SPICY

『連絡ありがとー、こっちに着く頃ゲート前で待ってるね〜』
 バラムへ向かう列車の中で、携帯電話のディスプレイに載るその文字を見て、アーヴァインはにんまりと笑った。


 魔女アルティミシアを倒してからすぐ、ガルバディアガーデンから帰還要請があり、このままセルフィのいるバラムガーデンに移籍するのを目論んでいたアーヴァインは、バックレる気まんまんだった。
 けれど、「そうしたいなら、きっちり正式な手続きを取ってこっちに来い」とスコールに一喝され、ポイッとバラムガーデンから放り出された。
 その時、どさくさに紛れてセルフィの携帯番号とアドレスをゲットした。とは言っても、仲間全員お互いの番号とアドレスを交換しよう、という流れでゲットしただけなので、別にセルフィと特別な関係になれたからではない。その辺がちょっと哀しいけれど、これは大きな変化への小さな一歩なのだとアーヴァインは思っていた。
 実際、ガルバディアとバラムとで離れているあいだ、他愛のないことでもメールをしたり電話をしたりと、セルフィに会えない淋しさをずいぶんと紛らわせてくれた。一緒に旅をしていた時は、たいてい周りには誰かがいて、二人きりで話ができるという機会はあまり多くはなかった、。ましてやあの旅には大事な目的があり、なかなかそういう関係に持って行くということも出来なかった。努力が実を結ばなかったともいうけど……。そんな中スコールとリノアはちゃんと関係を築いていたのが、なんとも羨ましかった。
 このアイテムは、会うことこそ出来ないものの完璧二人だけだという感覚になれる。たまに、セルフィと電話で話をしていると、ゼルやリノアが「こっちにも連絡しろ」と割り込んでくることはあったけれど、そんなのはただの雑音にしか聞こえなかった。

 そんな時間が約5ヶ月間。
 長かった。
 アーヴァインにとって、死ぬほど長い5ヶ月間だった。それも漸ようやく終わりを迎え、もう少しでバラムガーデンへ帰ることが出来る。セルフィにやっと会うことが出来る。
「ただいまのハグと、ほっぺにチュー位は許されるかな」
 アーヴァインがそんな妄想で頭を埋め尽くしているあいだに、彼を乗せたガーデンの車は静かにゲート前に停車した。
 逸る気持ちのまま車を降りると、ずっと逢いたかった人の姿があった。その相手に向かって駆け寄り、頭の中で何度もシミュレーションした通り、ぎゅっと抱き締める。
『セフィ、会わない間にすっかり逞しくなって――、何か背も伸びた?!』
「ちょっ 離せよ! アーヴァイン、俺そんな趣味ねーぞ!」
 アーヴァインの耳元で聞こえた声は、女の子にしては随分と野太かった。
「何でゼルなんだよー!」
 アーヴァインは慌てて飛びずさった。なんたる不覚、愛しいセルフィと、どうでもいいゼルを間違えるなんて……。がっくりと項垂れているアーヴァインから少し離れた所で、セルフィとリノアとキスティスがお腹を抱えたり、涙を流したりしながら笑っている。

「で、何でみんな揃ってんの?」
 今日バラムに着くことは、セルフィにしか連絡していなかったのに、ゲート前に仲間たちが勢揃いしていたのが、アーヴァインには分からなかった。
「あたしが連絡したんだよ、みんなで迎えに行こうって!」
 二人きりの感動の再会を、サクッと賑やかで楽しい再会へ、他意無くで変更したのであろうセルフィの、明るく元気で大好きなその笑顔が、アーヴァインは恨めしかった。
「感動の再会のところ悪いが、手続きの書類は?」
 いつの間にか、アーヴァインのすぐ横に立っていたスコールに、相変わらず生真面目だな〜と思いながら、アーヴァインは「はい」とカバンから封筒を取り出した。
「移籍の手続き処理は今日中にやっておく。それから、これ読んでおけ」
「コレ、何?」
「SeeD試験の書類だ。受けるんだろ?」
「う、受けるつもりだけど、今?!」
「筆記試験は1週間後だ」
「うそ〜ん」
 たった今、バラムガーデンに帰って来たばかりだというのに。セルフィとゆっくり話がしたいとか、一緒にご飯が食べたいとか、できたらデートがしたいとか、そんなことで頭が一杯なのに、スコールの無意識の容赦のなさに、アーヴァインは涙が出てきそうだった。
「はんちょのイジワル〜」
 アーヴァインは、既にガーデンの中へと歩き出していたスコールに悪態をついた。
「その書類の提出期限、今夜だぞ」
 スコールは更にガツンとアーヴァインにとどさめを刺した。
「あたし達も協力するから〜、取り敢えずご飯でも行かない?」
 セルフィがそう言ってくれなければ、アーヴァインは口から魂が抜けたまま、ずっと突っ立っていたに違いない。



※-※-※



「ほんっとうにスコールって、真面目過ぎだよ。もうちょっと柔らかくなってるかなーと思っていたけど、ちっとも変わってないんだね」
 アーヴァインは、フォークでグサッとの一欠片の肉を突き刺した。
「人間そう簡単に変わらないわよ」
 軽めの昼食を終わらせ、キスティスは食後のコーヒーを楽しんでいた。
「セフィもそう思わない?」
 とセルフィに話しかけてみたものの、雑誌を読み耽っていて、アーヴァインの問いかけには全く気が付いていないらしいことに、彼は憮然となった。その雑誌の送り主が、他ならぬ自分自身だったのが、また何ともやるせなかった。
 ガルバディアにいる時、古書店でティンバーマニアックスのバックナンバーを見つけた。セルフィがこの雑誌を集めていることは良く知っていたので、迷わず購入した。早くセルフィの喜ぶ顔が見たくて、それをさっき渡した所だった。確かに彼女は喜んでくれた。だが、そのタイミングがいけなかった。食事もそっちのけ、アーヴァインのこともそっちのけ、のこの状態。
 アーヴァインは相変わらず、セルフィ相手にはヘタレ街道を突っ走っていた。

「セフィ、食事が終わったらバラムの街まで行かない?」
 今度はセルフィにちゃんと聞こえるように、雑誌と同じ位置から視線を合わせるようにして言った。これなら流石にセルフィも気が付いてくれるだろう。
「ん〜、ダメ。その書類今日提出でしょ〜、間に合わないよ」
 ちゃんと答えてくれたものの、視線は雑誌に向けられたままだった。が、アーヴァインは怯まなかった。だてに1年以上も一緒に旅をして来た訳じゃない。セルフィの性格は完璧に掴んでいる……つもりだ。
「じゃ、明日は〜?」
「ん〜、明日は、試験勉強なら付き合ってあげる」
「その次は?」
「その次も一緒〜」
「じゃあ、試験が終わったら」
 もう諦め半分、ヤケクソ半分だった。
「それなら、いいよ〜」
 意外にも快い返事。
 諦めなくて良かったと、アーヴァインは心の中で涙を流して喜んだ。何とかデート(?)にこぎつけた。これを糧にすれば筆記試験も俄然やる気力が湧いてきた…………と思う。
 その二人の向こうで、キスティスがセルフィの見事な手腕(本人にはその自覚なし)に、声を押し殺して笑っていた。
「じゃ、キスティス先に行ってるね〜。アービン、分からないことがあったらキスティスの職務室まで来るといいよ〜」
 それだけ言うと、セルフィは立ち上がりさっさと食堂を出て行ってしまった。
「で、キスティ、いつまで笑う気?」
 キスティスはまだ笑っていた。
「ごめんなさい、相変わらずだな〜と思って」
「これでも精一杯頑張ってるつもりなんだけど」
 アーヴァインは憮然とした表情をしていた。
「えぇ 分かってるわよ。ただ、相手がねぇ……」
 キスティスの言葉に、アーヴァインは盛大に溜息をついた。
「僕じゃダメなのかなぁ〜」
「そういう事じゃないと思うのよね、もっと根本的なトコかな」
 キスティスは、コーヒーのおかわりをカップに注いでいた。
「それって何?」
「まだ、彼氏とか興味がないんだと思うわ」
「そうかな、ラグナさんの事、凄く好きなのに?」
 アーヴァインも食事を終え、コーヒーに口を付けながら言った。
「その“好き”とは種類が違うのよね〜」
「そんなもん?」
「そんなものよ。でも、今一番近い位置のいるのは、たぶん間違いなく貴方よ」
「ほんとっ?!」
 この男は面白い。自分の言葉一つでぱっと顔が明るくなった様を見て、キスティスは思った。
 セルフィに脈が無いわけではないと思う。アーヴァインからの電話やメールがあると、楽しそうに話してくれるし、他のどの男の子よりセルフィの口に上るのは彼だった。ラグナさんは除くとして。旅をしていた時も、スコールやゼルよりも彼との会話や行動が多かったと思う。私的な見解だけれど、二人は気が合う。お互い飾らないでいられる相手のように、キスティスの目には映っていた。それは、付き合いを続けて行く上では、結構重要なポイントになる。そういう相手でないと長続きさせるのは難しい。それに、傍にいるとホッと出来るという要素が加われば、更に人生のパートナーとしてより完璧なのだけれど。流石にそこまでは、本人達でないと分からないことだった。
 今まで分かっていることを分析した結果から、セルフィの恋人のポジションに一番近いのは、アーヴァインだと思っての発言だけれど、詳しく言ってしまうと観察の楽しみが減るので、キスティスはアーヴァインにはそれ以上何も言わなかった。

「あ、アーヴァインここにいたんだ〜」
 その声と共に小さく手を振りながらやって来たのは、リノアだった。
「アレ、楽しんでくれた?」
 何か含みのある悪戯っぽい笑顔で、アーヴァインに話しかける。
「十分に、いやホント、つらい日々の中で、すっごくありがたかったよ〜」
「それは何より、じゃ見返り」
 リノアはアーヴァインに手を差し出した。
「はいはい」
 アーヴァインはテーブルの下に置いてあったカバンから、小さな包みをを取り出し、リノアに渡す。
「ありがとう〜、欲しかったらまたいつでも言ってね。あ、コレちょうだい」
 にこっと笑って、残っていたミニトマトを一つつまみ上げると、リノアは食堂を後にした。
「“アレ”って?」
「ははははは」
 キスティスの問いにアーヴァインは、あからさまに妖しい変な笑い方をしただけだった。けれど、見透かすようにジッと見つめられ、ぼそっと口を開く。
「セルフィの画像を貰った」
「ふうん、どんな?」
 キスティスの笑顔が怖い。
「普通に笑ってるのと……」
「と?」
 顎に手を付いて、優雅に笑っているのになぜか怖い。
「生着替えの…」
「はあ? あなたソレ…」
「ちがう、ちがう。バストアップで胸の谷間も写ってないよ!」
 アーヴァインは慌てて弁明した。
「あきれた。――まぁ、気持ちは分からないでもないけど、セルフィにバレたら確実に嫌われるわよ」
 キスティスは、大きく溜息をつき窘めるような瞳をアーヴァインに向けた。
「それは困る! 消します、消します、今すぐ消します」
 アーヴァインは携帯を取り出し、ものすごい勢いで操作を始めた。
 やっぱりこの男は面白い、こんなにからかいがいのある素材はそういない。別の意味で大事にしようとキスティスは心密かに思った。



※-※-※



 それから1週間、アーヴァインはキスティスの職務室に入り浸って、試験に向けて猛勉強をした。勉強自体はかなりきつかったが、キスティスの職務室は実に快適な環境だった。セルフィはキスティスの仕事のアシスタントをしていた為、ずっと同じ室内にいられたし、先生は麗しの美女二人、お茶の時間には手作りのお菓子も頬張れた。もう至れりつくせり、先生が意外とスパルタだったのを除けば……。


「よう アーヴァイン試験どうだった?」
 試験翌日、食堂へ向かう途中、パンを何個も抱えたゼルに出会った。
「受かったよ〜」
 にっと笑って答える。
「そうか、良かったな! 実地は免除だろ? 晴れてSeeDだな。祝いにこれやるよ」
 手に持っていたパンを一個ポイっとくれた。大好物のパンを他人に分け与えるとは、本当に祝ってくれているんだと、素直にアーヴァインは嬉しかった。「ありがとう」と礼を言った時には、ゼルの姿は既には無かったけれど……。相変わらずの軽快なフットワークを流石だと思いながら、アーヴァインは辺りを見回した。
「セフィは、っと…」
 アーヴァインはセルフィを捜していた。
 彼女は今日もキスティスと一緒に仕事をしているというのは知っていた。だからこの時間セルフィも、昼食を摂る為ここに来るだはずだ。少し早めに来れば確実に会えるだろうと、試験結果の報告をしたかったのもあり、彼女を捜していた。けれど、ここまでの通路にもいなかったし、食堂の中にも見当たらない所を見るとまだのようだった。




「遅くなっちゃったな〜」
 セルフィは食堂へ急ぎ足で向かっていた。
 キスティスは会議に出ていたので、セルフィは一人で仕事をしていた。連日アーヴァインの試験勉強の手伝いをしていたり、学園祭も迫っていたりしたので仕事が押し気味で、遅れを取り戻すべく集中していたら、お昼の時間がとっく来ていたことに気が付くのが遅くなってしまった。別に明確に時間を決められている訳ではないので、そう急ぐ必要もないのだけれど、時間がズレると微妙に食べられるメニューが減ってしまうという難点があったので急いでいた。
 セルフィが食堂前の通路に差し掛かった時、横を通り過ぎようとした三人の女の子達の会話から、偶然アーヴァインの名前が聞こえた。
「キニアス先輩、正式にバラムに移籍したんだって」
「うわ〜 良かったじゃん」
「ほんとだねー」
 セルフィは、相変わらずモテるんだな〜、と笑みをもらし女の子達の横を通り過ぎた。その時ほんの少し、何か今まで知らない感情がセルフィを通り過ぎた。けれど、すぐに消えてしまったので、気にも留めなかった。
「セフィ!」
 知っている声で名前を呼ばれた。噂をすれば何とやらとはこのことかと、顔を巡らせれば話題の主が、セルフィの所に笑顔でやって来た。
「セフィ、筆記試験合格したよ〜」
 アーヴァインは、本当に嬉しそうににこにこと笑っている。セルフィもつられて笑顔になった。だが、視界の端には。さっきの女の子達の視線がこちらに注がれているのを感じていた。
「おめでとう、アービン。――所でご飯は食べた?」
 アーヴァインに笑顔を向けながらも、チクチクとした羨望の眼差しが段々強くなっている気がして、セルフィはそちらが気になった。
「まだだよ、ここで――」
「よかった、じゃこっち来て」
 アーヴァインがまだ何か言っているにも関わらず、セルフィは彼の手を引っ張り、三人の女の子達の所まで連れて行く。
「アービン、ご飯まだなんだって、良かったら一緒してやって」
 それだけ言うと、呆然としているアーヴァインを置き去りにして、足早に食堂の中へと向かった。女の子にありがちな、ちょっとした陰口。セルフィは忘れていた感覚が蘇るような変な感じをむりやり流した。
「セフィ」
 後ろで自分の名前を呼ぶアーヴァインの声が聞こえた。けれど視線の先、タイミング良く学園祭のことで連日探していた風紀委員長の姿が見えた。千載一遇、このチャンスを逃してはいけない。セルフィはもうアーヴァインに心を残してはいなかった。
「サイファー見つけた、今日こそ学園祭の事聞いて貰うよ〜」
「ああん?!」
 鬱陶しそうな声音で、片方の眉をつり上げながら鋭い目つきの風紀委員長殿が振り向く。大抵の生徒はその一睨みで、たじろぎすぐに彼から離れてしまう。セルフィはそんな彼に怯まない数少ない人間だった。
「ほらほら行くよ〜」
 サイファーの腕を取り、「離せ」と抗議をする彼の声をすっぱりと無視して、セルフィはずんずんと食堂の中へと向かった。


「あら、まぁ」
「相変わらずのカスリっぷりだな」
 食堂の一角で食事を摂っていた、スコールとキスティスの所からは、今の光景がよく見えていた。
「スコールも知っていたの?」
 これにはキスティスも驚いた。
「ああもあからさまだと、俺だって判る」
 ゆったりとブラックコーヒーを口にしながら、スコールは涼しげな顔をしていた。
 転校まで決意させる程、セルフィへの想いは真剣なものなのだろうに。朴念仁の部類に入るスコールですら気が付く程のアプローチが、当のセルフィには全く通じていないのが何とも涙をそそる。キスティスはアーヴァインを心底気の毒に思った。
「渋るガルバディアガーデンから強引にこっちに来たのにな」
 スコールはぼそりと独り言のように呟いた。
「やっぱり、渋ったのねぇ、ガルバディア」
「あぁ 5ヶ月掛かっても本人を説き伏せられなかったんで、向こうも諦めたらしい」
「恋する男は強し、なのかしら」
 キスティスの言葉に、スコールもふっと笑いを零した。
 ガルバディアガーデンが、アーヴァインを手放すのを渋ることは、スコールもキスティスも予想していた。
 魔女イデア狙撃に選ばれたことから優秀な生徒である事は明白だった。その後、成り行きとはいえ、諸悪の根源である魔女アルティミシアを倒したメンバーの中に入っていた、唯一人のガルバディアガーデン生徒となれば、色々な理由でガルバディアガーデンから出したくはないだろう。ましてや、移籍する先が、彼以外の魔女討伐メンバー全員が在籍するバラムとなれば、尚のこと。よく移籍を了解させたものだと逆に感心する。お堅いガーデンのトップの心を動かすことは出来ても、たった一人の女の子には気付いてすら貰えないのが、もう何とも――――。

「なるようになるんじゃないか?」
 含んだ笑みを浮かべながら言う既に彼女持ちであるスコールの発言は、妙に説得力があった。
「そうね、私達もそろそろ会議に戻りますか、委員長」
 もどかしい二人に心を残しつつも、キスティスは現実に戻るべく席を立った。


 変化は、周りにも、時に本人にも分からないほど、少しずつもたらされることがある。


まだまだ遠いラブラブへの道。がんばれ、アービン!
(2007.09.09)

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