ゆびさきの蝶
ぽかぽかとした日差しと、普段よりゆっくりとしている様な時間の流れが、木陰で昼寝をするには最適な日。
寝返りをうつため身体を動かした時、突然眩しくなってセルフィは閉じた目をしかめた。
『ん、アービンの帽子……?』
目を開けて、パタンと何かが落ちたのが、アーヴァインのテンガロンハットだと気がついた。これを置いていてくれたから、今まで眩しくなかったんだ。隣を見れば、木に背もたれてアーヴァインが眠っている。膝の上には開いたままのハードカバーの本。風でめくれたページが行ったり戻ったりしている。
『アービンも眠っちゃったんだ。今日は外が気持ちいいもんね〜』
セルフィは寝ころんだまま、ここぞとばかりにじ〜っとアーヴァインの寝顔を眺めた。
こうやって中庭の木陰で二人過ごす時には、セルフィが眠ってしまうことが多く、アーヴァインの寝顔を見ることはめったにない。
『眠ってる時はアービンだって無防備やん』
膝の上で開きっぱなしになっている本を、そ〜っと抜き取りながらセルフィは思った。本に乗せられている手をどかしても、アーヴァインはちっとも気づかない。穏やかな顔のまま、すぅすぅと静かな寝息が聞こえるだけだ。
高ランクのSeeD様のクセに隙だらけではないか。
いつもは、すぐにこてんと眠ってしまうセルフィのことを、散々無防備すぎると言うクセに、今のアーヴァインは人のことなんかちっとも言えない。起きたら、今度は自分が例のセリフを言ってやろう。その時のアーヴァインのバツの悪そうな表情が思い浮かび、セルフィは声には出さずくすくすと笑った。
「起きよっかな」
セルフィはアーヴァインのテンガロンハットを被ると、身体を起した。アーヴァインのように本でも読んでいようと、近くに置いた自分用の本に手を伸ばした時、ひらひらとしたものが視界に飛び込んできた。
「ちょうちょ……」
すぐ近くを、この中庭でときどき見かける淡い白の蝶が飛んでいる。そのまま目で追っていると、花壇の方ではなくこっちに近寄ってきた。昼食に食べたハチミツの匂いでもするのだろうか。それとも下に敷いているシートの華やかな色に惹かれたのだろうか。そのうち蝶は、セルフィの周りをひらひらと飛び回り始めた。
『…そうだ!』
セルフィは蝶が逃げないように、慎重に慎重に腕を上げた。そして、そ〜っとひとさし指を立てる。
『止まらへんかな〜』
以前アーヴァインがそうして蝶が指先に止まったのを思い出し、自分もやってみたくなった。
しばらく待っていると、セルフィの願いが通じたのか蝶が指に近づいてきた。
『もうちょっと……』
微動だにしないよう、息をも止めて待つ。
「あ〜あ」
けれど残念ながら蝶は、ココロ変わりをしたのかひらひらと飛びながらセルフィから離れていってしまった。
「アービンみたいにはいかんな〜」
「ん〜、なにが〜?」
ちょっと掠れたような間延びした声が聞こえた。見るとアーヴァインがぱちぱちと瞬きをしていて、ちょうど目が覚めたようだ。
「ちょうちょ、どうやったら指に止まってくれるん?」
セルフィはアーヴァインの方にくいっとひとさし指を立てたまま手を突きだした。
「ちょうちょ?」
無造作に髪を掻き上げながら目の前のセルフィの指を見つめる顔は、寝起きで何のことか理解できないらしい。
「うん、アービンとガルバディアガーデンで再会した時、指にちょうちょ止まってたやん。アレ、どうやるんかな〜って」
「あれか〜」
アーヴァインは、よっと身体を前に倒してテンガロンハットの下のセルフィの顔を覗き込んだ。
「思い込むんだよ」
「思い込む?」
「そ、『僕は君の欲しいものを持ってるよ〜』って、ひたすらアピールして、辛抱強く待つ」
「ふ〜ん」
「信じてない〜?」
アーヴァインは不思議そうな顔をして自分を見ているセルフィにそう思った。
「そんなことないけど、なんか難しいな〜と思って」
「そうかなあ」
「うん、難しい」
セルフィはスコールのように眉間に皺を刻んで唸っていた。
「時間はかかるかもだけど、頑張ればきっと叶うよ」
「ホントに?」
「僕は頑張ったよ〜」
「そっか〜、うん、あたしも頑張ってみよ」
頑張って結果を出したアーヴァインの言葉は、セルフィにもちゃんと伝わったようだ。
そして、立てたひとさし指に向かって何かを念じているセルフィに、アーヴァインは微笑んだ。
「セフィ、これからバラムの街に行かない?」
「ん〜」
セルフィはまだ指を立てたまま、視線も動かさなかった。
「ミス・モーグリに新作が入ったよ」
パッと顔を輝かせたセルフィがアーヴァインの方に向く。
「バイクで?」
「うん、いいよ」
「やった!」
『頑張ればきっと蝶は止まってくれるよ』
ばたばたと慌てて片付けを始めた横顔に向かって、セルフィという気まぐれで手強い蝶を手に入れたアーヴァインは、そっと呟いた。