Flower* chu done!

「すみませ〜ん、この花くださ〜い」
 セルフィは店に入ると、まっすぐその花に向かい植木鉢の花に水やりをしていた店員にそう告げた。
「かしこまりました」
 にこやかに店員は答えると、残り少なくなっていたその花をバケツから取り出した。
「この花普通はこんな匂いしないよね……」
 手際よく包装していく店員の手元に視線を落としたまま独り言のようにぽつりと呟く。
「ええ、そうですね。カラーにしては珍しく良い香りがします。私も初めて見ました、バラムにはない品種なんだそうです。それにこれで最後なんですよ。次回の入荷はあるかどうか分からないんです」
「へぇ〜、そうなんですか。私ラッキーだったんですねっ!」
 と、そんなオマケ情報を教えてくれた店員さんに礼を言うと、セルフィは店を後にした。
「んん〜〜、懐かしいいい匂い〜〜」
 両腕に花束を抱えて歩いていると、ふわりと吹いてきた向かい風に乗って良い香りが鼻腔いっぱいに広がる。
「お花はいい匂い、バラムの空と海は今日もきれいな蒼〜〜。でも、思い出せないなぁ〜〜」
 セルフィはバラムの気持ちの良い景色にぐ〜〜んと伸びをした後、こめかみをぐりんと指先で押した。

 数日前、さっきの花屋の前を通りかかった時不意に足が止まった。遠いどこかで嗅いだことのある匂いに、思わず。
 その時とても懐かしい気持ちに包まれたのだ。
「だけどなんで懐かしいのかわっかないんだよなぁ〜〜」
 腕に引っかけている買い物袋からロリポップを取りだすと慣れた手つきで片手で包装紙を取りはずし、ぽいっと口の中に放り込んで唸る。
 ここ数日何の匂いだったか毎日考えていた。だがさっぱり思い出せず、実物を手にすれば思い出せるかも知れないと思って、任務の帰り道いつもの通りからは逸れてこの花屋に立ち寄ってみたのだった。もっとも、セルフィがただ花だけを買って帰るということはなく、既にお菓子やデザート類がたくさんつまった大きな袋が腕にはあり、足取りに合わせて彼女の頭の中のようにゆれていた。


「ただいまー! 任務無事終わったよ〜」
「おかえり」
「おかえり、にぎやかなお嬢様がお戻りだな」
 SeeDの職務室に入ると簡素なものと少しトゲのある迎えの言葉が返ってきた。いつも通りのスコールとサイファーだとセルフィは意にも介さない。
「よう、おかえり。今日もめい一杯買い込んだな」
「あ、ゼルぅ〜、面白いパーツ仕入れたよ〜、後で見せたげる」
「サンキュー」
「おかえりなさい、セルフィ任務お疲れ様。あら、いい匂いの花ね」
 にこにこと嬉しそうに礼を言ったゼルと入れ替わるように、パーテーションの向こう側から現れたキスティスがセルフィの両腕の中にある花束に顔をよせた。
『ママ先生みたい』
 珍しく髪を下ろしているキスティスの肩をさらさらと美しい絹糸が流れる様を見て、セルフィはそんなことを思う。
『そうだ! この花、ママ先生が飾ってたんだ。シドさんがママ先生にって持って帰ってきて。今みたいにママ先生がいい匂いって嬉しそうに……』
「わ〜、こんないい匂いのするカラー初めて見る。ガルバディアでも見たことないよ。カラーって言えば最近ブーケに人気だよね」
 キスティスに少し遅れてパーテーションの向こうからやってくると、リノアもまたくんくんと花の匂いを嗅いだ。
「そうね、花嫁さんのブーケでもよく見かけるわね」
『ブーケ…………あっ!!』
 リノアとキスティスの発したキーワードに、セルフィの心で何かがパンッとはじけた。




 古い石造りの家の裏手、海岸へと降りる階段手前の小さな広場で子供たちの賑やかな声がしている。
「アービンちゃんとショールまくのっ」
 セルフィは腰に巻いたショールをはずそうとしているアーヴァインの手をぺちんと叩いた。
「やだよセフィ、スカートみたいだよこれ」
「だってスカートだもん、アービンははなよめさんなんだからぁ」
「ええ〜〜、ぼくはなむこがいいよ」
「はなむこはあたしがやるのっ」
「ええ〜〜〜」
 不満を漏らすアーヴァインのことなど取り合わず、セルフィはママ先生のショールをスカートらしく見えるように縛り直し、ヴェール代わりの白いハンカチをアーヴァインの頭にのせた。
「はい、ブーケもちゃんともってね」
「ええっ、これまませんせいのおはなじゃ……もってきちゃっていいの!?」
「ちょこっとかりただけだもーーん、ちゃんともどすもーーん」
 悪びれもせず言うセルフィにアーヴァインはそれ以上言うのをやめた。彼女は男の子と間違えられるくらい活発に外を飛び回っているし、言い出したらなかなか頑固だ。それに何よりアーヴァインは、そんなセルフィと一緒に遊ぶのが一番嬉しくて楽しい。
「それじゃあ、けっこんしきをはじめま〜す」
 セルフィが高らかに宣言すると、集まっていた子供たちは一斉にパチパチパチと大きな拍手をした。キスティスに「ぜんいんさんかよ」と連れて来られたスコールだけは、扉近くにつっ立って面倒臭そうなまばらな拍手だった。
「セルフィ、あなたはアーヴァインをつまとすることを、ちかいますか?」
 進行役然とした真面目な顔のキスティスが問う。
「はい、ちかいます」
 にこにこと一際元気な声でセルフィは答えた。
「アーヴァイン、あなたはセルフィをおっととすることを、ちかいますか?」
「はい、ちかいます」
 アーヴァインもまた即座に返事をした。妻と夫が逆とはいえ、キスティスの顔も口調も真面目でいつの間にか本当に自分たちの結婚式のような気持ちになっていたのだ。
「それでは、ちかいのキスを」
「まねごとだからキスはな〜し」
「えっ……」
 セルフィの突然のぶった切りにアーヴァインとキスティスはあっけにとられた。すると。
「ちかいのキスのないけっこんしきはけっこんしきじゃないぞ〜」
「だってまねごとだもん、いらないよ〜」
 拳をぶんぶん振りまわしながら抗議の声を上げているゼルに、セルフィは自分がルールだとばかりに譲らない。
「きっすしろ〜、きっす〜」
 そんな様子を面白がって大きな声でサイファーが煽るように囃し立てる。
「き〜す、き〜す、き〜す」
「キスだ〜、キス〜」
 ゼルやサイファーの扇動に乗って周りにいた子供たちもみんな口々に言い始め、すぐにキスコールの嵐となった。
「さ、セルフィ、ちかいのキスを」
「ええ〜〜っ、アービンだっていやでしょぉ〜」
 キス、キスと囃し立てられる中セルフィが隣のアーヴァインを見ると……。



「セフィ〜〜、おーーい、セフィ聞こえてるぅ〜〜?」
 自分を呼ぶ声がしてそっちに顔を向けると、隣にアーヴァインが立っていた。
『うわっっ、アービンなんちゅータイミングで立ってんねん!!』
「あ、やっと気がついてくれた。おかえり〜、セフィ。僕も今、訓練終わってきたとこ〜」
「たっ、ただいま、アービン」
 にこにこといつものように笑いかけてくるアーヴァインに、今頭の中で絶賛再生されていたことを悟られぬよう、セルフィは花束で半分顔を隠して挨拶をした。
「あ、この花。懐かしいね〜」
 セルフィが抱えている花束に視線を移すとアーヴァインはパッと顔を輝かせた。その表情に一瞬イヤな予感がセルフィの背筋を駆け抜ける。
「ア、アービンは憶えてるん??」
 ひょっとしたら自分が思い出したものとは別の思い出かもしれない。かつての花嫁役登場で軽く混乱をきたしているセルフィはそんなトンチンカンな望みをかけて、ドコドコと太鼓が心臓を打ち鳴らしているのを必死で抑え、さらっとなんでもないことのように訊いてしまった。
「そりゃあ、憶えてるよ〜〜。というより、僕にとってはすっごく大切な思い出だからね〜」
「う……っ」
 自分の返答に顔を赤くして慌てた様子のセルフィに目をすがめるとアーヴァインは、すっと彼女の耳許に顔を近づけた。
「結婚式したよね。ちかいのきっ……」
「うわぁぁぁぁ!! してない、してない、ちかいのきっすなんてしてなあぁぁいいっっ!!」
「ふごご…」
 アーヴァインの囁くような声が耳許でした瞬間、セルフィは片手で彼の口を塞いで次の句を阻止すると、盛大な墓穴にも気がつかぬまま脱兎の如く職務室から逃げ出した。
「あっ、セフィ待ってよ!! じゃ、みんなおやすみー!」
 迷わずセルフィを追いかけてアーヴァインも走り出す。
「おい、“ちかいのきっす”ってなんだよ、教えろよアーヴァイン!!」
「わたしも知りた〜い!」
 ゼルとリノアが間髪入れずにアーヴァインに投げ飛ばした言葉は、シュンと軽い音を立てて閉まったドアにしか届かなかった。
 そんな彼らの遣り取りに顔が緩むのを堪えながら見ていたキスティスは、セルフィが去っていった後に一本のカラーが落ちているのを見つけた。
「ああ……そうだわ、この花」
 花を拾い上げ、セルフィの慌てぶりとアーヴァインの嬉しそうな顔に、彼女もまた懐かしい過去を思い出し思わず口許が綻ぶ。
「あ、キスティスその顔知ってるでしょ〜、セルフィの言ってたこと教えて〜〜っ!」
「俺も俺も!」
 当事者が去ってしまい、リノアとゼルは身近な人間に矛先を変えた。
「それなら向こうの二人も憶えてるみたいだから訊いてみたら?」
 そう言ってキスティスが示した先には、眉間の傷を一層深くして額に手を当てているSeeD指揮官殿と、ゴンッと勢いよく机に頭を打ち付けている風紀委員長殿の姿があった。
「ええ〜〜っ、あれ絶対訊いたら怒る顔だよっ、お願いキスティス!」
「キスティス教えてくれよ!」
「花を花瓶に生けて、お茶を淹れてくるわね」
 簡単には引き下がってくれそうにない友人たちに、半ば魂の抜けている男二人に任せるか、それとも自分がじっくり相手をした方が得策だろうかと、真っ直ぐに伸びた茎の先で清かに開いている白い花を見てキスティスは思いあぐねた。


ベコさまとリクエスト交換にて、このお話を書かせていただきました。
セルフィが花婿役なのが、なんとも彼女らしいです!(笑)
ちかいのきっすは実行されたのかどうか、真相はベコさんのみぞ知る…。(セルフィの行動でバレバレか!?)
ベコさんよりこのお話のイメージイラストも頂戴していますので、是非ご覧になってください!! *ココ!*
ベコさん楽しいリクエストありがとうございました!
アービン誕生日おめーー!!
(2012.11.24)

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