おつきさま、おつきさま、ぼくのねがいをかなえてください。
 これからはわがままをいいません、いいこになります。
 だからセフィがもうなかなくてすむよう、しあわせにしてください。

Moonlight is smilin' for you

「ここどこ〜、まませんせいどこ〜、みんなどこ〜」
 小さな赤毛の女の子が、大きな緑の瞳一杯に涙を溜めて、泣きじゃくりながら歩いている。
 見渡す限り、赤い乾いた土と岩石ばかりの荒廃した土地。見知らぬ場所。さっきまで、一緒にいた友達も優しいまませんせいも、目を大きくこらしても小さな身体で精一杯背伸びをしても、女の子の知っているものは何一つ見つからない。やがて女の子は、歩き疲れてその場にしゃがみこんでしまった。もう、おうちに帰れない、大好きなまませんせいにも、おともだちにも会えない。そう思うと、涙が後から後から溢れて止まらない。
「……フィー、セフィーー!!」
 ふいに、どこかで自分を呼ぶ声が聞こえた。その声は段々はっきりと聞こえてくる、声の主が誰の声なのか気が付いた時、「アーービーーン、あたしここーーー!! ここーー!!」と女の子は大きな声で叫んだ。
 すぐ近くの岩陰から、女の子を捜していた声の主は現れた。その姿が見えた途端、女の子は現れた男の子に飛びついて、またワンワン泣きじゃくった。普段の女の子は、お人形よりも外で遊ぶのが大好きな元気な女の子、男の子はこんな風に泣きじゃくる女の子の姿を初めて見た。
「セフィ、だいじょうぶだよ、だいじょうぶ。ぼくが、セフィをみんなのところにつれてかえってあげるからね」
 男の子は、自分よりちょっとだけ背の高い女の子の背中をポンポンと優しく撫でてそう言った。
「うん、…ひっく、うっく……うん…」
 女の子は、もう悲しくなかったけれど、泣いた事でついてしまったしゃっくりは、なかなか止まってくれなかった。
「セフィ、なかないで。ぼくがてをにぎってあげるから、ねっ。 もうかなしくないよ、ねっ」
「うん、アービン…あり…がと」
 女の子は、男の子の手をぎゅっと握って、頷いた。





「どこ行っちゃったんだろうセルフィ」
 F.H.でのコンサートも盛況に終わり、自分の用意した特等席に居たスコール達も帰った。いよいよ大好きな女の子を誘って、雰囲気によっては告白まで!と、一大決心をして来たのに。肝心の相手がどこを捜しても見つからない。バラムガーデンもF.H.も思いつく限りの所は全部捜した、なのに彼女の姿はどこにも無い。「お月様のイジワル〜」、空にぽっかりと浮かんでいる見事な満月に、意味も無く八つ当たりをした。
「あ〜あ、折角の特等席がとほほほー」
 お月様に八つ当たりをしても、セルフィが見つかる訳でもないし、一つ大きな溜息をついて、目印にと置いておいた雑誌(えっちい本)を回収に行く事にし、ミラーパネルが白く輝く通路を目的地へ向かってトボトボと歩いた。
 階段を上がり目的地が見えた時、そこに座っている人物が居た。『誰なんだろうこんな所で、僕の特等席なのに…』と公共の場所を勝手に個人の物認定し、そいつがどんなヤツなのかじっくり見たくなって目を凝らした。驚いた事に、そこに居たのは今までずっと捜していたセルフィその人。道理でいくら捜しても居ないはずだよ、とがっくりすると共に、やっと見つかって嬉しくもなった。
「やぁ セルフィ、コンサートお疲れ様〜」
 さも偶然会ったという様を演じて話しかけた。
「あ、アーヴァイン、おつかれ〜」
 いつもの元気な声と、ぴかぴかの笑顔を向けられた。
 けれど、アーヴァインは気が付いてしまった。色素の薄い白い月明かりの中でも、セルフィの目が赤く腫れぼったくなっているのを。きっと彼女はここで泣いていたのだ。誰にも気付かせないよう、誰も居ないこの場所で、独りで。


 先日ガルバディア軍が発射したミサイル攻撃の最初の目標地だったトラビアガーデン、少し前まで彼女はそこの生徒だった。バラムガーデンは、彼女達の懸命の努力で何とか難を逃れる事が出来た、けれどトラビアガーデンは――。
 親しい人達の安否、そして発射を阻止する事が出来なかった自責の念。彼女の心痛は如何ばかりか、想像に難くなかった。直ぐにでもトラビアガーデンへ飛んで行きたいだろうに、そんな事一言も口に出さず、今またアーヴァインに微笑んでみせる。

 そんな彼女の姿が痛ましくて堪らない、今すぐ抱きしめて、例え気休めでも慰めの言葉を掛けたい、泣きたいのなら気がすむまでこの胸で泣かせてあげたい。
 出来る事なら僕が―――。

「もしかして、アーヴァインこれ取りに来た〜?」
 何かを喜々として持ち上げたセルフィ。バサッと取り出されたそれは、“目印のえっちぃ本”。アーヴァインは目眩がした、どうにも罰の悪い、何という失態。さっきの思いを行動に起こそうとした、そのタイミングにこの体たらくとは…。
「いや、……そのゼルに勧められてね、その……」
 どもるは、声は上擦るはで、動揺しているのはバレバレ。『ゼルごめんっっ』全くの濡れ衣のゼルに心の中で詫びる。
「ふう〜ん、そうなん」
 明らかな疑いの眼差し。
「…………」
 顔が引きつる。背中を冷や汗がだらだらと流れる感じ。
「ま、別にいいけどね。健全な青少年って証拠だし〜」
 何とか、ピンチは脱したっぽい。ホッと胸を撫で下ろす。けれど、ここからどう雰囲気作りをしたものか、一度乱されてしまった空気はなかなか手強い。グルグルと、全知識を総動員して打開策を練っているアーヴァインに、セルフィはクスッと笑って「座ったら?」とクイクイと下を指さしていた。このままお別れという最悪の事態は免れた、セルフィの隣の席を確保する事も出来た、後は自分の経験をフルに活かして…。決意も新たに、アーヴァインが腰を降ろそうとした時、セルフィが「くしゅん」と小さくくしゃみをした。
「セルフィ、夜は冷えるよ、これを――」
 何というチャンス! お月様ありがとう! と心の中で感謝し、アーヴァインは自分のコートを脱ぎふわりとセルフィに着せかけた。
「う゛〜 ありがと」
 少し鼻をすすって、セルフィはアーヴァインにお礼を言った。
『うおっしゃーー、ナイス僕!』
 お約束のシチュエーションにアーヴァインは、心の中でガッポーズを取る。
「なんか、このコート懐かしい匂いがする〜 あたしが好きだった匂い〜」
『ま、マ、マジでぃすかーーー!』好きな女の子が自分の服を素直に着てくれ、あまつさえその匂いが好きだと――。男として、堪らない台詞とシチュエーションにクラクラした。
「アーヴァイン、なんか香水つけてる?」
 襟のファーをくんくん嗅ぎながらセルフィが訊いてくる。ここで鼻血を吹いちゃ洒落にならんと、鼻を押さえつつアーヴァインは答えた。
「香水って基本的に使わないんだけど、たま〜にオーデコロンを使うかな」
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃこれってアーヴァインの匂いなんだ〜」
 コートはセルフィには大き過ぎて手が出ていない。余った長い袖をプラプラさせて、両側からほっぺにたぎゅ〜っとファーをくっつけて、嬉しそうに笑っているセルフィが、あまりにも可愛くて、更に「好きな匂いってほぼ僕自身の匂いって事じゃん、もうヤヴァ過ぎ、気絶しそう」と呟いたかと思うと、鼻と口を押さえたままのアーヴァインの視界はゆっくりと真っ黒になった。





「セフィ、なかないで。きっとまたあえるよ、ぜったいあえるから」
「でも、とってもとおくにいくんだよ。アービンがあるいてこれないくらい、ずっととおくだよ」
 小さな女の子はまた泣いていた。女の子は今日トラビアという所に行ってしまう、男の子や女の子達が暮らしている“イデアの家”を幾度か訪ねて来ていた若い夫婦に引き取られて。女の子はこの若い夫婦が嫌いでは無かった、女の子をとても気に入ってくれて、とても優しくしてくれる人達。
 でも、トラビアに行ったら大好きなまませんせいと、大事な友達とは会えなくなる。それが悲しくて女の子は泣いていた。お父さんもお母さんも、物心ついた頃から居なかった、でもこのイデアの家は温かくて、みんなといれば淋しくなんかなかった。けれど、今の小さな女の子にはそれを自分で選ぶ事は許されていなかった。

「あのね、セフィ。やくそく、ぼくおおきくなったらぜったいに、あいにいくから、セフィにあいにいくから」
 男の子は、女の子の背中を撫でながら優しく優しく言った。
「ほんとに?」
 男の子は、絶対に女の子に嘘はつかなかった。女の子もそれはよく知っていた。
「うん、だからなかないで、わらってセフィ。わらっていたら、きっとしあわせになれるから」
「うん、アービン、もうなかない。ぜったい、あいにきてね、やくそくだよ」
 ごしごしと涙をふいて、女の子は笑った。


「セフィ!」
 遠ざかる女の子に、男の子は精一杯手を振った。


「アーヴァイン、気が付いた?」
 ふっと腕を掴まれた感覚でアーヴァインは目を覚ました。ゆっくりと目を開けると、真上には心配そうにこちらを見るセルフィの顔。今自分が、どうなっているのか分からず首をちょっと動かしてみる。左にぐるん、月が見えた以外何もない、右へぐるん、もの凄く見覚えのある布地が見える。『うーん、確かコレは……』ついでに頭の下もなんだか柔らかい。知っている情報を必死でたぐり寄せ、繋げてみる。
「うわーーーーっ!!」
 ものすごい勢いでアーヴァインは飛び起きた。はじき出した答えは、“セルフィの膝枕”。美味しすぎる状況にひたすら驚き、どっかのメカのようにもの凄い勢いで後ずさり、バランスを崩してまた倒れそうになった。その姿が余程マヌケだったのか、セルフィはお腹を抱えて笑っていた。
「も、もしかして、僕気絶してた?」
 笑いが止まらないセルフィは、こくこくと頷いて答えた。
『僕ってどうしてこう、セルフィ相手だと決まらないんだろう。バラムガーデンに来るまでは、それなりにイケてたのになぁ…』
 アーヴァインはあまりの情けなさに膝を抱えてお星様になりたいと思った。
「ねえねぇ、アーヴァイン、“セフィ”って何? もしかしてあたしのこと?」
 焦った。そんな事を口走っていたのかと、「う〜ん、憶えてないや、ごめん」と嘘をついてはぐらかした。
 今のセルフィは、かつて“セフィ”と呼ばれていた事を知らない、正確には憶えていない。アーヴァインにとって、それはとても淋しい事だったが、今はまだそれを口にする時期ではないと思っていた。それはセルフィだけでは無く、もっと多くの人間が関わる大事な大事な事だから。

「そろそろガーデンに戻ろう」
 夜は大分更けた、明日もきっと忙しいに違いない。だから今は、これでいい。
「うん、そだね。コート、ガーデンに戻るまで借りてていい?」
 そう言って笑いかけるセルフィの目は、もう赤くもないし腫れてもいない。
「望みのままに、マイレディ( 姫)」
 アーヴァインは恭しく礼をする。
 大好きだった初恋の少女、運命は再び彼女と引き合わせてくれた。成長した彼女に再会して、改めて彼女を好きになった。今度はそのチャンスを逃しはしない、もう彼女を守れる位大きくなった、別れをただ受け入れる事しか出来なかった小さな自分じゃない。
 誰かに渡したりするつもりも――――毛頭ない。

―― 気長にやるさ ――

「アーヴァイン、ありがと」
 帰り道、セルフィは一言だけそう言った。
「コート位、お安いご用だよ」
 何が? とは訊かずにそう返したアーヴァインに、ほんの少し意味ありげにセルフィは微笑んだ。
 ハミングをしながら歩く、セルフィの後ろ姿を見ながら、アーヴァインは月に向かってぐっと親指を立てた。

アーセルスキーとしては外せない、F.H.でのコンサート後の『せまる決戦のときだ』の話です。
気長にセルフィを落とす決心したアーヴァインの、これから(今までもか)長い長い戦いの日々の始まりです。
(2007.07.03)

← Fanfiction Menu