miss you

 足の下でザクッと芝生が音を立てているような気がした。
 その音でアーヴァインが起きてしまうのではないか、いっそ起きてくれたら、と祈りにも似た思いでセルフィは一端足を止める。
『なんで今日に限って周りに人がいてないん……』
 昼の時間も終わりに近いが、いつもならこのガーデンの中庭には昼食を摂ったり、談笑したり一休みする人が少なからずいる。それが今日は、離れたところにポツポツと2、3人いる程度だ。
 それで逃げる口実を一つ失った。
 はぁと息を吐いて、セルフィは大きな樹の根元で気持ちよさそうに眠っている人物を見る。
 ごく近くにセルフィが立っているのに起きる気配は全くなさそうだ。
 これでまた逃げる口実を失う、がっくりとした気分でセルフィは斜め後ろのガーデン内部へと続く階段を見た。
 そこにはドアに半ば隠れるようにしてセルフィの様子を見ているキスティスとリノアがいた。
 会話が出来るような距離ではないので、セルフィは手ぶりで本当にやるのかと、今更ながらあがきの問いかけをする。
 だが、セルフィの最後の期待も虚しく、二つの人影はシンクロしたように手をブンブン振ってその後指で「イケイケ」とサインを送ってきた。
 これで完全に逃げ道を失うことになった。
 セルフィは意を決して、眠っているアーヴァインの横に膝をついた。
 日差しを避けるため顔の上半分が隠れるように置かれた帽子を、細心の注意を払いながら持ち上げてどける。
 突然明るくなった視界に目を覚ますかなと思ったけれど、そんなことはなかった。
『なんで起きひんかなぁ……』
 自室でうたた寝している時なら別だけれど、こういう人目のある場所でこんなに近くに人が来ても目を覚まさないアーヴァインは珍しい。そこに僅かに違和感のようなものを感じたがセルフィは、今日はすべての出来事が自分の希望とは逆に作用しまくっているので、深く勘ぐることはしなかった。
 そしてキスティスたちとの約束事を守るため、息を止め、気配も殺し、そっとアーヴァインの顔に近づく。
 いざ実行に移す直前、この期に及んでわずかな抵抗を感じて動きが鈍った。だが、中断など許されるはずもないことは承知していたので、そのままアーヴァインの唇に軽く触れるだけのキスをした。

『目を覚まさなくてよかった〜』
 上半身を起し離れて、ホッとする。
 が、一連の約束事は無事終了したにも拘わらず、セルフィの心臓はまだ高鳴っていた。
 誰にも本人にも言ったことなどないけれど、こうやって眠っているアーヴァインにキスをしたのは初めてではない。
 眠っているアーヴァインの顔は彫刻のように整っていて、つい見とれてしまう。そしてじっと見つめていると、とても触れてみたくなることがあるのだ。
 そんなことが数回――。
 本当に触れるか触れないかというようなキスなので、今までそれでアーヴァインが目を覚ましたことはない。仮に最初に内緒のキスをした時、彼が目を覚ましていたなら、恥ずかしくてそれ以降そんなことは絶対出来なかっただろう。
 そのせいもあって友人達とした他愛のないゲームに負けて、こんなバツゲームをうっかり呑んでしまった、というのがこんなことをした経緯だった。
 それと、同じガーデン内にいながらここ数日、アーヴァインとランチさえする時間もなかったというのも理由だったのかも知れない。

『ホント、アービンて綺麗な顔立ちしてんな〜』
 自分以外の人の目にもそう見えているのかどうか全く分からなかったが、セルフィは恋人になる以前からアーヴァインの顔も好きだった。完璧というにはほんの少し目尻が下がっているけれど、性格を表わすかのような優しげな印象を与えるそれはむしろセルフィにとっては好ましい。
 今もじっと目が離せないくらいに。
『…あ、風』
 昼下がりの暖かな微風が、アーヴァインの前髪をほんの数本揺らして通り過ぎる。
 吐息が聞こえてきそうなかすかに開いた唇は何かを待っているようにも見え、セルフィは――――。

 気がつけば背を屈め、再びその唇に触れていた。

「っっ!!」
「捕獲〜」
「ア、アービンッ! お、起きてたんっ! 騙すやなんてひどっっ!!」
 アーヴァインの唇に触れた瞬間、まるで罠に掛かった小動物を捕らえたかのように抱きしめられてセルフィはものすごく慌てた。
「騙したとは人聞きが悪いな〜。今のキスで目が覚めたんだよ〜」
「うっ、そ、あうぅぐぐ……」
 そしてセルフィからのキスがばれているのが分かり、恥ずかしくてたまらない。
 いくら好きな相手でも人目につくような所でのキスはダメだと常々言っている普段のセルフィとは真逆の行動だ。それが余計に彼女の羞恥に拍車をかける。
「昼休みに会えたの久し振りだね。ここんとこセフィと時間ズレまくりでさみしかったんだよ〜」
 セルフィの髪を梳くようにして首筋に触れ、アーヴァインは更に親指で柔らかな頬を懐かしむように撫でた。
「――アービン」
 それを言われるとセルフィも、アーヴァインの腕の中からムリヤリ出る気にはなれなかった。
 気持ちは同じなのだ。
「だからさ、――セフィ」
「うん、なに?」
「もう一回ちゃんとしたキスしよ」
「あ、あか――」
「アカンて言うのはなしだよ。今キスをしてきたのはセフィの方なんだからね」
「う゛っ――――」









「あらら、セルフィ、アーヴァインに捕まっちゃったよ」
「まさか2度目をするとはね。てっきり途中でギブアップすると思ったのに、私の予想をはるかに超えていたわ」
「なんて言うか、セルフィって普段は頭の回転も速いし、会話も上手く運ぶ方だけど、アーヴァイン絡みになると途端にダメダメになるよね」
「そうねぇ、可愛いからといってセルフィをからかうのも度を超さないように気をつけないとだめね。とんでもない方向に転んでいく可能性があるわ」
「同感〜。あ、ねねっ、中庭に珍しく人がほとんどいなくて、アーヴァインが寝てたのは出来すぎたグーゼン? それとも……」
「さぁ、どうかしら、私にはわからないわ」
「それもそうだよね〜。もう完全にわたしたちのことは忘れられてるだろうし、中にもどろっか」
 今ごろセルフィはその存在を完全に忘れているであろう彼女の友人たちは、アーヴァインにとっつかまってしまったセルフィを置き去りにしてその場を後にする。
 昼下がりの微風がまたかすかに木の葉を揺らしていた。

ちょっぴりさみしくて「miss you」な気持ちが引き起こした、小さなミス。今回はそんな話でした。
アーヴァインの傍にいて知れば知るほど、どんどん好きになっていく。セルフィはそんな娘さん。それでもまだアーヴァインの想いの方が強い印象、それがアーセル☆彡
(2010.10.23)

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