けだった。
いつもいつも追いかけてばかりだと自分だって少しは疲れる。片思いの時は今よりもっともっと追いかけていたけど……。
そして彼女を得てから自分が欲深い人間だという事を痛いほど思い知った。
片思いの時は自分を好きになってくれるだけで良いと思っていた。けれど、彼女の隣の特別席を得てからは、一緒にいたい、自分だけを見て欲しい、ずっと触れていたい、と欲望は次から次へと沸いてくる。いや、本当は片思いの時からそうだったのかも知れない。
そんな醜い自分を悟られるのが嫌で、彼女の前ではつい優しい自分を演じてしまう。
そしてそれが更に自分を苦しめてしまう。
今、彼女を壊したい位好きだと言ったら、他の誰の事も考えられなくなる程自分を刻みつけたいと言ったら、彼女はどう思うのだろう。
言葉にする事はとうてい叶わず、アーヴァインはセルフィの首筋にきつく口付けた。
「…ん……は…」
キツい――。
セルフィには首筋に受けるキスがいつもと違う感じがした。余裕がないというか、ひたすら強く強く噛み付くような……。
「アービン」
アーヴァインの頬を両の手で包み、顔が良く見えるように身体をずらす。
僅かに眉根を寄せ、どこか苦しげな表情のアーヴァインが見えた。
―― 何が、苦しいの? ――
経験も浅く、なんて訊けばいいのか分からず、セルフィは彼の顔に添えた手をゆっくりと愛おしむように撫でた。
それでも彼の表情が変わらない。
「……アービン。あたし、アービンに触れられるの……嫌じゃないよ」
それが彼の欲しがっているモノかなんて、全く分からなかった。アーヴァインの心が少しでも晴れるのなら、そう思うと言わずにはいられなかった。
そうすると、ゆっくりとアーヴァインの表情が驚いたものに変わっていった。
セルフィは少しほっとした気持ちで続けた。
「何て言ったらいいのかな……恥ずかしくって、ね…つい……」
「セフィ、ホントに?」
上体を起こしアーヴァインはセルフィの顔を覗き込んだ。
「うん、ホントに。後、アービンの肌に触れるの好き……」
セルフィはアーヴァインの胸にそっと手を触れ、頬を桜色に染めながら微笑んだ。
そのたった一言がアーヴァインの胸の中に立ち籠めようとしていた黒い靄を吹き飛ばしていった。
「――セフィ。僕は、君の瞳に映るのが僕だけであるようにしてしまいたいと思うような欲深い人間だけど、それでも僕に触れてくれる?」
「うん、大好きだもん、アービンの事」
「セフィ――」
身体を起こしたセルフィの方から口付けられて、それ以上は言えなかった。
絡み合う吐息。
お互いの肌身から立ち昇る芳香に酔い酔わされ、早々に思考は遙か彼方へと飛び去ってしまった。
ただ、欲した。お互いの心と躯を。
この人でなければダメなのだと、見知らぬ自分達が叫ぶ。
「あ…ああ……やぁ」
一際セルフィの白い肢体が跳ねる。
彼女の秘めたる処、最も敏感な突起を指で愛でれば、彼女の声は切れ切れに切なさと甘さを増していく。
「ふ、んん…だめ、アー…………ああっ!」
それが涙声になっても、もっと彼女の声が聞きたくて指で愛でる事はやめない。やがて「あ…」と微かな声をアーヴァインの耳に残して、セルフィの身体から緊張が失われた。
達して意識を手放したセルフィの額にキスをして隣に横たわる。
愛しくて愛しくて堪らない少女、彼女を求めて一時満たされても、直ぐに彼女を渇望してしまう。
自分に触れたいと言ってくれたこの時でさえも――。
「君が、セルフィ・キニアスになってくれたら、少しは気が楽になるのかな……」
アーヴァインはまだ夢の中を漂うセルフィを抱き締めながら呟いた。
「ん、アービン…」
セルフィの美しい宝石のような瞳がゆっくりと開かれる。
「ごめん、あたし眠っちゃった?」
上目遣いですまなそうに言う貌が堪らなく可愛らしい。そう仕向けたのは自分だから気にしないでいいのに、そうは思っていても言うつもりはないけど――――。
何度もキスをされ、熟れた桜桃のようにふっくらとした唇に誘われ、また口付ける。唇を割って舌を絡ませればセルフィはちゃんと応えてくれた。
穏やかに深くゆっくりと、互いを確かめ合うように口付けをかわす。
その間セルフィの指先はアーヴァインのしなやかな背中を緩やかに撫でていた。セルフィは意図してはいないだろうが、その指がもたらす感覚はアーヴァインに残された理性を少しずつ剥いでいった。
セルフィの後れ毛を弄んでいた指は、項をから鎖骨を辿り、胸のふくらみをそっと包む。胸の先端はまだ堅さを保ったままで、軽く摘むだけでセルフィの口からは甘い吐息が漏れた。
薄く色づき、熱く、柔らかい肌に、小さな花を咲かせながら、アーヴァインはセルフィを隅々まで唇で味わう。
セルフィは彼から与えられる快楽に、肌身だけでなく心までも融けてしまいそうになりながら、徐々に下肢へと移動していく彼の唇にハッとした。
やはりそれ以上先を唇で愛されるのはまだ恥ずかしい。
「だめっ」
はっきりとセルフィはそう言ったのに、今日のアーヴァインは彼女の願いを聞き入れはしなかった。
「やっ、…アービン」
セルフィの閉じていた太腿を強引に開き、更に自由を奪った。そしてそのまま薄い茂みを過ぎ、花弁を掻き分け小さな蕾に舌が触れる。
「ああっ……」
指とはまた違う感触にセルフィの身体を電流が駆け抜け、我知らず手はシーツを強く掴んでいた。
「や、あっ……ぁふっ…」
休む事なくアーヴァインの舌や唇に与えられる強すぎる刺激から逃れようと身を捩ってみても、彼の腕は微動だにせず全くの徒労に終わってしまう。と、アーヴァインの唇がふっと離れた。その僅かな隙にセルフィは大きく呼吸をした、が直ぐにまた息が止まるような刺激に見舞われた。
「あぁんっ…んっ」
ずっと蜜を溢れさせているその場所にキスを繰り返される。耳に届く淫靡な水音が、これは夢ではないのだと知らしめられた。
アーヴァインは自分の身体もどうしようもなくも無くセルフィを欲している状態だと知りつつ、舌を尖らせ彼女の蜜壺の中へと差し入れる。
「あ…ふ……んん…」
心を蕩かすような甘い声に目眩がした。舌を動かせば掠れた甘い声が、これでもかと自分を昂ぶらせる。自分の愛撫によってセルフィの呼吸は大きく荒く苦しげになり、懇願するように名を呼ばれた。
「アービン、アー…ビン…ね」
アーヴァインがゆるゆると彼女の方を見ると、目尻に涙を浮かべすがるような瞳とぶつかった。セルフィはたどたどしく手を伸ばし、アーヴァインの髪を軽く引っ張る。何か告げたい事があるのかと、アーヴァインは顔を近づけた。近づくアーヴァインの顔を腕で抱き寄せると、荒い呼吸の隙間から掠れた声で「きて」と耳に囁いた。
愛する者に求められるという事が、こんなに心を満たしてくれるのかと泣きたい程の幸せを感じながら、アーヴァインはセルフィの涙を唇で拭う。
その後でゆっくりと顔をあげ、上気した頬と潤んだ瞳で見上げて来る彼女にアーヴァインは最も大事な言葉を告げた。
「セフィ、愛してるよ」
「ありがと」
セルフィは微笑むと、アーヴァインの髪を愛おしむように項へと指を梳き入れそのまま顔を引き寄せキスをした。
「んんっ!」
セルフィの唇を捉えたままアーヴァインは、ゆっくりと彼女の内なる処、収まるべき処へ自分自身を収めた。
「ん…んっ」
重ねた唇の隙間からセルフィの吐息が漏れる。きつく締め付けられる快感に気が遠くなりながらも、身体はリズムを刻み始めた。
その動きに従い、セルフィの吐息も熱く甘くなっていく。
―― セフィ、いつも僕だけを見て、僕だけを感じて ――
思いの丈を込めて彼女に愛を注ぐ、深く、深く、熱く。
「アー…ビン、もう…はぁっ…」
今はほんの少しだけ離れた位置にいる唇がそう告げる。限界が近いのは彼女だけで無くアーヴァインも同じだった。
「あ――――」
「ふっ…く…」
それは二人同時だった。
身体は離れたものの、整わぬ呼吸のままアーヴァインはセルフィを掻き抱く。
彼女の顔が見たくて覗き込めば視線を逸らされた。
ここまで来て恥ずかしがらなくてもいいのに。それが何だか可笑しくて、アーヴァインはつい笑ってしまう。
「なんで笑うの〜」
それが面白くなかったのだろう、セルフィは涙を溜めた海の底から拾い上げた貴石ような瞳で彼を睨んだ。
「セフィが可愛いから」
そう言ってもまだセルフィはアーヴァインをじっと睨んだ。けれど、アーヴァインからすれば嘘偽りなく、本当にセルフィが可愛いくて堪らないので他に言い様がなかった。
「これで信じてくれる?」
アーヴァインはセルフィの胸のふくらみ近くに強く唇を押しつける。
「ちょっ、ちょっ、もう、何やってんのー!」
いつまでも口付けを繰り返すアーヴァインをセルフィは強引に引っぺがした。
「何って、次は今朝の分、――でしょ?」
もう言葉にもならず、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせているセルフィに向かって、アーヴァインは悪戯っぽく笑った。