真夜中の思惑

 冬独特の吹き下ろすような強い風の音が聞こえた。それと同時に喉の渇きを覚えて、目が覚めた。覚醒しかけた意識が真っ先に捉えたのは、腕の重み。目を開ければカワイイ寝顔が間近にあった。
 髪をそっと撫でると、くすぐったそうに身じろぎをする。
 今は穏やかな寝顔に、つい数時間前のことを思い出した。



 ガルバディアガーデンでの所用を終え、バラムの駅に着いたのは夜の7時だった。駅のホームを抜け、階段に一歩足を踏み出した時、ものすごく強い風が吹き抜けた。冬特有の、地鳴りを伴うような強い風が。
 下弦の月が浮かぶ空を見上げれば、驚くような早さで雲が流れていた。

 そこで僕は心配になって、セルフィに電話をかけた。メールではなく電話を。それ位、気がかりだったのだ。今日のこの風は、とあることを思い出させて。
「セフィ、怖くない?」
「――ちょっと、コワイかも…」
 返って来たのは案の定、どんな醜悪なモンスターにも怯まないセルフィからは想像もつかない、弱気な言葉だった。
「急いで帰るから、僕の部屋で待ってて」
「うん、絶対だよ」
 セルフィらしくない覇気のない声に僕は、本当に急いでガーデンに帰った。
 僕の部屋で、ソファで膝を抱えるようにして座っているセルフィがこっちを向いた時、笑顔が見えて、僕はやっと安心した。
 それでも少し怯えたままのセルフィが寝つくまでは、小さい頃のようにその手をぎゅっとにぎっていた。



 イデアの家では、こんな風に強い風が吹くと、ごうごうと獣が地を這うような音に混じって、細く甲高い音がしていた。
 セルフィは、その細く甲高い音が嫌いだった。
 そんな風が吹いた時は、かならず「おんなのひとの、なきごえみたいでイヤだ」と言って、耳をふさぎながら僕のベッドにもぐりこんできた。「かぜのおとだから、だいじょうぶだよ」と言っても、セルフィには全く効き目がなかった。だから僕は、セルフィが眠るまで彼女の手をにぎっていた。

 次の日、ママ先生にどうしてそんな音がするのか、風が吹くたびに必ず聞こえるわけではないのは何故かと聞いた。その音がしなくなるように出来ないかとも聞いた。
 音がしなければ、セルフィが怖い思いをすることもなくなるから。
 その音の原因はすぐにママ先生が説明してくれた。近くの岩場に、岩と岩の間に細いすき間があって、ある一定以上の強い風が吹くと、そんな細く甲高い音がするのだと。けれど、その岩は大きくて、人が動かせるようなものではなかった。
 そのすき間さえなければ、音はしなくなるはずだ。そう思った僕は、そのすき間に小さな石を一所懸命につめ込んだ。けれど、強い風が吹けばいとも簡単に吹き飛んでしまい、全く役に立たなかった。
 強い風の吹く日は、自分の不甲斐なさにへこみつつ、心でごめんねと謝りながら、彼女が少しでも安心できるように、セルフィの手をにぎって眠った。


 このSeeD寮のセルフィの部屋の近くでも、それと同じような音がするのだ。
 残念ながら、ここでの音の原因は掴めていない。だから、その音がちょっとは小さくなる僕の部屋に、セルフィは避難してくるようになった。僕としては、願ったり叶ったりなんだけど、セルフィが怯えるようなことは出来るなら取っ払ってあげたいという思いもある。でも、無条件に僕を頼って、僕の部屋に来てくれるなんて機会は、そう滅多にないことで、やっぱり僕としてはこのままがいいと考えてしまうのは、男として当然なんじゃないかとも思う。
 強く思う。
 そんな理由で、原因を突き止める気はあんまりない。セルフィには絶対言えないけど。そして、セルフィが“この手のものは苦手”ということは、セルフィ同様、僕も周りにひた隠しにしている。仲間にも、例外なく。特にサイファー辺りにバレたら、絶対、確実に、風紀委員権限で、どんなことがあっても即原因究明、即改善してしまうだろうから。
 そうなると、僕のささやかな愉しみが水の泡だ。
「ごめんね、セフィ」
 今は別の意味でセルフィに謝って、抱きしめて眠る。
 我ながら、不甲斐なさは小さい頃と大して変わらないのに、こういうずる賢さだけはしっかり成長したなと思う。

「ん〜 そろそろ動くかな」
 このままセルフィの寝顔を見ていたいけど、喉が渇いたのを思い出し、僕は彼女の頭の下になっている腕を慎重に引き抜いた。慎重に引き抜いたつもりだったけれど、全くセルフィに振動が伝わらないようにするなんて器用な芸当は出来ず、どうやらセルフィを起こしてしまったらしかった。
「…ん……アービン……も、あさ?」
「まだ夜中だよ」
「……そ、なん。…どっか…いくん?」
「どこにも行かないよ」
「よかった。……傍におってな…」
 片目をこすりながらも、結局目を開けることなくそれだけ言うと、セルフィは安心したように笑ってまた眠りの中へ戻った。

 僕はさっきの決意を、更に固くする。
 今の半覚醒状態のセルフィの言葉の中には、本音が混じっているような気がした。もっと都合の良い解釈をすれば、あの音はセルフィにとっても“口実”なんじゃないかと思う。
「うぬぼれかも知れないケドね……」
 僕は、もう一度セルフィの頭の下に腕を差し入れて抱き寄せ、目を閉じた。
 外の強い風はまだ吹いていた。

「Blue Horizon」でチラッと書いた、小さい頃セルフィがアービンのベッドにもぐりこんでいた理由の一つがコレでした。
またアービンが幸せ者で「honey」と似たような話だなこりゃ。そして、そんなアービンが小憎たらしい。多分セルフィも、ヤツの思っている通り「口実」だと思うんだけどね。だから、余計に小憎たらしい。
キブンはサイファーよ。アーも大好きだけど、セルフィも大好きなんだ。
(2009.01.12)

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