狙撃手と片想い姫

 エレベーターのドアが開くと以前とは全く違う様相になっていた。
「え〜と、右のフロアだっけ左だっけ」
 セルフィは立ち止まり、持っていた略地図を取り出す。
「え、と、左か〜。お、右? ん、やっぱ左だ」

 バラムガーデン、地下二階。
 ガーデン深層部のMD層へと続くこの辺りは、以前はがらんとした空間だった。そこを仕切って階層を増やし、新しい施設が幾つか造られた。そのうちの一つは訓練用のプールで、もう一つは高度な射撃の訓練が出来る施設。ほかの施設は現在建設中で、いま使用可能なのはその二つだった。
 セルフィは射撃訓練施設の方へと続くドアを開けた。
「新しいのってピカピカで気持ちいいね〜」
 地下といういささか閉塞的な場所にも拘わらず、シュンと開いたドアの向こうから流れて来た空気は、地上のそれのように清々しささえ感じる。

 目的地の調整室の一歩手前、訓練者用控え室でセルフィはふと足を止めた。
 部屋の壁一面に大きなモニターが並んでいて、その一角に人だかりが出来ている。何事だろうと、好奇心旺盛なセルフィは、ついついそこに引き寄せられてしまう。
「うわ、すごっ!」
「なんで、あんな反応はえーんだ!?」
 ギャラリーから感嘆の声が上がる。
『候補生じゃなくて、現役SeeDが訓練してんかな〜』
 呑気にそんなことを思いながら、セルフィは辿り着いたモニターをひょいと覗き込んだ。
 画面には森の中と思しき映像が映っている。時折僅かに入るノイズが、それが現実ではなく仮想空間なのだということを思い起こさせたが、それ以外は実にリアルな映像だった。
 音は特に違和感を感じることもない。森の中特有の雑音、そして歩く足音。けれど、そこを歩いているであろう生き物の姿は見えない。訓練者視点の映像なのだと思った時、ふいに画面が揺れた。不安定な映像の中からでも木の陰に何かが動いた気配を感じる。次の瞬間、細長い身体をくねらせて大蛇のようなヘッジヴァイパーが倒れていった。
『速い!』
 セルフィもそう思った。自分も一通り銃の訓練も受けているが、たった一発で、あんな反応の早さで急所を撃ち抜くことは出来ない。SeeDでもかなりランクの高い者が訓練を行っているのだろう。そう思うとセルフィもSeeDの端くれとして、強く興味を惹かれた。
 モニターの中の映像は、再び森の中をゆっくりと移動していた。辺りを警戒しているというよりは至って普通に歩いているような感覚で景色が移動する。腕に余程自信があるのか、それとも単に――――。そんなことを考えているうちに、また画面が揺れる。今度は“セルフィが撃った”タイミングでヘッジヴァイパーが倒れたのが見えた。
『あたしもまんざらでもない』
 セルフィがSeeDである誇りにぐっと胸を張った時、ほんの僅か画面が動き、今倒れたヘッジヴァイパーの奥にグラットも倒れているのに気づいた。
『え〜 今ので二体撃ってたってこと〜。スゴイなこの人』
 そういえば銃声は二つだったような気もする。これは自分の敵う相手ではない。これ以上見続けてSeeDのプライドがガラガラと崩れる前に、セルフィは当初の目的の隣の調整室へと入った。
「失礼します、クレシェフ教官。頼まれていた映像ノイズの修正プログラムです」
「ありがとう、待ってたよ」
「あ、修正箇所ではない所にちょっとしたバグを見つけたので、それも直しておきました。多分それで処理時間も少しですが短縮されると思います」
「気が利くね〜。俺はこっちはさっぱりだから助かるよ」
 クレシェフ教官は人なつっこそうな笑顔でセルフィからデータの入ったスティックを受け取ると、コンピュータに接続し確認作業を始めた。それを待つ間手持ちぶさたなので、セルフィは教官の前に並ぶモニター群へなんとなく目を向けた。
 控えの部屋にあったのと同じ映像が映っている。それと対になるように訓練者自身が映っているモニターも並んでいた。その中にさっきの人物のも当然のようにあった。訓練者が映っている方のモニターには、使用している部屋のナンバーと名前が一緒に表示されていて、思わず目が釘付けになった。
「あ…」
 どうして気づかなかったんだろう。
「さすがカンペキ。これでやっとノイズの酷かった残りの二部屋も使えるよ。ホント、ありがとう」
「え、あ、そうですか、良かったです」
 クレシェフ教官の声に、セルフィは慌てて視線を教官の方に戻した。
「アーヴァイン・キニアス、すごいよね。やっぱりガルバディアガーデンは銃専攻者の層が厚いせいかレベルも高いね。彼、教官やってくれないかな。ってまだ現役SeeDだからムリか」
 クレシェフ教官はセルフィがモニターの方を見入っていたのに気づいたのか、そう言って屈託なく笑った。
「彼みたいに技術の高い者がいると周りの刺激になっていいね。セルフィ、引退したら是非俺の後を引き継いでくれって言っといてよ」
「ははは、言っときます」
 何も変わっていないクレシェフ教官の笑顔が、急に意味深なものに思えて、セルフィはそそくさと調整室を出た。隣の控え室から更に外へ続くドアに手を掛けたところで、女の子たちのワッという歓声が聞こえた。一緒にアーヴァインの名前も。訓練を終えてアーヴァインが控え室に戻って来たのだろう。けれどもセルフィは、ひとつ息を吐くと振り返ることもせず、射撃訓練のフロアを後にした。

「ちゃんと訓練しててんな〜」
 上階に向かうエレベーターの壁にもたれて、セルフィはぼ〜っとさっきの光景を思い出していた。
 アーヴァインが努力家だということは知っている。知ってはいるが、普段そういうことを見せないタイプなのでつい忘れがちなのも事実だ。SeeDなんて才能だけで出来るものじゃない。自分だって、日々鍛錬も訓練も行っている。ただ、ああいう姿を見ると、ちょっとだけ置いて行かれたような気分になる。普段のアーヴァインがアーヴァインなだけに。
「あたしたち、SeeDなんだよな〜」
 当たり前のことが、口からこぼれ落ちた。SeeDだから訓練をするのは当たり前。それで報酬を貰っているのだから。SeeDの任務の中には命の危機に曝されるような場合もあるのだから。
 ただ、アーヴァインといる時は、そういうことを考えることはあまりない。アーヴァインの持つ雰囲気がそうさせるのか、無意識のうちに自分でそうしているのかは分からない。アーヴァインは子供の頃から穏やかで日溜まりのような雰囲気を持っていて、傍にいると不思議と落ち着く。
 それが最近、妙にドキドキすることがあるのだ。大抵さっきみたいな、普段の印象と違う一面を見た時とか。子供の頃もイデアの家で一緒に生活していて、再会してからもほとんど行動を共にしてきた。なのに何故今頃ドキドキしてしまうのか自分でもわけが分からず、それが悔しい。
 そして今、またドキドキしている。
 調整室のモニターで見たアーヴァインの目つき。ああいう感情を載せていない鋭利な瞳は、本当に見る機会がない。そして自分の一番よく知っている優しい眼差しとは対極にあるものだ。一緒に戦っていた時には、自分の対峙している相手で手一杯のことが多く、別段アーヴァインのことを気にしてもいなかった。
 だから、本当に、さっきのアレは――――。
「ムカツクくらいカッコイイやん……」
 エレベーターの壁にこつんと頭をつけてセルフィは呟いた。



「お待たせセルフィ。ごめんね話の途中で」
「気にせんといて、はんちょ今日帰ってくるんやろ?」
「うん。もうすぐバラム駅に着くって」
「よかったね〜、リノア」
 うん、と頷いた後、リノアは携帯をパチンと閉じた。話を中断して申し訳ないという表情の中にも、ほのかに顔が綻んでいるのを、セルフィはかわいいな〜と思いながら、飲みかけのジュースの入ったコップに口を付けた。リノアも食べている途中だったケーキに再びフォークを入れて口に運ぶ。
「で、何の話してたっけ?」
「あれ? なんだっけ」
 ほぼ同時にコップとフォークを置いて、二人は改めて顔を見合わせた。途端互いにほんの数分前のこともすっかり忘れているのが可笑しくて、また同時に吹き出す。
 ありふれた一日の夕暮れと言うにふさわしい、緩やかな時間がカフェテリアには流れていた。

「そう言えばさ〜」
 セルフィの心にさっき思っていたことが浮かんだ。
「ん、なに?」
「リノアは今でも、スコールを見たり会ったりした時、ドキドキすることある?」
「あるよ〜。恋した始めの頃ほどじゃないけど、今でもドキドキすることあるよ」
「て、ことは減ってるのか〜」
「そうだね〜、回数で言うと減ってるのかな〜。セルフィは?」
「あたし?」
 セルフィはそんな切り返しをされるとは思っていなくて驚いた。と、同時に心のどこかでリノアに聞いて貰いたいと思っていたことにも気づく。
「なんかね〜、前はドキドキしなかったのに、最近はドキドキすることが増えてるような気がする。変だよね」
 リノアとちょっと驚いたような顔をしたものの、すぐに真剣な顔つきになって考え込んでしまった。セルフィもその先は何となく口にするのは恥ずかしくて、リノアが口を開くのを待った。
 
「セルフィ、アーヴァインのこと好きだって自覚したのはいつ頃? 告白された後? される前?」
「はっきり自覚したのは、告白された後、アービンがエスタの病院に行った前の日」
「そうだったんだ」
 そう返事をしたっきりリノアはまた考え込んだ。普段なら結構こういったネタでからかわれることが多いけれど、今のリノアの表情は自分の言ったことをきちんと受け止めてくれているんだということが良く分かり、聞いてみて良かったとセルフィは思った。
「……その前から好きやったんやろうけど、考えんようにしててん。子供の頃も一緒やったし、再会してからも大事な仲間って意識の方が強くて、よう分からんかった」
「そっか……急激な変化だったんだね」
「ん〜、そうなんかな。自分の気持ちに気がついたと思ったらアービン死にそうになっちゃってて、あたしかなりパニックやったし、それから何かバタバタで、気がついたら今、ってカンジ。……ってコトは、やっぱそうなんかな……」
 セルフィのコップのジュースがほとんど氷だけになった頃リノアは口を開いた。
「たぶんね、セルフィは今、両思いと片想いを同時に体験してるんじゃないかな」
「片想い?」
「うん、セルフィの場合気持ちの変化が急激だったでしょ。だから、両思いなんだけど、片想いの気持ち。ん〜とね、手が触れただけとか、後ろ姿だとか、些細なことで彼を感じるだけでドキドキしたりとか、ない?」
 リノアの言葉を心の中で反芻して、セルフィは考えてみた。
 リノアが言うほど些細なことでドキドキっていうのはないけれど、“片想い”として考えてみるとぴったりのような気もした。トラビアにいた頃、そんな感情を抱いたことがあると言えばある。今のは、あの頃よりもずっと強い感情だけれど。
「片想いか〜、なんかやっぱり変だけど。そうなのかな〜」
「私は羨ましいけどな。片想いのドキドキって、ある意味究極なんだよね。切ないけど、小さなことですごく幸せになれたりとか」
「そっか〜」
 そんなもんだろうかとセルフィは思ったが、それ以上は何も言わなかった。あまり否定すると、今度こそ楽しくからかわれるような気がしたから。
「そろそろ、あたし行くね」
「アーヴァインとの約束?」
「ちがう〜」
「ふうん」
 頬杖をついた含みのある笑顔にもめげず軽く否定をして、セルフィは席を立った。






 嫌な夢を見た。
「気分、わる……」
 アーヴァインは寝乱れた髪を更に乱暴に掻いた。
 さっきの夢。僕の目の前で、セフィが知らない男に告白されて、「アービンはもういいやろ。あたし、この人と付き合うことにする。バイバイ」って、その男とどこかへ行ってしまった。
 こんな夢を見たのは初めてじゃない。理由も察しがつく。不安なのだ、今だに。
 その不安が、時折こうして夢となって顕われる。夢の中で必ず突き付けられる。セルフィが恋人というのが夢で、真実(ほんとう)はただの幼馴染みだと。そして愕然として目が覚める。夢だと解った後も、セルフィに会うか声を聞くまで不安なままだ。
 大体セルフィもいけないのだ。
 自分の気持ちは滅多に言わない。態度は天の邪鬼。加えてあの社交的過ぎる性格。男だろうが女だろうが気が合えば仲良く、が標準装備。仲良くしている男の中には、明らかに下心見え見えのヤツもいる。セルフィは知ってか知らずか、そういうの危なげながらも今の所はかわしている。それは僕にとっては幸いだけれど、こっちとしてはハラハラし通しだ。鬱陶しがる前に、僕がまとわりついてしまうのも分かって欲しいと思う。

 セルフィは、まるで幻の蝶だ。
 目の前にいるのに。確かに存在しているのに。捕まえても知らない間に、抜け出して飛んでいる。ヒラヒラとフワフワと。けして僕の自由にはならない。
 たまに誰の目にも触れない所に閉じ込めたい衝動に駆られる。
 そうしたら、そこにいるのは、もう“セルフィであってセルフィではない”から、しないけど。
 そんなヨコシマな思いはキレイに隠して、今日会う約束を取り付けた。けれど、まだ会えない。約束の時間はまだまだ先。
 こんな鬱屈とした気分を晴らすのに射撃訓練は最適だった。何も考えず標的だけに集中するあの瞬間は、好きだ。おあつらえ向きに、新しい射撃訓練室も出来たばかり。
 その考えは見事に的を射ていた。自分のことだから当たり前だけど。思った通りに身体が動き、汗もかき、程良い緊張と疲労で、すっきりした気分だった。控え室のドアを開けるまでは――――。

『名前呼んだのに、聞こえなかったのかな〜』
 アーヴァインは射撃訓練の後、セルフィの後ろ姿を見かけて追いかけようとした。けれど、訓練を見学していた女の子たちに捕まり、更に教官に捕まり、ですっかり時間をロスしてしまった。もっとも彼らに捕まらずとも、約束の時間にはまだたっぷりあったけれど。
 ただ、今日は朝見た夢のこともあり、普段よりセルフィ恋しの気持ちが強いのは事実だった。
「とりあえず、先にシャワー浴びとこう」
 地上一階でエレベーターを降り、アーヴァインは寮へと足を向ける。と視界の端に気になるものを捉えた。
 階段を数段下りたところにある案内板の近くで、制服を着た男子生徒三人と立ち話をしているセルフィの姿。足を止めて見ていると、その身ぶり手ぶりから何かを説明しているようだ。三人の男子生徒はバラムガーデンではなく、ガルバディアガーデンの制服を着ていることから、道順でも尋ねているのだろう。そう思ってアーヴァインはこの場を立ち去ろうとしたが、足が動いてくれなかった。
 もう一度セルフィの方へ視線を戻せば、男子生徒の一人が頭を抱えるようなポーズをした。横の男子生徒もお手上げというように肩を竦めている。残りの一人は特にリアクションはしなかったが、代わりにセルフィの手を引っ張った。そのままセルフィの手を引き、前方を指さしている。直接案内してほしいということなのか。言葉で分からないのなら、それは有効な方法だが。
 だが、アーヴァインには許容できない光景だった。セルフィが明らかに拒否するような動きをしているのだ。
 そう判断した瞬間アーヴァインは走り出していた。


「アービン!」
 いきなり目の前にアーヴァインが現われた。
「アーヴァイン・キニアス!?」
「はあ? なんでココにいるんだっ!?」
「クソッ」
 背後でそんな声が聞こえたような気がする。
 そんなことよりこの状況は何なのか!? セルフィは酷く混乱していた。
 こんなタイミングでこんなシチュエーションがあっていいのか!? でも、現に自分の身に起こっている。
 確かに自分が望んでいたことなのだ、これは。ガルバディアガーデンからの交換研修生に道順を訊かれて、親切丁寧に説明した、つもりだった。けれど説明が悪かったのか、もっと別の理由からか、何度も説明する合間合間に、全然関係のない質問も混じっていた。そのうち「直接案内してくれない?」と手を掴まれた。そこまで来ると、あたしにも目的が道案内じゃないことくらい分かった。
 腕を振りほどき、一発くれてやりたかったけれど、これくらいのことで、しかも交換研修生相手にそれはマズイ。そんな躊躇いがあったせいで、言いつくろって断る暇もなく男子生徒にそのまま引き摺られそうになった。力ではどうしても敵わない。迂闊に乱暴な扱いは出来ない相手。で、もう半ばヤケクソで誰か来てくれないかな〜と思ったのだ。そしたらもれなく白馬の王子認定なのにな〜と。
 ら、驚いたことに来たのだ。白馬にも乗ってなければ、かぼちゃズボンも穿いてなかったけれど、間違いなく王子が。いつものほや〜とした穏やかな顔ではなく、少し眉尻が上がって鋭い視線を湛えた顔が別人のようにも思えて、ガルバディアガーデンの生徒だけでなく、あたしもその鋭い瞳に一瞬で呑まれてしまったけど。

『でもなんで姫抱き〜? えあ!? 姫抱きっ!?』
 それからどれくらい経ったのか。ふと周りを見れば、景色が自分の意志とは違う速度で流れている。セルフィはやっと自分の置かれている状況を把握した。
『王子だから姫抱きでいいのか……いやいやいや、そうじゃなくて、でも…………コレ、――かなり心地良い』
 アーヴァインはセルフィを姫抱きにして走っていた。だから、ちゃんとしがみついていなければ、安定しているとは言えないのだけれど、それでもセルフィは心地良いと感じていた。
 微かに混じる硝煙の匂い。自分を抱く腕の力強さ。そんなものに頼りがいを感じるというか、安心感を覚えるというか。
『女の子たちが憧れるのもなんか分かる』
 そして、とてもドキドキする。
 サイファーにも同じようなことをされたことがあったのに、何故だろう。状況が違うと言えば違うけれど、あの時とは全く比べものにならないくらい、ドキドキする。分かるのは、今はこのドキドキさえも心地良いということ。
 もうちょっと、こうしていたい。
 ずっと、こうしていられればいいのに……。
 セルフィは目を閉じアーヴァインにしがみついた。けれど、止まってほしい時間ほど速く過ぎる。


 アーヴァインは名残を惜しむように、そっとセルフィを降ろした。
 絶対途中で降ろせと暴れ出すと思っていた。あんな人の往来の多い場所で、不躾にも人前からかっさらうようにして抱き上げたかと思うと、そのまま延々ガーデンの中を突っ走るとか。どう考えてもセルフィの逆鱗に触れる要素ばかりだ。
 それでも抱き上げたセルフィは、恋しかった相手でもあり、身体の柔らかさとか、彼女がいつもまとっている匂いとかに、理性は駆け抜ける風と一緒にどこかへ飛んでいった。セルフィが黙っているのを良いことに、とうとうこんな所まで来てしまった。
 突然抱き上げられ、突然降ろされたセルフィは、まだちょっとぼ〜っとしているようなカンジだけれど、ここは先に。
「ごめん、セフィ」
「なに〜?」
 アーヴァインはセルフィの感情を読み取ろうと、顔をじっと見つめたけれど、中庭のずっと奥、人もあまり来ないここには明かりもまばらで、更に自分の影になっていてセルフィの表情はよく見えなかった。
「さっきすごく失礼なことしたよね、ごめん」
「あ、あれ。……そっか。あれは、あれはね〜、―― 嬉しかったよ、アービン」
「えっ!? 怒ってないの?」
「なんか怒られるようなことした憶えがあるん〜?」
「う〜ん……ない、と思う」
 真面目に答えるアーヴァインを見て、セルフィはクスクスと笑った。
「なんで笑うの?」
 不満げな声。そりゃそうか。
「アービンは変なトコで真面目やな〜と思って」
「それどういう意味〜?」
 そのまんまんの意味だよ、とセルフィは思った。大胆にかっさらっておいて、その後で殊勝に謝ってきたりして、変。
 でも、そういう所がアーヴァインだなと思う。
「ありがとね、アービン。さっき、誰か来てくれないかな〜って思ってたんだ。だから、ホント嬉しかった」
「ホントに?」
「うん、お礼に今日の夕食はあたしがおごるね」
 それが素直なセルフィの気持ちだった。
「セフィ!」
「ちょっ、ちょっと待った!」
 この暗い空間の力を借りて、もうちょっと素直になってみようと思う。
「むぐっ…」
 迫ってきたアーヴァインの顔を、セルフィはバンと手で制した。

「……あたしを置いていかんといてな」
 アーヴァインがそんなことするはずないことも、返ってくるであろう答えも分かっていた。
 けれど――――。
「そんなこと絶対にしないよ。セフィの方こそ、僕から離れていかないでよ」
 アーヴァインの口からそれが聞きたかった。
「うん」
 セルフィはアーヴァインの顔を押さえている手を離すとそのまま首の後ろに差し入れて、ぐっと自分の方に引き寄せた。
 触れたアーヴァインからは、まだ硝煙の匂いがした。


タイトルで片想い姫は、セルフィのことです。ははははは。アーに姫抱きされるセルフィが書きたかったので書いた話です。そのシチュを想像するだけでゴハン3杯はいけます。
毎度『二人の世界』作っちゃってます。もういい加減にしろ!とアーにバッダムフィッシュぶつけたいです。んがッ、基本イチャラブ好きなのでやめません。
ガーデンにうっかりプールが出来てしまいましたが、施設や設備は今後も増えるヨカン。(;´∀`)
この話うっかりタイトルが「レビテトは好きですか?」になる所でした。もうそれで行く気マンマンでした。自分のタイトルセンスに戦慄しました。
(2009.05.20)

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