いくつ季節を過ぎてもここに…

エピローグ
 出来たてのクラブハウスサンドとベジタブルサンド。砂糖多めのカフェ・オ・レとブラックコーヒー。
 上司に託された書類。
 中天の太陽。中庭の大きな木。
 転校して来た時からお気に入りの場所。
 探す人物がそこに居なくても、自分のお気に入りの場所である事に変わりはない。
 あそこなら一人で食べるランチも悪くない。

 トントントンと、軽快に階段を駆け上がると、いつかのように、大きな木の下、ゆらゆらと風が織りなす、白い光と濃い影が遊ぶ緑の絨毯が視界に飛び込む。


 いた――――。


 長い足を片方は曲げて、片方は前に伸ばして、両腕を枕代わりにし、顔には黒い帽子を置いて、眠っている人。
 ホッとした気持ちで、眠っているその人を起こさないように、足音を忍ばせて近づく。

 珍しく眠りが深いのか、直ぐ傍まで近寄っても、穏やかに規則正しく胸が上下して、起きてくる気配はなかった。
 どうしようかと思っている内に、手が自然と帽子に伸び、そうっと持ち上げた。
 穏やかな寝顔。
 揺れた葉の隙間から時折光が差し込み、濃い茶色の髪が金色に光る。
 相変わらず無駄に綺麗な――――。でもずっと見ていたい、大好きな人。


 何時までもこうしていてはいけない、彼を起こさなきゃ。


 パキッ


 体重を移動した時、足の下にあった小枝が折れたらしい。


「――ん」


 あ、起きたかな。
 目をきゅっと瞑ったまま、彼はぐんと両腕を前に伸ばした。次の行動にドキドキする。きっと目を開けるだろう。
 予想に違わず、ゆっくりと瞼が開かれ、そして――――。



「セフィ」
 とても柔らかで優しい微笑みを浮かべて、こっちを見上げてくる。
 この笑顔を失わずに済んで良かった、ずっとこの笑顔が見たかった。



「アービン、もしかして、ずっとここに居た? はんちょが探してたよ」
 本心を隠すように、わざと大きく溜息をついてみせた。
「ずっと暗い部屋の中に閉じこめられてたから、太陽の光が恋しくてね」
 もっともな答えに苦笑する。
「太陽の光をあんまり浴びると成長しちゃうよ〜」
「僕は植物かい?」
 そう言って腕を引き寄せられ、とん、と彼の横に膝を付いた。
 片方の手が、すっと首の後ろに回される。
「ダメ」
「どうして?」
 項をそうっと撫でる指がくすぐったい。
「明るすぎる…」
「月夜でも拒否したじゃない」
 それを今言うなんて、――――卑怯だ。
「あの時はびっくりして、嫌じゃなかったんだけど、ほら邪魔が入ったじゃない?」
「僕には、自分からあそこを逃げ出したように見えたけど?」
「うぐぐぐ……いじわるアービン」
「そうだね、今日の僕はイジワルだ。だから……」



 ふわりと触れて離れた、羽のようなキス。









「あ、はんちょからの預かりものがあったんだ」
 頬張っていたサンドイッチを口に押し込んで、セルフィはポケットから、スコールに預かった紙を取り出し、アーヴァインに渡した。
「ありがと」
 コーヒーに口をつけながら、受け取った紙を広げて読んでいたアーヴァインは、盛大に吹き出しかけた。
「だ、だいじょうぶ、アービン」
 次のサンドイッチを口に放り込みかけていたセルフィも、何事かと手が止まってしまった。
「急いでスコールのトコに行かないと、ガルバディアに帰される」
「そりゃ大変だね〜」
 アーヴァインの方も見ることもなく、セルフィは今度こそサンドイッチをぱくんと頬張った。
「セフィ〜」
「早く行かないと、はんちょ出掛けるよ」



「もう、しょうがないな〜、ここで待ってるから」
 一向にこの場を離れる気配のないアーヴァインに、小さく溜息をついてそう言うと「絶対だよーーー」と何度も振り返りながら、スコールの所へ彼は向かった。




 アーヴァインが帰って来るまで、彼が置いていった帽子を、彼がいつもそうするようにして眠ろう。

 木漏れ日が落とした影だけが緑の絨毯の上をゆらゆらと揺れている昼下がり。
 閉じかけた視界に、黄色の小さな蝶と黒い揚羽蝶が、ひらひらと飛んでいくのが見えた。




END