こうすればあったかい

 静かな村を雪が覆っている。他の季節なら、色とりどりの花が咲き乱れる、小さいけれど美しい村。でも残念ながら今は冬。厳しいこの時期にも逞しく咲く数種類を除いては、花の姿は殆ど無い。

 けれど、白しかないと思われていた大地にも、色鮮やかな一角があった。
「雪合戦か〜、楽しそう」
 リノアは、子供達がキャーキャーと歓声をあげながら、雪玉をぶつけ合っている光景を、懐かしむように目を細めて眺めた。そしてふと足元の真白な雪を両手ですくうと、ぎゅっと固めて雪玉を作った。流石に子供の輪に入る気はないが、心が幼い頃へ還っていくには十分だった。
「あ、でもここの雪の方がなんか軽い」
 ここはガルバディアではあるけれど、デリングシティとはかなり離れている。だから気候もかなり違う。自分が育ったデリングシティの雪はもっと水分を含んだ雪だが、ここウィンヒルの雪は水分が少なくパウダースノウに近い。そのせいか、色もより純白に近いような気がする。
「さむっ」
 リノアは大きく身震いした。
 雪のウィンヒルに来るには、どうみても防寒という点でダメダメな軽装だった。デリングシティが暖かいという訳ではなく、他に意識が集中していてコートを忘れてしまうとう失態をおかしてしまった。
「やっぱり、思いつきで来ちゃダメだね。早いトコ行かなきゃ」

 ここへ来たのは全くの思いつきだった。
 さっきまで、久し振りにデリングシティの家に帰っていた。
 母ジュリアの命日。
 あまり会いたくはなかった父は、相変わらず軍人然とした厳めしい顔をしていたが、少し痩せたような印象を受け、髪には白いものも見えた。魔女イデア暗殺の件で一時期は軍法会議にかけられるほど身体は危うかったが、真実が明るみに出ると共に、逆に賢眼を讃えられ更に上の地位へと瞬く間に上り詰めた。その分心労も多いのだろう、身近でスコールを見ている自分には良く分かった。
 そのせいか、以前と違って心穏やかに話をすることが出来た。もとより、二人だけの家族なのだ。そして、自分の思慮の浅さと軽率な行動が起因で魔女となり、今は父を一人にしてしまった。その自責の念もあった。
 父と話をしてみて思った。何故あんなにも反発して家を飛び出たのか、何故あれほど父の事を分からず屋だと思ったのか。当時は確かに真剣だった。本気でティンバーの独立も出来ると思っていたし、頑張れば何でも出来ると思っていた。
 けれど現実は――――。
 あの頃の自分は、笑えるほど子供だった。
 そして今、ようやく理解出来た。父の言わんとしていた事が、どれだけ私を愛してくれていたかも。離れて、簡単に帰る事も出来ない今になってようやく。今までの親不孝を謝ったら、意外にも父は笑ってくれた。
「私とジュリアの娘だからね。特にお前は私に良く似ている。だからいつかは分かってくれると思っていたよ」
 と。
 親、ってホントすごい、たったひとことで長かった空白の時間を一瞬で埋めてしまうなんて。多分一生敵わないんだろうな〜と思った。
「だれか、彼女とかいないの?」
 これから先の父の人生を思うと、誰かが傍にいてくれるといいなとの考えからそんな事を言ってしまった。
「いや、そんなつもりはない。私の妻はジュリアただ一人だ」
 父は静かに微笑った。昔、母に向けていた笑顔そのままに。母の眠る大地にキスをするように、花束を捧げて。
 私は、母が少し羨ましかった。そんな風に愛されて。一生ひとりだけなんて言葉を、恥ずかしげもなく言われて。

―― 私たちも、そんな風になれるかな ――

 ふと胸を過ぎったのは、そんなこと。奇跡的な縁で出会った愛する人。
「そう言えば、スコールも……」
 そう思ったら、急にスコールのお母さんに会いたくなって、父への別れの挨拶もそこそこに、こうしてウィンヒルまで飛んできていた。



「あ、あった〜」
 地図を書いてはもらったが、墓のある辺りは地形もなだらかで、更に雪で白一色。見つけるのはなかなかに至難の業だった。レインの墓に辿り着いた時には、軽装にも関わらず身体がほかほかする程だった。
「急に来てしまったので、小さな花束ですみません」
 冬まっただ中、どうにか見つけた花を、膝を折ってそっと置いた。
 こんな何もない所にひとり眠る人、淋しくはないのだろうか。そう思った時ふと気が付いたことがあった。周りはすっかり雪に囲まれているのに、墓は雪に埋もれていない。村人の誰かなのかは分からないが、雪を払っていたのだ。だからこそ自分も見つけることが出来た。

 彼女もまた、今も愛されている――。

 不意に、ポトッと涙が落ちた。何故なのかは自分でも分からなかった。酷く悲しいとか、とても嬉しいとか、そういう強い感情がある訳ではない。ただ何かに胸の奥をぎゅっと掴まれた、温かくて切ない何かに……。
 そして羨ましかった。誰かに愛されるということは、なんて――。
「私も願っていいんだろうか……愛されること」
 見えない力を秘めた手の平をじっと見つめた。



「リノア」
 ここに居るはずのない声が聞こえた。驚いて後ろを振り向くと、確かにその声の持ち主が立っていた。珍しく、ポーカーフェイスの顔が崩れて。
「スコール、どうして?!」
「こっちの台詞だ。何でここにいるんだ?」
「う〜ん 何でって言われても、何となく来ちゃったって言うか。スコールこそどうしたの? 命日…じゃないよね?」
「……何となくだ」
「そっか〜 一緒だね」
 特に理由があった訳でもないのに、こうして偶然お互いここに来てしまったことが嬉しかった。以心伝心とか信じたくなってしまう。そして、自分たちも両親たちの関係にちょっと近づけたような気がした。
「鼻が真っ赤だぞ」
 場所を譲るため立ち上がり、スコールがお墓に花を置くのを、私は後ろからにこにこと眺めていた。そしたら、すっくと立ったスコールが振り向いた途端そう言った。
「え〜 うそぉ」
「本当だ」
 イジワルにも、スコールは私の鼻をぎゅんむ〜とつまんだ。こんなことをすると、ますます赤くなるではないか!
「はらひてよーー」
 私は必死で、スコールの指をひっぺがしにかかる。
「随分冷たいな。どれだけここにいたんだ?」
「ほひっ?」
 一瞬何のことか分からなかった。けれど、掴んだスコールの手と指は、やたらと温かで、私の手が冷たいのだと分かった。
「大体、そんな軽装で来るなんて、何考えてんだ?」
「わ、悪かったわね。急だったから、うっかりコートを忘れちゃっただけよ! どうせ私は粗忽者よ」
 スコールの冷たい物言いについムキになってしまった。
 なのに――。
「違う、風邪を引かれると困るから言ってるんだ」
 卑怯だよ! そんな不意打ちの優しい言葉! 鼻だけじゃなくて、顔まで赤くなるじゃないの!
 本当にスコールは、普段甘い言葉なんか滅多に言わない癖に、ごく希にサラッとこんなことを言ってのける。しかも本人は至って真面目で、自覚がないから激しく困る。
 もう、この状況をどうしたらいいのか……。
 私は、俯いて小さく息を吐いた。
 すると、ふわりと体が温かくなった。何だろうと顔を上げたら、スコールの大きなコートにすっぽりと包まれていた。
「こうすれば暖かいだろう?」
『ええーーっ!』
 確かにこれはとっても暖かいけど、この密着っぷりは心臓に悪いよ! コートに包まれていると言うより、抱き締められている上からコートが被さっているというか……。どうしてスコールは、私がドキドキするようなことを平気でしちゃうんだろう。暖かいのを通り越して、熱が出そうだよ。きっとこれも自分がどれだけ相手をドキドキさせるかなんて、ちっとも分かってないんだろうな〜と思うと、ちょっと悔しかった。それに、スコールがこんなことをするなんて本当に滅多にない。こんなシチュエーションなんて、なかなか無い。この状況を暫く堪能したいと思ったけれど、心臓の方が耐えられなかった。
「もう、温まったよ」
 そう言って離れると、ちょっとだけスコールが残念そうな表情(かお)をしたような気がした。
「ガーデンまで一緒に帰れる?」
「あぁ」
 下から覗き込むように訊くと、微笑ってそう言ってくれた。その笑顔ひとつが私にとっては罪作りだ。
 それでも今は、十分過ぎるほど幸せだった。


恐ろしいまでに天然なスコール。こ、このスコールはアリなのか!? 二人きりの時なら、アリということで……どうかひとつ。orz
「おでこ、合わせて」と対にしようと思ったけど、途中で挫折。
(2008.08.03)

← Fanfiction Menu