時に涙がでるほど…

 片手に数冊薄い本を抱えて、その部屋のインターフォンを押し、わくわくと部屋の主の応答を待つ。けれど、ドアの向こうからはいつまで経っても何の音沙汰もない。もう一度インターフォンを押そうかと思ったが、向こうから誘われた事もあり、カードキーを通した。軽い空気音と共にシュンとドアが開き、良く見知った部屋に足を踏み入れる。
「アービン?」
 部屋の主の姿が見当たらない。「おいでよ」と誘ってくれたのは、当のアーヴァインなのに。もう一度部屋全体を良く見回してみたが、隠れるような所もない。バスルームかも知れないと思って、ソファに座り本を読んでアーヴァインを待った。
 だが、アーヴァインはバスルームからも現われなかった。ドアを開けて覗いてみたが、人の居る気配はない。どういう事だろうと思って、バスルームのドアを閉めた時、もう一つの部屋から微かな音と声が聞こえた。
「なんだ、ベッドルームにいるんだ」
 足音を忍ばせて、もう一つのドアに近づき、そっとドアを開けた。
 アーヴァインはそこに居た、確かに居た。セルフィの知らない女の人と……。


 ひたすら走っていた。
 目に飛び込んだ光景にただ驚き、声を上げる事さえ出来ず、気が付いたらエレベーターを2Fで降りていた。何故こんな所へ来てしまったのかなんて、さっぱり分からない。どうしてもあの場に居られなかった、それだけ……。ふと、この先にあるデッキを思い出しそのまま足を進めた。分厚く重いドアが開いて、外から吹き込んだ風に、ぶわっと身体が押される。それでもぐっと風に抵抗しデッキへと出た。
 途端にバラムの綺麗な空に目を射られた。地平線の近くは、太陽の残した色と、空の蒼とが溶け合いまるでアーヴァインの瞳の色ようだった。そう思った時、激しく視界が揺らいだ。脚は思い出したようにガクガクと震え、立っていることなど出来ず、その場に膝を抱えてうずくまった。
 悲しくて、悲しくて堪らない。
 知らない女の人とアーヴァインが――――。
 嘘だ、あんなの嘘だ、幻を見たんだ。
 イヤだ、あんなの絶対嫌だ!!
 そのベッドにあたし以外の女性(ひと)を入れないで!
 あたし以外の人を抱かないで!
 あたしを嫌いにならないで!
 声に出して叫んだ時、身体はその場に崩れ、世界がぐるりと廻った。


「ゆめ……?」
 今見えているのは、蒼い空ではなく白い天井。カーテン越しに柔らかな日差しを感じる。枕元には自分の携帯電話が置いてある。ここは自分の部屋。頭を少し動かすと、枕が濡れているのが分かった。再び視界に入った携帯電話のストラップに気が付いた、アーヴァインがくれた。そう思ったら、また涙が溢れてきた。
 ただの夢なのに……。
 そう、夢なのに、心がどうしようもなく痛い。押し潰されそうな位痛い。例え夢でも、あんなの耐えられないと心が悲鳴を上げている。
 悲しくて、涙が止まらない……。
 現実なんかじゃない、たかが夢、いくらそう言い聞かせても、針で刺されたような胸の痛みは和らぎはしなかった。
「起きなきゃ……」
 それでも今日という現実は今始まったばかり。これから外任務に出なければいけない。余計な事に煩わされている場合ではない。セルフィは頬をピシャンと叩き、携帯の電源を落としてベッドを降りた。




「お疲れ、セルフィ。休暇の予定はもう決まってんの?」
「お疲れ〜、う〜ん、特に決まってないな〜」
 共に任務に赴いた同僚が差し出してくれたミネラルウォーターを受け取りながら、セルフィは笑顔を作った。休暇、普段なら何をしようかワクワクしている。けれど今は……、というかまた思い出してしまった。三日も経てば忘れられるだろうと思っていたが、そんな簡単にはいかなかった。任務中は、集中していたので余計な事を考えずに済んだけれど、無事に任務が終了した安堵と共に、またあの夢を思い出してしまった。そして、相変わらず――――胸は痛い。自分の心だというにの、なんとままならない事か。何故こんなにも心を揺さぶられるのか、たかが夢に……。
 何故、心に浮かんだアーヴァインの名に、痛みが走るのか。いくら自分に問いかけても理由など見つからなかった。



※-※-※



「セルフィ、これもお願いするわ……セルフィ?」
「あ、ごめん、キスティス、次これだね〜」
 ぼ〜っとしていた。いけないこんな事では、しっかりしないと。たかが夢に振り回されて、職務が手に付かないなんて、SeeDとして失格だ。
 三日間の外任務もその後の休暇も終了し、セルフィはガーデン内の勤務中だった。あの夢を見てからもう一週間近く経っている。けれど痛みは相変わらずセルフィの胸の中に居座っていた。アーヴァインが悪い訳でもないのに、彼との接触を避け連絡手段も全て絶っていた。顔を合わせるのがつらい。絶対にあの夢の光景が蘇る。だから会いたくない、会ってしまえばアーヴァインを罵倒してしまいそうで怖い。彼は悪くなんかないのに……。

 キスティスの視線は、セルフィがいつもと違う事を見抜いていた。というより、近しい間柄のキスティスには、今日のセルフィが常とは違っている事など容易に分かっていた。けれどセルフィは懸命に普通を装い、職務をこなそうとしている。SeeDとしては全く正しい姿勢……。普段、悩みなんかなさそうな、あっけらかんとしているだけに、キスティスはセルフィの様子が気になっていた。いっそ職務を中断して訊いてみようかとも思う程に。だが、セルフィは何故かそんな隙を与えない、どうしたものかとキスティスが考え倦ねているうちに時刻は昼になっていた。
「セルフィ、食事に行きましょう」
「うーん、ごめんキスティス、今日は一人で行ってきて〜」
「あ、アーヴァインと約束があるのね。分かったわ」
 キスティスは、クスッと笑って席を立ち上がりかけた。
「そうじゃないんだけど、……今日はちょっとね……」
 彼女らしからぬ静かな物言いにキスティスは、アーヴァインとケンカでもしたんだろうと思い、ついでに例え気休めでも、セルフィの話し相手になろうと決めた。
「セルフィは何が食べたい?」
「?」
 言葉の意味が分からず、セルフィはキスティスを見上げた。
「今日は私もここで食べようと思って」
 見上げたキスティスは、慈母のように柔らかく微笑んでいた。




「そんな夢見たの……ツライわよね、本当じゃないって分かってても」
 セルフィは、サンドイッチを小さく噛んで、こくんと頷いた。とてもじゃないけど、誰かに話してしまえるような内容じゃない、そう思った。けれど、「何か悩み事があるなら聞かせて」と言ってくれたキスティスの瞳は優しい色をしていて、言葉を発するより先に、涙が零れ落ちていた。そして、話を聞いてもらった事で、胸のつっかえが取れたように、ほんの少しだけど心が軽くなった。
「キスティスも……そんな夢見た事ある?」
 たかが夢じゃない、と茶化す事もなく、優しい言葉を掛けてくれた事に、もしかしたらキスティスも? と思った。
「そうね…多分、あるわ」
「夢なのにね……忘れちゃえばいいのにね」
「でも、出来ないでしょう? むしろどんどん心の中で膨れあがらない?」
「……うん」
 その言葉に、やっと止まった涙がまたポロポロと零れた。
「ごめんなさい、セルフィ。泣かせるつもりはなかったの」
 すまなそうに、涙を拭ってくれるキスティスに、自分の方こそすまないとセルフィは思った。
 そして、自分がこんなに泣き虫だったなんて知らなかった。
 夢の中の出来事にさえ涙が出る位、アーヴァインの事が好きだったなんて……。
 心に浮かぶ“アーヴァイン”の名にすら、心が痛む日が来るなんて。
「セルフィ、本当にアーヴァインの事が好きなのね」
「うん、好き。もう、アービンがいないと生きていけない、って思う位好き」
 驚く程、すっと本音が口から出ていた。アーヴァイン相手なら絶対言わないような言葉。

 キスティスはその言葉に驚いた。
 少し前まで天真爛漫で、無垢で、自分の気持ちにすら気が付かないような少女だった。やがて少女は恋を知り、サナギから美しい蝶が生まれ出でるように女性になった。そして今は、その恋に涙している、生きていけない程好きだと言う。
 誰しも夢のような心地良い時間の中だけで、生きていくことは出来ない。愛する者を手に入れても、まどろむような温かさだけがある訳ではない。時に、氷の刃に貫かれるような思いをする事もある。それが“共に在る”という事だと自分は思う。
 それとは別に何かが引っ掛かった。セルフィの反応が、あまりにも過敏すぎるような気がする。確かにかなり衝撃的な夢だとは思う。でも一週間経っても涙を流すような事だろうか。アーヴァインに会えば払拭されるだろうと自分には思えるのに、セルフィはそれをしない。逆に彼を避けている。何故、そこまで不安に駆られるのか。
 もしかして――。
 ある仮定がキスティスの脳裏に浮かぶ。

 無意識下の自己防衛。
 “恋をしている事に気が付かなかった”のではなく“無意識の内に避けていた”のだったとしたら……。その仮定を当て嵌めて、最初からの事を考えると、綺麗にパズルのピースが埋まっていく。
 イデアの家に居た自分達は、みな戦災孤児で一様に大切な人との強制的な別れを経験した。彼女は更に、トラビアガーデンの大切な人達も、一度にたくさん失った。事態を阻止出来なかった自責の念もある。それらの経験から、自己防衛として、無意識下で一人の人間への、必要以上の深入りを避けるようになったのだとしたら…………。彼女の経験を鑑みれば、そうなったとしてもなんら不思議はない。深入りしない方が、失った時に受ける傷は少なくて済む。
 その自己防衛すら突破して得た、最も愛する者をも一度失いかけた。得て尚、彼女が彼に淡泊なのも納得出来る。素直でありたい心と、無意識の内の自己防衛、背反した二つはせめぎ合いながらも、ゆっくりと心は彼に傾いたのだろう。だが、別の見知らぬ彼女は、今でもそれを制止しようとしている。
 そう仮定すると、必要以上にあの夢に怯えるのも理解出来る。
 そして仮定が正しくて、もしこの先彼が死ぬような事があれば、彼女は。
 ―――― 壊れるかも知れない。
 だが、この少女にそれを言うのは、躊躇われる。今はこれ以上傷つけたくはない、もっと別のふさわしい何かが……何かがある筈。


 知らない間にキスティスにそっと抱き締められていた。柔らかくて、温かくて、良い匂いのする身体。キスティスの優しさが流れ込んでくるような心地良さ。悲しかった心が和らいで行くのをセルフィは感じた。アーヴァインの事を考えると、胸は痛い。でもこうして、傍で温かく包んでくれる人の存在が、今は本当に嬉しい。
「セルフィ、忘れなさい。悪い夢は早く忘れないと、喰われてしまうから」
「うん」
「でも、ちゃんとアーヴァインに会うのよ。彼を避けちゃだめよ」
「どうしても?」
「ええ 顔を見るのがつらくても」
 それが最善の方法だと思う、自分が百の言葉を尽くすより、彼のキス一つで……きっと。
 キスティスはそっと心の中で呟いて、セルフィの髪を撫でた。
「だから、ちゃんと携帯の電源入れておくのよ」
「バレてた?」
 キスティスの胸に顔を埋めたまま、セルフィは呟いた。
「とっくに」
 いつもなら、何回かは触る携帯に今日は朝からちっとも触らず、机の上に置きっぱなし。そして携帯はピクリとも動かない、サイレントモードになっていてもメールや着信があれば大抵分かる、ましてや明日は週末、電源が落とされていると考える方が自然だ。目の前で電源を入れるのを確認するように見ていたら、早速着信音が鳴る。嫌そうにしかめられた顔で、相手が誰なのかはすぐに検討がついた。縋るような目で見られたが、キスティスは「ダメ」と目で返した。セルフィが諦めたように、電話に出たのを確認してから、キスティスは視線を外した。



※-※-※



 はぁ……。
 キスティスには、前向きな返事をしたものの、一人になるとまた鬱々と落ち込んできた。勝手にあんな夢を見てしまった自分が悪いんであって、実際にアーヴァインがした訳じゃない。彼はあんな事しない、絶対しない、多分しない、しないと思う、うん しない、でも……考えれば考えるほど、自信がなくなってきた。
 自分はSeeDではあるけれど、他人に比べて秀でた魅力があるとは思えない。特技もあるが、それが異性を惹きつける類のものかと言われれば、激しく疑問だ。魔女討伐のメンバーとなったのも、成り行き上そうなっただけであって、実力を認められて選ばれたとかではない。
 アーヴァインが自分を好きになってくれた理由も分からない。知らない。人の心は不変じゃない。アーヴァインに他に好きな人が出来てしまったのなら、ああなっても仕方がない。そう、仕方がない。言わないだけで、実際はそうなのかも知れないし…………。人の心の中なんて、他人には分からない。ちゃんと言ってもらわないと分からない。
 また涙が頬を伝ったのが分かった。
 自分の他には誰も居ないバスルーム。セルフィは涙を見られるのが嫌で、バスタブの中にちゃぷんと潜った。



「やっば……」
 バスルームから出て時計を見たら、アーヴァインとの約束の時間をとっくに過ぎていた。早く何とかしないと、痺れを切らしたアーヴァインがやって来る、多分。それは嫌だ。今日は自分の部屋じゃなく、アーヴァインの部屋でないと意味がない。来ても居留守を使えばいいんだけど……。いやいやいやいや、それでは意味がない。正直に言うと逢いたい、逢いたくないけど逢いたい。
 一度壁にゴンと頭を打ち付けて意を決し、セルフィは手短に支度をして自室を後にした。
 ……後にしたはいいが、アーヴァインの部屋の前でまた動けなくなっていた。たった指一本が動かせない。部屋の中に入って、知らない女の人がいたらどうしよう、そんな今更考えてもしようのない事が、頭の中をグルグル廻っている。
 やっぱり帰ろう、くるりと身体を横に向けた時、唐突にドアが開いた。
「セフィ! 良かった、今迎えに行こうと思ってたんだ」
 そう言って笑ったアーヴァインの顔は、本当に嬉しそうだった。
「セフィ、座ってて」
 動かないセルフィの手を躊躇うことなく握って、アーヴァインは部屋の中へと入った。いつものアーヴァインの手の感触。でも違う女の人に触れていた。そう思うと、また胸がずきんとして、セルフィは思わず握られた手を引っ込めてしまった。
「セフィ?」
 まずい、と思ったがもう遅い。アーヴァインは酷く悲しげな表情(かお)で自分を見ている。更に困った事に、アーヴァインの顔を見たら、また涙が出てきそうになってしまった。

「僕、何かセフィを怒らせるような事したかな?」
 アーヴァインは本当に訳が分からなかった。
 一週間近くセルフィに連絡が取れなかった。ずっと外任務に行っていた訳でもないのに、声一つ聞く事が出来なかった。自分の任務も入れれば、二週間近く会えていない。正直拷問に近かった。更に追い打ちをかけるように、さっきサイファーに「今度セルフィを泣かせたら半殺し」とか言われるし、どういう事なのか聞き返そうと思ったら、ものすごい目で睨んで来て、取り付く島もなかった。サイファーのあの目は本気だった……。
 そしてやっと会えたセルフィは、本当に様子がおかしくて。一体何があったのか、サイファーの言葉もあって、気が気じゃない。自分が知らない内に何かヘマやっちゃたんだろうか、彼女を泣かせてしまうような。

「ごめん、アービン何でもないから気にしないで」
 そんな、泣きそうな顔で、何でもないとか言われても、はいそうですか、なんて言えないよ。
「話してくれない? どうしてそんな顔してるのか」
 優しく言ったつもりだけど、セルフィはぎゅっと唇を噛み締めて俯くだけで、一向に話してくれようとはしない。
 どうすればいいのか……別の訊き方なら答えてくれるだろうか。
「僕と一緒にいるのが嫌?」
 首を横に振ったセルフィに、取り敢えずホッとした。
「僕には言えない事?」
 目線をセルフィの高さに合わせて彼女を見たら、つと涙が頬を伝っていた。もう本当に、どうしていいのか分からない、泣いている彼女を、抱き締めていいのかすら分からない。
「ごめん、アービン、ホントにごめん」
「セフィどうして謝るの?」
「ごめん……ごめん…ね」
「セフィ……」
「……ごめん」
 ただ謝る事しかしない唇を、強引に塞いだ。セルフィが言葉すら忘れてしまう位長く。




 アーヴァインから受け取った温かい甘茶をコクンと飲むと、セルフィはゆっくりと息を吐いた。まだ目は赤いけれど、大分落ち着いたように見えた。その様子にアーヴァインも少し安心し、コーヒーのカップを持って、セルフィの隣へ腰を降ろした。
 ガラスのカップに容れられた淡い黄色のお茶、カップの真ん中には細い花びらがたくさんある、ちょっと大きめの花がふわりと沈んでいた。
「コレ、甘茶っていうよりより花茶だよね」
 カップを動かすと花びらがふわっと揺れる。その様が何だか可愛くて癒される。自分がお使いのお礼にあげたお茶だけれど、こんなタイミングで出して来る所が、本当にアーヴァインらしい。お茶の温かさと、和むような香りと、優しい想いに、心が少し解きほぐされた。
 今なら、素直に言えるかも知れない。
「あのね…」
「ん…」
「夢を見た…んだ」

 視線は手に持ったカップに落とされたままだったけれど、一度僕を見て「笑わないでね」と言ってから、セルフィはぽつりぽつりと話してくれた。
 その内容に呆然としてしまった。何というか、夢の中とは言え、自分を殴りたくなった。そんな夢を見れば、かなりのダメージだと思う。自分なんか、今までに何度そんな夢に打ちひしがれたか……。
「セフィ、僕の心の中を君に見せられなくて、今ほど悔しいと思った事はないよ」
 そう、本当にそれが出来なくて残念で堪らない。確かに、この年頃の男なんて頭の中は、殆どエロい事で占められている。それは認める、うん。でも相手は、好きな子でないと嫌だ。セフィとか、セフィとか、セフィとか、真面目にセフィ以外はイヤ。ついでに、嫌われたくなくて自分はけっこうガマンしている、と思う。それを正直に言えたらどんなにいいか……。お? そのチャンスが今か?! そんな事より、今まで気が付かなかったけど、もしかして、セフィは泣いてしまう位、僕を好きだっていう事なの……かな? そうなのか? マジですか!? こんな時に、ほんっとうにセフィには悪いと思うけど、すごく嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい! セフィの気持ちは、こっちから聞かないと言ってくれない事が多い、いや殆どそう。直接、好きと言われた訳ではないけれど、今聞いた話で彼女の気持ちは十分に感じ取ることが出来た。
 アーヴァインは、深呼吸をしてから改めてセルフィに向き直った。
「セフィ、正直に言うから、引かないでね」
 逃げられてしまわないように、セルフィの手を握ってから、今度はアーヴァインが心の内を語り始めた。


 まだ目も鼻の頭もちょっと赤い、そして今はそれに加えて頬も耳までも、ほんのり桜色になっている。少し潤んだままの瞳は、じっとアーヴァインを見ていた。
「え…と、今もそうなの? ……あ…と…だ、抱きたい?」
「うん」
 即答すると、セルフィはポンッて音がしそうな位、本当に真っ赤になった。アーヴァインはセルフィのこういう所も、かなり好きだった。
「これでも結構我慢してるんだよ」
 今度は目が泳ぎだした。
 セルフィの身体が段々後ろへ、倒れるように離れていく。でも、今日のアーヴァインは離さなかった。握った手をくんっと引っ張って、セルフィが気が付く前にふわりと抱き締めていた。
「僕のことキライ?」
 耳に触れるか触れないかのところで囁くと、微かに震えたのが伝わってきた。
「セフィ、聞かせてよ。僕は正直に言ったよ?」
 自分でも、イジワルだと思うけど、容赦がないと思うけど、たまにはガツンと聞きたい。こんなチャンス滅多にないし。
「……す…」
 何かを言いかけた唇は、全部は言ってくれなかった。耳朶をふっと甘く噛むと、吐息は溢れるのに。
「セフィ?」
 額に優しく唇を押しつけられた時、セルフィの力がふっと抜けて、アーヴァインの胸にもたれかかった。細い指が愛おしむようにアーヴァインの頬に触れ、顔を見上げる。
「アービンが好き、大好き……」
 漸く聞きたかった言葉を聞くことが出来て、アーヴァインは柔らかく微笑み、頬に触れているセルフィの手の平へキスをした。
「アービン」
「うん?」
 セルフィの手に、口付けを落とすのをやめず答える。
「ずっと好きでいてくれる? あたしの事、一番好きでいてくれる?」
 自分らしくないのは百も承知だったけれど、今はどうしても聞かずにはいられなかった。嘘でもいいから、アーヴァインの言葉が欲しかった。そうしたら、この先あんな夢を見てもきっと大丈夫だと思うから。
「セフィ、僕を見くびらないでほしいな。ずっとセフィだけを見てきたんだよ、セフィがイヤだって言っても、ずっとセフィが一番だよ」
 また涙が一粒零れた。けれど、今度は哀しい涙ではない。
「うん」
 アーヴァインの首に両腕を回し、セルフィの感謝の気持ちを込めて口付けた。アーヴァインはそれに応えながら、ゆっくりとセルフィを押し倒した。
「アービン、ベッドがいい」
 キスの雨を受け止めながら、セルフィが吐息の様に告げる。
「ベッドに行くと、もう僕は手加減出来ないよ、それでもいいの?」
「いいの、あたしはアービンのものだから、アービンの好きにして」
 最後の言葉がセルフィの口を離れた時には、アーヴァインは彼女を抱き上げていた。

 人の心は強くて脆い。
 だから言葉で伝え、肌身で告げる。
 セルフィの不安は、嫌という程払拭されてしまう訳だけど、それはまた――――。


む、胸焼けしたら申し訳ないです。私は胸焼けしました。
この話は元々R用に書いてましたが、ふと気が付いて表用にしたものです。思えば、アーヴァインもセルフィも心の内面を語るのは、Rの方ばっかりで。これではイカンと表にアプしたら、軽く羞恥プレイ……でした。
(2008.01.18)

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