【 Happy Birthday and ,,, 】

 日付が変わる少し前、アーヴァインは二階の自分に割り当てられた部屋から、階下のキッチンに降りてきていた。喉が渇いたのと、どうしても気になることがあって……。
 さっきセルフィの部屋の前で「おやすみ」を言ったとき、ちょっと心配だった。まだ怖いんじゃないかな〜と。けれど、セルフィはいつものように明るく笑って「また明日ね〜」とドアを締めてしまった。だから、それ以上何も言えなくて自分の部屋のベッドにもぐり込んだ。
 だけど……。
「やっぱり気になるな〜」
 アーヴァインは使ったガラスのコップを洗って、ペットボトルを冷蔵庫に戻した。その時ふと思いついた事があった。
「ホットミルクでも持っていこうかな」
 もし、自分の予想通りセルフィがまだ怖いと思っているなら、少しは落ち着く事が出来るだろうし、夏とは言えど高原の夜は意外と冷える。
 それと――。
 アーヴァインは、ここに来てからポケットの中に入れっぱなしになっている物をぎゅっと握った。


「セフィ、まだ起きてる?」
 コンコンコンと控えめにノックをして問いかけた。
「うん、起きてるよ」
 すぐにドアが開いて覗いた顔は、眠そうでもなければ、怖がっている風でもなかった。
「ホットミルク飲まない?」
「ありがとう」
 にこっと笑ってセルフィはアーヴァインを招き入れた。
「丁度温かい物が飲みたいな〜って思ってたトコだったんだよね」
 アーヴァインからカップを受け取り、ベッドに腰を降ろすと、ふーふーと息をかけながら、セルフィはホットミルクを一口飲んだ。
「セフィ、大丈夫? 余計なこと考えたりしてない?」
 アーヴァインもセルフィの隣に座って訊いた。
「ん?」
 カップに口をつけたまま、セルフィは視線で何のこと? と聞き返した。
「あ、いいんだ。何もないなら、気にしないで。ホットミルク甘すぎない?」
 アーヴァインは、すぐに話題を変えた。自分の迂闊な発言で、セルフィがさっきの肝試しのことを思い出し、また怯えてしまったのでは何にもならない。
「丁度良い甘さだよ。それに、大丈夫、今は怖いとか思ってないから。うん、だいじょぶ……」
「そっか、良かった」
 セルフィの屈託のない笑顔を見て、アーヴァインは安心すると共にどこか寂しさも覚えた。
「……ホントはね」
 カップを膝の所まで降ろして、セルフィは呟いた。
「ん?」
「ホントはちょっと怖かったりしたんだ」
 アーヴァインに向けた笑顔は、ほんの少しさっきと違って見えた。
「みんなと一緒だと、平気なんだけどね、一人になると何かちょっとね〜」
 そう言うとアーヴァインから視線を外して、セルフィは再びカップに口をつけた。その様子を見て、アーヴァインは逡巡してから、口を開いた。
「安心してよ。セフィのこと僕がず〜っと守るから」
「ありがと」
 アーヴァインの優しさに、セルフィは素直に感謝した。
「一生、ね」
「ん〜? んっ!? あちっ! アービンそれって、なんか……」
「僕なんか変なこと言った?」
「え〜 自分で言うて気が付いてないん?」
「?」
 セルフィはあきれてしまった。
 アーヴァインのことだから絶対意図的に言ったであろう言葉。自分だって察しがつく位なのだから、アーヴァインは絶対分かっていてとぼけている。セルフィがむ〜っとした視線でアーヴァインを見ると、彼は降参したように苦笑した。
「分かってるよ、ちゃんとそのつもりで言ったんだから」
「うわ、ムカつく〜」
「怒っちゃった? ごめん。こういうやり方はマズかったよね、ごめん。てコトは……返事はムリかな……」
「…………」
 今度はセルフィが逡巡した。
 飲み終えたカップを、静かにベッド脇のテーブルに置くと、クイクイッとアーヴァインの髪を引っ張った。
「返事をあげるよ…」
 すっとアーヴァインの頬に手を添えて、セルフィはキスをした。どこか懐かしいようなミルクの香りのする甘いキス。
「!!」
「分かってくれた?」
 意趣返しだとでも言うように、アーヴァインの首に両腕を回してセルフィは笑った。
「よ〜く分かりました、ミセスキニアス」
 鼻先が触れ合うほど近く、アーヴァインは嬉しそうな顔で返事をした。
「気が早すぎ〜、それにキニアスで決定?」
「イヤ?」
「ま、先の事だし、それはゆっくり考えるとして〜。今日あたしの誕生日だよね? で…」
「あ、そうだ! おめでとうセフィ」
 アーヴァインはとっくに日付が変わっているであろうことを思い出した。慌てて、ポケットに突っ込んでいた物を取り出す。
「セフィ、手を出して、う〜んと左手」
「ん〜、なに?」
 不思議な顔をしながらも、セルフィは素直に左手を差し出した。アーヴァインは手を取ると、あるべき場所へと大切な証しでもある小さな贈り物をそっと納めた。
「わわっ これ誕生日のプレゼント?!」
「それだけじゃない……」
「きれ〜い」
 自分の指に収まっている、細い白金のリングに乗る小さな赤い貴石(いし)を、近くのスタンドの柔らかい黄色の光に照らすようにして、セルフィは感嘆の声を漏らしながら眺めた。その熱心な様子に、アーヴァインは今は自分の言葉が届かないことを悟り、その先は言えなかった。
「ありがとう、アービン。これルビー?」
「ちがうよ〜」
「じゃ、ガーネット?」
「それもちがう〜」
「んん〜 じゃなに〜?」
「さて何でしょう〜?」
「他に赤い貴石(いし)なんて知らないよ〜」
「知りたい?」
「イジワルしないで教えてよ」
 ちょっとふくれっ面になってきたセルフィに、アーヴァインはやっと答えを言った。
「アレキサンドライト」
「ええっ! アレキサンドライトって……ホントに!?」
「ホントだよ、ちょっと頑張りました。だから、リングの部分は自分で作ったんだけど」
「えーっ ホントにー」
 セルフィは驚いた目を更にまん丸にさせていた。
 アーヴァインによると、セルフィに内緒でシュミ族の村へ何度も通って作ったということだった。受ける光によって色を変える、滅多に手に入らない貴重な貴石(いし)にも驚いたが、リングの部分は手作りだとかということに、セルフィは本当に驚いた。そして、アーヴァインの器用さに改めて感心した。
「いや、セフィ、驚くトコそこ?」
「あ、でも流石のアービンもちょとだけ失敗してる〜」
 セルフィは既に別の事に意識は持って行かれていた。
「この指にはちょっとゆるいよ〜、こっちの指がしっくりする〜」
 アーヴァインの精一杯の想いのこもった指輪は、あっさりと薬指から抜き取られ、隣の中指に収まっていた。セルフィ曰く、そりゃあもう、誂えたようにぴったりと。今まで、順調に進んでいたのに、思いもよらない部分で失敗をしてまったことに、アーヴァインは心の中で涙を流した。
「ちゃんとサイズ計って作ったのにな〜」
「ありがとうアービン、嬉しいよ」
 がっくりと項垂れるアーヴァインの背中を、セルフィはポンポンとなでた。

「アービン」
 一瞬前とは違う、どこか緊張したような声だった。
「ん〜?」
「今日あたしの誕生日だよね。だから……だからね〜、一緒にいてくれない、かな?」
「――――」
 アーヴァインにしては珍しく、すぐに返事は返って来なかった。
「返事は?」
「返事はね……コレ」
 アーヴァインは覗き込んできたセルフィに口付け、そっとベッドに押し倒した。



END


このEDまでお付き合い頂きありがとうございました&お疲れ様でした。この作品はサイト開設一周年記念&セルフィ誕企画として製作したものです。初めてアドベンチャー形式の作品にチャレンジしてみましたが、少しでも楽しんで頂けましたら嬉しいです。

主な題材となった『肝試し』は、少し前リクエストで頂戴していたものです。丁度この企画にぴったりだったので、今回使用させて頂きました。リクエストありがとうございました。(^-^)

ラブいEDは、バケツにたぷんたぷんしているガムシロップに頭突っ込んだ気分です。
しかもアービンのくせに妙に余裕があって、なんだか釈然としないものを感じます。(多分心の中は、緊張しまくりで、自信も全然なくて、心臓バクバクだったに違いないけ〜ど〜) それでもちょっと幸せ過ぎのような気がする……。去年に引き続き誕生日のセルフィよりも、幸せなのはアービンのような。(;´Д`)
余談ですが、この話はメイン軸とは全く関係ございません。企画モノですので。
(初出 2008.07.16 再アップ 2008.12.01)

とある所で必要なkeyをここに置いておきます。〔 r 〕
※『見上げた空の果て』内にて必要な鍵でありません。ややこしくてすみません。

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