藍反射
後
次の日の予定は、礼儀正しく飲み込みの早いガルバディアの面々のお陰で、予想通り昼頃に当初の任務は終了した。
午後は、昨夜の申し出を受けて対モンスターの実戦を行うことになった。丁度ガーデンから割と近い場所に、最近モンスターが増えて困っている所があるというのでそこへ、アーヴァインとセルフィは向かった。
セルフィは、念の為ヌンチャクは持っていたが、バトル用のユニフォームは持って来ていなかったので、ガルバディアガーデンで借りた。自分用の物ではないので、多少の違和感はあったが、動けば馴染むだろうと思える程度だった。後、小型のカメラを頭部に付けさせて欲しいと頼まれた。視界にはカメラなど目に入らないが、それでも人に見られているのだということに少し緊張した。
流石に危険なのでギャラリーの生徒や教授は、セルフィ達の所から離れた安全な所で見学ということになっていたが。
ふよふよと漂いながら、二人につかず離れず付いてくる小型の遠隔操作のカメラに向かって、「行きます」と告げて、二人はゆっくりと目的の森の中に入った。
静かに森の中を進む。ところどころ木々の隙間から差し込む光が、小さく綺麗な光の帯を形作っている。モンスターとは無縁、と言ってもいいような美しい森だった。
セルフィはふと並んで歩く横を見た。すると呑気に口笛を吹いている。再会した頃、本番に弱いとか言っていた人間とはとても思えない。ついでに身体によくフィットしたラインの、バトル用のユニフォームがしっくりと馴染んで、かなり様になっているのが何だか癪だった。どことなく体格が良くなっているようにも見える。
そう言えば、アーヴァインと共に戦いに赴くのは、かなり久し振りな事に気が付いた。いつ以来だろう、セルフィがぼんやりとそんなことを思っていると「セフィ来たよ」という静かな声が聞こえた。セルフィの思考は瞬時に遮断され、身体が自然にそちらへ反応していた。
先端にでっかい蕾を付け、クネクネと長い鞭のような腕を振り回し、半ばつぶれた饅頭みたいな顔兼胴体をしたヤツが、ヨタヨタ歩きながら現れた。
セルフィは、タンッと地を蹴って相手のすぐ目の前に着地すると間髪を入れずに、カパーンと開けられた口の中に長いヌンチャクの片方の棍をぶち込んだ。めちゃくちゃな攻撃ではあるが、これが意外と効く、かなり効く。経験から学んだ急所だった。後はトントンと二本の長い腕に、ぐるんとヌンチャクを巻き付けて、力任せに引っ張り引きちぎる。仕上げに脳天にガツンと一発打ち込んでお終い。
「相変わらずだね、セフィ。ちょっとは手加減したら?」
セルフィの戦いっぷりに、少し離れた所でクスッと苦笑する声が聞こえた。
だが、斜め後方からの気配に苦笑を漏らした顔は一変すると、振り向き様にコカトリスを一発で仕留めていた。続けて茂みの中でもう一つ何かが倒れた音も聞こえた。姿の見えていない相手まで、同時に撃っていたらしい。
「アービンこそ、やるやん」
セルフィはそれ以上は言葉にしなかったが、しばらく見ない間に、アーヴァインの腕は上がったような印象を受けた。
休む暇もなく再び大きな足音が近くに聞こえた。血の臭いに引き寄せられて、肉食系の大型のモンスターが来たのだろう。
そして予想に違わず、のっそりとグレンデルが姿を現した。こいつは大型でちょっと手強い。
セルフィがぐっとヌンチャクを握り直して、足をぐいと踏ん張った時、「まかせて」と聞こえたかと思うと、アーヴァインがタンタンタンと、軽やかに移動しながらグレンデルに弾を撃ち込んだ。セルフィが「え〜」と不満の声を上げた時には、グレンデルは断末魔と共に倒れていた。
そして、セルフィの不満な声に呼応するかのように、別々の所から二頭のウェンディゴが現れた。お互い近い方の相手に対峙する。
ウェンディゴが動かずセルフィは逡巡したが、じっと待つのは性に合わない、自分から相手に向かって突っ込んだ。こいつは筋肉が異常に発達している、確実に急所を捉えなければ。隆々とした筋肉で形成された腕を振り回し攻撃してくるのを避けながら、見えた隙を逃さず、脇腹に思い切りヌンチャクを叩き込む。相手がよろけた所を間髪入れず、回し蹴りで腹に一撃、そして頭部と胸の隙間に全体重を掛けて、棍を突き込んだ。どんと倒れたウェンディゴが完全に息絶えたのを確認すると、ふぅと息をはき、セルフィはアーヴァインの方を振り返った。
とっくに倒しているだろうと思っていたが、意外にもまだ倒してはいなかった。
加勢しようと駆け出す寸前、セルフィはなんだかいつもと様子が違うことに気が付いた。相手の攻撃をヒョイヒョイとかわすだけで、アーヴァインは一向に撃とうはしない。まるでからかって遊んでいるような……。
極力少ない攻撃で、確実に沈める戦い方をするのが常なのに、珍しいなとセルフィは思った。何か恨みでもあるんだろうか、そう思った時セルフィは吹き出した。
ある。確かに恨みがあるかも知れない。
前に一緒に旅していた時、アーヴァインはよくドリブルやらシュートやらの餌食になっていた。不思議と、他の仲間の誰よりも。なるほどな〜と、セルフィが納得した時、蹴りを食らって大きく後ろに跳ね飛ばされ怒りまくったウェンディゴが、アーヴァインに向かって突進して行くのが見えた。アーヴァインは、それを真っ直ぐに見据え、すっと腕を伸ばす。と、ドンという音と共に、ほんの少し頭部から流した血をその場に置いたまま、ゆっくりとウェンディゴが仰向けに倒れた。
風に揺れた葉の隙間から差し込んだ光が、アーヴァインの瞳を一瞬照らした。
まるで蒼く透明な湖面が、乱反射したように綺麗だと、セルフィは思った。
「手加減してないのはどっちなん」
セルフィは、アーヴァインに向かって、大きく肩を竦めて見せた。
「セフィ!」
緊迫した声がすると同時、セルフィはアーヴァインの腕に抱えられるようにして、大きく横に飛んでいた。
『アレ? やっぱり、なんか……』
抱えられるようにして、地面に倒れ込みながら、セルフィは戦闘とは別のことを考えていた。それでも、地面に転がるとすぐさま飛び起き、体勢を整えつつ顔をあげる。知らぬ間にグレンデルがいた。たった今セルフィがいた場所に。セルフィがヌンチャクを構えた時、そいつがゆっくりと倒れていくのが見えた。さっきのウェンディゴと同じように、頭部から流れた血をふわりと漂わせて。隣を見ると、倒れた体勢のままのアーヴァインが構えた銃口から微かに煙りが上がっていた。セルフィは油断してしまったことも悔しかったが、今日はアーヴァインの方が一枚上手だったことも悔しかった。
今ので判った。明らかに今までより銃の腕が上がっている。そして、抱えられた時に確信した、身体も随分鍛えている。セルフィの知らない所で、きっちり銃の訓練もしていれば、身体の鍛練もしていたらしい。アーヴァインだってSeeDなのだから当然と言えば当然なのだが、普段あまりにヘラヘラとしているので、セルフィはその事実に少なからず衝撃を受けた。SeeDとして、助けられた自分を恥じた。バラムに帰ったら、ヌンチャクと身体の鍛錬だ! とセルフィはものすごい勢いで決心した。
「一段落ついたかな」
明るい声に、セルフィは我に返った。
白い日差しが差し込む森は、再び静かな美しさの中にいた。もう近くにモンスターの気配はない。
「そうみたいだね」
アーヴァインが、インカムでガルバディアガーデンの教授と連絡を取り、これで終了ということになった。アーヴァインとセルフィの近くをふよふよと漂っていたカメラは、すーっと二人より早く生徒達のいる方へ戻って行った。アーヴァインとセルフィも、頭に付けていたカメラを外し、皆のいる所へ歩き出す。
「アービン……」
「ん〜 なに〜?」
セルフィは隣のアーヴァインを見上げた。さっき感じたことを言おうかと思ったが、やっぱりやめた。アーヴァインが努力をしていることはわざわざ訊かなくても、もう分かっている。それをいちいち言うのも……なんだか。
「ちょっとお腹空いた〜」
「そうだね、身体動かしたもんね」
そう言ってアーヴァインは、にこにことセルフィに向かって笑う。その笑顔を見て「いい男やん」とセルフィは思った、絶対口には出さないけれど。
ガルバディアガーデンに戻ると、軽く食事を摂った。
丁度、昨日今日とセルフィと一緒のグループにいた生徒が通りかかり「さっきのバトルとても参考になりました。やっぱりSeeDってすごいですね」と上気した顔で言われた。褒められたことも嬉しかったけれど、その生徒がSeeDを目指して頑張ります、と言ってくれたことがとても嬉しかった。自分が誰かの目標になるなんて、気恥ずかしいけれど、それでもセルフィは純粋に嬉しいと思った。
更に依頼をしてきた教授から感謝の言葉と共に、ドリンクの差し入れをされた。綺麗なミントグリーン色のジュースと、オレンジジュース。
「良かったね、喜んで貰えて」
セルフィは近くに置かれたオレンジジュースを取り、コクンと飲んだ。
「そうだね〜、出発まで少し時間があるけど、どうするセフィ?」
「ん〜 どうしよう」
時間があるとは言っても、一時間半程度で街へ出るような時間はない。かと言ってここでじっと待つのも……。
「あ、ガーデンの中案内して! 何かここフクザツで良く分らないんだ〜」
「オッケー」
確かに複雑だよねと笑って、アーヴァインは席を立った。セルフィも慌てて、オレンジジュースを飲み干し、席を立とうとしたけれど、「トレイ返してくるからセフィはここで待ってて」と言われ、相変わらずの気遣いに感謝しつつ素直にアーヴァインの厚意に甘えた。
バラムガーデンより、一回り位大きなガルバディアガーデン。アーヴァインに案内されながら、改めてその大きさをセルフィは感じていた。構造もちょっと複雑で憶えにくい、有事を想定しての造りなのだろうと、以前ガルバディアガーデンとバラムガーデンが交戦した時のことを思い出した。あの時交戦したガルバディアガーデンの生徒達は人数こそ少なかったが、非常に手慣れていた。SeeDとしては見習うべき所だが、願わくばガーデン同士が戦うなどということは二度と起こって欲しくない。
けして楽しくはない過去を思い出していた時、ふいに前方から冷たい空気が吹き込んできた。手で顔に当たる冷気を遮るように、開けられた扉の中に入ると、一瞬視界が真っ白になった。
「うわ、スケートリンク!」
「うん、ガルバディアガーデン名物! かな?」
「いいなー、あたしも滑りたい!」
「セフィはトラビア育ちだし、上手そうだよね」
「アービンは?」
「僕はあんまり……」
何事にもあまり興味のなかった頃の自分を思い出して、アーヴァインは苦笑した。
「パックって当たると痛いんだよね」
リンクがよく見える二階の観客席に移動して、アイスホッケーの練習をしている生徒を眺めながらセルフィが呟く。
「あのスピードだからね」
「そうだね、めちゃくちゃ早いもんね」
セルフィのすぐ横にある、天井から吊るされた垂れ幕の紐が、微かに揺れていた。
「アービン」
「何?」
「ここの友達とちゃんと会ったりした? 会えてないんなら、時間あんまりないけど、今からでも会ってきなよ。あたしガーデンの中大体分かったし」
確かに、ガルバディアガーデンに来ることは、そうある訳ではないけれど、かと言って再会を懐かしむ友が多い訳でもないとアーヴァインは思った。ここにいた時はどちらかと言うと、人付き合いは消極的だった。仲の良かった友とは、既に会ったし、また会う機会があると思う。それよりも、ガーデンの中を一人で歩くのはちょっと……。
「セフィが来る前に、ちゃんと旧交は温めたよ。それに……」
「それに?」
その先を言おうとしないアーヴァインの顔を下から覗き込んで、セルフィは訊いた。
「一人で歩くと困った事になるし……」
「ふ〜ん」
セルフィは一言そう言っただけで、リンクに向き直り何事もなかったかのように、練習風景を見ていた。
この前のバラムでのこともあったし、ここに来てからも、セルフィにしてみれば面白くない場面を目にしているはずだ。そのことが気になって仕方がない。ちゃんと自分がどう思っているか伝えたいとも思う。だが、セルフィの今の返事はテキトーで、もうどうでもいいことのようにも聞こえた。ならば、もう触れない方がいいのか。アーヴァインはどうしたものかと一人腹で唸った。
「あ!!」
突然、弾かれたような声をあげたセルフィに、アーヴァインの心臓もびっくりした。
「なに、なにっ!? どうしたのセフィ」
「アービン、大事なこと忘れてた!」
『も、もしやアノこと!?』
今、考えていたことをいよいよ突っ込まれるのかと、アーヴァインはごくんと唾を飲んでセルフィの言葉を待った。
「なんとかカクタスって知ってる? すっごく美味しいっていう」
「ウエスタカクタスのこと? 知ってるよ、ここの食堂のメニューにもあるよ」
全く見当外れだったことに、ホッとする。
「そうなん! ラッキー!」
そう言って、くるんと階段の方に向かおうとしたセルフィを、アーヴァインは慌てて止めた。
「ごめん、今日はもう終了だって。さっきトレイを返しに行った時、そう貼り紙がしてあった」
「え〜 そうなん」
酷く落胆した声と顔に溜息が出る。相変わらず、目の前の恋人のことよりも、食べ物の方が大事なんじゃないかと思えるその行動。いつものことだと分かっていても、ちょっと涙目。
「そんなに食べたかった?」
「うん バラムでは食べられないもん」
確かに、ガルバディアでなければウエスタカクタスは食べられない。
「ちょっとだけなら、あげられるかも」
「ホントに!?」
キラキラと嬉しそうな瞳に、良心がチクリとしつつも、アーヴァインはセルフィが望むものを与えた、唇で。
不意の出来事に驚いて、セルフィは無意識に近くにあったモノを引っ掴んでいた。
ようやく解放された時、下方からこちらを見上げる複数の視線を感じた。未だアーヴァインに抱きかかえられたままなので、セルフィは顔だけ視線の方に向ける。気のせいではなく、リンクで練習をしていた生徒達が全員、固まったようにアーヴァインとセルフィの方を見上げていた。
なんでっ!?
廻らぬ頭を精一杯廻して考えた。ふと手に何かを握っているのに気が付く。端っこの見えないやたらデカイい布。
なんだろうコレ……。
そう言えば、視界が妙に明るくなったような気がする。
……あ!
さっきまでセルフィの横にあった、ガルバディアガーデンの校章の入った大きな垂れ幕がない。それが落ちてしまって、ここに注目されたんだと気が付いた。そしてその垂れ幕を引き落としたのが、自分 ――――。
セルフィは顔から火が出る程恥ずかしかった。
こんな所で、キスシーンを多く人間に目撃されてしまうなんて、しかもSeeD服を着ているので、“誰と誰”ということまでほぼ特定されてしまう。どう取り繕ってもガルバディアの生徒だったということにはならない。更に腹が立つことに、アーヴァインは悪びれる様子もなく、今度は頬にキスをしてきた。とっくに怒髪天を通り超して、口から魂が抜けてしまったセルフィは、そこから先どうやってバラム行きの列車に乗ったのか、まるで憶えていなかった。
次にセルフィが気が付いた時には、SeeD専用のキャビンでアーヴァインに必死で宥められていた。思いっきりアーヴァインを殴りたい衝動に駆られたが、向けられた瞳があまりに真摯で、セルフィは思い止まった。アーヴァインのせいではない。自分が垂れ幕を引っ張らなければ、ガルバディアの生徒達に見られることはなかった。でも、その原因はアーヴァインが不意にキスしてきたからで……。セルフィはまたふつふつと怒りが湧いてきた。だがもう一度、ぐっと堪えた。今ここでアーヴァインに怒りをぶちまけても、取り返しはつかない……。それよりも聞きたいことを優先させた。
「な、なんで、キスしたん?」
「ウエスタカクタスのジュース飲んだ後だったから、少しは味が分かるかな〜と思って……」
そうだったのか。セルフィは理由が分かって、自分に脱力した。あの時、教授が差し入れてくれたジュースがウエスタカクタスだったのかと思うと、身体の力も抜けた。何の躊躇いもなく、オレンジジュースのコップを取ったのは、確かに自分。知っていたら、絶対ウエスタカクタスの方を取ったのに――――。ひとこと、アーヴァインが言ってくれれば……そんな隙がどこにもなかったのがまた、やるせない。チラッとアーヴァインを見れば、膝を付いて見上げて来る瞳が、主人に叱られた犬のようで、セルフィは小さく息を吐いた。
――――アーヴァインが悪いわけじゃない。
「今度、食べに連れて行ってな」
「もちろん!」
そう言って破顔したアーヴァインの顔が、本当に嬉しそうで、セルフィは「ま、いっか」ともうこのことは終わりにした。
「……もう一度いい?」
「うん」
折角慣れたのに、またガルバディアガーデンに行きづらくなってしまったと、セルフィが気が付くのは、もうしばらく後のこと。
そして、ガルバディアガーデンで、アーヴァインが一人で歩いても困ることが殆どなくなったのを知るのも。
「格好良く銃を扱うアーヴァインが見たいです」 との感想を頂いて、書き始めたものの、やっぱり最後は何時も通りに……。どこまでもヘタレスキーな自分に完敗。
この話、セルフィに突っ込みつつ、少しでもアーヴァインが格好良く見えていたら、本望です。
(2007.12.19)
後編を加筆修正
(2007.12.24)
← Fanfiction Menu