敬虔なクリスチャンなんて殆どいないこの国で、原型からかけ離れた形で一人歩きしているイベント。
 一体いつからなんだろう。 このイベントが恋人達のものになってしまったのは。
 誰が決めたわけでもないのに恋人同士で祝うことがすっかり風習のようになってしまったイベント当日に、一人で華やいだ街を歩く男の侘しさと来たら、遊園地の迷子より始末に悪い。
 見渡せば周囲はバカップルだらけ。 この日しかデート出来ないわけじゃないだろうに、人目も憚らずベタベタ、イチャイチャ。 なまじ人より背が高い分、嫌でも目に飛び込んで来る光景に、 「バカか、お前ら」 と毒舌の一つでも吐きたい気分になる。

「………バカは俺か」

 ぼそっと呟いて、誰に見せるでもない苦笑を顔に乗せる。
 バカップルの仲間入りを果たせなかった哀れな男の僻みは、白い息となって吐き出されるだけ。
 最低だな、俺は。 人の幸せをこんなに妬んでる。
 得られなかった幸が、こんなにも妬ましい。

 まだ胸が痛む。
 俺はまだ君を諦められないんだ。
 君がどんなにあいつを想っているか知っていて、まだ君を想い続けてる。
 こうしてカップルと擦れ違う度、そこに俺と君の姿を重ねてしまっている。
 バカだよな、そんなこと想像するなんて。 君はこんなイベントにはしゃぐ人じゃないのに。
 君達にはイベントなんて関係ない。 いつものように食事して、いつものように寛いで。 今頃あいつは君の膝を枕に横になり、君はその髪をいとおしそうに撫でているんだろう。 光景が目に浮かぶよ。
 普段と何の変わりもないそれが、君達にとっては大切な儀式にも似たかけがえのないもの。
 君はとても綺麗に微笑っていることだろう。 誰より君を愛する者の側で。

 欲しかった、君の微笑み。 君のぬくもり。
 でも、知っている。 それは初めから俺の手には入らないものだったんだ。
 君達の出逢いは、多分、必然と呼べるもの。 俺は、君達を確実に結び付ける為に用意された駒の一つに過ぎなかった。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、君だけを追い求めたあいつ。 なりふり構わず、ただ君だけを見つめて。
 俺なりの懸命さも、あいつの一途さには及ばなかった。
 初めから勝ち目のない勝負だったんだ。 俺には、あいつのように自分を捨てることは出来ないから。
 きっと、神様はそれをわかっていて、俺に損な役目をお与えになったんだろう。
 こんな祝いの夜だからこそ、恨み言の一つでも言いたくなる。
 届かないものに手を伸ばして足掻くだけの駒を用意なされた神よ。 あんたのその目に、酸素不足の金魚にも似た男のもがきは、さぞ面白おかしく映ったことだろう。
 バチ当たりでもいいさ。 言わせて貰うよ。



 俺はあんたが大嫌いだ。



 でも、
 大嫌いでも何でも、今、この時だけはあんたに縋りたい。
 俺の愛した人は幸薄い人だったから。
 この先、あの人が二度と悲しむことがないように。
 二度と泣かずに済むように。

 俺の分も、あいつがあの人を幸せにしてくれるように。

 健気に役目を果たした駒の最後の悪足掻き。
 神様、せめてこれくらいの願いは聞き届けてくれてもいいだろう?

 

 

 

 

 


管理人の師匠に熱烈ラブコールをして、やっと掲載許可の下りた三編の内の一遍。
切ないけれど、小気味良い男、好きだ。