Twinkle twinkle my little STAR

 いつも賑やかで華やかな都市(まち)が、今日は一層輝いていた。
「なんかすごいキラキラしてるね。お祭りかなんかあったりする?」
 セルフィは白い息を吐きながら、温かいアーヴァインの手を握って彼を見上げた。
「ああ、うん、そう。もうちょっとしたら大きなお祭りがあるから、その飾り付けでこんなにキラキラしてるんだよ」
 くしゅんと小さくくしゃみをしてアーヴァインは、セルフィに優しく微笑んだ。
「寒くなってきたね。あったかいものでも飲まない?」
「うん、そうだね。あそこでいい?」
 ちょっと赤くなった鼻を啜ってアーヴァインは近くにあったカフェを指差した。
「うん」
 トラビアほどではないけれど、冬のデリングシティは結構寒い。雨の多い土地だが冬はそれが雪になることも多いのだと、セルフィは以前アーヴァインに聞いたことがあった。そしてこの寒さはまさに雪になる寒さだと、雪に馴染んだセルフィは思った。

「あ〜、温まった」
 熱いコーヒーをカップの半分くらい飲んでアーヴァインはふぅと息を吐いた。
「今日は薄着じゃない?」
「そうなんだよね〜。すっかりバラムに慣れちゃってさ、この時期のデリングシティの寒さのこと忘れてたよ」
 ばつが悪そうに話すアーヴァインをセルフィは、慎重派の彼でもそんなことがあるんだな〜と思った。
「バラムの気候ってヤバイよね。冬でもそんなに寒くなること少ないから、他の所へ行くとたまにびっくりする」
「へぇ〜、寒さに強そうなセフィでもそうなんだ。なんか安心」
『安心て……どういう意味やねん』
 単純に褒められたのか、それともセルフィはおっちょこちょいだと言う意味か。ほっとしたような笑顔で再びコーヒーに口をつけたアーヴァインを、セルフィは彼にわからないようにちょっとだけ睨んだ。

 アーヴァインの言う通り、セルフィはトラビアで過ごした時間が長かったので寒さには多分強い方だと思っている。反面アーヴァインは弱い、というか苦手らしい。じゃあ暑さに強いのかというと、D地区収容所のあるようなあんまり暑い場所も苦手らしい。どんな温室育ちだと言ったら「デリケートなんだよ〜」と弁明していた。確かにトラビアの寒さと砂漠では対象にした気候が過激すぎるか。自称デリケートなアーヴァインでなくとも、大抵の人間は苦手だろう。それに温室育ちとまでは行かずとも、バラムより南にあるガルバディアーガーデンがあるモンテローザ高原は比較的過ごしやすい気候だ。冬は結構寒いらしいけど。そう言う自分も、わずかな時間でバラムの気候にすっかり慣れてしまったのだから、アーヴァインが寒いのも暑いのも苦手でも無理のないことだ。
 それなのに必至に弁明していたアーヴァインの姿は可笑しくて可愛かった。セルフィはその時のことを思い出して、ついくすっと笑みを零してしまった。
「それ、おいしい〜?」
 何のことを言ったのだろうかと顔を上げれば、アーヴァインはセルフィが食べているシフォンケーキを見ていた。セルフィの笑顔をおいしさに満足している笑みだと思ったようだ。
「うん、おいしいよ。アービンも食べてみる?」
 そう言うとアーヴァインが嬉しそうに笑うので、セルフィは一欠片フォークに載せて差し出した。
「おいしい?」
 もごもごと口を動かしながらアーヴァインは頷いた。相変わらず何が嬉しいのかわからないけれど、アーヴァインはにこにこと笑っている。なぜ笑っているのかと問えば、こっ恥ずかしい返事が返ってくるような気がしてセルフィは敢えて訊かなかった。けれど、その笑顔が嫌いではなかった。こうやって一緒にいると、本当に実感する。彼の穏やかな温かさと柔らかな笑顔と共に過ごす時間の心地良さを。まるで優しい子守歌を聴きながらゆりかごでまどろんでいるような、心がゆっくりと癒やされていくような、そんな感覚を覚える。ママ先生にも養母にも、他の誰にも感じたことのない居心地の良さ。本人にはそんな恥ずかしいこと言えないけど。
「セフィ?」
 ぼ〜っとそんなことを考えていたら突然名前を呼ばれて、セルフィは弾かれたようにそっちを見た。途端視線がばちっと交錯する。その蒼と青紫の織りなす綺麗な虹彩には、心を見透かす不思議な能力(ちから)があるように思えて、セルフィは思わず窓の外へ視線を向けた。

 通りに並ぶ街路樹はどれもキラキラと輝く青や白の小さな光を纏っていた。お店のショーウィンドウもいつにも増して華やかだ。どこを見てもお祭りのウキウキとした雰囲気が伝わってくる。今この時を楽しまないのはバカだよと囃し立てているような。
「そろそろ出ようか」
「そうだね」
 シフォンケーキの最後の一欠片をアーヴァインに食べさせてから、セルフィは席を立った。

「うわ〜、雪だ。どうりで寒いはずだよ〜」
 アーヴァインがジャケットの襟を立てて首を縮こまらせる。
 セルフィが思っていた通り、はらはらと小さな淡雪が舞っていた。空を見上げれば灰色を通り越して鉛が覆ったような鈍色になっている。昼間にも拘わらずもう夕方のような暗さだ。
「手、繋いどく?」
「うん、そうして」
 大男が背中をちょっと丸めて本当に寒そうな姿はなんだか可笑しくもあったけれど、セルフィはわざわざアーヴァインの機嫌を損ねるようなことは口にせず、黙って手を差し出した。

 二人手を繋いで大きな通りを歩く。
 立ち並ぶお店はどこも趣向を凝らした飾り付けがされていて、それを見て歩くだけでも楽しかった。お祭り好きのセルフィには、天気の悪さなどすっかり忘れてしまうくらい、ドキドキワクワクだ。あるお店で立ち止まってショーウィンドウを覗き込んでいたら、いきなりマネキンが動いてセルフィはびっくりした。すぐに人がマネキンになっていたのだとわかったけれど、セルフィは酷く驚いて思わずアーヴァインのジャケットを思いっきり引っ張ってしまい、彼ににクスクス笑われた。

「すごい雪」
 いくらも通りを歩かないうちに向かい側の店が見えにくくなるほど雪が降り出していた。
「これきっと止まないよ」
 セルフィがそう言うとアーヴァインはぶるっと身震いした。見れば頭の上や肩が白くなってきている。アーヴァインは本当に寒そうで、これでは風邪を引いてしまうんじゃないだろうかとセルフィは心配になった。
「ね、この店入ってみたいな」
「うん、いいよ〜」
 セルフィは咄嗟に近くにあった洋服と雑貨が置いてあるらしい店に入ろうと思った。店の中なら暖かい、そう思ったのだ。
 店の中を一緒に見てまわる。一巡りしたところで外を見たが、雪はずっと同じように降っていた。どうしたもんかとセルフィは考え倦ねた。この分だと雪は止まないだろう。いつまでもこの店の中にいるのも限界がある。ここを出てまた他の店へ行くか、遠いけどもう駅に向かうか。そう思ってくるんと店の中に視線を戻した時、あるものが目に入った。
「あたし、あっち――」
「僕、そっちに――」
 互いの声が重なり、二人は別々の方を指差していた。
 アーヴァインとは離れ今見つけたもののあるコーナーへとセルフィは向かう。そこに並べてある品物の中から気に入ったものを選んでアーヴァインには気づかれないように支払いをすませた。
「なんか気に入ったものあった?」
 丁度ショップの袋に入れてもらった品物を受け取った時、レジにアーヴァインがやって来た。
「うん、アービンは?」
「僕はコレ」
 ひょいと持ち上げて見せてくれる。
「傘?」
「そ。この雪はどう考えてもいるでしょ」
 さすがというかアーヴァインらしいとセルフィは思った。でも一本しか持っていないことには何も触れなかった。言ってしまうときっちり二本買われてしまいそうな気がしたから。

「アービンこれ使って」
 店を出てちょっと広くなった場所で、セルフィはさっき買った物を取り出してアーヴァインに巻き付けた。
「ありがとう、セフィ〜。うは、あったか〜い」
 白い息を吐きながら、顔を巻き付けられたマフラーにうずめるようにして、アーヴァインが嬉しそうに笑う。よくよく考えればマフラーじゃなくてセーターでも買った方がもっと暖かかったんじゃないかと思ったけれど、それでも充分暖かそうで嬉しそうなアーヴァインに、「ま、いっか」とセルフィは妥協することにした。
「――あっ」
 見上げていたアーヴァインの顔の向こうに、セルフィはすごいものを見つけた。
「気がついた〜?」
「うん、すごい星空。キレイ〜」
「でしょ〜」
 アーヴァインが差している傘の内側には、いくつもの星座と星空が広がっていた。ちょっとした小宇宙、それともプラネタリウムと言った方がいいのか。
「青空のは見たことあるけど、でも星空を選んじゃうトコがアービンらしいね」
「そう〜?」
 セルフィはこくんと頷いて、じっと傘の内側を眺めた。外の世界とはまるで違う、本当に小さな宇宙のようだ。
「これ、キレイだね〜」
「気に入ったのならセフィにあげるよ」
 セルフィがまじまじと見つめていたのを余程気に入ったと思ったのだろう。
「え、ホントに……う〜ん、嬉しいけど……。やっぱりこれはアービンが持ってて」
「どうして? 気に入ったんじゃないの?」
「気に入ったけど、この傘はアービンの方が似合うような気がする。だから、ね――」
 アーヴァインはセルフィの好みからすれば、星空より青空のイメージだからそう言ったのかなと理解した。
「雨が降ったら、その傘で迎えに来てくれるとうれしいな」
 自分が思っていた理由とは全く違っていてアーヴァインは一瞬ポカンとなった。そしてセルフィのちょっと照れたような顔に気がつく。
「りょーかい!」
 にこっと笑って空いて手持ちぶさたになっていたセルフィの手を握る。

 バラムだと雪で使うことはないだろうけど、憂鬱な雨の日も小さな星空の下をアーヴァインと歩くのならきっと楽しい、セルフィはそう思った。
「僕たちの休みが合ったら、ここのお祭り一緒に来ようよ」
「うん、来る、来る。あ、デザート買っていこう〜」
「そうだね〜」
 いつの間にか降りしきっていた雪は幾分止み、時折ヒラヒラと舞いながらゆっくりと地上へと降りてきていた。

アーのイメージは『星空』とか『闇夜を照らす淡く優しい月の光』、セルフィのイメージは『青空』とか『焦がれるような眩しい夏の太陽』。とそんなカンジで想像していて浮かんだ話です。
アーってセルフィにとってはホントに『癒やし』の存在なのね〜。当然アーにとってもだけど。
寒がりアーは寒い寒いつって、堂々とセルフィにぺたぺたくっつく……よね、やっぱ。

アルマニ読んでて、デリングシティの曇りっぷりに驚愕。気候はロンドンをイメージしていたけど、ロンドンより曇ってそう。ガルバディアーガーデンはバラムより南だけど高原なので、気候はバラムに近い過ごしやすそうな所だね。で南西には砂漠があったり、ウィンヒルの辺りは丘陵ってことでイギリス湖水地方の気候を勝手にイメージ。ガルバディアって国土が広いだけあって各種気候の宝庫だなあ。
(2009.12.11)

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