輝かしきかな青き春

 なんてことのない日だった。
 食堂で一日の終わりの開放感と空腹感を満たすことに小さなシアワセを感じたりして、気分は悪くなかった。だから話を振られて、軽くノッてしまったのだ。珍しくスコールが誘ってくれたりした驚きも相まって。オレも大事な仲間なんだな〜と、一人悦に入ってしまった。
 そりゃあ、良心はちっとばかし痛んだ。彼女の顔がチラッと脳裏をよぎった。ものすごく悪いことをするような気がした。
 だが、そこはソレ。男の友情は時に非常に堅い結束が発生することがあるんだよ。それが男ってもんだ。それに絶賛ケンカ中の相手のことなど今は構っている気分になれない。
 拳をギュッと握りゼルは、意を決するように空を仰いだ。空はまるで彼のことを肯定するかのように、清々しいまでに青一色だった。

「悪い遅れちまった」
 ガーデン正門向かい側の開けた場所に仲間たちが集まっていた。
「おせーんだよ、チキン野郎。まさか怖じ気づいたのか?」
 もう耳にタコどころかアダマンタイマイが住み着きそうなほど聞き飽きた台詞を軽く流して、ゼルはサイファーを素通りしてその横に立っているスコールの方に足を向けた。
「迎えが少し遅れているみたいだ」
「そっか」
 集合時間にほんの少しだけ遅れてしまって悪いと思ったが、どうやらそう危惧するほどのものでもなかったらしく、ゼルはちょっと落ち着けると安心した。
「僕も行かなきゃダメ〜? セフィが誘ってくれた方に行きたいんだけど」
 門の奥を名残惜しそうに見ながらアーヴァインが不満げな顔をしていた。
「グチグチ言うなアーヴァイン。たまには男の約束を優先しろ」
 サイファーの容赦のない突っ込みが入り、アーヴァインはいよいよ不機嫌な顔になった。
「優先もなにも、後から強引に誘ってきて勝手決めたのはサイファーじゃないか。僕は――」
「ほぉ〜う、じゃあ、お前は全く興味がないとでも? 断らなかったのはお前だろうが」
 アーヴァインはそう切り返されて一瞬怯んだが、それだけでは終わらせなかった。
「ガンブレード突き付けられたら断れないだろっ!?」
 珍しくアーヴァインとサイファーがケンカ腰になっている。
 突っかかる矛先が自分ではないことにゼルは関係ないとばかりに軽く聞き流し、スコールはいつも通りの顔でまったく意に介さなかった。
「迎えが来た」
 スコールがそう言った後、彼らの前に静かに一艇の飛空艇が着陸した。
「やあ、遅くなってしまいましたね。さあ乗ってください」
 窓から顔を覗かせたシドが、人数を確認するとゼルたちに乗船を促す。


「みんな今日は来てくれてありがとう。いつも頑張ってくれている君たちに私からのささやかな労いです。君たちだけへの特別サービスですからね、私が誘ったことは他のみんなには内緒ですよ。男同士の秘密です」
 シドはにこやかに笑った。
 ゼルにはその笑みがいつもの穏やかものと違い、ちょっと意味深なものに見えた。そう思うとこれから自分が体験するであろう出来事に嫌でも期待が高まり、心臓の鼓動が早くなった。
 “男同士”、“他の皆には内緒”、この二語が頭の中で木霊し気分を昂ぶらせる。
「きっと気に入ってくれると思いますよ」
 ゼルは今シドが言った台詞をもう一度心の中で反芻した。
 持ってまわった言い方をするシド学園長の言わんとするところはつまり、――――はっきりとは口に出しかねるトコロなのだ。あの極上の笑顔は綺麗なおねーさんに囲まれた時に見せるような男の顔だ。シド学園長もなかなかニクイことをやるなとゼルは心の中で賛辞を送る。それと同時にとても感謝した。さすがは一時期自分たちの親代わりをしくれていただけのことはある。そして彼の願い通り、自分たちはSeeDになり、すべての元凶の魔女を倒した。それの労いとしては、本当に心憎いばかりだ。
「楽しそうだね、ゼル」
「あ!? お、お前はそうじゃないのかよ」
 アーヴァインに急に話しかけられて、自分の顔がだらしなくニヤケていたのを慌てて隠そうとした。
「僕は来たくなかったよ。女の子はセフィだけで充分なのに」
「……」
 ゼルは咄嗟とはいえマヌケなことを言ってしまったと後悔した。アーヴァインはやっと長年の恋を成就させたばかりの、いっちばん他の女が目に入らない時期だ。ついでにコイツに限っては、十年経っても他の女に目が行くのかどうか甚だ怪しい。それくらいセルフィ一直線なのを散々見てきた。そんな相手にあの質問は、ない。
「ま、男としてはフツーそうなんだろうけどね」
 軽蔑されるかと思ったが、そうでもなかったことにゼルは内心ほっとした。やっぱり男心が分かるのは男の方だ。女の子の考えていることも分からないが、向こうだってこっちのこと全然分かってない。今でもなんでオレがひっぱたかれないといけなかったのか、理由が全く分からない。オレのことなんてキライなんだろうから、もうどうでもいいや。
「隙を見て逃げるかな〜」
 隣でそんなことを言ったアーヴァインとは、ゼルは全く逆のことを考えていた。



「着きましたよ」
 飛行時間はほんの数十分ほどで目的地に着いたらしい。飛空艇から降りるとすぐ目の前に大きな建物があった。白いコンクリート四階建ての、なんのへんてつもないシンプルな建物。周りは緑に囲まれていて、ほかの建物もなく人通りもほとんどない。なんていうか環境としてはあまり人目にもつかず、理想的と言える。ただ建物はもっとそれらしく派手な形をしていたりピンクの壁だったりするのかと思った。だが、よく考えると、普通の外観の方が客の方も入りやすい、これはそういう配慮なのだ。
「置いて行くぞ」
「あ、待ってくれよ」
 一人考え込んでいたゼルを置いて、皆建物の方へ歩き出していた。途中で逃げるのを阻まれたのかどうかは分からないが、アーヴァインもしっかりサイファーに引き摺られていた。
「クレイマーさま、いつもご利用いただきありがとうございます。早速詳しい手続きをさせていただきますので、こちらへどうぞ」
 建物内に入ってすぐのところで、白い制服の綺麗なおねーさんに出迎えられた。白い清潔感のある制服に後ろできっちり結わえられた髪の清楚さと、優しい微笑みがやたらと眩しかった。こんな場所には、おおよそ似つかわしくない、そんな風にも思えた。
 そんなことよりシド学園長はここの常連らしいことに驚いた。なんて言うか、この人も奥さん一筋のタイプだと思っていただけに衝撃は隠せない。同時にやっぱり男なんだな〜とゼルはしみじみ思った。
 案内のおねーさんに連れられて建物内を移動していると、何人かこれまた綺麗なおねーさんにすれ違った。どのおねーさんも白や淡い水色、淡いピンクの制服に身を包み、短い髪はそのままだけれど長い髪の人はきちんと結わえていて清潔感があった。建物内の内装もそうだ。アイボリーやオフホワイトや薄い茶色で統一されていて、落ち着いた雰囲気のよくある造りだ。自分の想像していたものは、暗めの照明に派手な配色の見ていてドキドキするような感じだが、それとはまるで逆だ。これならヘンな罪悪感も湧かないか、などと思いながらゼルは案内のおねーさんの後ろを付いて歩いた。
「それではこちらの書類とアンケートにお答えください。書き終えられた頃また伺います」
 小さな一室に一同を通し、机に人数分の書類と筆記用具を用意すると、案内のおねーさんは部屋から出て行った。
『アンケートってなんだ』
 ゼルはすこし不思議に思ったが、向かい側の席でいつもと変わらない表情と、淡々とした動作で腰を降ろしペンを走らせているスコールの姿に、さすがだと心の中で感心し、彼も慌てて椅子を引いた。
 書類の内容は身長や体重、今までの疾病記録に、アレルギー等の質問だった。
 こんな細かいアンケートを取ってくれるということは顧客のニーズに細かく応えてれるということなのだろう。きっとそうに違いない。学園長みたいなお偉いさんが来るような所なのだ、そこらへんの(ピー)な店とは格が違うのだ。
「終わられましたか?」
 丁度書類も記入し終わり、ゼルが一人うんうんと納得していたところにさっきのおねーさんが戻ってきた。
「それではこれからの説明をさせていただきますね」
 記入した書類を皆から受け取りながらおねーさんが続ける。
「あ、その前にクレイマーさま、申し訳ありませんが本日少々混雑しておりまして、若干スケジュールの変更をお願いしたいのですが宜しいでしょうか」
 そう言っておねーさんはシドと小声で二言三言会話を交わした。
「はい、それなら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、こちらの不手際で申し訳ありません。それではこの順番で行わせて頂きますね」
 順番というのがゼルには引っ掛かった。一体なんの順番なのか。大体これからすることにそんな順番とか関係あるのだろうか。それともこのお店には、独自のメニューとかがあったりするのだろうか。だとすればどんな――――。ちょっと想像するだけで、喉がゴクンと鳴った。
「これに着替えてください」
 ゼルがハッとこっちの世界に戻ってきた時には、おねーさんはビニール袋に入った服を持っていた。
「着替えが終わりましたら、隣の部屋でお待ちください。こちらの準備が整いましたら、順番にお名前をお呼び致しますので、それまでお待ちくださいね」
 ゼルたち一人一人の前に着替えを置くとおねーさんは、何とも麗しい笑顔を残して部屋を出て行った。出ていった後も、おねーさんが纏っていたいい匂いが残り、あのおねーさんは相手をしてくれないのかな〜と思うと、とても残念だった。あのおねーさんだったら弄ばれても……。
 案内のおねーさんにすっかり骨抜きになりかけていたゼルの耳に、イヤ〜な低い男の声が聞こえた。
「ええ〜、裸にこれ着るの〜」
「そう書いてあるだろうが、さっさと脱げヘタレ野郎」
「着替えるのにヘタレも何もカンケーないだろ! ふん、露出狂」
「なんだと、誰が露出狂だ!」
「素っ裸のなんだから、合ってるだろ。こっち向いて仁王立ちすんな!!」
「オレ様の肉体美を特別披露してやってるんだ、ありがたく拝め!」
「僕が拝みたいのはセフィだけだよ! つか、さっさとしまわないと、引っ張るよ!」
「お前見たのかっ!?」
「そんなチャンスあるワケないだろ、誰かのお陰でっ!!」
「五月蝿い、黙って着替えろ。エンドオブハート」
 今にも取っ組み合いになりそうな無駄にデカイ男二人は、抑揚のない呟くような声にピシッと固まった。
 ゼルはおとなしく着替えながら、思いっきり溜息をついた。
 広くはない部屋で男四人の生着替え。それだけでもげっそりする光景なのに、ゼルの隣では更に美しくないガキみたいな罵り合いが展開している。とにかくそれに巻き込まれないよう黙々と着替えた。
『あ〜、なんかスカスカする』
 渡された服は薄めの綿生地の、前の合わせを紐で縛るだけの簡素なものだった。膝丈あたりまでの長さで、その上この服の下には何も身に着けていないので、どうにもフリーダム過ぎて落ち着かない。まあ、脱ぎやすさという点では申し分ないけれど。きっとその辺を考慮した作りなのだろう。ゼルはそう理解した。
「アレ、学園長は?」
 そう言えば、姿が見当たらなかった。
「さっき出ていった。俺たちとは別メニューらしい」
 隣の部屋に向かいながらスコールが説明してくれる。
「ふぅん」
 別メニューか。そりゃオレらと同じじゃさすがにそれは酷か。
 何が酷なのかは分からないが、ゼルはそんなことを考えながら皆に倣って長椅子に座った。


 十五分ほど待たされただろうか。心の準備もすっかり終わり、段々と待たされる時間に苦痛を感じ始めた頃、斜め向かいのドアが開いた。案内のおねーさんとは別のおねーさんが出て来た。このおねーさんも美人だ。この店は美人揃いのようだ。いよいよか、とひときわ心臓がドッキーンと高鳴る。
「スコール・レオンハートさん」
「はい」
 スコールが返事をすると、おねーさんは彼を見てにっこりと微笑んだ。羨ましい、あんな美人に笑いかけられて、自分だったらそれだけで鼻血噴きそうだと、ゼルは無意識に鼻をつまんでいた。
「こちらへどうぞ。あ、初めてなんですね。どうぞリラックスしてくださいね」
 スコールをドアの奥へ招き入れながら、手に持ったファイルをチラッと見ておねーさんは、まさに、女神もかくやという微笑みを浮かべた。
 ドアの向こうに消えていくスコールを見送る三人が、思いっきり唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


「おっせーな」
 足をとんとん踏みながらサイファーが低く呟く。
 壁に掛かっている時計を見れば、スコールがドアの向こうに消えてから、約二十分が経っていた。
 二十分なんて早すぎだとゼルは思ったが、そんなこと口が裂けても言えなかった。サイファー相手にそんなことを口にすれば、即乱闘突入でヘタすれば、何も出来ず「お帰りください」になってしまう。それだけは避けねばならない。なんとしてもここを死守し、次の段階へ進まねば。
 これは“男の聖なる戦い”なのだ!
「大丈夫かラグナ君」
 鼻息も荒くゼルがガツーンと拳を握った時、どこかで聞いたことのある声がした。声の方に視線を向けば、こんな所に来ていいのか!? と、目を疑いたくなる人物がいた。しかも、その人物は両脇を支えられるようにして歩いている。
「ラグナさん、どうしたんですかっ!?」
 酷く驚いた声で、アーヴァインがゼルと同じ疑問を口にしていた。
「あははは〜〜、みっともない姿を見られちまったな〜」
 一国の大統領、その人が力なく笑う。
「ラグナ君は毎回力を入れすぎなのだよ。もっとリラックスして力を抜かないから、こんな目に遭う」
 ラグナを横から支えながら、キロスがなんでもない日常話のように淡々と言う。
「そうは言うけどな〜。わかっててもなかなか出来ねーもんだぞ〜。お前くらいだよキロス。そんな涼しい顔してんのは」
「ウォードもすっかりコツは掴んでいる」
 キロスの反対側を支えているウォードは、静かにうんうんと頷いた。
「うるへ〜。とにかく君たち、大事なのは“リラックスすることだ。カタクなってはいけない”わかったな、先輩の言うことちゃんと憶えとけよ〜」
 自分への矛先をつるんとゼルたちの方へ変えて、ラグナは負け惜しみのような笑顔を作っていた。
「お、お大事に」
 まるで病人のような後ろ姿にゼルはそう言葉をかけた。

 やたらあっけらかんと言われたので、うっかり聞き流してしまうところだったが、ラグナもここの常連らしい口ぶりだった。ってことはココはVIP専用ということなのか。それならば、そんなスッゴイトコロに来られて、自分はなんてラッキーなんだろうと思う。ついでにあのラグナの弱リっぷりを見る限り、ものスゴイサービスを否応なしに期待してしまう。
 そしてもっと重要なものを思い出す。
 大事なのはリラックス。そしてカタクなるな。ラグナは確かにそうアドバイスしてくれた。だが――――。
『カタクなるなって無理じゃね?』
 むしろカタクならないと意味がない。それとも初心者なにありがちな失敗を心配して、そんなアドバスをしてくれたのだろうか。もしそうだとしたら……。そう思うとゼルは、先人によるありがたいアドバイスに心から感謝した。

「え〜と、次は、アーヴァイン・キニアスさん」
「うっ、は…い」
 ゼルが(エロい)思考の海にずぽーんとダイビングしているうちに、やっとドアが開いてスコールが出て来た。換わりにアーヴァインがチラッと恨めしそうな顔をしてサイファーを見て、観念したように中へ入って行った。
 嫌なら逃げればいいのに。今でも走れば簡単に逃げられる。そうしないのはヤツも男だってことなんだから、いい加減認めればいいのに。ゼルはアーヴァインが入っていったドアを一瞥して、今度は隣へ視線を向けた。
 目を閉じた横顔。
『相変わらず無表情だな』
 どうだったか感想なんか聞けたりしないかと思って隣に座ったスコールを見たが、彼はいつにも増して鉄仮面のように見えた。
『これじゃあ、言ってくれねーかな』
 口を開いてくれそうにない雰囲気を何となく感じ取ったゼルは、おとなしく待とうとスコールから視線を外した。その時フッと珍しいものを見た気がした。
『アブラ汗?』
 スコールのこめかみ辺りから汗が少し落ちていた。珍しいことだ。よく見れば、俯いているせいで前髪が垂れ、それが余計に表情を険しくしている、さらに指先がすこし震えているようでもある。
 本当に珍しいことだ。
 スコールでもそんなになるくらいスゴかったのかと、ゼルはごくりと唾を飲み込んだ。

 アーヴァインがドアの中に入ってから十五分くらいが過ぎた頃、バンッと大きな音を立ててそのドアが開いた。続けてアーヴァインが転げるように出てきて、へにょっと床にへたりこんだ。
「大丈夫ですか? 気分が悪ければ中のベッドで横になってますか?」
 続けてさっきのおねーさんが心配そうに声をかけてくる。
「だっ…だいじょうぶですっ」
 震えた声、けれどアーヴァインからは全身全霊をかけた否定オーラが噴出していた。
「そうですか、気分が悪くなったらいつでも言ってくださいね。じゃ、次はサイファー・アルマシーさん」
「はいっ!」
 サイファーは勢いよく立ち上がると大股でドアへと向かった。よ〜く見ると、よく見なくても、同じ側の手と足が一緒に出ていた。ウソみたいに緊張しているサイファーの姿など幻の魔法アポカリプス並にレアだ。ゼルはこの美味しいネタを一生憶えておくつもりで、カッと目を見開いてそのコチコチに固まった後ろ姿を見送った。
「セフィ〜、僕お嫁に行けない〜」
 サイファーが入って行ったドアが完全に閉まってから、へたりこんでいたアーヴァインがさめざめと泣いた。
『安心しろ、お前はハナっからヨメには行けねぇ』
 ゼルは冷静に突っ込んで、アーヴァインを放置した。
 こんなことぐらいでフツー泣くか。ツッコマれたとか言うならまだしも、男にとっちゃ祝杯もんだろうが。と心の中で悪態を衝く。
 ん? 待てよ。確かアーヴァインは「お嫁に行けない」って言ったか? まさか……。いやいやいやいや、そんなことあるはずがないだろ。あんなキレイなおねーさんたちが実は――――、とか。ないないないないないないないない。
 けれどアーヴァインが……。
 いやいやいや、コイツがへたりこんで泣くくらいスゴかったってことだろ、常識的に考えて。スコールが脂汗をかくほどだぞ。アーヴァインならへたりこんでもおかしくない。そうだ、ないないない。
 いや、しかし、万が一ってことが――――。そう考えればラグナさんのあのヨロヨロっぷりも、納得??
 うおっっ、マジかよ。それはゴメンだ。突っ込まれるのはゴメンだ!! オレの股間に、いやオレの沽券に拘わる。そんな屈辱受け入れられるかっっ!!
 ゼルが一人百面相しているうちに、無情にも再びドアの開く音がした。
 えっ、あ、もうそんな時間っ!? って、十分しか経ってないぞ。どんな(ピーー)だよ!! 早すぎるだろサイファー!! ヘタレにもほどがある!

「アレは――――ねえ……」
 力のない掠れた声だった。

 たった数歩のところにある長椅子まで、やっとの思いでというように辿り着くと、サイファーは長椅子に倒れ込むようにして座った。
 その顔を見てゼルは文字通り、魚ッとなった。
『白い。真っ白に燃え尽きてんぞぉぉーーー!!』
 それしか言い様がなかった。まるでリングで死闘を繰り広げ、身も心も燃え尽きてしまった格闘家のようだ。
『これはタダゴトじゃない、こんな死人みたいなサイファー見たことねぇぇ!! なんだココのおねーさんたちはバケモンか!? オレ死ぬ? ねぇ、オレ死ぬの!? イヤだ、死にたくねえぇぇっっ!!!!』
「お待たせしました、ゼル・ディンさん」
 逃げた方がいい。やっと結論が出た時には、ゼルの目の前に眩しい光を纏った女神様が艶麗に満ちた微笑を浮かべて手を差し伸べていた。
「は…い」
 まるで魅了の魔法をかけられたように、ぼ〜っとした目をしてゼルは、女神に導かれるまま付き従った。




「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁーーーーーーーっ!!!」



 ゼルの絶叫が、外にいる三人には自分の声のように聞こえた。





「やあ、待たせてしまいましたかね〜。年を取ると色々と項目が増えていけません」
 スコール以外は魂が抜けたようになっているヤロー共のところへ、シドが汗を拭き拭きやって来た。
「俺たちもさっき終わったところです」
「そうでしたか。どうです、初めてだとキツクなかったですか?」
「はい、でも内容は聞いていましたから、俺はそれほどでもありませんが……」
 スコールは一旦そこで言葉を切って、横に並んでいる仲間たちの方を見た。
 サイファー、アーヴァイン、ゼルの三人には、スコールの声がどこか遠い場所で、知らない人たちのことを話しているように聞こえていた。
「う〜ん、君たちにはやはりちょっと厳しかったですかね〜アレは。私も最近やっと慣れたところですよ。でもいいでしょう? ここのスタッフは美人が多くて、仕事も丁寧ですし」
「はぁ、……そうですね」
「おや、気に入りませんでしたか」
 スコールにしては濁した言い方なのがシドにも良く分かった。
「それじゃあ来年は、“直腸検査”はナシにしてもらいましょうか」
「「「もう、ここには来ませんっ!!」」」
 三つの声が見事にシンクロした。
「そうですか、残念ですね。では来年はバラムの病院で健康診断はしましょうか。いい病院を知ってますよ」
「「「「結構です!!」」」」
 訓練でも見たことのない、四人の息の合いっぷりだった。




 ゼルたちのいる病院から、ほんの数十メートルほど離れた場所。同じような緑に囲まれた広い敷地に、白い大邸宅のような建物があった。さらにその奥まった場所、外界とは隔絶された一角に、色とりどり様々な種類の薔薇の咲く庭に面した大きな温室のような浴室があり、そこからは楽しげな会話が聞こえていた。
「いまごろスコールたち検査終わってるかな〜」
 リノアは湯船から身を乗り出すようにして、湯気でちょっとぼやけている大きなガラス窓の外の方を見た。
「そうね、もう終わってるんじゃないかしら」
 キスティスがはらりと落ちてきたうなじの後れ毛を、すらりとした指で掻き上げる。
「アービンたちもこっちに来ればよかったのにね〜」
 セルフィが湯船の縁に腕をついて、乳白色で不透明の湯の中から上に向かってピンと足を伸ばした。
「ね〜、ほんとそうよね。こんな優雅なオマケがついてくるなんて、やっぱりイデアさんの美しさには秘訣があったのね〜」
「こんな所私たちだけじゃ到底来られないもの。誘ってくれたママ先生には本当に感謝だわ」
「うんうん、このお風呂も、最高にきっもちいいよね〜」
「ね〜」
 彼女たちはイデアの誘いで、病院とスパが併設された施設に来ていた。簡単な健康診断を受けた後、こっちがメインとばかりに心と身体を磨く様々な体験をさせてもらった。どれも本当に気持ちがよくて、髪も肌もすっごく綺麗になって、まるで楽園に住まう女神にでもなったような気分だった。
 その最後の仕上げに大きな湯船に入って、ゆっくり寛いでいるところだった。
「ねぇ、ねぇ、イデアさんとカドワキ先生友だちなんだってね」
「ええ、そうやったん!? あ、そっか〜、だからあんなお母さんみたいにガーデンの校医やってくれてるのか〜」
「そうらしいわね。ここにもママ先生と一緒にたまに来るそうよ」
「わかるわ〜、女はいくつになっても綺麗でいたいものよね〜」
 リノアの言葉にセルフィもキスティスも深く頷いた。
「セルフィ、そうやって桜の花びらみたいに染まった肌を露出していると、色っぽいわね。普段はオテンバでもやっぱり女の子ね」
 キスティスは濡れて張り付いた髪を払うように、セルフィの首筋を優しくなでた。
「そう見える〜? キスティスにそう言われるとなんか嬉しいな〜」
 セルフィは素直に喜んだ。一見嫌味っぽくも取れる台詞だったが、キスティスは本当に優しく微笑んでいて、セルフィには嫌味を言っているようにも、嘘をついているようにも聞こえなかった。
「最近綺麗になったよね〜、セルフィってば」
 すこし離れたところにいたリノアも二人の傍へ寄ってきて、ちょっと意味深な笑みを浮かべた。
「ココで磨いてもらったからでしょ」
「え!?」
 とんちんかんな答えにリノアは呆れた。と、同時にセルフィらしいと思い、「誰かのお陰で」と続けようと思っていた言葉は呑み込んだ。
「セルフィってやわらか〜い」
 リノアがセルフィの二の腕辺りに触れる。
「ん〜? リノアの方が柔らかいよ」
 セルフィも同じようにリノアに触れた。
「そうかな〜」
「そうだよ〜」
 リノアとセルフィは湯で仄かに染まった互いの肌をあちこちと触り合う。
「けど普段の手入れの差が出るよね〜。キスティスとリノアの方が肌とか何倍も綺麗に見えるもん」
「そんなことないよ、隣の芝生が青く見えてるだけよ。ホラ、変わらないでしょ」
 リノアがセルフィの腕と自分の腕を並べるようにして見比べる。腕を持ち上げたことで、リノアの胸も同じように持ち上がり、湯の表面で熟れた美味しそうな果実のようにぷるんと揺れた。
「そうかな〜」
「そうよ、二人共変わらないわよ」
 セルフィとリノアに向かって、酔ったようにほんのり赤みを帯びた頬で艶やかにキスティスが微笑んだ。

「ちょっとのぼせて来たかな〜、外のバラ園に出て涼みたくなっちゃった」
「このまま?」
「裸で?」
 セルフィの呟きにキスティスとリノアが問う。
「ココ誰も見えないでしょ、だから大丈夫かな〜、とか」
「涼しそうだけど、キケンじゃない?」
「いくら隔離されだ場所だと言っても、さすがに裸で庭に出るのはよくないわ」
「そっか〜」
 セルフィは残念そうに、湯船から躰を半分出すようにして外のタイルに火照った躰を冷ますように押しつけた。自身の重みによって圧し潰された胸が脇からすこし見え、何とも艶めかしかった。
「そうだわ、ここから上がったら、ハーブコーディアル飲まない?」
「なに、それ〜」
「ハーブで作った飲み物よ、美肌に効果的なものとか、体調を整えるものとか、色々な種類があるわよ」
「うわ〜、飲んでみたい。あ、その前にもう一度薔薇のお風呂に入らない?」
「いくいく〜。いい香りだよね〜あの薔薇、浮いてる花びらがすごくいい匂い〜」
「あの薔薇の香水売ってないかしら」
「ほしいよね〜」
「ね〜」
「ねぇねぇ、そう言えばさ〜。ガーデンのデータ室に出たって話聞いた?」
「うっ、なにソレ……」
「初耳だわ、詳しく聞かせて」
「あのね〜――」
 秘密の花園の中にある秘密の浴室で、花の精霊たちの楽しげな会話は時を忘れたかのようにいつまでも続いた。





 非常に貴重な体験をしてガーデンに帰ったヤロー共は、またこちらも非常に貴重な時間を過ごして帰ってきた女性陣とメインホールでばったり鉢合わせた。そして互いの天と地ほどの差がある体験を知り、更に追い打ちをかけられるように深く沈んでしまったのを目撃したガーデン生徒は少なくなかった。


 少年とはこうした苦い経験を繰り返して大人になっていくものである。


秘密の花園の浴室、覗きに行きたい! 次の年はヤロー共もスパの方に行けるといいね。(そう簡単に行けるとは思えないけど)
ヤロー共の受けた検査は触診ではなく、恐らく金属の器具を突っ込まれるヤツじゃないかと。そりゃ衝撃の体験だねぇ。10代ではこの検査自体あまり縁がないですね。(^-^;)
ケンカ中だったらしいゼルは、ソッコー心を入れ替えて彼女との仲直りに全力を注いだと思います。
スコールもみんなにちゃんと教えといてあげればよかったのに。て言うよりヤツらがちゃんと連絡を聞いてなかったんだろうね。アーはきっとセルフィが慰めてくれる……ハズ。サイファーは、――うん、がんばれ。ホント、男ってカワイイよね。フッ
(2009.12.11)

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