Daydream

 出来たてのクラブハウスサンド。砂糖多めのカフェオレ。学園の地図。
 中天の太陽。中庭の大きな木。
 あたしの目指す場所。

 トントントンと、軽快に階段を駆け上がると、大きな木の下、ゆらゆらと風が織りなす、白い光と濃い影が遊ぶ緑の絨毯、あたしのお気に入りの場所。


 なのに――――! だれ?! そこで座って寝てるの!


 小さな怒りと共に、足音も高く近づく。
 長い足を片方は曲げて、片方は前に伸ばして、顔には黒い帽子を置いて、眠っている(多分)男の人。


 もう、誰よ!


 折角、お気に入りのこの場所でランチを食べるのを楽しみにして来たのに、見知らぬ先約者がいた。こんな風貌の人物は、学園で見た事がない。とは言っても、自分もここに転入して来てそんなに日が経ってないけど。


 起きてくれないかな〜、そんでもって、その場所譲ってくれないかな〜


 あたしは、そうっと帽子に手を伸ばした。アレ? なんか今、伸ばした腕に僅かにずれて、もう1本の自分の腕が同じ動きをしたような……。ごしごしと目を擦って、自分の腕を動かしてみた。別に変わった所もないし、ズレても見えない。見間違いだったみたいだ。
 もう一度黒い帽子に手を伸ばし、そうっと持ち上げた。
 やっぱり知らない人。
 後ろで一つに括ったウェーブのかかった、柔らかそうな薄茶色の髪。髪よりちょっと濃い色の力強い眉、閉じられた目を縁取る規則正しく整った睫、綺麗に通った鼻筋、少し厚みのある形の良い唇、肌の色はあたしより濃いね。あ、ピアスもしてる。もしかして、目を開けたら結構な美形?


 う〜ん 目を開けてくれないかな〜


 目の色は――多分、青紫! 絶対! アレ、なんでそう思うんだろ…。そんな風貌の、知ってる子が居たようなー、なんか不思議な感覚。
 あ、既視感、そう既視感。それとも本当にどこかで会った事があるのかな……。


 パキッ


 ずっと同じ姿勢でいたのでちょっと身体が疲れて、無意識のうちに動かした左足が小枝を踏んでしまった。


「――ん」


 あ、起きたかな。
 目をきゅっと瞑ったまま、その人はぐんと両腕を前に伸ばした。次の行動にドキドキする。きっと目を開けるだろう。
 そして予想に違わず、ゆっくりと瞼が開かれていく。
 やっぱり青紫の瞳だ!
 あー、やっと起きてくれた。さ、そこどいてね、あたしお腹ぺこぺこなんだから――。
 言葉を発しようとその人の方を見て驚いた。とても柔らかで優しい微笑みを浮かべて、こっちを見上げてくるなんて。


 なんで?


 初対面のあたしに、そんな恋人を見るような貌をされても困るんだけど。というか、想像以上の美形っぷりなんですけどーーー! 変に心臓がドキドキするから、その視線やめて、ねっ、お願いします。
 なのに、その人はまだあたしに微笑んでいる。


「セ…フィ」


 うわ、声もなんて、もう……。え? 今、あたしの名前呼んだ?! あたし貴方なんか知らないよー。なんで貴方は、あたしの事知ってるのーー!? あ、温かい手。って今度は、手を握ってるーー!
 これ以上は、と慌てて一歩後ずさる。と同時に自分の身体から分離するように、一歩前に踏み出した人影が見えた。


 え?! あたし?!


 一歩踏み出した自分は黄色のミニスカートのワンピース姿、今の自分は制服を着ている。着ている服こそ違えど、その後ろ姿は紛れもなく自分だった。

 ミニスカートの自分は、その人に手を引かれるまま、ゆっくりと膝を付いた。そして、その人の空いた方の手が、あたしの首に回される。


 だめ――!! キスされる!


 慌てて、目の前の自分を止めようと、肩に手を掛けてみた。けれど、自分の手は、もう一人の自分の身体をすり抜けてしまった。もう一度掴もうとしたけど、やっぱり触れる事は出来ない。今の自分は、もう一人の自分と見知らぬ男の人を、ただ眺めている事しか出来ないんだ……。口惜しいけど、どうしようもないよ。


 あたし、どんな表情(かお)してるんだろう……。


 ここからでは、自分の顔もその人の顔も、死角になっていて全く見えない。分かる事と言えば、その人はとても愛おしそうに、自分に微笑んだ事、そして自分も嫌がる事なく、むしろ自分から膝をついた感じがする。
 ゆっくりと、近づく二人の姿に、少し胸が痛んだ。何故だかは分からないけど――。



 あたしは、力が抜けたように、木の根元に腰を降ろす。ふと左手に、男の人の帽子を持ったままだった事に気が付いた。隣の二人を見ないように、帽子を顔の上に置く。このまま眠ってしまおうかと、うとうとしかけた時、


「セルフィ、またね」


 直ぐ近くで、その人の、柔らかく心地よい声が聞こえた。
 慌てて帽子を降ろし、キョロキョロと辺りを見回す。




 誰もいない――――。




 もう一人の自分と男の人の姿もなければ、手に持っていたはずの黒い帽子も無くなっていた。
 まるで、そこに居たのは、始めから自分だけだったかのように、木漏れ日が落とした影だけが緑の絨毯の上をゆらゆらと揺れ、ふと、目の前を黒い揚羽蝶が、ゆっくりと飛び立っていった。


 ああ 夢、見てたんだ。


 唇には、柔らかな感触が残っているような気がしたけど、絶対気のせい、あれは夢だったんだ、間違いないって。
 あんな男の人、ぜんっぜん知らないもん。


 早く、お昼ご飯食べなきゃ。午後には、SeeD初任務のミーティングがあるんだから――。

セルフィがティンバーのSeeD初任務に行く直前辺りの妄想話です。
でも、多分この後G.F.ジャンクションの副作用で、すっぱり記憶は消えてしまうと思われ……。更に二度と思い出すこともないのではないかと。まだ会ってもないけど、アーヴァインが不憫な気がしますよ。
(2007.08.16)

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