そんなところが好き

 この街の中では比較的大きな石造りの建物の、かっちりとしたドアが開き、ぞろぞろと階段を降りてくる多数の人達。
「お待たせ、中で待っていればいいのに」
 幅広の階段の下、大きな身体と相変わらず不遜な顔をして立っていた人物に、キスティスは苦笑しながら話しかけた。
「どこで待ってたって同じだろ?」
「はいはい、そうですね」
 アシスタント兼護衛としてはそれでは務まらないが、キスティスは敢えてその事には触れなかった。今ぐらい、余計な目のない時くらい、羽を伸ばさせてやってもいいだろう。それは、きっと貸しにもなるだろうし。やる気のない言葉を吐いた割りには、サイファーはさりげなくキスティスの荷物を引き受けて歩き始めた。いつから自分はこんなに甘くなっちゃったんだろうと自嘲し、キスティスはサイファーの隣を歩いた。
「お腹、空いてない?」
「いや、待ってる間に食った」
「そうなの……」
「食べてないのか?」
「え? そうね、いえ、少しは食べたけど」
「また、緊張して食えなかったんじゃねーのか? 何でも神経質に考えて、完璧にこだわると、そのうちハゲるぞ」
「失礼ね、ハゲないわよ」
 女性に対して何てことを言うのか。ちょっと甘い顔をすると、すぐこれだ。もう、甘やかしてなんかやらない! キスティスが決心も新たにした時、突然目の前に紙袋が現われた。
「やるよ。後で食べようと思ってたんだけどな。いらねーのなら別にいいんだぜ」
「折角だから貰ってあげるわよ」
 引っ込められる前にキスティスは慌てて紙袋を掴んだ。サイファーに気付かれないように、立ち止まって中を見てみると、自分の好きなベーグルが二つとサラダとヨーグルトが入っていた。自分用だと言った割りには、どう見ても……。
「飲み物があれば完璧ね」
 キスティスは、お礼の代わりにダメ出しをした。
「氷が溶けちまうだろ。駅で買おうと思ってたんだよ」
「あなたはいつもホットコーヒーじゃなかったかしら?」
「う、うるせーな! 黙って歩け」
 そう言うとサイファーは、キスティスを置いて大股で歩き始めた。
『こういうトコ、好きだわ』
 クスクスと笑いながら、キスティスも足を速めて後を追った。

「サイファーには護衛みたいな仕事は退屈よね」
 再び隣に並び、少し呟くようにキスティスは言った。
 サイファーは剣を振るう事が一番向いていると思う。だが、そういった機会は随分と減った。あまり表に出ないで済む、今日みたいなアシスタント兼護衛とか、飛空艇の操縦者とか、裏方的な仕事内容が多い。彼の経歴を鑑みれば、それでもかなりの好待遇なのだろうが、彼が秀でた能力の持ち主なのを知っているだけに、キスティスには痛々しく見えていた。本人が望んでガーデンに残り、選んだ道なのだから、そんな事を言ったらきっと彼は激昂するんだろうけど。
 敵として何度か刃を交えて思った、彼は戦う為に生まれてきたような人間だ。
 戦場で、背筋が凍るほどの冷たい瞳で敵を見据える姿は美しいとすら思った。『男』という存在を強く意識したのはあの時が初めてだったような気がする。そして、サイファーという人間を少なからず意識したのはもっと前だった。その時は、教師として問題児をどうするかという事で頭がいっぱいだったけれど。

「退屈だろうがなんだろうが、仕事は仕事だ。自分で決めて俺はここにいる。それに文句を付けるのはクソだ」
 その台詞に、変われば変わるものだとキスティスは思った。いや、元々こういう人間だったのか。そう言えば、あの旅の発端となった、ティンバーテレビ局でのデリング大統領襲撃の件では、懲罰室を飛び出してまで独りで駆けつけて来たっけ。リノアの為というか、放って置くことが出来なくて駆けつけて来たのよね。ガーデン生としてあるまじき行動だけれど、情という部分では感心もしたわね。
 一端引き受けた事や約束は必ず守る男。
 そういうの結構好きなのよね。善悪は別として。懐に入り込めれば、実に忠義に厚く頼もしい人物だと思う。あの猛獣みたいな性格を上手く飼い慣らす事が出来れば、だけど。

―― 懐に入れればか……。私、入れちゃったのかしら。 ――

 ただの幼馴染みでもなく、教師と生徒でもなく、もっと別の存在として。
 キスティスは自分の前を歩く、女にしては背の高い方の自分よりも、更に長身の男の背中を暫し見つめた。



「いたっ!」
 その声にサイファーが振り返ると、キスティスが石畳の上に足首を押さえて倒れ込んでいた。
「何やってんだ」
「何でもないわ」
 サイファーの背中を見ていて、石畳に踵を取られたなんて口が裂けても言えなかった。
 キスティスは、さっと立ち上がると、パンパンと服を叩いて居住まいを正した。が、一歩踏み出した足は、思ったより強く捻っていたようで、痛みで力が入らずバランスを崩してまた倒れかけた。その僅かな動きにも俊敏に反応して、サイファーがキスティスの腕を取って倒れるのを防いだ。
「ありがとう」
「足、痛むんだろ? ほら おぶされよ」
 サイファーは大きな身体でしゃがむと、キスティスに背中を向けた。意外な行動に驚く。まさか、こんな事をするなんて。どちらかと言うと、ドジとだけ言ってスタスタ歩いていくだろうとキスティスは思っていた。その優しい行動に戸惑い、公衆の面前で大の大人が背負われるという行為に、羞恥を覚えた。気持ちは嬉しかったが、それに甘える事は自分には出来ない。
「ありがとう、大丈夫よ」
「こんな時に強がんな、使えるもんは使えよ」
「強がってなんか……」
「うるせーな、もう黙ってろ」
 有無を言わさずキスティスを横抱きにすると、サイファーは何でもない事のように歩き出した。
「ちょっと待ってよ、こんな恥ずかしい」
 想像はしていたが、本当に恥ずかしかった。駅に近いこの場所は人通りが多い。そんな中をただでさえ目立つ大男が、女を横抱きにして歩く。まるで自分のものだと言わんばかりに。恥ずかしくて堪らない。
 けれど、僅かに心の奥嬉しいと思う自分がいる事に気が付いてしまった。この男にとって自分という存在を確かめる事が出来たような、そんな甘酸っぱさが湧き上がる。
 そして、――とても心地よかった。
「誰も見てねーよ。あんまりうるさくすると、口塞ぐぞ」
「なっ……」
 それだけは困る! この男は本当にやりかねない。キスティスは観念して大人しくする事にした。
『本当に、俺様で傲慢で…………でも、アナタのこういう不器用な優しさが好きだわ』
 とん、とサイファーの胸に頭をつけると心臓の鼓動が聞こえた。その早さに少しばかり驚く。サイファーでもこんな風に早鐘のようになる事があるなんて。
「なんだか、可愛い。こういうトコも好きだな」
 クスッと笑うと、サイファーは何笑ってんだ、とイヤそうな顔をした。
 カワイクナイ、そう思うけれど、自分も似たようなものだという事も知っている。カワイクナイのはお互い様。
『でも――そういう顔も好きよ』
 人々が忙しなく行き交う雑踏の中、キスティスの耳に届くのは、少し早いリズムを刻む心臓の音だけだった。


甘いふたり、という言葉がこの二人には似合うのかどうか……。でも自分でも言う位、サイファーはロマンチストだからね〜。
キスティスはちょっと素直になれない位がイイです。その分サイファーが強引だろうから、無問題!
(2008.06.05)

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