Fall'in happy!

 どん、とした小さな衝撃をアーヴァインは思わず守るように受け止めた。
「ご、ごめんなさいっ」
「僕の方こそ、ごめん。ケガはない?」
 全くもってそうだった。ぼ〜っとして歩いていたのは自分の方で、相手は悪くない。
 そう思ってアーヴァインは、長身の彼を見上げる幼年クラスの男の子に優しく尋ねる。
「大丈夫です。あ…」
「ん? どうかした?」
 思い出したように男の子は手にしていた可愛らしいラッピングの小振りな袋をごそごそと開けていた。
「大丈夫です!」
 中味が無事だったらしく、男の子はアーヴァインににこっと笑顔を向ける。
「そっか、よかった。いい匂いがするね。クッキー?」
 リボンを解かれた小さな袋から甘い匂いが漂ってくる。
「はい、SeeDのおねーさんにもらいました」
「SeeDの?」
「え〜と、何て言ったかな。あ、そうだ。セルフィおねーさんです!」
 男の子は名前を思い出せたことが嬉しかったのか、パッと顔を輝かせた。
「え、セフィ……? う〜ん、……なんでまた……」
「あの…僕、友だちが待ってるから、もう行ってもいいですか?」
 自分が返答をしたあと、う〜んと考え込んだようになってしまったアーヴァインに男の子は、どうしたらいいのかわからない風だったが、友だちのことが心配になったのだろう、恐る恐る背の高い先輩の表情を窺うように問いかけた。
「あっ、ごめん。ねぇ、そのセルフィおねーさん、どこにいるか知ってる?」
「あっちのイベント会場です」
 男の子は自分が走って来た通路の奥を指差した。アーヴァインがそちらに視線を移すと、通路の壁にそのイベントのものらしいポスターが貼ってあり、そこには誘導を示す大きな矢印が書かれているのも目に入った。
「ありがとう、ぶつかってごめんね〜」
 男の子に手短にそう言うと、アーヴァインは教えてもらったイベント会場へと足を向ける。
『幼年クラスのイベントスタッフやるなんて言ってたっけ』
 そんな情報聞いていただろうかと、目では誘導ポスターを追いつつ、頭はここ最近のセルフィのスケジュールを思い出しながら歩く。だが、思い出す間もなくポスターを二つ過ぎたところで到着してしまった。

 幼年クラスのエリア内にある教室を二つ足した位の大きさのホールが、そのイベント会場らしかった。室内はちょっとしたパーティのような華やか飾り付けしてあり、ホールの真ん中辺りにいくつかの机を並べて作ったらしい、明るい色のテーブルクロスをかけた大きな机がどんと置いてある。そのテーブルにはさっきアーヴァインとぶつかった男の子が持っていたのと同じような大きさの、色とりどりの包みが並べてあるのが見えた。
「あら、アーヴァインどうしたの?」
 聞き馴染んだ涼やかな声が彼を捉える。
「キスティス、盛況だね。何のイベント〜?」
 入れ替わり立ち替わり、アーヴァインの横をすり抜けるようにして幼年クラスの子たちがそのテーブルの所に集まっている。その子たちの邪魔にならないよう気を配りながらアーヴァインは、テーブル越しに子供たちの相手をしている声の主の方へと歩み寄った。
「幼年クラスのオリエンテーリングよ。全てクリア出来た子へのごほうびの受け渡し所がここなの」
 ちゃんとクリアしたかどうかのチェックを受けた子供たちに、ごほうびの包みを渡しながらキスティスが言う。
「へえ〜、そうなんだ」
「訓練の一環だ。これなら楽しみながら出来る」
「なるほどね〜、工夫されてるんだね〜」
 子供たちの波が途切れたところで、キスティスの隣にいたシュウにそうつけ加えられてアーヴァインは素直に感心した。
「あなたはどうしてここに? 午後からお休みじゃ……」
「あ、うん。セフィがこっちにいるって聞いたから」
 キスティスは納得したというようにクスッと笑みを零した。
「セルフィなら、今までいたんだがな。何か逃げるような感じで慌ててどこかに行ったぞ」
「シュウ、またそんな言い方。今回セルフィは準備だけの担当だったのだけれど、予想外の忙しさで、無理を言ってここの手伝いをしてもらっていたのよ」
「で、見ての通りひと段落して、ちょうどアーヴァインと入れ替わりでここを出て行ったってワケだ。急いでるのは確かみたいだったから、誰かと約束でもあったんじゃないか?」
 シュウはそう言うと含んだ笑みでアーヴァインを見た。
「あ〜、はははははは、そうかもね〜」
 シュウの指摘内容に心当たりがあったが、アーヴァインは笑ってごまかした。正直に自分との約束があると言えば、絶対からかわれる気がした。それくらい、アーヴァインがこのバラムガーデンでセルフィの所在を捜して歩く姿は日常の一風景のようになっている。
「セルフィなら心配しなくても大丈夫よ。きっとすぐに会えるわ」
 だがキスティスは意外にも、アーヴァインの思惑に反した優しい言葉をかけてきた。
「なに、それ。セルフィの一人歩きが危険なことみたいに」
 シュウも同じように思ったらしく、怪訝な顔をキスティスに向ける。
「小さい頃のセルフィはそうだったのよ。冒険心の塊で、平気で危ないこともやってのけることも多かったから、いつもアーヴァインが心配して傍にいて、それで危険を回避出来たこともあったわ。だから、ね」
「へえ〜、アーヴァインがセルフィを捜し回るのには、そういう理由があったのか。なるほどねぇ、そりゃ心配にもなるな、お疲れ」
 キスティスの説明を聞いて「確かにあの子は歩くびっくり箱だ」と一人納得したようにうんうんと頷くシュウを見てアーヴァインは、からかいの種にならずに済んだとホッと胸を撫で下ろした。。
 正直なところアーヴァインとしてはそれだけではなく、どちらかと言えばもっと別の理由の方が大きく、それを思い起こさせられるのもちょっと嫌だという思いもあった。
 相変わらずの不安。
 子供の頃離ればなれにされてしまったこと。好奇心旺盛で社交的すぎるセルフィの性格。こと恋愛に関しては意志表示も表現も乏しいこと。それらが未だにアーヴァインの不安を募らせている。
 そんな内情的な理由など、端から見ているだけでは解りはしない。単にいつも恋人を捜し回る男として写るだけだ。それはどう考えても格好良いものなんかじゃない。他人に対して格好つけたいなんて思いはないが、好きな女の子の前では格好良くありたいというプライドはある。ついでにそんなヘタレな部分を、わざわざさらけ出す気はないが、巡り巡ってセルフィの耳に入らないとも限らない。もしそうなったらセルフィが頼りに出来るような男になりたいと精鋭努力中のアーヴァインには結構なダメージだ。
 幼い頃も今の二人もよく識るキスティスは、それらを全部汲み取った上でシュウにああ説明してくれたのだろうと、自分に向かって投げられたウィンクをアーヴァインはそう解釈した。


 セルフィのいないとわかった場所から離れ、アーヴァインはなんとなく中庭へと通じる通路を歩いていた。
 特にこれといった目的はないのだ。
 セルフィとの夕食の約束は確かにあるが、その時間には随分早い。だからよしんばセルフィを見つけたとしても彼女はまだ勤務中で、相手をして貰える可能性は低い。突然「やる」と言われてもらった午後からの休日を持て余して、セルフィを捜してみたり、ぶらぶら歩いてみたりというのが現状だった。
「大人しく寮に戻ってるかな」
 もう何もやることを思いつかず取り敢えず、自室で時間まで過ごすことを決める。

 中庭の塀に沿うようにぽつぽつと植えてある木を辿るように、寮のあるエリアの方へ時間を潰すようなゆっくりとした歩調で歩く。
 と、ふいにガサガサと上の方で枝が揺れる音がした。
 猫でも迷い込んだのかと見上げる。すると猫の足ではない足がにゅっと出てきた。
『えっ!? 人っ!?』
 突拍子もないものが突然現われて、アーヴァインは思わず固まってしまった。
 それは紛れもなく猫より遙かに大きい人間の足で、塀を越えて伸ばしている枝を避けるように、塀の上を歩いてるのだということが解った。解りはしたが、こんな所を歩く人間など普通はいない。
 だが、それをどーんと越えたものを見て更に驚く。
「セフィッ!?」
「ア、アービンッ!? わ、わわっっ!!」
 いきなり名前を呼ばれてビクッとなったセルフィの身体がグラッと傾ぐ。
 彼女としても全く予想外のことだったのだろう、まん丸に目を見開き、パッとミニスカートを押さえたが酷く慌ててしまい完全にバランスを崩す。
「アービンどいてーっ!!」
「―――― ぐほっっ!!」
 セルフィがそう叫ぶと同時、アーヴァインは逆に受け止めようとしたが、急すぎて体勢を整えるのが間に合わず、どさっと折り重なるようにその場に倒れ込む。
「アービン大丈夫っ!?」
 飛び退くようにアーヴァインの上から降りると、セルフィは彼の安否を確かめた。
「痛いよ、セフィ〜」
「ごめん、ほんっとごめん。ね、どこ打った?」
 額をさすり、もう片方の腕でやっと身体を支えるようにして身体を起こしたアーヴァインを、セルフィはオロオロと腕を伸ばして打っていそうな箇所を探す。
「な〜んか頭が、クラクラする〜」
「頭打ったん? 他に痛むトコは? カドワキ先生呼んでこよっか?」
 のろりとした動きと口調で答えるアーヴァインに対して、セルフィの口調は早く余裕がない。
「カドワキ先生呼んでくる! アービンはここでじっとしてて」
「待って、セフィ!」
 素早く立ち上がり身体を翻しかけたセルフィの手首の辺りを掴みアーヴァインは止めた。
「頭打ってるんだよね、だったら早く先生に看てもらわなきゃ!」
「大丈夫だよ。突然だったから、ちょっとびっくりしただけだよ〜」
 尚も心配し続けるセルフィを安心させるようにアーヴァインは微笑った。
「ホントに?」
 セルフィはその笑顔を見て少し冷静さを取り戻し、アーヴァインに手を引かれるままトンと膝を付き彼の顔を心配げに覗き込む。
「うん、本当に大丈夫。下はこの通り芝生で柔らかかったし、セフィは軽いからね〜」
「…………」
 口の端をくいっと上げた笑顔を向けられてセルフィは言葉に詰まった。
「でも……」
 そのわざととも取れる笑顔に、ちょっとだけ不安が残る。
「僕だって一応SeeDなんだよ〜。鍛えてもいるし、あのくらいの受け身は出来るって、ましてや相手はセフィなんだし、ね。気になるなら、触って確かめてみたりする?」
「い……いい」
 徐々にいつものペースを取り戻していくアーヴァインに、セルフィは彼に握られたままの腕を咄嗟に引っ込めた。
 けれど大した強さではなく、離れてしまうには至らない。
「それより、セフィ。なんであんなところ歩いてたの?」
「え、あっ、……それは…」
 言い淀みセルフィは、何かを探すようにあちこち視線を彷徨わせた。
 アーヴァインは一応訊いてはみたものの、はっきりとした答えを聞きたいとは思っていなかった。セルフィにそんな質問は愚問だ。ああいうところも平気で通り道にしてしまう。それがセルフィなのだ。彼女をガーデン内で見つけにくい理由の一つもそれだと知っている。もうずっと前から日常になってしまっているものに、今更理由なんて。
 何しろ彼女は、アーヴァインだけでなく他の者も認める『歩くびっくり箱』なのだから。

「セフィ、甘いいい匂いがするね」
 だから彼女を困らせるような質問はさっさと流してしまうに限る。
「うん、10時くらいまで幼年クラスのイベント用のクッキー作りしてたから」
「え、あのクッキー、セフィが作ったの?」
「何人かで作ったから、あたしも、だけど」
「うわ〜、そうだったのか〜。失敗」
 キスティスとシュウが渡していたクッキーがセルフィの手作りだとは全く予想もしていなくて、アーヴァインはあの時一袋頼み込んで貰えばよかったと後悔した。料理をあまりしたがらないセルフィの手作りなんて、レア中のレアだ。恋人の自分でさえ、二度くらいタコヤキを食べたことがあるだけだ。しかもそれはアーヴァインの為というものではなく、みんなでワイワイと摘んだ程度だ。
 そんな貴重なクッキーを、あの幼年クラスの子たちは口にすることが出来たのかと思うと……。
「え、失敗ってなに?」
「羨ましいってこと、そのセフィ手作りのクッキーを貰える子たちがね」
「あははは、ごめんね〜。アービンの分はないんだ〜」
 セルフィの申し訳なさそうな顔を見て、アーヴァインは一縷の望みを打ち砕かれてがっくりときた。
 セルフィが覚えているかどうかさっぱり判らないが、今日という日くらい自分にもそういう“ごほうび”が許されるだろうに。幼年クラスの子たちと同じ扱いでいいのか、と聞かれたらそれはちょっと、いやかなり淋しいが、恋人の自分はまたも放置かと、なんだか理不尽な怒りみたいなものまで感じてしまう。
「あ、のね、アービン」
「うん?」
 はぁと溜息を吐いて、アーヴァインはぼ〜っとセルフィの方に顔を向けた。
「クッキーはないけど、アービンには別のが……あるからね」
「え?」
 照れくさそうに俯いたセルフィの頬に赤みが差すのを認めて、アーヴァインの心臓がちょこっと跳ねた。
「あ、大丈夫だよ。キスティスに教えてもらいながら一緒に作ったから、あたしでもなんとか成功した……から」
 相変わらず俯き加減ではあったけど、もう頬はすっかり真っ赤になっているのがアーヴァインは愛しくてたまらなかった。そしてさっきキスティスが言った言葉の真意を理解した。
「セフィの作ってくれたクッキーなら、きっと美味しいよ」
 セルフィの手首を軽く握っていた手を外し、代わりに気持ちを伝えるようにそっと彼女の手を握る。
「あ、クッキーじゃなくてケーキ。アービンの誕生日だから。シンプルなものがいいかなと思ってシフォンケーキ。だけど、難しくて何度も失敗しちゃったよ」
「……セフィ、憶えててくれたんだ」
『なんかもう、無理!』
 やっと顔を上げてえへへと舌を覗かせたセルフィの可愛さにアーヴァインは限界を感じた。
「ありがとうセフィ!」
 握った手に力を込め、くいっとセルフィを引き寄せ抱きしめる。
「わっ! 渡せるのは、今じゃなくて夕食の後だよ」
 勢いよく抱きしめられたセルフィの声が焦りの色を見せる。
「うん、わかってる。わかってるけど、先にお礼のキスしてもいい?」
「ええっ、ちょっ、アービンまっ……」

 恋人の愛情の深さ、想いの強さを理解するには、セルフィにはまだまだ時間が必要なようだった。


アービンとしてはまだ物足りないことが多いようだけど、確実にセルフィに愛されてますよ。(´∀`*)
アービン誕生日おめー! 今年もお祝い出来て嬉しい〜!
※アービンがセルフィのパンツを見てしまったのかは謎。(笑)
(2010.11.24)

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