いつでも全力!

 某月某日、風が心地よく天気の良い日の夕方近い頃。
「カドワキ先生、頼まれて来ましたよ〜。って、アレ?」
 アーヴァインは保健室の中を見回した。だが、そこに用事のあったカドワキ先生の姿は見当たらない。奥のベッドの方かなと思い、そっちも覗いてみたがそこにも姿はなかった。
「ん〜 仕方ないね。メモを置いて帰ろう」
 カドワキ先生に渡してくれと頼まれたファイルを、彼女の机の上に置き、メモを残すことにした。メモ用紙を拝借してペンを走らせる。
「よし、とっ」
 メモをファイルの上にペタンと貼り付けた時、コンピュータのマウスに当たり、真っ黒だったモニターの画面がパッと色を取り戻した。
「おおっ これはなかなか……」
 笑顔の可愛い女の人が三人、ポーズを取っている画面にアーヴァインは惹きつけられた。そのモデルのうちの一人がセルフィに雰囲気が似ていたのだ。いつでもどこでもセルフィボケした頭と揶揄されるアーヴァインは、思わずイスに腰掛けて画面に見入った。
 映し出された画面を詳しく見てみると、衣料系のショッピングサイトのようだった。

「セフィもニーハイソックス似合うんだよね〜」
 セルフィによく似た雰囲気のモデルさんは、制服ちっくなミニスカートにニーハイソックスを穿いていて、それがアーヴァインの眼には、セルフィのビジョンと重なって見え、画面に向かっていた顔が思わずニヤケる。
「ここの制服も、ニーハイソックスだったら良かったのにね〜」
 頬杖をつきマウスをクルンクルン回しながら、画面に向かってボヤいてみたりする。
「その方が絶対可愛いのにさ〜、そう思わない〜?」
 セルフィボケした頭は、とうとう見えない妖精さんと会話を初めてしまった。
「今度、制服変更の投書でもしようかな〜。ガーデン開設から同じらしいから、そろそろデザイン変えてもいい頃だよね〜。その方が入学希望者絶対増えるよね〜。僕って天才!」
 妖精さんも誰も突っ込む者がいないので、思いこみはどんどんエスカレートしていく。
「ここをこうやってさ」
 ぶつぶつ独りごとを言いながら、知らぬ間にソフトを立ち上げ、画像加工を始める始末。
「う〜んスカートはやっぱり定番のプリーツかな〜、でもボックスプリーツも捨てがたいよね」
 巧みにソフトを操作し、スカートのデザインが次々と変化していく。

「カドワキ先生、ちょっとこいつを診てくれ」
 不意に主のいない医務室に来訪者の声がした。
 画像加工に没頭するあまり、足音も何も聞こえなかったアーヴァインは、心臓がボンと飛び出すかと思うくらい驚いた。
 しかも、その声が……。
「カドワキセンセー、って、おいヘタレ野郎そんなトコで何やってんだ」
「サイファーこそ何でこんなトコ来てんだよ」
 明らかに相手を見てから不機嫌になった視線同士が、かちーんとぶつかる。
「ケガの治療に決まってんだろが」
「へ〜 君でもケガするんだ」
 あのサイファーがヘマでもやらかしてケガを負ったのかと思うと、いつも自分のジャマをするからバチが当たったんだとアーヴァインは思った。
「よく見ろ、こいつだよ」
 サイファーはアーヴァインの鼻先にプラーンと小さな物体を突き付けた。あまりに顔に近かったために、一瞬何が目の前にいるのか分からなかったが、ピッと頬に走った痛みとにゃ〜んという可愛らしい声に、それが何なのか理解した。
「子ネコ?」
「年少クラスのガキンチョどもが、ケガしてるこいつを見つけてオロオロしてたから、ここまで一緒に来てやったんだよ」
「へえ〜 意外〜」
「あんだと?」
「いや、さすが風紀委員長! みんなの手本!」
 サイファーの額の傷がより深くなったのを見てアーヴァインは、まだひりひりする子ネコに引っかかれた頬を押さえて、言い直した。
「ふん」
 サイファーはそれ以上何も言わず脇の台から手慣れた様子で、薬品のビンやらガーゼやらを取ると、ベッドに腰掛け子ネコを膝の上に乗せ治療を始めた。てきぱきとした手付きで、消毒をしてこびりついた血を拭き取っている。手を動かしながら、「ちっとがまんしろよ〜」などと子ネコに話しかける声が、自分に言うときとはずいぶん違って、あんな優しい言い方も出来るんだと、アーヴァインは感心して眺めていた。
「よし、傷はたいしたことない。後は自分でなめときゃ治る」
 サイファーは治療が終わった子ネコを抱き上げると、子ネコが心配でいつの間にか傍にいた年少クラスの子たちに向かって言った。
「ありがとう、サイファー!」
「ありがとう」
「あ、ちゃんと先生に知らせるんだぞ」
「はーい」
「はーい」
 元気な返事をすると、子ネコを大事そうに抱えて、年少クラスの子供たちは医務室を出ていった。

「サイファーってお父さんだねぇ」
 普段は厳しい物言いをする風紀委員長だが、ただ厳しいだけじゃないのはアーヴァインも知っていた。
「ああん? なんだソレ」
「褒めたんだよ」
「おめーが言うと、厭味にしか聞こえ……何やってんだオマエ」
「え!? あ!」
 サイファーの眼が、アーヴァインの後ろにあるモニターを捉えている。
「な、なんでもないって!」
「見せろ、どうせエロ画像だろうがよ」
「ちがうよ〜」
 アーヴァインは必死に身体を張って画面を隠そうとしたが、サイファーはそれをものともせず、簡単にアーヴァインをぺいっとひっぺがした。



「アホだアホだとは思っていたが、オマエ本当にアホだな。何こんなトコでセルフィを着せ替え人形にして遊んでるんだよ。本人を店に連れて行きゃいいだろーが」
「違うよ〜、ガーデンの制服を、そろそろ新しいのにしたらどうかな〜って考えてたんだよ」
 制服を考えていたというのは、ウソではなかったが“セルフィにはニーハイソックスが似合う”から派生したことであり、そしてモデルの顔はいつの間にかセルフィの顔になっている。
 アーヴァインは真相を悟られたくなくて、必死に取り繕った。
「ふ〜ん 似合うな」
 じ〜っと画面を見つめていたサイファーの口から意外な言葉が溢れた。
「でしょー? セフィにはニーハイソックスが似合うんだよね〜」
 セルフィを褒められたのに、自分を褒められたようでアーヴァインは嬉しかった。
「制服なら、ソックスは膝下でもいいんじゃないか?」
「分かってないな、サイファーは。膝上のこの位置がいいんだよ。ニーハイソックスはこのスカートと素肌の部分のバランスが大事なんだよ〜」
「さっぱりわかんね」
 熱弁するアーヴァインを異星人でも見るかのように、サイファーは冷ややかな目で見遣った。
「ま、いいんじゃね。提案してみるくらいは」
「お!?」
 またも意外な言葉にアーヴァインは空耳じゃないかと思った。そのアーヴァインがポカーンとしているうちに、サイファーはサクサクと画像を保存し、更にプリントアウトまで始める。
「なに呆けてるんだよ。提案として出すんじゃねーのか?」
「あ、う……ん」
 そこまでするつもりは無かったけれど、プリントアウトされた紙をアーヴァインは素直に受け取った。印刷されたセルフィモデルの画像は、どき〜んとするくらい可愛らしかったのだ。やっぱりニーハイソックスはサイコーと、自分の世界に入りかけた所に、またサイファーの声がした。
「SeeD服の方はもう終わったのか?」
「いや、そっちは全然」
 アーヴァインがそう答えるとサイファーは、そのままマウスを動かし作業を始めた。やたらノリノリのサイファーをアーヴァインはぼ〜っと見ていたが、作業がしにくいだろうと、自らサイファーにイスを明け渡し、隣で行方を見守ることにした。
 さっきの自分を見ているかのように、ショップページのモデルさんを切り抜き、ソフトへ貼り付け画像加工を始める。そのよどみない手付きに、『もしや同類か!?』と内心思う。

「え〜 スリットそこに入れる〜? 普通後ろじゃない?」
 黙って見守っていたが、自分のセンスとは全く違うそれに、アーヴァインはつい口が滑った。
「バカ、お前、スカートのスリットは横が一番エロいんだよ」
「え、エロいのなら前じゃない? ほら」
 アーヴァインはサイファーからマウスを取り、ちょいちょいっとSeeD服スカートのスリットを前に入れた。
「分かってねーな、これだからシロウトは」
 嘲うように息を吐くと、今度はサイファーがマウスを持ち、また横にスリットを入れる。
「前だと常に色気を振りまいているようだが、横だとその意外性にドキッとするだろ。特に座った時はより際立って、ドキドキだぞ。後ろだと気がつきゃしねー」
「へえ〜 奥深いんだね、スリットって」
 アーヴァインは厭味でも何でもなく、素直に感心した。
「靴はやっぱりこれだろ」
「え〜 ハイヒールは大人っぽ過ぎない? キスティスみたいならいいけどさ〜、あ」
 アーヴァインはそこで言葉を切った。やっぱりサイファーも同類ではないかという思いを強くした。今サイファーが作ったデザインのモデルをキスティスにしてみると実によく似合うのだ。モデルの雰囲気も心なしかキスティスに似ている。

「じゃSeeD服はこれで提案するんだね〜」
 そう言うとアーヴァインは、勝手にプリントアウトの処理をした。
「あ? 本気か、アーヴァイン」
「違うの? 取り敢えずスコールのトコ持って行ってみようよ」
「ひょっとしたら通るかもしれねーか。つうか、神デザインだろコレ」
「だよね、僕もそう思う」
 アーヴァインとサイファーは、普段からは想像もつかない妙な意気投合ぶりを見せながら、委員長殿のおわします部屋へと足早に向かった。



「ね、いいでしょーソレ。我ながらめちゃセンスいいと思うんだけど」
 そう言ったアーヴァインに同意を示すように、隣でサイファーも頷いた。
「俺にも見せてくれっ」
 たまたまスコールの職務室に居合わせたゼルも、パンをかじりながら、二人の提案したデザイン画像を覗き込んだ。
「…………」
 スコールは部屋に入ってくるなり、「提案がある!」と自信満々で紙を差し出してきた二人に、鋭い瞳を一度向けたが拒否することもなく受け取ると、黙ってじっと眺めている。
 長い沈黙が流れた。
 ゼルがパンの最後の一切れをごくんと飲み込んだ後、スコールはおもむろに口を開いた。
「お前ら、真剣に阿呆だな」
「え〜 いいじゃん〜、そろそろ制服変える時期じゃない〜?」
 こんなつもりはなかったアーヴァインは、いつの間にかすっかりその気になっていて、スコールに食い下がる気まんまんだった。
「右に同じく」
 サイファーも真剣な面持ちで腕組みをし、大きく頷いた。
「制服の変更という提案は別にいいが、なんであんたらがデザインまで決める必要があるんだ? ホンモノの阿呆だな」
「阿呆だな」
 スコールの隣ではゼルが、大きくうんうんと頷いていた。
「という訳で却下だ! このクソ忙しいのに、とっとと消えろ!」
 言うが早いか、アーヴァインとサイファーが持ち込んで来た紙をおでこにそれぞれベチンと貼ると、スコールは二人を職務室からポイッと放り出した。
 光の様な早さで起こった出来事に、アーヴァインとサイファーが現状把握出来ず、ペタンと正座して呆けていると、近くのエレベーターがチンと音をたてた。続けて大勢の人間の声と足音が近づいてくる。

「なにコレ」
 二人のよく知っている声が、アーヴァインの近くでしたかと思うと、彼の視界が突然開けた。
「どうしたの? セルフィ」
 今度は別の二人のよく知っている声がして、サイファーのおでこに貼ってある紙をペリッと剥がした。
 その他にも周りでは、相変わらずガヤガヤとした声がしていた。
「先生、その紙なんですかー?」
 声から察するに年少クラスの生徒たちのようだ。
「制服変更提案書、って書いてあるよキスティス」
「でも思いっきり却下のハンコが押されてるわね、これってまさか……」
 何故か動きたくとも動けず、石像のように固まっているアーヴァインとサイファーだったが、頭上で聞こえる声が、段々と嫌な方向へ変化しているのだけは、ひしひしと感じていた。
「あきれた阿呆だわ。行きましょうセルフィ」
 いつもは涼やかな声が、今は絶対零度のように冷たさで石像たちの間を吹き抜けた。
「え、そうかな〜。あ、待ってキスティス」
 よく知っている人物の声と声に、石像二体は恐ろしくて上が向けなかった。
「さ、みんなも行くわよ。そこのお兄ちゃん二人は、とても悪い見本だから、見てはいけませんよ〜」
 一瞬前とは打って変わった優しい声音が、今度は石像共をザシュッと串刺しにする。
「はーい」
「はーい!」
「はーい」
「は〜い」
 元気な可愛らしい声が木霊のようにした後、ガヤガヤという足音が聞こえなくなるまで、石像二体は吐血した唇を噛みしめじっと待った。去り際に聞こえた『アービン、これカワイイね』という、いつもなら嬉しいセルフィの言葉も今の石像にとっては、隣からの殺気の方が遙かに恐ろしく、まるで苦行のように感じられた。

 次の日、瞬くような早さで“二人の阿呆”の噂がガーデンを駆け抜け、それから七十五日程二人の阿呆は、後ろ指をさされる屈辱に耐えねばならなかった。


バカです、清々しいまでにバカ二人です。でも、アーが頼めば、セルフィは実現してくれそう。ただ、もう一方の彼は……け、健闘を祈る。一体どんなデザインにしたんだ、サイファー! orz
サイファーごめん、ストイックな君には、もう戻れないような気がする。
(2009.03.22)

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