くまちゃん

「アービンせっかくの休みやのにごめんな〜、あたしに付き合わせて」
「僕から言い出したことだから気にしないでよ〜」
 シートから少し身を乗り出して僕を見るセルフィ。すまなそうな、そんな表情もけっこう好きだな〜、とか変な方向にズレた思考で僕は車のハンドルを握っていた。
 バラムの街へ二人で向かうのに、珍しくバイクじゃないのは、今日の目的がデートではないからだった。
「今日も海がキレイだね〜」
 セルフィは、コンバーチブルの車の助手席から身を乗り出すようにしたまま、僕を通り越しその先にある海を見ていた。風に乱される髪を手で押さえているその仕種がふいに大人っぽく感じられて僕は、慌てて視線を移す。
 初夏の日差しに照らされたバラムの海は本当に綺麗な碧色をしていた。こんな天気のいい日は、お弁当を持って、砂浜に作った日かげの下、本を読んだり昼寝をしたりして、ゆっくり過ごすのもいい。
「今度休みが重なったら、海に行こうか」
 だから軽く提案してみる。
「そだね〜、お弁当持って行きたいね〜。ヨロシクね、アービン」
 その『ヨロシクね』は、『海に行く』ではなく『お弁当』に掛かるんだろうな〜と思いつつも、自分が考えていたこととセルフィの考えていたことに重なる部分があったことの嬉しさに、あっさり相殺されてしまう。
「みんなで行こっか」
 そして賑やか好きの彼女らしい提案。
「二人がいい」
 そんなもの承諾する気なんか全然ない僕。
「でも、みんなで行った方が楽しくない?」
 僕の気持ちに全然気づかない彼女。
「二人がいい」
 食い下がる僕。
「も〜、アービンは〜」
 根負けした彼女。
 口を尖らせてはいるものの、照れたようにふわんと赤くなった横顔と、簡単に引き下がってくれたことにホッとした。と、そんな自分に気づいて苦笑する。



「これで全部?」
 大きめの荷物を二つ抱えて歩きながらセルフィに確認する。
「うん、それで最後」
 バラムの街の中心からは少し外れた、資材も取り扱う店も入った大きなショッピングセンターの駐車場へ向かいながら、セルフィはメモを見て頷いた。今日の目的は、学園祭実行委員会の買い出し。何かのサンプルを作る材料だそうだ。
「ごめんな、アービン、重いやろ」
 トランクは既に一杯なので後部座席のドアを開けて、両手の塞がっている僕から荷物の一つをセルフィは引き取ってくれた。引き取ってくれたものの、想像していたよりも重かったのか少しよろけた。助け船を出そうかと思ったけれど、一歩及ばず、彼女は自力でよいしょっと後部座席に載せてしまった。
 行動派で武術系の彼女は、世間一般の女の子よりちょっと逞しい。それが誇らしくもあり、男の自分の出る幕がなくてちょっとさみしくもある。
「ホント、アービンが一緒に来てくれて助かった〜。これ、あたし一人やったらかなりキツかった。ありがとね、アービン」
 感謝の言葉に思わず口元が緩んでしまう。
 正に思惑通り。実行委員会のメンバーも誘おうかと言うセルフィに、荷物が載せられないから他の人間はいらないとばっさり断った理由はこんな所にある。
 加えて、頼れる男をアピールするチャンスを棒に振りたくなかったのだ。それが荷物持ちってのが、何とも僕らしいんだけどね。
 とにかく、好きな女の子の前では、少しでも大人でイイ男ぶってみたい年頃なのだ、僕らは。
「帰る前にどっかで一休みしよ〜。今日休みつぶして付き合ってくれたお礼に、アービンの好きなものご馳走するよ」
「そうしたいけど、もうガーデンに戻らないといけない時間なんじゃない〜?」
「う〜ん、でも……」
 セルフィは、近くのポールに取り付けてある時計を見て唸った。
 思っていたよりも買い物に時間がかかって、すっかり日が落ちかけている。ガーデンに帰って、この荷物を実行委員会の部屋に運ぶのもちょっと大変だ。
「じゃあガーデンに戻ってからお茶する?」
「僕はそれでいいよ〜」
「じゃ、アービンの好きなデザートを買って帰ろう」
「あ、セフィちょっと待って」
 車に乗り込もうとしたセルフィを、僕は引き止めた。以前ここで見かけたあるものを思い出す。
「デザートじゃなくて、アレでもいい?」
 今出て来た店とは反対側になる、女の子の好きそうなお店の建ち並ぶ方を僕は示した。
「え、なになに?」
 セルフィの手を引き、その中の雑貨屋のショーウィンドウの前に連れて行く。
「コレ」
「コレ、って、テディ・ベア?」
「そう」
 高さ20センチくらいの小さめのテディ・ベア。それを見つけてから欲しいと思っていたのだ。
「アービンが?」
 目をぱちくりさせてイメージじゃないと言いたげな瞳で見上げられると、ちょっと恥ずかしくなるんだけどな。
「丁度あれ位のサイズの欲しかったんだよね〜。ダメ?」
 セルフィの頭の上でくるくる回っている疑問符は華麗にスルーして、ごく普通のことのように続きを言う。
「べつにいいけど……ん? んん?」
 セルフィは飾られているテディ・ベアに、視線を戻すと何かを見つけたようにじっと目を凝らしていた。
「これ手作りキットじゃん〜」
「ダメ?」
 だからなのだ。手作りでないと意味がない。
「前にも作ったことあるから、大丈夫やとは思うけど。……期待はせんといてな」
「うん、セフィが作ってくれるなら、僕はどんなのでも構わないよ〜」
 願い通りの言葉が引き出せて、僕は大満足だった。単にテディ・ベアが欲しかった訳ではなく、セルフィが作ってくれるということが大事なのだ。
「色はどれがいい?」
 ウィンドウに並べられているサンプルを見て僕は考える。
「オレンジがかった薄茶のはどう?」
「うん、カワイイね。じゃ、買ってくるからちょっと待ってて」
 そう言うとセルフィはくるんと身体を反転させて、店に入って行った。

「お待たせ、コレだよね」
 5分も経たないうちに僕の所へ戻ってきたセルフィは、お店の袋の口を広げて中身を見せてくれる。
「アレ? 二つ買ったの?」
「あ、うん。お店の中にもサンプルがあって、それを触ったら手触りがすごく良くて、あたしも欲しくなった」
 えへへ〜とどこか照れくさそうに笑ったセルフィの持つ袋の中には、僕の頼んだ薄茶のと、アイボリーの生地のキットが入っていた。
「完成まではちょっと時間かかると思うけど、ちゃんと作るから待っとってな」
「うん、急がなくていいからね。僕はいつまででも待ってるから」
 本当はすぐにでも作って欲しいけれど、ここは我慢する所だ。セルフィの得意分野じゃないのはちゃんと知っている。そして狭量な男だと思われたくない、なんてのもあったりする。
「で、なんでテディ・ベアが欲しいん?」
 一旦通り過ぎた所を、また聞かれるとは思っていなかった。
「言わなきゃダメ?」
「うん、言わんと作らん」
「手厳しいな〜」
 笑ってごまかすことを試みたけれど、僕を見上げるセルフィの視線はすごく真っ直ぐで、ちょっと逃れられそうにない。絶対笑われそうだけど、言わないと作って貰えないなら仕方がない。
「前にトラビアガーデンに行った時、年少クラスの子がセフィにくまちゃん貰ったって言ってたよね」
「うん、あたしが作ってあげてん。大事に持っててくれて嬉しかった」
 やっぱり、絶対手作りだと思ったんだアレ。
「僕も欲しいな〜、って思ったんだよね。セフィから」
「アービン、子供やな〜」
 僕の予想通り、セルフィはポカンとした顔をして、ぷっと吹き出した。
「悪かったね〜、子供で」
「ごめん、ごめん」
 そうは言ってもセルフィのクスクス笑いは止まる気配がない。
「もう、帰るよセフィ」
 いつまでも笑い続けるセルフィの腕を、僕はちょっと強引に引っ張った。
「あ、ちょっと待って、アービン。やっぱりデザートも買って帰ろうよ」
 セルフィは腕を突っ張り、逆に僕の腕を引いた。
「デザートだけじゃなく、お菓子もでしょ?」
「もちろん!」
「セフィだって子供じゃないか〜」
「いいの、子供で〜」
 僕の腕を引っ張りながら、べ〜と舌を出したセルフィはホント、悪戯っ子のような顔をしている。
 そして多分、今の僕も子供みたいな顔をして笑っているんだろうなと思う。
 大人ぶりたい僕たちと、まだ子供の僕たち。その狭間を行ったり来たり。
 もう少し、そんな曖昧で心地いい時間を過ごしていたいと思うのは、――――我儘かな。