Eye think U
「忘れ物ってなに?」
僕の部屋にやってきて、セフィは心当たりがありませんというような顔をした。大事な物じゃないかと思ったんで連絡したんだけど、そうでもなかったのかな。僕はセフィから手の中へ視線を戻す。
どう見ても誰かの手作りっぽいペンダント。G.F.カーバンクルが蒼みがかった紫の貴石を抱いた小振りなペンダントトップに細いチェーンが通してある。G.F.なんて一般の誰もが知っているポピュラーなものじゃないし、デフォルメされたかわいらしいデザインだし、やっぱり誰かの手作りだと思うんだけど。だとすると、大切な物だと思うんだけど。
本当はペンダントが手作りかどうかの真偽なんてどうでもよくて、誰に貰ったのかが気になる、なんてのはちょっと女々しくて言えない。
「ほら、コレ。この前ここに来た時、セフィが忘れていったんじゃない?」
そうだっけ? というような顔をして、セフィは開いた僕の手の平を覗き込むとすぐに表情が一変して、バツが悪そうな顔になった。
「あははは、忘れてた」
ちょっと舌を出して笑う顔はホント、どうしてそんなカワイイんだろうね。
心の中で自嘲しつつ、ペンダントを受け取ろうと指を伸ばしてきたセフィの肩を掴んで、くるんと背中を向かせる。
「着けてあげるよ」
「ありがと」
僕が留めやすいようにセフィは髪をまとめてちょっとずらしてくれる。
「……コレ、さ」
セフィの白いうなじと後れ毛にちょっとクラクラして、やっぱ気になった。
「ん? なに〜?」
「誰かに貰ったの?」
「うん、そう。だいじな物やのに失くすトコやった」
うわ〜、予感的中。で、くれたのは男? 女の子? そこが大事なポイントなんだと今頃気づく。
けれどそんなことで心の中がぐるぐるしているのなんか知りもしないセフィは、あっけらかんと答える。
「貰った。って言うよりは、作ってもらった。って方が正しいかな」
「そうなの!?」
「わ、びっくりした! なんやねんアービン、急に大声になって」
ペンダントを留め終えた僕に強引に身体を反転させられて、セフィはびっくりしてた。
「ひょっとしたら男に貰ったのかな〜。とか思っちゃってさ」
「はあ〜?」
すんごく呆れた顔。そんなにバカな質問したかな。
「だってさ、アクセサリーなんて男のプレゼントの定番じゃない〜?」
正直に理由を言うと、今度はクスクスと笑い出した。笑いながら「定番でも、アービンはアクセサリーなんてくれたことないよねぇ」とか言われて、ちょっとムッとする。セフィの好みを優先するとアクセサリーはランキングの後ろの方なんだよ。ってアレ? 今の言い方、微妙にトゲがあったような……気のせい?
「そんなに気になったんだ」
「気になっちゃ、ワルイ?」
更に図星を突かれて、僕の声は思わず不機嫌になってしまった。好きな女の子のことなんだから気になって当たり前じゃないか。相変わらずセフィはそういう感情とは縁遠そうだけどね。って、自分でへこんでしまうような墓穴掘っちゃったよ……。
「トラビアの友だちにね、作ってもろてん。せやからこれはトラビアのみんなとの絆やねん」
そう言って懐かしむようにペンダントトップを見つめるセフィの横顔は少し淋しげに見えた。それに気がつき、つい色恋に結びつけてしまった自分が今度は恥ずかしくなった。
セフィにとってトラビアが大切な故郷なのは、トラビアガーデンがミサイル攻撃で大破した時に痛いほどわかった。何故かそんな大切な故郷に帰らず、今もバラムで日々を送る彼女にとっては、故郷と繋がる大事な絆がそのペンダントなのだろう。
心と心を繋ぐもの、か。ガルバディアガーデンと自分の関係を思うと、――――なんだかちょっと羨ましい。
「いいね。そういうの」
これ? と人差し指ペンダントヘッドがちゃんと見えるようにチェーンをぴんと張って問う顔に、僕は頷いた。
「アービンもこういうの好きなんだ」
そういう意味で言ったつもりではなかったけれど、セフィが受け取った意味も間違いではないので僕は否定しなかった。
「意外〜」
「どうして?」
「アービンはもっとカッコイイ系が好きなんだと思ってた」
「こういうのも好きだよ」
「そうなんだ……」
「どうかした?」
セフィは顎の下に軽く指をあてて何事かを考えているようだった。
鎖骨の下辺りで留まっているカーバンクルの持っている青紫の石が光の角度できらと光る、とセフィは顔を上げた。
「なんでもない」
いつもの笑顔だ。
「じゃ、お茶しにいこ。でさ、三週間後のよて……」
「あ、ゴメン。用事思い出したから、また今度ねっ」
セフィを呼んだ本来の目的も、言いかけた言葉も、あっさり絶たれてしまった。
「え、あ、待って」
「ゴメンね〜」
呆然としている僕を置いてセフィはあっと言う間に僕の部屋から出て行った。
三週間後の僕の誕生日の予定をさりげなく決めたかったのに、セフィってば〜。また逃げられてしまった。もうセフィの影も形も残っていない空間に向かって僕はがっくりと項垂れる。
昼食時の食堂。いつもは全く気にもならない雑踏のような人々の話し声が、今日はヤケに耳に衝いた。斜め前で聞こえた楽しげな笑い声さえ癇に障る。
僕はちょっとイラついていた。じっと睨むようにして見ているテーブルの上の携帯電話はうんともすんとも言わない。それが更にイライラを募らせる。
「来た!」
まだ音が鳴る前に急いで携帯電話を取り上げボタンを操作して、その内容を確認して、取り敢えずまたテーブルに戻す。
「今日はちゃんと来るんだろうね」
返信メールではなく僕は目線の先にある無機物に向かって問いかける。
珍しくお互い長めの外任務がない日々が続いているというのに、こういう時に限ってなかなか会えなかったりするのはもうお約束、なんて風には思いたくはない。けど実際セフィの仕事が忙しいらしくて、この二週間はランチの時、それもたまにしか会えてない。
「待たせてゴメンね〜」
急いで来たのか呼吸の乱れと仄かに色の載った頬をしてセフィが現われた。僕のために急いでくれたのかな〜とか思うと、ついふにゃふにゃ顔になりかけたのをぐいと押し止める。
「遅いよセフィ」
「うん、ゴメンね。ここんトコ忙しくて」
そう言いながら、後ろを通る人が過ぎるのを待ってセフィは椅子に座った。
「仕事、まだ忙しいの?」
「うん」
「キスティスもスコールも特に忙しそうじゃないけど、セフィは忙しいんだね」
特に思惑があって訊いたわけではなかった。けれど、フォークで刺したミートボールがポトンと落ちたのも気がつかないくらい、セフィは目をぱちくりさせて僕を見ていた。
「う、うん、あたしだけ今までのデスクワークが、イ、イロイロ溜まってんねん」
慌てて落ちたミートボールを追いかけているけど、なかなか上手く刺さらない。なんかしゃべり方も動揺してるっぽい。「学園祭のことで走り回ってたから、ツケが回ってきたかな〜」って笑ってるけど、微妙に口の端っこ引きつってるよ。
気になるなあ。なんか隠し事してない? それとも僕を避けてる? 避けてるのはないと思う、思いたい。でも……ちょっと探ってみようか、どうしようか。
「ごめん、アービン。あたしもう行かんと」
僕がもたもたと考えている内に、いつの間にかトレイに載ったランチの品々をセフィはすっかり平らげていた。
「え、もう行くの!?」
「ホント、ごめんね。この埋め合わせは必ずするから」
すまなそうな顔。後で埋め合わせってことは、避けられてるんじゃないってことだよね。
「あ、待って…」
結局ロクな会話もしないうちにセフィは食堂を出て行ってしまった。
気分が塞いでいる時は、身体の疲れもいつもの倍以上だ、って誰かが言ってたけど、ホントそうだと思う。二日間の外任務から帰ってきて、僕は寮へ向かって歩きながら、深く息を吐いた。銃の入ったケースがやたらと重く感じる。外任務後はしばらく休みだから身体はゆっくり休められる。でも心の方はちっとも安らがない自信がある。心を癒してくれる存在は未だに――――。
「やっ、アーヴァイン! お帰り〜」
また深く息を吐いて力の抜けた背中をペチンと叩かれた。
あんな軽いノリで、こんなことをするのは三人しか思い当たらない。そのうちの一人は全然会えなくて、もう一人は男で、今聞こえたのは女の子の声だ。
そしていつもならこの声は別の声で、それを聞くだけで疲れなんか吹っ飛ぶ。
「ただいま〜。リノアは今日も元気そうだね」
「おや? そういうアーヴァインはなんか元気ないね。任務大変だった? それとも、セルフィとケンカでもしたのかな〜?」
腕を後ろで組んで下から覗き込まれる。艶やかな黒髪をさらりと揺らし、「アーヴァインたちに限って、ケンカはないか〜」と黒い瞳はいたずらっぽく笑っていた。
「そうだね会えないから、ケンカも出来ないよ」
「えっ、会えないって、どうして?」
「セフィ、仕事が忙しいんだって」
「ええ〜、ホントにぃ〜? あのセルフィがスコールみたいな理由で?」
リノアが不思議がるのももっともだ。あのあっけらかんとした性格で誤解されがちだけれど、セフィはSeeDの任務もガーデン内の勤務もそつなくこなす。他人に頼るのも迷惑をかけるのも嫌がるきらいがあるので、そうならない努力もしている。学園祭実行委員会のことがあるにしても、セフィ一人だけこんなに長く忙しいってのは、ちょっと奇妙な現象なのだ。
「確かに忙しそうにはしてるけど、仕事? アレ?」
ぶつぶつとリノアは呟いている。
「リノア、なんか知ってるの?」
「ん? あっ! ……なんでもない。うん、私も仕事が忙しいんだと思うよ。ね、アーヴァインそれより聞いてほしいことがあるんだけど」
僕を見て一瞬見浮かんだなにか閃いたような表情が気になった。
「24日、アーヴァインの誕生日だよね。お祝いのパーティをやろうって話が出てるんだけど、この日大丈夫?」
「うん、空いてるよ」
すっかり話題を変えられてしまい、その内容も内容で、聞き返すチャンスを失ってしまった。
「ゼルの友だちがね、兄弟でお店を開いたんだって。で、気前よくそこのお店を一晩貸し切りで提供してくれるんだって。みんなも来るって。どう、楽しそうでしょ」
「うわ〜、なんか豪華だね〜。いいの? こんなにしてもらって」
「いいの、いいの。ゼルのお陰で会場代は格安だし、みんな集まる口実がほしいのよ」
「そっか、じゃ僕も楽しみにしてるよ」
「オケ、決まりだね! 時間はまた後で連絡するね〜」
セフィの存在と比べると、ほんのちょっと物足りなさは感じるけれど、こういう仲間の思い遣りは純粋に嬉しい。
「みんな来るってことは、セフィも含まれてるんだよね」
それがわかったことで僕の疲れは少し楽になった。三日後の誕生日には間違いなくセフィと会える。そう思うとリノアと別れて自室へ向かう足取りも少し軽くなった気がした。
「あれ、セフィ?」
男子寮エリアへと入った時、すこし離れた前方にず〜っと会いたいと思っている姿があった。このタイミングだともしかして会いに来てくれたのかな〜と嬉しくなった。追いつこうと速度を速めるとセフィも歩くスピードを上げた。これじゃ追いつけないと走り出すと、セフィは急に廊下を曲がった。僕の部屋はまだ真っ直ぐなのに。曲がる時ふいにこっちを向いて視線が合ったのに。セフィはそのまま行ってしまった。
「なんだ、今の……」
何故そんな態度を取るのか、僕はさっぱりワケがわからなかった。僕に気がついていてわざと行ったようにも見えた。まるで嫌な場面を見られたみたいに。
イヤな場面??
思い返せば、歩き方もいつもと違ってなにか警戒しているようだった。行き先はどう考えても僕の部屋じゃない。僕じゃない別の誰かの所へ行くってことだ。
がっくりと膝の力が抜けた。
僕じゃない誰かの所へ行くのなら、そりゃ僕のことは避けるか。仕事が忙しいってのも。ははははは……。なんだよソレ。それなら僕は道化じゃないか。
今はそれ以上考えたくなくて、僕は自室に戻りそのままベッドに突っ伏した。
バラムの街のメインストリートから一本奥へ入った通りにゼルの友だちの店はあった。こじんまりとした若者向けの、それでいて夜のせいかどこか落ち着いた雰囲気もする。昼は飲み物と軽食を、夜は酒も出すのだそうだ。紹介されたオーナーの兄弟は、ゼルの友だちというだけあって気さくで気持ちのいい人たちだった。軽く挨拶だけするとオーナー兄弟はカウンターの中へ戻り、いつもそうなのだろう時折会話をしながら僕たちの注文を聞いていた。と言っても、もっぱら注文をするのはゼルで、彼らはほとんどゼルが次から次へと平らげるサイドメニューをずっと作り続けていた。
「よっ、アーヴァイン楽しんでるか?」
目の周りを少し赤くして、妙に陽気な声で、しかも名前で話しかけてくるのは、サイファーにしては本当に珍しい。その理由は簡単に想像がつく。セフィがいないから。兄としては妹の悪い虫を追い払う心配がいらないからだ。
「楽しんでるよ、そう見えないか?」
わざと皮肉たっぷりで返してやる。
「当然だな。俺たちがてめーの誕生日をわざわざ祝ってやってるんだ。せいぜい楽しんでもらわねーとな」
こっちはいつもの皮肉な物言いと違い、楽しげな雰囲気ありありなのが、ちょっとムカつく。
「サイファー絡まないの。だいたいあなたは今日の準備なんて何もしてないでしょう。カードするんじゃないの? 今日こそスコールに勝つって息巻いてたのは誰?」
「そうだ、カードだ!」
キスティスの言葉に思い出したのか、サイファーは急に眉尻をつり上げると、腰を降ろしたばかりのカウンター席から降りてスコールとリノアがカードに興じている方へと向かって行った。
「あまり楽しめてないみたいね。心配しなくても、セルフィ、もうすぐ来るわよ。あなたも向こうでカードしない?」
「うん、ありがとう。セフィが来たら行くよ」
「そう、待ってるわ」
慈悲深い女神の笑顔を残してキスティスもサイファーの所へ戻って行った。
セルフィはもうすぐ来る。そう言われても、そうだとは確信出来なかった。あれから、男子寮でセフィの姿を見かけてから、彼女とは連絡を取れていない。あの夜から今日まで、セフィの姿は一切見かけていない。かろうじて帰ってきたメールの返事は「今日のパーティには遅れるけど、必ず行くから」それだけだった。
本当に来るんだろうか。席を二つ空けて、相変わらず食べ物にがっついているゼルに話しかけようかと思ったけど、チラッと見てやめた。今話しかけたらコロス、そんな勢いで食べている。余程お腹が空いていたと見える。思わずクスッと笑った時、目の前のグラスの中の淡い色の液体に溶けた氷がカランと揺れた。それに遅れて、もっと大きなカランカランという音がすると同時元気な声が聞こえた。
「遅くなってごめーーん!」
声の方に振り返れば、店の入り口前に前髪を乱してはぁはぁと息をついているセフィが立っていた。
セフィにしてはシックで少し大人のお姉さんて感じの秋色のコーディネート。いつもよりオシャレ度も高い。それでもミニのジャンパースカートとスウェードのニーハイブーツの組み合わせは彼女らしくて可愛らしい。やがて僕の姿を見つけると、にこっと笑って近づいてくる。
「アービン! 誕生日おめでとー!」
すぐ傍までやって来て満面の笑みでそう言われて、両頬に挨拶のキスをされて、僕はかなりびっくりした。なんか思っていたのと全然違う展開に頭がついていかないというか。その笑顔に“魅了”の魔法をかけられてしまったというか。ただここ数週間自分が欲していた笑顔を向けられて、アホみたいに幸せだとは思った。
「みんなはどこ?」
ありがとうと返す間もなくセフィは店の中をキョロキョロと見回していた。
「あ、ゼルありがとねー、ばっちりだよ」
僕を通り越してセフィがそう言うと、ゼルは口がいっぱいなせいか手だけで了解のサインを返している。なんのことだろうと思ったけれど、それを訊く前に今度は腕をぐいと引っ張られた。
「あ〜、カードやってるんだ。アービンもいこっ」
腕を絡められるように握られて、にこにこ顔で見上げられたら、僕には抵抗なんて出来ません。訊きたいことはイロイロあるけど、もうすっかりセフィのペースにはまっていて訊けそうな雰囲気でもければ、この雰囲気をぶち壊したくもない僕は、大人しくそのままセフィに引っ張られた。
「どんな感じ?」
並んで椅子に座りながらセフィが小声で隣のリノアに問う。
小さなテーブルを挟んで行われていた勝負は、自然と声も小さくなってしまうくらい緊迫しているようだった。勝負をしているサイファーの眉間の皺はこれ以上ないくらいに深く、対して相手のスコールは相変わらずの鉄面皮で相手が手札を置くのを待っていた。
周りに座った四人が固唾を呑んで行方を見守っていると、サイファーが意を決したように手札をスッと持ち上げ躊躇うことなく手前の真ん中に置いた。
次はスコールが手札を置く番だが、彼は大して迷うこともくタンとカードを置く。
「ウォールセイムだ」
スコールがそう言うと、パタパタパタとカードがひっくり返り勝負は決まった。
「うわっ、ウォールセイムかよ」
想定外だったのかサイファーは負けたことを悔しがった。
「やっぱりスコールは強いわね」
キスティスが感慨深げに言うとサイファーはますます面白くなさそうな顔になった。
「アーヴァインもやらない?」
リノアが軽く言ってくる。
「う〜ん、僕は……」
「カード持ってないん? 持ってないんやったらあたしのデッキ貸すよ」
セフィが嬉しいことを言ってくれる。
「いや、持ってるけど」
「ねっ、いいこと思いついた。スコール、セルフィのレアカード持ってるよね」
リノアが嬉々とした顔でスコールに訊いていた。
「ああ、持ってる」
「それを賭けてアーヴァインと勝負したらどう?」
「えっ!?」
「うわっ、なんでっ!?」
驚いた声を上げたのはスコールではなく僕とセフィだった。
「あら、楽しそうね。アーヴァインが勝てば誕生日のプレゼントにもなるわ」
「ええ〜、なんであたしのカード〜。イヤだよそんな賭けの内容」
「あらら、セルフィそんなこと言っていいのかな〜。ガーデン祭で気合い入れて誰かのカードゲットしてたよねぇ」
「うぐっ」
リノアに鋭く突っ込まれて、セフィは真っ赤になってしまった。
誰かのカードっていうのは僕のレアカードのことで、ガーデン祭のカード大会でスコールから僕のカードをゲットした後、もうちょっとで優勝ってところまで勝ち進んでいたのに、もし取られたらイヤだから棄権した、ってのを本人の口から聞いた時僕は歓喜した。僕からすればめちゃくちゃ嬉しい話だけど、セフィにとっては恥ずかしくてたまらないんだよね。そんな風に照れまくってるセフィはカワイイのでもっと言ってやってと思う。
セフィって頭の回転が速くて会話をリードしていくことも多いクセに、たま〜にこうやって墓穴を掘ることがある。僕にとってはラッキーなことも多いから、セフィには内緒だけどね。
「やる」
「そうこなくっちゃ!」
「ええ〜」
セフィのカードが貰えるとなれば、頑張らないワケがない。セフィは不満顔だけど、キスティスが上手く宥めてくれてるみたいだ。ついでに面白くなさそうなサイファーも。
「僕は何を賭けようかな」
スコールの向かい側に座ってカードを取り出したところで、何を賭けるか考える。
「アーヴァインはいいわよ。今日の主役だし、ペナルティなしでも、ねっ」
ねっ、の部分に添えられたキスティスの笑みは、いつにも増して魅惑的だ。その涼やかな一声と魅惑の微笑みの学園の女神様に逆らう者はいなかった。
そんなありがたい特別ルールを設定して貰ったにも拘わらず、勝負の行方は思わしくない方向へ流れてしまった。引く手札があまりいいものが出て来ないってもあるけど、やっぱりスコールほどカードをやりこんでもいない経験の浅さが原因かなと思う。ゲームルール自体もさっきと同じセイムとウォールセイムが適用されているだけだから、僕に有利というワケじゃないんだよね。って負け惜しみか。いや、まだ負けてないんだけど。
「あ〜あ」
リノアがことのほかがっかりした声をあげる。
結局僕は負けてしまった。はっきりと実力の差が出たってヤツかな。
「まだ二回残ってるじゃない」
「え?」
「三回勝負って言わなかった? 言ったわよね」
スコールも僕も、提案したキスティス以外、このテーブルの周りに集まっている者は皆、そんなの聞いた覚えはないという顔をした。
「ほら、二回戦目開始」
だがキスティスはそんなの見えてないかのように次戦を促す。嬉しいんだけど、なんかちょっと卑怯な気がして僕はチラッとスコールを窺う。スコールだってこんな風に一方的に決めて進められるのはイヤだろう。と、思ったけど――――さっさと並べていた自分のカードを回収してシャッフルしていた。
これってどう見ても二回戦目やる気マンマンだよ。
わからないスコールってわからない。どうして反論しないのか。言ってもムダだと思っているのか。うん、その気持ちはわかる。彼女たちに反論するのはかなり勇気のいることだ。一緒に旅をしていてこれでもかと身にしみた。ホント、スコールはこんな濃い〜連中をよくまとめていたよ。もう大尊敬。きっと僕がリーダーだったら一日で音を上げてる、うん、間違いない。セフィ一人にだって振り回されてるのに。
「まだなのか」
「あ、ごめん」
いつの間にかカードに関係のないことまで考えていて、すっかり準備の終わったスコールを待たせているのに僕はやっと気がついた。折角キスティスがチャンスを増やしてくれたんだから、今度こそ頑張らないと。僕は丁寧にカードをシャッフルしてから、カードの山をテーブルに置いた。
「アーヴァインが先攻だぞ」
珍しくスコールが急かしてくる。わかってるよ。急かさないでよ。冷静になろうとしてるんだから。スコールってカード勝負する時は積極的だよな〜。あれ? もしかしてスコールって、ただのカード好き?
僕は手札の山の一番上を静かに取った。G.F.セクレトのカード。これはちょっとラッキーだ。勝てるかもしれない、高位のカードを引き当てて僕は意味もなくそう思った。
「勝負ありね」
「よかったね〜、アーヴァイン。ハイ、賞品のセルフィのカード。みんなからのお祝いね」
「俺のだ」
何度かもうダメかもと思う場面はあったけど、辛くも二勝することが出来た。で、ありがたくセフィのカードをリノアから受け取る。みんなからってのはこの際スルーしといた方がいいのかな。スコールの言葉は既にスルーされてるね。というか、みんな聞こえてないフリ?
「カードやってんのか? オレも混ぜてくれ〜」
やっと食べることに飽きたらしいゼルがひょこっと顔を覗かせると、入れ替わるように今僕が座っていた席に腰を降ろす。スコールはまたも無言のまま、自分のカードを回収してシャッフルしていた。やっぱり無類のカード好きだ。再びセフィの隣に座り直して僕は心の中で苦笑した。
「セルフィからはプレゼントないの?」
「このカードのプレゼント主にセルフィは含まれてないわよ」
「ええっ!? あう、それは――」
キスティスとリノアの流れるような連携に、セフィはあからさまにたじろいだ。
「ばっちりなんだろ?」
カードを置いた手を止めてゼルがセフィの方を見ている。なんだその意味深な科白、全然内容が読めなくて悔しいじゃないか。
「やっぱりセルフィなんかやってたんだ〜」
リノアまで含んだ言い方をする。一体何の話をしているのか。僕にわかったのはセフィがますますイヤそうな顔をしたことくらいだった。そして僕の反対側を向いてごそごそとすると、にゅっと目の前にちっちゃな箱を差し出された。
「はい、誕生日のプレゼント」
うわっ、ホントにくれるんだ。
「ありがとう、開けてもいい?」
「いいよ」
嫌がる風もなくそう言ってくれたので、僕は安心してリボンを外して箱を開ける。
細く切られた柔らかい紙の緩衝材の中に、鈍い銀色のカーバンクルが鎮座していた。セフィが持っていたペンダントとよく似た。違うのはカーバンクルが持っている貴石が、日に透けた深緑のような色をしていること。
「コレって、もしかして――――」
「あーー、余計なことは言わんでええから!」
言いかけて、がばっとセフィに口を塞がれた。
「既製品で似たのを探したけど見つからんくて、ゼルに教えてもろて自分で作りました!」
「任務とガーデン勤務以外の時間、ずっと付き合わされたんだぞ〜」
うわっ、そういうことか。セフィとゼルの一言で一気にここ三週間のナゾが解けた。ずっとコレを作ってたんだ。僕のために。
「だから男子寮でウロウロしてたんだ。ありがとうセフィ〜」
もう嬉しくて、セフィを抱きしめる腕にいつも以上の力が入ってしまったような気がする。本当はキスしたいけど、僕らの反対側の席に座っている大男の視線が痛くてそこは我慢した。
スコールとゼルのカード勝負は均衡していた。勝っては負け、負けては勝ちの繰り返しで、もう五戦目くらいだろうか。そう言えばゼルのお母さんもカードが好きだって言ってたっけ。彼もスコールほどではないにしろ、カードに関しては熱いんだな〜。
「まだまだ勝負は続きそうだね」
そっと隣のセフィに耳打ちする。
「そうだね。珍しくスコールも熱くなってる」
中央のテーブルに顔を向けたままセフィは小さく笑った。周りを見れば、サイファーもキスティスもリノアも、テーブルの上の白熱した勝負に釘付けのようだ。
『セフィ』
皆に聞こえないほどの小さな声で名前を呼ぶ。
『?』
腕を引っ張られて「なに?」とこっちを見た彼女をそのまま自分の方に引き寄せ、物音を立てないように慎重に立ち上がる。
『来て』
『えっ!? ちょっ、…アー……』
ワケが分からず抵抗気味のセフィに、騒がないようにと指をたてて意志を伝えると大人しく僕に手を引かれてくれた。入り口近くに置いてあったセフィの薄手のコートを取ると、店のオーナーたちに挨拶をして僕は素早く店を出た。
「アービン、黙って帰るん?」
「うん、これから大事な用があるから」
咎めるような顔をしたセフィにコートを羽織らせながら僕は悪びれもせず笑顔を見せる。
「それならちゃんと言ってから帰ればよかったのに〜」
「あの雰囲気を壊すのも悪い気がしたんだよ。もう主役そっちのけだしさ」
「う…ん、けど、なんであたしまで?」
「“埋め合わせ”してもらおうと思って。忘れた?」
しばらく思いを巡らすようにクルクルと視線が動いて、ぴたっと止まった。
「思い出した?」
「うん。ごめんね、ずっとアービン放ったらかしにしてて」
「本当に悪いと思ってる?」
「思ってるよ!」
月に照らされた白い頬に少し赤みが差して、ムキになって僕を見上げた顔がカワイイ。その表情が見たくて、試したなんて言えないなあ。
「じゃ、プレゼントをもう一つねだってもいい?」
「いいよ」
うん、セフィは断らないと思った。
「もう遅いし泊まって帰ろう」
「うっ…」
「ハイ、決まり。じゃ、ちゃんと腕組んでね〜」
言葉に詰まったセフィの返事を待つつもりはないから一方的に決めて笑顔を添え腕を差し出すと、逃げることなくセフィは握ってくれた。
夜も更けた通りの灯りは少なく、空気もひんやりと肌寒い。人通りも少ない路地は静かに歩いていても靴音がよく響いた。
「さっきのカーバンクルね」
「うん?」
僕の腕を軽く握り直して言った、こんな静けさでなければとうてい聞こえないセフィの呟くような声。
「ウォレットチェーンか何かに使って」
「ペンダントじゃダメなの?」
「ダメ、同じのはダメ」
「ええ〜」
「ダメ〜」
そう言うとするりとセフィは僕の腕から離れた。そんなちっさなことでムキにならなくても、と思うんだけど、セフィは相変わらず……。
「やっぱりみんなのこと気になるし戻ろうか」
つい、からかってしまいたくなる。
くるんと身体を反転して来た道を戻ろうとすると、すかさずくんと後ろから引っ張られた。
「ホントに戻るん?」
僕の服をすこし掴んで見上げてくる表情があんまり――――、あんまり「イヤだ」と主張していて僕は思わず吹き出しそうになった。僕のセフィは可愛すぎる。
そして僕は、返事の代わりにキスをした。
本当に欲しい誕生日の贈り物は、セフィの存在そのものなんだよね。だから君を手に入れるために僕は、ときどき君にも嘘をつくんだよ。そんなこと絶対知られちゃいけないけど。
「行こう」
「うん」
また少し寒くなった夜気に、今度は肩を抱き寄せて僕らは歩き出した。
Eyeはアーヴァインとセルフィ互いの瞳、かな。「あなたのこと想ってるよ」とセルフィからアーヴァインへ誕生日のメッセージ。本人に言ったかどうかは不明。
アンケート回答内容より以下を使用させて頂きました。
【時期】
・ED後
【プレゼント】
・セルフィお手製のもの(ゼルに教わってアクセサリーとか)
・セルフィのカード
・セルフィ
(2009.11.24)
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