「新しい管理部ってここでいいんですか?」
普段あまり立ち入ることのないガーデン内のエリアで、丁度この辺りだろうというところまで来てアーヴァインは、近くにいた女性職員に声をかけた。
「そうですよ。ああ、ごめんなさいね、今引っ越しの真っ最中なの。えと、ご用件は?」
大きめのプラスチックケースを持ち上げようとしていた手を止めて、女性職員が顔を上げた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「こちらへの提出書類を持ってきたんですが……大変そうですね。手伝いましょうか」
よく見るとプラスチックケースがドアの前に十個くらい置かれていて、数人の女性職員でそれを運んでいるようだった。パッと見ただけでも苦労しているらしいのがわかる。
「お願いできる〜? あとはこのケースを運ぶだけなんだけど、紙がぎっしり入っててけっこう重いのよ」
女性職員がすまなそうな顔をする。
「どうして重要なものって紙で残しておかなきゃいけないのかしらね〜」
「ホントよね、この電子化の時代に。それに頼りの男共は、どういう訳かみんな出払ってるしね」
開け放たれたドアから出てきた女性職員二人の会話を聞いては、アーヴァインも放っておくことはできなかった。
「いいですよ〜、これですね」
笑顔と共に気軽に作業に加わる。
すこし離れたところからそれを偶然見かけたセルフィは、自分でも知らないうちに溜息をついた。
「相変わらず、優しいねんな〜」
素直にそう思う。生来アーヴァインは優しい。今のような行為は彼によると、“礼儀”の範疇なのだそうだ。そう言われれば納得だ。現に職員のお姉さん達が大変そうなのは、ここから見ていてもわかった。アーヴァインなら、絶対素通りしない。
ただそれを知っているのはセルフィだけではなくて、彼を知っている者なら大抵は知っている。だから、中にはわざと利用する者がいたりするのも、セルフィは既知だったりするワケで。お人好しのアーヴァインは勘ぐることもなく、頼まれると自称“礼儀”とやらの親切心を気前よく発揮して、ああやってにこにこ顔で引き受ける。それは老若男女誰に対しても同じなのだ。特別な感情があるとかではない、――ってことも知っている。
けれど頼んでくるのが女の子だった場合、更にその向こうに何かの思惑がチラッと見えたりすると、ちょっと心がざわざわっとする。すこし前までの自分なら気がつかなかったけれど、最近はそれがアーヴァインに向けられる好意によるものだというのが、セルフィにも解ってきた。
心がざわつくのは、きっと自分も同じ想いを抱いてるいるからなのだという考えは、セルフィは故意にスルーしていた。
その感情が何なのか、ということも。
「お待たせ、セルフィ」
「あ、リノア。そんなに急がなくてもよかったのに」
余程急いできたらしく、艶やかな黒髪が大きく波打つ姿にセルフィは微苦笑した。
「これもダイエットだと思えば、ね。あ、あそこにいるのアーヴァインだよね」
手をかざし背伸びをするようにして、彼女が来る直前までセルフィが見ていた方をリノアも見ている。
「今日もムダに親切だね〜。あれじゃセルフィがヤキモチ妬くのもしかたないね」
「な、なに言ってんのリノア」
「隠してもムダだよ。さっき、スコールみたいな険しい顔してたもん」
悔しいくらいにど真ん中を突かれて、セルフィは唇をきゅっと結んだ。
「せっかくだしアーヴァインも誘おうよ」
「う……ん。でも、残念ながらムリみたいだよ」
「どうして?」
アーヴァインからセルフィに視線を戻していたリノアは理由を問う。
「『これから大事な用があるので』っておねーさん達のお誘い断ってる」
「あ、ホントだね」
再びアーヴァインの方に向いたリノアも、それがわかったのか残念そうな顔をした。
食堂横、カフェテリア。
「へ〜、今週は“ハーブティーと健康茶週間”なんだ」
「このメニュー、めちゃめちゃ冒険してない?」
「かなりぶっ飛んでるねぇ。シルベスタギムネマ茶って一体どんなお茶!?」
セルフィはリノアの眉間にスコールみたいな縦皺が刻まれたのを見てつい吹き出してしまい、自分でもそれに気づいたのかリノアもつられるように笑った。
このカフェテリアは食堂のおばさんの家出をしていた息子さんが開いたものだ。食堂で彼が作って出していたデザートの評判がよく、甘いもの好きの女生徒や、ちょっとした打ち合わせにも使いたいという要望も多く、気がついたら専用のスペースとしてここが開設されていた。
更にお兄さんはサービス精神も旺盛で、時折今回みたいな期間限定のフェアを開いたりもする。それが今週は“ハーブティーと健康茶週間”らしい。
「アーヴァインて女の子だけじゃなくて、誰にでも親切だもんね〜。いっそ自分以外に優しくしないでって言っちゃえば? アーヴァイン、セルフィの頼みなら絶対聞いてくれるよ」
結局お茶ではなくボリュームのあるパフェを選んで、席に着くとリノアはそう切り出した。
「それもイヤなんだよね」
セルフィも同じものを前にして、親しい友人相手だからかすんなりと答える。
「ええ〜、どうして?」
「そんな風に束縛するのはなんかイヤ。逆に、束縛されるのもキライだし」
「ふう〜ん。なのに、アーヴァインが他の女の子と親しく喋ってるのを見るの嫌なんだ」
セルフィはそれに答える前に、パフェのてっぺんにあった大きなイチゴをぱくんと食べた。
女の子と話をしているアーヴァインを見るのは嫌だけど、学園のことやSeeDのことで話をするのは当然のことだ。それに誰にでも親切なのは昔からのことで、そういう優しい部分もまた好きなのだ。
「セルフィの言うことも一理あるけど、素直な感情は言ってみてもいいと思うよ。それくらい好きなんだよって意味で。アーヴァインなんかセルフィ以上にそういう風に思ってるんだから、セルフィからそんなこと言われればむしろ喜ぶと思うんだけどなあ」
身に憶えがあるでしょ、と言うようにピッとスプーンを向けられてセルフィは、口に入れた生クリームが喉につかえた。
「わかってるんだけど、『もっと思ってること言って』って言われてるんだけど、いざとなると何か言えないんだよね」
数拍の沈黙ののち、ウエハースのパリンと割れる音がした。リノアが手に付いたカケラを丁寧に落としてから、ゆっくりと口を開く。
「セルフィって、やっかいな性格してるね」
「それ言わんといて〜。自分でもわかってんねん」
「自覚ありなのか〜」
「…………」
押し黙ったまま思いっきり困っているんですという顔の友人に、リノアは溜息をつく。
「悪いけど、アドバイスのしようがないよ」
「うん、そうだよね」
自覚ができるようになった分マシなのかな〜とリノアは思う。そういう意味ではちゃんと進化している。努力はしようと思っているようだし、時間はかかるかも知れないけど、こうやって好きな男の子のことで悩んでいるセルフィってのは、見ている分にはとても可愛いんだけど……。
「素直な気持ちが言えるようになるといいね」
「うん」
「そうだ! 気晴らしに買い物でも行かない?」
「あ、いいね」
楽しそうなことを目の前にした女の子の気持ちの切り替えは早い。
「その前に、お茶飲まない? 今日のパフェちょっと甘かった」
「うん、飲む、飲む。シルベスタギムネマ茶?」
「チャレンジしてみる?」
「してみよっか」
好奇心旺盛な二人は、そのキテレツな名前のお茶にとても興味を惹かれた。
「あ、私が取ってくるよ。セルフィは待ってて」
席を立とうとしたセルフィより早くリノアが立ち上がる。
「ありがとう」
軽快な足取りでカウンターの方に向かうリノアの背中を見送り、セルフィは次に窓の外に視線を移した。上の方に白い雲が流れ行く空がある。頬杖をついてそれをぼ〜っと眺めた。
『他の女の子と話をされるのはイヤ、か〜』
それってただのワガママだ。けれど恋する者にとって普通の感情らしいってのは、リノアからもキスティスからも何度も聞かされた。実際に女の子と話をするのを止めてほしいって、本気で思っているワケじゃない。ただ、自分ではない別の女の子に視線を向けている時、アーヴァインの心の中に自分の存在があるのかな〜と思ってしまうのだ。だから「あるよ」という返事さえ貰えば、そんなに嫌でもなくなるんだろうと思う。
『確信がほしいだけかぁ』
そこに結論が行き着いた。てことは、リノアの言うとおり本人に言ってしまえばいいのだ。あたしのことを忘れないで、と。
もっとも、それが言えないから苦労しているワケで。
すっかり堂々巡りに陥っている。そう思うとセルフィは、はあ、と息を吐いた。
「どうしたの。思いっきり溜息なんかついて、なんか悩みごと?」
セルフィの視界の端でお茶のカップが置かれたのを捉えたと同時、その意外な声にガクンと顎が落ちかけた。どうしていつもいつもいつも、それこそ子供の頃からこの男はスバラシイタイミングで現われるのか。
「なんでアービンがここにおるん?」
いきなりの本人登場に、動揺しているのを悟られないようセルフィは平静を装った。
「入り口の近くを通りかかったら、リノアに呼ばれたんだ〜」
嬉しそうな顔をしてアーヴァインは、リノアが飲むはずだったお茶を自分の前に置いて、もう腰を降ろしていた。
「リノアは来ないってこと?」
「ん、そうかな。後はよろしく、って言われたから」
セルフィは心の中でがっくりと項垂れた。
「買い物行くの楽しみにしてたのにな〜」
「今から?」
「うん」
「僕が付き合おうか?」
「なんで?」
「なんでって、時間あるし……僕じゃ、イヤ?」
「大事な用あるんじゃなかったの?」
「用? ないよ」
「さっき言ってたのは? この後用事があるからって」
「え、セフィ見てたの?」
「う、うん。リノアを待ってる時に、ちょっと見かけただけやけど……」
さっきのリノアとの会話が蘇る。今訊いてみようか。セルフィはチラッとアーヴァインの方を窺った。アーヴァインはごく普通の顔をしてお茶を飲んでいる。話を切り出すのなんか簡単な雰囲気だ。けれどいざ本人を前にするとやたらドキドキして、自分の感情に関することはどうしても恥ずかしさが先に立って、それがジャマをする。
ホント、リノアじゃなくても、これでは呆れてしまう。
セルフィが心を落ち着かせる為にお茶に口をつけるのと入れ替わりに、アーヴァインはカップを置いた。
「さっきのは角が立たないように断る口実。でも、反故にされた約束はいっぱいあるな〜」
「誰に?」
セルフィはうっかり問いかけてしまった。
「それを聞く? セフィだよ」
何のことだろうというような顔をしたセルフィを見て、アーヴァインが眉をひそめる。
「忘れたとは言わせないよ。昨日のランチに、先週の土曜日の夕食、その前は……」
「もういい」
ヤキモチ云々どころではない、逆に藪のヘビをつついてしまった。
「……ちゃんと埋め合わせはしてるやろ」
「三回に一回くらいでね」
セルフィは過去の自分を小突きたい気分だった。
わざと約束を破ったというワケではなくて、ちょっと何かに集中したり夢中になると、つい時間を忘れてしまうことがあるのだ。それがアーヴァインとの約束だったりすることが時々あって、自分が悪いという自覚はあったのでその都度謝ってはいた。もっとも謝ってそれで完了するなら、世の中のもめ事はもっとずっと少ない。
そんな状態で「自分以外の女の子と喋らないで」とか言おうものなら、アーヴァインは喜々としてみっちりこってりな“埋め合わせ”を要求してくるのは必至だ。
セルフィはアーヴァインに向かって、ごまかすように笑顔を作った。アーヴァインも笑い返してくる。けれどその目は、笑ってないように見えていけない。アーヴァインの澄んだ青紫の瞳は大好きだけれど、その目にじっと見つめられるのは、相変わらず苦手だ。ずっと見ていたいと思う反面、心の奥を見透かされ居たたまれない気分になってくる。
セルフィが居たたまれなさを強く感じ始めた頃、アーヴァインが口を開いた。
「もう一つ約束したことあったよね」
「……なに?」
今度はいったいどんな約束を反故にしたんだと、セルフィは恐る恐るながらも訊いてみた。
「この前デリングシティのお祭りに一緒に行こうって言ってたヤツ。どう? さっきキスティスに確認したら休み合うのがわかったけど」
「行く!」
今度のは約束を反故にしていたワケじゃなかった。それよりアーヴァインの言葉に、楽しみにしていたヤツだ思い、とセルフィは即答していた。
※-※-※
デリングシティはついこの前来た時よりも、一層華やかで人でごった返していた。
「あ、セフィ危ないよ」
「えっ?」
セルフィが何のことが気がつく前に、アーヴァインに腰を攫われていた。
「ぶつかるとこだった」
「……ありがと」
アーヴァインの腕の中にぽふんと収まる形になったまま、前方を見ると大きな花束を抱えた人が「ごめんなさいよ〜」と声を張り上げながら先を急いでいる後ろ姿が見えた。
「セフィはこういうお祭りとか物めずらしい場所に来ると、周りは全然目に入ってなくて、興味のある目標物にまっしぐらだよね」
苦笑混じりの声のアーヴァインにセルフィは言葉に詰まる。
実にその通りだ。プライベートな時に限ってではあるけど、物珍しいものや場所に来ると、つい興味を惹かれるものにフラフラと吸い寄せられてしまう。そうすると周りが疎かになって、よく人にドンとぶつかったりする。前に行った南国の街では車道に転がり出そうになって、今みたいにアーヴァインに助けられた。
あの時と同じ状況だと思うと、ちょっと情けなくてセルフィもばつが悪かった。
せっかく今日はいつもと志向の違う、ファーの付いた白のAラインの女の子っぽいコートとか着て、それに合わせて他もかわいい感じのものを選んでみたりしたのに、中身は相変わらずなのに溜息が出る。
「で、いつまでこうしてるん〜?」
それはさて置き現実に戻り、自分を抱き込んだままのアーヴァインを見上げる。
「気がついたか」
「アービン、わかり易すぎ」
あははと残念そうに笑うアーヴァインをぐいと押して、セルフィは照れ隠しのように彼から離れた。
今日はアーヴァインもきっちり着込んでいて、あの夏の街の時みたいに、薄着のアーヴァインの体温をダイレクトに感じたりすることはないけれど、それでもずっと密着していると心臓がドキドキしていけない。つまり身体に良くない。
特に今日のアーヴァインは別の意味でドキドキする。
待ち合わせたガーデンの門のところへやって来た彼を見て、どこの御子息かと思った。何て言うか、いつもと違う格好良さだったのだ。ちょっとかっちりした印象のベルト紐をきっちり結んだ黒に近い茶色のコートに、細身の黒のパンツは裾が若干広くなっているのがコートの硬い印象を若者っぽく中和していた。それがまたよく似合っていて、セルフィはすこしの間見とれてしまった。
「あ、あっちが屋台が並んでるトコやろ、空きっ腹にはオイシイ物〜」
セルフィは慌てて思考の矛先を変えた。
人が多く流れている前方の道路脇に小さな店が並んでいるのが、ちょっとだけ人のすき間から見える。
そんなことよりお祭りだ。その為に遠出をしてデリングシティまで来たのだ。
「え〜っと、定番のフィッシュ・アンド・チップスに、さすがに今日はホットドッグはいいかな。あ、タコス。それからと、うわケバブがある! すっごいね〜、色んなのがあるよ〜」
「そうだね、今日は多分世界各国いろんな味が楽しめると思うよ」
「あ、アレはなに〜?」
「マントウ、かな」
「あっちは?」
「あっちはね〜」
食べ物の屋台が並ぶ場所へ来ると、セルフィはアーヴァインの腕をぐいぐい引っ張って喜んだ。
アーヴァインの言うとおり、ガルバディアだけではなくトラビアの料理もあったり、また反対にセルフィの全然知らないものもたくさんあって、作っているのを見ているだけでもとても楽しかった。
「さっすがデリングシティだよね〜。大都市のお祭りだから色んな物が集まってて、すごいね」
「その分人も多くて、歩きづらいのが難点だけどね」
一通り食べ歩きも終えて、風の当たらない室内のテーブルを囲んで二人は休んでいた。
「あ、ウエスタカクタス食べてない!」
「セフィ、それだけは外さないね〜」
弾かれたような声を上げたセルフィに、アーヴァインはクスクス笑った。
「せっかくガルバディアに来てるんだもん、あるよね?」
「うん、あると思うよ」
「それ、何飲んでるの?」
「アイユゥ入りのジュース」
「アイユゥ?」
「うん、タピオカみたいな感じの、アイユゥゼリー入りのジュース。本当は夏の飲み物なんだけどね、なぜか売ってたから買ったんだ」
「どんな味?」
「アイユゥ自体にも甘味があるけど。これはレモン味。飲んでみる?」
「うん」
キラッキラの瞳で見つめられては、アーヴァインはそう言わずにはいられなかった。
「おいし!」
アーヴァインの言うとおり、太めのストローで吸うと甘酸っぱいレモン味の中に混ざる小さなゼリーのぷにょぷにょっとした柔らかい食感が絶妙で、とても美味しかった。
「夏ガルバディアに来れば飲めるの?」
「う〜ん、デリングシティでなら飲めるよ。元々はどこだったか南の方の国の物なんだよね」
「へ〜、そうなんだ。あ、ゴメン、全部飲んじゃった」
アーヴァインの話を聞きながら、美味しくてついつい飲んでしまい、ズズッと空気が混じる音がしてセルフィは飲み過ぎたと気がついた。
「気にしないでいいよ、もう半分くらいしか残ってなかったから」
セルフィに渡した時から、中身が入って戻ってくるとは思っていなかったので、アーヴァインには何の問題もなかった。
「また何か取ってくる?」
「ううん、もうお腹いっぱい〜」
「そっか」
「パレードまで、後どれくらい?」
「後2時間くらいかな。まだ時間あるから、どこか行きたいところとかない?」
「そうだね〜、う〜ん、アクセサリーでも……」
「そう言えば、ねえさんの店に新作入れたって連絡があったけど、行く?」
「ホント!? 行く、行く」
お祭りのメインエリアからは外れ、ショップ街へと歩く。
駅からも近いこの辺りはセルフィもよく知っている通りで、何となく安心感を憶えたりした。ウィンドウショッピングを楽しみながら、時々服やアクセサリーを買うお店へと向かう。そのお店は以前アーヴァインに教えて貰ったお店で、更に店員のお姉さんがアーヴァインのお義姉さんだったというびっくり情報もあったりした。
「いらっしゃいませ。あら、久し振り〜」
ドアを開けると軽やかなベルの音と共に、女性の店員さんが挨拶をしてくれた。と、入ってきた相手が誰だかわかると、営業スマイルが砕けた親しげなものに変わるのが見えた。
「新作入ったって言うから」
「それで来てくれたんだ。セルフィちゃんも一緒なのね〜、こんにちは、ゆっくり見ていってね」
アーヴァインから自分へ視線が移った時、セルフィがぺこんと頭を下げると、綺麗な店員さんというかアーヴァインのお義姉さんは、悪戯っぽくウィンクをして店の奥へと歩いていった。
『う〜ん、迷うな〜』
アーヴァインとは離れてセルフィは、アクセサリーコーナーの前で悩んでいた。
デザインの気に入った指輪が二つ。そのどちらにするかを決めかねていた。
「何かお手伝いできることはありますか?」
後方からアーヴァインのお義姉さんの控えめな声が聞こえた。
「この指輪、どっちにしようかと悩んでて」
ケースに並んでいる二つを指差してセルフィは言った。
「そうねぇ。この二つサイズが違うけれど、それは大丈夫?」
「サイズか〜」
そう言われて確認してみると、一つはセルフィの指には大きかった。ということは必然的にもう片方ということになる。セルフィの指に合う方は、ホワイトゴールドの雪の結晶を模したようなデザインで、六角形細工の真ん中に乳白色の月長石が嵌められているものだった。
元々どちらも気に入ったものなので、もう迷いはしなかった。
「じゃ、これください」
「はい、ありがとうございます。だって、アーヴァイン」
「え?」
おねーさんはセルフィが決めた指輪を受け取るとにっこりと笑い、セルフィの頭を素通りしてその後ろを見ていた。それにつられるようにセルフィは身体を反転させる。
「アービン、いつの間に!?」
そこには違うコーナーにいたはずのアーヴァインが立っていた。セルフィが指輪に夢中になっている間に、こっちに来ていたらしい。
「あ、待って」
セルフィがポカンとしている間に、おねーさんと一緒にレジに向かうアーヴァインを慌てて追う。
「あたしのだから、自分で払うよ」
もうサイフを手にしているアーヴァインを止める。
「いいの、いいの、これくらいのプレゼントも買えないほど、SeeDって薄給じゃないでしょ?」
「うん、レックスの言うとおりだから、これはプレゼントさせて」
アーヴァインのお義姉さんも、アーヴァインも同じようなことを言うけれど。
「でもそんなん貰う理由がないよ」
「理由なんかいらないよ」
「理由なんかいらないわ」
見事なハモリに、セルフィはそれ以上断る理由が見つからなかった。セルフィが簡単に買うことを決めたくらいだから、そんなに高価なものではないけれど、でも……。
「ケースにお入致しますか? それともすぐ着けられますか?」
「どうする? セフィ」
「え、あっと、すぐ着けます」
どんどん進んでいて、すっかり断れる雰囲気ではない。今度、アーヴァインに何かプレゼントしよう、そう思ってセルフィは好意に甘えることにした。
「セフィ、どの指?」
「ん、薬指。……え?」
軽く答えたら、右手をアーヴァインに持ち上げられていた。てことは、アーヴァインが――――?
二人きりの時ならともかく、いや二人きりでもかなり恥ずかしいけど、人前で指輪をはめられるとか、は、恥ずかしすぎる!!
「さすがに左手はまだイヤだろうから、こっちね」
「ま、待って、アービン!!」
さくさく勝手に進めるアーヴァインに必死で抵抗を試みる。アーヴァインの余計な気遣いが、セルフィにとってシャレになってないのを二人は知らない。
「贈った指輪を自分ではめさせるような無粋な男には育ててないから、ここは任せてやって」
「ええ〜」
だめ押しのようにアーヴァインのお義姉さんにそう言われては、セルフィはもう逆らえなかった。
おとなしくしているうちに雪の結晶のような銀色の指輪は、セルフィの指にぴったりと収まった。
「あ、ちょっと待って。セルフィちゃんて、トラビア出身よね」
アーヴァインのお義姉さんはまずいことをしたというような顔になっていたが、今それに気がつかれても、もう遅い、とセルフィは思った。
「え、なに? なんかあるの?」
アーヴァインだけがこの気まずい雰囲気の意味に気づいていなかった。
「え〜とね、確か――」
アーヴァインのお義姉さんが言いかけて、セルフィは慌てて「言わないでください!」と目で訴えた。
「ありがとね、アービン。もう、行こっ! パレード見に行こっ! じゃ、おねーさんまた来ます」
早口でそう言うと、セルフィはアーヴァインを無理矢理押して店を出た。
「みんな会場の方に向かってるよ。あたしたちも早く行こっ」
まだちょっと怪訝な顔をしているアーヴァインの気を逸らすように、セルフィは彼を急かした。