凍る夜 君に

コゴルヨル キミニ
「寒いよ、セフィ〜」
 今にも死にそうな声で言う科白かと……。
「さ〜む〜い〜」
 余りにもうるさいので、愛用していたトラビア羊の毛布を持参してきた。寒さの厳しいトラビアでも、この毛布があれば暖かく眠れるというありがたい毛布。それなのに、目の前で背中を丸めてこれでもまだ寒いという。何でこんなに寒がりなのか、大体このSeeD用の部屋は空調設備だって完璧で、暑い夏の日も寒い冬の日も、部屋の中は実に快適な環境ではないか。只、今は部屋の空調のスイッチを入れたばかりで、まだ部屋の中は寒い。だからこの毛布を持参して来たのに。
 しかも此処は、温暖な気候のバラムなのに。
「風邪ひ〜く〜」
 大きな身体を精一杯小さくして、ソファに座り毛布にくるまって、鼻まですすっている。
「もうっ さっさとベッドに入ったらええやん!」
 泣き言を聞くのは、いい加減イヤになってきた。
「ベッドの中冷たい……」
「入ってれば直ぐに暖かくなるってば。任務明けで、疲れてるんでしょアービン」
 外任務から帰ったばかりなんだから、ちゃんと疲れを取らないといけないのに。只でさえアーヴァインは、自分でも知らない内に無理をする事があるし……これでも、アーヴァインの事本気で心配なのに。
「お風呂で温まって、そのまま直ぐにベッドに入れば、大丈夫だよ」
「セフィのイジワル……」
 アーヴァインの身体を気遣って、言っているのに何て事を言うんだろう。どうして自分がイジワルとか、言われないといけないのか。
 ムカッ
「もうアービンなんか知らん! 折角気遣こうて毛布かて持ってきたのに、風邪ひいたらあかんから、早く寝た方がええって言うてるのに、もう知らん! これも返す!」
 セルフィは、彼に貰ったカードキーをバンッとテーブルの上に叩きつけるようにして、アーヴァインの部屋を飛び出した。
『アホ、アホ、アホ、アービンのアホ!』
 部屋を飛び出た勢いのまま、セルフィは自室に向かった。確かにアーヴァインが寒がる位、今日のバラムは珍しく冷え込んでいた。通路を流れている空気も冷え冷えとしている。セルフィもぶるっと身震いして、急いで自分の部屋に入った。
「なんか温まらんな〜」
 空調はちゃんと動いているようだったが、部屋の中はなかなか暖かくならなかった。こんな時は、お風呂で温まって、何か温かい物を飲んで、さっさとベッドに入るに限る。セルフィはバスタブにゆっくりと浸かり、十分に身体を温めてから、ほんの少し砂糖を入れたホットミルクを飲んでベッドに入った。
「ほら〜、こうすれば暖かく寝られるのに〜」
 ここには居ないアーヴァインに向けて呟き。今日はどんな夢を見ようかと、アレコレ考えながらセルフィは目を閉じた。



『なんかさむっ』
 寒さを感じて目が覚めた。
 トラビアの寒さに比べたら、どうって事ない寒さなのに、どうして眠れないんだろう。身体が冷たくて堪らないって感じでもないのに……。
「何時やろ」
 ベッドサイドの時計を見たら、夜中の3時過ぎを示していた。こんな時間ではアーヴァインの所へ行く事も出来ない。それよりも、アーヴァインに対して取った行動を思い出すと、どんな顔をして会えばいいのか。時間が経ってみて思う、あれは一方的過ぎたんじゃないかと。だが、勝手に怒って飛び出してきた自分は、今更アーヴァインに会わせる顔なんかありはしない。
「アービン、ごめん」
 セルフィは呟くと、身体を丸くして、無理矢理瞼を閉じた。



※-※-※



 普段から人があまり来る事はなく、締め切っている事の多い倉庫の部屋は、酷くひんやりとしていた。
「リノアごめんね〜、こんな寒い部屋に付き合わせちゃって」
「平気平気、こんなトコで一人作業してたら、それこそ凍えちゃうよ」
 今日も、昨日に引き続きバラムは寒かった。
 セルフィはよく知らなかったがキスティスによると、バラムでも冬の間数回は、今日みたいに寒くなる事があるそうだ。更に、今日はまだ暖かい方で、真冬になるともっと寒くなる事も極希にあるという。バラムという所は、年中温暖なのだと思っていたセルフィには、新鮮な驚きだった。
「ねぇセルフィ、昨夜寒くなかった?」
 資料をパラパラと捲りながらリノアが訊いてきた。
「うん、寒かったよ〜、なんかびっくりした。リノアも夜中に目が覚めた?」
「ううん 大丈夫だった」
 そう言って笑った顔が、ほんのり桜色なっていたので、セルフィは何故大丈夫だったのかまでは聞かなかった。流石に、その表情の意味する所は解る、今の自分には。
「今日も寒いよね」
「そうだね、今晩また眠れなかったらどうしよう」
「セルフィ、眠れないほど寒かったの?」
「うん、何か身体がバラムに馴染んじゃったのかな〜、凄く寒かった」
「そっか……」
 その先、リノアは何か言いたげにしていたが、セルフィは自分の作業に集中していたので、気が付かなかった。
「空調の効きも悪くない?」
「なんかね、そんな気もする」
「さっさと片付けようか」
「そうだね」
 二人はこの寒い部屋から早く退室するべく、黙々と作業を続けた。



「リノア、週末だし外に食事でも行かない?」
 丁度作業が終了するのと、勤務時間終了の時間とが良い具合に重なった。
「私はいいけど、アーヴァインは? 昨日、外任務から帰って来たんでしょ?」
「ん〜……」
「リノアちゃんに、白状してみ」
 何て答えようか言葉を探していたら、先にリノアに突っ込まれた。
「ケンカしちゃった」
 軽い苦笑と共に、正直に答えた。
「えー めずらしー」
「あたしが一方的に怒っただけなんだけどね〜」
「どうして怒ったの?」
 どうしたらいいのか自分でも少し考え倦ねていたので、リノアに昨夜の事を簡単に話した。


「セルフィの事も間違ってないと思うけど、……私、アーヴァインの気持ちも分かるなー」
「どんな気持ち?」
 リノアは少し呆れた顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「セルフィ、ねぇ アーヴァインと一緒にいたくないの?」
「そんな事ないけど、いっつもベタベタってのはちょっと……」
 セルフィの答えにリノアは納得した。どうやら二人の間には温度差があるようだ。なるべく一緒にいたいアーヴァインと、その辺は割と淡泊なセルフィ。にしても、久し振り会った恋人の部屋から、夜中何もなしで帰ってくるというのは、ちょっと淡泊過ぎる。かと言って、それがセルフィの意志ならどうする事も出来ない……かな。だから、アーヴァインはあの手この手で……今も苦労しているのか。リノアはアーヴァインを気の毒に思い、その忍耐力に感服した。彼だからこそ、そして彼だけが――――。
「どうするリノア、どこ行く〜」
 セルフィはアーヴァインの想いにも、リノアの思っている事にも、気が付いていない。そこに悪気がない事は判る、個々の考えの違いとしか言い様のない事も解る、でも――――。自分やアーヴァインからすれば、切なくて淋しい。リノアは、セルフィに付き合う気にはなれなくなってしまった。
「ごめんね、セルフィ今日はまた一段と寒いし、やっぱり暖かいガーデンの中にいたいかな。ホントごめんねセルフィ」
「気にしないでよリノア、急だしね」
 言葉通り素直に受け取ったであろうセルフィに、ちくりと胸が痛くなる。
「ね、セルフィ、アーヴァインの気持ちも分かってあげてね」
「うん……」
 二人で部屋出て直ぐ、偶然スコールに出会った。邪魔モノ退散とセルフィはその場を離れようとした。けれど、一緒に夕食を食べようよと、リノアは誘ってくれ、スコールも珍しく同意の表情をしていて、セルフィはその言葉に甘えた。久し振りにスコールと一緒に食事を摂り、黙々と食べる姿を見て相変わらずだな〜と思った。それでも口数が少ないなりに、リノアに話しかけられればきちんと答え、彼にしては楽しげに会話をしているように見えた。セルフィはそんな二人が微笑ましくもあり、今は少し羨ましく見えもした。
『今頃アービン何してるんやろ……』
 いつも隣に居るアーヴァインがいなくて、ほんの少し淋しく、そして寒さを感じた。

 じゃあ、またね。と食堂の出口で二人とは別れで自室に向かう。一人になった途端、肌に沁み込むような冷たさを感じた。今日もかなり寒い、早く暖かい場所に行きたい。でも、自分の部屋は直ぐには暖かくならない。アーヴァインの部屋はどうなんだろう、今部屋に居るんだろうか。リノアにも言われたし、昨日の事を謝ろうと、セルフィはアーヴァインの部屋に向かった。

「あれ……居ないのか〜」
 インターフォンを押して暫く待ったが応答は無かった。残念ながら、アーヴァインは不在のようだ。入って待っていようにも(彼がガーデンに居る時にそんな事するつもりはなかったけれど)この部屋のカードキーは返してしまった。仕方がない、とセルフィは自室に戻った。
 また寒さで夜中に目が覚めてしまわないように、今日はゆっくりとお風呂で温まろう。そして眠る前に、昨日の事をちゃんと謝っておこう。セルフィはバスタブにお湯を溜めている間に、アーヴァインにメールを送った。
 バスルームから出ると、少しでも身体が温かいうちにと、直ぐベッドに入った。持って来た携帯を枕元に置いて、ベッドに潜り込んだ時、メール受信を知らせるイルミネーションが点灯しているのが見えた。温かさが逃げないよう、首まで上掛けを引っ張り上げてから、携帯を開いてメールを読んだ。
「なんちゅー、アホな……」
 その内容に、脱力した。セルフィは直ぐにベッドから出ると、急いでドアまで行き確認もせず開けた。
「セフィ〜、凍え死ぬかと思ったよ〜」
 ドアの外、大きな身体を小さくして泣き言を言う姿に一つ溜息をつき、彼を招き入れた。
「どうして、もう……」
 それ以上言葉にするのはやめた。アーヴァインの気持ちが、自分にも解った。毛布を抱えているアーヴァインをじっと見上げる、髪に触ると芯まで凍ったように冷たかった。どれだけドアの外で待っていたのか、本当に……バカだよアービンは、そしてあたしはもっとバカだ。アーヴァインの気持ちにも気付いてあげられない、いつだって彼に気遣って貰ってばかり。俯いて小さく吐息をついた。
「セフィが寒いんじゃないかと思って返しに来たんだ……ケド」
「ありがとう、ホントはあたしも昨日ちょっと寒かった」
「セフィも?」
 意外だと思ったんだろう、アーヴァインの綺麗な菫色の瞳が少し見開かれた。アーヴァインの腕から毛布を受け取り、脇に置いて彼の手を握る。やっぱり、手も冷たくなっている。
「アービン」
 今日は視線を逸らさずにじっと見つめる。
「ん?」
 アーヴァインは少し不思議そうに、セルフィを見ていた。
「やっぱりカードキー欲しい、またくれる?」
「うん」
 嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔にホッとする、―――― そして温かい。
「それとね、今日も寒いから一緒に寝よう……ダメ?」
 アーヴァインは瞬きもせず、暫く呆けたような顔をしていた。
「アービン、ダメ?」
 もう一度下から覗き込むように言うと、漸くセルフィの方に視線が動いた。
「セフィ!」
 返事もせずぎゅうとセルフィを抱き締める。冷たい身体と密着して、一瞬冷気がセルフィの身体を駆け抜け、やがてゆっくりと温かくなった。そして、大好きなアーヴァインの匂いに、とても安心した。



「アービン、まだ顔ちょっと冷たい」
 上掛けの中にすっぽり収まっている素肌は、もうほんのりと温かいのに、顔はまだちょっと冷たかった。
「いたひ、いたひ、セフィ〜」
 温めようと思って手でざかざか擦ったら、ちょっと力が入り過ぎてしまったらしい。それでも、何だか幸せそうなアーヴァインの顔を見ていたら、妙に安心して、急に眠くなって来た。
「……あのね、アービン。あたし昨日……寒くて目が覚めたんだ…………だからバラムの温かさに身体が慣れちゃったんだと……思って…たんだけど……」
 アーヴァインの胸に頬を寄せ、耳に届く規則正しい心臓の音に眠りの中へ誘われながら、セルフィが呟く。
「だけど?」
 その後一向に続きを言いそうにないセルフィの顔をアーヴァインは覗き込み、頬を撫でて続きを促した。
「寒さに…弱くなったんじゃなく…て……アービンの温かさに……慣れちゃったんだ…………と思う……」
 アーヴァインは目を丸くして驚いた。まさかセルフィからそんな事を言われる日が来ようとは、思ってもいなかった。
「はふ〜ん、セフィ〜」
 情けないんだか、甘いんだか分からない声で、アーヴァインは思いっきりセルフィに頬摺りをした。
「じゃあ、寒い夜は一緒に眠ってもいいよね」
「う……ん、いい…よ……」
 多分……、そうしないと自分も…………耐えられないと思うから……。
 もう一度アーヴァインがセルフィの顔を覗き込んだ時、既に彼女は静かに寝息を立てていた。
 寝ぼけた状態で言った言葉を、セルフィが明日も憶えていてくれるかどうかは、激しく疑問だった。けれど、自分は確実に憶えている。それでいいか、セルフィの額に一つキスをして、アーヴァインも目を閉じた。


元々R用に書いていた物なので、デロ〜ンと甘いです。
相手を気遣っての行動も、相手の受け取り方次第では、全く通じていなかったり。難しい所です。でもけして無駄な事ではないのよ。
(2007.12.24)

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