君に KISS
「アービン、もう、さっさと手を動かす」
テーブルを挟んで斜め向かいに座っているアーヴァインをセルフィは叱った。
「動かしてるよ〜」
そう言って紙で作った花をぽいと上に放り投げたアーヴァインの顔はふて腐れている。
セルフィは今やっている作業を早く終わらせたかった。けれど、アーヴァインは明らかにやる気の無い動きで、ノロノロと作業をしている。
やる気になれないアーヴァインの気持ちは分かるが、だからこそさっさとこの作業を終わらせてしまいたい。そんな風に思っているセルフィのことなど、彼にはさっぱり分からないようだった。
「なんでこんな切羽詰まってから言ってくるかな〜」
アーヴァインは愚痴をこぼしながらも、取り敢えず手は動かした。
「今更それ言っても始まらないから、もうよそうよ。あと100個だよ、そしたらノルマ達成だから、がんばろ。幼年クラスの子たちきっと喜んでくれるよ」
今やっている作業は幼年クラスの為の、ちょっとしたイベントの準備作業だった。
いくら傭兵を養成するための学園と言えど、幼年クラスの子たちはまだまだ子供なのだ。たまには楽しいイベントで息抜きもさせてあげたい。そんな思いからイベントは企画された。その飾り付け用のペーパーフラワー製作担当が自分たち。ついでに他の仲間たちもそれぞれ担当の作業に没頭しているはずだった。
ただその企画がとてつもなく突発だったのだ。休日返上で準備に追われるくらいに。加えてタイミングの悪いことに、今日は前からアーヴァインとの約束があった。そういう訳で彼が不機嫌なのは無理もないことだった。
でも仕方がない。このペーパーフラワー作りもれっきとした“仕事”なのだ。自分からとは言え、巻き込まれた形のアーヴァインに悪いなと思う部分はあったけれど、セルフィはそれをぐっと振り切った。
「100個って結構時間かかるよね」
「うん、でももうちょっとだよ」
セルフィにとってもイレギュラーだったこの作業。でもこれが終われば、アーヴァインと週末の時間を過ごせる。そう思ってセルフィも頑張っている。
「アービン、もうちょっとスピード上げて。間に合ってないよ〜」
「う゛〜」
一人で全行程の作業をするより、二人で分担作業をした方が早いんじゃないかと、二人で分担して作業をしているのだけれど、アーヴァインのスピードが段々落ちてきていた。
「アービン疲れてるんなら、休んでていいよ」
「でも、自分から言い出したことだし、がんばるよ」
意地っ張りだな〜とセルフィは思った。
アーヴァインはここの所忙しくて、たぶん疲れているはずなのに、こうやって手伝ってくれている。それはとても有り難いと思うと同時に申し訳ないなとも思う。
本当に、そう思う。だから……。
「アービン、ちょっと」
セルフィは膝立ちになるとアーヴァインの方へ寄って、クイクイッと手で合図をして呼んだ。そうすると少しではあるけれど、アーヴァインがセルフィを見上げるという珍しい構図になる。
「ん〜?」
疲れのせいか、ぼや〜っとした表情で自分を見ているアーヴァインを、セルフィは可愛いと思った。
「アービン目を閉じて」
「なんで?」
「いいから」
「……わかった」
上を見上げたままアーヴァインは目を閉じた。
こういうシチュエーションでは滅多に見ることの出来ないアーヴァインの無防備な顔。
その顔をちょっとだけ堪能してから、セルフィはアーヴァインの顎に指をかけて好い角度を作る。
『あ、え? ちょっ、何か触られた!? も、もしや、しばかれるっ!? 真面目に作業しなくてごめんなさいぃっ、セフィッ』
心の中で猛反省しているアーヴァインをよそに、セルフィはたまにはこんなのもいいかなと思いながら、そっと唇を重ねた。
鼻腔に流れ込んできたアーヴァインの匂いに、このまま流されたい衝動に駆られる。それを押し込めて、触れた時と同じようにそっと離れた。
「え!?」
アーヴァインは呆けたような顔をして、セルフィに上向かせられた状態のまま固まった。
「ノルアドレナリン活性剤投与。さ、早いとこ残りの分片付けてしまおっ」
セルフィはもう自分の所に戻って、既に手を動かしていた。セルフィに言われて、アーヴァインも考えるより先に手を動かした。
『なんか今、すっごい薬を投与されなかった!? ノルアドレナリン活性剤ってなんだ!? そんな薬あるのか!?』
今、一体何が起こったのか。アーヴァインはそ〜っとセルフィの顔を窺ってみた。その表情は至って真面目だ。平然としている顔を見ると、さっきのは幻だったのかと思えてしまう。
でも、――――ほんのり頬が色づいている。
そのことに気が付いたら、訳もなく心臓がバクバクした。
「セフィ」
「…………」
アーヴァインが声をかけると、セルフィの顔はまた朱が濃くなった。それだけで欲しい答えは得られたような気もしたが、アーヴァインはどうしてもセルフィの口から直接聞きたい衝動に駆られた。
「ね、セフィってば」
「もう、今は黙って作業するの! 後でまたしたげるから」
『ええっ!?』
アーヴァインはまた呆けて固まった。
が、堅く折られた紙の束が顔を直撃して速効で現実に引き戻された。
『痛い……ってことは現実なんだ』
そう思うと、顔の痛みより何より嬉しさが勝って、ニヤケていくのが自分でもよ〜く分かった。
折角の週末が、こんなことでかなりの時間を取られてへこみ気味だったけれど、今のセルフィからのキスと言葉で、俄然やる気が湧いてきた。仮にそれがセルフィの作戦だったとしても、今やっているノルマをクリアしてしまえば、必然的に二人の時間が持てる。セルフィからのキスは反古にされたとしても、自分からすればいいだけのことだ。
「アービン、また手が止まってるよ〜。早くしないとサイファーが回収に来ちゃうよ」
「ハイッ!」
サイファーの名で、アーヴァインの色ボケた頭も一気に覚醒した。
鬼の風紀委員長殿のセルフィの溺愛っぷりと、自分への敵対心っぷりはハンパない。ここで、サイファーが来た時に、ノルマが達成出来ていない、なんてことになるとどんな恐ろしいペナルティが待っているか。とは言っても、それを受けるのは自分だけなんだろうけど……。
そんな憂き目には遭わないですむように、セルフィと二人きりの時間確保の為なら、こんなもの一気に片付けてやろうじゃないか。
アーヴァインは猛然と作業に没頭した。
『アービンて、単純やな〜』
サイファーの名前を出した後、更に手をてきぱきと動かすスピードが増したアーヴァインを見て、セルフィはそう思った。
そして、そこがアーヴァインの可愛いとこだな〜とも思った。
願わくば、がんばるアーヴァインに、サイファーが新しい作業を持って来ませんように、と祈った。
ばかっぷる その2
アービンわんこで仕上げようかと思ったけれど、あまりにも同じものが続くので、通常アービンで。(でも十分わんこだった)
セルフィが自発的にアーヴァインにキスを試みたのは初めて、じゃなく多分これで2回目くらい。(^-^;) アーヴァインの知らない所(眠ってる時とか)ではもちっとしてる。
アーにセルフィを簡単に渡したくないけど、結局幸せなアーを書いてしまう私は、やっぱし二人とも同じくらい大好きなのね。
(2009.03.01)
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