流星雨


『え!? マジ!?』
 ポカーンと呆けた顔の同僚に、「どうかしたか?」とスコールが問う。問われた同僚は慌てて「何でもないよ」と返事をした。
 たった今渡された次回任務の資料を恨めしげに見ながら、アーヴァインはスコールの職務室を出た。何度読み返しても、書かれている内容が魔法のようにふいっと変わる事はない、分かってはいたが気分的に納得し難くてぼ〜っと文字を追いながらガーデン内の通路を歩いていた。
「はあ〜」
 肩を落として大きく溜息をついた時、「イタッ」という声で何かにぶつかったのだと分かった。
「セフィ!」
「アービン、もう〜 痛いな〜」
 全くどうかしている、セルフィの姿にも気が付かず、あまつさえぶつかってしまうなんて。
「ごめんセフィ」
 背を屈めてセルフィの顔を覗き込んだら、おでこがちょっと赤くなっていた。
「ごめんね、セフィ」
「なんかあった? アービン」
 浮かない面持ちをしていたのが分かったのか、セルフィは少し心配そうな顔でアーヴァインを見上げた。
「ん〜 ちょっとね。セフィこそどうしたの? 僕にぶつかるなんて、何か考え事でもしてた?」
 相変わらずの鋭さに、「ちょっとね」とセルフィはアーヴァインの真似をした。
「ね、ご飯食べに行こうよ」
 何だか上手く誤魔化されたような気もしたけれど、折角のセルフィの誘いを断る理由など全く無く、アーヴァインは笑顔で彼女の希望に応えた。




「はぁ〜」
「はぁ……」
 同時に溜息が漏れた。
「どうしたの?」
「アービンこそ」
 今日も砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーのカップを両手で持ち、上目遣いにセルフィはアーヴァインを見た。
「大した事じゃないんだ」
 セルフィの手元辺りをぼ〜っと眺めながら、呟くようにアーヴァインは切り出した。
「次の任務がね〜、トラビアなんだけどね〜」
「え!? アービン、トラビア行くん!? いいな〜 あたしもそっちが良かったな〜」
 美味しそうな湯気を立ち上らせているコーヒーを、セルフィはコトンとテーブルに置いた。
 実に残念そうな口調のセルフィに、残念がる所はそこなのかと、アーヴァインは再びがっくりとした。そして「何かトラビアに用事でもあった? 向こうで欲しい物とかあるなら買って帰るよ」と、自然に口にしてしまう自分に涙した。
「わ、ホントに!? ありがとアービン、え〜とね〜」
 感謝の言葉と嬉しそうなセルフィの笑顔に苦笑し、、アーヴァインはセルフィの言う“お買い物リスト”を携帯のメモにしっかりと残した。
「アービンは何か欲しい物ある? あたし、明日からガルバディアだから」
「ん〜 特にないや。セフィはいつガーデンに帰る予定?」
「25日だよ」
「そうなんだ」
 二度あることは三度ある。まさに今日はそれがドンピシャで、アーヴァインはもう溜息も出なかった。他の人間にとってはどうって事ない、只の一日、でも自分にとってはとても重要な意味を持つ日。そんな事、SeeDの道を選んだ自分にとって、些細な事であるべきなんだろうけど。それでも、目の前の少女だけには憶えていて欲しかった。今の会話で、見事に忘れられている事が分かってかなりへこんだ。
「ごめん、アービン。明日早いんだ、もう寮に帰るね」
「え? もう……」
 掛ける言葉を与える隙もないまま、セルフィは席を立って歩き出していた。
「セフィ、気をつけて」
 去っていくセルフィにやっとそれだけ言って、アーヴァインは彼女が結局口を付ける事の無かったコーヒーのカップを取り、こくんと一口飲んだ。
「あまい……」
 確かに甘い、でもアーヴァインの好みの甘さではなかった。



※-※-※



「お疲れ、帰りは事情により高速艇の迎えが遅くなる、集合は明日16時。それまで自由行動だ」
「了解です」
 トラビアでの任務は滞りなく終わり、今日は与えられた宿舎でゆっくりと休む事が出来る。そして明日には、バラムに帰れる。普段ならとても嬉しい筈だったけれど、今回ばかりは大して嬉しくもなかった。帰ってもセルフィに逢えるのは、早くて次の日の25日。ベッドに寝転がって携帯をぱちんと開いたら丁度セルフィから電話が掛かってきた。
『アービン、今大丈夫?』
「うん大丈夫だよ」
『良かった、ちょっとネットで話したいんだけど、繋げる?』
「いいよ〜」
 まだ会うことの出来ないセルフィからの連絡がとても嬉しくて、急いで部屋にあった端末を起動させてネットに繋いだら、セルフィは既に待っていてくれた。画像がオフでそれがちょっと残念だったけど。
―― こんばんは、アービン ――
 さっき電話で話したばかりなのに、また挨拶から始まるのが妙に可愛くて、モニターの前で笑ってしまった。
―― そっちは、こんにちは、だよね、セフィ ――
―― あ、そだね。そっち寒くない? ――
―― この時期はやっぱり寒いね。バラムの気候にすっかり慣らされちゃったから ――
―― そんな事じゃ、冬のトラビアには耐えられへんで〜 ――
―― そんなに脅さないでよ〜、あ、明日自由時間が取れたから、セフィに頼まれた物ちゃんと買って帰るからね ――
―― ありがとう! 楽しみにしてる〜 ――
 文字だけなのに、セルフィの嬉しそうな笑顔が目の前にあるようで、なんだか心が温かくなった。
―― ん〜とね、アービンにお願いがあるんだけど ――
―― なに〜? ――
―― デリングシティでお勧めの店があったら教えて ――
―― いいよ〜、スイーツとかならね…… ――
―― あと、洋服のお店も! ――
―― それなら、XXXがいいかな、セフィの好みとは違うかも知れないけど、ここの服もきっとセフィに似合うと思うよ ――
―― そこって、アービンもよく行った? ――
―― うん、行ったよ〜 ――
―― そうなんだ ――
 それから暫く会話が途切れた。

―― あ、今の時期ね、そっち結構流れ星が見えるんだよ ――
―― そうなの!? ――
 その言葉に少し前、夜中に流れ星を眺めたのを思い出した。あの時は二人で……。
―― “流星雨”って地元では呼ばれててね、ちょっとした名物なんだよ ――
―― 後で、外に見に行ってみるよ〜 教えてくれてありがとう ――
 そう文字を打ちながら、いつかセルフィと二人この地で“流星雨”を見られるといいな〜と、アーヴァインは思った。
―― でもね、よっぽど運が良くないと見られないよ〜 ふふん ――
―― ふふん、て何だよ〜 僕の運が悪いとでも言いたいの〜 ――
 ここ数日は実にその通りだった。だから今聞いた“流星雨”だって見られるとは思っていない。
―― ごめんごめん、もっと運が良ければオーロラも見られるかもよ〜 ――
 アーヴァインは、どっちかって言うと、流れ星よりオーロラの方が見られる確率は高いんじゃないかと思ったけれど、それには触れなかった。
―― あ! ――
―― なに? ――
―― 誕生日おめでとう! ――
 驚いた、とにかく驚いた。セルフィはきれいさっぱり忘れていると思っていたから。日付が変わると同時に、おめでとうだなんて。何て言うか、余りにも意外な言葉にちょっと涙が出そうだった。ありがとうと、返事を打とうとしたら更にセルフィから続きの言葉があった。
―― 生まれて来てくれてありがとう ――
 固まってしまった、その文字に。
 たった十数文字。けれど、どんな言葉を掛けられるより嬉しかった。そして、その言葉のお礼にセルフィを抱き締められないのが、とても淋しかった。
―― ありがとう、とても嬉しいよ。バラムに帰ってもまだセフィに会えないのが淋しいよ ――
 つい正直な気持ちを打ってしまった。
―― ………… ――
 返ってきたのは、沈黙を表すような文字。一体そのてんてんてんにどんな意味があるのか、激しく気になる。
―― ごめんアービン、もう落ちなきゃ ――
 そうだった、ガルバディアとトラビアの時差を忘れていた。その時差の中、こうしてわざわざおめでとうと言ってくれただけでも十分に嬉しい事ではないか。すっかりその事を忘れていた、本当に自分は欲深いなとアーヴァインは思った。
―― じゃ、バラムでセフィが帰ってくるのを待ってるよ ――
―― うん、おやすみ、アービン ――
 暫しの逢瀬は、セルフィがログアウトした事を知らせる小さな音ともに終了した。
 アーヴァインも端末の電源を落として、静かに立ち上がる。ダメ元で、見られたらラッキー位な気持ちで窓際へと移動する。カーテンを寄せて窓を開けると冷たい夜の空気が流れ込み、身体が少し震えた。
 冴え冴えとした空気に包まれたトラビアの夜空には、美しい星の海が広がっていた。吐く息の白さも忘れて、暫く今にもこぼれ落ちて来そうな星空に魅入る。段々と寒さに身体が浸食され限界を感じ窓を閉めようとした時、それは唐突に訪れた。
「うわ〜」
 ただ、それだけの言葉しか出てこない位圧倒された。
 この前バラムで見た流星群よりも、遙かに多い流れ星の数。まさに流れ星の雨。本当に一人で見るのが勿体ない。次見る時にはセルフィと一緒に見られますように、ちゃっかりそんな願い事をしてからアーヴァインは暖かいベッドにもぐり込んだ。




「え〜っと、セフィに頼まれた物はこれで全部かな」
 任務に赴いた街の落ち着いた店で、アーヴァインはセルフィから頼まれていた買い物を終え、お茶を飲みつつ一休みしていた。買い忘れがないか携帯のメモを見ながら、買った物をチェックする。トラビアで自由時間の取れる任務ってのもそうそう機会のあるものではない。ちゃんとお使いも出来ないのでは、セルフィに嫌われる。というのは大袈裟だけれど、がっかりされるのは間違いない。
 大丈夫、頼まれた物はきちんと買った。確認を終えると、アーヴァインは席を立った。会計を済ませて、店のドアを開けようとした時、大きな荷物を抱えて店に入ってこようとする大男の姿が目に入った。視界が荷物で遮られているであろうその人物がドアにぶつからないよう、アーヴァインはすっとドアを開けた。
「お、ありがとうよ、兄ちゃん」
 クマみたいな大男は、些か好き放題に生やした髭の顔で人なつっこく笑い、店の中へ入って行った。アーヴァインは「いいえ」と軽く会釈をして、その店を後にした。
「あんな薄着で寒くないのかな。あんだけ筋肉があったら寒くないかもな〜」
 余り広くはない濡れた石畳の道を、集合場所へと向かいながら、さっきの大男の姿をアーヴァインは思い出していた。
「あんな人と素手で戦ったら、絶対勝てないな」
 ふいに横から吹いてきた冷たい風に、アーヴァインはぶるっと身体を震わせた。



※-※-※



 薄暗いガーデンの駐車場。もう深夜なので、小さな物音一つが場内によく響く。
「お疲れ、じゃあな」
 一緒に任務に赴いた連中に荷物を渡し終えて、自分も寮に帰るかなとアーヴァインは大きなバッグを肩に掛けた。丁度その時、別の任務帰りらしいガーデンの車が一台、静かに駐車場に入ってきた。車の進路の邪魔にならないよう避けて通り過ぎるのを待つ。目の前を通り過ぎる時、あまり明るくはない照明の下でもはっきりと乗車している者の顔が見えた。
『セフィ?』
 確かにセルフィが乗っていたように見えた。だが、彼女が帰って来るのは明日の筈。期待と不安が入り交じり、その車の動向を見守った。やがて車のドアが開き、二つの影が降りるのが見えた。
『やっぱりセフィ』
 どうやら、幻を見た訳では無かったようだ。嬉しくて駆け寄りたい所を、他の目がある事を念頭に置き、ゆっくりとセルフィの方へ歩を進める。直ぐにセルフィも気が付いて、ただいまと唇だけを動かして笑ってくれた。
「セルフィ、お休み」
「おやすみ〜」
 セルフィと同じ車から降りてきた少女は、アーヴァインにも軽く会釈をすると駐車場の出口へと向かって行った。
「アービンも今帰ってきたとこ?」
 少しばかりまだ現実が飲み込めていなかったアーヴァインは、セルフィがにこにこと下から見上げている事に気が付かなかった。
「うん……。ていうかセフィなんで?」
「いちゃ、悪い〜?」
「そんな事ない! 嬉しいってば!!」
 そこまで言って、クスクスと声に出して笑っているセルフィに、またハメられたらしい事を悟る。
「任務がね、早く終わったんだよ〜 お陰でかなり疲れたけどね」
 大きく欠伸をしなが言うセルフィの言葉に、嬉しくなった。それって、つまり早く帰ろうと努力したって思っていいのかな……。そんな事をアーヴァインが考えているうちに、セルフィは駐車場から通路に差し掛かる所をふら〜っとしながら歩いていた。
「セフィ、眠そうだね。荷物持とうか?」
 慌ててセルフィを追いかけて、アーヴァインは彼女のバッグに手を伸ばした。
「大丈夫〜、眠いだけだから……」
 ぎゅっとバッグを抱え、ふよよ〜と漂うように歩くセルフィをアーヴァインは後ろから見守りながら、静まりかえった通路を寮へと黙って歩いた。直ぐに男子寮と女子寮とに通路が別れる場所に辿り着く。残念ながら、今日はここでお別れ。
「じゃ、おやすみ〜 あ、ちょっと待って」
 セルフィはバッグのファスナーを開けて、ごそごそと何かを取り出すと、アーヴァインに差し出し「たんじょびおめでと」と、半分眠りかけのような声で言った。
「ありがとう」
 リボンのかかった包みを受け取ろうとしたアーヴァインの髪を、セルフィがツンツンと引っ張った。アーヴァインが引っ張られるままに背を屈めると、頬にキスをして「また明日ね〜」と囁いてセルフィは離れた。
「セフィ、おやすみ」
 ふら〜としながらも、絶妙なバランスで障害物を避けて歩くセルフィが自室に入ったのを確認して、アーヴァインも自分の部屋へ向かった。



「あ、セフィの頼まれ物……」
 荷物をどさっと床に降ろした時、アーヴァインはセルフィに頼まれた物を持ち帰ってしまった事に気が付いた。だが、あの様子では渡してもその辺にぶちまけていたかも知れない。それにセルフィは、『また明日ね』と言った、だから明日でも構わないだろうと思う。既にセルフィは夢の中だろうし。それよりもっと気になる物があった。セルフィに貰ったリボンの掛かった包み、良く知っている店のロゴ入り。リボンを解こうとして、挟んであったカードが目に入った。
―― 誕生日 おめでとう ――
 丁寧な手書きの文字。たったそれだけだったけれど、とても嬉しい。カードの隅にあった一輪の小さな花の押し花が、セルフィにしてはちょっと珍しい感じがした。小さなサクラの花。
「ん、サクラっぽいけど、何かこれ見覚えが……うーん……あ、花桃だ」
 何の花かは分かったけれど、何故この花なのかは分からなかった。意味があるのか無いのか、セルフィだけに大した意味はないような気もする。単純に何の花かきちんと確かめたくなって、ネットで調べてみた。
 やっぱり花桃で合っていたようだ。ついでに花言葉も横に書いてあった。
「まさかコレ……いやいやいやいや、セフィがこんな……でも……あ〜、いやいや…」


 モニターの前でアーヴァインが小一時間悩んでいた頃、セルフィは幸せな夢の中にいた。


アービン、誕生日おめでとう、やっとセルフィと同い年だね。ちっちゃいのに、ちょっとだけおねーさんの彼女って萌え!
デリングシティの店の名前はトリプルエックスとでも。
花言葉の意味まで書くのはあまりにも……、セルフィは知っていて桃をチョイスしたのか。はて〜
花桃の花言葉は、良ければ調べてみて下さい。恥ずかしいのが出て来ます。そして、一番恥ずかしいのをチョイスしてアービンと一緒に悶絶するのです!
離ればなれの誕生日、でも結構幸せじゃない? アービン、ダメ?
(2007.11.24)

← Fanfiction Menu